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3−2



「ンだとコラあ!」
 ステロタイプな台詞を吐きながら、国村は健の襟首をつかんだ。
 そのまま、健の華奢な体を、校舎の壁に押しつける。
 放課後の校舎裏。夏の日は未だ高いが、ここは往来から死角になっている。不良という鋳型にはまった生徒たちが何かことを起こすには、なかなかのロケーションである。
 国村のほかに二人、髪を脱色した生徒たちが、にやけた笑みをその顔にへばりつけている。
「いつからンな生意気になったんだよ、このカマ野郎!」
 そう言いながら、国村は、健の少女じみた顔を、ごつい拳で小突いた。
 しかし健は、国村のがたいのいい体を前にして、自分自身でも驚くほど冷静だった。
 何かの覚悟のようなものが、その眼鏡の奥の瞳の中にある。
 流されるままにだらだらと不良になってしまった国村たちの目にはけして現れることはないであろう、強く静かな光だ。
 その顔には、かすかな微笑みさえ、浮かんでいるように見える。
「このッ!」
 国村は、いきなり健の頬を殴打した。
 後の二人が、ぎょっとしたような表情をする。二人には、国村の体に隠れて、健の表情までは見えなかったのだ。
 無論、国村がなぜこのように激昂したのか、全く理解できない。
「お、おい……」
 地面に倒れた健をなおも蹴りつけようとする国村に、二人のうち一人が遠慮がちに声をかける。
「やめといてやれよ。お前が本気出したら、七瀬、死んじまうぜ」
 自分たちの方が優位である、という体裁を崩さないために、わざとそんなことを言う。
 健は半身を起こしながら、そんなやりとりを、どこか憐れむような表情で見つめていた。
 ここにいたって、残り二人も、国村がなぜここまで怒りを露にしたのか、ようやく理解した。
 目の前の、つい先日まで自分達の言うことを何でも聞いたひ弱な少年が、いつのまにか豹変している。見慣れていたはずの怯えの色が姿を消し、あろうことか自分達に同情しているような様子すら見せているのだ。
「こいつ……」
 誰ともなく、唸るような声をあげる。
 次第に高まっていく暴力的な雰囲気に、さすがに緊張しながらも、健はけしてひるまなかった。
「やめなさいよ」
 と、その時、大きくはないがよく響く声が、校舎裏に響いた。
「ゆ、結城?」
 振り返った国村が、思わず口に出して言ってしまう。
 そこにいたのは、確かに小夜歌だった。切れ長の大きな目に、蔑むような冷たい光を浮かべている。
「あたしたち、ここで発声練習するの。邪魔だからよそに行って」
「――分かったよ」
 脅しの効かない相手には、面子の立てようがない。三人は、小夜歌にひどく敵対的な一瞥をくれながら、そこから去っていった。
「大丈夫? 七瀬」
 小夜歌は、普段通りの口調で、健を姓で呼んだ。
「う、うん。……ありがとう」
 殴られた頬に手を当てながら、健は、さっきまでとは打って変わった柔らかな表情で、立ちあがった。
「殴られたの?」
「別に、平気だよ」
「ふふ。そういうとこは、男の子だね」
 そう言って小夜歌が微笑んで見せると、健は少し顔を赤らめた。
「で、あいつらが、例の件を七瀬にさせてた奴ら?」
 例の件というのは、健が、女子更衣室で小夜歌の下着を盗もうとしたことである。
「うん」
「そいつらに迫られてたってことは……パンツ、渡さなかったの?」
 あけすけな小夜歌の物言いに、ますます顔を赤くしながら、健はかすかに肯いた。
「別に、やってもよかったのに」
「渡したくなかったんだ……僕が」
 まるで、ひどく大事なことを告白するように、健が言う。
「だから、あとで返すよ。そのう……イヤかもしれないけど」
「別にイヤってわけじゃないけど……でも、いいわ。あれは、七瀬にあげる」
「あ、あげるって言われても……」
「オカズにでもなんでもしてよ」
「結城さん!」
 歌うような調子で言う小夜歌に、健は思わず大きな声を出していた。そんな健の顔を、小夜歌は面白そうに見つめている。
「……一緒に帰ろっか?」
「え?」
 小夜歌の思わぬ申し出に、健は、長いまつげに縁取られた目を、大きく見開いた。
「だって……練習は?」
「こんなとこでするわけないでしょ。今日は合唱部休みよ」
「あ、そう……」
「七瀬、カバンは?」
「えっと、部室に置きっぱなし」
「部室? 七瀬って、どこに入ってたの?」
「……演劇部」
 小さな声でそういう健に、小夜歌はとうとう吹き出してしまっていた。



 演劇部は、校舎内の空き教室を部室として利用していた。
 大道具や小道具、それに、ラウンドハンガーにぶら下がった派手な衣装などが、所狭しと並べられており、中は意外に薄暗い。
「ふうん、けっこう凝ってるんだ」
 高校の演劇部の備品としては格段に質のいい衣装をしげしげと眺めながら、小夜歌はわずかに感心したような声を出した。
「先代の部長が、けっこう気合い入れてたから」
「七瀬も、こういうの着たりするの?」
 フラメンコのダンサーが着るような、真紅のドレスの袖口をつまみながら、小夜歌が訊いた。
「き、着ないよ! 舞台では……」
「舞台じゃなきゃ着るんだ」
 思わず本音を言ってしまった健に、小夜歌はくすくすと笑いながら言った。
「それは……前は、先輩が面白がって、無理やり着せたりしたけど……今は、しないよ」
 少しうつむきながら、健が言い訳がましく言う。
「……健クン」
 不意に名前で呼ばれて、健ははっと顔を上げた。
「着替えて見せて。ここで」
 その黒い瞳をどこか妖しく濡らしながら、小夜歌が言う。
「ここで……?」
「そう。あたしの目の前で」
 健は、何か言いかけた。
 しかし、何も言葉が出てこない。
 小夜歌は、そんな健の様子を、面白そうに眺めている。
 結局、健はこっくりと肯いてしまった。

 小夜歌が健に着るように選んだのは、ひどく可愛らしいデザインの、空色のドレスだった。フリルやレースをふんだんに使った、西洋のおとぎばなしに登場するお姫様が着るようなドレスである。
 胸の部分にパットが入ってることもあって、それを着ると、健はもはや少女にしか見えなかった。
「よく似合ってるわよ、健クン」
 そんなことを言いながら、小夜歌は、健を姿見の前に誘導する。
 頬をかすかに上気させながら、鏡の向こうでこちらを見ているその姿は、健自身が呆れてしまうほどに女のコらしい。小夜歌のリクエストで眼鏡を外しているため、ますます自分の顔ではないようである。
「ふふふっ……」
 小夜歌は、健の白い両手をそっと握って、背中に回した。
「な、何するの……?」
 そんな健の言葉には答えず、小夜歌は、隠し持っていたリボンで、くるくると健の左右の手首を縛っていった。部室の隅に転がっていたものを拝借したのだ。
「ちょ、ちょっと、結城さん……!」
「こういうの、嫌い?」
 口元に、十七歳という年齢からは考えられないくらい妖艶な笑みを浮かべながら、小夜歌は健の耳元で囁いた。
「こ、こういうのって……?」
「女装したり、縛られたりして、興奮してるんじゃないの?」
「そんな……」
 小夜歌の髪から漂う、リンスと、かすかな汗の香りを感じながら、健が弱々しい抗議の声をあげる。
「そんなことない?」
 そう言いながら、小夜歌は、健の背中にぴったりと体を押しつけながら、そろそろと自分の両手を前の方に持ってきた。
「あ……」
 健が、どこかうろたえたような声をあげる。
「お嬢さんのスカートの中は、どんなになっちゃってるのかな?」
 そう言いながら、小夜歌は、健の背後からスカートをめくりあげていく。
「や、やめてよ……」
 健が、ふるふるとかぶりを振る。しかし、思いきり暴れて小夜歌を跳ね飛ばすようなまねは、健にはできなかった。
「あはっ……」
 スカートを腰までめくりあげた小夜歌は、何だかとても嬉しそうな声をあげていた。
 健のモノが、トランクスの中で、布地を突き破りそうな大きさにまで膨らんでいる。
「なんか、窮屈で可哀想……今、お外に出してあげるね」
 まるで子どもに話しかけてるような口調で言いながら、小夜歌が、片手でトランクスをずり下ろす。
 ぶるん、とその可愛らしい顔からは想像できないような巨大なものが、外界にさらされた。
 まだ半ばしか血液を充填させていないにもかかわらず、すでに見た者を圧倒するほどの大きさになっているソレが、さらに角度と硬度を増していく。
「スゴいね、健クンの」
 スカートのすそを、ウェストを留めている紐に挟んでから、小夜歌は健の両肩に手を置いた。
「やっぱり、興奮してるんじゃない……」
 ほとんど身長差のない健の頬に、背後から自分の頬を押しつけるようにしながら、小夜歌が言う。
「こ、これは……結城さんが、あんまり近くにいるから……」
 そう言い訳する間にも、健のペニスは、きりきりと屹立していく。
「ふーん、あたしのせいなんだ……」
 そう言いながら、小夜歌は、肩から胸、脇、腰へと、その白い手をずらしていく。
「ゆ、結城さん……」
 健が、怯えていると言ってもいいような声をあげる。
 小夜歌の細い指先が、そっと、健のペニスに触れた。
「あッ……」
 その部分に初めて感じる他人の手の感触に、健は思わず声をあげてしまう。
 正確に言うなら、健のペニスに小夜歌が触れるのは、これが最初ではない。しかし、そのとき触れたのは、小夜歌の足だった。
 健はその時、小夜歌にその巨根を踏みつけにされ、なぜか浅ましくも大量に射精してしまったのだ。
 今の小夜歌の指使いは、当然のことながら、その時とは全く異なる感触である。
 小夜歌は、まるで小さな動物をそっと撫でるような優しい手つきで、びくびくと震えるペニスを撫で上げた。
 健は、それだけで腰が砕けそうになる。
「気持ちイイ? 健クン」
「……」
 唇を噛んで答えようとしない健に、小夜歌はにっこりと微笑み、その小さな手には大きすぎる男根を、触れるか触れないかという微妙なタッチで愛撫し始めた。
 シャフトに沿って指を遊ばせたり、鈴口から出る先走りの液を、敏感な亀頭の部分に指で伸ばしたりする。
「あぁ……」
 その逞しいペニスを弄ばれながら、健は思わず恍惚の喘ぎを漏らしていた。
「ほら、きちんと鏡見なさいよ」
 さらさらした髪に隠れた耳たぶに息を吹きかけるようにして、小夜歌が健に言う。
 半ば閉じていた目を開くと、そこには、快楽に目を潤ませ、頬を赤く染める、可憐な少女の顔があった。
 そして、子どもの夢に出てきそうなひらひらの衣装をまとい、押し寄せる快感に身悶えするその少女の股間からは、グロテスクな赤色の肉棒が屹立し、自らの吐き出した粘液で濡れ光っている。
(これが……これが、僕……?)
 ぞくぞくと背筋が震えるような感覚を覚えながら、健は鏡に見入っていた。
 そんな健と、鏡の中の小夜歌の目が合う。
 小夜歌は、その白い顔をほんのりと上気させながら、優しく健のペニスを嬲り続けていた。
「あっ、ああ、ああ、ああっ、あぁあ……」
 健の口からは、止めどもなく甘い吐息が漏れる。
 小夜歌は、巧みに健の性感をコントロールしていた。ペニスが、射精の予感にひくひくと動き出すと、すっとその細い指を内股や陰嚢に移してしまうのだ。
「ああっ……」
 そして、辛そうな健の喘ぎをうっとりとした顔で聞きながら、繊細な手つきで内股を撫でさすり、指の先で陰嚢をくすぐるのである。
 その度に、健は小夜歌の細い腕の中で小さく身悶えし、尿道口からは大量のカウパー氏腺液が溢れる。
「気持ちイイんでしょ、健クン……」
 小夜歌は、少し声を上ずらせながらも、それでも余裕たっぷりに健に訊いた。
 健が、恥ずかしそうに肯く。
「ダ・メ♪ きちんと、言葉で言わなきゃ……」
 そう言った後、小夜歌は、健の白い首筋に唇を寄せ、ちろちろとその肌を舌でくすぐった。
「ンあああっ」
 健が、まるで声変わりし忘れてしまったかのような、高い声をあげる。
「どうなの? 健クン……言わないと、これで止めちゃうよ……」
「……ィィ……」
「なぁに?」
 わざとらしくそう言いながら、小夜歌は、健のペニスからぱっと手を離した。
「き、きもちイイよ……っ!」
 慌てた口調で、健が叫ぶように言った。
「イイんだ……きもちイイから……お願い、続けてぇ……」
 羞恥に顔を染め、涙すらにじませながら、健は必死に懇願した。
 ふぅっ、と小夜歌が満足げな吐息を漏らす。
「続けてあげる、健クン……」
 快楽という鎖によって、同い年の男子をいともたやすく支配化に置く事に成功したその少女は、そっと少年の柔らかな頬に唇を押し当てた。
 そうしながらも、もう一本のリボンを手に取り、長大なペニスの根元に結びつける。
「あッ!」
 健が驚きの声をあげたときには、小夜歌は手早くそのささやかな緊縛を完成させていた。
 ご丁寧にもちょうちょ結びに結ばれた真紅のリボンが、逞しい男根の根元を、食いこむほどに締めつけている。
「やめてよ、結城さん……こんな……!」
「どうして?」
 情け無い声で抗議する健に、小夜歌は、淫らな小悪魔を思わせるような表情で笑いかけた。
「もっともっと、このおっきなオチンチン、いじくってほしいんでしょう」
 卑猥な言葉を口にしながら、ちろりと自らの唇をピンク色の舌で舐める。
「だから、うんと楽しめるようにしてあげたのに……」
 そして、小夜歌は、その繊細で残酷な愛撫を再開した。
「アああああッ!」
 健が、恥も外聞もない悲鳴をあげる。
 小夜歌の愛撫は、これからが本番とでも言いたげに、先程よりも激しくなっていた。
 先走りの粘液でぬるぬるになった亀頭を親指でこする。
 雁首の部分を指先でえぐるように嬲る。
 裏筋をちょろちょろとくすぐる。
 竿を大胆にしごく――。
「あうッ! はッ! んぐッ! わあああッ!」
 通常であったらとっくに射精に追いこまれているであろう刺激に何度も何度もさらされながら、健は喚き、身悶えた。
「健クンてば……国村相手に突っ張ってた時とは大違いね」
 乱れた健の頭髪に、その形のいい鼻を半ばうずめるようにしながら、小夜歌が言う。
「だって、だってェ……」
 健の声は、ほとんど涙声だ。
「泣かなくていいのよ。今の健クン、すっごく可愛いわ……」
 明らかに興奮した口調でそう囁きながら、小夜歌は健の巨根をもてあそび続けた。
 右手で、静脈の浮いたシャフトをしごきながら、左手で赤く充血した亀頭を撫でこする。
 鈴口からはぴゅるぴゅると断続的に透明な汁が溢れ、それは、健のペニスと小夜歌の両手を、無残なほどに汚し、濡れ光らせた。
 熱くたぎる体液の塊がペニスの根元に溜まり、凄まじい苦痛を伴う快感で、健を苛む。
「ああ……もうダメ……ゆるして……イかせてよぉ……」
 健は、リボンで縛られた両手をぎゅっと握り、もどかしげに腰を動かしながら、背後の小夜歌に哀願する。
 くねくねと揺れる健のお尻に、ぴったりと自分の腰を当てながら、その切れ長の目を半ば閉じた小夜歌の表情は、淫蕩と言ってもいいくらいだった。
「そんなにイキたい?」
 小夜歌の言葉に、健が激しく肯く。
「どうしようかなあ……」
 小夜歌は、いたぶるようにそう言った。
「あたしは、もっと健クンのオチンチン、しこしこしてあげたいんだけど」
 鈴の音を思わせる綺麗な声で卑猥な言葉を囁かれ、健は目のくらむような感覚を覚える。
「ほーら♪ しこしこ、しこしこ、しこしこ、しこしこ……」
 健の興奮を見抜いたかのように、小夜歌は、自らの手の動きに合わせ、その普段のクールさからは考えられないような猥語を囁き続ける。
「健クンのオチンチンだって、あたしに手コキされて、すっごく悦んでるじゃない」
 しゅちゅっ、しゅちゅっ、しゅちゅっ……といった感じの音を立てながら、小夜歌は健のペニスをしごくのをやめようとはしない。
 健のペニスは、これまでの責めに鬱血し、さらに体積を増したようだ。時折びくびくとしゃくりあげ、どうにか精液を迸らせようとするのだが、無論、それはかなわない。
「結城さん……おねがい……イかせて、くださいッ……イか、せてぇ……」
 健は、口をぱくぱくとさせながら、どうにか苦労して意味のある言葉を話そうとする。
 これ以上、この甘美な責めにさらされたら発狂してしまうのではないか、と、健はかすかに思った。
「健クン……」
 小夜歌は口調を変え、かすかに震えているような声で言った。
 しかし健は、そんな小夜歌の微妙な声の変化が分かるような状態ではない。
「健クン、あたしのこと、好き?」
 自分の中の、最も深く神聖な場所に関する問いに、少年は、かすかに理性を取り戻した。
「……」
 反射的に自らの想いを告白しようとして、ふと、健は口をつぐんだ。
(こんな時に言ったら……ホントかウソか分からなくなっちゃう……)
 少年らしい潔癖さでそう考え、健は、血がにじむくらいに、その唇を噛み締めた。
「やっぱり、こんなことする女は、嫌い……?」
 小夜歌は、怯える子どものような声で、さらに訊いた。
 健は、未だ湧き起こり続けている苦痛を伴った快感に耐えながら、石にでもなったように体を硬直させ、押し黙る。
 かっ、と小夜歌の大きな黒い瞳に、激しい炎が灯った。
「答えなさいよッ!」
 そして、亀頭を撫でさすっていた左手を、健のお尻にあてがい、アヌスに指を突き入れる。
「きゃああああああああああああああああああああああああアーッ!」
 前立腺を強烈に刺激され、健は断末魔の少女のような絶叫をあげた。
 健のペニスが、小夜歌の右手の中で、さらに膨張する。
 生理的に射精を強いられながら、物理的に射精を妨げられる凄まじい苦痛に、健のわずかに残っていた理性は瞬時に蒸発した。
「好きですッ! 好き! 僕、小夜歌さんが好きですッ!」
 そして、狂ったようにそう喚き散らす。
 小夜歌は、しゅるっ、と健のペニスを束縛していたリボンを解いた。
「んア………………ッッッ!」
 すでに、小夜歌への告白で肺を空っぽにしていた健は、叫ぶこともできない。
 どぶびゅびゅびゅッ!
 大量のザーメンがすごい勢いで一直線に宙を飛び、姿見を直撃する。
 びゅーっ、びゅーっ、びゅーっ、びゅーっ……
 一度の射精では収まらず、何度も何度も、健のペニスは律動を繰り返し、その度に、通常の一回分ほどの白濁液をあたりに撒き散らした。
「あ……かはっ……は……あァァ……」
 呼吸困難に陥り、涙と涎をだらしなくこぼしながら、健は全身を痙攣させる。
「健クン……」
 小夜歌は、自らの手によって絶頂に追い込んだ健の体を、後からそっと抱き締めた。
 その表情は複雑だが、どことなく、安堵しているようにも見える。
「あ……ああァ……ひぁ……あアア……」
 未だ、射精の余韻にぶるぶると震え続ける少年の体を布越しに感じながら、少女も確かに絶頂を味わっていた。
 そして二人は、まるで一つの生き物のように、一緒になって、ぺたん、と床に座り込んでしまう。
「ぁ……」
 健の空ろな瞳に、おびただしい量の精液によって汚された姿見がある。
 健は、自分が、初恋の少女に対して最悪の形で告白したのだということを、ぼんやりと自覚していた。



 二人は、並んで家路についていた。
「汗かいちゃったね、七瀬」
 どこか、あっけらかんとした口調で、小夜歌が言う。
「うん……」
 一方、健の表情は重い。
 歩きながら、二人の会話はあまり弾まない。しかし、小夜歌は平気な顔だ。
 ちら、と健は、そんな小夜歌に眼鏡の奥から視線を向けた。
「じゃ、あたしこっちだから」
 立ち止まって、分かれ道を指差しながらそう言う小夜歌に、目が合ってしまう。
「明日、終業式だよね」
 健が、やはり立ち止まり、言葉を選ぶようにして言う。
「そうだね」
 小夜歌が答える。
 ――どこか、一緒に行かない? プールとか、海とか、映画とか……。
 そんな当たり前の言葉が、健の口からは出てこない。
「じゃね」
 軽く手をあげて、小夜歌は歩き出した。
 健は、そんな小夜歌の背中を、ぼんやりと眺めていた。
(まだ、明日があるし……)
 そう思いながらも、健の表情は、重いままだった。



 翌日の放課後。校舎裏。
「こんなとこに呼び出して、どうするつもり?」
 小夜歌は、目の前の国村に言った。
 国村は、物騒な目つきで小夜歌を睨んでいる。
 無論、小夜歌とて、この国村の存在を警戒している。しかし、あの盗撮ビデオに関する有力な手がかりであることも確かだ。
 それに今、相手は一人。どこかに誰かが潜んでいる様子もない。
 何かされそうになっても、適当にかわした後、人のいる場所に逃げ出す。多少、合気道をかじっている小夜歌には、それくらいの自信はあった。
「訊きたいことがあるんだよ」
 国村の口調には、どこか余裕がない。
「なに?」
 小夜歌の声は、対照的に、ひどく冷静だ。
「お前、橘サンとどういう関係なんだ?」
「は?」
 予想とかなり違う展開に、小夜歌は多少面食らった。
「橘サンの女とか、そういうのじゃねえんだよな」
「知らないわよ、そんな人」
 つまらなそうに、小夜歌は答える。
「じゃあ、クスリのことも知らねえのかよ」
「薬?」
 小夜歌は、ますます不審げな顔をして見せた。
 ある程度のことだったら、とぼけて情報を聞き出すくらいのことは考えていたのだが、国村の話は突拍子がなさすぎる。
「そのタチバナとか言う人に命令されて、あたしのビデオ、撮ろうとしたの?」
 とりあえず、小夜歌はカマをかけてみる。
「やっぱばれてたか……。そんなトコだよ」
「……」
 小夜歌は、その明晰な頭を素早く回転させた。
(タチバナなんて名前には、憶えがないけど……)
(薬って言うからには……麻薬……危ない仕事……やっぱ、お兄ちゃんがらみ、なんだわ)
(あたしのビデオを撮って……お兄ちゃんへの取引材料にしようとしたのかしら……?)
 小夜歌は、はっとして素早く身を引いた。国村が、危険な表情を浮かべながら、尻ポケットに手を突っ込んだのだ。その巨体から考えると、意外と素早い。
 小夜歌は、一瞬の逡巡の後、国村の攻撃を受け流した後に、逃げることにした。
 国村が、右手を繰り出す。その動きは、速くはあるが直線的だ。
 しかし――
(いけない!)
 そう思ったときには、小夜歌の全身に激痛が走っていた。
「あぐッ……!」
 体から、力が抜ける。
 視界が暗転した。
(おにい、ちゃん……)
 絶望に染まる心の中で届かない声をあげる。
 小夜歌は、意識を失い、がっくりと倒れた。
 国村が獰猛な笑みをその口元に浮かべる。
 その右手には、スタンガンが握られていた。



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