嵐の前兆



 風が、外で吹いている。
 十一月の冷たい風は、季節外れの嵐の前兆のようだ。
 電線を震わせる音が、雨戸越しにも聞こえてくる。
 寝床の中で、月読舞は、いらいらと寝返りをうっていた。
 風の音が、なぜか、自分の内側から聞こえるような気がする。
(あたしは……)
 目を閉じれば、いつも見えていた顔が、今は浮かばない。
(お兄ちゃん……あたし……)
 ずっと見えていた、長谷川圭一の顔……。
 そして、その従兄との、いつのまにか開いていた距離に身悶えるように、半ば自暴自棄になっていた自分。
(姫園克哉……林堂智視……)
 その時には、自分では、本気だと思っていた。圭一の気を引くためだとか、寂しさを紛らわすためだとか、そんなつもりは微塵もなかったのだ。
 少なくとも、その時は。
(でも……)
 結局、残ったのは、消そうとしても消せない心の傷だけだ。
 その傷痕には未だに血が滲み、癒す術すら分からない。
 そして、間違いなく、相手も傷付けているはずだ。
 相手が自分に与えた傷と、自分が相手を傷つけたことに対する良心の呵責が、舞の心を責め苛んでいる。
(助けて……お兄ちゃん……助けて……)
 枕をかぶり、毛布に包まれた華奢な体を震わせながら、舞は、声に出さずに泣き叫んでいる。
 ――月読さん……。
 ふと、記憶の中から、温かい声が舞に呼びかけた。
(郁原……)
 優しい、限りなく優しい、彼の声……。
 舞が辛くなるほどに、優しい微笑み。
(だめよ……あんたじゃあ……あんたみたいな子どもじゃあ……あたしは……)
(あたしは……あたしなんかじゃ……あたしみたいなやつじゃ……)
(郁原……あたし……あたしは……)
(あたしは……汚れてるの……不潔……きたないの……)
 すでに圭一は自分のものにはならない。それは、もう、分かっている。
 本気で好きになった相手を失う哀しみ……。
 その痛みには、もう、自分は耐えられない。
 ならば――
(あいつを……好きになっちゃ……だめ……)
 舞は、傷だらけの自らの心に爪を立てるように、夜の闇の中でそう思うのだった。



 翌日。日曜日。
 次第に空は高くなり、風は硬さを増しているように感じられる。
 そんな中、マンガや雑誌であふれたこの部屋には、必要以上に強く暖房がかけられていた。
「んん……ン……んむ……」
「ぷはぁ……あ、亜美……」
「あ、こら……アカン、それアカンて……!」
「ダメだ、オレ、ガマンできねえよ……」
 女子の部屋としてはかなり取り散らかった部屋の中央で、片倉浩之助と久留山亜美が、口付けをかわしている。
 二人とも、高校二年生としては各段に身長が低い。そんな二人がキスをしている様は、中学生、いや下手をすると小学生がじゃれあっているようで、一見、奇妙に微笑ましい。
 が、二人の唇や舌は、自らの興奮と相手の快感を高めるために、淫らなほどに滑らかに動いている。
 特に、積極的に責めているのは浩之助の方だ。
 亜美は、何かに耐えるように切なげに眉をたわめながら、浩之助の服をぎゅっと握り締めている。
「こ、浩之助ェ……そんなにしたら……きちんと、見えへんよお……」
 そう言いながら、亜美は、ちょうど二人の姿態を横から写しているドレッサーの鏡に、ちらちらと視線を寄越している。その、思わずつつきたくなるほどに柔らかそうな頬は、浩之助の情熱的なキスによって、真っ赤になっていた。
「あ、んもう!」
 そう言って、亜美は、強引に体を離した。
 そして、足元に置いてあったスケッチブックと鉛筆を、慌てたように手に取る。
「おい、亜美〜」
 浩之助が、置いてけぼりにされた犬のような目で、素早く鉛筆を動かす亜美に声をかける。
「情け無い声あげんといて。あとでゆっくり相手するよって……」
 そう言いながらも、亜美は、行儀悪くあぐらをかいて、未だかすかに残っている脳内の残像のとおりに描線を引こうとする。
 体をぴったりと密着させた、濃厚なキスシーン……。
 一度でも満足のいく線が描ければ、体が覚えてくれる。しかし、亜美はどうしても自らのスケッチに満足できない様子だ。
 両親などにはちょっと見せられないようなラフスケッチを幾つか描いた後、亜美は、ぽおん、とスケッチブックを放り投げた。
「あかんわぁ……」
 そして、はあ、と天井を仰いでため息をつく。
「んだよ。あきらめたのか?」
「やっぱ、自分がしてるのを描くんはムリやわ……人が、ポーズとってくれへんと」
「別のマンガの写せばいいじゃんか」
 そう言いながら、浩之助が亜美の隣に座る。
「絵じゃ、あかんのよ。ウチ、すぐ人の絵に影響受けるから、自分の絵が描けへんようになるし……」
「じゃあ、ビデオか何か見りゃあいいだろ」
「全身のキスシーン写したのって、意外と無いんよ。特に、イメージ通りのやつはなぁ……」
「ヤってるところのは、けっこう持ってるのにな」
「あ、あれは、資料用や!」
 そう大声を出す亜美の肩に、浩之助が腕を回す。
「別に、言い訳することねえだろ。亜美がエロなやつだってことは、よく分かってるんだからさ」
「う〜……」
 亜美が、悔しげにうなる。しかし、十八歳未満でありながら成人向け同人誌を描こうとしている身としては、言い訳のしようがない。
「いいじゃん。オレ、エロな亜美が好きなんだからさ」
 ちゅ、と浩之助が、亜美の桜色の唇にキスをする。
「もおちょい、別の言い方にならへんの?」
「なんで? 協力できることは協力するって言ってるのに」
 そう言いながら、浩之助は、頬や首筋、胸元に、ちゅっ、ちゅっ、とキスを繰り返す。
 亜美は、何か言いかけて、やめた。確かに、彼女が親にも見せられないような同人誌を描くのに全面的に協力する彼氏などというのは、あまりいないかもしれない。
 結局、亜美は何も言わず、浩之助の鳥の巣のような髪を、くしゃっと撫でた。
「亜美、もういいんだろ?」
 浩之助が、意外と豊かな身の胸に、服の上から半ば顔をうずめつつ、言う。
「ん。今日んとこは諦めるわ」
 そう言って、派手めなデザインのトレーナを脱いでいく。
 浩之助も、身につけていたものを脱ぎ始める。
「亜美……そのお……」
 互いに衣服を脱ぎ、全裸になったところで、浩之助が亜美に声をかけた。
「やっぱり、あっち?」
 胸元と股間を思わず手で隠しながら、亜美が聞き返す。
 こく、と浩之助が肯く。
「しゃあないなあ、もう……」
 そう言いながら、亜美は、膝をついたまま、ベッドに上半身を預けた。白いヒップを、浩之助の方に向ける格好だ。
「あの……途中でヤになったら言えよ」
 そう言いながら、上気した顔で、浩之助が亜美のお尻を撫でる。
「ひきょーやん……。そないに言われたら、イヤって言えへんよォ」
 そう言う亜美の頬も、何だか赤くなっている。
 浩之助は、こぶりな亜美のお尻を抱えるようにして、魅惑的な谷間に口を近づけた。
「うン……」
 ヘアの生えていない幼げな外観の大陰唇の合間の、複雑な肉襞に、浩之助は舌を這わせた。
 溢れた蜜の独特の酸味を感じながら、舌を伸ばし、膣口をえぐるようにする。
「は……ああァ……あ……あ〜ン……」
 小さなこぶしでシーツをつかみながら、亜美が、可愛らしい喘ぎをあげた。
 浩之助は、目を閉じ、どこか神妙な顔で、亜美の敏感な粘膜を舌で嬲り続ける。
「ひゃう!」
 亜美が、ひときわ高い声をあげた。
 浩之助の舌が、ヴァギナとアヌスの間の、会陰部の辺りを舐め始めたのだ。
「あひ……ひぁ……ひゃ……は……はぁン……」
 くすぐったいような、もどかしいような快感に、亜美の可憐なアヌスが、きゅっ、きゅっ、とすぼまる。
 浩之助の舌が、敏感なその部分を、上下に往復した。
 時折、舌の先が、セピア色のアヌスに触れる。
「こ、浩之助ぇ……」
 亜美が、肩越しに浩之助を振り向きながら、弱々しい声をあげた。
「や、やっぱ、そこ舐めるのは、やめにせえへん?」
「どうして?」
「だって、汚いやん……」
「そんなことないって」
 そう言って、浩之助は、まるで不意をつくように、亜美のアヌスに舌先をねじ込んだ。
「ひやややややん!」
 亜美が、奇妙な声をあげる。
「それに、亜美の反応、可愛いんだもん」
 そう言いながら、浩之助は、くるくると舌を回して肉のすぼまりの周囲を舐めまわし、ちゅううっと吸引する。
「はひっ! ひっ! ひやあ! ひァあああああああッ!」
 羞恥と、通常とは質の異なる、どこか不安感の混じった快楽に、亜美が悲鳴をあげ続ける。
 家族が外出しているとはいえ、近所の家に聞こえるのではないかと心配になるような声である。
 身悶えする亜美の小さな体を押さえつけ、浩之助は、執拗に菊門に口唇愛撫を続けた。
「んーっ! ん! んっ! んんンー!」
 自分のあげる声が恥ずかしいのか、亜美は、シーツを噛んで、必死に悲鳴を押し殺す。
 そのスリットからは透明な蜜が溢れ、糸を引くしずくをカーペットに垂らしていた。
 ようやく、浩之助は口を離す。
 亜美は、ぐったりと半身をベッドに預けた。
 と、浩之助は、傍らにに置いてあったカバンから、奇妙な器具とチューブを取り出した。
 長さ二十センチくらいの、いくつかの合成樹脂の球体が連なったような棒状の器具である。
「ふゎ……それェ……」
 亜美が、眼鏡の奥の、焦点の定まらない目で、器具を見つめる。
 いわゆる、アナルバイブと言われる品だ。
「また……林堂はんから、借りてきたん……?」
「いや、亜美が気に入ってるって言ったら、くれるって」
「そ、そんなこと話してるん?」
 がば、と亜美は半身を起こして、言った。
「いや、だって、ホントのことだし」
「だからってそんな……もうウチ、むちゃくちゃ恥ずかしいやんか!」
「でも、最初にオレが借りた時点で、誰に使うかってのはバレてるわけだし……」
「あうー……」
「……よすか?」
 浩之助が、ひょいひょい、とアナルバイブを指揮棒のように振って見せる。
「……」
 亜美は、ぼすん、と再びベッドに上半身を投げ出した。
「もう、好きにして」
「おい、亜美……」
「ええんや……ウチ、どうせお尻いじられて感じるヘンタイやもん……」
 すねたように、亜美が言う。
「……ごめんな、亜美」
 しおらしくそう謝って、浩之助は、ちゅ、と亜美のヒップにキスをした。
「浩之助……」
「ほら、ケツ上げて」
「うう、デリカシーのない言い方やなあ……」
 そう言いながらも、亜美は、素直にお尻を持ち上げる。
 浩之助は、何度か亜美のアヌスにキスをした後、たっぷりと潤滑ゼリーを塗ったバイブを、そこにあてがった。
「ぁう……」
 亜美の小さな体が、緊張する。
 が、そのアヌスは、ぬらぬらと光るその責め具を、ぬるん、と難なく飲み込んでしまった。
「はうっ……ふっ……ン……ひゃうン……」
 つるん、つるん、とアナルバイブの球体部分を肛門が飲み込むたびに、亜美が小さな悲鳴をあげる。
 が、二人が、夏の有明で手に入れた男性向け・女性向け双方の同人誌を読んでこの部分に興味を持ち、実際に“開発”を始めてから三ヶ月近くになっていた。最初は、どうしても異物を受けつけなかった亜美のアヌスも、今やすっかりバイブに馴染んでしまっている。
 根もとの、一際大きな球体が、亜美の体内に飲み込まれた。青色の取っ手だけが、外側に突き出ている。
「スイッチ入れるぞ、亜美……」
 浩之助は、囁くような声で言った。亜美が、再びシーツを口に噛んで、こっくりと肯く。
 浩之助が、スイッチを入れた。
 ヴヴヴヴヴヴヴヴ……
「んんんンっ!」
 びくん! と亜美の背中が跳ねた。
 直腸にすっかり収まった震動部分の蠢きに、すっかりアブノーマルな刺激に慣れてしまったアヌスが奇妙な快楽を紡ぎ出す。
「気持ちいいのか? 亜美」
 浩之助の問いに、亜美は、うんっ、うんっ、と大袈裟に肯く。どうも、きちんと自分の運動を制御できない様子だ。
「う、うふぅ……ふぅ……ンふー……ふうう〜ん」
 羞恥と快感に耳まで赤く染めながら、亜美が、とろけるような鼻声を漏らす。
「亜美……すげえ……」
 浩之助が、喘ぐような声で言いながら、亜美の腰を左腕で抱えるようにした。そして、バイブの持ち手を、右手で逆手に握る。
「動かすから、痛かったら、言えよ」
 浩之助の言葉に、亜美が、また無言で、うんっ、うんっ、と肯いた。
 今与えられている刺激だけでは足りないかのように、亜美のヒップが、ふるふると小刻みに震えている。
 浩之助は、乱暴にならないように注意しながら、バイブをずるずると引きぬいた。
「ひぃああああああッ!」
 まるで人前で排泄をしてしまったかのような恥ずかしさと気持ちよさに、亜美は、とうとう声をあげてしまった。
 浩之助が、潤滑ゼリーでぬらぬらと濡れ光る淫猥な責め具を、今度は、再び亜美の体内に挿入する。
「ひッ! い! いいいいっ!」
 アヌスを強制的に開閉される感覚に、亜美の幼げな体がのたうとうとする。
 が、バイブを差し入れられた状態で体を動かすのは危険だ。浩之助は、左腕でしっかりと亜美の体を押さえこみながら、その菊門にバイブを抽送させる。
 バイブとアヌスの隙間から、熱せられてとろとろになった潤滑ゼリーが溢れ、愛液と混じり合いながら亜美の白い太腿を伝い落ちた。
 終わりのない排泄を続けているような、背徳的で、そして間違いなく変態的な快楽。
 その快楽にさらされ、想い人の前で浅ましくも悶えている自分自身に、亜美は、強烈な羞恥心を感じていた。
 が、その羞恥心が、ますます体を火照らせ、肛虐による快感をさらに倍化させている。
 それは、今まで後では感じたことのないような、恐怖感を伴った快感だった。
 そして、さらに大きな快楽の波の予感が、亜美の体の奥底で育っている。
「こ、浩之助ッ! ウチ、ウチもうあかんッ!」
 亜美が、切羽詰った声をあげる。
 と、何を勘違いしたのか、浩之助はアナルバイブを慌てて引きぬいた。
「ひゃううううっ!」
 ぶるぶるぶるっ、と亜美の体が、震える。
 が、今一歩というところで、亜美は、絶頂へ至る切符を手に入れ損ねていた。
「だ、大丈夫か? 亜美」
 尋常でない亜美の様子に、浩之助が、その顔を覗き込む。
「あ、ああああァ……もう少し、やったのに……」
 亜美が、恨みっぽい涙目で、浩之助を睨んだ。
「へ?」
「アホぉ……ウチ、もうちょっとで、イケそうやったのにぃ……」
「それは、その……」
 膝立ちの姿勢で茫然としながら、浩之助は次に言うべき言葉を探していた。浩之助にしてみれば、亜美がアヌスで絶頂を迎えるという事態は、未だ想定していなかったのである。
「浩之助のイジワルぅ……」
 ちっともそんなつもりはなかった浩之助にそう言いながら、亜美は、ぎゅっ、と彼の腰に抱きついた。
 そして、すでに天を向いて勃起している浩之助のペニスに、まるで好物を前にした犬のようにむしゃぶりつく。
「うあッ! あ、亜美……」
「浩之助え……してよお……お尻に、コレ、入れてえ……」
 ぴちゃぴちゃとはしたなく舌を絡ませながら、亜美が、そんなおねだりをする。その大きな目を見ると、イキそこねたことで思考が何か一線を超えてしまったようだ。
 何しろ、まだ、この二人はアナルセックスの経験はないのである。だと言うのに、亜美は、バイブよりはるかに太いペニスの挿入をあられもなくねだっている。
 そんな亜美の乱れように、浩之助は、まるで神経が焼き切れそうな興奮を覚えていた。
 亜美の可憐な口元が、ペニスの先走りの汁と、自らの唾液で、べとべとになっている。
「分かったから、亜美、後ろ向いてくれよ……」
「ん……」
 亜美は、どこか頼りない仕草で肯いて、再びベッドに上半身を預けた。
 そして、両手を後ろに回して、はしたなくも自らの尻たぶを広げる。
「あ、亜美……」
 その淫らで扇情的な仕草に、ますますペニスに力をみなぎらせながら、浩之助が、亜美の後ろに回りこむ。
 そして、すでに亜美の唾液によって濡れ光っている自らのペニスに、潤滑ゼリーを塗った。
「は、はやくゥ……おねがいや……」
 亜美が、ふりふりと可愛くヒップをゆらしながら、そう訴える。
 浩之助は、深く肯いて、赤黒い亀頭を、セピア色の肉のすぼまりにあてがった。
「は、あぁあァ……」
 ペニスの先端でアヌスを圧迫すると、亜美が、ため息のような声を漏らす。
「亜美、力、抜いて……」
 このまま力づくで挿入してしまいたいという危険な欲求を必死に制止しながら、浩之助が言う。
 亜美は、口から半ば舌を出すようにしながら、はぁはぁと息をつき、アヌスを緩めようとした。
 そして、ちょうど排泄をするときのように、ちょっといきむ。
「う……」
 充分にゼリーを塗られた亀頭部分が、ぬるん、と括約筋を押し広げて侵入していく。
「はわ、あ、ぁ、ああぁ、あああ……」
 体の奥底をこじあけられるような、どこか屈辱感の入り混じった快感に、亜美は声をあげていた。
 ようやく、アヌスが、亀頭部分を飲み込む。
 よく言われているように、一番太い部分が通過してしまえば、その後の挿入はスムースだった。
「あくううううっ!」
 ずずずずずずっ、と節くれだったシャフトが括約筋をこすりながら直腸に入っていく感覚に、亜美は思わず体をのけぞらせていた。
 亜美のヒップと、浩之助の腰骨の辺りが密着する。
「ぜ、全部入った、亜美……」
 はぁはぁと喘ぎながら、浩之助が、言わでものことを口にする。
 結合部に目をやると、亜美のアヌスは痛々しく引き伸ばされ、ペニスを咥えこんでいる様はどこか苦しげだ。
「い、痛くないか? 亜美……」
 浩之助の問いに、亜美が、ふるふるとかぶりを振る。
「いっぱい……おなかんなか……こうのすけで、いっぱいや……」
 そして、うわごとのような声でそう言った。
「動かすぞ……」
 うんっ、うんっ、と亜美が肯く。
 浩之助は、きりきりと自らのペニスの根元を締めつける力に逆らうように、少しずつ、腰を動かし始めた。
 膣内とは全く違う感触を感じながら、浩之助のペニスが、亜美のアヌスを出入りする。
「は……あう……す、すご……すごいィ……」
 体の内側がめくれあがるような快感に、亜美は喘ぎ声をあげた。
 広げられたアヌスの無残なほどの様相に反して、抽送自体は、驚くほど滑らかだ。
 ずるるっ、ずるるっ、と浩之助のシャフトが括約筋をこすり、擬似的な排泄感を伴う快感を亜美にもたらす。
「熱い……熱いの……お、お尻が、お尻が熱い……あっついィ……っ」
「亜美……亜美ぃ……っ」
 痛いくらいの強烈な締め付けに歯を食いしばりながら、浩之助が、亜美の名を呼んだ。
 その腰の動きは次第に速くなり、じゅるじゅると下品な音をたてながら泡立つ潤滑ゼリーが、結合部の隙間から漏れ出る。小さく可愛らしい亜美のヒップとの対比もあって、信じられないほど淫猥な光景だ。
「あ……あいっ……ウチ……ウチもう……ひゃう、いぃ、ひいっ!」
 体に力が入らないのか、完全にベッドに突っ伏しながら、亜美が、すすり泣きのような声を漏らす。
 そして、何かを求めるように、焦点の合ってない流し目を、ちら、と浩之助に向ける。
「亜美いッ!」
 浩之助が、亜美への気遣いを忘れたように、夢中になって腰を振った。
「ひあああああああああああああアーっ!」
 直腸粘膜をこすりあげる浩之助のペニスが、ひときわ膨張したように感じられて、亜美は、高い声をあげていた。
 感じているだけでも罪悪感を抱いてしまうような異質の快美感が、亜美を圧倒し、うちのめす。
「あ、あかん! もう……かんにん、かんにんッ!」
 何かに夢中で謝りながら、シーツを引き千切らんばかりに握り締め、体を丸めるようにして身をよじる。
「うあああああっ!」
 浩之助が、悲鳴をあげた。
 凄まじい勢いで輸精管を駆けた精液が、一瞬、括約筋の締め付けに阻まれたのだ。
 目のくらむような激痛の一瞬後、強烈な解放感を感じながら、亜美の直腸内に大量のスペルマを迸らせる。
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああん!」
 熱い牡のエキスを次々と注ぎこまれる感覚に、亜美は、絶叫していた。
 排泄器官への刺激で絶頂に舞い上げられるという、初めての体験。
 びくっ! びくっ! と亜美の幼げな体が、断続的に痙攣する。
 そして、ほぼ同時に、二人の体が弛緩した。
 ぬるん、と浩之助のペニスが括約筋に押し出される。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
 荒い息をつきながら、ぺたん、と浩之助がカーペットの上に尻餅をついた。
 浩之助の支えを失い、亜美の腰も、くたくたと床に落ちる。
「あ……亜美……」
 浩之助の呼びかけにも、返事はない。
 そして、その赤く充血したアヌスから、ぴゅるっ、ぴゅるっ、と精液を漏らしてしまっていることにも気付かず、亜美は、いつまでも上半身をベッドに突っ伏していた。

「で、どうすんだよ?」
 とりあえず服を着て、亜美とともにカーペットを濡れたティッシュで拭きながら、浩之助が訊いた。
「ん……次は、シーツの上でした方が、ええかもなぁ……」
 まだアブノーマルな絶頂の余韻にひたっているのか、ぽやん、とした顔で、亜美が言う。
「いやその、アナルセックスのことじゃなくて……絵の、モデルの話」
「へ……?」
 亜美が、自分の勘違いに、数秒遅れて赤面する。
「もうそっちのことで頭がいっぱいかよ、お前」
「うっさいなあ! ちとぼけっとしとっただけや!」
 にやにや笑いの浩之助に、亜美が、噛み付くように言う。
「分かった分かった」
「う〜……。ま、ええわ。絵のモデルのことやったら、心当たりが無いことも無いんや」
「へえ」
 浩之助が、亜美の持って回った言い方に、目を丸くする。
「誰だよ、それ?」
「浩之助のよく知っとる人や」
 そう、亜美が悪戯っぽい顔で言っても、浩之助は首をひねるばかりだった。



「で、どないなん? 結局のところ」
 昼休みの時間、亜美は、隣の教室の西永瑞穂と、中庭のベンチで並んで弁当を食べながら、話をしていた。
「うーん……一応、ウチじゃあ公認カップルには認定してないんだけどね」
 そう言いながら、瑞穂が視線を上に向ける。彼女が言う“ウチ”というのは、“学園カップル認定委員会”なる非公式な生徒集団のことである。
「ま、彼女には前科があるさかいなあ」
「前科って言うのは、ちょっと大袈裟だと思うんだけど」
 そう言う瑞穂の表情は、普段と違い、どこか複雑だ。
「何にせよ、あの二人、おおっぴらにつきおうとるんと違うわけや」
「それは、そう。あんまり仲良くしてるふうでもないしね」
「んふふ、瑞穂ちゃん、あのコのことになると、歯切れ悪うなるなあ」
「え?」
「やっぱ、林堂はんとのインネンがあるから?」
「そ、そんなことないよ……」
 瑞穂が、慌てたように言う。
「それよりさ、そんなこと訊いて、どうするの?」
「ん、ちょっとな」
 亜美が、意味ありげに笑った。
「もし、郁原はんと月読ちゃんがつきおうとるんやったら、さすがに頼めへんし」
「何を?」
 瑞穂が、きょとんとした顔で重ねて訊く。
「ひ・み・つ♪」
 そう言いながら笑う亜美の顔は、どこか小悪魔じみていた。



「え、キス?」
 漫研部室に呼び出された郁原竜児は、思わず大声で言ってしまった。
「そや。らぶらぶエッチなキスシーン♪」
 その幼い顔に笑みを浮かべながら、亜美が言う。
 漫研部室にいるのは、亜美と郁原、そして、郁原の美術部の後輩、鈴川名琴の三人だけだ。
 すでに、日は次第に短くなり、窓の外は薄暗くなっている。
「な、なんでそんなコト……」
 驚き、そして呆れながら、郁原は亜美に言う。
「なしてって、郁原はん、部活対抗レースでウチらに負けたやんか」
 涼しい顔で、亜美が言う。
 十数年前、美術部の跳ね返りが分離独立して漫画研究会を設立して以来、両者は、何かにつけて張り合うことを伝統にしている。体育祭の部活対抗レースに破れた方が、勝った方の言うことをきく、というのも、その一環である。
「いやや、言うんやったら、今度の文化祭の展示準備、ぜーんぶ美術部の連中にやらせるでえ」
「んなことしたら、こっちの展示が間に合わなくなっちゃうよ!」
「だーかーらー、おとなしく、モデルしてくれればええんや」
 言いながら、亜美は、わざとらしくスケッチブックと鉛筆を構える。
「そんなこと言ったって……それに、鈴川さんだって、イヤだって言うに決まってるだろ!」
「どないやろな、それは」
 そう言って意味ありげに笑いながら、亜美は、名琴に視線を移した。
「あ、あたし? あたしは……」
 名琴が、頬を染めてうつむきながら、続ける。
「あたしは、そのォ……別に、いいです……」
「鈴川さん!」
 郁原の声は、悲鳴に近い。
「決まりやな、郁原はん」
 勝ち誇ったように、亜美が言う。
「名琴ちゃんが、ええゆーとるんや。女のコに恥かかせたらあかんよォ」
「う……」
 いつのまにか退路を塞がれたような形になって、郁原は思わず小さくうめいてしまう。
 と、そんな郁原の制服を、つん、と名琴が背中から引っ張った。
「センパイ、しましょ」
「す、鈴川さん……」
「あたし、センパイとだったら、いいんです……だから……」
「でも――」
「それに、センパイ以外の人とやれとか言われたら……あたし……」
 名琴の大きな目が、涙で潤む。
 郁原は、出口の無い迷路に迷い込んでしまったかのような表情で、名琴と、そして亜美を見比べた。
「わ、分かったよ……一度だけだからね」
「ええよ♪」
 亜美が郁原に、弾んだ声で返事をする。
「じゃあ、鈴川さん……そのう……」
「はい……」
 自分の方に向き直った郁原に、名琴が、一歩、足を踏み出す。
 郁原が、名琴の薄い肩に両手を置いた。
「ごめん」
「いえ……」
 謝る郁原に、ちょっと微笑んで、名琴が答える。
「ごめん……」
 しかし郁原は、誰にとも無くもう一度謝って、名琴の体を引き寄せた。
 そして――



 その夜。
「浩之助え!」
 自宅の敷地の中にある道場で腕立てをやっていた空手着姿の浩之助に、郁原は鋭い声で呼びかけた。
「お、郁原。ココに来るなんてひっさしぶりだなあ」
 ぴょん、と腕の力だけで体を起こし、そのままあぐらをかきながら、浩之助が言う。
 小学生のころ、郁原は、浩之助の父が経営するこの空手道場に通っていたのだ。
 今日は、道場は休みである。ただ浩之助だけが、この板敷きの広間を自由に使っている。
「浩之助、なんで、久留山さんを止めなかったんだよ!」
「止めるって……亜美が何かしたのか?」
「モデルのことだよ! ……聞いてないのか?」
 靴を脱いで道場に上がりながら、珍しく眉を怒らせ、郁原は言った。
「モデルって……あーあーあーあー」
 ぽん、と浩之助が手を打つ。
「心当たりって、お前のコトだったのかあ」
「今、気付いたの?」
「だって、亜美、何も言わねーんだもん」
 郁原は、大きくため息をつき、脱力したように腰を下ろした。
「で、相手は?」
「別にいいだろ、誰だって」
「――名琴ちゃんか? うらやましいこったね、この色男」
「あのなあ……」
 そう言う郁原の苦りきった様子に、浩之助はようやく真顔に戻った。
「もしかして、月読のこと?」
「……」
 無言で、郁原が肯く。
「なんだよ、まだ諦めてなかったのか?」
「いや、その……」
「それとも、お前ら付き合ってるの?」
「そういうわけじゃ、ないけど……」
「煮え切らんヤツめ」
 ふん、と鼻を鳴らして、浩之助が言う。
「……で、それだけ?」
「とりあえず、この件は」
 そう言って、郁原は立ちあがった。そして、制服の上着を脱ぎ捨てる。冷たい夜気が、ワイシャツの上からでも感じられた。
「どうしたんだよ、いきなり」
 そう言いながら、浩之助も立ちあがる。
「いや、久々に、一緒に稽古したくてさ」
 郁原が、靴下を脱ぎ、裸足になりながら言った。
「……突然だなあ」
 郁原の申し出に、浩之助は不思議そうな顔をする。
「ま、オレはいいけどさ……なんで?」
「倒さなきゃならないやつがいるんだよ」
 笑いもせず、郁原が浩之助の問いに答える。
「なるほどお。すごく納得いく話だな」
 それ以上は訊かずに、浩之助は、空手着の帯を締め直す。
「じゃあ、ルールは何でもありか?」
「うん」
「グローブなしで、顔面やキンタマもあり?」
「うん」
 そう返事をする郁原の顔に、いつにない鋭い表情が浮かんだ。
 絵を描く時に、モチーフを一瞬だけ凝視するあの表情で、浩之助を見つめている。
 が、浩之助は平気な顔で、その鋭い視線を受け止めていた。
「でも、いいのかよ。もう十年もやってないんだろ?」
「だから、浩之助を相手に選んだんだよ。浩之助なら、手加減無しでやってくれるだろ」
「褒められてるんだか舐められてるんだか……」
 ぽりぽりと浩之助が頭を掻く。
「で、今から?」
「うん」
 そう、郁原が返事をした時には
 だん!
 と音をたてて、浩之助は床を蹴っていた。
 郁原の動体視力に挑戦するかのような素早さで、右斜め前に走る。郁原の左側だ。
 郁原が、反射的に構えを取ろうとする。
 その構えが浅いうちに、浩之助は郁原の後ろに回りこもうという魂胆だ。
 そもそも、右利きの郁原が、通常通り左足を前、右足を後とする形で構えれば、ますます浩之助に背中を向けてしまうことになる。
 が、郁原は、思いきり右足を引いていた。
 浩之助の姿は、すでに郁原の視界から消えている。
 郁原は、引いた右足をそのまま跳ね上げ、体を回転させていた。
 後回し蹴り――
 不自然な動作から放たれたとは思えないような、鋭い蹴りだ。
 が、郁原が再び視界に収めた浩之助は、その蹴りよりもさらに高く跳躍していた。
 とん、と郁原の頭に両手をついて、跳び箱の要領でその頭上を越える。
 郁原は、そのまま前のめりに倒れるようにしながら、体をねじった。
 郁原が振り返り、一瞬遅れて、着地した浩之助も振り返る。
「んだよ。きちんと練習してたのかよ」
 すすすっ、と距離を取りながら、浩之助が口を尖らせて言った。
「眠れない夜とかにね」
 郁原が、ちょっとだけ笑みを浮かべて、そう言う。
「ずるいぞ」
「何言うんだよ。そっちこそ、不意打ちして」
「あんなの不意打ちに入んねえよぉ。しっかし……」
 浩之助は、眉を曇らせながら、言った。
「まだ、当てられねえのかよ」
 そう言われて、郁原は小さく肩をすくめた。浩之助の言うとおり、さきほどの蹴りは、彼に当てるつもりのものではなかった。その動きを牽制するためのものだったのである。
「多分、一生こうだよ」
 郁原が、何かを諦めたような笑顔で言う。
「んじゃ、誰にも一生勝てねえだろおが」
「そうとも限らないと思うんだけどね」
 そう言って、郁原は、ふと、構えを解いた。
 あまりにもあからさまな誘いだ。
 反射的に、浩之助は郁原に対し突進してしまう。
 周囲には、使えそうな壁などは無い。が、死角を突く戦法を続けて二度食らうような郁原ではないだろう。
 真正面ど真ん中――
 右に避けても左に避けても間に合わないだけの速さと勢いで、浩之助が走り、そして宙に飛ぶ。
 飛び膝蹴りだ。
 たとえ浩之助の体重が軽量級とはいえ、このスピードで硬い膝頭をまともに食らえば、かなりのダメージになる。
 ごッ! という鈍い音……。
 郁原は、浩之助の右膝を、その額に思いきり受けていた。



 そして、数日後。
「郁原……」
 舞にそう呼ばれて、郁原は振り返った。
 放課後、誰もいなくなった教室に、郁原と舞だけが残っている。
 夕日が、教室の中を赤みがかった金色の光で満たしていた。
 郁原の額には包帯が巻かれ、その優しげな顔のあちこちにはバンソウコウが貼られている。美術部の彼しか知らない者にとってみれば、ひどく異様な感じだ。
「何?」
 傷だらけの顔で、穏やかにそう聞き返す。
「え、えっと……」
 そんな郁原に少し圧倒されたように、舞がかすかに言いよどむ。
「郁原、1年のコとつきあってるって、ホント?」
「それは……違うよ」
 そう、郁原が言う。
「べ、別に、あたしに気使わなくていいのよ。あたしとあんたは――そのお、恋人なんかじゃないんだから」
「……」
「な、何か勘違いしてるかもしれないんだけどさ、あたしとあんた、そんなんじゃないんだから……その、鈴川ってコだっけ? そのコと、仲良くしなよ」
「何で、そんなこと言うの?」
 郁原は、舞がはっとするほど静かな声で、そう言った。
「理由なんか、別に、ないけど……」
「姫園の奴が言ったの? その、鈴川さんのこと」
 びくっ、と体を震わせ、舞は、うつむきかけていた顔を上げた。
 郁原の少女じみた目に、ひどく危険な色が浮かんでいる。
「やっぱりあいつ……僕を、尾けてたのか……」
 囁くような小さな声で、郁原がつぶやく。
「い、郁原……?」
 不安そうに舞がそう言ったときには、郁原は、もとの優しげな表情に戻っていた。
 なぜか、舞の体に、ぞくぞくとした戦慄が走る。
「あいつとは、もうすぐ、決着をつけるから」
「けっちゃく……?」
「それと――僕が好きなのは、君だけだからね」
 にっこりと笑いながらそう言って、郁原が、教室を出ていく。今日も、浩之助の家に向かうのだ。
 茫然とした顔の舞が、そこに残された。
あとがき

BACK

MENU