偽の幽霊



「瑞穂は、幽霊っていると思う?」
 そう訊いてきたのは、瑞穂と同じ学園カップル認定委員会の、早瀬ひとみだった。
 ショートカットに悪戯っぽい目つきのボーイッシュな少女である。しなやかに伸びた手足が魅力的だ。
 ここは、委員会の会合場所になっている空き教室である。月一回の定例会の七月分が終了し、ほとんどの生徒たちは帰りだしている。
「えと……ゆうれいって、この幽霊?」
 どう訊いていいか分からず、瑞穂は両手をだらりと下げるあのポーズをとってみる。
「そう。それ」
「……分かんないけど……会ったことはないよ」
「あのね……そのう、こんなこと言うの、ちょっとアレなんだけどさ……あたし、幽霊に取り憑かれてるかもしれない」
「はあ?」
「んんー、それとも、二重人格なのかな? でも……どうなんだろ? 自分でもごちゃごちゃなんだよね、頭の中がさ」
「はあ……あのさ、何だったら……智視ちゃんに相談してみる?」
「さとみちゃんって、誰?」
「あ、えっと、林堂くんのこと。あたしと同じクラスの」
「あー、あのスカしたヤツ? ……あ、ごめん」
 瑞穂が、ぷっ、とその柔らかそうな頬を膨らませたので、ひとみは慌ててあやまった。



「実はね……」
 漫研部室から呼び出された林堂を前に、ひとみは話し始めた。
「あたし、ある人と二人っきりになると、そのう……うまく言えないんだけど、別人みたいになっちゃうの」
「ある人って?」
 林堂が、軽い調子で聞き返す。
「あ、ごめん、名前は言えない」
「まあ、それならそれで結構だ。で、別人になるっていうのは、どういうことなんだ?」
「うん……そのう、要するに、全然ちがう人間に変わっちゃうわけ。名前なんかも違う、あたしじゃない人にね。で、そのあたしじゃないあたしっていうのは……“ある人”のお姉さんでね、かずみって名前なんだけど、五年前に死んでいるわけ。今のあたしと同じ、十六歳のときにね」
「――それは、その“ある人”が言ったのか? “あなたは五年前に死んだ私の姉です”って」
「うーんと……はっきりそう言ったわけじゃない、と思う。ただね、あたし自身も、かずみって人が、目の前の“ある人”のお姉さんなんだってことは、分かっちゃう感じなのね」
「ふん……」
「その上、あたしの知らないようなことまで話し出しちゃうの。自分が、その妹の目の前で、ある男に刺し殺されたこととかね」
 何でもなさそうに言われたひとみの言葉に、瑞穂は息を飲み、そして、林堂は面白そうに目を細めた。
「穏やかでない話だな」
「そう、だよね、やっぱ」
 林堂の言葉に、ひとみがぽりぽりと頭をかきながら言う。
「で、その犯人が誰かとか、そういうことは覚えているのか?」
「え?」
「だから、かずみだっけ? その幽霊なり何なりを殺した男が誰か、ということをさ」
「……あたしには、分からない。それに、彼女は思い出したくないみたい」
「その、かずみが現れてる間、意識はあるのか?」
「ぼんやりとだけどね。なんか、夢を見ているみたいな感じなの。ぼーっとしている間に、かずみがあたしの体をのっとって、勝手に動かしてる、みたいな。でも、たまにそのまま、何も分かんなくなっちゃうときもある」
 ここまで言って、ひとみは、急に心配そうな顔になった。
「やっぱあたし、おかしいのかな? 気が狂ってるように見える?」
「いいや」
 即座に、林堂はそう返事をした。
「見たところ、そんな感じはしない」
「そう……でも、やっぱヘンだよね。こういうのって」
「そりゃまあ、よく聞く話じゃないことは確かだな。――ところで、そのかずみとかいう幽霊のおかげで、何か困ったこととか起こってるのか?」
「え……」
 そう言われて、ひとみはなぜか急に顔を赤くした。
「えっと、別に、そんなことは、ない……けど……」
「?」
 そんなひとみの様子に、瑞穂はきょとんとする。
「じゃあ、今すぐそのかずみとやらを、どうこうするつもりは無いわけだ」
「うん」
「そうか……」
 林堂は天井を仰いだ。
「思うに……それはやっぱり幽霊だと思うなあ」
 そして、ひどくあっさりとそう言ったのである。



「クリプトムネジアだな」
 ひとしきりいろいろと話したひとみが帰った後、林堂は、瑞穂にそう言った。
「くりきんとん味?」
「わざと間違えてんのか? クリプトムネジアだよ。潜在記憶。隠された記憶ってやつだな。リーンカネーション――つまり転生とか前世とか、そういうオカルトを科学的に説明するのによく使われる言葉だ」
「そんな言葉使ったことないよお」
「ま、いい。要するに、人間の記憶なんてものは、すごく曖昧なものだってことさ」
「智視ちゃんも、あたしのことすっかり忘れてたもんね」
「混ぜっ返すなよ」
 そう言いながらも、林堂はちょっとだけ顔を赤らめた。が、気を取り直したように続ける。
「例えば、子どもなんかが、とっくに死んだ人間の日記や伝記なんかを読みふけったとする。そして、その死人に対する記憶は鮮烈に残りながら、日記を読んだこと自体を忘れたとすると、どうなると思う?」
「……どうなるの?」
「知らないはずの、生まれる前の記憶が甦ったように見えるかもしれない」
「え……あ、なるほど」
「さらに、周りの大人なんかが大騒ぎしたとする。これは絶対に誰々の生まれ変わりだとか、な。子供は頭が悪いから、自分でもそんな気になるし、周囲の“期待”を裏切らないよう、無意識に演技したりもする。いくつかの条件が重なれば、立派な前世記憶者の誕生だ」
「うみゅー……でも、ひとみちゃんの場合は違うよね」
「この場合、かずみとかいうやつが死んだのが五年前だから、それがネックになったんだろう。だから、前世じゃなくて幽霊になった。おそらく、その死んだかずみってのが、あいつと顔とか雰囲気が似てるんじゃないかな? 早瀬の言う“ある人”の反応を考えても、そういうふうに推理できる」
「ふんふん」
「五年前、思春期になりかけの不安定な時期、早瀬は、何かのきっかけで惨殺された少女のことを知る」
 興味津々の瑞穂に対し、林堂はまるで見てきたような口調で言った。
「事件の記録を読んだり、もしかしたら関係者の話なんかも聞いたかもしれない。確かにショッキングな話だから、印象に残ったろう。が、五年の間に、そのことは表向き忘れてしまう。つまり、クリプトムネジア――潜在記憶になるわけだ」
「それで?」
「その潜在記憶が、何かのきっかけで、今になって不完全によみがえる」
「きっかけって……?」
「それは、分からない。が、例えば……早瀬は、確か俺と同じで、今年になってこっちに転校してきたんだよな。それが、きっかけかもしれないな。偶然かどうかは知らないが、ここは、その殺されたかずみが住んでた街なんだろ?」
「あ……そうだよね。こっちに、弟さんだか妹さんだか、いるんだもんね」
「そう。それに、鏡の中に映る顔が、昔見た殺された女の顔そっくりになっていたとしたら?」
「こわー……確かに、ショックかも」
「――自分は、鏡の中のこの顔に見覚えがある。名前も分かる。どういう境遇にあったのかも思い出してくる。そう、彼女は、五年前、今の自分と同じ位の年齢で殺されたのだ、とかな。だけど、そのことを自分がどうして知っているのか分からない。そうなると、これは……」
「幽霊が自分に取り憑いた、って思っちゃう?」
「まあ、最初はそこまではっきりと考えてはいなかったんだろうけどな。この場合、死んだかずみの妹だか弟だか、早瀬の言う“ある人”の反応が、思い込みを助長させる役割を果たしたのかもしれない」
「じゃあ、やっぱり幽霊なんかじゃないんだ。……アレ? だったらどうして、あんなこと言ったの?」
「じゃあお前、幽霊を定義できるか?」
「テイギ?」
 普段使っていない言葉で返され、瑞穂はちょっと考えこむ。
「幽霊を構成する素粒子が発見されたわけじゃないんだ。誰も気付かないうちに、二人以上の人間の関係性の中に死人が登場したんだぜ。それを幽霊と言っても、差し支えないだろう」
「あ、ごめん、言ってることの三割くらい分かんない」
「要するに、“ある人”からまたお姉さんを取り上げるのは可哀想だろ、ってことさ」
 そう言って、ふっ、と林堂は笑った。
「早瀬だって、切実に困ってるわけじゃなさそうだし……脳の中に一人くらい幽霊を置いとく余裕はあるんじゃないのか?」
 しばらく黙っていたのち、瑞穂は、ぽわーん、とした瞳で林堂を見た。
「……智視ちゃん、ロマンチストだねー」
「そうか? 今の話でそう思うか?」
「うん。ロマンチストで、それで、優しい」
「自分ほどのリアリストはそうそういないと思ってたんだけどなあ……」
 苦笑しながら、林堂は、カバンから何かを取り出した。
「あ……!」
 ほのかに上気していた瑞穂の顔が、真っ赤になる。
「あの……学校で、するの……?」
「いやならやめるよ。俺は優しい人間らしいからな」
 そう言いながら、林堂は、手の中の道具を弄ぶ。
 それは、銀色に光る金属性の手錠だった。
「やっぱり、いじわる……」
 瑞穂が、顔を伏せ、上目遣いで林堂の顔を見る。
「どうする? さすがに学校じゃやめとくか?」
 質問の形をとることによって、逆に相手を追い詰めていく。
「ううん……ちょ……調教……して、ください……」
 瑞穂は、蚊の鳴くような声で言った



 男子トイレの個室の中で、瑞穂は後手に両手を戒められていた。
 瑞穂の両手を戒める手錠の鎖は、頭上にあるトイレのタンクから伸びるパイプの裏側を通ってる。もはや瑞穂は、自力でここから出ることはできない。
 洋式トイレの便座のフタに座って、瑞穂は、真っ赤に顔を上気させていた。
 そんな瑞穂のセーラー服の夏服に、林堂はその繊細そうな手を伸ばした。
「あン……」
 抑えようとしても抑えきれない声が、瑞穂の小さな唇から漏れる。
「敏感だな、相変わらず」
 口元に笑みを浮かべながら、林堂は、セーラー服のスカーフをほどき、ファスナーを下ろして前をはだけさせる。
 シンプルだが可愛らしいデザインの白いブラが、形のいい膨らみを隠している。林堂は、そのブラを上にずらし、ピンク色の乳首を露わにした。
 両手を戒められているので、それ以上脱がすことはできない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 瑞穂が、小さく、そして甘く喘いでいる。拘束されたまま服を脱がされるというシチュエーションに、はしたなくも興奮しているようだ。
「こっちも、脱がすぞ」
 そう言って、林堂は紺色のフレアスカートに手を伸ばした。瑞穂が、小さく膝を震わせながらも、腰を浮かして協力する。
 ブラとそろいの白いショーツに、林堂はひざまずいて顔を寄せた。
「ぁぅ……」
 内股に林堂の息遣いを感じ、瑞穂が消え入りたげな声を漏らす。
「濡れてる」
 シンプルな、事実だけを告げる林堂の言葉に、瑞穂の胸がきゅうんとなる。
 林堂は、ショーツの中央にある船形の小さなしみに、そっと指で触れた。
「ひぁ……」
 それだけの刺激で、ぴくん、と瑞穂の体が震える。
 林堂は、その部分をそろっとひと撫でして、ショーツに手をかけた。そして、丸いヒップから、つるんと果実の皮をむくように、その可憐な布きれを脱がしてしまう。
 そして、丁寧に左足だけをショーツから抜き、右の足首に、くしゃっとまとわりつかせる。
「まるで、レイプされたあとみたいな感じだな」
 くすくす笑いながら、林堂はそんなことを言って立ちあがった。
「い、いじわるぅ……」
 瑞穂が、恥ずかしそうに身をよじった。その仕草すらも、林堂の嗜虐心をたまらなく刺激する。
「瑞穂……」
 さすがに少し声をかすれさせながら、林堂は、制服のスラックスのファスナーを下ろした。
 すでに力を漲らせている若いペニスが、その姿を現す。
「智視ちゃん……」
 幼馴染の御主人様をそう呼びながら、瑞穂は、上体を前に屈ませた。
 屹立した熱いペニスの先端に、まるで挨拶するように、そっと口付けする。
「……っ」
 林堂が、思わず漏れそうになった声をこらえる。やせ我慢してなかなか声をあげようとしない林堂が、瑞穂はちょっと好きだ。
「はぁ……ぁむ……」
 ぱくん、といった感じで、瑞穂が林堂のペニスを咥えた。
 林堂が、目を閉じ、背中を個室のドアに預ける。まるで、何かに追い詰められたような顔だ。
 瑞穂は、ぴくぴくと脈打つシャフトに唾液を馴染ませるように、口の中で大胆に舌を使った。
 そして、いったんゆっくりと頭を引き、口の中に残る亀頭の部分を、ちろちろと舐め回す。
 初めて経験を持ってから三ヶ月の間、林堂の反応が嬉しくて学んできたテクニックである。
 みじめに拘束されているはずなのに、口の動きだけで“御主人様”を翻弄できているような気がして、どこか楽しい。
 そして――とても、感じてしまう。
 舌と口腔、そして唇に触れる林堂の逞しい牡器官の感触が、瑞穂の未成熟なはずの官能を燃え立たせる。
(多分あたし、すっごく濡れちゃってる……)
 ショーツを脱がせてもらってよかった、などとらちもないことをちょっと思いながら、瑞穂は次第に淫らな口唇奉仕に没頭していった。
 雁首や鈴口の部分を、舌の裏の柔らかい部分で愛撫し、裏筋や陰嚢をぺちゃぺちゃと音をたてて舐めしゃぶる。
「っく……ぁ……ぁぅ……はぁっ……ぁ……」
 林堂自身が意識しているかどうか分からない抑えられた喘ぎが、瑞穂の脳を奇妙に痺れさせる。
 先走りの汁や、自らの唾液で顔が汚れるのも気にならない。それどころか、もっともっと自分を汚してほしいような気すらした。
 すえたような性臭すら、瑞穂のいやらしい牝の部分を疼かせている。
(あたし……すごいエッチ……)
 両手を戒められ、服をはだけさせられて、目元を赤く染めながら林堂の股間に顔をうずめる自分の姿を想像すると、ますます熱い蜜が溢れてしまう。
 しかも、自分がいま座っているのは、男子生徒が排泄をするための汚らしい便器なのだ。
 たまらなく甘美なみじめさ……。
(あ……ッ?)
 瑞穂は、かつてないほど、自分の性感が高まっているのを感じていた。
(う、うそ……あたし……口でしてて、イっちゃいそうになってる……!)
 確かに、今までもフェラチオで間違いようのない快感を感じたことはあったが、ここまではっきりと感覚が昂ぶったのは初めてだ。
(ど、どうしよう……こ、このままじゃ……)
 そんな動揺を見越したように、林堂が、瑞穂の頭を両手で抱えた。
「んぷッ!」
 そして、ぐいぐいと腰を使い出す。
「ン! んぐっ! んぶ! んーッ!」
 ずりずりと口腔粘膜をペニスにこすられ、息苦しさを伴った快感が、瑞穂の頭の中で弾けた。
 可愛らしいリボンでまとめられたポニーテールが、ゆらゆらと揺れる。
「瑞穂……っ!」
 イラマチオを続けながら、林堂が切羽詰った声をあげる。
 瑞穂のクレヴァスは、犯されている口に同調し、とろとろと愛液を便器のフタの上に溢れさせていた。
 ぐうっ、と瑞穂の口の中で、林堂のペニスが膨れ上がる。
「んぶ!」
 どばッ! と大量の精液が、瑞穂の可憐な口の中に迸った。
「んンーッ! んーッ! んんんんーッ!」
 熱い粘液に喉奥を打たれながら、汚辱にまみれた強烈なエクスタシーに、瑞穂はぶるぶると体を震わせた。
 口内に、青臭いスペルマがたまっていく。
 瑞穂は、目尻に涙をにじませながら、こくん、こくん、と林堂の体液を飲みこんでいった。
「はぁ……っ……」
 両手で、自らの股間に瑞穂の頭を押しつけていた林堂が、ようやく腰を引いた。
 唾液と粘液でどろどろになったペニスが、糸を引きながら瑞穂の口から抜け出てくる。
「あ……」
 ぼんやりとした顔で、瑞穂は林堂の顔を見るともなく見上げた。
「ふーっ……」
 一息ついた後、いつもの表情に戻った林堂が、ペニスをズボンに仕舞い、瑞穂の顔をのぞき込む。
「イったのか?」
 すべてお見通し、といった顔で、林堂が訊く。
「そ、そんな……」
 瑞穂が、顔を伏せながら言う。
「……そんなこと、ないもん」
「うそつきだなあ」
 そう言いながら、林堂は、かちゃりと個室のカギを開けた。
「え……?」
 はっと顔を上げると、林堂が個室から出ようとしている。
「ちょ、ちょっと、智視ちゃあん!」
「大きい声出すなよ」
 林堂にそう言われ、瑞穂ははっと口をつぐむ。
「ちょっとしたら戻ってきてやるよ」
「で、でも……なんでえ?」
「うそつきな瑞穂にお仕置きだよ」
「そ、そんなァ……これじゃ、カギ閉められないよお」
 瑞穂が、かちゃかちゃと手錠の鎖を鳴らしながら言うと、林堂はドアの内側にカバンを置いた。
「?」
「これで、ドアを押さえとけよ。あ、それから……」
 そう言って、林堂はポケットからごそごそと何かを取り出した。
 穴の空いたピンポン玉に、短いベルトが着いたようなものだ。いわゆるボール・ギャグといわれる口枷である。
「そ、そんなの……はぐ!」
 何か言いかける瑞穂の口に、林堂は容赦なくそのボール部分を押しこみ、手際よくベルトを後頭部で締めつけた。
「じゃあな」
 そして、林堂は瑞穂の視界から姿を消してしまう。
「ぁぐぅ……!」
 瑞穂は林堂を呼びとめようとするが、くぐもった声が漏れるだけだった。

(どうしよう……)
 瑞穂は、とりあえず足だけでカバンを動かし、木製のドアを押さえるようにしていた。
 が、これだけではとても安心できない。力を込めて押されれば、ドアは簡単に開いてしまうだろう。
 さっきまでは、がたがたと小さな音がして、林堂が中にいる気配がしたのだが、今、トイレは静まりかえっていた。
(どうしよう……どうしよう、どうしよう、どうしよう……)
 一人でいると、次第に不安が高まっていく。
 この時間、確かに生徒は少なくなっている。それに、ここはあまり利用されないトイレだ。だが、だからと言って、利用者が皆無とは言いきれない。
 いくら普段使われなくても、たまたま今日、ここに人がやってこないとも限らないのだ。
 林堂が、トイレのすぐ近くにいてくれたにしても、そもそもどうやって止めるのか。
 それに、きちんと止めてくれるのかどうか……。
(ま、まさか……でも……)
 林堂のことは、信じている。林堂は、自分を見捨てるような男ではない。
 そう思っていても、半裸で拘束され、言葉まで奪われた状態で男子トイレに放置されているというシチュエーションによる不安感は、酸のように瑞穂の心を浸蝕していく。
(智視ちゃん……)
 夏だというのに、どんどん体が冷えていくような錯覚を、瑞穂は感じていた。
 この学校は、一応はそれなりの進学校ではあるが、自由な校風のせいか柄の悪い生徒も少なからずいる。そんな生徒に見つかりでもしたら、どうなるか分からない。
 それに、そんな生徒が、人気の少ないトイレでタバコを吸うなどということは、いかにもありそうなことだ。
 林堂は腕っ節が強いわけではないし、ケンカなんかは大の苦手のはずだ。これは、本人が言っていたのだから間違いない。
「ぅ……」
 悪寒で、体が小刻みに震えてしまう。
 そんな不安な時間が、どれだけ過ぎたのか――
 外に、人の気配があった。
(智視ちゃん……?)
 かすかに足音が聞こえる。しかし、足音だけでは、それが誰なのかは分からない。
(智視ちゃんだよ……智視ちゃんだよね……そうだよね……)
 祈るような気持ちで、そう思う。
 足音が、個室の前で止まった。
 一瞬、足でドアを押さえていようかとも思ったが、林堂だとするなら、逆効果になる。
(お願い……っ)
 個室のドアが、カバンごと押し開けられた。
(ち――違う!)
「ふぐううぅーッ!」
 瑞穂は、ギャグをはめられた口で、精いっぱい悲鳴をあげていた。
「わっ! ば、ばか!」
 入ってきた男は、慌てて瑞穂の口を押さえた。
 男の腕の中で、瑞穂が拘束された体で無茶苦茶に暴れる。
「お、俺だよ! 俺だって! あんまり動くと手ぇねじるぞ!」
 男が、耳元で、声を殺しながらそう言う。
 聞きなれた林堂の声だ。
「んぐ……?」
 ようやく、瑞穂が動きを止める。よく見れば、確かに林堂だ。
 林堂が、普段後で結んでいる長髪を解いて入ってきたのである。それで、別人と勘違いしたのだ。
「ふぐ……」
 瑞穂の目から、みるみる涙が溢れる。
「うー! うー! うーっ!」
 そして、口の中で何か言いながら、甘えるにしては強すぎる力で、林堂の胸に頭を押しつけた。
「よしよし」
 林堂は、そう言いながら、瑞穂の頭を軽く叩いた。
「あんな声出すとは思わなかったよ。もっとしっかりしたギャグにしておけばよかった」
 そんなことを言いながら、右手を瑞穂の股間に伸ばす。
「うううううーっ!」
 抗議するような声をあげて、瑞穂がぶんぶんとかぶりを振った。
「あ……お前、漏らしちゃったのか?」
「んううううううう……」
 ぽろぽろと瑞穂が涙をこぼす。
 林堂の言葉通り、瑞穂のクレヴァスは生温かい液で濡れ、便座のフタから床にかけて、薄い黄色の小水が滴っていた。
「ほら、動くな。拭いてやるよ」
 トイレットペーパーを手繰りながら、林堂は瑞穂の足元にしゃがみこんだ。そして、閉じようとする瑞穂の膝を押さえつける。
「んぷ……」
 瑞穂は何か言いたげだったが、素直に、脚の力を抜いた。
 林堂が、丁寧に瑞穂の秘裂をぬぐう。そして、便座のフタも拭き、ペーパーを汚物入れに捨てた。
「……」
 そして、何の前触れもなく、瑞穂の脚の間に顔をうずめ、その部分に口付けした。
「んぐッ!」
 瑞穂が、目を見開いて何か叫ぶ。しかし、林堂は平気な顔で、まだ尿の味が残っているであろう瑞穂の陰唇を、優しく舐めしゃぶった。
「んぶ! んんあ! いははひお〜っ!」
 汚いよ、というようなことをいっているのかもしれないが、林堂の巧みな口唇愛撫はますます激しくなる。
「ン……んはぁ……あぶ……ンうううっ!」
 いやおうなく湧き上がる快感に、たらっ、とギャグをはめられた口元から唾液が漏れ、瑞穂は慌てた。しかし、どうすることもできない。
 ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ……と、淫らな水音をたてながら、林堂が口と舌で瑞穂を追い詰めていった。
 今の林堂の立場では、瑞穂に詫びの言葉を言うことはできない。それでは、二人のこの関係そのものを破綻させてしまう恐れがある。
 その謝罪の代わりのように、林堂は、じっくりと瑞穂のその部分を舐め、舌でえぐり、唇で吸った。
「んふうううー……」
 ふー、ふー、ふー、ふー、と喘ぎながら、瑞穂は別の液体でまた股間を濡らしてしまう。
 林堂が、口元をぬぐいながら立ち上がった。
 そして、瑞穂の細い腰に手を添え、持ち上げる。
「うぅ……」
 瑞穂は、腰を思いきり前に突き出すような格好になった。自分でも信じられないほど淫らな姿勢だ。
 熱く息づくクレヴァスから漏れる蜜が太腿の内側を濡らしているのが、自分でも分かる。
 林堂は、スラックスを半ば脱ぎ、ペニスを取りだして、自らも便器をまたぐような姿勢になった。そして、自らの腰を瑞穂にまたがらせる。
 林堂の体に押され、瑞穂は、両方の肘を後方の壁につくような格好になった。
 対面座位の姿勢である。
 林堂が、瑞穂の柔らかな肉襞に、赤黒い亀頭をあてがった。
「ぅ……」
 とろとろと涎をあふれさせながら、瑞穂が瞳でおねだりをする。
 ぐうっ、と林堂のペニスが瑞穂を貫いた。
「ふぐッ!」
 瑞穂が、体をのけぞらせた。ふるん、とその半球形の乳房が揺れる。
 林堂は、瑞穂の腰をぐいぐいと動かしながら、熱く濡れた肉壷の中をペニスでかきまわした。
「ふー! ふぐ! ン! んぐぐぐぐッ!」
 激しい抽送に、瑞穂がギャグの隙間から声をあげる。
「気持ちいいか? 瑞穂」
 一度放出したせいか、余裕を感じさせる声で、林堂が言った。瑞穂が、後ろに回した両手を壁につき、上体を支えながら、こくこくと肯く。
「素直になったな」
 そう言いながら、林堂は一際深く瑞穂の膣内をえぐった。
「んぐんんんん〜ッ!」
 くぐもった、しかし明らかな喜悦の声を、瑞穂があげる。
 しかし、このままされたらイク、というところを見計らったように、林堂は動きを止めた。
「んんんッ?」
 瑞穂が、目に涙をためながら視線で訴える。
「自分で動くんだ」
 林堂が、口元に笑みを浮かべながら言った。
「んいあう〜ン」
 いじわる、といったような抗議の声をあげながら、瑞穂は、不自由な態勢で、ぎくしゃくと腰を動かした。
 林堂の腰にその細い脚を絡め、くにくにとその丸いヒップを動かす姿は、すさまじく扇情的だ。
 次第に、瑞穂の動きが滑らかになっていく。
 瑞穂の分泌する粘液にぬらつくシャフトが、まだ未成熟な膣口を出入りする様が、露わになっていた。
 林堂は、その手を瑞穂の双乳に伸ばした。
「ンうう!」
 くい、と敏感な乳首を軽くつままれ、瑞穂が身をよじる。
「ここをいじると、中がきゅっと締まるな」
 面白そうにそう言いながら、林堂は、瑞穂のピンク色の乳首を指先でくすぐり、弾き、転がした。
「ふううううぅ〜」
 くりくりと指先で弄ばれ、瑞穂の乳首は痛いほどに尖ってしまう。
「んっ……ほ、ほんとに締まる……」
 すこし声を上ずらせながら、林堂は夢中で瑞穂の乳首を指先でしごき、乳房を揉みしだいた。
「ンふうううう〜ン!」
 瑞穂は、ますます大胆に腰を動かした。
 じゅぷっ、じゅぷっ、じゅぷっ、じゅぷっ、という派手な音に合わせて、体液がしぶく。
「ふっ、ふっ、ふうう! ふうううう!」
 危うく林堂のペニスが抜けそうになって、瑞穂が慌てたような声をあげる。
「ほら」
「ンぐッ!」
 林堂が下から腰を突き上げると、びくん! と瑞穂の体が痙攣した。
 その痙攣は膣内にも及び、林堂のペニスを柔らかく締めつける靡粘膜が、ざわざわと蠢動を始める。
「あ、うっ」
 まるで胎内深くまでペニスを引っ張りこもうとするようなその動きに、林堂は不覚にも声を漏らしてしまった。
 そんな林堂の反応を知ってか知らずか、まるで恥骨同士をこすりつけようとするかのように、瑞穂がぐりぐりと腰を押しつける。
「ン……く……ンうううッ!」
 林堂は、耐えきれなくなったように再び瑞穂の細腰に手を添え、便座の上で無茶苦茶に腰を使い出した。
「ンんんんんんんんんんんんんんんんんんッ!」
 互いの性器が快感の中で熱くとろけ、混ざり合ってしまいそうな錯覚。
 見ると、涙で潤んだ瑞穂の瞳が、訴えるように林堂のことを見つめていた。
 その視線が、表情が、何をねだっているのか、明白過ぎるほど明白だ。
「ッ!」
 林堂は、ペニスの根元に溜まっていた欲望の塊を、瑞穂の中に思いきり解放した。
「んぶうううううううううううううううううゥーっ!」
 熱いスペルマの迸りが、瑞穂の胎内の最深部まで陵辱する。
 びく、びく、びくっ、と瑞穂の体が震えた。
 その震えを止めようとするかのように、林堂が瑞穂の体を抱き締める。
「ンふぅぅぅ……」
 かく、と瑞穂の体が弛緩した。
 倒れてしまいそうになるその細い体を、林堂がしっかりと抱きとめる。
 腕の中で、瑞穂の体が、ぴくっ、ぴくっ、と動いていた。

「何コレ?」
 ようやく身なりを整え、個室から出てきた瑞穂が、呆れたような声で言った。
 トイレのドアにある取っ手に、つっかい棒よろしく、掃除用のデッキブラシが留められたのである。
「いや、途中で邪魔が入ると困ると思って」
 そう言いながら、林堂は、ブラシの柄を固定していたゴムをほどいた。
「それ、智視ちゃんのヘアゴム?」
「そうだけど」
 さすがにそれでまた髪を結ぶのには抵抗があるのか、林堂はヘアゴムをカバンにしまった。
「……」
 瑞穂は、何を言っていいのか分からず、とりあえず、くすっ、と笑って見せた。



 数日後。
「まあ、まず間違いないだろうな」
 放課後、二人しか残っていない教室で、林堂は瑞穂に言った。
「久遠寺つぐみ……早瀬と同じC組。そして、五年前に死んだ姉の名前が、かずみだ」
「でも、何で、ひとみちゃんと同じクラスのコだって思ったの?」
 林堂が持っている、年鑑のコピーや手書きのメモを覗き込みながら、瑞穂が訊く。
「普通、ああいう相談をするのは、一番親しい相手だよな。そして、早瀬は今年からの転校生だから、交友範囲は限られてくる。なのに、わざわざクラスの違う瑞穂に相談した……」
 林堂は、瑞穂の顔に視線を戻した。
「と言うことは、“ある人”は、校外や、別のクラスの友人ではなく、早瀬と同じクラスだと考えるべきだ。話の内容から“ある人”が特定されるのを避けたんだろうな」
「でも……智視ちゃんには、分かっちゃうんだね」
 そう言って、瑞穂はちょっと眉を曇らせた。
「まあ、な。別にこのことに深入りするつもりはないが――犯人、確か捕まってないんだよな」
「え? ああ、かずみさんを殺した人、ってこと?」
「そうだよ」
 林堂は、そう短く返事をして、目を細めた。
「関わった以上、巻き込まれることも考えられる。人様の相談を受けるってのはそういうことだ」
「あ、巻き込まれるって言えば……」
 何か思い出したように、瑞穂は声をあげた。
「今日、司書の先生に昔の事件のこととか聞いてたら、副会長さんに声かけられたよ」
「副会長?」
「うん。生徒会副会長で、空手やってる……姫園くん、って言ったっけ?」
「――何を訊かれたんだ?」
「訊かれたって言うか、誘われた」
「誘われたあ?」
 林堂が、普段の彼ににあわない、頓狂な声をあげる。
「うん。その事件のこと、いろいろ知ってるんだけど、立ち話じゃなんだから喫茶店でも行かないかって」
「ナンパかよ……まあ、ここにいるってことは、行かなかったんだな」
「行ってもいいかなー、と思ったんだけど……」
「おいおい」
 能天気な瑞穂の言葉に、林堂が苦笑いを浮かべる。
「そしたらね、姫園くん、別の人たちに呼びつけられちゃって。なんか、ケンカでも始めそうな雰囲気でね、巻き込まれそうだったから、逃げてきちゃった」
「ふぅん……姫園、ねえ……」
 林堂は、考え事をしているときの癖で、右手で口元を隠しながら、視線をさ迷わせた。



 住宅街の中に奇跡のように残された、小さな雑木林の中に、数人の男が立っていた。
「まあ、こんなことだろうと思ってたけど」
 姫園は、涼しい顔で、自分をここまで連れてきた三人の生徒たちの顔を見つめた。
 その生徒たちの背後に、派手なアロハシャツを着た、パンチパーマの男が立っている。趣味の悪い金色のネックレスを見るまでもなく、そういう職業であることは明白だ。
 かつて、夜の繁華街で、姫園が一撃で蹴り倒したあの男だ。
「国村君だったっけ? キミ、今からこういう人と付き合ってると、ろくな人生にならないよ」
 姫園が、三人の生徒のうちの、リーダー格らしい少年に言う。
「てめえ……」
 国村と呼ばれたその生徒が、ぐっと言葉を詰まらせる。
「志茂田、古林、押さえてろ」
 そして、自分の左右にいる二人に、そう言った。
 志茂田と古林と呼ばれた二人が、やや強張ったにやにや笑いを浮かべながら、姫園の腕を、それぞれ一本ずつ押さえつける。
「藤原さん……」
 そして国村は、卑屈な笑みを浮かべながら、背後のアロハシャツに振り返った。
「ようやく見つけたぜ、このガキ」
 憎悪で目を血走らせながら、藤原が、姫園に近付いていく。
「二度と手前の歯でメシを食えなくして――」
 やるぜ、と言いかけた藤原の左脚を、まるでバットで叩かれたような強い衝撃が襲った。
 姫園が、何の予備動作もなく、顔色一つ変えずに、右の下段蹴りを放ったのだ。
「……ッ?」
 ぐら、と藤原の体がバランスを崩す。
 その時には、まだ空中にあった姫園の右足が、歪んだUの字を描くようにして跳ね上がった。
「がッ!」
 鳩尾を蹴られ、藤原がのけぞるように倒れる。
「藤原さん!」
 志茂田と古林が、声をあげた。さすがに、腕を押さえていた力が緩む。
「キミたち、そろそろ離してくれないかなあ」
 姫園が、その顔に微笑みを浮かべたまま、穏やかな声で言った。
「んががッ!」「えべえっ!」
 無様な悲鳴が、姫園の両腕を押さえていた二人の喉から漏れる。
 姫園が、スラックスの上から、二人の陰嚢を容赦のない力で握り締めたのだ。
「あばわわわわああああー!」「やででででべべべべっ!」
 睾丸を潰されたのか、身も世もないような悲鳴を、二人があげる。
 姫園が手を離すと、二人は、両手で股間を押さえながら、地面に這いつくばった。失禁してしまったのだろう。校則違反のスラックスが、みるみる濡れていく。
「この……」
 そう言って起き上がろうとする藤原の顔面を、軽いステップで近付いた姫園が、容赦なく蹴り飛ばす。
「ひッ……!」
 頬に硬いものが当たった感触に、国村は声をあげていた。
 折れた藤原の歯だ。
 姫園の足は止まらない。
 何度も何度も、踵を、倒れた藤原の顔面に打ち下ろしていく。
「ひ、ひいい……いっ……」
 その凄まじい攻撃より、穏やかなままの姫園の表情に、国村はがくがくと体を震わせていた。
 藤原の顔は血まみれで、どこに目鼻が付いているのかも分からない状態になっている。
 すでに藤原は、声をあげるどころか、痙攣すらしなくなっていた。
 相手が反応を返さなくなったことに、ちょっと落胆した感じで、姫園は足を止めた。
 口から血の混じった泡を吹いているところを見ると、藤原は、息だけはあるらしい。
「――国村君」
 姫園が、どこか仏像めいた微笑みを、国村に向けた。
「あ……あ……あ……」
 国村は、かたかたと歯を鳴らしている。
「キミが証人だよ。ボクは、三人がかりで襲われて、どうしようもなく反撃したんだ。夢中で相手を振りほどこうとしたら、たまたま運のいいのが入ってしまった……そうだよね?」
「あ、わ、あ、あ」
 国村は、まるで痴呆のような表情で必死に肯く。
「きちんと分かってくれて嬉しいよ。キミも無事でよかったね、国村君」
 その秀麗な顔に無邪気な笑みを浮かべながら、姫園が言った。
 国村は、腰を抜かしてへたりこんでいた。
あとがき

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