昔の約束



 郁原竜児は、絵を描く時、ほとんどモデルを見ない。
 ちら、と一瞥をくれたあとは、じっと画用紙やカンバスを見つめ続けるのである。
 鈴川名琴は、郁原の、モデルを見るときの目つきが好きだった。
 普段は、その優しげな顔に似つかわしい柔和な目をしているのに、その時だけは急に眼光が鋭くなる。
 名琴は、その郁原の顔を見るためだけに、毎日部室に通っていると言っても過言ではなかった。
 が、郁原は、滅多にその鋭い目つきを見せない。郁原がモデルを見るのは、ほんの一瞬なのだ。
 だから名琴は、その貴重な瞬間を逃すまいと、ヒマさえあれば郁原の顔を盗み見ている。
 必然的に、名琴は、郁原と目が合うことが多くなった。
「鈴川さん」
「はいっ?」
 ふと顔を上げた郁原に呼ばれ、名琴は普段より高い声で返事をしてしまった。
「そろそろ終わりにしない? もう、暗くなるよ」
 邪気のない顔でそう言って、郁原は軽く微笑む。
 この顔が、どうしてあんな怖いくらいに真剣な表情を浮かべるのか、名琴にはさっぱり分からない。
 そして、その分からない郁原に、間違いなく惹かれていた。
「あのー、郁原センパイ」
「ん?」
 帰り支度をする郁原に、名琴が声をかける。薄暗くなった美術室には、二人の他は誰もいない。
「そのお……駅まで、一緒に帰りません?」
「あ、ごめん、人を待たせてるから」
 郁原が、すまなそうに言う。
「い、いえ、だったらいいんです」
 名琴は、慌てたようにぱたぱたと手を振った。

「よくなんかないわよ、もう!」
 家に帰り、自分の部屋に入るなり、名琴はそう一人言った。
 そして、ベッドの上にぺたんこのカバンを放り投げ、どすん、とドレッサーの前に座る。
 子どものように頬を膨らませてる鏡の中の自分自身にちょっと呆れ、そして真顔に戻してみた。
 自分の顔をじっと見つめてみる。
「そんなに悪くない……と思うんだけどなあ」
 彼女の言葉どおり、いや、それ以上に、その顔は目鼻立ちがちまちまとしてて可愛らしい。幼げな顔に、大きな黒い瞳と、うさぎの耳のように頭のやや後ろで二つにまとめた髪が似合っている。
「でも、センパイ、子どもっぽいのは嫌いなのかなァ」
 だとしたら不利だ、と名琴は声に出さずに思う。
 甘酸っぱい痛みが、まだ発育途上の胸の奥で疼いた。
「なことー。ごはんの準備てつだってえー」
 と、階下から響く母親の声が、名琴の悩みに水を差した。
「あーもう、何よぉ」
 階段を降りながら、名琴がぼやくようにい言う。
「ジャガイモの皮むき、して」
 台所に入ってきた名琴に、母の琴子が言った。名琴に似た童顔で、よく姉妹に間違われる。
「まったく……で、何? 今日はカレー?」
「肉じゃがよ。好きでしょ」
 図星をつかれ、名琴は、とりあえず恋の悩みより食欲を優先させることにした。

 ――そのころ郁原は、駅前の喫茶店で、熱いコーヒーを前に座っていた。
 湯気の向こうに、長髪を後で結んだ、端正な顔がある。
 林堂智視。つい最近、共通の友人である片倉浩之助を通じて知り合った仲である。
 と言っても、郁原と林堂では、共通する趣味はほとんど無かった。親しく話をしたことなど、全く無いと言っていい。
 そんな林堂を、郁原が、この喫茶店に誘ったのだ。
「――月読のことか?」
 一口コーヒーをすするなり、林堂が無遠慮な口調で言った。
「う、うん、そうだけど……」
 返事をしながらも、郁原は、かすかに眉を曇らせる。
(苦手なタイプだなあ……)
 こちらのことを見透かしたような眼。整っているがゆえに、どこか冷たい容姿。穏やかでいながら、近付くことを拒否するような雰囲気。
(あいつに――似てる)
 郁原の脳裏に、常に微笑みを浮かべた、あの顔が浮かぶ。姫園克哉だ。
 姫園の方が危険だが、林堂の方が油断がならない――郁原の卓越した観察力は、ほぼ無意識にそんな結論を導き出していた。
「けど、俺が月読と付き合ってたのは1週間やそこいらだ。それに、その前は、この街にいなかったしな」
 郁原の思索を遮るように、林堂は静かな声で言った。
「でも、何か聞かなかった? その……何か悩んでるとか、そういうこと」
「ふうん……」
 林堂が、まるで表情の変化を隠そうとするかのように、右手で口元を隠す。
「情報交換ってのは、どうだ?」
「情報交換?」
「ああ。今、俺は、ちょっとしたことを調べててね。できるだけ色々な情報が欲しい。だけど、何しろ今年になってこっちに来たばっかで、地元の人間なら分かってる事でも、知らないことがたくさんあるのさ」
 そう言って、林堂は小さく両手を広げた。どことなくキザな仕草だ。
(これ、演技――かな)
 郁原は、半ば無意識にそう分析する。
(この人、どうも人に本心を知られるのをひどく気にするタイプらしいや……)
 ならば、逆に、無理にその本心を詮索しない方がいいかもしれない。ここは言われたとおり、互いの情報を交換し合った方がトクだろう。
 そう思って、郁原は口を開いた。
「何を、知りたいの?」
「五年前、この近辺で殺人事件があったと思うんだ。女子高生が殺された事件」
「そんなふうに言われても……」
「漠然とし過ぎなのは分かってる。いくつか、こっちでキーワードを言うから」
「キーワード?」
「ああ、事件に関係していたと思われる人間の名前だ。ただし、その名前の中には、あまりにも身近な名前もある。だから……」
「秘密は守れ、ってこと?」
 郁原の言葉に、林堂はその目をちょっと見開いた。そうすると、年相応の茶目っ気のようなものが、表情に現れる。
「けっこう鋭いな。――その通りだよ」
 そして、林堂はにやっと笑った。



 数日後の、放課後。
 国語科準備室を飛び出た月読舞は、廊下で、誰かに思いきりぶつかった。
「うわあ!」「きゃっ!」
 舞も、相手も、リノリウムの床の上に尻餅をついてしまう。
「ててて……あ、月読さん」
 一足先に立ちあがった相手が、意外そうな声をあげる。
「月読さんて、よく人にぶつかるね」
「お、大きなお世話よ!」
 立ちあがりながらそう言って、舞は相手の顔をにらんだ。
 それなりに整ってはいるが、どこか中性的な、やさしげな顔が、困ったような顔をしている。郁原だ。
「……泣いているの?」
「な、泣いてなんか……!」
 言いかけて、舞は、自分が本当に泣き出しそうになっていることに気付いていた。
 慌てて、口元を手で覆う。
「……」
 そんな舞のことを、郁原は、じっと見ている。
 舞が何を言っても、それにきちんと答えようとしているような、そんな真摯な表情だ。
「郁原……」
 しばらくして、舞は小さな声で言った。
「何?」
「ちょっと、この後つきあって」
 舞自身が思いもしなかった言葉が、その唇から漏れる。
「うん、いいよ」
 そう言って、郁原は、にっこりと微笑んだ。

 学校前のバス停からバスに乗り、駅前の繁華街に至る道に、二人は降りた。
 舞が、かしゅ、とライターで咥えたタバコに火をつけて、歩き出す。
「タバコ、よく吸うの?」
 先を歩く舞の、意外と小さな背中に向かって、郁原が言う。
「悪い?」
 ふー、と煙を吐きながら、前を向いたままの舞が言う。
「えっと……あんまり、美容によくないよ」
「はあ?」
「ビタミンC壊すから、肌によくない。風邪もひきやすくなると思う」
 舞は振り返り、郁原の顔をぐっとにらんだ。顔立ちが整ってるだけあって、それなりに迫力がある。
 郁原は、そんな舞の視線を真正面から受け止めた。
 小走りに、舞が郁原に近付く。
 そして、そのまますれ違った。
「?」
 郁原が振り向くと、舞は、バス停の灰皿でタバコの火を消し、吸殻を中にぽとんと落としこんでいた。
 その、妙にまめな姿に、郁原はくすくすと笑い出す。
「な、何がおかしいのよ!」
 舞が、噛みつくような勢いで言った。
「あ、いや、ごめんね」
 郁原が、素直過ぎるほど素直に謝る。舞は、ちょっと拍子抜けした感じだ。
 そして、ふっ、と息をつく。
「……郁原」
「なに?」
「あんた……ヘンなやつね」
「え、そうかなあ?」
 そう言って、郁原はかすかに笑う。
 姫園の笑みとも、林堂の笑みとも違う、見ていてほっとするような表情だ。
「ま、いいわ。行こ」
 そう言って、舞は再び歩き出した。

「はい、これ」
 そう言って舞が差し出したのは、平日半額のフィッシュバーガーである。
 店内ではない。アーケード街にあるファーストフードの店頭だ。
「え?」
「いいから……それとも、魚嫌い?」
「ううん。えーっと……いただきます」
 律儀にそう言って、郁原はフィッシュバーガーにかぶりついた。
「食べたわね」
 にっ、と舞が悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「う、うん……」
「じゃあ、これで契約成立よ」
「けいやくせいりつ?」
「そう。あの時と、逆」
 舞の言う“あの時”がいつのことなのかに気付き、郁原の頬がかっと赤くなった。
「それって……そのぉ……」
「今夜一晩、郁原のコト、そのバーガーで買うわ。何か文句ある?」
「……」
 郁原は、顔を赤くしたまま、何とも言えない複雑な表情を浮かべ、そして、食べかけのフィッシュバーガーを平らげた。



「今日は、帰らないから」
 そう、一言だけ言って、舞は携帯電話を切った。さらに、ご丁寧に電源まで落としてしまう。どうやら自宅に電話したらしい。
 そして舞は、郁原に向き直った。
 すでに二人ともシャワーを浴び、汗を流している。
 舞のちょっとキツめの瞳と、郁原の優しげな瞳とが、しばし見つめ合った。
 舞が、郁原に近付いていく。
「キスして……」
 舞は、かすかにかすれた声で言った。
 郁原が、まるで壊れ物を扱うようにそっと舞の両肩に両手を置き、唇を重ねる。
 舞の舌が、郁原の唇を割って、口腔内に侵入した。郁原は驚いたように少し目を見開いたが、その舞の舌に、ややぎこちなく舌を絡めて応える。
 長い、長い、キス。
 郁原の一生懸命な感じの舌の動きに、次第に舞の頬が上気していく。
「ぷは……」
 ようやく、舞が口を離した。そして、至近距離からじっと郁原の顔を見つめる。
「あんた、あたし以外とキスしたことある?」
 そう訊かれて、郁原は軽く首を振った。
「ふうん。にしては、意外と上手ね。……やっぱ、才能あるんだ」
「才能?」
 妙な言いまわしに、郁原は思わず聞き返してしまう。
「うん」
 そう言って、舞は、ちゅ、と軽く郁原の唇をついばんだ。
「ねえ……あたしを、気持ちよくして」
 そして、首に腕を絡め、耳に吐息を吹きかけるような姿勢で、そう言う。
「イヤなこと、ぜんぶ忘れるくらいに……」
「月読さん……」
「前も……すごくよかったよ。ああいうエッチ、あたし、ちょっと好き」
 舞の言葉によって、すでに勃起している郁原のペニスに、ますます血液が集まっていく。
 郁原は、はやる気持ちを抑えるように一つ息をついて、舞の体を覆うバスタオルを床に落とした。
 そして、耳朶や首筋に、軽いタッチで唇を這わせる。
「ン……っ」
 くすぐったそうに、舞が体をすくめる。が、その声には、かすかな官能の響きがある。
 郁原は、そんな舞の反応を探るようにしながら、あくまで優しく、舞のスレンダーな体を愛撫した。
 指先や舌で、丁寧に、舞の感じる部分を探し当てていく。
「んくっ……は……あ……あン……」
 舞が、普段の彼女からは考えられないような、可愛らしい声をあげてしまう。
(ヤダぁ……感じてるの、バレバレ……)
 頭の片隅でそんなことを思ってしまうが、そんな理性も、しだいに性感にとろけていく。
 とうとう、へたりこむように、舞はベッドに腰を下ろした。
 郁原が、そんな舞の体を、ゆっくりとシーツの上に横たえる。
 まるで忠実な犬が主人の傷を癒そうとしているかのように、郁原が、舞の乳首に丹念に舌を這わせた。
 舌の裏側の柔らかい部分で刺激され、唾液に濡れた舞の乳首が、次第に尖っていく。
 豊かな乳房の頂点で、つつましくも自己主張をする小粒の乳首を、郁原は、優しく吸った。つーん、と快感が乳房の頂点から全身に広がる。
 その快感の波は体中で共鳴し、薄めの金褐色のヘアに縁取られたその部分から、とろとろと愛液を分泌させた。
 郁原の指が、その熱く濡れた肉襞を、そっと探る。
 くちゅ、くちゅ、くちゅ……という濡れた音に、舞の頭がかーっと熱くなった。
「い、いくはらァ……それ、きもちイイ……」
 なぜか、甘えるような声が口から漏れてしまう。
(なんか、カッコワルイなあ……でも……ホントにきもちイイ……)
 郁原のような経験の浅い男子を翻弄する方が、自分には合ってるように思うのだが、何故か、立場が逆になってしまう。が、それがたまらなく心地いい。
 このまま甘えきってしまいたいような気持ちが、間違い無く舞の中にあった。
「あッ……!」
 舞は、思わず声をあげてしまった。知らず知らずの間にはしたなく開いてしまった形のいい両脚の付け根の部分に、郁原がそっと口付けたのだ。
 蜜をあふれさせたその部分を、郁原の舌が丁寧に愛撫する。
「あァ、あン……い、郁原、そんなとこ……っ」
「え、イヤ?」
 舞の愛液で口元を濡らした郁原が、思わず顔を上げる。
「ヤじゃないけど……どこでそんなこと覚えたのよォ」
「えっと、そういうマンガとか……」
 顔を赤らめながら告白する郁原が、妙に可愛らしい。
「……やめようか?」
「え? ……そ、そのう……して……」
 今度は、舞が顔を赤くしながらおねだりをする。
 郁原は、くすっと笑って、口唇愛撫を再開した。今度は、さらに大胆に舌が膣口の辺りを攻める。
「んくっ……あ……んんン……ッ!」
 思わず、舞は自分の指を強く噛んでしまった。
(すごい……すごく、きもちよくて……でも、安心する……あの人のと、全然違う……)
 全てを蹂躙し、陵辱するような荒々しい行為の記憶が、ふと、姫園の秀麗な顔とともに脳裏に蘇る。
 と、その時、ちゅっ、とクリトリスを吸引され、舞の頭が真っ白になった。
「きゃうッ!」
 声をあげながら、ぎゅうっ、と郁原の頭を自分の股間に押しつけてしまう。
 敏感な肉の真珠が、郁原の唇に挟まれ、ちろちろと舌で刺激された。
「きゃ! あ! あく! ンあ、あ、あああああああッ!」
 郁原の愛撫によって充分に高められていた性感が、一気に爆発する。
「イ、クうううううううううううッ!」
 びくン、びくン、びくン、とスレンダーな舞の腰が跳ねた。
 次々と爆竹が弾けるような感じで、舞の脳内で快感が弾け続ける。
 きつく目を閉じているはずなのに、視界が、強い光で真っ白に染まった。

「ん……?」
 気がつくと、ベッドにこしかけて、郁原がタオルで顔をぬぐっていた。
 どうやら、自分がはしたなくも迸らせた愛液を拭いているらしい。
「いくはら……」
 舞は、ぼんやりとした顔でそう言って、郁原の前に回りこんだ。
「あ、月読さん……わっ」
 郁原は声をあげた。舞が、郁原の両肩に手を重ね、ひどく無心な表情で、ぺろぺろとその顔を舐めだしたのだ。
 まるで、自分が汚してしまったのを詫びるように、郁原の頬に丁寧に舌を這わせる。
「つ、月読さん……」
 郁原のちょっと少女じみた顔が、どんどん赤く染まっていく。
 好き、というのとは微妙に違う、何かに感謝するような気持ちで、舞は、郁原の顔を舐め続けた。
 ちら、とその股間を見ると、ペニスが、痛々しいほどに力を漲らせている。舞は、なぜかちょっと申し訳ないような気持ちになった。
「郁原……今度は、いっしょに気持ちよくなろ……」
 そう言って、郁原の華奢な腰を、膝でまたぐようにした。いわゆる、対面座位の格好だ。
 上向きになって屹立している郁原のペニスに右手を添え、角度を調節しながら、腰を落としていく。
 郁原の亀頭と、舞の粘膜が、ぴと、と触れた。
「ん……」
 舞は、切なげに眉を寄せながら、さらに腰を落とす。
 熱くたぎるペニスを、自分のイヤらしい部分が飲みこんでいく、内側から押し広げられるような感覚。
 その挿入感を、できるだけじっくり味わおうとするかのように、舞はゆっくりと腰を下ろした。
「んく……ン……あ、あン……」
 二人の腰が、密着した。
 すぐ近くにある郁原の顔が、ぽおっと上気している。瞳が潤んでいるところが、ますます少女っぽい。
「ン……」
 まるで、二人の間の隙間をなくそうとするかのように、舞の体に、郁原が腕を絡めてきた。
 優しい力でぎゅっと抱かれると、舞も、思わず抱き返してしまう。
(郁原の体……あったかいなあ……)
 頬に頬を寄せながら、舞はしばらくそうしていた。
 が、そうしているうちに、アソコが、もじもじと落ち着かなくなってくる。
 舞は、何かを恐れるように、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「んく……っ!」
 雁首に膣内粘膜をこすられる快感が、体内で跳ねる。
 その快感を求めるように、ほとんど無意識の内に、くい、くい、くい、くい、と舞は腰を動かしてしまった。
 自分の体内で、快美感の波が、次第にその振幅を大きくしていく。
 その波は、いつしか甘い喘ぎとなって、郁原の耳に吐きかけられていた。
「はっ……はァ……あ……あッ……あッ……あッ……」
 体内から、自分でも驚くくらい愛液が溢れ、抽送をさらに滑らかなものにしていく。
 自らのはしたない反応に、密かに激しい羞恥を感じながらも、舞は、腰の動きをとめることができなかった。
 それどころか、動きは、自然と速くなっていく。
 大胆にグラインドする舞の腰の動きに、郁原も、はぁはぁと喘いでいた。
「どう……郁原、きもちイイ……?」
 高まっていく性感にちょっと声を震わせながらも、舞は郁原に訊いてみる。
「うん……イイよ……月読さんの中、すっごく熱い……」
 郁原に、そう、自分の体のことを指摘されると、なぜか、かあーっと頭が熱くなる。
「もう、郁原ったら、言い方がスケベ」
 照れ隠しにそう言って、舞は、郁原の唇に唇を重ねた。
「んく……ン」
 甘く唇を吸われ、舞は、お返しとばかりに舌に舌を絡めてやる。
 ぬるぬると唾液に濡れた舌が互いに絡み合うところを想像し、舞は、ますます熱い蜜を溢れさせてしまった。
 二人の接合部からは、ぶちゅ、ぶちゅ、ぶちゅ、ぶちゅ、という、下品なくらいに淫猥な音が響いている。
(ああン……すっごくヤラしいよォ……)
 そのことに間違いなく興奮して、舞は、ふうン、ふうン、と媚びるような鼻声を漏らしてしまう。
 苦しくなって唇を離すと、一瞬、唾液の糸が下向きのアーチを描いた。
「いくはらァ……」
 なぜか、意味もなく郁原の名前を呼んでしまう。
「月読さん……」
 郁原は、舞が泣きたくなるくらいに優しい声で、そう呼び返した。
 そして、まるでタイミングを計ったかのように、ぐっ、と自分でも腰を動かしてくる。
「ンあああッ!」
 予想外の動きに、舞は悲鳴のような声をあげていた。
「こんな……感じかな……?」
 そんなことを言いながら、郁原が、下から腰を突き上げてくる。
 その動きは激しくはなかったが、絶妙に舞の動きと同調し、ペニスの抽送のストロークをより深く、大きなものにした。
 ぐううっ、ぐううっ、という大きな動きに、まるで体全体を貫かれるような感じがする。
「すごいよぉ、いくはら……奥まで、とどいてるぅ……っ!」
「月読さん、気持ちいい?」
「うん、イイ……すごくイイの……あッ……んあッ……ああッ……あああああッ……イイ……もっと、深く突いて……してえ……!」
 湧き上がる快感に形のいい眉をたわめながら、舞は、思わずそんな風に口走ってしまう。
(ヤダ……あたし、何言ってんのよ……ッ!)
 かすかに残った理性が、羞恥に身悶えするような感じでそう思うが、その思いも、快感のうねりの中に飲み込まれてしまう。
「して……してよぉ……もっと、もっとお……っ!」
 郁原の肩に爪を立て、激しく腰を使いながら、舞は、あからさまなおねだりをしてしまっていた。
 知らず知らず、そのしなやかな体が弓なりに反ってしまう。
「ひあああッ!」
 舞の膣内の、一番感じる部分に、郁原の亀頭が触れた。
 郁原が、ともすれば倒れてしまいそうになる舞の体をしっかりと支え、ぐいぐいと腰を動かす。
「あッ! そこ! そこは! そこはああああッ!」
 発達した雁首にGスポットを刺激され、舞が高い声をあげる。
「あッ! イイっ! ンあ! あひッ! ヤ! だめえええええええッ!」
 イイのかイヤなのか、自分でも判然としないような強烈な快楽が、舞の体の中で弾ける。
「あああああああああああああああああああああああああああッ!」
 びゅびゅうーっ! と、舞のその部分から透明な液体がしぶいた。
 潮吹きの潮が、郁原のひきしまった腹部を濡らしていく。
 快感のあまりに何かを漏らしてしまった、という凄まじい羞恥と、その羞恥を飲みこんでさらに激しくなった快感が、舞の視界を真っ白に染める。
「ああああアアーッ! あーッ! あンんんんんんッ! ンあああああああああああああアーッ!」
 立て続けに絶頂に追い込まれ、舞は、体液を漏らし続けた。
 きゅるるるるっ、と自分でも分かるくらいに膣肉が収縮し、まるで射精をねだるかのように、郁原のペニスをぐいぐいと締め上げる。
 体の中で、ペニスが、ぐううっ、と膨張した。
「! ! ! ! !」
 びゅくッ! びゅくッ! びゅくッ! びゅくッ! びゅくッ!
 何度にも分けて、郁原のペニスが、熱い精液を舞の体内に放つ。
 その律動のたびに、舞は、さらに高い絶頂へと舞い上げられていた。
(ああァ……っ……す、すごく……きもち……イイ……)
 “イヤなこと”どころか、あらゆる思考が、舞の脳内から消え去っていく。
 あるのは、郁原がもたらした快美感の温かい余韻だけだ。
(うン……)
 そして舞は、ゆるやかにまどろみの中へと落ちていった。



 そして舞は、一年前の出来事を、夢に見ていた。
 悪夢、とは言えない。
 ただ、かすかな失望の予感だけが、夢の底流に淀んでいた。
 ――お兄ちゃん!
 ディテールのぼやけた国語科準備室の中で、長谷川圭一郎が、眉をしかめる。
 ――月読……学校では、そう呼んじゃあダメだって言ったろう。
 お決まりのセリフより、苗字で呼ばれたことのほうが、悲しい。
 この学校で、思いもかけずに再会した圭一郎が、昔とはまるで別人のように思われる。
 ――今日は……あたしの、誕生日なんだよ。
 ――そうだったのか。
 やっぱり忘れてた。舞は、さっきとは比べ物にならない悲しみに、押しつぶされそうになる。
 ――ちゃんと教えたからね。
 ――え、あ、ああ。
 ――じゃあ、来年こそは、約束、思い出してよ!
 ――約束? な、何の話だ?
 ――だから、それを思い出してって言ってるの!
 そう言って、舞は身を翻した。
 来年こそは、思い出してくれる。そう信じながら。
 それが、ちょうど一年前のことだった。



「ん……」
 舞は、ホテルのベッドの中で、目を覚ました。
 抑えられたオレンジ色の照明が、涙でにじんでいる。
(結局……イヤなこと、忘れられなかったな……)
 きちんと自分の頭の中に戻ってきた悲しみに、舞は、小さくため息をついた。
 そして、ふと気配を感じて、頭をのせている枕の横を見る。
「……!」
 舞は、きちんとかけられていた毛布を跳ね飛ばすように、がば、と体を起こした。
 枕元には、小さなピンク色のウサギのヌイグルミが、ちょこん、と座っている。
「あ、起きた?」
 そう、声をかけられる。
「な、なんで……なんでお兄ちゃんが忘れてたこと、郁原が知ってるの?」
 起き抜けの、今一つはっきりしない頭で、舞は、そんなふうに訊いてしまった。
「誕生日、おめでとう」
 舞の問いには直接答えず、郁原が、外したままの腕時計を見ながら言った。まだ日付は変わっていない。
「――誰が、言ったの?」
「林堂くん」
「ふうん……あの人、けっこうおしゃべりね」
 そう言いながら、舞は、林堂にだけこの件を話していたことを思い出していた。ちょうど、別れ話を切り出した時のことだ。
 今思えば、なんで話してしまったのか、よく分からない。おそらく、林堂の誘導尋問があまりにも巧みだったのだろう。
「あのさ……」
 舞は、ウサギのヌイグルミを拾い上げながら、話し出した。
「?」
「あたしね……実はドイツ人か何かとのハーフなんだけど……これは、知ってた?」
 舞が、両手でそっと包むように持ったヌイグルミに向かって話すように、言う。
「え? ……それは、知らなかったよ。ただ、林堂くんは、今日が月読さんの誕生日で、ウサギのヌイグルミほしがってるぞ、って、それしか言わなかったから」
「ふうん。……あたしの母さん、駆け落ちだったの。その外人とね。で、向こうであたしが生まれたのをきっかけに、父さんと母さんは別れたらしいのよね」
「……」
 舞の突然の話に、郁原は、何を言っていいか分からない様子だ。
 郁原が言葉を探しているうちに、舞が、告白を続ける。
「日本に帰ってきてすぐ、母さんは病気で倒れちゃって……伯母さんのところに預けられたわけ。そこにいたのが、圭一郎お兄ちゃん――」
「って、長谷川先生?」
「うん」
 ふっ、と舞の顔に寂しげな微笑みが浮かぶ。
「でね、あたし、髪がこんなでしょ。父親いないし、日本語も苦手だったしで、いじめられたのよね。でも、お兄ちゃんは、いつもあたしを慰めてくれた……」
「長谷川先生のこと……好きなの?」
「好き」
 何の迷いもない口調で、舞が言う。
「でも、お兄ちゃんは、県外の、全寮制の男子高行っちゃったの。十年くらい前かな。あたし、わんわん泣いちゃってさ……で、お兄ちゃんは約束してくれたの。こんど会ったときは、誕生日に、舞の好きなものくれるって」
「それが、ウサギのヌイグルミだったんだね」
「ま、その時は、ただもう悲しくて悲しくて、本当に欲しいのかどうか分かんなかったけどね」
 そう言いながらも、舞は、その豊かな胸に、ぎゅっ、とぬいぐるみを抱き寄せた。
「だから……だから、約束なんか、どうでもよかったんだから……っ」
 そう言う舞の声が、かすかに震えている。
「月読さん――」
「……プレゼント、ありがと」
 手の甲で涙をぬぐって、舞は、郁原に言った。
「ごめんね。まだ、あんたのこと、好きって言えないけど……でも、このコ、大事にするから」
「……うん」
 舞の言葉に、郁原は、優しく微笑みながら肯いた。
あとがき

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