終章
終章
その空中の結界は、メダルを中心として、半径が人の身長ほどある球形の空間に形成されていた。
マグスが、自らの名をとってシモンと名付けた精霊が宿る、赤い宝石をあしらったメダルである。その精霊が、太古の竜の契約に基づき、風のエレメンタルに命じて創造したのが、この宙に浮かぶ球体であった。複数の人間を空に運ぶための、『飛空陣』の呪文による結界である。
球体の中には、メダルを首から下げたファールが横たわっており、そしてその傍らに、ティティスが座っていた。
球体は、柔かな光に満たされている。
ティティスが紡ぎだすカバラに導かれた、〈月の神〉の光だ。光は力となり、ファールの体を癒している。
血は止まり、傷は塞がっていく。ワー・ウルフの呪いも、今や全て解かれていった。
「……ごめんな、ティティス」
どうにか声が出せるまで回復したファールは、目を閉じたまま、言った。
「え？」
カバラを唱え終わり、術の完了を示す印を切ったばかりのティティスが、驚きに目を見張る。
「どうして、ファールくんが謝ることあるの？」
「いや……おいらが、来るのが遅れちゃってさ……色々、イヤな目にあったんじゃねえかな、って……」
「そんなコト……」
一瞬ティティスは、そのあどけない顔に似合わない、ひどく複雑な表情になった。
様々な思いが、胸の鈍い痛みとともに、心に浮かぶ。
それでも、ティティスは本心から言うことができた。
「そんなコトないよ。来てくれて、ありがとう」
言われて、ひどく安心したような笑みを、ファールは浮かべる。
「あたしの方こそ、遅れてごめんね」
「遅れて、って？」
言いながら、ファールは目を開いた。
「ファールくんを治すのが遅れて、ってこと。あたしずっと……その、ずうっと、寝ぼけてたみたいで」
「なにそれ？」
くすり、とファールが笑みをもらした。
その微笑みにつられたようにティティスもくすくすと笑いだす。
屈託の無い笑いに満ちたその空間は、ゆっくりと地上に降下していく。
薄い青色の空の中で、満月と向かい合った朝日が、この日最初の光を、二人の頭上に投げかけた。