白 狼 伝



−幕間劇−



「我ら羊の如く」
「牛の如く」
「双子の如く」
「蟹の如く」
「獅子の如く」
「乙女の如く」
「天秤の如く」
「蠍の如く」
「射手の如く」
「山羊の如く」
「水瓶の如く」
「魚の如く、あれかし」
「……さて、皆に集まっていただいたのは他でもない。ラーマンド男爵であるクルペオン卿の処遇について、だ」
「ほう」
「かつて、巨蟹宮神の神官長を勤められたカリヴス師が、ラーマンド男爵領内にて非業の死を遂げられた。その死に、クルペオン卿が深く関わっているという報告がある」
「…………」
「在りし日のカリヴス師とクルペオン卿の間に、何かと事件が絶えなかったことは、衆目にも明らかなこと。また、クルペオン卿の属する一派が、我ら十二宮神殿に対する深刻な敵意を抱き、様々な画策を行ってきたことも、ご承知の通りである」
「何でもその声は、いまや陛下の耳にまで届いているとか」
「左様。……いささか、奴をあなどっていたのではないかな」
「これはまた物騒なおっしゃりようだ。我々が彼らに敵意を抱く必要はないはず」
「しかし降りかかる火の粉は払わねばならぬでしょうが」
「だが、問題は複雑じゃ。カリヴスはもはや神殿を追放された身。そのカリヴスの奴めが男爵領内で行ったのは、外法以外のなにものでもない」
「幼い子供を犠牲とし、建国の英雄エールの霊を降臨させようなどとはな」
「とは言え、その子供とやらは、拝月教徒なる異端の魔女だったと言うではないか!」
「お待ちなさい。異端が目に余るのであれば審問にかけるのが常道。それを生け贄にしてよいという法は、我が天秤宮神もお許しにはなるまい」
「しかし……」
「また、報告によれば、ことが領内で起こったというだけで、クルペオン卿がカリヴス師を処刑したというわけではないとか」
「いかにも。ただ、奴を殺し、子供を救い出した冒険者とやらを、館に招いただけだという話だ」
「また、カリヴスめはすでに巨蟹宮神殿を破門された身。私の一族とは言え、そのことによって判断を誤るは、衆生の安寧を第一とする巨蟹宮神のみ心にそぐわぬことかと」
「……だいたい、今、クルペオン卿に対して強い態度に出れば、我らがカリヴスの行為に対し、何らかの共感をもっていると捉えられかねぬのではないかな?」
「まあ、カリヴス師があの噂に心を奪われ、建国の父エールの復活に取りつかれてしまったということを、どう判断するかでしょう」
「あの噂、か……。無論のこと、神託は尊重するが、奴の方法は適当とは言えんだろうな」
「そのような逃げ腰では、クルペオン男爵を始めとする反神殿勢力を、ますますつけあがらせることになりますぞ! 特に、三年前のアストニア戦役以来、貴族達の越権行為には目に余るものがある!」
「それは、戦の功労者であるクルペオン卿に爵位を与えたことかな?」
「それも含めて、と申し上げましょうか」
「獅子宮神殿は、この国に内乱を招くおつもりか?」
「そういうわけではない。が、敵対者があれば、正面から対峙するのが肝要かと存ずる」
「しかし、貴族の面々を敵対者とすれば、内乱は必定――」
「敵は貴族のごく一部だ! 恐れるに足らん!」
「声が高うござるぞ……」
「…………」
「皆、それぞれの神殿とカバラを預かる身。勘違いされているということはありますまいが、敢えて言いましょう。統治のための我らであって、我らのための統治ではない。互いに弱き心の陥穽には留意したいもの」
「とにかく、クルペオン卿とカリヴスの間に何らかの軋轢があり、それが今回の件を招いたのだとしても、それを以って、すぐさまクルペオン卿を告発することはできまい」
「領内の治安を守るは、領主の務め」
「また、いたずらに人心を惑わすは、民の幸福につながることとは思えませぬ」
「無論、一部貴族達の陰謀に対しては、怠ることなく自衛すべきでしょう。しかし、そのこととカリヴス師の件とは、むしろ別に考える方が得策かと思いますよ」
「……結論が出つつあるようだが、ここで評決を取ってよろしかろうか?」
「異議なし」
「従いましょう」
「異議、ありません」
「私も」
「……お待ち下さい」
「何か?」
「この上さらに、カリヴス師の最期について議を尽くすのが、双魚宮神殿のご意向かな?」
「……違います。わたくしが申し上げたいのは、亡きカリヴス師とは直接は無関係でありながら、我らに重大な決断を迫るはずの、ある隠された真実についてです」
「と、言いますと? 例の噂について、より確かな情報を得られたというわけですか?」
「はい……情報ではなく、啓示と考えますが――」
「…………」
「――それに従い、わたくしは、ラーマンド男爵クルペオン卿の正体を、双魚宮神の名において告発しなくてはなりません」



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