−幕間劇−
深い闇の中、信じられぬほどの長い時間をこの闇の中で過ごしてきたその老人は、一人、自らの思惑の進捗を楽しんでいた。
自身を時間から解放し、永遠の生を受けるがための儀式。その儀式に対する思わぬ妨害が、老人をこの闇に突き落としたのだ。
闇は、まるで深い海の底であった。
儀式は半ば成功し、老人の生命は時によってすりへらされることは無くなった。しかし、そのほとんどの時間、彼の体を支配するのは理性ではなく狂気であったのだ。その間、老人の心はこの暗闇の奥底に閉じ込められたままになってしまったのである。儀式の妨害によって生じた魔力の暴走が、老人の精神と肉体を結ぶ微妙な連絡を、大きくひずませたのだ。
わずかに、何かの拍子で、この深海のような闇の底に、外の光が届くことがある。老人は、その機会を貪欲に利用した。
それは、百日に一日ほどの、ごく短い時間であった。
空白の百日の間の自身の肉体を保護のために、様々な精霊と契約した。
当初、闇に光の届くまでの間は、老人の肉体はさながら幽鬼の如く荒野をさまよっていた。実際、近隣の未開の民たちは、彼を冥界から帰ってきた亡者であると考えていた。その体を守護するために、空中に漂う精霊にかりそめの名と命を与え、強力な呪術で束縛したのである。
さらには、理性を失っている間、自らの代わりに身体を制御するものを、精霊の集積から創造した。無論、創造時には嬰児に近いその代理の精霊に、様々な教育を施す必要もあった。
外観上、彼の肉体が狂気の支配から解放されるまで、数十年の時を必要とした。それでも、彼自身が我が身の支配権を取り戻したわけではなかったのである。
老人は、長い長い拷問のような時間の中、この闇をもたらした者への憎悪を、日増しに大きく育てていた。
そして、憎悪のあまり気が狂うには、彼のいる闇は冷たすぎた。
ある時、老人は、自らの憎しみが、個人を対象とするにはあまりに肥大しすぎてしまったことに気付かされた。儀式を妨害した、あの建国の英雄と呼ばれる若者に向けるには、闇の中において唯一の伴侶として慈しんできたこの感情は、あまりに強烈になりすぎていたのである。
例えば、あの若者をこの世で考案された最も残虐な方法で何千回となく殺したとしても、この闇の中の怪物は一片の満足も覚えないであろう。
あまりに長すぎる時間によって、際限なく肥え太ったこの思いを、いかなる器に注ぐべきか。
そして老人は、ほとんど唯一とさえ思われる解答に至ったのである。
まずは、この世界で最も不滅に近いと考えられているものを、滅ぼさねばならない。
それがかなわないというなら、自分の半身とも言えるこの憎悪が満足する日は、永久に来ないであろう。死を恐れる必要のなくなった彼にとって、永久とは文字通りの恐ろしい意味を含んでいる。
老人は、ある計画を立てた。
そしてその計画のために、現実世界に対面するあまりに短い時間を、可能な限り有効に利用した。
自らの閉じ込められている場所に似た、暗い夜の森の中を徘徊し、自ら同様に闇に棲む眷族の歪んだ心を、呪術の糸で捕らえて支配下に置く。しばらくは、そのことばかりを延々と続けていた。
すでに支配している精霊や亡者だけでは、なしえない様々なことがあったのだ。
それは、軒裏の大きな蜘蛛が、夜の間に繊細な網を張るのに、どこか似ていた。
老人は、何者にもその意図を覚られることなく、ほとんど存在をも忘れ去られたまま、着々と神を殺すための計画を自らの闇の中で進めていたのである。