妻を、犯す。



第三章



 もちろん、それで終わりではなかった。
 テレビ台に収められていたビデオテープには、高校時代の妻の、ありとあらゆる痴態が録画されていたのである。
 桜色の唇で、白く華奢な手で、たわわな二つの乳房で、そして、もちろん、秘めやかな女性器で、香織は、羽黒のふてぶてしいまでに逞しいペニスを射精へと導いた。
 場所も、様々だった。香織や羽黒のものとおぼしき部屋のベッドの上だけでなく、二人の家のリビングやキッチン、トイレ、そして、ラブホテルや野外に至るまで――およそ高校生には相応しからぬ場所でも、二人は交わり、喜悦の声を上げ、そして、その様をビデオに収めていたのである。
 香織は――高校時代の妻は、羽黒に心酔しきっているようだった。いや、羽黒の肉棒がもたらす快楽に、身も心も捧げてしまっていた、と言った方が正確だったかもしれない。
 高校時代の、私の好きだったあの凜とした表情の裏に、こんなにも淫蕩な本性が隠されていたとは――
 幻滅したり、失望したりする前に、私は、妻の秘められた過去の姿に茫然としてしまっていた。
 私は、ほとんど夢遊病者のような動きで、次々とビデオを再生し、その中身に見入った。
 いつしか私は、精液と腺液にまみれたトランクスを、スーツの下ごと脱ぎ捨て、そんな無様な姿のまま、自らの肉竿を扱いていた。
 そして、幾度となく不本意な射精を繰り返した後、私は、ようやく最後のビデオテープを再生したのである。



 そこは、朱色の西日が差し込む、埃っぽいロッカールームであった。
 見覚えがある。高校時代に私と羽黒が所属していたサッカー部の部室だ。
 そこで、セーラー服姿の香織は、背もたれのない木製のベンチに座りながら、ビデオカメラのレンズを見つめていた。
 その黒い瞳が、情欲に潤んでいるように見える。
「羽黒先輩……あ、あの、他のビデオと同じように、このビデオを見ながら、いっぱい……オ、オナ……オナニーを、してください……」
 このセリフを、私は今日、何度耳にしただろうか。
 羽黒の命令には何でも従うようにされていながら、香織の声には、初々しい恥じらいの響きがある。
 だが、その含羞の声音や表情は、羽黒に対する媚びでもあるのだ。
「よし、じゃあ、さっそくスカートまくれ」
「はあぁ……」
 香織が、かすかに震える白い手で、紺色のフレアスカートをまくり上げる。
 その下に、香織は、何も身につけていなかった。
 うっすらとしたヘアに飾られた白い恥丘が、露わになる。
「脚開けよ」
「は……はい……」
 香織が、スカートを手にもったまま、しどけなく太腿を開いた。
 羽黒に繰り返し犯されながらもまだピンク色を保っている秘唇が、キラキラと濡れ光っている様が、ビデオカメラに晒される。
「言われたとおりにしてたみたいだな」
「は、はい……あの……命令どおりに、い、一日中……ノ……ノーパンで、授業を受けました……はふぅん……」
 香織の語尾が、熱く甘い吐息に溶ける。
「すげえ濡れてるぜ」
「あぁん、い、いやぁ……」
「どうしてこんなに濡らしてるんだ?」
「あ……そ、それは……ハァハァ……あの……先輩のこと考えてたから……」
「俺とここでハメることばっか考えてたんだろ? ホント、香織はインランだよな」
「いやぁん……い、いじめないで……」
 そう言いながらも、香織の顔は、マゾヒスティックな興奮に上気している。
「……ここが、どういう場所だかは覚えてるよな?」
 羽黒が、奇妙なことを、香織に訊く。
「はい……ここは、その……私が、先輩に……先輩の、オ、オ、オチンチンに……女にしてもらった場所です……」
 あらかじめ決められていたらしい言葉を、香織が、頬を真っ赤に染めながら、口にする。
「わ、私は……1年生の頃に、先輩に恥をかかせて……それで、それで……この場所で、き、きつく、お仕置きしてもらいました……あっ、あはぁっ……」
 香織が、喘ぎ混じりの声で、言葉を続ける。
 その秘裂は、ヒクヒクを物欲しげにおののきながら、新たな愛蜜を溢れさせていた。
「せ、先輩は……な、生意気だった私を、この場所に押し倒して……ふ、服を破いて……あの……か、体を、いっぱい触ってくれました……あ、あぁんっ……」
 香織が、スカートの生地をギュッとつかみながら、当時のことを思い出すように、虚ろな視線を宙に向ける。
 しかし、何ということだ……香織が羽黒の誘いを断り、私達、羽黒にいびられていた1年生が快哉を叫んだその日――妻は、羽黒によって犯されていたのだ。
「ああぁ……む、胸を……オ、オッパイを、揉んだもらったり……乳首をつねったもらったり……はぁはぁ、ア、アソコ……オマ、オマンコを、指でグリグリしたりしてもらってぇ……それで……それで、私……私っ……ああぁ……」
「あの時も、オマエ、すげえ濡らしてたよな」
「あううっ……ハ、ハイ……濡れちゃいました……アソコ、いえ、オマンコを……ハァハァ、いっぱい濡らしました……あ、ああぁっ……んふっ、んふぅ……」
 ベンチの上で、香織の腰が、モジモジともどかしげに動いている。
 ニスの塗られた板の上には、すでに、香織が分泌した透明な粘液が、小さな水たまりを作っている。
「へへ、すっかり発情しやがって……」
 そう言いながら、羽黒は、すでに浅ましくそそり立っている肉棒を露出させた。
「あぁん……す、すごい……」
 んくっ、と香織がはしたなく喉を上下させ、生唾を飲み込む。
「ほら、あの時と同じ格好になれよ」
「はい……」
 うっとりとした顔で羽黒の勃起を見つめながら、香織が、ベンチの上に仰向けに横たわる。
 羽黒は、香織の下半身側に回り込み、ベンチを跨いだ。
「自分で自分の脚を持つんだ」
「は、はい……」
 脚をMの字に開き、命令どおり自分の手で支え持ちながら、香織は、羽黒のペニスから視線を外そうとしない。
 羽黒は、右手でカメラを支えながら、左手で自らの肉棒を持ち、その先端を濡れそぼるクレヴァスに擦り付けた。
「あううっ、あっ、はうっ、あん、あぁん……ああぁ、羽黒先輩……私……私もう……ハァハァ……あっ、あぁ〜ん」
「どうしてほしいんだ? はっきり言えよ」
「ああぁん……い、入れてぇ……入れてほしいです……ハァハァ、あぁん、もう焦らさないでぇ〜」
「そんなんじゃダメだ。分かってるだろ?」
 赤黒く張り詰めた亀頭を浅く出し入れしながら、羽黒が香織を追い詰めていく。
「あぁ〜ん、オ、オチ……オチンチンっ……入れてください……はぁはぁ、チンポ、マンコに入れてぇ〜!」
 白いヒップを揺すりながら、香織が悲鳴のような声で言う。
「入れて、入れてぇ! ズブって、マンコにオチンポ入れてくださいぃ……あぁんっ、お、奥まで……お、お願いです……あん、ああぁん」
「しょうがねえな……そらっ!」
 ずぶりと、羽黒の巨根が一気に香織の秘花を貫く。
「あああああああああああああああああああぁ〜っ!」
 香織は、白い喉を反らせて歓喜の声を上げた。
 私の胸の中で心臓が跳ね、嘔吐感すら込み上げてくる。
 それでも、私は、画面を見続けた。
「どうだ、気持ちいいか?」
 腰をゆっくりと前後に動かしながら、羽黒が香織に問いかける。
「あぁ〜ん、いい、いいっ……いいですぅ……はぁはぁ、き、気持ちイイぃ……あぁっ、あうううっ、あく、ああああぁぁぁ……」
「オマエ、初めてのときも、アンアン声出してたよな?」
「あううっ、あっ、あっ、あの、あの時は……い、痛くて……でも、き、気持ちよくてぇ……ハァハァ……あ、頭の中、グチャグチャでぇ……初めてなのに……初めてなのにイキましたぁ……あううっ、うっ、うぐぐ……はひいぃ〜ん」
 羽黒の肉幹が前後するたびに、香織の可憐な秘唇が無残にまくれ上がり、そして、膣内に押し入れられる。
「ああぁっ、す、すごいぃ……あうっ、あっ、あううっ……すごいの……あん、あぁん、あはん、ああぁ……奥で、ズンズンってしてぇ……あうっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、あぁ〜っ!」
 抽送のリズムに合わせて、香織が喘ぎ声を上げ、体をくねらせる。
 羽黒は、腰を動かし続けながら、片手で器用に香織のセーラー服の前を開いた。
 白い肌とともに、可愛らしいデザインのブラジャーが、露わになる。
 羽黒がブラをずり上げると、たわわな乳房と、すでにぷっくりと勃起している乳首が、姿を現した。
「へへ、すげえな。ビンビンだぜ」
 羽黒が、香織の充血した乳首を指先で弾く。
「あうっ! やっ! あぁん! ああぁっ……だめ、だめぇ……ああぁっ! オッパイいじめちゃダメぇ〜! あひいぃ〜ん! ダ、ダメぇ〜ん!」」
 そう言いながらも、香織は、喜悦の表情をその顔に浮かべている。
「くっ、すげえ……こっちをいじると、マンコがギュウギュウ締め付けてくるぜ……!」
 興奮に息を荒げながら、羽黒が、片手で香織の乳房をまさぐる。
 そして、すぐに誘惑に耐え切れなくなったように、ビデオカメラを別のベンチの上に置き、両手を双乳に重ねた。
「きゃうううぅン!」
 香織が、子犬のような悲鳴を上げながら、背中を反り返らせる。
 羽黒は、腰を使い続けながら、香織の乳房を両手で揉みしだいた。
「あううっ、あふっ、はふぅ、はふぅうぅう……! ああぁん、すごいぃ〜! イイのぉ! 体中キモチイイのぉ! あふっ、はひ、はひんっ! ああぁぁ! イイぃ〜!」
 香織が、汗に濡れたショートカットの黒髪を振り乱しながら、快楽に悶える。
「おおおっ、す、すげえ締まるっ……! うっ、うおおおっ!」
 羽黒が、獣のような声を上げながら、香織の秘苑に腰を叩きつける。
 そして、羽黒は、香織の体に覆いかぶさった。
「ああぁん! センパイっ! センパイっ! センパイいっ! うっ、うああっ、あっ、あひいぃ〜!」
 高校生とは思えないような淫らな嬌声を上げながら、香織が――私の妻が、下から羽黒の体にしがみつく。
 その細い腕は羽黒の背中に回され、しなやかな長い脚は、羽黒の腰に絡み付いた。
「あううっ、セ、センパイぃ……あっ、あはぁっ! キスぅ……キスしてぇ……ハァハァ、チューしてっ! して、して、してぇ〜! ああぁ〜ン!」
 香織が、唇を開き、舌を突き出して口付けをねだる。
 羽黒は、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべてから、香織の可憐な口に噛み付くようにキスをした。
「んむっ、んむむ、ふぐ……ちゅっ、ちゅぶぶ、んちゅっ……ハァハァ……ちゅぶぶ、ちゅぶ、じゅぷぅ……レロレロ……はぷっ、んむむ、ちゅぶぶ、んぐっ、ちゅずずっ、じゅるる……」
 香織と羽黒が、唇を吸い合い、舌を絡ませ合う。
 羽黒が舌を突き出すと、香織は、それに舌先を這い回らせ、唇で扱き立てた。
 口内に注ぎ込まれる唾液を恍惚とした表情で啜り飲みながら、香織は、羽黒の舌にまるでフェラチオでもするように奉仕し続けた。
「はむっ、んふうっ、はひ、はひぃん……ぷあぁ……ああぁん、も、もうっ、もうダメぇ〜!」
 高い声を上げながら、香織が、羽黒の広い背中に爪を立てる。
「はひ、はひぃん、もう、もうイっちゃうぅ……あん、あぁん、あんあんあんあんっ! イクノ、イクのぉ! オマンコいく、いく、いく、いくぅ〜! はへっ、あへ、あへぇ〜!」
 口元からタラタラと涎を垂らしながら、香織が羽黒に訴える。
「よし……俺がイったら一緒にイケよ……!」
 羽黒が、そう言って、がむしゃらに腰を使いだす。
「おあああああ! おっ、おくうっ! 奥に来てるぅ! あひっ! あひっ! あひい! あひいいい〜! すごい、すごいぃ〜! ズンズン来るぅ! あああああああ!」
 まるで断末魔のような声を上げながら、香織が、肉棒の先端が膣奥を小突いていることを告げる。
「奥にぃ……し、子宮にい、ズンズンってぇ……あっ、あううっ、あへええぇ〜! 子宮マンコいっちゃうっ! あっ、ああっ、子宮っ! 子宮マンコっ! あああぁ! イイ、イイっ、イイぃー、イグ、イグウ、イッ、イっ、イグ、イグ、イグ、イグ、イひいぃ! ひっ、ひぐうううううううう! いっぐうううううううううううううううぅ〜!」
 香織の絶叫が響き、そして、二人は、ほぼ同時にその体を硬直させた。
「おっ、おああっ、あく……ンあああっ……あ、ああ、あああっ、あくう……あぐ……あひい……っ!」
 羽黒の腰が痙攣し、そのたびに、香織の体も震える。
「あああああ……入ってくるぅ……熱い、熱いぃ……ハァハァ……先輩の、精液……あっ、ああああああぁぁぁ……」
 子宮にザーメンを注がれながら、香織が、うっとりとした声を上げる。
 その四肢は、未だ、羽黒の体を抱き締めたままだ。
「すごいのぉ……あぁん……先輩の精液ぃ……き、きもち、イイぃ……はああぁン……」
 羽黒が、ゆっくりと香織から体を離す。
 そして、羽黒は、再びビデオカメラを手で構え、接合部にレンズを向けた。
 二人の粘液でたっぷりと濡れた結合部が、ヒクヒクとおののいている様が、アップになる。
 羽黒は、そのまま、まだ勃起したままの肉棒を、香織の秘唇から抜いた。
「ひゃんっ……」
 ひくん、と香織の体が震える。
 やがて、ぽっかりと開いた香織の膣口から、ギョッとするほど大量の白濁液が逆流し、ベンチを汚した……。



 その後、どうして自分が、ベッドに長々と横たわる羽黒の肉体を殺さなかったのか、少し不思議な気もする。
 だが、考えてみれば、今の羽黒のこの体は、死体も同然なのだ。
 何度か羽黒の肉体に入り込んだ際の感覚から、私は、この男が二度と目を覚まさないであろうことを確信していた。
 そう……すでに、私は、羽黒という男を殺しているのだ。
 だが、無論、そのことで、私の気が晴れたということはない。
 胸の中では、憤怒や憎悪などという名称すら生易しいような感情が、激しく渦を巻いている。
 この思いを向ける先は――そう、考えるまでもない。
 私は、ベッドの上に羽黒の体を放置したまま、薄暗い部屋の中で、次の計画を練り始めた。



 帰宅は、深夜になった。
「お帰りなさい。遅かったわね」
 まだ起きていた妻が、私をそう言って出迎える。
 高校時代の面影を多分に残した、その、若々しい顔が――ビデオの中で快楽に歪んでいた顔と重なる。
「……仕事で、羽黒さんと会ったよ」
 寝室に入り、脱いだスーツを渡しながら、私は、妻に言った。
「そ、そうなんだ」
 妻の表情には、ごくわずかに、動揺の色が見て取れる。
 だが、普段の私だったら気付かなかっただろう。そう、私は、妻のあらゆる面に対して、これまであまりにも鈍感だったのだ。
「羽黒さん、ずいぶん君のこと、懐かしがってたよ」
「や――やあねぇ。私、あんまりあの人、好きじゃないな」
 私の言葉に、妻が、どこか無理のある笑みを浮かべる。
「そうなのかい? 僕、君が羽黒さんと付き合ってたって噂、聞いたことがあったんだけど」
 私は、ごく軽い調子で、妻に言った。
「も、もう……何度も言ったでしょ! 私、あの人と付き合ったことなんてないってば」
「ああ、そうだったよね」
 私は、我ながら驚くほど穏やかな口調で、言った。
 しかし、胸の中では、赤黒くドロドロとしたマグマのような感情が煮立っている。
 妻は、私に、羽黒のことを隠し通そうとしている。過去のことも、そして、昨日、犯されたことも。
 妻がどういうつもりなのかは、正確には分からない。
 それに、今や、妻の内心をおいそれと想像することすら、私にとっては苦痛だ。
 どういうつもりであれ、妻は、私を頼りにはしておらず、そして、信じてもいないのだろう。
 私は、パジャマに着替えながら、決心を固めた。
 私は、妻を犯す。徹底的にその存在を凌辱し、尊厳を蹂躙して、苦痛と快楽の奈落へと突き落とす。
 そのための道具は、すでに、私の手の内にあるのだから。



 私は、その次の日も早めに出社し、そのまま外に出た。
 そして、羽黒興産のオフィスに入り、羽黒玄滋の体に移って、いくつかの業務を処理する。
 羽黒のしていたことの全てを把握したわけではないが、当面、ボロを出さない程度のことはできるはずだ。あとは、おいおい覚えていけばいい。
 それから、私は、あのビデオカメラに問題のテープの一本を入れ、羽黒の車で自宅へと戻った。
 昼前。周囲に人がいないのを確認して、郵便受けの中に、ビデオカメラを入れる。
 そして、私は、奇妙な高揚感を覚えながら、羽黒の携帯電話で、車の中から自宅に電話をかけた。
「……もしもし?」
「――香織だな」
「っ……!」
 電話口の向こうで、妻が息を飲む。どうやら、羽黒の声だということに気付いたらしい。
「この前は、いきなりで悪かったな――」
「なっ、何を……!」
 香織が、怒りに声を詰まらせる。
「おっと、切るなよ。切る前に、俺の話を聞くんだ」
「あなたと話すことなんてありません!」
「郵便受けに、俺からのプレゼントが入ってる。それを見ろ」
「ど、どういうこと? いったい何を――」
「きちんと見とけよ。また電話する」
 それだけ言って、私は、一方的に電話を切った。
 そして、煙草に火をつけ、ゆっくりとくゆらす。
 学生時代、私は、付き合い始めた香織に言われるままに、それまで吸っていた煙草をやめたのだが――今は、羽黒の体だ。健康のことなどどうでもいい。
 久しぶりの煙草の味は、少し苦く思えたが、心地よい酩酊感を私に与えてくれた。
 適当に時間を見て、私は、再度、家に電話をかけた。
「は、はい……もしもし……」
 電話に出た妻の声は、哀れなほどに震えている。
「どうやら、きちんと見れたようだな」
「あ、あんな……あんなもの、どうして、取っておいたの……?」
「そりゃあ、色々と使い道があるからさ」
 話しているうちに、唇の両端が自然と吊り上がり、喉の奥から笑いが込み上げてくる。
「使い道……?」
「ああ。例えば、オマエを脅して言うことを聞かせるとかな」
 私は、ストレートな言葉を使って切り込んだ。
「な、何ですって……そんなバカなこと……!」
「おいおい、バカは無いだろう? それとも、オマエの旦那にビデオを見せてやろうか?」
「えっ……!」
「宮倉とは、最近、仕事の付き合いがあるんだよ。テメエの女房がどんな女か教えてやるのが、先輩の務めってやつだろ?」
「や……やめて……」
「宮倉の奴はクソマジメだからな。オマエのビデオを見たらぶったまげるぜ。もしかすると離婚ってことも――」
「やめて! やめて! やめてっ! やめてえっ!」
 香織が、意外なほどうろた声を上げて、俺の言葉を遮る。
「は、羽黒さん……そんなこと、絶対にやめてっ! お願い……!」
「ふん、あの男の前じゃあ、堅い女でいたいってわけか」
「うっ……そ……それは……」
「まあいい。何にせよ、会って話をしないと始まらないよな。これからオマエの家に行く。クラクションを鳴らしたら、すぐに出てくるんだぞ」
「…………」
「言っておくが、つまらない考えは起こすなよ。オマエも知ってのとおり、ビデオはあと何本もあるんだ。そいつをバラ撒かれたくなければ、おとなしく言うとおりにしろよ」
「わ……分かったわ……分かりました……だから、あの人には――」
 私は、妻の言葉が終わる前に、電話を切った。
 しかし……妻が、あれほど取り乱すとは思わなかったな……。
 まあ、それほど、今の生活を大事に思っているということだろう。
 私は、いささか複雑な気分で、二本目の煙草に火をつけた。



 家の前に車を着け、クラクションを鳴らすと、しばらくして、香織が現れた。
 香織は、近所の目を気にするように、しきりに周囲を見回している。
「乗れよ」
 私は、スモーク加工の施された窓を開け、香織に言った。
 妻が、不承不承、車のドアを開け、助手席に着く。
 私は、助手席に身を乗り出し、驚く香織の唇を奪った。
「ん、んっ! んんんっ!」
 香織が、くぐもった声を上げながら身をよじる。
 久しぶりに、じっくりと妻の唇の感触を味わってから、私は口を離した。
 パン!
 頬に、鋭い痛みが跳ねる。香織が平手打ちをしたのだ。
「ふっ……くくくくくく……はははははははは!」
 私は、思わず高笑いをしてしまった。
「生意気なのは変わらないな、香織……そうでなくちゃ面白くないぜ」
「うっ……」
 香織が、その白い頬を朱に染める。
「じゃあ、落ち着いて話のできるところに行こうか……」
 私は、ニヤニヤと笑いながら、車を発進させた。
 スモークガラス越しに見ているせいか、昼下がりの日光に照らされた見知った町が、変にそらぞらしく思える。
 香織は、唇を噛み締め、膝の上の拳をぎゅっと握り締めていた。



 車をラブホテルに入れようとした時、香織が、一瞬だけ、体をこわばらせた。
「いいのか? このまま入っちまうぜ?」
「…………」
 香織が、眉を怒らせてこちらを睨む。
 私は、内心ゾクゾクとした快感を覚えながら、地下の駐車場に車を停めた。
 そして、助手席から香織の体を引っ張るようにして出し、肩を抱いて、フロントへと向かう。
 キーを渡されて入った部屋は、安っぽさを毒々しさで糊塗しようという意図が見え見えの、いかにも卑猥な調度に飾られていた。
 妻は、さすがに体を細かく震わせ、下を向いている。
 私は、彼女のおとがいに手をかけ、その顔を上に向けた。
 そして、ゆっくりと、わななく唇に口元を寄せる。
「あ、あの……羽黒さん……」
 香織が、真剣な目で私の方を見ながら、口を開いた。
「なんだ?」
「お願い……お願いです……主人には、絶対に言わないで……」
 この期に及んで、香織がそんなふうに念を押す。
「そいつは、オマエの心掛け次第だ」
 そう言って、私は、香織を荒々しく抱き寄せ、その唇に唇を重ねた。
 柔らかくしっとりとした唇の感触をたっぷりと味わってから、舌を伸ばす。
 だが、香織は、唇を固く閉ざし、口内への侵入を許そうとしない。
 ビデオのことを持ち出して言うことをきかせてもいいが、そればかりでは興醒めだ。
 私は、香織の唇を舌先でゆっくりとなぞってやった。
「んっ……んん、ん、んっ……んぐ……んんん……んっ、んっ……」
 腕の中で、香織の体がヒクヒクと震える。
 かぶりを振ってキスから逃れようとする香織の後頭部を右手で押さえ、私は、彼女の上下の唇を交互に吸った。
「ううぅ、んっ、んぶ……ちゅぶ……ちゅ、ちゅば……んむむっ、んぐ……ちゅぷ、ちゅむっ、ちゅぷ……んふぅ……」
 香織の鼻から、悩ましげな息が漏れ出る。
 さらに舌で唇を嬲ると、妻は、観念したように、小さく口を開いた。
 舌を長く伸ばし、彼女の口の中に滑り込ませる。
「んあぁ……あむ……んむっ、ちゅ、ちゅぶ、んふぅ……うっ、うむむ、んぐ……んあ……あふ、んふぅ……あむむっ……」
 唇を支点に顔をねじるように動かしながら、舌先で香織の舌を探す。
 そして、どうにか私の舌から逃れようとしていた舌を、ようやく捕らえた。
 ウネウネと舌を動かし、暴れる妻の舌に絡み付けてやる。
「うううぅ……んむっ、んぐぐ、んっ、んふぅ……ちゅぶ、ちゅぶぶ、んぶ……ちゅぐっ、ちゅぶ、ちゅぷぷ……あぷっ、ううっ、んむ……んふっ、んふうっ、ふううっ……」
 次第に、香織の体から、余計な力が抜けていく。
 ひとしきり香織の口腔を堪能してから、私は、唇を離した。
 唇と唇の間を、下向きのアーチを描いた唾液の糸がつなぐ。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……あうっ……ん……あうぅ……」
 妻が、唾液まみれになった口元を拭うことなく、喘いでいる。
 その目許はほんのりと赤く染まり、瞳はキラキラと濡れ光っていた。
「へっ、ずいぶんとウットリしてるじゃねえか」
 “羽黒”とのキスに陶然となっている妻にいささか苛立ちを感じながら、私は言った。
「そ、そんなわけないわ……! そんな……無理やりキスしておいて……そんな……」
「オマエ、無理やりの方が燃えるんだろ? 初体験の時もそうだったもんな」
「ち、違うわ……違います! そ、そんなこと……」
「フン……今、思い出させてやるよ。自分がどんなに淫乱だったかな」
 私は、そう言って、部屋の隅にあるソファーに座った。
「さて……キスの次はストリップだ。できるだけセクシーに服を脱げよ」
「なっ……! こ、ここで話をするんじゃなかったんですか!?」
 今更のように香織が声を上げる。
「お互い裸の方が腹を割って話せるだろ? そら、さっさとしろよっ!」
 これほど妻に乱暴な口を利いたことは、“宮倉皓一”としては一度もしたことはない。
 私は、“羽黒玄滋”として妻を嬲ることに、明らかに興奮していた。
「いつまで勿体つけてんだよ。それとも、宮倉の野郎にビデオを送り付けるよう、オマエの目の前で部下に命令してやろうか?」
 私は、そう言いながら、わざとらしく胸ポケットの中の携帯電話を取り出した。
「羽黒さん……あなた、卑怯よ……」
 香織は、悔しげに私を睨みつけながら、小さく言った。
「そんなことは自分で分かってる。いいからさっさと脱げってんだよ!」
「くっ……」
 唇を噛み締めながら、妻が、その白い指先をブラウスのボタンにかける。
 その目尻には、屈辱の涙が浮かんでいた。



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