紫の蜥蜴


問題編



「どうして、犯人が私だと分かったの?」
 女は、寝台に横たわる少年に、艶やかな唇で、言った。
 女の体はふくよかで、その胸と尻は大きく張り、自らの女性性を服の内側から主張している。
 そのウェーブのかかった黒髪は濡れたような艶を持ち、大きな瞳は、興奮したように潤んでいた。
「あ――あなたしか、いないからですよ」
 寝台に横たわる少年が、固い声で言う。
 いや、横たわる、と言うより、横たえられた、と表現した方が正確かもしれない。
 少年は、左右の手首と足首をそれぞれ縄で縛られ、そして、それを寝台の足に結び付けられていたのだ。
 両手両足を大きく広げた状態で、少年の姿勢は固定されている。
 年の頃なら、十を少し超えた程度だろうか。
 秀麗な顔をした少年である。もし、もう少し顔立ちに甘さがあれば、少女のようにも見えたかもしれない。
 整った目鼻立ちは、彼が、成長すればかなりの美男子になるであろうことを約束しているようだった。
 瞳には、年相応の生意気そうな光とともに、奇妙に大人びた色がある。
 少年は、その双眸で、女の顔を見上げていた。
 自ら、殺人者であると告発した女を、である。
 その口元には不敵な笑みが浮かんでいるが、その表情自体が、少年の恐れを覆い隠そうという虚勢のようにも見える。
 それは、無理もなかった。場所は、丘の上の一軒家。最も近い家までも、徒歩で5分ほどかかる。
 そして、家には、女と少年のほかには、誰もいなかった。
 女が、他の家族を、全て殺したからだと――先程、少年は告発したのである。
 女は、そんな少年に、ぞっとするほど蠱惑的な笑みを見せ――そして、隙を見て薬を嗅がせ、この部屋に連れてきたのだ。
 そして、寝台に緊縛をしたところで、少年が目を覚ましたのである。
「あの犯罪を成功させることができたのは、あなたしかいない……だから……だから、あなたが犯人です」
「うふふ……可愛らしい少年探偵ぶりね」
 女は、からかうように言って、少年の頬を人差し指で撫でる。
 少年は、女の接触――いや、愛撫から逃れようと首を振ったが、指先は執拗に少年の頬を追った。
「さ……触るなっ!」
「いいじゃない、これくらい……それより、説明を続けてよ」
 女が、その口元に妖艶な笑みを浮かべながら、寝台に腰を下ろし、少年の顔に顔を寄せる。
「説明を続けてる間は、私、あなたを殺すことができないわ。気になって気になってしょうがないもの」
「そ、それで……話し終わったら俺を殺すんだな……?」
「さあ、どうかしら?」
 さすがに青ざめてる少年の耳に、女が息を吹きかける。
「ふふっ……よくあるじゃない? 自分が家に無事に戻らなかったら、真相を書いた手紙が警察に届けられる、っていう探偵のセリフ……あれ、言ってみてよ。そしたら、君を生かす理由になるわよ」
「…………」
「もちろん、君の推理が正しいことが前提だけどね」
 少年は、悔しげに唇を噛み、しばし、目を閉じた。
 そして、再び目を開き、無風の湖の水面のように静かな瞳を、女に向ける。
 その少年の双眸に、女は、キラキラと輝く瞳を合わせた。
「もちろん――俺の推理は正しいですよ」
 まるで、そのことで冷静さを取り戻そうとするように、少年が、口調を丁寧なものに戻す。
「楽しみだわ」
 女は、そう言って、少年の白い頬を嬲っていた指を、ぺろりと舐めた。



「何なんですか、その方は」
 式部優華は、形のいい柳眉をひそめながら、品川警部補に言った。
 その針のような視線は、正面に立つ林堂の皮肉げな表情を浮かべた顔に向けられている。
「いや、だから」
「私は、信用できる方を紹介してくださるようお願いしたはずです。なのに、何ですか、その方の乱れた服装は」
 品川の言葉を遮った優華のその言葉に、林堂は、気障な仕草で肩をすくめて見せた。
 林堂としては、その年頃の男子の平均的な服装を身につけてきたつもりだったが、確かにこの場所では浮いているようだ。林堂の前に立つ式部優華は、そのスレンダーな体にフォーマルなスーツをまとい、品川も、一応は背広を着ている。
 そこは、派手ではないが重厚な装飾の施された応接セットのある、事務所の一室だった。
「私は、極めて真面目な相談をしたはずです。それも、県警における品川さんの地位を信用してのことですのよ。なのに――聞けば、この方はまだ学生だという話じゃないですか」
 そう言う優華も、年齢に関しては、外見上、まだ二十代の半ばといったところである。ただし、モデル顔負けの長身に、険があるが整った顔、そして隙の無い身ごなしは、年代相応の甘やかな雰囲気を全く感じさせない。
「正確には、学生じゃなくて生徒ですけどね。まだ高校に在籍してますから」
 林堂は、優華の気迫に押された様子も無く、涼しい顔で言った。
「――そんな子をここに呼ぶなんて、非常識ではないですか? 私の相談事というのは、探偵ごっことは違うんですのよ」
「しかしですね、こいつが――あ、いや、林堂君が幾つかの事件解決について自分に有用な助言をしてくれたのは確かなわけで――」
「失礼ですが、信じることはできません」
 優華が、冷たい声で品川の言葉を遮り、そして、イライラと部屋の中を歩き回った。
「全く――全く馬鹿げてます。そもそも、あんな脅迫状からして――だいたい、何ですの、ムラサキトカゲというのは!」
「だから以前にも説明したでしょう。自称――いや、おそらく、現代日本で唯一現存する、本物の“怪盗”ですよ」
「くだらない!」
 優華の鞭のようなセリフに、品川もさすがに不快感を露わにする。
「くだらないとは言いますがね、その自称・紫蜥蜴によって、これまで様々な美術品や装飾品が予告状どおりに盗難に遭っているのは事実なんですよ。しかも――目撃者は、全て殺されている」
「…………」
「確かに、人を食った話だと思いますよ。正体不明の怪盗だなんてね。……ですが、そいつを正体不明たらしめているのが、殺人という手段によってとなると、これは我々捜査一課としてもほってはおけない。まあ、まだウチの県警では捜査本部すらできてない以上、非公式な協力しかできませんが――」
「その協力というのが、自称・怪盗に対して、自称・名探偵をぶつけるということですの? 私、警察の方というのは、もっと現実的だと思ってましたわ」
「現実って、往々にして現実的じゃないんですよね」
 林堂は、皮肉げな笑みを浮かべながら、言葉を挟んだ。
「まあ、俺だってふざけた話だと思いますけどね。でも、“紫蜥蜴”がやるにしろ、“キツネ目の男”がやるにしろ、“切り裂きジャック”がやるにしろ、事件てのは起こっちゃってるわけで」
「自称だけで判断するなと言いたいのかしら?」
 優華は、林堂に冷たい瞳を向けた。
「名探偵のご忠告、痛み入るわ。警備はもっと増やすし、きちんとした専門家にも相談します。でも、私の展示会は、あなたみたいな子供に口出ししてもらうほど安っぽくないの。お生憎ね」
「しませんよ、口出しなんか」
「おい、林堂!」
 林堂の言葉に、品川が慌てたような表情になる。
「もともと俺は、石ころを削ったり磨いたりして飾るだけの展示会になんて興味なかったですし、ここまではっきり関わりを拒否されたらここに居続ける意味も無いでしょう?」
 林堂が、優華ではなく、品川の方を向きながら言う。
「石ころとは言ってくれるわね」
 優華は、アメジストらしき宝石のあしらわれた凝った意匠のペンダントを握り締めながら、眉を怒らせて言った。
「宝石の光はね、天体にも等しいのよ。私は、自分で見いだした数多の星で宇宙を演出するの。それが私の展示会なのよ。あなたみたいな無粋な人間に分かってもらおうなんて思わないですけどね」
「宇宙を、星空や天体写真でしか実感できないなんてこと自体、感性の貧しさだと思いますよ」
 林堂は、優華の方に視線を戻さず、つまらなそうに言った。
「ともかく、お話は終わりですね。帰りましょう、品川警部」
「警部補だ」
 品川は、苦い口調で言ってから、コートかけにかかったままの自分のコートに手を伸ばした。



 ――少年が、説明を終えた。
 女が、そんな少年の顔を、じっと見ている。
 その瞳には、明らかに、欲情の色が浮かんでいた。
「うふふ……本当に、大したものだわ」
 そう言って、女が、少年の胸に指を伸ばす。
 少年の着ていたシャツは、すでに、完全に前が開けられ、白く薄い胸板が露わになっていた。
「くっ……」
 女に、右の乳首を触られ、少年がビクリと体を震わせる。
 女は、薄い桃色の少年の乳輪の周囲に、くるくると指を這わせた。
「んっ……さ、触るな……触らないでくださいよっ! あ、ううっ……や、やめろっ……!」
 少年が、悔しげに歯噛みしながら、体をよじる。
 その手首に縄が食い込み、肌に、血が滲んだ。
「君の言ったこと、だいたい当たりよ……これで、もう、君をこのまま帰すことはできないわ……」
 女の指が、少年の乳首の間を往復し、愛撫を続ける。
 少年の乳首は、女の巧みな指遣いにより、すでに勃起してしまっていた。
「私、君を意識してるわ……君のことが、すごく気になる……もう、君に惹かれてるって言ってもいいくらい……」
「はぁ、はぁ……くっ……!」
 女の長い爪に、固くしこった少年の乳首を軽く引っ掻かれ、少年は大きく体を弾ませた。
「君……言ったわね……あの犯罪を成功させることができたのは、あなたしかいない、って……あのセリフ、嬉しかった……ゾクゾク来ちゃったわ……」
 そう言いながら、女は、来ていたブラウスの前を開き、豊かな乳房を包む黒いブラを剥き出しにした。
 くっきりと刻まれた胸の谷間に、少年は、思わず視線を吸い寄せられる。
「君の言った通りよ……あんなことができるのは、私だけ……」
 女は、そう言いながら、ブラのフロントホックを外し、乳房を露わにした。
 左の乳房の表面――その、白く、ヌメヌメと光る肌に――刺青が彫られている。
 それは、鮮やかな紫色の、一匹のトカゲだった。
「あの犯罪を成功させることができたのは、私だけ……この、私、紫蜥蜴だけよ……」
「む……むらさき……とかげ……?」
 少年は、そう言いながらも、女の乳房から目を離すことができない。
 まるで、乳首を狙って乳房を這っているような、不気味なトカゲの刺青。
 そんな妖しい彩りの加えられた女の乳房に、少年は、ほとんど魅了されているようだった。
「うふふ……ずいぶんオッパイが気になるみたいね……」
 そう言いながら、紫蜥蜴と名乗ったその女は、身を乗り出し、少年の目の前で、重力に引かれて紡錘形となった自らの乳房を揺らした。
 少年の鼻先で、彼の視線に反応したように、ダークローズの乳首が、次第に充血していく。
「どう? けっこう自慢なのよ、この胸……」
「…………」
 少年は、答えない。だが、その息が、少年の自制にもかかわらず、次第に荒くなっていく。
「男はね、みんな私の胸に夢中になるの……それでね、決まって、ここに顔を埋めるのよ……」
 紫蜥蜴が、少年に覆いかぶさり、その顔にたわわな双乳を押し付ける。
「わぷっ……」
「そうするとね……男は、みーんな、ここをカチカチにするの……ふふふ……」
 淫らに舌なめずりをしながら、紫蜥蜴は、半ズボンを履いた少年の股間に手を伸ばした。
「ん、んううっ……」
 少年が、くぐもった声を上げ、身をよじる。
 構わず、紫蜥蜴は、少年のズボンのホックを外し、ファスナーを下ろして、その白い手をさらに奥へと潜り込ませた。
「ふぐ……」
「君も同じね……うふふふふふ……」
 紫蜥蜴の優美な細い指が、少年のペニスを取り出す。
 それは、健気なほどに固く充血し、反り返っていた。
「すごいわね……君のここ、とっても立派よ」
 紫蜥蜴の妖艶な唇が紡いだ言葉どおり、少年のそれは、ほっそりとした体の他の部分よりも、一足先に大人になりかけているように見える。
 紫蜥蜴は、その白い指を少年の肉茎に絡め、ゆっくりと扱き始めた。
「んっ、んんっ、んく……うううっ……」
「びくびくしてる……くふふっ……敏感なのね……」
 明らかに面白がりながら、紫蜥蜴は、少年の未熟な性感を煽り立てていった。
 半ば包皮から顔を出したピンク色の亀頭が、淫らな粘液に濡れていく。
「うっ、ううっ、うあ……や、やだ……やめて……」
 少年は、そのペニスの反応とは裏腹に、ひどく幼い声をあげる。
 そんな少年の様子が、紫蜥蜴の情欲を、さらに高ぶらせた。
「うふふ……君、ここからミルク出したことある?」
「っ……!」
 少年が、乳房を押し付けられた顔を左右に振る。
「そう……じゃあ、私が、君の最初のミルクを搾り出してあげるわね……」
 紫蜥蜴は、そう言いながら、スカートを脱ぎ、黒いレースのショーツ一枚の姿になった。
 そして、一時、少年から身を離し、ベッドに上がって、ショーツをも脱ぎ捨てる。
 全裸となった紫蜥蜴が、依然、縄によって四肢を戒められている少年の胸を、膝でまたいだ。
「見て……」
 紫蜥蜴は、淫らに、しかし上品に生え揃った黒い茂みのさらに下に指を伸ばし、自らの秘唇をパックリと割り開いて見せた。
 少年が、牡の本能と好奇心に負け、紫蜥蜴の女芯を凝視する。
「ヌルヌルになってるでしょう? うふふ……君のオチンチンを食べたくて、ヨダレを垂らしてるの……はしたないわよね……」
 そんなことを言いながら、紫蜥蜴が、ムッチリと張ったヒップを揺らす。
「さあ、見るのよ……これが、君の初めてをもらっちゃうんだからね……」
 そう言って、紫蜥蜴が、サーモンピンクの淫裂を指先で開閉させる。
 そこから、透明な愛液が糸を引いて滴るのを、少年は、まるで魅入られたように見つめ続けていた。
「うふふ……挨拶はここまで……さあ、セックスしちゃうわよ……」
 直接的な表現で言いながら、紫蜥蜴は、自らの体を後ろにずらし、少年と腰の位置を合わせた。
 そして、少年の意識を離れてヒクヒクと震えるペニスに手を添え、ゆっくりとヒップを落とす。
「あふっ……」
 先端が秘唇に触れた時、少年は、そのあまりの柔らかな感触に、思わず吐息をついた。
「んふふっ……」
 頬を上気させながら、紫蜥蜴が、腰をさらに下げ、少年の肉棒を密壷の中に飲み込んでいく。
「あつっ……!」
 意外なほどに高い膣内の温度に、少年は、そう声を上げてしまった。
 紫蜥蜴の胎内の体温が、少年の肉棒をピッチリと包み込んで行く。
 熱は、そのまま快感となり、少年のペニスにさらなる活力を導いた。
「あふ……あぁん、私の中でまた大きくなって……んっ、素敵……」
 紫蜥蜴は、うっとりとそう言いながら、少年の肉棒を根元まで肉壷の中に咥え込んだ。
 そして、まるで感触を楽しむように、その豊かなヒップでゆっくりと円を描く。
「うっ……く……あ、あっ……んんっ……あうっ……」
 少年の唇から、喘ぎ声が漏れる。
 紫蜥蜴は、次第に紅潮していく少年の顔を濡れた瞳で見つめながら、腰の動きをいっそう大胆なものにしていった。
 少年のシャフトが愛液に濡れ、ヌラヌラと淫靡な光を反射する。
 ぐちゅぐちゅという湿った音を響かせながら、紫蜥蜴は、その腰を上下に動かし、膣肉で少年の肉棒を扱きたてた。
「あっ、あくっ、あ、あっ……んああっ、あ……ああっ……!」
「ハァ、ハァ……うふふっ、気持ちいいでしょう?」
 紫蜥蜴が、腰を動かし続けながら、少年の顔を覗き込む。
「くっ……!」
 少年は、屈辱に唇を噛み締めながら、そっぽを向いた。
「もう、素直じゃないんだから……んふっ、はふぅン……でも、そういうところも可愛いわ……んんんっ……」
 紫蜥蜴が、婉然と微笑みながら、少年に覆いかぶさるような格好で、体を蠢かした。
 意識してのことかどうなのか、大きく揺れる豊かな乳房が、少年の顔を連続して叩く。
「はぁ、はぁ……うふふっ、すごいわ……君のが、私の中でビクビク動いて……んっ、あううん……」
 体内に収まった成熟しきっていない肉棒の反応を楽しみながら、紫蜥蜴が、自らも快楽を貪る。
 その腰の動きはさらに激しくなり、ざわめく肉襞は、少年のペニスを刺激し続けた。
「んぷっ……うっ、ううっ……ハァ、ハァ……あ、あううっ……うぐ……うっ、うあああっ……!」
 少年は、声を上げながら、自分の中で高まっていく何かに抗った。
 自分が何に抵抗しているのかは分からなかったが、それに屈したら、自らの敗北を認めることだと、そう考えているらしい。
 だが、そんな少年を、紫蜥蜴の体は、じりじりと追い詰めていった。
「ねえ、そろそろでしょう? んっ、んんっ……はっ、はふぅ……もう、ミルク吹き出しちゃいそうなんでしょ?」
 紫蜥蜴が、少年の耳たぶや首筋を指先でくすぐりながら、尋ねる。
「ガマンしなくていいのよ……んっ、あふぅん……君の初めてのミルク、私のアソコがゴックンしてあげる……うふふふふっ……」
 唾液に濡れた舌でルージュを塗った唇を舐めながら、紫蜥蜴は、その肉壷で少年のペニスを絞り上げた。
「ンあああっ……や、やだ、いやだっ……! う、うあ、あううっ……うぐ……んくううっ……!」
 少年が、ぎゅっと目を閉じ、最後の抵抗を試みる。
 紫蜥蜴は、そんな少年の頬を両手で挟み――その唇に、唇をかぶせた。
「んっ……!」
 ドクッ……!
 驚きに目を見開きながら、少年が、紫蜥蜴の膣奥に生涯初めての精液を迸らせる。
「んあっ、あん、あはぁ……あぁ、素敵……素敵よ……あああぁ〜ん」
 離した唇から熱した蜂蜜のように甘い声を漏らしながら、紫蜥蜴が、少年の射精を堪能する。
 その膣肉は、ぐいぐいと強烈に少年の肉棒を締め付け、さらなる精液を搾り取った。
「あ、あうっ……く……あ、ああぁ……あ……あああぁぁぁ……」
 ドクリ、ドクリと溢れ出るザーメンとともに、魂までも抜き取られてしまったかのように、少年が、虚ろな瞳を天井に向ける。
 その虚脱しきった表情を見ながら、紫蜥蜴は、ぞっとするほどに美しく妖しい笑みの形に、唇を歪めた。
「これで、君と私とは、もう他人じゃないわ……男と女が結ぶ、一番強い契りで結ばれたのよ……」
 少年は、その声に吸い寄せられるように、紫蜥蜴の顔に視線を向けた。
「君、名前は……?」
 紫蜥蜴が、尋ねる。
 そして、少年は、紫蜥蜴に、自分の名前を告げた。



「――っ!」
 林堂智視は、全身にびっしょりと汗をかいた状態で、目を覚ました。
「…………」
 上体を起こし、そこが自らの部屋であることを認めて、しばし、安堵の表情を浮かべる。
 そして、数度呼吸を整えてから、林堂は、部屋のカーテンを開けた。
 冬の空にすでに太陽が昇っている。窓を通して感じられる外気の冷たさに、林堂は、汗に濡れたままの体をぶるりと震わせた。
 一挙動でベッドから降り、左手に着替えを持って自室から浴室に向かいながら――林堂は、何かを思い出そうとするような表情で、右手で口元を覆いながら考え込んだ。



「悪いな、週末に呼び出したりして」
 いつもの喫茶店で、品川は、林堂にそう言った。
「気にしないでくださいよ。俺と警部の仲じゃないですか」
「警部補だ」
 お決まりの挨拶を交わしてから、林堂と品川の二人は、先ほどテーブルに運ばれてきたコーヒーカップに、ほとんど同時に手を伸ばした。
「この前は、すまなかったな」
「いえ」
「だが……その、少し、お前らしくなかったんじゃないか?」
「……そうですかね?」
「ああ」
 品川の短い返事に、林堂は、小さく肩をすくめた。
「それより――やられたらしいですね」
 さりげない口調で、林堂が話題を逸らす。
「ああ。マスコミには、“紫蜥蜴”なんて名前は伏せているが――いずれどこかが嗅ぎ当てるかもな」
「箝口令が行き届かない、ってことですか? 確かに、ちょっと噂にしたい類いの話ではあると思いますけど……」
「そういうことじゃない。実は、まるきり同じような事件が、過去に起こってるんだ。それも、紫蜥蜴の仕業ということになってる。知らなかったのか?」
「…………」
 林堂は、微妙な表情で、首をわずかにかしげた。
「まあ、まずは、現在の事件について話をしようか」
「ちょっと待ってください。この件で、まだ俺の意見を聞くつもりなんですか?」
「癪だがな」
 品川は、そう言って苦笑いした。
「俺は、あの式部って人に関わりを拒まれたはずですけど?」
「あれは、事件の防止に関する話だったろう? だが、すでに犯罪は遂行されてしまった……。これからは、天才宝飾デザイナー・式部優華の依頼じゃなく、私個人の相談さ」
「まあ……そういうことなら、話だけはお聞きします」
「いつになく気乗り薄だな」
 品川のその言葉に、林堂は答えない。
 品川は、椅子に一度座り直し、話を再開した。
「以前に話をしたように、紫蜥蜴は、必ず犯行前に予告状を出す」
「…………」
「今回もそうだった、という話は覚えてるよな。今を時めく宝飾デザイナー、式部優華のコレクションの中でも、最大の目玉、彼女の考案した独自のカッティングによるダイヤモンド“フェアリー・ハート”を、展示会の最中に盗み出す――警備はいっさい無駄であると、その予告状には書かれていた」
「予告状は、ごくありふれたワープロソフトで書かれ、印刷された文書を、何度かコピーを繰り返したものらしく、形式、フォント、プリンタなどから犯人像を掴むのは不可能――そういう話でしたね」
 林堂が、淀みない口調で、かつて品川に聞いた話を確認する。
「そうだ。だが、このような話で展示会を中止することはできなかった。展示会場であるデパートはもちろん、行政までもが噛んでる話だったからな。式部優華の地元としてテレビにでも紹介されれば、市の大きな利益になる――のかどうかは、私自身には眉唾だったがな」
「まあ、そう考える人がたくさんいたってことでしょう? あの式部って人は、かなりマスコミへの露出のある人ですから」
「そうだな。私でさえ名前を知ってるくらいだ。セレブだの芸能人だのが競って購入するアクセサリーのデザイナーで、若く、しかもあれだけの美人だ。最近じゃ、ほとんどタレント扱いだからな」
「で、その式部優華も、展示会の開催を強く望んでいた、ということでしたね」
「あの性格だからな」
 品川は、そう言って、小さく溜め息をついた。
「で、あの時に話が出たように、警備はより厳重になってたんですよね?」
「そうだ。しかし、それでも、まんまと盗まれた」
「…………」
「しかも、とてもそんなことが不可能な状況においてな」
「不可能、ですか」
 林堂が、眉をひそめる。
「ああ……まさしく、予告状の通りだ」
 品川は、そう言って、畳まれたコピー用紙をポケットから出し、林堂に見せた。

  私は紫蜥蜴
  誰も私を阻むことはできず
  誰も私を見ることはできない
  あらゆる扉は開かれ
  あらゆる壁は砕かれて
  妖精の心臓は
  ■月■日に紫蜥蜴のものとなる
  誰も私を止めることはできず
  誰も私を捕えることはできない

「前に見てもらった時と同じように、念のため、日付のところは塗りつぶしているが――結局、凶行はその日だったよ」
「凶行――警備の人が、亡くなったそうですね」
 林堂が、わずかに声を潜める。
「殺害だ。毒性のガスでな」
「ガス……だったんですか。新聞には毒物による中毒死、と書いてありましたけど」
「マスコミにはちょっと控えてもらった。あまりにも刺激的だからな。一応、ガスが使用されたと知っているのは、捜査当局と犯人――紫蜥蜴だけだ」
「…………」
「私は化学には疎いんだが、問題のガスは、空気より重い、速効性の毒物なんだそうだ。普通の空気に触れると、長くとも数時間で変質して、毒性を失ってしまうという話だったが……ともかく、警備員は3人ともほぼ同時刻に死亡したと思われる」
 品川は、コーヒーで舌を湿らせてから、話を再開した。
「犯行が明らかになったのは、翌日だ。朝8時、交替の警備員3人が、展示室の扉の鍵を開けると、中で当番だった3人の警備員が倒れ、“フェアリー・ハート”の入っていたガラス製のショーケースが粉々に砕かれていた。そして、もちろん、そこには“フェアリー・ハート”は無かった」
「その展示室に、他の入り口は?」
「無い。窓も嵌め殺しで、出入りすることは不可能だ」
「ネズミ一匹はいれない、ってことですか?」
「いや、換気用のダクトがある。人一人なら腹這いで通れそうなやつで、屋上の通気孔にも通じてる」
「扉以外で出入りをするとしたら、そこだけですか?」
「そうなんだが……ダクトの、展示室につながる換気口には、幅1センチ半くらいの間隔で格子がついててな。腕どころか手を通すことだって難しいだろう」
「その格子は、外せないんですか?」
「展示室の側からなら、専用の工具を使えば可能かもしれない、ということだが……まさか殺された3人の警備員の誰かが協力したとは思えないだろう?」
「分かりませんよ。警備員全員が共犯で、後に残った死体は、紫蜥蜴が用意した別人のものかもしれない」
「部屋の中で入れ替わったということか……いや、それは無いだろう。外した格子をまた嵌めなければならないし、そもそも、死んだ警備員3人は、全員、身元がはっきりしている。警備会社の方でも、特に信用のおける人間を派遣したそうだ。そして――死体は、その3人に間違いない」
「なるほど……じゃあ、その換気口から毒ガスを流し込み、何等かの手段でショーケースを割って、中の宝石を盗み出した、とか……」
「それも考えづらいな。換気口は、壁の、天井近くに開いてるんだが、ショーケースまで距離が10メートル以上もある。一応、間に遮るような物は無いが……ダクトの中に持ち込めるような道具で、そういった細工をするのは困難だろう」
「そうですね……釣りに使うロッドなら、けっこうな長さですけど、狭いダクトの中でそれを使って宝石を手に入れるなんてのは、現実的じゃないですね」
「それに、そもそも肝心の“フェアリー・ハート”の直径が、格子の隙間より大きいんだ。格子越しに“フェアリー・ハート”を盗み出すのは不可能だよ」
「なるほど……」
 そう言って、林堂は、自らの右手を口元に当てた。
「ところで、その部屋に防犯カメラは無かったんですか?」
「無かった。デパートとはいえ老舗で、建物も古かったからな」
「となると、犯行時刻は正確には分からないんですね」
「深夜0時前後と推定される。3人の警備員の死亡推定時刻がそれくらいだからな」
「その時刻に、亡くなった警備員の他にデパートの中にいた人は?」
「常勤の警備員が1人――田山という50代の男が詰めてたが……宿直室にいるだけでな。問題の展示室にはずっと近付かなかったそうだ。一応、デパートに出入りした人間はいないと証言しているが、プロの窃盗犯なら、この男一人を出し抜くのは不可能ではないだろう」
「とは言え、そんなに大人数がどやどや侵入したり、大型の機械を持ち込んだりするのは不可能なわけですね」
「まあ、そうだな。一応、田山警備員も身元はしっかりしているし」
「身元と言えば、交替の3人の警備員の方は、どうなんです?」
「実はな……1人、身元を偽っていた奴がいてな」
 そう言いながら、品川は、メモ帳を開いた。
「野沢亮三という40代の男だが、履歴を偽っていた。暴行と公務執行妨害の前科で3年ほど服役してたことがあってな。本人は、前科者と知れると雇ってもらえないから、知人の名義を借りたといっている」
「その知人というのは、見つかりました?」
「まだだ。泉川信康という男で、野沢の中学時代の同級生なんだが、住民票上の住所は空き家だったよ」
「キナ臭いですね」
 林堂は、すでに冷めているコーヒーの黒い水面を見つめてから、品川に視線を戻した。
「ところで、事件発覚後、発見者たちの身体検査はしたんですよね?」
「無論だ。もちろん、“フェアリー・ハート”はおろか、怪しげなものは、野沢をはじめ誰も持っていなかった」
「騒ぎに乗じて、3人のうち誰かが、床に転がっていた宝石を飲み込んだなんてことはないでしょうね」
「ない。さっき言ったように、“フェアリー・ハート”は直径2センチ近くある。そんなものをこっそり飲み込むのは不可能だろう。もちろん、他人の目のある状況で人体の他の穴にも隠すのは無理だ」
「なるほどね……。えっと、その展示場の鍵を、野沢氏――もしくは他の人間が持ち出すことはできましたか?」
「展示室の鍵は複数あるんだが、1つは、施錠された専用のロッカーに保管されていた。ロッカーの鍵を持っていたのは田山警備員だ。そして、もう1つは、警備会社が保管し、事件翌日の朝に、野沢たち3人の交替要員に渡したという話だ」
「田山氏と野沢氏――両方とも単独では、展示室のドアを開けられなかったわけですね」
「しかも、警備会社に保管されていた方の鍵は、その夜、1度も持ち出された形跡が無い。少なくとも、その日の夕方から翌朝まで、展示室の鍵は開かなかったと考えるのが妥当だろうな」
「合鍵は?」
「合鍵を作る唯一の機会のある人間と言えば――前警備責任者だろうな」
「“前”ですか」
「ああ。警備会社の社員で、朽木広という男だ。紫蜥蜴の予告状が届いた直後、式部優華の申し出で、一方的に交替させられたらしい。警備に関するもろもろのことで、意見が合わなかったようだな」
「同情しますね」
 林堂は、皮肉げな笑みを浮かべた。
「朽木は、式部優華をだいぶ恨んでたようだな。面目を潰されたといって……ただ、朽木にはアリバイがある。他の場所の警備責任者として、その夜はずっと衆人環視の中にいたんだ」
「その朽木氏が、合鍵を誰かに渡して犯行を依頼したということは考えられますか? もしくは、逆に犯人に依頼されて、合鍵を作ってやったとか」
「難しいだろうな。朽木は会社でかなりの激務をこなしていたらしいし、家族もいる。それに、朽木が展示会の担当を外されたということは、社外秘だった。関係者以外の人間で朽木の立場を知っていた人間は、ごく少数だ」
「確かに、警備会社としては外に漏らせないでしょうね」
 ふう、と林堂は、小さく溜め息をついた。
「何よりも、これは、紫蜥蜴の単独犯行だと思うんだよ。これは勘だが――根拠はある」
「根拠?」
 林堂が、少し驚いたような顔で聞き返す。
「ああ。田山も、野沢も、朽木も、まだ生きている」
 品川は、苦々しげな表情で、いったん言葉を止めた。
「紫蜥蜴は、人を殺すことに何のためらいも無い。目撃者を全て殺すことで、紫蜥蜴は自らの正体を秘密にしているんだ。そんな奴が安易に共犯者を作り、しかもこれまで何もせずに生かしたままというのは、どうも考えられん」
「……何にでも、例外はあると思いますけどね」
「そうだな。これが、私の予断になってるとまずい。だから、お前の知恵を借りたいんだよ」
 品川は、真摯な瞳で、林堂の顔を見つめた。
「そう言えば、最初に、これとそっくりの事件が、かつてあったって話をしましたよね?」
「ああ……東京都下の郊外でな。7年前のことだ」
 品川が、再びメモ帳を開く。
「個人の邸宅の中の、やはり宝石だのアクセサリーだのを飾っている部屋でのことだ。そこにいた全員がガスらしき毒物で中毒死し、中央に置かれていたショーケースが割られ、飾られていた宝石が消えていた。部屋はほぼ完全な密室で、わずかに換気用の窓が開いていたが、それは、構造上、10センチ以上は開口しないようになっていたんだ」
「それも……紫蜥蜴の仕業だったんですか?」
「予告状が来たらしい。ただ……その宝石の持ち主が、その数ヶ月後、失踪しててな」
「え? 持ち主って……生きてたんですか?」
「たまたまその予告の日は、別の場所にいたという話なんだ。由良峰子という女なんだがな。まあ、それだけでも、かなり怪しいがな。アリバイも曖昧で、捜査本部は、この由良峰子こそが紫蜥蜴であり、予告状は自作自演に違いない、と踏んだんだが……どうやって部屋に侵入したのか分からず、立件はできなかった」
「だって、由良さんという人は、その家の住人なんでしょう?」
「家の持ち主は峰子の夫でな。宝石だけが彼女の所有物だったらしい。ただ、峰子というのは奔放な性格で、その頃、夫婦はほとんど家庭内別居状態らしい。夫は無断外泊をした峰子を締め出すために、使用人に命じて家に内側から鍵をかけていたって話だ」
「それはまた、ずいぶんとすごいことをしたもんですね」
「まあ、使用人も峰子が帰ってきたら鍵を開けたろうがな。峰子も合鍵くらいは持っていただろうし……だが、そういう事情と、あと紫蜥蜴の件もあって、使用人が夜通しで玄関の番をしていたんだ。で、その使用人が、峰子はその夜、家に戻らなかったと証言したんだ」
「…………」
「それに、何等かの手段で家に入っていたとしても、宝石を飾っていた部屋は内側から鍵がかけてあった。これは、外からこじ開けられるタイプじゃない、カンヌキ型のやつでな。で、家の住人――峰子の夫と弟1人、それに息子2人が、寝ずの番をしてたらしいんだが……全員が殺されてしまった」
「で、由良峰子は証拠不十分として……警察の見解は、どうだったんです?」
「迷宮入りだよ」
 短く、品川は言った。
「……そう言えば、お前、中学校まではあっちの方に住んでたそうだな」
「よく覚えてますね」
 林堂が、素直な驚きの表情を浮かべる。
「普通はそれくらい覚えてるもんだ。ところで……何か、この件について噂とか聞かなかったか? 当時は、世間でけっこう“紫蜥蜴”の名前が流行ったもんだが」
「――覚えてないですね」
 そう答える林堂の声が、品川には、普段以上に素っ気ないもののように感じられた。


解答編

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