――自分は求められていない。
彼は、いつもそう思った。
両親の関心を引くべく、勉強に精を出し、体を鍛えた。
それでも、二人の愛情を得ていたのは、兄だった。
自分に何が足りないのか、それが分からない。
分からないまま、自分自身を守るために、必死になって仮面を完璧なものへとしていく。
確かに外の世界では、その仮面は評価された。しかし彼は、明らかに自分の本質と違う仮面を誉められることが、かえって苦痛と不快をもたらすことを思い知らされた。
両親の関心を引くための、偽りの顔。その顔にさえ、目を向けてくれない父と母。
仮面の中で、何かどす黒いものが育っていくのが、感じられた。
そして――あれは5年前のことだった。
兄が、自ら破滅の穽へと身を躍らせたのだ。
我侭で、無軌道で、自尊心だけは人一倍強い兄が陥りやすい、運命の用意した罠に。
が――
信じがたいことに、それでも、両親は、兄を選んだ。
半ば正気を失った兄を、二人で用意した第二の子宮に閉じこめる父と母……。
そして彼――姫園克哉の、常に微笑みを浮かべている端正な仮面の奥で、何かが、永久に失われた。
私立星晃学園体育祭が、A組からF組までのクラス対抗型の競技形式で行われ、体操服に着替えた生徒たちが校庭の中を駆けずり回っている。
声援、歓声、悲鳴、絶叫。
若い熱気の中、着々とプログラムは消化されていく。
「センパイ、3年生の競技が終わったら、次は部活対抗レースですよ」
白い体操服に黒いスパッツという姿が妙によく似合っている鈴川名琴が、傍らの郁原竜児に声をかけた。
「ん、あ、そうだね」
「もー、しゃきっとしてくださいよ〜!」
名琴が、腰に両手を当てて言う。
「美術部の明暗がかかってるんですからね! もし漫研に負けちゃったら、あたしとセンパイ、身売りされちゃうだから」
「身売りなんて大袈裟な……アシスタントするだけでしょ」
郁原が、のん気そうな顔で笑う。
「お、郁原、お前は名琴ちゃんとペアか?」
と、後から、元気のいい声が聞こえる。二人が振り返ると、部活対抗レース漫画研究会代表ペア、片倉浩之助と久留山亜美がそこにいた。
二人はすでに、足首を布で結んでいる。部活対抗レースは、男女混合の二人三脚で行うのだ。
「って、浩之助、ちょっと気が早いんじゃないの?」
「こーいうのは、普段から息を合わせとかなきゃいけないんだよ!」
郁原の言葉に、浩之助がそう言って胸を張る。一方パートナーの亜美は、かなり恥ずかしそうだ。
「ったく……なしてあんた、そないに元気なんや?」
「元気な方が勝つ!」
「そらそうかもしらんけど……」
亜美が、唇を尖らせて抗議しかける。周囲の生徒たちは、この、かなり規格外に身長の低いカップルに、くすくす笑いを抑えられない様子だ。
「そういうわけで、今回はオレの勝利だぜ! 漫研の召使いになる準備でもしとくんだな!」
浩之助は、びし、と郁原を右手で指差す。
「めしつかいって……なんちゅうボキャブラリーや」
そう言って片手を顔に当てる亜美の肩を、浩之助が、がし、と抱いた。
「ちょ、ちょい、待ちいや!」
さすがに亜美がその柔らかそうな頬を赤くする。
「ほれ、練習再開! 入場門のとこまでダッシュすっぞ!」
「二人三脚でダッシュなんて……ああああぁ〜!」
強引に走り出した浩之助に必死にペースを合わせる亜美の悲鳴が、次第に遠くなっていく。
「……始まるまで、まだ結構あるんだけどなあ」
さすがに呆れたような声で、郁原が言う。
「センパイ……えーっと、あたしたちも、練習、します?」
名琴は、ひょい、と郁原の顔を覗き込んで言った。
「そうだねえ……」
「おーい、郁原あ」
その時、別の生徒が、郁原に声をかけた。袖に、“トラック係”の腕章がある。
「石灰足りなくなってきたんだ。ちょっと入れて持ってきてくれ」
「ん、分かった」
そう返事をして、郁原は、彼からライン引きを受け取った。その袖には“用具係”の腕章がある。二人とも、体育祭実行委員という名の雑用係をおおせつかった仲間である。
「じゃ、鈴川さん、先に入場門のところ行ってて」
「……は〜い」
名琴の残念そうな返事を待たずに、郁原は、校舎裏の体育倉庫目指して小走りに走り出した。
一方――
林堂智視は、体育祭が始まってからずっと、屋上にいた。
「アリバイ、か……」
手すりにもたれ、眼下の喧騒を眺めるともなく眺めながら、そうつぶやく。
「確か、ラテン語だったかな。“他の所にいる”とか、そういう意味で……要するに、現場不在証明ってやつだよな」
その、後で結んだ長い髪を、十月の風がなぶる。
「その場所にいなかった人間には、その場所で行われた罪を犯すことはできない。たとえ、どんなに有力な容疑者であっても」
何が可笑しいのか、林堂は、空に向かってくすりと笑った。
「不可能犯罪とは、それ自体、妙な言葉だよなあ……」
「さとみ、ちゃん」
林堂の後から、声がかけられた。どこか辛そうな吐息の合間の声である。
振り向くと、そこには、真っ赤に頬を上気させた西永瑞穂がいた。
「お疲れさん。――最下位だったな」
林堂が言ってるのは、ついさっき瑞穂が参加した100メートル走のことである。
「み……見てた、の?」
「そりゃあそうさ」
「あれで、A組、トップ逃しちゃったよぉ……」
「どうでもいいだろ、そんなこと」
そう言いながら、林堂は、立ち尽くす瑞穂に近付いていく。
スパッツから伸びた、白くしなやかな瑞穂の脚が、細かく震えていた。
「で、どうだった?」
赤くなった耳朶に口を寄せて、林堂が訊く。
「は、恥ずかしかった……恥ずかしくて、死んじゃいそう……」
舌足らずな瑞穂の物言いに、林堂は、くすりと笑った。
「誰か分かったかな? 瑞穂が、このスパッツの下に――」
林堂が、するりと右手を伸ばし、黒い伸縮性に富んだ布地を、そっと指先で撫で上げる。
「ひゃう……っ」
「縄しか、つけてないってことをさ」
「い、いじわるゥ……」
瑞穂が林堂をなじるその声は、しかし、官能に甘く蕩けている。
そんな瑞穂の肩を左腕で抱くようにして、林堂は、彼女の動きを封じた。
そして、スパッツの中に手を差しこむ。
「あ……!」
びくん、と瑞穂の体が震えた。その体操服の裾から、赤いロープがかすかにのぞく。
林堂が、服の中で彼女の体を戒めている縄のうち、股間に当たっている部分を引き上げたのだ。
「ダ、ダメ……食いこんじゃうよぉ……」
そんな瑞穂の抗議に耳を貸さず、林堂は、さらに右手を奥まで差し込んだ。
瑞穂のはくスパッツの布地が、林堂の指の淫猥な動きをかすかにうかがわせている。
「あっ、あ、あン、あああああっ」
思わずはしたない嬌声を漏らしながら、瑞穂は、林堂の体操服をぎゅっと握った。
林堂の指の動きが、小刻みなものになる。
「あ、ああッ! そこ、ぐりぐりしちゃダメぇ〜ッ!」
瑞穂が、悲鳴をあげながら、さらに激しく身をよじる。
「どうしちゃダメだって?」
「だから、だからそこはァ……」
「きちんと言わないと分からないよ」
「な……縄の、ク、クリトリスのところ、いじったら……ンあああッ!」
瑞穂が、高い悲鳴で言葉を中断させる。
林堂が縄をさらに引っ張ったのだ。
ぷるぷるぷるっ、と瑞穂の体が震え、そして、林堂の腕に体重を預ける。どうやら、軽く達してしまったらしい。
「もう、びちゃびちゃだぜ」
林堂が、わざと下品な言い方をする。
「う、うん……」
「シミになる前に、スパッツ脱いじゃえよ」
「うん……」
瑞穂は、ぽーっとした顔で素直に肯いて、のろのろとスパッツに手を伸ばした。そして、やや危なっかしい足取りで、片方ずつ、その綺麗な脚を抜いていく。
先ほどの林堂の言葉通り、瑞穂は、スパッツの下にショーツをはいていなかった。ただ、赤い細身の縄が二本、その股間をくぐっている。
「こんな風にしたまま走っちゃうんだから、瑞穂も大したもんだよな」
「だって、棄権したらお仕置きって言うんだもん……途中で転んじゃいそうになったよォ」
「よく頑張ったな」
そう言って、林堂が、ちゅ、と瑞穂の額にキスをする。
「はい、ご褒美」
「え、これだけ〜?」
瑞穂が、抗議の声をあげる。
「これだけって、どうしてほしかった?」
林堂が、意地悪く訊く。
「……だから、そのぉ……して、ください……」
恥ずかしいおねだりを口にしながら、瑞穂は、さらに股間を蜜で濡らしてしまう。
「何を?」
「せ……せっくす、して、ください……っ」
なぜか妙に子どもっぽい口調になって、瑞穂が言う。
「ん、分かった」
林堂は、笑みを含んだ声でそう言い、瑞穂の手を取った。
そのまま、屋上の端の手すりのところまで誘導する。
「あ……えっと……」
「ほら、そこに手をついて」
「こ、ここで?」
「なかなか爽快な眺めだろ」
林堂が言うとおり、空は明るい秋晴れだ。しかし、瑞穂には、天を仰ぎ見るような余裕はない。
しばし、羞恥と欲情を天秤にかけた後、瑞穂は、手すりにその小さな両手を乗せた。
校庭では、生徒たちが、競技に汗を流し、応援に声を張り上げている。
瑞穂の胸に、ほんの少しだけ罪悪感が生じるが、淫らな期待が、それを押し流してしまった。
林堂が、そんな瑞穂の後に回りこむ。
後に差し出された可愛らしい丸いヒップが、知らず知らずのうち、ゆらゆらとゆれてしまう。ひどく物欲しげな動きだ。
そして、その度に、股間に回された二本の赤いロープが、瑞穂のクレヴァスに微妙に食い込む。
すでにその部分からは熱い蜜がとろとろと溢れ、日の光にきらきらと濡れ光っていた。
林堂が、瑞穂の真後ろで片膝をつく。
「ひゃン」
瑞穂が、小さく悲鳴をあげる、林堂が、二本の縄を左右に開き、大陰唇の外側にかけるようにしたのである。
「さ、智視ちゃん……指が、冷たい」
「瑞穂のここが熱すぎるんだよ」
林堂の言葉通り、すでにロープによって充分に愛撫をされていた瑞穂の靡粘膜は、熱くとろけ、真っ赤に充血している。
林堂は、目を閉じ、瑞穂のその部分に口付けした。
そして、ぢゅぢゅぢゅっ、とわざと音をたてて愛液をすする。
「やんやぁん! 智視ちゃんのいじわるッ!」
恥ずかしそうに顔を伏せながら、瑞穂が叫ぶように言う。
「こんなに濡らすからだろ」
くすくすと笑いながらそう言い、林堂は、クンニリングスを再開した。
唇でじらすようにスリットの周辺をなぞり、尖らせた舌で膣口を嬲る。かと思うと、フードに隠れた敏感な突起を口に含み、舌先でちろちろと刺激する。
「は、ああ、あン……」
その巧みな舌の動きに、瑞穂の脚がかくかくと震えた。
「さ、さとみちゃん……あたし、立ってらんない……」
はぁはぁと甘く喘ぐ合間に、瑞穂が言った。
林堂が、ゆっくりと立ちあがり、短パンのジッパーを下げた。
すでに力をみなぎらせ、凶暴な角度で上を向いたペニスが露わになる。
「あ……」
首を後にねじった瑞穂が、そんな林堂の剛直を、熱っぽい目で見つめる。
林堂が、ペニスの先端を、熱く潤む瑞穂の中心にあてがった。
そして、亀頭でクレヴァスを上下になぞる。
「あ、あぁん……さとみちゃん、じらさないでよォ……」
切なげに眉を寄せながら、瑞穂が訴えた。
「だったら、きちんとおねだりしろよ」
「いじわるゥ……」
「瑞穂は、意地悪されるのが、好きなんだろうが」
林堂が、涼しい顔で言う。
「うん……イジワルな智視ちゃんが、好き……」
瑞穂が、林堂の言葉を少し訂正する。
「だから……智視ちゃん……瑞穂の中に、智視ちゃんのそれ、入れて……」
顔を上気させ、目を潤ませながら、瑞穂がそう言った。
「合格、ってことにしておくよ」
そう言って、林堂は、ぐっ! といきなり腰を前に突き出した。
「きゃああああン!」
強烈な挿入感に、瑞穂は、ここが学校の屋上であるということを忘れて、高い声をあげる。
林堂のペニスが、根元まで、瑞穂の膣内に収まった。
溢れ出た愛液が、つつーっ、と瑞穂の太腿の内側を伝う。
「はああぁぁぁ……」
瑞穂が、うっとりとため息をついた。
「智視ちゃんので……あたし、いっぱい……」
「動かすぞ」
今度はそう宣言して、林堂は、ゆっくりと抽送を始めた。
たっぷりと瑞穂の愛液に濡れたシャフトが、瑞穂の膣口を出入りする。静脈を浮かせたペニスと、それを咥え込むクレヴァスが、昼の日の光に濡れ光ってる様は、ひどく淫猥だ。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
林堂の腰の動きに合わせ、瑞穂の性感が高まっているのが、その吐息からもうかがえた。
ぽた、ぽた、と溢れた蜜が、二人の足元に雫となって落ちる。
林堂は、瑞穂のお尻に軽く指を食い込ませ、そのままぐにぐにと揉み始めた。
「ああン……智視ちゃん、それ、ヤラしいよお……」
「そういうのがいいんだろ」
「もう……あ、あん……ン……はぁ〜ン……」
瑞穂の媚びるような声を聞きながら、林堂は、腰の動きを速めていく。
ぱん、ぱん、ぱん、ぱん……という、林堂の腰が瑞穂のヒップを打つ小気味のいい音が、次第に間隔を詰めていった。
「あ、あ、あ、あう、ンあ、んく、う、ンああああッ!」
膣内粘膜を力強く反ったペニスでぐいぐいとえぐられ、瑞穂の声が次第に切迫していった。
屋上の手すりを、関節が白くなるくらい強く握る。
と、林堂が腰の動きを緩めた。
「ふああぁぁぁ……ん」
性感は高められたままで、瑞穂の頭の中に、次第に理性が戻ってきた。
今まで聞こえていなかった生徒たちの歓声が、耳に入ってくる。
瑞穂は、快楽に焦点の合わない瞳で、ぼんやりと校庭を見下ろした。
「みんな……してるね……体育祭……」
そして、どこか舌足らずな口調で、そんなことを言う。
「ああ」
予想外に近くから林堂の声が聞こえ、瑞穂がびっくりして振り返る。
と、体を前に倒した林堂が、瑞穂の背中に覆い被さってきた。
「さとみちゃ……ン……」
林堂の名を呼びかけた瑞穂の唇を、林堂がキスで塞ぐ。
「んん、んむ……うン……う……ふうン……」
まるで、主人に甘える子犬のような鼻声を漏らしながら、瑞穂が、不自然な態勢で、林堂の舌に舌を絡める。
ちゅぴ、ちゅぴ、ちゅぴ、と唾液のはじける音が、妙に生々しい。
「ぷぁ……」
唇が離れると、瑞穂が息をつく。
「あたしたち、いけないことしてるんだね……」
ぽおっとピンク色に目元を染めながら、瑞穂がそんなことを言う。
「そうだな」
「んふふっ」
林堂の返事に瑞穂は微笑み、そして、軽く目を閉じた。
「あっ……」
林堂が、思わず声をあげる。
瑞穂の膣内がざわざわと蠕動し、林堂のペニスを内部に引きこむように蠢いたのだ。
「どう? 智視ちゃん……」
恥ずかしそうな小声で、瑞穂が訊く。
「どうって、お前……」
林堂は、驚きの色を隠しきれない。
「やってる時、智視ちゃん、気持ちいい声出すときあるでしょ? アレ、自分でできるように……練習、したの」
くにくにと小さくお尻を動かしながら、瑞穂が言った。
「ね、気持ちいい?」
「ああ……気持ち、いいよ……」
声が上ずりそうになるのを無理に抑えながら、林堂が言う。
そんな林堂に、瑞穂は、その可愛らしい顔に似合わない、妖艶な流し目を寄越した。
「うふっ、嬉しい……」
「――み、瑞穂……っ!」
思わずそう一声上げて、林堂は、上体を起こし、激しい抽送を再開する。
「あああン♪」
瑞穂が、満足げな声をあげながら、きゅっ、と体を反らした。
林堂の腰は、止まらない。
広々とした碧空の下、獣のように、瑞穂と林堂は腰をぶつけ合った。
充分に愛液を分泌させながらも心地よい抵抗を感じさせる瑞穂の中の感触に夢中になりながら、林堂は、腰の動きをますます速くする。
そんな林堂の様子を盗み見るように、瑞穂は、快感に突っ伏しそうになりながら、ちら、ちら、と後を窺っていた。
「は……あ……あっ」
林堂は、もはや、喘ぎを完全に押し殺すことができない。
瑞穂のポニーテールと、林堂の後で結んだ髪とが、風に舞うよりも激しく揺れていた。
湧き上がる快楽にますます激しく腰を使い、それによってさらに性感が高まっていく。
視界を遮るものの何もない屋上の上で、二人は、まるで宙に浮いているような錯覚さえ感じていた。
煮えたぎる射精欲求が、林堂の我慢の限界を突破した。
「ンうっ!」
短くうめくように言って、ずるっ、と液にまみれて濡れ光るペニスを引き抜く。
「ひゃうッ!」
その衝撃で、とうとう瑞穂はへたり込んでしまった。
反射的に、瑞穂は呆けた顔で振り返ってしまう。
びゅるううッ!
と、いう音すら聞こえそうな激しい射精が、ちょうどペニスの正面にあった瑞穂の顔を叩いた。
「あ、あ、あ、あああああア〜っ!」
熱く青臭い大量の粘液を顔に感じ、瑞穂が、快楽にとろけた声をあげる。
林堂は、わざとそんな瑞穂の顔に精液を浴びせかけようと、ペニスを右手で握り、左手で彼女の髪をつかんだ。
びゅるる! びゅるる! びゅるる! びゅるる!
林堂自身が呆れるほど大量のスペルマが、何度にも分かれて輸精管を駆け抜け、迸る。
そして、瑞穂の可愛らしい丸顔は、どろどろの白濁液でけがされきってしまった。
栗色の髪や、それをポニーテールにまとめている大きなリボンにまで、糸を引く熱い体液がかかってしまっている。
取り返しのつかないことをしでかしてしまったような背徳の快感が、ぞくぞくと林堂の背を震わせた。
「あ、あ、あ、あ……」
一方、瑞穂も、汚穢な粘液を浴びせられながら、びくっ、びくっ、と体を痙攣させている。どうやら、林堂のザーメンを顔で受け止めたそのことで、アクメを感じてしまったらしい。
「ふー……っ」
全てを出し尽くし、ようやく林堂は一息ついた。
そんな林堂に、精液まみれの瑞穂がにじり寄る。
「ん……」
男に隷従する恥辱の悦びに濡れきった目で、次第に力を失いつつあるペニスを見つめる。
そして瑞穂は、林堂のそれを、ぱっくりと咥え込んだ。
「ぅぁ……」
射精したばかりで敏感になっている亀頭粘膜にかすかにざらついた舌を感じ、林堂の腰は砕けそうになる。
そんな林堂の様子に嬉しそうに目を細めながら、瑞穂は、シャフトを濡らす自分の愛液を舐め取り、尿道に残った射精の残滓を、ちゅるん、と吸い取った。
「アリバイ崩し?」
「そうだ。笑っちゃうだろ」
学校内のシャワー室で温水シャワーを浴びている瑞穂に、ドアの内側にもたれかかった林堂が言った。
一応、アメ食い競争のメリケン粉を頭からかぶってしまった、という理由をでっち上げて、学校に使用許可は得ているし、鍵もかかっている。林堂がシャワー室の中にいるのは、見張りと言うより、瑞穂と話したいがためだ。
そして、林堂が話したかったこととは、5年前の、“久遠寺かずみ殺人事件”に関することだった。
「別に……可笑しくなんかないよ」
「そうか?」
シャワーの音に混じって聞こえる瑞穂の言葉に、林堂が言う。
「で――容疑者の名前は、姫園克己」
「ひめぞのかつき……姫園?」
「そう。あの姫園の兄さ。そいつは、久遠寺つぐみの姉――久遠寺かずみと、交際していたらしい。が、かずみが複数の男性と関係を持っていたことを知って、ノイローゼ状態になったってことになってるんだな」
「ノイローゼ……」
「だが、実際はそんなおとなしいもんじゃなかったらしい。刃物なんかを持ち出して、何度か警察沙汰にもなったらしいんだな。それで、姫園の両親は、息子であるその克己を、自宅の一室に軟禁した」
「閉じこめた、ってこと?」
「ああ。これについては、使用人が証言している。鍵のかかった一室に押し込められて、一歩も外に出さなかったらしい」
「じゃあ、トイレとか、お風呂とかは? あと食事とか」
「トイレは、たぶん中にあったんだろ。風呂は知らんけど……とにかく、姫園の家は相当でかい屋敷らしいんだな。食事は、使用人が運んできたらしい。部屋の扉に、食事を差し入れる小さなドアがあったらしいぜ」
「よくそこまで分かったねー」
瑞穂が感心したように言う。
「ああ。実は、この事件に関しては、かなりつっこんで調べたフリーの記者がいたんだよ。俺が語ってるのは、その人が集めた資料の受け売りさ」
「そんなの、どうやって手に入れたの?」
「秘密♪」
林堂がそう言うと、狭い個室の中で、瑞穂がむくれてる気配がした。
「――ところで、事件が起こったときも、その克己さんは、部屋の中に閉じ込められてたってことなの?」
「よく分かったな」
「だって、智視ちゃん、最初にアリバイ崩しだって言ったじゃない」
きゅっ、とシャワーを止めながら、瑞穂が言う。
「そうだったな。とにかく、克己には動機があった。それに、どうやらナイフやらスタンガンやらエアガンやら、そういう危なっかしい代物のコレクターでもあったらしい。つまり、手段もあるわけだ」
「でも事件現場にはいなかった……あ、ありがと」
林堂が差し出したバスタオルを受け取って、瑞穂が小さく礼を言う。
「ん、精液まみれなのもいいけど、お湯に濡れてるところもエッチでいいな」
「もう、智視ちゃんのスケベ!」
瑞穂が、べっ、とピンク色の舌を出す。
「それより、アリバイの話でしょ」
「ああ、そうだった。――姫園克己にはアリバイがある。家族だけじゃなく、使用人もそう証言しているらしいんだな」
「だけど、自分が勤めてるお屋敷のことでしょ?」
体を拭きながら瑞穂が訊く。
「いや、その時の使用人は、問題の事件が起こってすぐ、ほとんどが辞めているんだ。中には一方的に解雇されて裁判沙汰になってるのもいるらしい。そんな連中が、わざわざ義理立てなんかせんだろ」
「じゃあ、アリバイは崩せないの?」
すでに用意していた着替えを身につけながら、瑞穂は言った。
「それに、密室トリックもある。克己は、鍵のかかった部屋に閉じ込められてたんだからな。しかも鍵は、壊されたりこじ開けられたりした形跡はなかったそうだ」
「まるで、推理小説だね。うーん……何か、ちょっと、ドキドキするかな」
瑞穂が、屈託ない表情を浮かべながら、そんなことを言った。
「殺人事件だってのに、緊張感のないやつだな」
林堂が、自分のことを棚に上げて、そんなことを言う。
「だって、智視ちゃんなら、この謎、解いてくれるはずだもん」
そう言って、瑞穂は、にっこりと笑った。
少し、時間を遡る。
「やあ、郁原くん」
裏庭の端で、郁原にそう声をかけてきたのは、姫園だった。
「――何の用?」
石灰を入れ終わったライン引きを持った郁原が、警戒心を露わにしながら応じる。
「いや、ちょっと話をしておきたいことがあってさ。たまたま見かけたから」
明らかに郁原を待ち伏せしておきながら、姫園が、しゃあしゃあとそんなことを言ってのける。
「僕、急いでるんだけど」
「いや、そんなに込み入ったことじゃないよ」
姫園は、辺りをざっと見まわした後、視線を郁原の顔に戻し、続けた。
「――キミは、利用されているんだよ。郁原くん」
姫園の秀麗な顔には、いつもの完璧な笑みが浮かんでいる。
「どういう、意味?」
郁原の声は、硬い。
「舞は、別に、キミのことを好きなわけじゃない。それは、キミも分かってるんだろう」
穏やかな声で、姫園が、たっぷりと毒を含んだ言葉を紡いだ。
「アイツは、長谷川先生に強い関心を持ってる。そして、カレが舞のことを省みないもんだから、その気持ちは病的なほどになってるのさ」
教師のことを、何の気負いもなく“カレ”呼ばわりする姫園に、郁原は、生真面目そうな顔をかすかにしかめた。
「舞は、カレの気を引くためだったら、何でもやった。煙草は吸うし、授業は抜け出すし、手当たり次第に不純異性交友だってする。売春は――キミに、阻止されたんだっけか?」
郁原は、姫園の意図を計りかねながらも、次第に頭に血が昇っていくのを感じていた。
その、最大の武器である冷静な観察力を、失いそうになる。
(それが、こいつの目的なのか――? でも、なんで?)
「誤解しないで欲しいな。ボクは、キミが心配なんだよ。変な女に引っかかってるってね」
郁原の疑惑を見透かしたように、姫園が言う。その身長は郁原より頭半分くらい高いのだが、その見下すような目は、身長差によるものではなさそうだ。
「ボクも、同じように引っかかったクチだからね。あの、林堂とか言う転校生は、賢明にも舞の本性を見抜いたようだけど……お恥ずかしながらボクは、ちょっと本気になりかけたよ。まったく……憧れの従兄の気を引くために、好きでもないボクに処女を捧げたんだからね」
郁原は、我知らず、奥歯を音が出るほどに噛み締めた。姫園は、無表情に近い微笑みを浮かべるのみだ。
「――だから、忠告ってこと?」
自らを落ち着かせるように大きく息をついて、郁原が言う。
「そんなとこだよ」
そう答える姫園の顔を見つめる郁原の目が、ふっ、と一瞬、信じられないほど鋭く光った。
「そんなに――二番がイヤ?」
そして、普段の顔に戻って、郁原はそう言った。
姫園の顔から、表情が消える。
「知った風な口をきくね」
姫園の声に、ごくかすかに、いらつきのようなものがにじむ。
「で、話は、それだけ?」
そう訊いて、郁原は校庭に向かおうとする。
「まあ、話はね。あと、これはお近づきの印だよ」
そう言って、姫園は、ポケットから小さな封筒を差し出した。
「中には、ちょっと面白い写真が入ってる」
「……?」
郁原が、封筒を受け取り、怪訝そうな顔で中身を見た。
さっ――とその顔色が変わる。それを見て、姫園の顔に、微笑みが戻った。
「これ、は……」
郁原の声が、それと分かるほどに震えている。
「一応、合意の上でのことだよ。縄で縛るまではね」
姫園が、おかしそうに言う。
「アイツが、別れ話を切り出したときさ。お詫びに何でもするって言うから、ちょっと試してみたんだ。興味があったからね」
「……」
郁原は、写真から目を離さない。が、姫園は、自分の言葉を郁原が聞いていることを確信しているように、話し続けた。
「さすがに、隠し撮りまでされているとは、アイツも知らなかったみたいだね。まあ、ボクも、舞に未練があるわけじゃないんで、こんな写真とっといても仕方なかったんだけど――キミが気に入ってくれると嬉しいな」
その言葉を聞き、郁原は、手に持った写真を無言で引き裂いた。
「あーあ。気に入らなかった? さすがにエネマは範囲外かい?」
「黙れ……」
「でも、なかなかいい顔だったよね? 地獄の苦しみから解放されたような、さ」
「黙れよ――!」
そんな、郁原のいつにない激しい言葉にも、姫園は一向にひるまない。
「ふうん。キミは、まだ舞とそういうプレイは試してないんだ。まあ、経験者から言わせてもらうと、縄とかに匂いが移っちゃうんで、それ専用のものにする覚悟を決めといた方がいいよ」
姫園の微笑みが、明らかに、今までのものと違っている。
端から尖った歯でも覗きそうな、強烈な笑みだ。
「黙れッ!」
「アイツ、泣きながらトイレに行きたがってたっけ。最後はバケツでもいいからって言ってたね。さすがにそういうところは――」
「――ッ!」
無意識に、郁原は、凄まじい拳の一撃を放っていた。
完全に姫園の虚を突いた正拳だ。
動きの速さなら、例えば浩之助の方が速いかもしれない。が、郁原の攻撃は、抜群の格闘センスを持つはずの姫園の一瞬の隙を、ある種の精密機械のように突いたものだった。
一種の異能だ。
それを、郁原は、姫園の顔面数ミリの距離で止めていた。
その時になってようやく、姫園は、郁原が拳を突いて来たのが分かったのだ。
郁原の額に、びっしょりと汗がにじんでいる。
「脅しかい? 舐められたもんだね、ボクも」
姫園は、郁原のトラウマ――試合で浩之助の歯を折って以来、人が殴れなくなっていることを知らない。
「それとも、あの写真のネガのことが気になる? だとしたら、賢明な判断だね」
「……」
郁原が、血がにじむほどに唇を噛む。
「今日は、さすがに用意していないけど――いずれ、さっきの写真のネガを賭けて、勝負しない?」
と、さらに姫園の顔が一転した。
普段の抑えた微笑みでもなく、先ほどの邪悪な笑みでもない。
子どものような無邪気な残酷さをのぞかせる、あけっぴろげな笑顔だった。
「キミが勝てば、ネガは渡すよ。でも、ボクが勝ったら……そうだなあ。あの写真を、舞のやつに見せてあげるってのはどう?」
そんな無邪気な笑顔のまま、姫園が言う。
「ま、キミには選択の余地はないと思うけど」
郁原は、底の知れない恐怖のようなものをかすかに感じながらも、姫園の言葉に無言で肯いていた。
じりじりしながら入場門の前で待っていた名琴の元に、ようやく郁原が現れた。
「どうしたんですか? センパイ」
「え……?」
「顔色、まっさおですよ……おなかとか痛いんですか?」
「いや、そんなことないよ。……準備、しなきゃね」
そう言って、名琴の傍らで、郁原が膝をつく。
「あのお……センパイ?」
「ん?」
「右足と右足、結んでます」
「え? あ……ご、ごめん」
慌ててやり直す郁原の頭を、名琴は、心配そうに見つめた。
そして――
部活対抗リレー美術部代表は、全代表中の最下位となってしまった。