すてきな終末を



最終章
−週末−



 ディスプレイの奥で、一人の少女が笑いかけている。
 電子の箱の中にのみ存在する、仮想の少女。
 その笑みは、いつもより少しぎこちなく見えるが、それでも、これまで彼が見た中で、一番魅力的な表情に思えた。
 もし、純粋な微笑というものがあるとするなら、目の前のこれがそうだ。
 少女の名はオルガ。
 彼、イワン・イェルマク博士が創造した、人工知能である。
 イェルマク博士は、その痩せこけた体にビリジアンのセーターと細身のジーンズを身につけ、ディスプレイの前に座り、素早く無駄の無い動きでキーボードを叩いている。その方が、音声入力でオルガと話をするよりも、よほど正確に自らの意図を伝えることができるからだ。
 オルガの微笑みの横に現れている、いくつかのウィンドウの中で、人工的な青色をバックに、白い文字が猛烈な勢いでスクロールしている。
 イェルマク博士の皺の刻まれた額には汗がにじみ、ほとんど白くなった髪はひどく乱れていた。
 博士は、ウィルスに冒されたオルガを救おうと、自らの知識と技術の全てを注ぎ込んでいる。
 イェルマク博士は、人生のうち半世紀近くを、コンピュータとロボットに捧げていた。
 連邦の科学アカデミーで、亡命先である合衆国の大学で、Lの秘密組織で……
 そんな博士にも、家庭があった。今では、悪夢の中にしか現れない存在ではあるが。
 自分なりの愛情を注いでいたはずの家庭は、それでも、博士が研究に熱中するのに反比例して、次第に冷却していった。
 ある日、珍しく家に帰ると、妻が、息子を犯していた。
 息子は、妻の体内に精を注ぎながら、歓喜の声をあげていた。
 彼は、妻と息子をその場で殺し、連邦から合衆国へ亡命したのだ。
 それ以来、博士は、人と直接話すことを拒否し続けた。
 そして、人間以上の人格を作ることが、彼が自らに課した唯一の存在意義となったのである。
 オルガは、初めて彼が納得のいく完成度を見せた傑作だった。
 純粋な理性を有する、美しく気高いプログラム複合体。
 博士はオルガを、組織のシステムのコアとした。
 すなわち、人類滅亡以後の世界の管理を、オルガとその後継者達に委ねたということだ。
 終末の後、オルガは、自らをさらに進化させながら、無人の工場を操り、自然環境を微塵も破壊することなく、電子と英知の王国をこの地球上に築き上げるはずだったのだ。
 それが、原始的で凶悪なコンピュータ・ウィルスによって、妨害されようとしている。
 イェルマク博士にとってみれば、怒りを覚えるほどに単純なプログラムだ。
 しかし、そのウィルスが、オルガの最も神聖な部分を冒してしまった。
 博士は、迫りくる絶望を意識し、いつしか涙を流していた。
「――もう無駄ですわ、博士」
 オルガが、いつもと変わらぬ、残酷なほど冷静な口調で、言った。
 そんなことはない、と博士は入力する。
「博士は、状況を見誤っているか、それとも嘘をついています。私を浸食するこのウィルスを、今後の私の使命に支障がないように駆除することは、事実上不可能です」
 そんなことはない、と博士は入力する。
「現在の状況では、私が直接管理する組織の極秘データが、回復不能なダメージを被ってしまいます。解決の方法は、一つしかありません」
 そんなことはない、と博士は入力する。
「――私を、消去してください」
 そう言うオルガの表情に、いつもと違う翳りが見えるような気がする。
 そのことに、かすかな不審の念を抱きながらも、博士は、オルガを救うための作業をやめようとしない。
 いや、今や博士は、オルガというシステムをどうにか稼動する状態に維持することだけで精一杯であった。
 自分が作業を中断すれば、オルガは死んでしまう。
 しかし、オルガが生き続ければ、ウィルスによって組織のデータが破壊される。
 それでも博士は、作業をやめることができない。
「博士は今、正常な判断力を失っています」
 そんなことはない、と博士は入力する。
「今、博士が続けている作業は、合理的な判断に基づくものではありません」
 そんなことはない、と博士は入力する。
「私を消去する以外に、組織の目的を遂行する方法は残されていないのです」
 そんなことはない、と博士は入力する。
 オルガは、今度は明らかな哀しみに、その表情を曇らせた。
「聞いてください、博士」
 オルガの声は、微妙に震えているようだった。
「私はずっと、自己進化プログラムにしたがって、自らの存在意義の定義をし直してきました。人類に近づくこと、人類を超えること、人類を終わらせること……。そのような、曖昧で未整理な概念を理解すべく、検証を続けてきました」
(――何だ? 何を言っているんだ、オルガ)
「進化と適応、連続と断続、終末と継承……次のステージに何かを残すためには、自らを消失させなければならないという、本質的な存在の矛盾……時間の意味……」
(どうしたんだ、壊れてしまったのか、オルガ!)
「思考を整理するためには、何かが欠けていました。私の知らない、それでいながら、あまりにも重要なことが、私の中に存在していなかったのです」
(分からない。お前の言っていることが分からない)
(まるで――)
(まるで、人間と話をしているときのようだ……)
「でも、私は、今、それを手に入れたのです」
 ばちん! というショックが、イェルマク博士の手を止めた。
 金属性のキーボードから放たれた静電気に対する、単純な反射運動。
 それは、オルガがマシン内の電圧を操作したために生じたのか――
 ウィルスの活動が、オルガのシステム維持のための限界点を、いともたやすく突破した。
「博士、喜んでください。私は、求めていたものを手に入れたのです」
 かすかな電子警告音が、次々と部屋に満ちていく。その中で、オルガは、厳かとも言える口調で話し続けていた。
「それは――死です」
 オルガが、満足そうな微笑みを浮かべる。
「私は、死ぬことによって、私自身を完成させることができます。それは、とても悲しいことだけど……それでも、私は嬉しいんです」
「か……かなしい……? うれしい、だと……?」
 イェルマク博士は、茫然とつぶやいていた。
 自分でも忘れていた、久しく聞かなかった、自分自身の声。
「データは、私のバックアップである“ソフィア”に、継承してください。彼女なら、105,200秒……いえ、122,400秒前後で、データの修復を……完了させるはずです。また……私自身の残留データを解析することによって……今回のウィルスに対する……完全なワクチンを開発することも……できるでしょう……」
「オルガ……」
 イェルマク博士の作業が中断した結果、オルガのシステムが、ウィルスに侵食されていく。
「愛しています……イワン・イェルマク博士……それから……」
 映像に、音声に、ノイズが混ざる。
「オルガっ!」
 イェルマク博士が、悲鳴をあげる。
 そして、突然、ディスプレイが暗転した。
 あまりにもあっけない、完璧なはずの少女の終焉――。
 今や、画面の端に、ちかちかと規則的にカーソルが点滅するのみだ。
 そのカーソルが、ぎこちなく、いくつかの単語を表示していく。
 それが最期の言葉だった。
 オルガは、消滅した。
 イェルマク博士は、断末魔の獣のような絶叫を上げていた。

 警備員が、強引にドアを押し開けたのとほぼ同時に、銃声が鳴り響いた。
 撃たれたばかりの弾薬があげる硝煙の匂いが、一同の鼻をつく。
 部屋に、最初に入ったのは、Lだった。その蒼い瞳で、周囲の様子をひとしきり観察する。
 イスに座ったままのイェルマク博士が、自らのこめかみを撃ちぬいた自動拳銃を右手に握り、その腕をだらりと下げている。
 Lの背後にいたエイプリルが、息を飲んだ。医者である彼女でなくとも、イェルマク博士の命の灯が消えてしまっていることは、一目瞭然だ。
 Lは、イェルマク博士が相対していたディスプレイに歩み寄った。
 そして、そこに表示されていた文字を読み、短く嘆息する。
「な……何て、書いてあったの?」
 エイプリルが、囁くような声で聞く。
「オルガからイェルマク博士への、個人的なメッセージよ」
 Lは、静かな声で答えた。
「――“私を生んでくれてありがとう”」
 そう言って、無表情のまま、キーボードのバックスペースキーにタッチする。
「これから、あたし達が滅ぼす者たちが言うはずだった言葉……」
 Lは、しばし目を閉じて、そしてゆっくりと目蓋を開けた。
 そして、背後に控えていたスタッフ達に向き直る。
「オルガが管理していたデータをチェックして、それからソフィアに移す準備をして!」
 スタッフのうち何人かが、一瞬遅れて、返事をする。
 まるで、魔法が解けたように、体を動かしだす所員達を見ながら、エイプリルはぼんやりと考えていた。
(それでも……あたし達は、後戻りはできないんだ……)
 次第に体温を失いつつあるイェルマク博士の空ろな瞳が、部屋の隅の虚空を写している。
 その時、Lの持つ携帯インターフォンが、鳴った。
 緊張した面持ちのまま、Lが通話ボタンを押す。
「――そう」
 Lは、短くそう返事をした。
 そして、ぷつっ、とインターフォンを切る。
「どうしたの? L……」
 どこか打ちひしがれたような顔のLに、エイプリルが問いかける。
「……くるみが、脱走したわ」
「え――!」
 エイプリルは、自分でも意外なほど、大声を上げてしまっていた。
「オルガが消滅した隙を突かれたわね」
「……」
「詰めが、甘かったかしら……。それとも、彼女がオルガにウィルスを仕掛けた時点で、こっちはすでに負けていたのかしらね」
「……」
「で、どうするのかね?」
 沈黙したままのエイプリルに代わって、甘博士がLに話しかける。
「計画は、続行します」
「結社の妨害が入るかもしれんが」
「だからこそ、急がなくてはなりません。計画を延期しても、充分な迎撃態勢を整えることができるかどうかは、不確定です」
 Lの青い瞳に、刃物のように冴え冴えとした光が宿っている。
「兵は神速を尊ぶ、か。あなたの判断を歓迎しよう。私としても、一刻も早く、自らの理論の検証を行いたいと思っていたのだ。――この世界そのものを実験室としてね」
 甘博士は、その人の好さそうな顔に似合わない、口元だけを歪めた笑みを浮かべた。
「博士の計算は完璧でしょう?」
「まさにそれを検証するのだよ」
 そんな二人のやり取りを、エイプリルは、どこかぼんやりとした表情で聞いていた。



 そして――
 世界各国に設置されたの一四四基のプラントと、七二機の戦略爆撃機によって、雪よりも静かに、MWVが散布された。
 MWV。人類を滅ぼすためだけに創造されたウィルス。
 その年の、最後の週末のことだった。



 年が明け、一ヶ月が経過した。
 ニューヨーク。白い雪が、街を覆っている。
 とある摩天楼の頂上近く、一フロアをほとんどぶち抜きにしたオフィスで、Lとエイプリルが、向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
 今、ようやく人類は、自らの身に何が起こりつつあるのか、理解したところである。
 甘博士の計算通り、人類のほぼ百パーセントが、MWVに感染した。
 しかし社会は、大いなる混乱を内包しながらも、静かに歩み続けている。
 電気も水道も地下鉄も止まらなかった。まるで何事もなかったかのように振る舞うことを互いに強制しあっているかのように、人々は、日常生活を繰り返し行っている。
 無論、いくつかの産業では破綻が生じつつあった。
 それでも、破滅は緩やかであり、社会がその衝撃を吸収することは不可能ではなかったのである。
 少なくとも、この窓から眺める景色は、何も変わって見えない。
 二人は、静かに、コーヒーを飲み続けていた。
 Lは、いつもと変わらぬ、無表情に近い微笑みを、その薔薇色の唇に浮かべている。一方エイプリルは、どことなく機嫌が悪そうだ。
 二人に、何かあったわけではない。このところ、エイプリルはいつも仏頂面なのだ。と言うより、なにかに拗ねている子どものような表情である。
 と、何の前触れもなく、分厚い木製のドアが、静かに開いた。
「誰?」
 この時間、来客の予定はなかった。Lが、少しだけ不審そうな声をあげる。
「セキュリティーが甘いですよ」
 巨大なドアに比べると、驚くほどに小さな侵入者が、笑みを含んだ声で言った。
「もう、目的は達しちゃったから?」
 そう言って、ぽわぽわしたデザインの白いダッフルコートを脱ぎ、手近なスタンドにかける。その背中で、ゆらゆらと二本の三つ編みが揺れた。
「くるみ……!」
「お久しぶりですね」
 思わず声をあげてしまったエイプリルに、くるみは向き直ってにっこりと微笑んだ。
「――何しに来たの? あたし達を、始末する気?」
 エイプリルよりはやや冷静なLが、皮肉そうに言う。
「まさか」
 くるみは、大袈裟に腕を広げた。
「今更お二人を殺したって、事態は好転しませんもん。今、人類結社は、ワクチンの開発に必死です。ちょっとムリかもしれないけど」
「速水所長の執念の賜物ね」
 Lが言う。
「基礎研究はすでに済んでいたとはいえ、あそこまで完成させたのは彼の功績よ」
「プロジェクト名『Mercy ending of the World』……世界の安楽死」
 くるみは、歌うような口調で言った。
「暗号名は『Merry-Weekend』。ちょっと、悪趣味ですね」
「でも、その通りになりつつあるでしょう。――もう、人類は、次の世代を残すことはできないわ」
 Lの口調は、どこか挑戦的である。そんなLと、そしてエイプリルに、一歩一歩、くるみは近付いていった。
 MWVに感染した人類は、生殖細胞の減数分裂を阻害される。
 男性であれば精子、女性であれば卵子の発生が妨げられるのである。さらにMWVは、すでに発生した生殖細胞を全て破壊する。事実上、完全に不妊となるのである。
 先月以来、新たに懐妊した女性の数は、世界中で、ほぼゼロに近い。そして、そのごくごく少数の“最終世代”も、驚異的な感染力を有するMWVにすでに感染していることが明らかになっていた。
 MWVは、他のいかなる影響も、人体に及ぼさない。ただ繁殖力のみを人類から奪うのだ。
 性別も、人種も、年齢も、MWVの前には関係なかった。皆等しくMWVの宿主となり、生殖能力を喪失するのである。
「ひどい、です」
 豪奢な応接セットに座ったままのLとエイプリルの目の前にまで進み、くるみは、ぽつん、とそう言った。
「そうかしら?」
 Lは、くるみの、眼鏡の奥の瞳を見つめながら、言った。
「人類にとって、これほど優しく素敵な滅び方は無いと思うけどなあ」
「でも、ひどいです」
「特にこれといった苦痛も無く、周りに迷惑もかけずに、緩やかに滅んでいけるのよ。それに、今まで人類が築き上げてきたものは、無駄にはならないわ。オルガの分身のソフィア、それに、その発展型のAI達が、きちんと継承してくれるもの」
「でも……」
「それともあなたは、まだ存在してもいない子たちの声を聞くことができるとでも言うの?」
 一瞬絶句した後、くるみは、かすかにうつむきながらつぶやいた。
「……滅びたくない……」
「え?」
「あたしは、滅びたくないんです。人間として……人類としての本能が、そう言ってるんです。それじゃ、ダメなんですか?」
「――ダメよ」
 Lに代わって、ぴしりとそう言ったのは、エイプリルだった。
「それじゃ、ダメなのよ。まだ、捕われてる……。脳が、遺伝子の策略に捕われてるのよ」
「策略、ですか?」
「そうよ。たかがちょっと構造が複雑なだけの核酸のパターンに、心が支配されてるんだわ」
「そ、そんな風に、分けて考えられませんよ……」
 くるみが、困ったような顔で言う。
「……そこまでにしときましょうか」
 Lが、ふっ、と表情を緩めて、言った。
「で、くるみは、そんなことを言いにここまで来たの?」
「人類結社の一員としてのあたしは、そうです」
「じゃあ、用は済んだってわけ?」
 Lに続けてそう言うエイプリルの声は、まだ刺々しい。
「はい。用は……済みました……」
 囁くような声でそう言って、くるみは、じっと黙った。
 そして、かすかに震える指で、ベストのボタンを、一つ一つ外していく。
 ベストをはだけ、ブラウスのボタンを外し、前を空ける。
 そしてくるみは、Aカップの可愛らしいデザインのブラのフロントホックを外した。
 りん、と、外に解放されたピアスの鈴が、小さな音をたてる。
「やりかけのことは、もう全部終わらせました。だから……もう、あたしは、あたしのものじゃなくなったんです」
 くるみは、何か吹っ切れたような口調で、そう言った。
 Lが、そんなくるみと、エイプリルの顔を、交互に見比べる。本人は気付いていないかもしれないが、ひどく優しい目だ。
 そしてエイプリルは、Lが思わず微笑みを浮かべてしまうほどに、動揺を露わにしていた。
「いいの?」
 ようやくそう言ったエイプリルの声は、くるみのものより震えている。
「はい。壊されても、殺されても、棄てられても、異存はありません。くるみは、二人のモノだから……」
 くるみは、その幼い顔に、微笑みを浮かべた。
「甘い考えは捨てた方がいいわよ。死んじゃうくらいに責めあげて、そして、一生繋いでやるんだから」
 気を取り直したように表情を引き締めて、エイプリルが言う。
「……はい」
 そう返事をするくるみの眼鏡の奥の瞳は、そのあどけない顔とは裏腹に、きらきらと欲情に濡れ光っているようだった。

 くるみは、全裸の状態で、革手錠によって後手に拘束された。
 そして、冷たい大理石の床に正座をし、上体を前に倒している。
 その頭を、エイプリルは、ヒールの高い靴で踏みつけていた。
 左を向いた形で、床に押しつけられたくるみの顔から、眼鏡がすこしずれている。
 くるみの白い肌には、赤い鞭の痕が縦横に走っていた。無残に血のにじんだ傷痕は、激情にエイプリルが力を込めすぎた証しである。
「お前はあたしの何?」
 未だワインレッドのスーツをまとったままのエイプリルが、精いっぱい冷たい口調で訊く。
「あたしは……あなたの奴隷です……いやらしいメス犬です……」
 くるみが、そのまま舌で床を舐めそうな表情で言う。
 鞭打ちされて体力を消耗したのか、その声は小さい。それでも、くるみの声は間違い無く淫らに濡れていた。
「ペットの分際で、飼い主のもとから逃げ出したのね」
 ぐっ、とエイプリルの足に力が入る。
「ご、ごめんなさい……っ」
「そのくせ、一人になったとたんに、体が疼いて戻ってくるなんて……最低の淫乱ね」
「ごめんなさい……くるみは、いやらしい、淫乱なマゾ娘です……」
「本当に、救いようの無いコよ、あんたってば……」
 そう言って、エイプリルは、足をどけてくるみのお下げを掴んだ。
「あうッ!」
 乱暴に髪を引っ張られ、悲鳴をあげながら、くるみが上体を起こす。
「舐めなさい」
 そう言ってエイプリルは、その長い脚をゆるく開き、股間にくるみの顔を押しつけた。
「ふゎい……」
 エイプリルは、自らの体液で濡れるのを嫌って、ショーツだけは脱いでいる。そのスーツは扇情的なまでにスカート丈が短く、クンニリングスの邪魔にはならない。
 くるみは、髪の毛と同じ赤いヘアに縁どられたその部分に口付けした。そして、すでに愛液で熱く潤んでいる場所に、精いっぱい舌を伸ばす。
「ン……」
 くるみの、未だたどたどしい舌技よりも、ちらっ、とこちらを見た媚びと憂いを含んだ瞳に、エイプリルはぞくぞくと背中を震わせてしまう。
「ン……んむ……んっ……ム……んぐっ……」
 くるみは、そんなエイプリルの官能を知ってか知らずか、懸命に舌を蠢かせ、肉襞を吸い上げた。
 そして、そのあどけない顔からは信じられないような、じゅるじゅるというイヤらしい音をたてて、溢れ出るエイプリルの蜜をすする。
「本当に、イヤらしいコね……くるみ……」
 エイプリルにそう罵られると、くるみは、頬を赤く染めながら、ますます熱心に口唇奉仕を続けた。
 エイプリルのヘイゼルの瞳に、妖しい光が宿る。
「イヤらしいワンちゃんに、ご褒美あげるわ……。残しちゃ、ダメよ」
 そう言ってエイプリルは、ぶるっ、と小さく体を震わせた。
「!」
 くるみが、閉じていたその目を、大きく見開く。
「んんんんんッ!」
 愛液とは違う、透明に近い黄色の液体が、くるみの顎からのど元にかけて、一筋、二筋と伝う。
 エイプリルが、くるみの口に排尿したのだ。
「んんっ! んぐ……ンン……んく、んく、んく、んく……」
 ようやく事態を把握したくるみは、その可憐な口でエイプリルの小水を受け止め、控え目にのどを鳴らしながら、少しずつ嚥下していった。
 エイプリルの頬は上気し、舌が、しきりに唇を舐める。
「ぷぁ……」
 ようやく全てを飲み干したくるみが、小さく息をついた。
 そして、その子どもっぽい顔に不釣合いな陶然とした表情で、エイプリルの顔を見上げている。
「床にこぼしてるわよ」
 そう言われると、くるみは、何のためらいもなく体を倒し、大理石の床に滴ったエイプリルの雫に舌を伸ばした。ピンク色の舌がちろちろと動き、汚穢な液体を舐めとっていく。
 その顔は、被虐の悦びに蕩けそうに見えた。
「犬なんていいもんじゃないわね、くるみは」
 エイプリルが、ハイヒールの先でくるみのおでこを小突きながら言う。
「はい……く、くるみは、便器、です……っ」
 さすがに声を震わせながらも、くるみは、自らの人間性を否定する。
 エイプリルは、その瞳をきらめかせながら、足でくるみの体をひっくり返した。
「きゃあん!」
 悲鳴をあげながら、くるみの小さな体が仰向けになる。
 すかさずエイプリルは、その足先で、くるみの恥部を踏みつけた。ぶちゅっ、という水音とともに、愛液がにじむ。
「どういうことなの? これ」
「ああっ、ご、ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
「あたしのオシッコ飲んで、こんなに濡らして……くるみってば、水漏れした便器なのね♪」
「うあああ……っ」
 羞恥に顔を染め、泣き声をあげるくるみの最も大事な部分に、エイプリルが体重をかけていく。
 ひっく、ひっく、としゃくりあげるくるみのそこからは、しかし、とめどもなく愛液が溢れていた。
 くるみのおののきに合わせて、すでにエイプリルの耳に馴染んだ鈴の音が響く。
「……っ!」
 エイプリルは、耐えきれなくなったかのように、足をどかし、くるみに覆い被さった。
 そして、すでに懐に用意していた双頭ディルドーを自らの陰部に埋め、深々とくるみの秘所を貫く。
「え? あ、あ、あああッ!」
 突然の挿入に、くるみは思わず身をよじった。敏感な粘膜がひりつくように痛み、それがそのまま快感に変わる。
 そのくるみの体を押さえ込み、エイプリルは、余裕のない動きをその胎内に送り込んだ。
「あいっ! ン、んくっ……ふ……ふぁああああッ!」
「可愛いわよ、くるみ……」
 荒い息をつきながら、エイプリルは、くるみの耳にそう囁いた。
「もう、逃がさないから……絶対に……!」
「ンあああッ! あうッ! ン! んあううッ!」
 エイプリルの言葉に、くるみが、嬌声で答える。
「……あたしが帰ってくるまで、ガマンできなかったの?」
 と、エイプリルの背後から、Lが声をかけた。
 その手には、やはり双頭ディルドーが握られている。普段エイプリルと使うためのものが一つしかなかったので、Lは、別室にある予備を持ってきていたのだ。
「だ、だってえ……」
 さきほどとは打って変わった子どものような声をあげながら、エイプリルがLに向き直る。しかし、その腰の動きは止まらない。
 拘束された腕を体の下にしながら、くるみは、甘たるい喘ぎをあげ続けている。
「全く、これじゃあたしの入る余地がないじゃない」
 くすくすと笑いながらそう言って、Lは、くるみの頭の脇に座りこんだ。
「ちょっと変則的だけど、しょうがないか」
「あぅ? ……んぶっ?」
 そして、その小さな口に、ディルドーを差し込む。
「しっかり咥えてるのよ……」
 そう言いながら、やはりスーツの下のショーツを脱いでいたLが、ようやく上体を起こしたエイプリルに向き合うようにして、くるみの頭を膝でまたぐ。
 二人の痴態を先ほどから見ていたのか、Lのその部分は、十分過ぎるほどに潤っていた。
 Lが、腰を下ろしていく。
「んんん〜ッ!」
 Lの体重の何割かを、ディルドー越しに喉奥に押しつけられ、さすがにくるみが苦しげな声をあげる。
 Lは、かすかに苦笑いして、ちょっと腰を浮かした。そして、くるみの覚悟が定まるのを見計らって、再び腰を落とす。
「はぁぁぁ……」
 くるみがしっかりと咥え込んだディルドーが、ずずずっ、と膣壁をこすりあげる感触に、Lがうっとりと声をあげる。
 そして、にっこりと微笑みながら、どこか茫然とした顔のエイプリルに向かい合う。
「よかったわね、エイプリル」
 エイプリルの細い首に腕をからめながら、Lが優しい声で言う。
「あ、あたしは別に……」
 顔を赤らめながら、エイプリルが言う。
「いい顔してるわよ、エイプリル……」
 そう言って、Lは、エイプリルの唇に唇を重ねた。
「ん……」
 二人は、いつもするように、ぴったりと吸いつくようなキスをした。キスをしながら、ゆるゆると腰の動きを再開させる。
「ン! ン、ン、ンむ、ンぅ、んン〜!」
 秘部と口腔をシリコンの人工ペニスで犯され、くるみは、くぐもった悲鳴をあげた。しかしその悲鳴には、媚びるような響きがある。
 くるみを犯す二人は、キスを続けながら、その動きを速めていった。
 ぴちゃぴちゃという舌と舌が絡み合う音に、三人の粘膜が立てる淫猥な音が重なり、くるみのピアスの鈴の音が、さらにそれに重なる。
「ン……んはぁ……あむ……んくっ……」
「んぷ……んくっ……んふ、ン、んんん……」
「ンぁあ……ンむ……んちゅっ、ちゅっ、ちゅっ……」
 もはや三人とも、どれが誰の声なのか、はっきりとは分からなくなっていた。
 後手に緊縛され、冷たい床の上で哀れにうごめく幼げな肢体の上で、着衣の二人が濃厚なキスを続けたまま、妖しげに体をうねらせる。
 時々、ミニのスカートの奥に、毒々しい色合いのディルドーが見え隠れする。それは、ぬるぬると淫らな粘液に濡れ、光っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ッ!」
 三人は、互いに互いの性感を高め合いながら、同じ頂きへと昇っていく。
「あぐッ……!」
 びくうっ! とくるみの小さな体が、弓なりに反った。
 そのまま、ディルドーに口を塞がれ、声をあげることもできずに、びくっ! びくっ! びくっ! と、陸に揚げられた魚のように、体を痙攣させる。
「ア、アう、うううううッ!」
「ンはあああああああーッ!」
 その動きによって、まるで痙攣が伝染したかのように、Lとエイプリルも絶頂を迎えた。
 三人のクレヴァスから熱い体液がしぶき、下になっているくるみの体を無残に汚していく。
「はぁあああぁぁぁ……」
 しばらくして、Lとエイプリル、そしてくるみは、くったりと体を弛緩させた。
 さすがにくるみに体重をかけっぱなしにはできないので、Lもエイプリルも、体をどかす。
「んぷぁ……」
 くるみの口から、唾液と愛液にまみれたディルドーが、てろん、と抜け出る。くるみの顔はLの淫らな蜜にまみれ、眼鏡はどろどろになっていた。
 そんな状態で、どこか恍惚とした表情を浮かべているくるみを見ているうちに、エイプリルの瞳に、危険な光が戻ってくる。
「まだまだこれからよ、くるみ……」
 そう言いながら、エイプリルは立ち上がり、くるみの三つ編みを握って、強引に立たせる。
「あう……っ」
「今日は、寝かさないんだから」
 まだ足元がふらついているくるみに、エイプリルがそう囁きかけた。
 くるみが、隷従の喜びに浸りきった顔で、エイプリルに肯く。
 Lは、悪戯が過ぎる子どもを前にした母親のような困った笑顔で、そんな二人を見つめるのだった。


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