すてきな終末を



第二章
−破戒−



 明るい朝日が差しこむベッドルーム。その部屋の中央に、シンプルだが趣味のいいデザインのダブルベッドが置いてある。
 そのベッドに、シーツにくるまった二人の女が寝そべっていた。二人とも、シーツの下は全裸のようだ。
「ハヤミは、首尾よくやってるかしら?」
「心配してるの? エイプリル」
 そう呼ばれたのは、会議室で、俊司にバーネットと呼ばれていた赤毛の娘である。エイプリル・バーネット。未だ十代でありながら医学博士号を有している。そして、組織の中では、Lの右腕として知られていた。
「まあ、ちょっと心配かな。彼、男の割には、男臭くないもん」
「日本人だからかしら?」
「どうかしらね。……ルーシィは、心配じゃないの?」
 エイプリルは、“L”を、ルーシィと呼んだ。
 彼女の名は、ルーシィ・L。実のところ、組織の中で彼女の本当の姓を知らないものはいないのだが、皆、彼女を名前か、ただ単にLとだけ呼ぶ。L自身、彼女がかつて属していた一族を捨てているのだ。
「だいじょぶだと思うけど?」
「だって、こっちに来るには、飛行機か、船を使わなきゃいけないんでしょ。人目があるわ」
「彼なら、うまくやるわよ。……でも、ちょっと楽しみね。彼の妹、けっこうキュートよ。写真見る?」
 そう言って、Lは、ベッドの横のサイドボードから、一枚の写真を取り出した。
「あぶなっ! まだ子供じゃない」
 エイプリルが、どこかはしゃいだような声をあげる。
「これでもハイスクールに通ってるそうよ。それに、あなただって、あたしから見ればまだまだお子様なんだからね」
「――全く、気が多んだから」
 エイプリルは、Lの美貌に、まだ幼さを残す顔を寄せながら、冗談めかした口調で言った。
「妬いてるの?」
「さーあね♪」
 くすっ、とエイプリルが笑う。そうすると、ますますその顔は幼くなる。
「安心しなさい。あたしはあの日本人と三角関係になるつもりはないんだから」
「ふふっ……。でも、ハヤミのワガママを許したってことは……このサキって子に、利用価値ありと思ってるんでしょ」
「あたし、そんなに悪人に見える?」
 Lは、その美しい蒼い瞳を、妖しげにきらめかせた。
「悪女に見えるわ」
 エイプリルが、笑みを含んだ声でそう答える。
「それは光栄ね」
 そう言ってLは、エイプリルのウェーブのかかった赤毛に手を伸ばした。
 そして、優しく髪を撫でながら、唇と唇の距離を縮めていく。
「ン……」
 二人は、うっとりと目を閉じ、口付けした。しなやかな舌が、口内で互いに絡み合う。
 キスを続けながら、Lは、エイプリルを優美な動きで組み敷いた。
 そして、ようやく唇を離す。
 Lに真上から見下ろされながら、エイプリルは、ちろ、と舌先で唇を舐めた。
 その表情はコケティッシュでありながらも、どこか淫らである。ヘイゼルの瞳が、うるうると潤んでいる。
「好きよ、エイプリル……」
 Lは、そう囁きながら、エイプリルのしなやかな首筋に唇を這わせた。エイプリルの頬が、次第に薔薇色に染まっていく。
「ルーシィ……」
 エイプリルは、Lの体に腕を回しながら、言った。
「なあに?」
「まだ、彼女のこと、忘れられないんでしょう?」
 エイプリルの言葉に、Lの秀麗な眉が曇る。
「たとえ一瞬でもいいから、忘れさせてあげたい……」
 エイプリルは、そう言って、下からLの肢体を抱き締めた。
「それは……無理よ……」
 長い睫毛に縁どられたまぶたを閉じながら、Lは言った。
「私はけして忘れないし、あなたも、忘れさせることはできない……あなたは、彼女の代わりなんかじゃないんだから……」
 そう言って、細い指先を、エイプリルの秘所に忍び込ませる。
 ぴくん、とエイプリルの体が、震えた。
 そこは、すでに熱く蜜をたたえ、ひくひくと物欲しげに息づいている。
 Lは、濡れる靡粘膜に指をくぐらせ、くちゅくちゅと音がするほどにかきまわした。
「あうッ……ン……んくッ……」
 エイプリルが、さらに強くLの体に回した腕に力を込める。
 優しく、そして残酷にその部分をまさぐりながら、Lは、かつての恋人のことを思い出していた。
 プラチナブロンドの髪を長く伸ばした、まるで人形のように美しく、可憐な少女――。
 神が創り賜うた芸術品とさえ思われた彼女との、短くも幸せだった日々。
 もともと病弱だった彼女を、Lは、まるでたおやかな花を愛でるように大事にした。
 ――ルーシィって、お日様みたいだよね。
 一族が所有するいくつもの企業をエネルギッシュに経営するLに、彼女はある日そう言った。
 ――あたしみたいな弱虫はね、ルーシィの傍にいるだけで、元気になれるの。
 彼女の体を傷付けまいと、疼く欲望を無理に抑え付けていたLだったが、その言葉だけで、全てが報われるような気持ちになった。
 しかし一族は、前途有望なLが、こともあろうに同性愛に耽っているという事実がマスコミに漏れるのを、病的に恐れた。
 臆病な獣ほど残酷である。
 一族は、Lの些細な失敗を“制裁”するという名目で、彼女を生贄にした。
 そして彼女は、一族の息のかかった暴力組織によってかどわかされた。
 1年半に及ぶ捜索の結果、Lが得たものは1本のビデオテープだった。
 それには、何人もの男によって、下半身が血みどろになるまで陵辱され、Lの名を細い声で呼びながら息絶える恋人の姿が収められていた。
(ニナ……!)
「きゃうッ!」
 エイプリルの高い悲鳴が、Lを苦痛に満ちた追想から連れ戻した。
「い、いたいよ、ルーシィ……」
「あ……ご、ごめん……」
 無意識に、エイプリルの敏感な部分に、爪を立ててしまったらしい。Lは、普段の彼女からは信じられないような、うろたえた声をあげた。
「ごめん……ごめんね、エイプリル……」
 幼い娘に謝る母親のような声を出しながら、Lは、エイプリルの白い体に口付けを繰り返す。
「あ……あたしこそ、ごめん……イヤなこと、思い出させちゃったんでしょ?」
「ううん……忘れることができないんだから、受けとめるしかないのよ」
 エイプリルの、形のいい乳房に頬を寄せながら、Lは言った。エイプリルが、そんなLの豊かな金髪を、慰めるように撫でる。
「愛してるわ、ルーシィ……」
「あたしもよ、エイプリル……」
 Lの均整のとれた体は、しだいに下にずれていき、そしてLの唇は、エイプリルの花園に到達した。
「あァ……」
 Lの息遣いを肉襞に感じ、エイプリルはうっとりとため息を漏らす。
 Lは、その細長い指でエイプリルのその部分を割り開き、唇を寄せた。
「うんッ……」
 Lの舌先がちろちろと動いて、エイプリルの花弁をくすぐる。
 エイプリルは、思わずLの顔を自らの秘部に押しつけていた。それに応えるように、Lは、いっそう大胆に舌を蠢かせる。
 白く優美な二つの肉体が、互いに互いを求めて、純白のシーツの上で妖しくうねる。
 いつしか二人は、それぞれの心の傷を舐め合うように、互いの秘所を口で愛撫していた。いわゆるシックスナインの体位である。
 溢れ出る蜜さえ、どこか血の味に似ているような気がした。
 エイプリルも、理不尽な暴力によって、愛する人を失っている。
 エイプリルの父は、医師だった。エイプリル自身、父親よりも高潔かつ剛毅な開業医を見たことがなかったし、それは今も同じだ。
 エイプリルの一家が住んでいた街では、女が暴力によって犯され、意に添わぬ子を身ごもるなどということは、珍しくもないことだった。そして彼女の父親は、そんな女性に対する堕胎処置を行っていたのである。
 父は、信念によって生きていた。たとえそれが生まれかけた命を奪う行為であることは分かっていても、あえて自らの手を血で汚したのだ。
 しかし、ファンダメンタリストを名乗る想像力に欠けた狂信者たちは、父の所業を悪魔の業と断じた。そして、母や幼い弟もろとも、父と、住居を兼ねた医院を爆弾によって吹き飛ばしたのである。買い物に出かけていたエイプリルが無事だったのは、偶然でしかなかった。
 今でもエイプリルは、燃え盛る我が家の前で茫然としていた時に、頬や額に感じた熱気を憶えている。
 ――そして、二人は出会った。
 出自も立場も性格も、何もかも違う二人であったが、その信ずるところは同じであり、目標は一つだった。
 Lは資本を、エイプリルは知識を――。
「ルーシィ……!」
「エイプリル……!」
 二人が、同時にアクメを迎えた。
 そして、びくびくと体を震わせる。
 しばらくして、がっくりと、二人の体から力が抜けた。
 人類そのものというあまりにも大きな敵を相手にしていながら、二人は、どこか無垢な表情で、絶頂感の中を漂うのだった。



 その頃――
 喉の渇きを訴えた早紀に、俊司は、後部座席にある魔法瓶を指し示していた。
(おトイレ、行きたくなっちゃうかも……)
 そう思いながら、結局我慢できず、早紀は熱いお茶を喉に流し込んだ。
 すでに、車外は明るくなっている。九月の空は、夏休みの間の空より、どこか透明度が高い気がした。
 ぼんやりと、早紀は外を眺めた。
 思考が、まとまらない。
 いや、それどころか、ますます頭の中がぐちゃぐちゃになっていくような、そんな感覚を覚える。
(アレ……? あたし……なんでお兄ちゃんの車に乗ってるんだっけ……?)
 次第に、記憶までが混乱していく。早紀は、何度かぱちぱちと目をしばたかせた。
 その顔から、しばらく、表情が消える。
(ふしぎ……なんかヘン……よっぱらうって、こんなカンジなのかな……)
 車がトンネルに入り、轟音が辺りを包んだ。
「!」
 びくっ、と早紀の体が硬直する。
 長い長い、オレンジ色の光に照らされた暗い道が続く。
 そして、トンネルを抜けたとき、早紀は、ほーっとため息をついていた。
 その表情は、いつにも増して幼い。まるで、あどけない幼女のような、警戒感のない顔である。
「薬が、効いたみたいだね」
 しばらく車を走らせ、高速道路を降りた後、俊司は、にこやかな顔で言った。
「へ?」
 早紀が、大きな目を丸くする。
「いや、なんでもないよ」
「ふーん。……これ、なに?」
 そう言って早紀は、不思議そうな顔で、自分の手にはまっている手錠を見つめた。
「待ってて、今はずしてあげるから」
 俊司は車を路肩に寄せた。そして、ポケットの中にあった鍵で手錠を外し、さらには足かせにまで手を伸ばす。
「きゃは、くすぐった〜い」
 早紀は、狭い車内で脚をまさぐられる感覚に、けらけらと邪気なく笑った。
 ようやく俊司が全ての戒めを取り除く。
「じゃあ、このあとで、船に乗るよ」
「ふね?」
「カーフェリーだよ。車ごと乗る船さ」
 言いながら、俊司は車を再発進させた。特にこれといった建物の無い辺鄙な通りの先に、港が現れる。
「ふわ〜、おっきなふね〜」
 早紀は、童女そのままの声をあげて、窓に顔をひっつける。
「ちょっと降りるけど、おとなしくしてるんだよ」
「うん!」
 駐車場に車を停め、乗船手続きに出て行く俊司に、早紀は元気よく肯いた。

「おにいちゃん……おトイレ……」
 ちょっとしたホテルの一室を思わせる特等船室に入るなり、早紀は恥ずかしそうに言った。
「入り口のすぐ近くだよ。自分でできる?」
「できるもん!」
 ぷー、と頬を膨らませて早紀は言い、トイレの中に入っていく。
 俊司は、苦笑いして、窓際のソファーに腰掛けた。窓の外はフェリーの進行方向だ。
 地図の上では狭い海峡でも、窓からの眺めは広々としている。
 太陽の光を反射して、きらきらと光る海面を見ながら、俊司は目を細めていた。
「――お兄ちゃんと旅行できるなんて、夢みたい」
 いつのまにか俊司の後ろに立っていた早紀が、そう言った。
「手、洗ったかい?」
「あらったも〜ん」
 にへへ、といった感じで笑って、早紀は俊司の首に抱きついた。
「く、苦しいよ」
 俊司が、苦笑いしながら言う。
「ねえねえ、これから、どこ行くんだっけ?」
「北海道だよ」
「ほっかいどお! すっごーい♪」
 早紀は、そう言ってぴょんぴょんと部屋中を跳ねまわった。
「あんまりうるさくしちゃダメだよ、早紀」
 たしなめるように俊司が言うと、ぴた、と早紀は動きを止めた。
 その顔が、心配そうな表情を浮かべている。
「おにいちゃん、おこってる?」
 ちょっと泣きそうな声で、早紀が言った。
「え? いや、怒ってはいないけど……どうして?」
 そう言って、俊司は眼鏡の奥の目を丸くした。
「だって、いつもより、ちょっとこわい感じだし……早紀のこと、早紀って呼ぶし……」
 数秒かけて、早紀の言わんとしていることを理解した俊司は、ソファーから立ちあがってにっこりと微笑んだ。
「怒ってないよ、早紀ちゃん」
「わーい♪」
 早紀は、嬉しそうにそう言いながら、ぴょおん、とベッドにその身を横たえた。
「えへへー……」
 そして、枕をぎゅうっと抱き締める。
「なんだか、ねむくなっちゃったぁ……」
「着いたら起こしてあげるから、寝てていいよ」
 俊司が、優しく言う。
「ホント? 早紀のこと、置いてっちゃやだよ」
「置いてくなんてことはしないよ。……絶対にね」
 ベッドに横たわる妹の顔を覗きこむようにしながら、俊司が言う。
「ホント?」
「本当だよ、早紀ちゃん。だから、おやすみなさい」
「おやすみなさーい……♪」
 早紀は、安心したように微笑み、そして、素直に目を閉じた。
 くうくうという可愛らしい寝息を聞きながら、俊司は、一瞬だけ、悲痛な表情を浮かべる。
 そして、何かを吹っ切るように、再び窓の外を眺めた。



 早紀は、甘たるい夢の中にいた。
 俊司に思いきり甘えながら、北の大地へと旅行する夢だ。
 しっかりしない足取りで、危なっかしく車に乗りこみ、発進する。少し走ると、周囲の風景が広々と開け、空の色まで違うような気がした。
 早紀は、車の中で、何度かまどろみ、そして、少しだけ目を覚ましては、また眠った。
 次第に、その夢が覚めていく。
 まるである種の人工甘味料のような、甘たるく、そしてかすかに苦いような夢……。
 いや、それは夢ではなかった。
「……あ!」
 早紀は、思わず声をあげていた。
 運転席の俊司が、ちら、と視線をよこす。
 車は、ゆるやかに連なった緑の丘の上を伸びる道を走っていた。無論、早紀には、ここが正確にどこなのか分からない。
 そして、先の両手両足は、再び手錠と足かせによって戒められていた。
「お兄ちゃん……」
「もうすぐ着くよ、早紀」
 茫然と呼びかける早紀に、俊司は、いつも通りの穏やかな声で応えた。
「ごめんね。頭、痛くない?」
「い……痛くは、ないけど……何か、薬使ったの?」
「うん。早紀が、船の中で騒いだりしたら、困るだろう?」
「……」
 早紀は、じっと俊司の顔を見つめた。すでに空は暮れなずみ、次第に俊司の顔を影が覆っていく。
 そして、夜になった。暗い空の下、俊司の運転する車は、ほとんど他に車のない道を進み続ける。
 早紀は、何も話さなかった。薬の後遺症なのか、体が重く、頭に膜がかかったようだ。
 夢から覚めたはずなのに、一向に現実感が湧かない。
 そして、車は、丘の中にある敷地に滑りこんだ。牧場を思わせる景色の奥に、場違いな四角い建物が横たわっている。何かの研究施設のようだ。
 俊司の車は、その建物の地下にある駐車場に入り込む。
「ここが、僕の研究所だよ」
 目を丸くして不安げに辺りを見回す早紀に、俊司が言った。

「お、お兄ちゃん……」
 早紀は、怯えたような声で言った。
「何?」
「お、下ろして……自分で、歩けるから……」
「だーめ」
 くすくすと笑いながら、俊司が言う。
 研究所の中の、白い廊下を、俊司は、早紀を胸に抱えて歩いていた。肩と膝の裏に腕を回す、いわゆる“お姫様だっこ”の姿勢である。
「足に鎖が付いてるんだもん、歩きにくいだろ」
「それは……お兄ちゃんが付けたんじゃない!」
「だから、責任もって運んであげるよ」
「……」
 早紀は、赤くなった顔を、ぷい、と背けた。
「他の人に見られたら、ヘンに思われちゃうよ……」
 俊司の顔を見ないようにしながら、早紀が言う。
 そんな早紀のセリフが呼び寄せたように、二人は、廊下の角で、ばったりと“他の人”に出会ってしまった。
「やだッ!」
 早紀は、ますます顔を赤らめながら、うつむいた。
「しょ、所長……えっと、今お帰りですか?」
 その声は、早紀よりもまだ幼いのではないかと思えるような、少女の声だった。
「うん。コダマくんは、今日は徹夜かい?」
「もうすぐ、上がりです」
 そう言う少女の方を、早紀は、ちら、と盗み見た。小柄な早紀よりも小さな体で、だぶだぶの白衣を着ている。人の好さそうな童顔に丸いレンズの大きな眼鏡かけ、三つ編みのお下げが二本。胸の名札には“児玉くるみ”と、日本語とアルファベットで印刷されていた。
「じゃあ、あまり無理しないでね」
「は、はい……」
 困ったような顔で二人を交互に見つめるその少女に、俊司は何でもなさそうに言って、その場を去った。
「い、今の人……」
 しばらくして、早紀がおずおずと言う。
「ああ、彼女? ああ見えても、もう大学生なんだよ。優秀なスタッフだよ」
 俊司は、早紀を床に下ろし、廊下に並ぶドアの一つをカードキーで開けながら、言った。
「さ、ここが早紀の部屋だ」
 そう言って、早紀を、部屋の中に案内する。
 そこは、ワンルームマンションの一室のような部屋だった。
 入口のすぐ右手には、トイレと、バスルームに続くらしいドアが別々にあり、奥は、フローリングの部屋につながっている。
 早紀は、足かせがはまったままの状態で、部屋の中に入りこんだ。広々とした部屋には、大きなベッドとミニキッチンが備えられている。そして、窓は頑丈そうなニ重サッシで、カギがなければ開けないようになっていた。
「早紀……」
 茫然とする早紀に、俊司が言った。
「お風呂、一緒に入ろう」
「え……?」
 早紀は、大きな目を丸くして、俊司に向き直った。
「い、いっしょにって……」
「言った通りの意味だよ」
 俊司が、ゆっくりと早紀に近付いていく。
 早紀は、無意識に後ずさっていた、背中に、壁が当たる。
「いやかい?」
「だ、だって……」
「薬で素直にしてから、そうすることもできるんだよ」
 きらり、と俊司の眼鏡が、蛍光灯の無機質な光を反射する。
「でも、そんなのは、早紀だってイヤだろう?」
 確かに、俊司は、薬品によって早紀の理性を奪うことができる。既に一度、早紀はそれを経験しているのだ。
 早紀は、自分の体が、一番辛い形で、兄に奪われつつあるということを、認めざるをえなかった。
 それでも、何も分からない状態で、俊司と関係を持ちたくない。
 早紀は、細かく体を震わせながら、こっくりと俊司に肯きかけていた。

 バスタブは、合成樹脂製ではあったが、二人で入っても充分なくらいに大きかった。
 その中で、早紀は、俊司の脚の間に収まるような形で、湯に浸かっている。
 俊司が、後から早紀を抱くような姿勢だ。
「あ……ン……んく……あうッ……」
 早紀は、頬を紅潮させながら、必死で喘ぎを噛み殺していた。
 俊司が、背後から手を回し、早紀の胸をゆるゆると揉みしだいているのだ。
 さすがに足かせは外されているが、早紀の両手には、まだ手錠がかけられている。俊司に丁寧に服を脱がされた後、またかけ直されたのだ。
 早紀は、その両手をそろえるような姿勢で口元に持っていき、右の人差し指を噛んだ。
 その眉は切なげにたわめられ、長いまつげが震えている。
「気持ちいいかい? 早紀……」
 そう言いながら、俊司は、ぽおっと桜色に染まった早紀の首筋に、ちゅっ、とキスをした。
「んく……」
 早紀は、指を噛んだまま答えない。もし口を開けば、本当のことを言ってしまいそうだった。
(うん……気持ちいいよ、お兄ちゃん……)
 その言葉を、言うことはできない。早紀は、快感とともに切なさに耐えながら、指を噛み続けた。
 俊司は、左手で胸への愛撫を続けながら、右手を、早紀の下腹部へと滑らせた。
「ひゃうッ!」
 思わず、早紀は叫んでしまった。赤く歯の跡の残る指が、口から離れる。
 俊司の長い指が、早紀の恥ずかしい部分に潜りこんだのだ。
 すでに熱を帯びているその部分を、俊司の指先が、優しくこすりあげる。
「あっ、あっ、あっ、あっ……」
 早紀は、うろたえたような声をあげながら、俊司の腕の中で身をよじった。
「敏感だね、早紀は……」
 くすくすと笑いながら、俊司は、愛撫を中断して早紀の体を抱えあげた。
「きゃッ!」
 ざばあっ、という湯が流れる音に、早紀の悲鳴が重なる。
 俊司は、早紀を丁寧に風呂場用のイスに座らせた。そして、自身はバスマットの上に膝立ちになって、またも後から早紀を抱き締める。
「あぁ……」
 耳たぶに、俊司の熱い吐息を感じ、早紀はぞくぞくと背中を震わせてしまう。
 しばらくそうした後、俊司は、名残惜しげに早紀のすべすべの背中から体を離し、ボディーソープの容器を手にした。
 そして、ねっとりとしたピンク色の液体を、早紀の体に垂らす。
 ボディーソープの冷たさに、びくっ、と早紀の体が反応した。
 そんな早紀の瑞々しい肢体を愛でるように、俊司が、ボディーソープを伸ばしていく。
「あ……く、くすぐったいよ、お兄ちゃん……ふぅン……」
 イスの上で、きゅっ、と体を縮める早紀の肌を、ぬるぬると俊司の手の平がまさぐる。
「あ、ダメ……あうン……ん……んン……んくぅ……」
 早紀のしなやかな体が、次第に純白の泡に包まれていく。
 俊司は、まるで体全体で早紀を洗おうとするかのように、その胸を早紀の背中に押しつけ、動かした。
 俊司の両手は、再び早紀の胸の膨らみを捕らえている。
「きゃうン!」
 早紀が、子犬のような声をあげて身悶えた。俊司の指先が、早紀のピンク色の乳首をつまんだのだ。
 ボディーソープのぬめりを利用して、俊司の指先が、早紀の小粒の乳首をしごくようにする。
「あッ! あんんッ! ダメ! おにいちゃん、それダメえ!」
 ひりつくような快感に頭の中を真っ白にしながら、早紀が叫ぶ。
 しかし俊司は、ますます激しく早紀の乳首を愛撫しながら、その髪の中に鼻をうずめた。そして、うっとりと目を閉じながら、かすかに汗ばんだ早紀の匂いを吸いこむ。
 いつしか、俊司は、隆々と反り返ったそれを、早紀の腰に押しつけていた。
「あッ……!」
 その熱さに、早紀は、胸の快感すら一瞬忘れて、息を飲む。
「早紀……」
 俊司が、囁くような声で言った。言いながら、右手を、早紀の大事な部分へと伸ばす
「続きは、ベッドでするよ……」
 そう言うとともに、早紀の一番敏感な部分を、きゅっ、と残酷につまんだ。
「あううッ!」
 俊司の不意打ちに、早紀は、軽い絶頂へたやすく押し上げられてしまった。

 手錠を外されないまま、早紀は、体を丁寧に拭かれて、ベッドに横たえられた。
「お兄ちゃん……」
 震える声で、自分に覆い被さる俊司に、呼びかける。
 せめて、手錠は外してほしいと思ったが、それ以上は言葉にならない。
 早紀は、戒められた両手で胸をかばうようにしながら、俊司の顔を下から見つめた。
 眼鏡を外した俊司の顔は、いつもよりずっと凛々しくなる、と早紀はいつも思う。
 普段の、眼鏡をかけたとぼけた兄の顔も好きだったが、たまに眼鏡を外した俊司の顔は、もっと好きだった。
 その、大好きな兄の顔が、真剣な表情で、自分の裸体を凝視している。
「綺麗だよ、早紀……」
 そう言われると、嬉しくて、切なくて、涙がこぼれる。
 どうしてこの優しい兄は、自分の意思を無視するようにして、自分の純潔を奪おうとするのだろう。
 次々と溢れる涙を、俊司が、唇でぬぐった。
「早紀、いくよ……」
 そんな優しい俊司の言葉が、早紀の心の中の恐怖を呼び覚ます。
「イ、イヤ……お兄ちゃん、やめて……!」
 しかし俊司は、意外なほどの力で早紀の長い足を割り開いた。
「ひあ……」
 兇暴なまでに反り返った赤黒い牡器官が、早紀の恥ずかしい部分に触れる。
「お、おねがい! お兄ちゃん! やめて! やめてよお!」
 このまま、無理やりにされたら――兄を、嫌いになってしまうかもしれない。
 そんな妹の悲痛な叫びに、むしろ誘われるように、俊司は、腰を進ませた。
「やあ……」
 熱を帯びた異物が体内に侵入してくる圧倒的な感覚に、早紀は、うめくような声をあげる。
 しかし、俊司の前進は止まらない。
 熱くたぎる俊司のペニスに、早紀の、純潔の証が当たった。
 俊司が、上気した顔に、一瞬だけ、辛そうな表情を浮かべ、そして、一気にそれを貫く。
「あ――!」
 破瓜の激痛に、視界が真紅に染まった。

「イヤあああああああああああああああああああああああああああああアアアアーッ!」

 血を吐くような叫びをあげ、早紀は、その華奢な体を弓なりに反らせた。
 しかし俊司は、何かに耐えるように歯を食いしばりながら、さらに腰を進ませていく。
「いたい……い……いあ……あ……ヤ……イヤぁあああ……!」
 兄の剛直が、妹の処女血にまみれながら、その靡肉をえぐる。
 早紀は、ふるふるとかぶりを振りながら、涙を流し続けた。
 俊司のペニスが、早紀の中で動いている。その抽送によってもたらされる痛みが、早紀の全身を貫き、心を引き裂いていった。
「イヤ……イヤ……イヤ……イヤ……イヤ……」
 早紀は、力なくそう繰り返しながら、俊司の仕打ちにひくひくと体を震わせた。
 痛みが、次第に、燃えるような熱となって、早紀の下半身を焼いていく。
「早紀……早紀……っ!」
 俊司の声が、聞こえる。
「おにいちゃん……たすけて……あついの……あついよお……」
 早紀は、頭を混乱させながら、必死に俊司に助けを求めた。
 全身の神経が焼き切れてしまいそうな、かつてない感覚。
「早紀……ッ!」
 その叫びとともに、早紀は、ぎゅっ、と俊司に抱き締められた。
「おにいちゃんッ!」
 早紀も、思わず叫んでいた。
 早紀の体内で、一際熱い何かが弾ける。
 その瞬間、混乱を極めていた早紀の頭の中を、一筋の光が貫いた。
(おにいちゃんがあたしのナカでシャセイしてる……!)
 目のくらむようなその感覚は、しかし、間違いなく快感だった。
「ンああああああああああああああああああああああああアアアーッ!」
 早紀は、無意識のうちに、その両脚を俊司の腰に絡めていた。
 びくっ、びくっ、と、体内で、俊司の分身が力強く痙攣し、大量の精を放ち続けている。
 その生々しい感触も、処女肉を蹂躙された痛みも、全て溶け合い、凄まじい快美感となって、早紀の心と体を打ちのめし、圧倒していた。
「あああ……ンあ……あ……あァ……」
 そして、どこまでもどこまでも暗い闇の中を堕ちていくような浮遊感。
 ――がっくりと、早紀の体から、力が抜けた。
 そんな早紀の体の上に、全ての力を使い果たしたように、俊司も横たわる。
 血と精と愛液にまみれた俊司のペニスが、ぬるり、と早紀の膣内から押し戻された。
 無残に充血したその部分から、血に混じってピンク色になった精液が溢れ出る。
 重なり合った二つの体は、静寂が満ちた部屋の中で、しばらく動かなかった。



「おにいちゃん……どうしよう……どうするの……?」
 あの後、もう一度一緒にシャワーを浴びた後、二人は同じベッドに横たわった。
 早紀の手を戒めていた手錠は、今は外されている。
 早紀は、自分でも戸惑うほど、落ち着いていた。俊司を全く恨んでいないと言えば嘘になるが、それでもその気持ちは驚くほどに希薄だ。
(やっぱりあたし……お兄ちゃんが……好きなんだ……)
 もはや、告白するタイミングを完全に逸してしまったその想いが、確かに早紀の胸の中にある。
 それでも、兄と肉体関係を持ってしまったという罪悪感はぬぐえない。
「血はつながってなくても……兄妹なんだよ」
 なじるような口調で、枕を並べる兄に言う。
「違うよ、早紀……」
「ちがう?」
 俊司の意外な言葉に、早紀は、思わず聞き返す。
 そんな早紀の顔を、俊司は、じっと見つめ、言った。
「血は、つながっているんだよ。早紀……」
 早紀は、俊司のこんなに哀しい声を、今まで聞いたことがなかった。


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