夏 の 歌



第一章
−夏の海−



「あっついな〜」
 僕は、バスを降りて、思わず空を仰いだ。
 青い空の中、太陽がギラギラ輝き、地平線の方には入道雲が浮かんでいる。
 早めの電車に乗ったので、まだちょうど昼ごろだ。美保さんの家に荷物を置いてから海で泳ぐ時間は充分にある。
「久しぶりだな……」
 五年ぶりくらいだろうか。
 バス停から母さんの実家までの道は、ほとんど変わってないように見える。
 僕は、着替えと洗面用具の入ったスポーツバッグを担ぎ直し、歩き始めた。
 道は一本だ。迷うことはない。
 小高い丘に沿うように緩くカーブした道を歩いていると、不意に視界が開け、砂浜と青い海が見下ろせた。
 カラフルなビーチパラソルが無数に立てられ、それよりもさらに多い数の水着の男女が歩いている。遠くの沖では、サーフィンを楽しんでいる人達もけっこう多い。
「海だなあ――」
 僕は、褐色の混じった青緑から紺碧へとグラデーションになっている海原を見て、当たり前のことを言った。
 海の圧倒的な存在感を前にして、かえってその感慨を表す言葉は単純になってしまう。
 そして僕は、かすかに潮の匂いのする空気を胸一杯に吸い込んでから、美保さんの家へと道を急いだ。



「あ――」
 塀も柵もない、道から直接続く感じの庭に入って、僕は思わず声を上げた。
 記憶の中にあるとおりの、こぢんまりとした一軒家。
 その、美保さんの家から、ちょうど女の子が出て来たところだったのだ。
 学校の夏服らしい白いブラウスと紺色のスカートを身につけていて、髪の毛は背中に届くか届かないかって感じのセミロング。秀でた額と、大きなちょっと吊り気味の目に、見覚えがある。
 その子は、家の前に置いてあった自転車を手で押し、道路に出ようとしたところで、僕に気付いたみたいだった。
「……どなたですか?」
 丁寧な口調で、訊かれた。
 小首をかしげた白い顔は、僕の顔と同じくらいの高さにある。
「えっと……智沙ちゃん?」
「そ、そうですけど……誰?」
 名前を呼ばれたせいか、彼女の声に、警戒するような響きが混じる。
「僕だよ。研児だよ。従弟の小牧研児」
「……ああ、研児君!」
 智沙ちゃんが、驚いたように目を見開く。
 彼女の名は、朝倉智沙。僕の従姉にあたる。僕の母さんと、智沙ちゃんのお母さん、そして美保さんが、姉妹なのだ。
「懐かしいなあ。何年ぶりだろう? そっか、智沙ちゃんはこの近くに住んでたんだっけ」
 そう言いながら僕が近付くと、智沙ちゃんは――なんだか睨むような顔になった。
「あんまり馴れ馴れしくしないで」
「……え?」
「もう、智沙ちゃんなんて呼ばれるような年じゃないわ。それに、そもそも君、私より年下じゃない」
「え、えっと、智沙ちゃん、いくつだっけ?」
 僕は、予想外の彼女の態度に戸惑いながらも、そう訊いていた。
「十四よ」
「じゃあ、僕と同じじゃん」
「で、でも、研児君は中二でしょ。私は中三だもの」
「……」
 智沙ちゃんの言葉に、僕は、何も言い返せない。
 びっくりしてしまったからだ。
 彼女と最後に会ったのはもう五年以上前のことだ。そのころ、僕達は何の屈託もなく子犬のようにじゃれあって遊んでいたと思う。
 なのに――
「君、チビね」
 あろうことか、智沙ちゃんはそんなふうに言ってきた。
「やっぱり、君みたいな子供っぽい人に、ちゃん付けで呼ばれたくないわ」
 なんだか理不尽なことを言いながら、智沙ちゃんが、自転車にまたがる。くやしいけど、ほっそりとした彼女のしなやかなその動きは、なかなか様になっていた。
「じゃ、じゃあ、何て呼べばいいのさ」
 僕の脇を擦り抜け、すでに自転車で道路に出かかっていた智沙ちゃんの背中に、僕は叫んだ。
「自分で考えなさいよ」
 智沙ちゃんが、振り返りもせずにそう言い――そして、視界から消えた。
「……えーっと」
 僕は、美保さんの家の庭に取り残され、指で頭をかいた。
 まあ、これくらいのこと、僕が経験して来たことに比べれば、どうってことない。
 それに、僕はよく知らないけど、僕と同じ年頃の女の子って、みんな、あんな感じなのかもしれないし。
 気を取り直して、美保さんの家のチャイムを鳴らした。
 ぴんぽーん、という音が、響く。
 しばらくして、がちゃ、とドアが開いた。
「はぁ〜い……。あっ、研ちゃん!」
 むぎゅうぅ〜。
「わっ、わぷっ……!」
「よく来たねー、研ちゃん。大きくなったね〜♪」
 あらゆる意味で智沙ちゃんとは正反対の態度でもって、美保さんが、僕の体を抱き寄せた。
 顔が……その……美保さんのおっきな胸にうずもれてるんだけど……。
「あ、ごめんね。懐かしくて、つい……。苦しかった?」
「ぷは……う、ううん、だいじょぶだよ」
 僕は、ちょっとどもりながら答えた。
 顔が、熱い。たぶん、真っ赤になってる。
「うふふふ、じゃあ、改めて、いらっしゃい♪ さ、上がって上がって」
 美保さんは、満面に笑みを浮かべながら、僕を促した。
 顔の作りはもちろん大人のそれだけど、美保さんの表情や仕草には、何て言うか、若さというより、幼さみたいなものが残っている。母さんとは二つしか違わないはずだけど、とてもそうとは思えない。
 そういうわけで、僕は、昔からずっと彼女のことを「叔母さん」というふうには意識できず、かといって二十歳近くも離れている女性を「姉さん」と呼ぶこともはばかられて、ずっと「美保さん」と呼んでいるわけである。
 久しぶりに会った今も、美保さんは、無理に若作りしているという感じではない。Tシャツに洗いざらしのジーンズ、そして淡いピンク色のエプロンという格好は、とても自然だ。
 そして、卵形の顔に、通った鼻筋、いつも笑ってるみたいな目、ぽってりとした唇――
 僕が、初恋と言うにはあまりにも淡いあこがれの気持ちを抱いたころと、ぜんぜん変わってない。
 なのに、美保さんがまとう雰囲気は、柔らかく、温かく、優しく――とても、大人っぽく思えた。
 長く伸ばしている、ウェーブのかかった髪を、アップにまとめてるからかもしれないけど……でも、そんな単純なことじゃないような気もする。
「どうしたの?」
 先に家に上がった美保さんが、突っ立ったままの僕に訊いてくる。
「あ、ううん。えっと、おじゃまします」
「いいのよ、そんなかしこまらなくても。自分の家だと思ってくつろいで。それに、この家には、今はあたしの他に誰もいないんだし」
 美保さんが、そう言ってにっこりと笑いかける。
 僕は肯いて、美保さんに続いてこの歌浦の家に上がった。



 歌浦というのは、もともとの美保さんの苗字だ。つまり、美保さんは旧姓に戻ったということになる。
 美保さんは、昨年、離婚したのである。
 別れた理由については、僕は知らない。ただ、この歌浦の家に住んでいた美保さんの両親――僕にとっては母方の祖父母――が相次いで病で亡くなったのをきっかけとしたように、そのすぐ後に美保さんは離婚した。
 そして、それまで教師として勤めていた高校を辞め、空き家になったこの家に居を移したのだ。
 祖父母が生きている間は、僕は、毎年のようにこの家に遊びに来た。
 そして、里帰りをしていた美保さんと会って話をするのが、何よりも楽しかった。
 たまに顔を出す智沙ちゃんと一緒に遊んだり、海で泳いだり、みんなで連れだって縁日に行ったり、庭で花火をしたり……。
 そんな、まるで魔法にかかったみたいに楽しかった日々を、僕は、四年近くも忘れかけていたわけだ。
 今思えば、どうして、ここに来る気さえ無くしてしまったのかは、不思議なくらいだけど……。
 でも、あの三年間を精算した今だからこそ、こんなことも思えるんだろう。
 そして、僕は、今、美保さんと懐かしいちゃぶ台を挟んで、向かい合っている。
 最後に会った時と違うことと言えば、祖父も、祖母も死んでしまって――二人きりだということだ。
「あ、ところで、智沙ちゃんには会った?」
「ん……うん」
 美保さんがゆでてくれたそうめんをすすっていた僕は、曖昧に肯いた。
「どうしたの?」
「えっと、会ったことは会ったけど……何だか、前に会った時と違う感じだったな」
「そうねー。彼女、キレイになってたでしょう」
 邪気の無い顔で笑いながら、美保さんが言う。
「……でも、あまり僕と話したくないみたいだったよ」
「あら、そう?」
 美保さんは、細くて形のいいあごに白い指を当てて、ちょっと考え込んだ。そんな仕草が、女の子みたいな表情に、妙に似合ってる。
「んー、智沙ちゃん、受験生だからねえ。今日も、あたしがお勉強見てあげてたのよ。って言っても、あたしが面倒見てあげることができるのは国語くらいだし、国語は何もしなくても百点取っちゃうような子なんだけどね」
「へえ……」
「研ちゃんのこと待って、一緒にお昼食べれば、って誘ったんだけど、このあと塾の夏期講習があるからって断られちゃったの。大変よね。わざわざ電車に乗って、ふだん通ってる学校より遠い塾に行くんだから」
「なるほど。だったら、あのピリピリした態度も、なんとなく分かるかな」
「そう?」
「うん。もし、僕のこと伯母さん――智沙ちゃんのお母さんから聞いてたら、余計アタマにくるだろうしね」
「――研ちゃん」
 美保さんは、細いけどくっきりした眉を寄せ、僕を軽く睨んだ。
「自分のこと、あんまり引け目に思っちゃだめよ。いじけて考えるようなこと、何も無いんだからね」
「うん、分かってるよ」
 僕は、笑顔を作って見せた。
「必要以上に自分を責めてもいいこと無いって、いろいろな人に教えてもらったし」
「そう……。研ちゃん、いい人たちと知り合ったみたいね」
 美保さんが、笑顔に戻る。
「それに、とってもいい子になったみたい。もともといい子だったけど」
「や、やめてよお」
 僕は、悲鳴みたいな声で言った。
 自分が、いい子なんかじゃないことは――自分が一番よく分かってる。
「なんで? 研ちゃんはいい子よ」
 でも、美保さんは、真っすぐな口調で、そう言ってくれた。
 他の誰かが言ったなら、反射的に裏に込められた意味を勘ぐっちゃうんだけど――
 僕は、とても素直な気持ちで、嬉しいと思った。
「研ちゃん」
 そんな僕に、美保さんが言った。
「ちょっと食休みしたら、一緒に海に行こうね」



「ねえねえ、研ちゃん」
 人でいっぱいの砂浜でどうにか場所を見つけ、シートとパラソルの準備を終えた時、美保さんに後ろから声をかけられた。
「なに?」
 振り返ると、美保さんが、ちょっと恥ずかしそうな顔をしていた。
「えーっと、日焼け止め、背中に塗ってくれるかな?」
「え……? う、うん」
 僕が返事をすると、美保さんは、そのままそこで服を脱ぎ始めた。
 美保さんは、家を出る前に、Tシャツとジーンズの下に水着を着ていたのだ。
 それは、もちろん分かっていたんだけど……目の前で美保さんが肌をあらわにしていく様に、僕は、ドキドキと胸を高鳴らせてしまった。
 黒い布地のビキニによって、白い肌が、余計に映えて見える。
「……やだ、あんまり見つめないで」
 そう言いながら、美保さんは、なぜか両手でお腹の辺りを隠した。
 たわわな胸が、両腕に挟まれ、よけいに強調される。
「えっとね、この年になると、胸よりお腹の方が恥ずかしいのよ」
 美保さんが、言い訳するみたいに、そんなことを言う。
「そ、そうなの……?」
 僕は、慌てて目を逸らしながら、言った。
「うん。若いころに比べると、太っちゃったし」
 そう言って、美保さんが、てれくさそうに笑う。 
 けど、美保さんのウェストは、ちっとも出てなんかいなくて、気にするようなことはないと思った。
「じゃあ、お願いね」
 美保さんが、僕が敷いたシートの上に、うつ伏せになる。
 僕は、持って来た荷物の中から日焼け止めの乳液を取り出し、手の平に垂らした。
 そして、美保さんのかたわらに膝をつき、われながらおっかなびっくりな手つきで、その背中に触れる。
「きゃんっ」
 美保さんが、高い声をあげた。
「もお〜、くすぐらないでよォ」
 笑いながら、美保さんが言う。
「ご、ごめんなさい……そういうつもりじゃなかったんだけど……」
 どうも、指先で撫でるようにしたのがよくなかったらしい。
 僕は、手の平で、美保さんの背中に乳液を塗り伸ばした。
 なだらかな背中の、滑らかな肌の感触。
「ん、んっ……」
 まだ、ちょっとくすぐったいのか、美保さんは何かをこらえるような声をあげた。
(そんな声を出されると……へんな気持ちになっちゃうよ……)
 つい、美保さんのむにゅっとつぶれた胸や、丸くて大きいお尻に、目が行ってしまう。
 そして、ようやく、日焼け止めを塗り終わった。
「ありがと、研ちゃん」
「どういたしまして」
 そう答えながら、僕は、美保さんの笑顔を正面から見ることが出来ないでいた。



 夕方まで泳いでから、美保さんと僕は、家に帰った。
 東京とは比べ物にならないくらいのセミの声が、夕暮れの空に響いている。
 この一年間で、僕も、それなりに家事を覚えたのだが、やっぱり初日ということで、台所は美保さんに譲った。
 晩ごはんに、美保さんは、トウモロコシをゆでてくれた。
 それを食べながら、明日から、食事は交替で作ることに決めた。
「あたし、お料理ヘタだから、研ちゃんの腕前に期待しちゃうね」
 美保さんが、冗談めかして言う。
「そんなあ。僕も、料理は始めたばかりだから」
 僕は、まだ熱々のトウモロコシにかじりつきながら、言った。
 見ると、美保さんは、トウモロコシの根元の方から、鮮やかな黄色い粒を一つ一つもいで、何粒かずつ、口に運んでいる。
 そんな仕草にすら、女の人らしさみたいなものを、感じてしまう。
「あ、そうだ」
 美保さんが、濡れたタオルで手を拭いてから、部屋の隅のビニール袋に手を伸ばした。
「昨日、駅前で借りてきたDVDがあるのよ。観ちゃわなくちゃ」
「え、何?」
「うーんと、エスエフ。研ちゃんも好きだと思うけど」
 そう言って、美保さんが、DVDをプレイヤーにセットして、ボタンを操作する。
「あ、これ知ってる。『1』は観たよ」
 テレビ画面の中で始まったのは、かなりブームを起こしたハリウッド映画の2作目だった。
「あれ、じゃあ、これは?」
「えーっと、そういえば、『2』と『3』は観てないや」
「じゃあ、一緒に観ましょ。分からないところが出てきたら教えてね」
 そう言って、美保さんは、テレビを見やすいように、僕の隣に並んだ。
 汗とお化粧のかすかな匂いが、鼻をくすぐる。
 それに、この角度からだと、美保さんの豊かな胸の谷間が――
(な、何考えてるんだ、僕は……!)
 僕は、内心の動揺を顔に出さないようにしながら、画面に集中した。
 いかにも向こうのデザインって感じの、金属剥き出しのメカが、画面の中で動いている。
「この人たち、どうしてここにいるんだっけ?」
「えーっと、それは……」
 美保さんの問いに、僕があやふやな記憶を掘り起こして、答える。
 そうしているうちに、困ったことになった。
 映画の主人公と恋人が――ベッドシーンを演じ始めたのである。
(あちゃあ……)
 一人で観る分には、どうということのないシーンである。でも、僕の横には――体温が感じられるほど近くに、美保さんがいるのだ。
 僕は、ちらりと、美保さんの横顔を盗み見た。
 美保さんは、平気な顔だ。
 確かに、美保さんから見れば、ぜんぜん大したことないシーンだろうし、僕のことを意識もしていないだろう。
 けど、僕は……隣にいる美保さんを、意識せずにはいられない。
 いけない、いけない、と思えば思うほど、僕の視線は美保さんの方に向いてしまう。
 薄いTシャツの布地の下にある、まろやかな乳房の膨らみ……。
 このままだと――ヤバい。もう、僕のアレは、恥知らずにも固くなり始めてる。
「あ、あのさ」
「ん?」
 突然声を出した僕に、美保さんがちょっと驚いたような顔を向ける。
「えーっと……僕、けっこう汗かいちゃったし、お風呂、入っちゃいたいんだけど……」
 確かに僕は、今、不自然なくらい汗をかいている。
 でも、はっきり言って、僕のこの申し出は唐突すぎたと思う。
「あら、そう?」
 けど、美保さんは、何も気付いていない様子で言った。
「う、うん。だから、その、先にお風呂使っちゃっていいかな?」
「ええ、もちろん構わないわよ」
 美保さんが、おっとりした声で答える。
「じゃあ、お先に」
 僕は、ズボンの膨らみに気付かれないように立ち上がってから、部屋を後にした。



「うー……」
 僕は、湯船に浸かったまま、小さくうなった。
 みっともないことに、僕のアレは、風呂に入る前から、ずーっと立ちっぱなしなのである。
「まいったな……」
 このままじゃ、出るに出られない。
 僕が、この時期にパジャマの代わりに着ているのはTシャツと短パンだ。その格好では、どうしたって、股間のモノがどういう状態なのかモロバレになってしまう。
「普段は、こんなことないのに……」
 そりゃまあ、こういう状態になるのは初めてじゃない。けど、ここまでずーっと立ちっぱなしというのは初めてだった。
 原因は、分かっている。
 海で、美保さんの背中に日焼け止めを塗った時の感触――それが、頭から離れないのだ。
 美保さんは、僕のことを、男としては意識していないのだろう。
 ただでさえ、たまに女の子に間違われるような僕だ。それに、僕はまだ、美保さんの半分ほどの年齢でしかない。
 でも、僕は――美保さんのことを、強烈に、異性として意識してしまっている。
「美保さん……」
 僕は、美保さんの背中に触れた手で――いきり立つペニスに触れてしまった。
「ん……」
 びっくりするくらい甘い感覚が走り、思わず、声が漏れてしまう。
 僕は、もう、我慢できなくなっていた。
 ドアに背を向けるようにして、バスタブの縁に座り、ペニスを握る。
 それは、自分でもはっとするくらいに固く、そして熱くなっていた。
(今だったら、美保さんも映画を観てるし……それに、このままでお風呂から上がるわけにもいかないし……)
 僕は、自分自身に言い訳しながら、熱くなった肉棒を握る手を上下させ始めた。
「はっ……はっ……はっ……はふ……は、ああっ……」
 こんなことするのは、けして初めてじゃないけど――でも、今までなかったくらいに、僕は興奮していた。
 憧れの人と一緒に食事をしたすぐあとで、その人の家のお風呂でオナニーするなんて……。
(美保さん……美保さんっ……)
 僕の妄想の中で、水着姿の美保さんが、あられもないポーズを取りながら、僕に視線を向ける。
 昼間、本人をついじっくりと見てしまったせいか、僕が頭の中で描く美保さんのイメージは、おそろしく生々しい。
 前に、ある人からチャットで聞いた「家族が多いからオナニーは風呂場でするんだ」という話に、「オカズはどうするんだろう?」なんて思ったものだけど――いざ自分がしてみると、快感は、こっちがうろたえるくらいに加速していった。
「あっ……み、美保さんっ……あ、ううっ……」
 喘ぎ声の合間に、思わず、その名を呼んでしまう。
 脳裏に焼き付いた、美保さんの綺麗な顔――しなやかな首――豊かな胸の谷間――くびれた腰――白い太腿――
 そして、三角形の黒い布地の奥にある、その部分――
「あ、あうっ……あ……あくうっ……!」
 禁忌の場所に意識を向けた瞬間、僕の中の何かが、急速に膨れ上がり――弾けた。
「あ、や、やば……んあああっ……!」
 びゅっ! びゅるっ! びゅるる! びゅ! びゅうっ!
 次々と迸る白い体液を、僕は、ペニスの先っぽを覆うようにして左手で受け止めた。
 手の平に、射精の激しい勢い感じる。
「あ、ああぁ……あ、あふぅ……」
 僕が、これまで感じたことのなかったような快感の余韻に、息をついた時だった。
「……研ちゃん」
「ひゃっ!」
 僕は、意外なほど近くから聞こえたその声に変な悲鳴をあげ――そして、その場に硬直してしまった。
 浴槽に入って体を隠さなくてはという思いと、ペニスを精液まみれにしたまま浴槽に入るわけにはいかないという考えが、頭の中で真正面からぶつかって、僕の体をフリーズさせてしまったのだ。
「ごめんね、おどかして」
 そう言いながら、気配が、背中に近付いてくる。
 振り返るまでもない。今、僕の背後にいるのは美保さんだ。
「研ちゃん……」
「あ、あの、待って。ちょっと待ってっ! 待ってよっ!」
 この場をどう取り繕っていいか分からぬまま、美保さんの呼びかけに、必死で喚く。
 と、信じられないことが、起こった。
 バスタブの縁に座ったままの僕の背中に、むにゅん、と何か柔らかなものが押し付けられたのだ。
 粗い布越しの、この、柔らかくて温かい感触は――
「ごめんね。あんなところ見せられたら、もう、あたし、待てないの」
 かすれたような美保さんの声が、熱い吐息とともに、僕の右の耳をくすぐる。
 ということは、やっぱり、今、僕の背中に密着してるのは、おそらくはタオルをまとっただけの美保さんの体で……。
 股間で萎えかけていたモノが、急速に、勢いを取り戻していく。
「ね……あたしに、研ちゃんを誘惑させて」
 そう言ってから、柔らかな唇が、ちゅっ、と僕の耳をついばんだ。
「っ……!」
 驚き、さらに体を固くする僕の手の甲に、後ろから回された白い手が重ねられた。
「ねえ、研ちゃん……こっち向いて」
「で、でも……でも……」
 僕は、精液まみれのままで再び勃起してしまったペニスを必死に両手で隠しながら、無意味にその言葉を繰り返した。
「大丈夫……安心して。何も、恐いことないから……」
 耳を舐めるような距離から、美保さんが囁く。
 僕は、このままこうしていることがどうにも我慢できなくなって、ゆっくりと、体を後ろに向けた。
 美保さんが、予想外に優しい顔で、にっこりと笑っている。
 そして、その体は、バスタオルを一枚まとっているだけだった。
「……!」
 さっきの自分の妄想よりもさらに衝撃的なその姿に、僕は、思わずうつむきそうになった。
「だめよ、研ちゃん。勇気出して、あたしのこと、しっかりと見て……」
 ちょっと震えてるみたいな声でそう言われ、僕は、顔を上げた。
 美保さんが、その白い体にまとっているバスタオルに、手をかける。
 そして、はらりと――バスタオルが、浴室の床に落ちた。
 少しも日焼けしていない白い肌と、朱鷺色の乳首。そして、黒々としたアンダーヘアが、僕の視界に飛び込んでくる。
「え、えっと……どうかな?」
 美保さんが、一転して、恥ずかしそうな顔で、そんなふうに訊いた。
「――美保さんっ!」
 僕は――声をあげて、美保さんに抱きついていた。
 頭の中のヒューズが飛んで、とても自分で自分のことをコントロールできる状態じゃない。
「美保さん――美保さん――美保さん――美保さん――!」
 ただ、その名前だけを繰り返して、強烈な衝動に突き動かされるまま、美保さんの裸体を乱暴に抱き締める。
「あ、ああんっ……研ちゃんてば……」
 美保さんは、僕の背中を優しく撫でながら、言葉を続けた。
「大丈夫よ……あたしの方から誘ったんだもの……逃げたりなんか、しないわ」
 そう言われて、初めて、美保さんを逃したくないという気持ちで、その体を捕まえようとしていたんだということに、気付く。
 そして、僕は、大きな振り子が反対側に振れたような感じで、ものすごく恥ずかしくなった。
「あ、あの……僕……」
 あれほど必死にしがみついていた美保さんから離れようと、ちょっと身をよじる。
 けど、美保さんの優しい腕は、僕の体を捕まえたままだ。
「研ちゃん……キスしましょう……」
 その言葉に何も返事をしていないうちに――美保さんの唇が、僕の唇に覆いかぶさった。
 もちろん、初めてのキスだ。
 柔らかくぽってりとした、不思議な感触……。
 それを割って、ぬるりとしたものが、僕の唇に振れる。
 美保さんの、舌だ。
「んっ、んんっ、ん……んちゅ……んふぅ……ん……」
 美保さんの悩ましい鼻声に、脳がとろけそうになる。
 ぬめぬめと動く舌に口の中をくすぐられて、立っていられないくらいに体から力が抜けていくのを、感じた。
 にもかかわらず、ペニスだけは、ガチガチに固くなって、美保さんの下腹部を圧迫している。
 と、美保さんは、僕のその部分を刺激するように、ゆるゆると体を動かした。
「んっ、ぅん……んふ……ちゅっ……ちゅむ……んふぅん……」
 キスの音に、甘いような喘ぎが混じる。
 僕の胸に重なった美保さんの大きなおっぱいがむにむにと形を変え、乳首が、肌をこすっている。
「ちゅむ……んはぁっ……ねえ、研ちゃん……」
 キスを中断し、美保さんが、僕に呼びかけた。
 その間も、僕のことを抱き締め、肌と肌を擦り合わせるように体をくねらせている。
 二人の汗と、それ以外の何かが、僕のペニスをにちゅにちゅと濡らしていった。
「……研ちゃん……あたしのこと、好き?」
 その小さな囁きは、まるで、怯えてるみたいに、かすかに震えていた。
「好き――好きだよっ!」
 僕は、再び、体の奥底からわき出る強い情動に煽られるようにして、美保さんの体をきつく抱き締めた。
「好きだよ――好きだよっ――! 僕、僕、美保さんのことが――!」
 腕の中の柔らかな体に訴えるように、言う。
 そうしながら、僕は――自分で意識しないうちに、かくかくと腰を動かしていた。
 これ以上はないというくらい勃起したペニスの裏側が、美保さんの下腹部をこすっている。
「あんっ……研ちゃん……」
 美保さんは、いやがるどころか、僕の無意識の動きに応えるように、腰を突き出していた。
 摩擦が、強まる。
「あっ、ああっ……! み、美保さんっ!」
 気が付くと、快感が、引き返せないところまで高まっていた。
 頭の中が煮えてしまいそうな興奮を感じながら、腰の動きを速める。
「あ、ああ、あ、あーっ……!」
 ぶびゅびゅっ! びゅるっ! びゅっ! びゅーっ!
 僕と美保さんの体に挟まれたペニスが、大量のザーメンを発射した。
「あ、あああ、あ、ああぁ……」
 まるで、体の中の力を根こそぎ発射してしまったかのような、感覚。
 すうっと苦楽なる視界の中で――美保さんの体が、僕の精液にまみれている。
「あぁん、すごい……熱いわ……」
 美保さんの、うっとりしたような声が、どこか遠い。
「あ――」
 僕は、まるで気絶するみたいに、力の抜けた体を、美保さんの胸に預けてしまった。



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