私立星晃学園の漫画研究会部室は、校舎特別棟の一番高い階にある。
学園祭や、年に二度の“コミケ遠征”の前にでもなれば、文字通り修羅場と化すそこも、六月の今は単なる漫画好きのたまり場でしかない。
林堂は、その部室の端にあるボロボロのソファーに横たわって、漫画を読んでいた。冗談で“本格高校新聞部漫画”と銘打たれた、地味だが味のある漫画である。今日は、他の生徒はまだここにはいない。
林堂は、部室にある膨大な漫画を読むためだけに、ちょくちょく漫研を訪れていた。「本棚は外に置け」が彼のモットーである。入部届は出していないので、幽霊部員どころか、完全なもぐりだ。
今日も林堂は、瑞穂が合唱部の練習から解放されるまで、ここにいるつもりらしい。
「お、林堂はんだけか?」
と、部室のドアが開けられるのとともに、そんな声がかけられた。
「……久留山か」
ちら、と林堂が入口の方に視線をよこす。
中学生どころか、下手をすれば小学生に間違われかねない小柄な少女が、そこに立っていた。ボブカットに切りそろえられた髪をカチューシャで留め、大きなレンズの眼鏡をかけているため、その容姿はますます子どもっぽく見える。
漫研副部長である、久留山亜美である。
亜美は、親の代からの筋金入りの漫画読みだ。そもそもその名前からして、両親がアニメか何かのキャラクターからとったものらしい。なお、漫研の予算は、彼女をはじめとする何人かの部員が同人誌販売によって稼ぎ出している。
「浩之助、どこにおるか知らん?」
亜美が言ってるのは、片倉浩之助のことである。彼も、漫画読みたさに部室に入り浸っているもぐり部員だ。
「……確か、階段を転げ落ちて保健室だ」
「ほんま?」
「冗談みたいだが、本当のことだ」
林堂が、口元だけで笑みを作りながら言う。
「そらまた、浩之助らしいっちゅうか……」
亜美が、呆れたような顔をして見せた。
「あいつに何か用か?」
「今日こそ貸した本返してもらわな、思てな」
「けっこう派手に転げたようだから、まだ保健室で寝てるんじゃないか?」
「分からんでえ。あいつ、生命力はゴキブリなみやからなあ」
そう言いながら、亜美は、部室を後にした。
「片倉君ね、もう少し気をつけて生活しなさい」
星晃学園の養護教諭、水沢諒子は、小さな子どもに言うような口調で言った。
「この時期は、湿気が多くて廊下や階段はすべるんだから」
「分かってる分かってる。もーダイジョブだってばさ」
整った顔にアップにした髪、無愛想な白衣姿がもったいないような諒子に、浩之助は言った。その左の足首には、白い包帯が巻かれている。
「それより、もういいでしょ。オレ、用事があるんだよね」
「本当に大丈夫なの? 頭とか打ってない?」
「へーきだって! この湿布だって、おーげさすぎるくらいなんだからさ」
そう言いながら浩之助は、左足に上履きを履き、丸イスから立ちあがる。
「じゃ、お世話さま!」
「ホントに気をつけなさいよ!」
諒子の声を背中に聞きながら、浩之助は、逃げるように保健室を出ていった。
「あちゃ、もう時間じゃん」
そして、ごつい腕時計を見ながら、顔をしかめる。
そして浩之助は、さっきの諒子の言葉をすっかり忘れたかのように、ばたばたと廊下を走り出した。
そして、上履きから靴に履き替え、裏庭に向かう。
空は鉛色の雲にどんよりと覆われていたが、浩之助は全く気にしない様子だった。
「ごめんなさい、片倉君」
久遠寺つぐみの第一声は、それだった。
「片倉君の気持ち、すごく嬉しいし……片倉君が本気だってことは、よく分かるの……でも……ごめんなさい」
つぐみが頭を下げると、そのさらさらの長髪が、ふわりと揺れた。
「そ、そんな、その、頭を下げてもらうようなことじゃないって」
浩之助は、自分自身の声が、ひどく遠くから聞こえているような錯覚を覚えた。
「オレのほうが、勝手に舞い上がってただけなんだからさ。だから……あやまんの、やめてくれよ、な」
「片倉君……」
つぐみが、顔を上げる。
かすかに怯えたような顔。縮まらない距離。
自分は、怖がられている、と、浩之助は本能的に覚っていた。
そんなつぐみと同じ場所にいるのが、今はひどく辛い。
彼女を校舎裏に呼び出したときの高揚感が嘘のようだ。
「あのさ……一つだけ、訊きたいんだけど……」
それでも、これだけは訊かなくては、と思い、必死で声を振り絞る。
細かく震えるその声は、まるで自分の声とは思えなかった。
「?」
「久遠寺さ……好きなヤツ、いるの……?」
「……うん」
こくん、と肯くつぐみ。
「そっか……じゃあ、オレ、応援するよ……ま、オレができることっつったら、ケンカくらいだけどさ……へへっ」
どうにか、笑おうとする。が、きちんと笑みの形になっているか分からない。
「じゃあな、久遠寺。呼び出してゴメンな」
「うん……ごめんなさい」
そう言って、つぐみは身を翻し、小走りに去った。
ため息が出るくらい綺麗なその黒く長い髪を、浩之助はじっと見つめる。
左右とも2.0のはずのその視界が、じわっ、とにじんだ。
(あは……オレ……けっこう純情なんだな……)
そんなことを思って、どうにか悲しみをやり過ごそうとするが、無駄だった。
つぐみの姿が見えなくなる。
ぽっ、ぽっ、ぽっ……と、雨粒が、浩之助のぼさぼさ頭を叩いた。
それは、きっかけとして充分過ぎるほどだった。
「うっ……ううっ……うぐっ……うっ……」
こらえようのない嗚咽が、喉の奥からこみ上げる。
振られることは、半ば以上覚悟していたが、自分がこんな反応を示すとは予想外だった。
冷たい雨に混じって、熱い涙が顔を濡らすのが分かる。
もはや、泣き声をあげまいとするだけで精いっぱいだ。
「……っ!」
浩之助は、校舎の壁に額をすりつけるようにしながら、肩を震わせて泣き続けた。
「浩之助……」
ひとしきり泣いたあとの、どこか快感を含んだような余韻にひたっていた浩之助は、はっと振り返った。
「く、くるやま……」
傘をさした小柄な人影を認めて、浩之助が声をあげる。
「浩之助、びしょ濡れやで」
「な……まさか……見てたのか?」
「……」
少しためらったあと、こくん、と亜美が肯く。
「その……盗み聞きするつもりはあらへんかったんやけど……つい……」
「き、聞いてたんだろ。――ったく、シュミわりいなあ!」
内心の動揺を押し隠すように、ことさらに大きな声で浩之助が言う。
「な、なんや、その言い方は! 慰めたろ、思てたのに……」
「お前の慰めなんていらねえよ! ガキのくせに!」
「言えたガラか! 子どもみたいに泣いてたんはどこのどいつや!」
そう言われ、浩之助は、かぁーっと顔を赤く染めた。
「……い、言うなよ」
そして、亜美が意外に思うほど、弱気な声を出す。
「は?」
「だから、誰にも言うなよ。オレが、久遠寺にフられて泣いてたなんて……言ったら、殺すぞ」
「物騒な……そないイヤか?」
「久遠寺に迷惑がかかるだろ」
さあさあと降る細かい雨の中、浩之助が言う。
ぴくん、と亜美の持つ傘が、震えた。
「浩之助……久遠寺ちゃんのこと、本気やったんやな……」
悲しげな、そしてどこか苦しげな亜美の声は、雨音に掻き消されてしまった。
「何だって?」
「え……いや、その……ほんまに、言いふらさんといてほしい?」
「あ、あったりまえだろ!」
「へえ……」
かすかに、亜美の小さな口が、笑みの形に歪む。
その幼げな顔に似合わない、どこかよこしまな表情……。
「ほんなら、浩之助……うちのわがまま、聞いてくれる?」
「きょ、脅迫かよ……いいよ、聞いてやるよ!」
ヤケになったように、浩之助は言った。亜美は、そんな浩之助に近付き、ひょい、と彼を傘に入れた。
亜美のかすかに上気した顔が、浩之助のすぐ目の前にある。小柄な二人の身長差は、あまりない。
「ほな……浩之助のアレ、スケッチさせて」
その言葉より、亜美の淫らな表情に、浩之助は目を丸くしていた。
共働きの亜美の両親は、まだ帰ってきていない。小奇麗な一戸建て住宅の中、亜美と浩之助は二人きりだった。
「とりあえず、シャワーでも浴びとき」
そう言われて、浩之助は、言われるままにユニットバスのシャワーを借りた。包帯と湿布は、ちょっと考えてゴミ箱に入れる。
浴室から出ると、脱衣カゴに入れたはずの服がなくなっていた。
乾燥機がごんごん音を立てながら動いているところを見ると、浩之助の服はその中らしい。
「出たかー?」
「どっ、どーいうつもりだよッ!」
脱衣場をのぞき込む亜美に、浩之助は叫ぶように言った。言いながら、腰に慌てて淡いブルーのバスタオルを巻く。
「あんなびしょ濡れの服着たら、シャワー浴びた意味無いやん」
笑みを浮かべた顔で、すでに私服に着替えた亜美が言う。Tシャツに細身のジーンズというラフな格好だ。
「それより、早よ、ウチの部屋に上がり」
「……」
顔を赤くしながら、浩之助は、階段を登る亜美の後に付いていく。他人の家の中をタオル1枚でうろつくのは、傍若無人が売りの浩之助でも、さすがに落ち着かないようだ。
亜美の部屋の壁は、ほとんどが本棚に隠されていた。本棚の中身は、漫画と同人誌、あとはジュブナイル小説である。
わずかに本棚と本棚の間にある隙間には、ベタベタと漫画やアニメなどのポスターが貼られていた。ポスターは天井にも貼られている。
「そこ、座って」
しげしげと部屋の中を見る浩之助に、亜美は言った。そして、カーペットの上に投げ出されたままのスケッチブックを抱え、あぐらをかく。
「ホ……ホントに、見せなきゃダメか?」
浩之助が、困り果てたような声で言う。
「ダメや」
芯の柔らかい美術用の鉛筆を手に取りながら、亜美が言う。その瞳には、ひどく真剣な光がある。
「それとも、男が一度言うたこと、ひるがえすんか?」
「……くそぉ」
浩之助は言って、えい、とばかりにタオルを外した。
「どーにでもしろ!」
そう言って、どすん、とベッドに腰を下ろす。が、さすがに、そむけたその子どもっぽい顔は屈辱に赤く染まっている。
「……」
亜美は、浩之助のその部分をじっと見つめながら、我知らず、ちろりとその舌でピンクの唇を舐めた。そして、スケッチブックの上に、鉛筆を走らせ始める。
しゃっ、しゃっ、しゃっ、しゃっ……
しばらくは、静寂の中、鉛筆のたてる音だけが響く。
窓の外では、相変わらずの雨だ。
「お……お前、どうすんだよ? その……こんなの、描いてさ」
沈黙に耐えきれなくなったように、浩之助が言った。
「そら、絵の勉強に決まっとるやろ」
そう答える亜美の声は、微妙に震えているようだったが、浩之助は気付かない。
「それにしたって……何だよ、エロなマンガでも描くつもりか?」
「うん。けっこう、高値で売れるんやで」
「……ヤオイって言うんだっけ? そのう、ホモの本」
「ま、別に、そーいうんも、キライやないけど――」
ずい、と亜美は、やや脚を開くようにしてベッドに座る浩之助のほうににじりよった。
「やっぱ、フツーにえっちいのが好みやね」
「久留山、エロい」
「知らんかった?」
亜美が、さらににじり寄る。
「ウチ……けっこうエロなんよ」
はっと浩之助が背けていた顔を戻したときには、亜美の顔が、すぐ足の近くまで来ていた。浩之助は、慌てて膝を閉じようとする。
「あかん、浩之助」
そう言う亜美の息遣いまで、股間のモノで感じ取れそうな感じがする。ぞわっ、と羽で撫でられたような感覚が、浩之助の足の内側を走った。
「もっと、きちんと見せて……」
「く、久留山……」
亜美の、眼鏡の奥の目が、濡れたように光っている。その目に見られていることを意識すると、浩之助の心臓の鼓動は、いやがうえにでも高まった。
「――浩之助、大っきゅうして見せて」
「な……!」
「ほら、マンガとかで、男のコが上向かせたりしとるやんか。ああいうカタチなのも、見とかんと描けへんわ」
「そ、そんなこと言われても……」
「触ったりすれば、大っきゅうなる?」
そう言って、亜美は、鉛筆を床に置いて、ちょん、と浩之助のペニスを指先でつっついた。
「お、おい!」
「もっと触った方がええの?」
そう言って、あまり慣れてない手つきで、まるで子猫をなでるように、亀頭の部分を撫でさする。
「あ、やめ! あ、あ、あっ!」
今まで、体内を駆け巡っていた血潮が、ようやく行き場を見出したようにその部分に集まっていくのを、浩之助は感じていた。
股間それが、亜美の小さな手を押し上げるようにして、きりきりと勃起していく。
「うわぁ、すご……」
その、意外な力の強さに、亜美は思わず声をあげていた。
「あぅ……」
浩之助が、恥辱に唇を噛む。
「こないなるんや……なんか、ドキドキする……」
そう言って、亜美は、スケッチブックも床に置き、両手を浩之助のペニスに伸ばした。
そして、熱く脈打つその部分を、小さな手の平で包みこむようにする。
「こうすると、気持ちようなるん?」
亜美は、おっかなびっくりな感じで浩之助のシャフトをしごきながら、訊いた。
「く、久留山ぁ……だ、だめだ、そんなにしたら……」
浩之助が、情け無い声をあげた。しかし、亜美を跳ね除けることができない。
「あ、先っぽから何か出てきた……」
「ぅ……」
「男のコも濡れるんやねぇ……なんか、可愛い……」
亜美の言葉通り、ペニスの先端からはとろとろと透明な先走りの汁が溢れている。亜美は、次第にその手の動きを大胆にし、カウパー氏腺液を、亀頭全体に塗りたくるようにした。
「はう……っ!」
ひりつくような快感に、浩之助が思わず声をあげる。
「痛かった?」
「い、いたくはないけど……久留山、もう……オレ……あううううっ!」
「気持ちいいん?」
そう訊かれ、浩之助は、しばらくためらったのち、こっくりと肯いた。
「じゃあ、もっとしたるわ……」
ひどく熱心な瞳で浩之助のペニスを見つめながら、亜美は、さらに手の動きを速くした。
しゅちゅっ、しゅちゅっ、しゅちゅっ、しゅちゅっ……という少し湿ったような音が、かすかに聞こえる。
「あ! く、久留山っ! だめだ! ティ、ティッシュ!」
「は? てぃっしゅ?」
思わぬ言葉を聞いて、亜美が眼鏡の奥の目を丸くする。
「あ、あーッ!」
結局ティッシュは間に合わず、浩之助は、亜美の手の中で思いきり射精してしまった。
「きゃん!」
ぴしゃ、とTシャツに白濁液を浴びせられ、亜美が可愛らしい悲鳴をあげる
「あ、あッ! くッ! んーッ!」
浩之助は、慌てて亀頭部を押さえたが、指の間からほとばしる精液はあちこちに跳ね飛び、シーツや亜美の手をどろどろに汚していった。
「あぁぁぁぁ……」
ようやく、何度かに分かれた射精を終え、浩之助が大きく息をつく。
「はあぁ……いっぱい出るねんなぁ……」
亜美は、浩之助のスペルマにまみれた自らの両手を見つめながら、つぶやいた。そして、ベッドのサイドに置かれたティッシュに手を伸ばす。
「――あ、だからティッシュ言うたんかぁ」
そして、ティッシュで手を拭きながら、思い出したように言った。
「気付くの……おせえよ……」
浩之助が、はぁはぁという息の合間に言う。
「んふ……浩之助、なんか可愛いわぁ」
「……」
浩之助の感性では、自らに対する“可愛い”という言葉は褒め言葉ではない。憮然とした表情で、目を反らす。
「浩之助……」
亜美は、しっとりと濡れたような声で言った。
「ごめん、浩之助。ウチ、もうガマンでけへんわ」
「は?」
浩之助が、亜美に向き直る。
亜美は、その幼い顔に似合わない、どこか妖しい笑みを浮かべて、するっ、とTシャツを脱いだ。
「お、おい!」
そして、浩之助が慌てた声をあげるのも構わず、立ちあがってジーンズも脱ぎ捨てる。
「久留山……」
「浩之助……」
ブルーの、シンプルながら可愛らしいデザインの下着姿で、亜美が浩之助の目を見つめる。その頬は、これまで以上に上気し、瞳はきらきらと濡れ光っていた。
「浩之助……ウチ、浩之助のこと……」
亜美は、そう言いながら、ベッドに腰掛けたままの浩之助の肩に、その小さな両手を置いた。
「久留山……」
次に来る言葉を半ば予想しながら、それを恐れているかのように、浩之助の声が震えている。
そんな浩之助の顔に顔を近付けながら、亜美は、ささやくような声で言った。
「好きや……」
そして、浩之助が何か言うのを阻むように、唇を重ねる。
「……!」
初めて感じる他人の唇の感触に、浩之助は、その目を見開いた。
すぐ近くにある亜美の顔には、無論、ピントは合わない。ぼやけた視界と対照的に、亜美の体温が、ひどく鮮明に感じられる。
しばらくして、亜美が唇を離した。その赤く染まった顔に、ようやく視界の焦点が結ばれる。
亜美は、泣き笑いのような、複雑な表情を浮かべていた。
「あの……ウチに、浩之助のこと、慰めさせてくれへん……?」
「久留山……」
ふだんからは考えられないような亜美のしおらしい言葉に、浩之助は言葉を失ってしまっていた。
そんな浩之助の体に、亜美が腕を回す。
浩之助は、まるで亜美に押し倒されるような形で、ベッドに横たわった。亜美の小さな体が浩之助の体に覆い被さり、その右の頬が、右の頬に寄せられる。
「久留山……オレ……」
「あかん?」
「オレは……」
さっき欲望を放出したばかりのはずの浩之助のペニスが、再び力を取り戻し、亜美の太腿を圧迫している。
「ウチ、浩之助が好き……ずっと好きやったん……いろいろ、ケンカもしたけど……ケンカするほど好きになるん……おかしいなあ……」
亜美は、浩之助の耳元にそうささやきながら、すりすりと自分の体をすり寄せた。
「ホントは、ずっとずっと、こうしたかったん……あは、ダメやな。慰める言うたんに、自分ばっかようなってるわ……」
「久留山……」
「浩之助ぇ……」
亜美は、甘えるような声でそう言って、耐えきれなくなったように、ちゅっ、と浩之助の耳元にキスをした。
「久留山、オレ、まだ……」
「……分かってる……まだ、久遠寺ちゃんのこと、好きなんやろ」
「……」
「ええよ……目ぇ閉じて……ウチのこと、久遠寺ちゃんやと思うて、好きにして……」
「久留山……」
「ウチも、ずっと黙っとるから……だって関西弁やもんなあ」
くすっ、と亜美は寂しそうに笑った。
そして、ちょっと身を起こして、カーテンを閉める。雨の六月の夕方、部屋の中は真っ暗になった。
「……っ」
浩之助は、何か言いそうになりながら、亜美の体を下にして、その上にうつぶせになった。
そして、ブラに包まれた、意外とボリュームのある胸に、その顔を寄せる。
「あぁ……」
ブラ越しの柔らかい感触に、浩之助は思わず声を上げていた。そして、まるで壊れ物を扱うように、そおっとその胸に手を這わせる。
「ン……んん……んッ……」
くすぐったさと快感の入り混じった感触に声を押し殺しながら、亜美が、自らブラのフロントホックを外す。
巨乳、と言うほどではないが、その幼げな顔からは想像できないような綺麗な半球形の乳房が、露わになる。
浩之助は、その胸の膨らみを柔らかく揉みしだきながら、すりすりと頬ずりをした。木目細かな肌の感触に、しばし陶然となる。
そして、まるで何かに導かれるように、右の乳首を口に含んだ。
「ぁう……!」
ちゅるっ、と乳首を吸われて、亜美は思わず声をあげた。
浩之助が、れろれろと口内で舌を動かし、亜美の小粒の乳首を文字通り舐めまわす。
口の中で、乳首が硬く尖っていくのが、舌先に感じられた。
浩之助は、まるで、母乳を求める乳児のような無心な顔で、執拗に左右の乳首を口で責め続ける。
「は……ン……あくッ……ふうン……」
亜美は、どこか媚びるような声を漏らしながら、身をよじった。その、ぷるぷるとゆれる胸の頂点では、小生意気に勃起した乳首が浩之助の唾液に濡れ光っている。
浩之助が、右手を、亜美のショーツにかけた。
びくっ、とかすかに亜美の体が震える。しかし亜美は、その小ぶりなヒップを浮かせて、浩之助がショーツを脱がすのに協力した。
ひどくぎこちない手つきで、浩之助が、亜美の足からショーツを抜き取る。
浩之助は、亜美の体を左腕で抱き締めたまま、右手を下半身に伸ばした。
その指先が、亜美の最も繊細な粘膜に触れる。
「あッ……!」
まるで、電気でも流されたように、亜美の体がぴくぴくっ、と震えた。
「すげぇ……濡れてる……」
雑誌や漫画で読んだとおり、女性のその部分が自ら分泌する粘液で濡れているという事実に、浩之助は思わず声をあげていた。
そして、胸を愛撫するときよりももっと注意して、優しくその部分に指を這わせる。
「はぐっ……!」
「あ、い、痛かったか?」
ぎゅっ、とシーツを握った亜美に、浩之助が訊く。が、亜美はふるふるとかぶりをふった。
「きもち、いいのか?」
そう訊くと、こくん、と肯く。どうやら、最初の宣言通り、口をきくつもりはないらしい。
「……」
浩之助は、ひどく神妙な顔になって、亜美のその部分をゆるゆると愛撫し始めた。
腕の中の亜美の反応で、感じる部分や、ちょうどいい強さを探っていく。
「あ……っく……んン……んぐ……あぅうン……」
亜美が、声をあげて小さく身悶えるたびに、あらたなぬめりが浩之助の指を濡らしていった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はぅン……あ……あァ〜ん……」
耳元で甘く喘がれ、浩之助は、脳が蕩けそうな興奮を覚えている。一度放出していなかったら、その声を聞くだけで射精してしまいそうなほどだ。
ペニスは、痛いくらいに勃起し、亜美の脚に押しつけられている。
そのシャフトに、亜美は、そっと右手の指を絡めた。
「あ……」
腰が砕けそうなその刺激に、浩之助がため息混じりの声をあげる。
すでにカウパー氏腺液でとろとろに濡れている浩之助の怒張に、ぬるぬると指を滑らせながら、亜美は、恥ずかしそうに脚を開いた。
「そ、その……挿れて、いいのか?」
浩之助が、上ずった声で言う。亜美は、顔をそらして、まるで童女のようにこっくりと肯いた。
ゆるく開かれた脚の間に、浩之助が、半身を起こして腰を割りこませる。ぐっ、と亜美の脚がさらに開かれた。
その脚の間の、熱く蜜で濡れた肉の花園に、亜美は浩之助のペニスの先端を導いていく。
さすがに不安なのだろう、その手は、小刻みに震えているようだ。
粘膜同士が触れあったとき、ちゅく、と小さく音がする。
「い、いくぞ……」
浩之助が、腕立てのような姿勢で亜美の両脇に手をつきながら、言う。
亜美が、再びこっくりと肯く。
浩之助は、亜美の小さな手に導かれるまま、ぐっ、と腰を進ませた。
浩之助の、若い力をみなぎらせたペニスが、亜美の膣内を割り開くようにして進み、純潔の証しを貫いていく。
「ンぐッ!」
亜美が、破瓜の痛みに漏れでた悲鳴を噛み殺した。
「だ、だいじょぶか? 久留山」
浩之助が、心配そうに訊く。
「あ、あかん、浩之助……ウチの名前呼んだらあかん……」
亜美は、痛みに喘ぎながらも、そんなことを言った。
「そ、それより、遠慮せんで動いて……ウチで、きもちようなって……」
暗い部屋の中、亜美が、健気にも微笑んでいるのが、浩之助にも分かる。
浩之助は、肯いて、本能が命じるままに、ゆっくりと腰を動かした。
「は……あぐ……ン……くッ……」
亜美が、辛そうに声を漏らす。
浩之助は、そんな亜美に覆い被さるようにして、その小柄な体を抱き締めた。
そして、亜美の可愛らしい耳たぶに唇を寄せる。
「その……あ、ありがとうな、久留山……」
亜美の膣内粘膜がもたらす快感に声を途切れさせながら、浩之助が言った。
「あ、あかん、浩之助……ウチ……名前なんか、呼ばれたら……」
「もういいんだよ、久留山……オレ、久留山の声、聞きたい……」
「あッ……! 浩之助、浩之助ぇ……ッ!」
ぎゅうっ、と亜美が渾身の力で、浩之助の体を抱き締める。
「うれしい……うれしいよぉ……」
「久留山……オレ、すごくきもちイイよ……ゴメンな、オレだけ気持ちよくなって……」
「え、ええの……もっと、もっときもちようなって……」
「久留山……ッ!」
浩之助は、耐えきれなくなったように、激しく腰を動かし始めた。
きつい膣道の摩擦が、浩之助のシャフトに痛いような快美感をもたらす。
「は……ぐッ……きょ、きょーれつやな、コレ……あぐぅッ……!」
そう言いながらも、久留山は、浩之助の体にしがみつき、離そうとしない。
「く、くるやまっ……すげえよ……オレ……すぐイっちゃいそう……」
その言葉通り、余裕のないペースで、浩之助は腰を使い続けた。血と粘液をからませたシャフトが幼いスリットを出入りする様子が、ひどく生々しい。
「こ、こうのすけェ……っ!」
亜美が、浩之助の背中に爪を立てた。
その痛みすら、浩之助の脳内では、腰から湧き起こる圧倒的な快美感に押し流され、ごっちゃになっている。
「あ……くるやま、オレ、オレ、出る……っ!」
「ええよ、な、なかで、出して……」
そう言って、まるで逃すまいとするように、亜美はその細い脚を浩之助の腰に絡めた。
「う、あ、あ、あああッ!」
びくッ! と浩之助の体が痙攣する。
腕と、脚と、そしてきつい膣肉の締め付けに捕われながら、浩之助は、亜美の体内に大量の精を放っていた。
「ンあああああああああああああああああッ!」
勢いのある射精によって、熱いスペルマが膣内で弾ける感触に、亜美が高い声をあげる。
びくっ、びくっ、びくっ……と浩之助のペニスが、亜美の括約筋に絞られるようになりながら、何度も律動し、射精し続ける。
「す……すご……おなかン中、いっぱいや……」
亜美が、茫然としたように、そんなことをつぶやいた。
「はぁ……っ……」
がっくりと、浩之助の体から力が抜ける。
二つの汗ばんだ体が、ぴったりと重なった。
互いの体温が、ひどく心地よく感じられる。
そして、まだ暗い部屋の中、亜美と浩之助は、顔を見合わせ、まるで子供に帰ったような無心な顔で、くすっ、と笑い合った。
雨が上がっていた。
雲の合間に、もう夕方だというのに勢いを衰えさせていない太陽が輝いている。
「じゃな、浩之助。また明日」
「ああ」
玄関まで見送りに来た亜美に、浩之助が答えた。服は、すでに乾いている。
「どうした、ヘンな顔して」
どこか整理のつかないような顔をしている亜美に、浩之助が言う。
「えっと……コレ、言ったほうがええのかどうか、分からへんねんけど……」
「?」
「あのな、久遠寺ちゃんなぁ……そのぅ……女のコが、好きらしいんよ」
「は?」
「いや、単なるウワサなんやけど……昔何かあって、男のコが怖いらしいん。それで、何人もフられとるやねんて」
「へえ……って、それ、オレを慰めてるのか?」
「慰めにならんかった?」
亜美がそう言うと、浩之助は、くすくすと笑い出した。
「な、何わろうてるん」
「いや、な、なんつーか……諦めがついた感じ? とにかく、ありがとな、久留山」
「あ……そら、どういたしまして」
浩之助の屈託のない笑顔につられたように、亜美も微笑みを浮かべる。
そして浩之助は、家路についた。
まだちょっと疼く左足で、小さな水溜りを踏んで歩く。
無論、全てを吹っ切ることができたわけではない。
それでも浩之助は、自分の恋が完全に終わったことを、ぼんやりと自覚していた。
そして、昨日までは知らなかった、新しい気持ち……。
このあとどうなるかは分からない。が、今まで通り、勢いだけで乗りきれば、きちんと形になるような、そんな気がする。
浩之助は、傾いた強い日差しに夏を予感しながら、濡れた道を歩いていった。