プロローグ
葬式がそうであるように、結婚式も、残された人の気持ちを整理させるためにあるんだと、僕は思う。
今、姉さんの結婚披露宴が、終わりを迎えようとしていた。
スポットライトを浴びながら、淡いブルーのドレスをまとった姉さんが、父さんと母さんへの手紙を読んでいる。
あざといくらい、涙を誘う演出。
でも、ここで泣いちゃった方が、気持ちはスッキリするんだろう。
だから、父さんも、こんなに大勢の人の前で、涙ぐんでいる。
父さんには、僕の分も泣いてほしいと思う。それが許される立場なんだから。
僕は、泣かない。
弟である僕が、姉さんの結婚式で泣くなんて、どうかしている。
だから、僕は、姉さんや、父さんや母さん、そして、姉さんの隣にいる人を、ただ見つめていた。
あんなに優しく、そのくせ頼もしく微笑むことのできる、姉さんの、旦那さん。
お酒に弱いあの人は、この式の間に飲まされた大量のアルコールに真っ赤になりながら、それでもまだ緊張した顔で、姉さんの隣にいる。
あの人が、姉さんに相応しくないような人だったら、よかったのに……。
視界がじんわりとにじんでいるのが、とても奇妙だ。
とりあえず、僕は目を閉じることにしてみた。
そして、目蓋の裏に、昨夜の姉さんの姿を蘇らせようとする。
泣くような可愛い声をあげながら、僕の腕の中でうねった、白い、ほんとうに白い、姉さんの、からだ。
あのとき僕は、初めて、姉さんの体の中に、熱い思いの丈をぶちまけた。
自らの体液を、血を分けた姉に注ぎ込む、背徳と倒錯のカイラク。
このまま、死んでしまうんじゃないかと思うくらいに、頭の中が真っ白になった。
姉の結婚式の日に、こんなことを考えるような弟が、果たしているだろうか。
声に出さずに、笑う。
もう大丈夫だ。
僕は、あの姉さんの隣にいる人を、憐れみの目で見ることができる。
できる――はずだ。
そう思って、目を開いた。
視界は、さっき以上にボケボケだった。
姉さんも、旦那さんも、父さんも、母さんも、どんな顔してるのかさっぱりわからない。
僕は、メガネを外し――
そして、不可解にも頬を濡らしている熱い何かを、闇にまぎれて、慌ててぬぐったのだった。
それが、この春のことである。