School after School


lesson 1



第1章



 しとしとと雨が街を濡らす、金曜日の薄暗い放課後。
 アジサイにカタツムリが這う姿を見たわけじゃないけど、もう、世間は梅雨である。
 今年の梅雨は、ちょっと寒い。
 滑りやすくなってる廊下を、僕は、転ばないように注意しながら小走りに進んでいた。
 手には、とうに返却期限のすぎた図書室の本を持っている。
 ありがたくも、今日までに返却されなかった場合は反省文を書かせると、司書の先生に宣告されたものだ。
 昨日まで散らかった部屋の中を探し続け、そして、ついさっき帰りしなに、ロッカーの中にあったのを発見したのである。
 すでに、図書室は閉まっている時間だ。
 物好きな図書委員が、図書室のカギを預かって残っているかもしれないが、可能性は低い。
 が、その可能性に賭けるべく、僕は、管理棟の最上階にある図書室へと急いでいた。
 今日中に、図書室内の返却コーナーに置いておけば、つまらない文章を書かされることはない。
 図書室に着いた僕は、祈るような気持ちで、ドアに手をかけた。
 けど、神さまは無情だ。ドアは、開かない。
「あーあ」
 僕は、小さく溜息をついた。
 と、ここで思い出した。図書室にはもう一つ出入り口がある。
 司書室に続くドアだ。もし、司書室に入ることができれば、図書室にも入れる。
 すでに、司書の先生が帰宅してしまっているのは知っている。そうでなければ、わざわざ図書室に返そうとはしない。そして司書室のカギは、先生が閉めてしまったはずだ。
 だけど、司書室のカギは、きちんと閉まらないのだ。
 中のスプリングがどうにかなってしまったのか、何度かがちゃがちゃさせると、カギを開けることができるのである。そのことを、僕は思い出したわけだ。
 僕は、司書室のドアに手をかけた。
 がく、と奇妙な感触がある。カギはかかってるけど、やっぱり、かかりきってない感じ。
「よし……」
 あまり大きな音をたてないように、がっちゃ、がっちゃと、ドアノブをひねる。
 かしっ、と小さな手応えがあった。スプリングの力で、甘かったカギが外れた音だ。
「やった♪」
 僕は、思わず小さな声でそう言って、ドアを開いた。
「!」
「!」
 びっくりした。
 びっくりしたびっくりしたびっくりした。
 だって、誰もいないはずの司書室に、女のコがしゃがみこんでいたから。
 ウチの学校の制服であるセーラー服に身を包んでる。スカーフが黄色ってことは一年生。僕より1コ後輩だ。
 女のコは、驚いたリスみたいな顔で、僕の方を見つめている。
 黒目がちの目に、通った鼻筋と、小さな口。黒い柔らかそうな猫っ毛を、二つにまとめている。
 ちょっと地味な感じだけど、充分すぎるほど可愛い顔だ。
 なんて、スケベにもそのコの顔をまじまじと鑑賞してしまったのは、彼女が、とても奇妙な表情を浮かべていたからである。
 驚いているのとは別に、目元がぽおっとピンク色に染まり、くちびるは半開き。瞳が、なんだか潤んでいるように見える。
 その顔はまだ幼げなのに、何だか、妙に色っぽい。
 そんな邪念を、僕はあわてて追い払い、表情に出さないようにする。
「えと――」
 とにかく、何か声をかけようと思ったとき、そのコは、しっ――と人差し指を唇に当てた。
 そして、ちょっと考えてから、こいこい、と右手で手招きする。
「……?」
 まるで飼い猫でも呼んでるようなその手つきに、僕はつい近付いてしまう。
 そのコは、上気した顔に奇妙な微笑みを浮かべ、しゃがみこんでる自分の目の前のドアを、無言で指差した。
 スライド式のドアは、遠目には気付かれないくらい、細く開かれている。
 僕は、例の本を司書の先生の机の上においてから、そのコの肩越しに、ドアの隙間をのぞいた。中は、図書室に通じている。
「――っ」
 僕は、息を飲んだ。
 僕を絶句させたのは、そこで繰り広げられていることの、あまりの淫らさだった。
 全てを、すぐに把握できたわけではない。けど、一瞬の印象だけで、僕を黙らせるには充分だったわけだ。
「うふっ……」
 僕の反応を見て、すぐ近くにいる1年生のコが、小さく笑う。でも、そんなこと、ぜんぜん気にならなかった。
 図書室に、ウチの制服を着た男女が、いる。
 そして、女子生徒の方は、その制服の下を脱いでいた。
 スカーフが青だから3年生。ポニーテールにまとめた栗色の髪をリボンで結んだ、丸顔の可愛らしい感じの人だ。
 その人が、制服のスカートだけを脱いで、白い脚を剥き出しにしている。
 さらに、その人は、上半身を赤い縄で縛られていた。
 胸の膨らみの上下を、水平に縄がけされている。そのせいで、服の上からでも胸が強調されていて、淫らなのを通り越して無残なくらいだ。
 縄は、さらにその人の腕を後手に縛っているらしい。
 そして、男子生徒の方は、縛った相手を抱き締め、キスを、していた。
 キスって言うより、舌と唇で、相手の口を陵辱しているような、そんな口付け。
 多分、男子の方も、3年生だろう。なかなかにハンサムな顔をしていて、長髪を後で尻尾みたいに結んでいる。
「3年の、西永さんと、林堂さんですよ」
 女のコが、僕に、そうささやいた。
「二人とも有名人ですよう。知ってます?」
 僕は、あいまいに肯いた。
 西永さん、という名前なら、聞いたことがある。確か、学園カップル認定委員会とかいう非公認の集団の、委員長をやっているはずだ。
 でも、男子生徒の方――林堂さんのことは、全然知らない。
 目立つタイプの人だし、いわゆる美形だし、女子とかには人気高そうだけど……。
「前々から、学校でしてる、ってウワサだったんだけど――とうとう、現場を見ちゃったです♪」
 女のコは、なんだか嬉しそうな声で、そんなふうなことを言う。
 僕はと言えば、のどがからからで、何か言えるような状態じゃなかった。
 林堂さんが、服の上から、西永さんの体を、慣れた手つきでまさぐっている。
 キスで唇をふさがれたまま、西永さんは、切なそうに身をよじらせていた。
 縄で縛られていると言うのに、西永さんのそぶりは、ぜんぜん嫌がっているように見えない。むしろ、抵抗できない状態で体に触れられていることに、余計に興奮しているようだ。
「すっごい、ですよね」
 女のコが、どこか上ずったような声で、言う。
 一歳しか違わない僕が言うのもヘンだけど、その声は、まだ子どもっぽい。だって言うのに、彼女は、このシチュエーションを明らかに楽しんでいた。
 好奇心と、それ以外の何かに満ちた瞳で、熱っぽく先輩二人のすることを見つめているのだろう。
 とはいえ、目をそらすことができないのは僕も同じだ。彼女の様子がそうであるということは、気配で伝わってくるにすぎない。
 林堂さんが、西永さんから体を離した。
 そして、西永さんを後向きにして、机の上に、その上体を倒す。
 西永さんは、机の上に上半身を預けながら、ちら、と背後の林堂さんの方を、向いた。
 ポニーテールの似合う童顔には不釣合いな、ぞくぞくするような流し目。
 んく、と女のコが唾を飲みこむ音が、聞こえた。
 林堂さんは、西永さんの白いパンティに手をかけ、焦らすようにゆっくりとずり下げた。
 丸い、西永さんのお尻が、むき出しになる。
 距離も遠いし、角度も横からなので、西永さんのその部分が見えるわけではない。けど、上半身を縛られた女性が、お尻まであらわにされた、というそのことだけで、頭に血が昇ってしまうくらいに興奮してしまう。
 と、林堂さんが、憎らしくなるくらい落ち着いた態度で、制服のスラックスの前をくつろげた。
「きゃ――♪」
 女のコが、僕のすぐそばで、なんだか嬉しそうな悲鳴をあげる。
 ちら、と見ると、両手で口元を覆ってるけど、やっぱり、ぜんぜん目をそらそうとはしていない。
 目を戻すと、林堂さんは、反りかえった自分のその部分に手を添え、角度を調節していた。
 線の細いその顔には似合わない赤黒い器官は、なんだか、ひどく凶暴に見える。
 臨戦状態の人様のものをおがむなんてのは、初めてだ。心拍数は勝手に跳ね上がり、手の平には、じっとりと汗がにじんでしまう。
 林堂さんが、腰を前に動かし、先端を、西永さんのその部分に触れさせた。
 その様子は、きちんと見えるわけではない。それどころか、林堂さんのワイシャツのすそで見え隠れしているくらいだ。
 けど、ちらちらと見えるだけのその場面に、僕も、女のコも、尋常でないほど興奮してしまっている。
 林堂さんが、腰を、ゆるくゆすった。
 アレに添えた右手も、動かしているらしい。
 林堂さんが、ペニスの先で、西永さんのそこをかき回しているのだ。
 どこに入れていいか分からない、ってわけじゃないだろう。その証拠に、林堂さんの口元には、淡い笑みが浮かんでいる。
 その目が、どんな表情を浮かべているのかは、髪に隠れて、横からだとよく分からない。
 西永さんが、林堂さんを、恨みっぽい目でにらむ。
 その西永さんの目つきは、傍で見ているこっちがどうにかなってしまいそうなほど、色っぽい。
 西永さんのくちびるが、動いた。
 西永さんが、こちらに聞こえないような声で、おねだりをしているのだ。
 無論、何をねだっているのかは、僕たちにも、分かりすぎるほど分かる。
 けど、林堂さんは、その口元に、腹が立つような笑みを浮かべたままだ。
 焦れたように、西永さんが腰を後に突き出す。
 と、その腰を、ペニスから手を離した林堂さんが、両手でしっかりと固定した。
「さ、さとみちゃん――っ」
 西永さんが、こっちが驚くくらいの声をあげる。そっか、林堂さんて、下の名前はサトミっていうんだ。
「お、おねがい、もう……」
 続けて言おうとする西永さんの言葉をさえぎろうとするかのように、林堂さんは、一気に腰を進ませた。
「ンあ――!」
 きゅうっ、と西永さんの緊縛された上半身が反りかえる。
 と、林堂さんは、上半身を前に倒し、左手で西永さんの口元をふさいだ。
「ンううううううっ」
 西永さんの嬌声が、くぐもった悲鳴のようになる。
 そして、林堂さんは、右腕で西永さんの体を抱えるようにして、本格的に腰を使い出した。
「あ、は――っ」
 吐息が、びっくりするほど近くで聞こえた。
 女のコが、声を、あげてしまったのだ。
「す、すごいよぅ……」
 泣きそうな声で言いながら、ぎゅっ、と胸元でこぶしを握っている。
 確かに、すごい。
 林堂さんは、どこか慣れた腰付きで、背後から西永さんを犯している。
 無論、合意の上でのことなんだろうけど、その動きは、“犯している”としか表現しようがなかった。
 だって、身動きできないようにした相手を、着衣のまま、学校の図書室で抱いているのだ。
 例えば、“エッチする”なんていう気の抜けた言葉とは程遠い、淫らで、ほの暗い、背徳的な行為。
 それを目の当たりにして、僕は、脳みそに直接お湯を注がれたような興奮を覚えていた。
 僕とて、けして清い身ではないけど――何ていうか、二人のセックスは、僕のそういうコトに関する受け皿を簡単に溢れさせてしまっている。
 前かがみになった僕のスラックスの中では、アレが、痛いくらいに固くなってしまっていた。
 気配だけで、隣にいるこのコにばれてしまうんではないかと思われるような、そんな状態である。
 もちろん、女のコは、僕のその当然といえば当然すぎる生理現象に気付く様子もない。
 完全に、こののぞき行為に没頭しているのだ。
 はぁ、はぁ、と小さく喘ぎながら、またたきすることすらも惜しむように、二人の先輩のすることに見入っているのが、分かる。
 林堂さんは、後から西永さんを抱きすくめながら、腰を動かし続けていた。
 林堂さんの腕の中で、西永さんが、縛られた体を切なげによじっている。
 そのたびに、白い夏服の上で赤い縄がよじれ、食いこんで、西永さんの体のラインを淫らに強調した。
 ぎちぎちと縄のきしむ音さえ聞こえてきそうである。
 激怒にも似た興奮が、僕の脳を沸騰させ、股間を灼熱させた。
 もし、隣にこのコがいなかったら、僕は、たまらず自慰行為を始めてしまったかもしれない。
 実際、ここまで熱くたぎってしまったペニスに触れないでいるということは、拷問に近かった。
 必死に歯を食いしばっていないと、あらぬことをわめいてしまいそうである。
 林堂さんが、西永さんの耳元に、その口を寄せ、何か言った。
 それは、愛のささやきなのか、辱めの言葉なのか――
 西永さんが、切なそうに眉を八の字に寄せ、その体をふるわせた。
 林堂さんの腰の動きは、休まない。
 時に緩く、時に激しく、後から西永さんの白いお尻を責めたてている。
 ぐちゅぐちゅといういやらしい水音が聞こえてきそうな感じ。
 と、林堂さんが、少し、体を硬直させた。
 西永さんが、口元を覆っている林堂さんの左手の指を、はぐっ、と噛んだのだ。
 多分、声をあげまいとして、無意識にしたことだろう。こっちで見ていても心配になるくらい強く、林堂さんの指に歯を立てている。
 林堂さんは、苦笑いのような笑みを、口元に浮かべた。
 そして、左手を動かし、人差し指と中指を、西永さんの小さな口に出入りさせる。
「ひぁ――」
 それが、予想外の行為だったのか、僕の隣の女の子は、ひどくびっくりしたような声をあげた。
 林堂さんが、左手の指で、西永さんの口を陵辱する。
 服に隠れて見えない下半身の結合部の様子を連想させるためだろうか。ただ、指をなめさせているだけなのに、それは、すごく淫らな行為に見えた。
 西永さんは、どこかうっとりとした表情で、林堂さんの指をなめしゃぶっている。
 ピンク色の唇で、今まさに自分を犯している相手の指を、ちゅうちゅうと吸い上げているその様は、すさまじく扇情的だ。
 ヘンな表現になるけど、フェラチオをしているAV女優だって、こんないやらしい顔はしないと思う。
 西永さんは、目を閉じて、嬉しそうに、美味しそうに、林堂さんの指をしゃぶっている。
 その口元から唾液が糸をひき、机の上に滴っているのにも、気がつかない様子だ。
 林堂さんは、指で西永さんの口を犯しながらも、腰を動かし続けている。
 そして、右腕で西永さんの体を抱きとめながら、上下から縄にはさまれ突き出た乳房を右手でまさぐっていた。
 赤い縄がかけられた白いセーラー服は、もう、しわくちゃになっている。
 と、林堂さんが、西永さんの口元から、左手を抜いた。
 指先と、西永さんの唇の間を、一瞬、唾液の糸がつなぐ。
 西永さんは、自分の唾液に濡れてぬるぬるになった林堂さんの指を、なんだか不思議そうな顔で見つめていた。
 林堂さんが、その左手を、前の方から西永さんの股間にもぐりこませた。
「ひゃ――!」
 びくん! と体を激しくのけぞらせ、西永さんが短く悲鳴をあげる。
 そして、自分の悲鳴に驚いたように、ぎゅっと口をつぐんだ。
 林堂さんは、構わず、左手で西永さんのあの部分をまさぐっている。
 おそらく、一番ビンカンな部分を、指先でいじっているんだろう。声をだすのをこらえる西永さんの表情は、今までで一番つらそうだ。
 西永さんは、まるで何かから逃れようとするかのように、赤い縄で戒められた体をよじらせた。
 一方、林堂さんは、右腕でその体を抱き締め、逃すまいとする。
 見ると、林堂さんの口元から、笑みが消えていた。
 髪に隠れて目元が見えないので、よくわからないけど、小さく喘いでいるように見える。
 今までずっと余裕のある顔つきをしていたあの人がこんなふうになってるんだから、かなり、キモチイイ状態になってるんだろう。
 クリトリスを刺激され、西永さんのあの中が、どんな動きをしているのか――
 林堂さんは、それがもたらす快感に対抗するかのように、ものすごく激しく腰を動かした。
「っっっっッッッッッ!」
 たまらず声をあげそうになる西永さんの口に、今度は右手の指を差し込む。
 ぎっ、と西永さんが、林堂さんの右手の指を噛んだ。
 きりきりと歯を立てられるその痛みも、林堂さんは気にならない様子である。
 ただ、見ているほうが圧倒されるくらい激しい動きを、西永さんの中に送り込んでいる。
「はゎ、あ、あうぅぅぅ……」
 僕の隣で女のコが、どうしていいかわからない、といった感じの声をあげつづけている。
 こっちだって、声をあげて、そして、自分でも呆れるほど固く勃起したアレを思いきりしごきたてたい気分だ。
 林堂さんが、西永さんの背中に額を押し付けるような姿勢になる。
 絶頂が、近いのだろう。
 その表情は、よく分からないけど、必死になって射精をこらえていることだけは分かった。
 その時、びくうッ! と西永さんの体が反りかえり、震えた。
 どうやら、一足先に絶頂に追い込まれたらしい。
 びくん! びくん! びくん! と西永さんの体が痙攣する。
「――くッ」
 林堂さんが、ずるうっ、とアレを西永さんの中から引き抜く。
「ひぁ――」
 粘液にまみれ、挿入したときよりも膨張したように見えるそれがショックだったのか、女のコが息を飲む。
 そして、その先端から、すごい勢いで、白いものがほとばしった。
 女のコが、絶句する。
 何度も何度もペニスから放たれる白濁液が、むきだしの西永さんのお尻に浴びせられた。
 ぴしゃっ、ぴしゃっ、という音が、聞こえてきそうなほど、激しい勢い。
 西永さんの小ぶりなお尻は無残に汚され、どろどろになってしまった。
 その液体が、糸をひいて滴り、膝のあたりにずりさげられた西永さんのパンティに落ちる。
 西永さんは、体を机の上につっぷしたまま、はぁはぁと肩で息をしている。自分の下着がかなり悲惨な状態になってることには、ぜんぜん気付いていない様子だ。
 林堂さんは、ようやく射精を終えたソレを、西永さんのお尻になすりつけるようにしてから、ようやく、腰を引いた。
「……」
 そして、無言で呼吸を整え、ポケットティッシュでその先端をぬぐい、スラックスの中にしまう。
 それから、林堂さんは、傍らの机の上においていたバッグから、ウェットティッシュの容器を取り出した。西永さんを、きれいにしてあげるつもりなんだろうか。何て言うか、すごく用意がいい。
 と、その動きが止まる。
「――」
 林堂さんは、その目に鋭い光を浮かべ――こっちを見た。
「誰か、いるのか?」
 僕と女のコは、まるで弾かれたように、ドアから離れた。
「に、逃げましょ」
「うん――」
 僕が返事をする前に、女のコは、司書室のドアを開けていた。
「ま、待ってよ」
 僕は、情けなくも前かがみの姿勢で、女のコに続き、慌てて司書室を出た。
 女のコは、廊下を走り出す。
 僕は、なんとなく共犯意識みたいなものを抱きながら、そんな彼女を追いかけるのだった。



「あー、びっくりしたあ」
 校門まできて、女のコは、ようやく走るのをやめた。
 僕も、その隣で、はあはあと呼吸を整える。
 雨はいつのまにかやんでいた。
 林堂さんが追いかけてくる様子はない。さすがに、西永さんを置いて追っかけてきたりはしなかったようだ。
 ドアの隙間は細かったから、顔を見られたようなことはないだろう。とりあえずは一安心だ。
 うまくすれば、気のせいだと思ってくれるかもしれない。お互い、その方がいいような気もする。
「くっ――」
 と、女のコが、ヘンな声をあげた。
 見ると、その細い肩が震えている。
「――うふっ、くくくっ、んふふふっ」
 笑ってる。
 そのコは、両手で口元を覆って、可笑しそうに笑ってた。
「ちょ、ちょっと――」
「ふふっ、ぷふっ、はは、あはははははは」
 涙までこぼしそうな勢いで、そのコが、体を折って笑う。
 もう時間が遅いんで、下校する生徒とかはいないけど、もし人が見たら何事かと思うだろう。
 緊張の糸が切れたそうだろうか。とにかくもう、彼女は、笑い続けている。
「あ、あのさあ」
「あははははは……ご、ごめ……なさい……あはははっ、ヤダ、と、とまんないよう……」
 ひはー、ひはー、と苦しそうに呼吸を整えてから、彼女は、電柱によっかかった。
 そして、なぜかこっちから目をそらす。
「?」
「センパイ、前」
 校章の色で、僕が上級生だってことを確認したのだろう。彼女は、困ったような笑顔を浮かべたまま、短く言った。
「あ――!」
 僕は、あわてて持っていたカバンで前を隠した。
 僕のスラックスのその部分は、自分でも呆れたことに、未だ興奮にふくらみっぱなしだったのだ。
 恥ずかしさに、かーっと顔が熱くなる。
 しかし、よくまあ、この状態で走れたものだ。
 などと、つまらないコトを考えている僕の顔を、ひょこっ、と彼女はのぞきこんだ。
 手を後に組んで、こころもち前かがみの上目づかい。わざとなのか天然なのか、そんなポーズが自然にキマってる。
 彼女も走っていたせいだろう。爽やかなコロンに、かすかな汗がブレンドされた匂いが、僕の鼻孔をくすぐった。
(やば――)
 おさまりかけてた股間のものが、またしても自己主張をしだす。
 男の体のメカニズムというのは、ほんとうにどうしようもない。
 いや、このコが、可愛い顔してるからってのもあるんだけど……。
「あたし、鳴川ひびきっていいます。センパイは?」
 と、彼女が、そう訊いてきた。
「あ……僕は、黒須数久」
「じゃあ、黒須センパイですね♪」
 彼女――鳴川が、にこりと微笑む。
 そして、その微笑のまま、鳴川はすごいことを訊いてきた。
「センパイ、そーなってるってことは……したくなってるってことですよね?」
「なっ――」
 僕は、思わず硬直してしまった。
 なんてことを訊いてくるんだ、このコは。しかも、白昼の路上で。
 頭に、血が昇ってくるのが分かる。
 そして、血液で加熱された脳みそが、さっきまで感じていた興奮を再生させた。
「あたしも、その……したくなっちゃった……みたいなんですよぅ」
 鳴川の黒い瞳が、うるんでいる。
 目元も赤いし、くちびるも、なんだかぬれてる感じだ。
 その顔が、至近距離から、僕を見つめている。
「ねぇ――どうしましょうか?」
 鳴川が、そんなコトを訊いてくる。
 と、僕は、気付いてしまった。
 あの時、僕が、必死になってこらえていたのと同じコトを、このコも、こらえていたんじゃないかと――
 鳴川のまだ子どもらしさの残る顔は、明らかに欲情している。
 それが、牡を求める牝の顔だということを、僕の卑しい本能が察知した。
 股間は、いっこうにおさまらない。いや、むしろ、ますます熱くたぎっていく。
 まとわりつくような梅雨の湿気さえ、今は、なまめかしいムードを演出しているように感じられた。
 そして――



 僕ら二人は、名前以外、互いがどんな人間なのかも知らぬまま、高まった性欲にせきたてられるように繁華街のホテルに入ってしまったのだった。


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