第7章
雨の中、自転車を走らせる。
そう言えば、先週もこんな雨の中、自転車を走らせていたっけ。
あの時は、姉さんから逃げるために。
そして今は、鳴川を助けるために、僕は自転車を走らせている。
行き先は、港だ。正確には、港に面した古い倉庫街の、奥の方。
ちょっと前に、鳴川に電話したとき、彼女は車の中だった。
運転しているヤツに気付かれないようにだろう。小さく抑えた声で、鳴川は、僕の質問に答えた。
ケガの有無。車の色とタイプ。男の服装。そして、今走っている道の目印。
これらは、林堂さんが、いちいち紙にメモして僕に示してくれたものだ。
鳴川に、ケガは無かった。どうやら、刃物か何かで脅されて、車に乗せられたらしい。
車は、灰色の4ドアのセダン。たぶん、BMW。
男の服装は、白いジャケットに派手なシャツ。金色のネックレスと腕時計。
そして道は、海に向かう道だった。
信号に示された交差点の名前を鳴川が言い、僕がオウム返しにする。
それを聞いて、林堂さんは、場所を割り出した。どうもこの人の頭の中には、街の地図がそっくりそのまま入っているらしい。
――向かっているのは、東の埠頭……おそらく旧倉庫街だな。まだ日のあるうちに隠れて何かするには、おあつらえの場所だ。
そう、林堂さんが言ったとき、途切れがちだった鳴川の電話が、ぷつりと切れた。
電波状態の良くない場所に入ったらしい。
携帯電話をにらみつける僕に、林堂さんが、自転車のカギを手渡した。
――漫研の、買い出し用自転車のカギだ。裏の自転車置き場にある、黄色いヤツだよ。
僕は、携帯電話を仕舞い、カギを受け取った。
――俺は、警察にいる知り合いに話をしておく。君は……。
林堂さんは、珍しく口ごもってから、続けた。
――君は、何か武器になるものを、持っているか?
傍らにいる西永さんが、はっと身を固くする。
僕は、その林堂さんの問いに、無言で肯き、外に出た。
そして、雨の中、自転車を走らせたのだった。
旧倉庫街に着いた。
雨は、まだ止んでいない。
人影も、車通りも、全く無かった。
シャツとスラックスが、たっぷりと水を吸い、素肌にまとわりついてくる。
僕は、奥へ奥へと、ゆっくり自転車を進ませた。
もともと、ここは街の端っこであり、あまり広い区域ではない。注意深く進めば、何かしら手がかりがつかめるはずだ。
何度も何度も、メガネの水滴をぬぐい、かけ直しては、辺りを見回す。自分の近眼すら、今は恨めしい。
今、鳴川がどんな目に遭っているのかと思うと、ムチャクチャに走り出したくなる。
そんな思いを自制し、必死になって周囲を観察した。
これまで生きてきた中で、こんなに真剣に“見る”ということに集中したことは無い。
そして僕は、行き止まりになっている道の先、舗装されてない広場に、二筋の轍を見つけたのだった。
間違い無い。ごく最近付けられた、車の車輪の跡だ。
僕は、自転車でそこまで近付いた。
まるで、巨大な怪物の、骨を剥き出しにした死体のような、打ち捨てられた倉庫の群れ。その間にある広場に、錆びの浮いたコンテナや、腐った木箱なんかが放置されている。
そんな中、物陰に隠れるように、車が2台、止まっていた。
メタリックグレーのBMWと、黒いベンツ。
僕は、自転車をそこに置き、息を殺しながら、車に近付いた。
2台ともスモークガラスのため、中は見えない。しかし、誰かが乗車しているという雰囲気ではなかった。
意を決し、フロントガラスから、内部を覗きこむ。
どちらにも、誰も乗っていない。
僕は、周囲を見回した。
「――!」
倉庫と倉庫の隙間の、細い路地。大人が並んで歩くのが精一杯、というくらいの道である。その奥に、人影があった。
路地の奥にある倉庫の、張り出したひさしの下で、所在なげに突っ立っている、白いジャケットの男。
まるで、倉庫の入り口で、見張りでもしているような様子だ。
「……」
僕は、一つ深呼吸をしてから、路地に入った。
日陰になっているし、障害物が多いので、ある程度までは、気付かれずに近付けるはずだ。
シャツやスラックスが、路地を流れる雨水で汚れるが、そんなことには無論かまわない。
と、話し声が聞こえた。
男は、一人ではなかったのだ。ここからでは見えないが、もう一人、あそこにいるらしい。
「……やり方が乱暴過ぎる、と言ってるんだ」
その声は、太い、男の声だった。どうやら、白いジャケットの男を難詰しているらしい。
「結果オーライじゃないスか。あんまうざったいこと言わんでくださいよ」
白ジャケットの男が、うるさそうに答える。
「それは、たまたまだろう。もっとやり方はあったはずだ。誘拐犯にでもなったつもりか?」
それに反駁する声は、静かだが、ドスが利いていた。いかにも構成員然とした白いジャケットの男よりも、何倍も迫力がある。
「お、同じようなコトじゃないスか。ガキ一人連れてくるだけのコトで、あんま回りくどいことできませんて」
「この件は、人目につくのが一番困るんだ。そう言ったはずだろ」
「いつもそうやって、口で言うばっかりだ!」
白いジャケットの男が、突然逆ギレした。
「今回は、全部オレがやったんだ! オレの手柄スよ! 乾さんは何もしてないじゃないスか!」
聞き覚えのある名前を耳にして、僕は、思わず身じろぎしてしまった。
「――ッ!」
白いジャケットの男の声が、突然途切れた。口を、もう一人の男に分厚い手で覆われたのだ。
「誰だ、そこにいるの」
そして、僕の視界の中に入ってきたもう一人の男――乾さんが、僕のいる方向に向かって言う。
そう。それは、乾さんだった。
たった一度会っただけだけど、忘れようがない。
前に会った時と同じ、黒ずくめの格好。ごつい顔に、丸いレンズのサングラスをかけている。薄いくちびるとスキンヘッドが、どことなく爬虫類っぽい。
僕は、覚悟を決めて、隠れていた木箱の影から姿を現した。
「半端な仕事しやがって……」
乾さんは、白いジャケットの男に視線を移してから、ぽつりとつぶやいた。
そして、男の口元を覆っていた右手に、ぐっ、と力を込める。
「〜ッッッッッ!」
くぐもった悲鳴に、耳を覆いたくなるような湿った破砕音が重なる。
乾さんが手を離すと、男は、白目をむいて昏倒した。真っ赤になった口から、折れた歯がぽろぽろとこぼれ落ちる。
「その顔、見覚えがあるな」
再び僕に視線を向け、乾さんが言った。
「2年前の、あの時の坊やだろ?」
「――鳴川は、その倉庫の中ですか?」
乾さんの問いには答えず、逆に僕は訊いた。
「お前さんには関係ない」
「あります」
即座に、僕は言う。
乾さんが、沈黙した。
その表情は、サングラスのせいもあって、よく分からない。ただ、どうやら、僕に言うべき言葉を探している様子だった。
「……言っておくが、別に、中でお前さんが想像するような酷いことをしてるわけじゃない」
乾さんが、言った。嘘をついている口調じゃない。
「この半端者がつまらん真似をしたせいで、誤解してるかもしれないがな」
そう言いながら、乾さんが、倒れたままの男の右手を、無造作に踏みにじる。骨の折れる音が響き、気絶したままの男の体が、びくっ、びくっ、と震えた。
目の前で展開されるあまりに暴力的な光景に、腰から下の力が抜けそうになる。
はっきり言って、逃げ出したい。
が、それこそが、乾さんの狙いなのだろう。だとしたら、その手に乗るわけにはいかなかった。
僕は、すがるような気持ちで、ポケットに手を突っ込んだ。
そして、あの夜以来、肌身離さず持っていたナイフの刃を展開させ、右手に握り締める。
乾さんは、サングラスの奥から、じっと僕のことを見つめた。
「お前さん、まだそんな物持ってたのか」
呆れたように、乾さんが言う。
僕は、答えない。身の内から涌き出る震えを噛み殺しながら、じっと、乾さんをにらみつける。
もちろん、敵うわけがない。
でも、そんなことは問題じゃなかった。
乾さんの背後にある倉庫の扉の奥には、鳴川がいる。そして僕は、鳴川の助けを求める声を聞いたのだ。
誰も助けることのなかった鳴川を、僕が助ける。
同情でも、義務感でもない。ただ、焼けつくような切迫した気持ちが、胸の中で高まり、全身を満たしていく。
そんな僕の体を、やや小降りになった雨が、しとしとと叩いていた。
「おい――」
乾さんは、僕に何を言うつもりだったのか――
とにかく、その声をキッカケに、僕は走り出していた。
真っ直ぐに、真正面から、乾さんにぶつかっていく。
そして、思いきり、ナイフを前に突き出した。
刃が肉を貫く、物凄くイヤな感触が、右腕から首筋まで、ぞわりと走る。
「く……ッ!」
乾さんの、押し殺した声。
僕のナイフは、乾さんの左手を、掌から甲まで貫いていた。
血をからみつかせた刃が、まるで冗談みたいに、手の甲から突き出ている。
僕が、きちんと意識してやったことではない。乾さんがわざと左手でナイフを受け止めたのだ。
「お前さん、話を聞けよ……」
ナイフごと、僕の右手を左手で握り、乾さんが静かな声で言った。
拳が砕けそうな、すごい力。
「う――」
乾さんの傷口から溢れる血が、僕の右手をぬるぬると濡らしている。
まるで、貧血の前兆のように、視界が暗くなった。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああッ!」
僕は、必死の思いで、まだ手の中にあるナイフをひねった。
刃が、乾さんの傷口を、さらにえぐる。
「このッ!」
初めて怒声を露にし、乾さんが、凄まじい勢いで右の拳を繰り出す。
衝撃を感じたときには、僕は、後方に吹っ飛んでいた。
背中から、腐った木箱に激突する。
「が……ッ!」
全身を襲う激痛。
痛みのあまり、呼吸ができない。
「ひ……か……ッ」
僕は、涙とヨダレをこぼしてのた打ち回りながら、乾さんが右のストレート一発で僕を殴り飛ばしたのだということを、ようやく理解していた。
メガネは、どこかにいってしまっている。
ぼやけ、そして涙でにじんだ視界の中、乾さんが、ゆっくりと僕に近付いてきた。
そして、まだ呼吸を整えるので精一杯の僕の傍らに、膝をつく。
その顔には、何だか困ったような笑みが、浮かんでいた。
乾さんが、右手で僕の襟首をつかみ、ムリヤリに体を起こす。体中に、新たな痛みが走った。
だけど、悲鳴は漏らさない。
とても全力を出しているとは思えない乾さんに、あっけなく打ち倒された僕の、それは、最後の矜持だった。
もちろん、そんなものは、何の役にも立たないんだけど。
「やっぱり、見所あり、だな」
そう、乾さんがそう言ったときだった。
「いったい、何の騒ぎだ?」
倉庫の扉を内側から開けた誰かが、そう言った。
「く……黒須センパイっ!」
続けて、聞きなれた声が響く。
「なる……かわ……」
倉庫の扉を開けた、恰幅のいい壮年の傍らで、鳴川は、茫然とした顔でこっちを見ていた。
乾さんが言ったとおり、何も酷いことをされた様子はない。
僕は、仏頂面の乾さんに片腕で吊られたまま、ほーっ、と安堵のため息をついたのだった。
僕と鳴川は、海沿いに延びる道の歩道を歩いていた。
雨は、止んでいる。
上空を吹く風が雲を動かし、空の様子はちょっと壮観だ。でも、まだ青空は見えない。
鳴川の隣にいた男の人は、乾さんを鋭く叱り飛ばした後、ひどく丁寧な口調で、僕に謝った。
後で必ず誠意を見せるから、と言って、僕の名前と連絡先を聞きたがったけど、僕は答えなかった。
そんな僕と男の人に、鳴川が声をかけ、そして僕は解放されたのだ。
乾さんは、無表情に左手の傷口をハンカチで縛ってから、僕にナイフを差し出した。
僕が首を横に振ると、乾さんは、納得したように笑って、それを懐に収めた。
それから、鳴川は、後ろを振り返ろうともせず、旧倉庫街を後にした。
そして僕は、そんな鳴川に少し遅れて、自転車を押しながら、この歩道を歩いているのである。
港に沿った道を歩いているうちに、次第に、街の中心部に近付いていき、人通りが出てくる。
泥まみれの僕のシャツは、そんな中、ちょっと目立ってしまっているようだった。
「センパイ……」
こちらを見ず、鳴川が、言った。
「ごめんなさい……巻き込んじゃって……」
「あ、いや……」
僕は、ちょっと口ごももってから、言った。
「そんなことよりさ、なんで、援交なんてしようと思ったわけ?」
そう訊く僕の口調は、我ながら、ちょっと固かった。
「……平気だって、思いたかったから」
しばらくしてから、鳴川はつぶやいた。
「一人でも……誰に抱かれても……あたしはだいじょぶなんだって……そう、思いたかったから……」
「……でも、ムリだったんだろ」
残酷だとは思ったけど、僕は、そう言った。
「そう……だったんですよね。あたし、自分で思ってたより、ずっとずっと、弱い人間でした」
「――強いとか、弱いとか、そういうの、何か違うと思うな」
僕は、考えをまとめることができないまま、そんなふうに言った。
「センパイは、強いですね」
と、鳴川は、いつか僕に言ったことを、繰り返した。
「他人の気持ちも、きちんと、受けとめる事ができて……あたしなんか、自分の気持ちだって、受けとめられない……目を、そらしてばっかり」
「……」
「……」
二人、また無言で、歩道を歩く。
いつのまにか、僕は鳴川に追いついて、その横を歩いていた。
「……さっきの人、お父さん?」
僕は、鳴川の横顔に視線をやってから、訊いた。
「分かりました?」
鳴川は、僕の方を見ないまま、言う。
「いや、そんな気がしたからさ」
「そうです……。あたしの、父親です。あたしのコトを、探してたみたいなんです」
表情のうかがえない声で、鳴川が言う。
「名前しか、知らなかったみたいですけどね。それを、部下……なのかな? その人が、憶えてたんです。で、おととい、あたしから名前聞いて、偶然同じだったから、こりゃ間違いないって考えて……で、どういうわけか、さらうことに決めたらしいですね」
へんなの、と言って、鳴川は、くすくすと笑う。
「きちんと情報が伝わってなかったんだね、たぶん」
「みたいです。娘とは思わなかったみたいですね。自分と同じように、援交をドタキャンされて、それで探されてるんだって思ってたみたい」
「そしたら、娘だったってわけか」
ちょっとだけ、あの白いジャケットの男に同情してしまう。
「でも、よかったじゃない」
「?」
「鳴川のことを、探してくれてる人がいてさ」
と、鳴川は立ち止まった。
遅れて僕も立ち止まり、振り返る。
鳴川は、まるでにらむような視線で、僕のことを見つめた。
「……絶対に名乗り出るな、って言われました」
そして、そう、固い声で、つぶやく。
「なんか、選挙で出馬するから、絶対に娘だなんて名乗り出ないでくれ、って言うんです。自分には、他に、きちんとした家庭があるからって……そんなつもり、もとからありゃしないのに」
そう言って、鳴川は、深々とため息をついた。
「――ごめん」
僕は、思わずそう言った。
「なんで、先輩があやまるのかな?」
そう、明るい声で言った鳴川は――
ぽろぽろと、小さな子どもみたいに、涙をこぼし続けていた。
「あたし――自分があんなヤツの娘だなんて――恥ずかしくて、誰にも言えやしないですよう」
「鳴川――」
自転車をガードレールに立てかけ、鳴川の前に立つ。
「センパイ……っ!」
肩に手を置くと、鳴川は、人目もはばからず、僕の胸に顔をうずめた。
そのまま、声をあげて泣き出す。
「センパイ……センパイ……センパイ……っ!」
嗚咽の合間に、僕のことを呼ぶ。
その声を聞きながら、僕は、鳴川を抱きしめ、その髪を撫で続けていた。
鳴川の家でシャワーを浴びて、シャツとスラックスを洗濯してもらった。
必然的に、トランクスだけの姿で、鳴川の殺風景な家の中をうろつくことになった。
はっきり言って、ひどく落ち着かなかった。
そんな僕に、表面上は明るさを取り戻した鳴川は、くすくすと笑いながら、夕食を御馳走してくれた。おかずは、油揚げと、豆腐料理。
そして僕たちは、食事が終わってから、そうするのが当然のように、ベッドで横になって抱き合った。
電灯は消し、明かりは枕もとのスタンドだけ。
腕の中で、下着姿の鳴川が、いつになく、身を縮こまらせている。
そんな鳴川が愛しくて、何度も何度も、やわらかなくちびるにキスをした。
「あ、あの、センパイ……」
鳴川が、僕の背中に腕を回したまま、言った。
「あたし、言い忘れたことが、あって……」
「何?」
訊きながら、僕は、ちょっと意地悪な気分になって、鳴川の耳から首筋を、指先で愛撫した。
「あ、ひゃん……セ、センパイ……」
ぎゅっ、と鳴川が背中に爪を立てる。
「ごめんごめん」
「もう……」
そして鳴川は、僕の胸に、おでこを押しつけた。
「昼間は、ありがとうございました……」
そして、まるで僕の心臓に語りかけるような感じで、そう言う。
「――僕も、言ってなかったことがあるんだ」
そう言うと、ぴく、と鳴川の体が震えた。
「好きだよ、鳴川」
何の気負いも照れもなく、自然と、そんなセリフが出てくる。
鳴川が、僕の体に回した腕に、力を込めた。
まるで、しがみついてくるような感じ。
そんな鳴川の髪や背中を、僕は撫で続ける。
ずっとこのまま、こういう時間を過ごしたかったんだけど、もう一人の僕は、それでは満足しないようだった。
股間で、聞き分けのないペニスが、鳴川の肌の感触に、ぐんぐん膨張してくる。
太ももに押しつけられたその感触に、鳴川は、顔を上げた。
「センパイ……」
泣き笑いのような、鳴川の顔。涙が、赤く染まった目元ににじんでいる。
僕は、丁寧に、指で鳴川の涙をぬぐった。
「あ、あの……今日は、アレ、ないんですけど……でも、だいじょうぶな日ですから……」
そう言う鳴川に肯きかけ、僕は、その胸に手を伸ばした。
ブラを外し、鳴川の体をシーツの上に仰向けにしてから、覆い被さる。
ピンク色の乳首を口に含み、舌先でくすぐった。
いたわるような、焦らすような、そんな愛撫。
「は……ぁ……ぁ……あっ……」
鳴川が、ひかえめな喘ぎをあげる。
いつもどおり、ビンカンな、鳴川の体。
そんな鳴川の感じる場所を、僕は知っている。
首筋や、鎖骨のくぼみ。胸元から脇腹にかけてのライン。おへその周り。ショーツを脱がしてから、脚の付け根の内側。
そういった場所を、指先や、舌や、くちびるで愛撫しながら、鳴川の反応をうかがう。
溢れる愛液でアソコはキラキラと光り、シーツには大きな染みができてしまっていた。
僕は、恥丘にぴったりとくっついてしまった薄めのヘアの感触を手の平に感じながら、指先をクレヴァスに潜らせた。
「はぁ……っ」
待ちかねたような、鳴川の甘いため息。
僕は、あくまで優しく、クレヴァスをなぞった。
時折、中指でノックするように、クリトリスの辺りを、とんとん、と叩く。
「あぅ……は……ひ……あぁン……」
気持ちいいのか、もどかしいのか、鳴川は、身をよじらせながら、声をあげた。
そして、僕の股間に、手を伸ばす。
まるでひったくるようにトランクスを脱がそうとするのを制し、自分で脱いだ。
「センパイ……」
全裸になり、ベッドの上に膝立ちになった僕の腰に、鳴川が両腕を回した。
「すごい、センパイの、カチカチになってる……」
そんなことをつぶやく鳴川の熱い吐息を、亀頭に感じる。
「はむ……」
鳴川が、ガマンできなくなったかのように、その小さな口で僕のモノをほおばった。
「うっ……」
ぬるぬるしたたまらない快感に、僕は思わず声をあげる。
「ん……んちゅ……んく……んっ、んっ、んっ……」
鳴川は、ひとしきり、先端部分に舌をからめてから、ゆっくりとピストン運動をはじめた。
濡れた鳴川のくちびるが、シャフトの表面を滑る。
わざと口内に、唾液や先走りの汁を溜めているのだろう。見え隠れする僕のペニスは、透明な液でぬらぬらになっている。
それは、まだ幼げな鳴川の顔と相俟って、ものすごく淫らな雰囲気をかもし出していた。
「んは……はむ……んちゅ……じゅるっ……」
口の端からヨダレをこぼしながら、鳴川は、僕のペニスを舌でてろてろとなめ回し、くにくにとしごき上げながら、裏筋にキスをしたりする。
「ぷあ……セ、センパイ……」
上気した顔でペニスにほお擦りしながら、鳴川が言った。
「あたし……あたしも、センパイが、好きです……初めてエッチしたときから、好きでした……」
言いながら、ペニスを指先でイタズラし、鈴口にキスを繰り返す。
「ちゅ、ちゅっ……ちゅぶ……あ、あたしってば、おっかしい……フェラしながら、告白してる……」
くすくす笑いながら、鳴川は、僕を追い詰めていった。
もう、ガマンできない。
射精の予感に、ひくひくと動く僕のペニスの先端に、再び鳴川がくちびるをかぶせる。
「ん……せんぷぁい、どうぞぉ……♪」
くぐもった声でそう言う鳴川の声が、引き金になった。
鳴川の可憐な口の中めがけ、僕のペニスが、激しく射精する。
「ん、んッ……! んー……!」
びゅるるっ、びゅるるっ、と、ペニスが律動するたびに迸るスペルマに、鳴川が、驚いたような声をあげる。
しかし鳴川は、ぴったりとくちびるを締め、僕が放つ精液を口内にため、そして、少しずつ飲みこんでいった。
んく、んく、という鳴川の口の動きを、ペニスで感じる。
そして鳴川は、ちゅぽん、と萎えかけのペニスから口を離した。
「センパイ……」
満足げな顔で、鳴川が僕の顔を見上げる。
僕は、鳴川の体を抱え起こし、そして、僕の放った液でまだ濡れているそのくちびるに、キスをした。
鼻孔に感じる、僕自身の性臭。
もちろんいい匂いじゃないけど、なぜか、興奮してしまう。
その興奮にまかせて、僕は、鳴川の体をシーツの上に押し倒した。
アソコに手をやると、さらなる蜜が、やわらかな肉ひだをぬらしている。
「鳴川……」
脚の間に体を割り込ませながら、鳴川のことを呼ぶ。
そして僕は、鳴川のアソコに、口付けした。
「はぁン……!」
ひくん、と跳ねるヒップを両手で押さえ、ぴちゃぴちゃと音をたてながら、ピンク色の肉ひだをなめしゃぶる。
「すごく溢れてる、鳴川……」
「ああっ! や、やあんっ!」
気にしてるはずのことをそう言うと、鳴川は、悲鳴のような声をあげた。
「こうしてるだけで、溺れちゃいそうだよ」
「セ、センパイのバカあっ!」
そう叫んで、鳴川は僕の頭をぽかぽか殴った。
それに構わず、僕は、ぬらつくクレヴァスを舌で執拗にえぐる。
「あ、はぁ……バカぁ……あうン……」
いつしか、鳴川の手は止まり、そして、僕の頭を自らの股間に押し付けていた。
本当に、ちょっとした呼吸困難に陥りながらも、僕は、クンニリングスを続ける。
肉の花びらごと吸い上げると、口の中に、甘酸っぱいような鳴川の味が広がった。
「うゥン……ンあ……はぁア……」
ひくっ、ひくっ、と鳴川のお腹が震えてる。
僕は、今までわざと無視していたクリトリスに、いきなり吸いついた。
「きゃッ!」
鳴川が、背中を弓なりに反らして、小さな悲鳴をあげる。
「ひぁ……ひゃ……はう……はぁ……あうッ……あぁン……!」
鳴川が、スレンダーな体をうねらせながら、甘く喘ぐ。
そのまま、舌でそのビンカンな肉の芽にバイブレーションを送ると、鳴川の喘ぎがせわしなくなった。
「ひ、あっ……ダメえ……セ、センパイ……あたし、イク……ッ!」
その声を聞いて、僕は、舌でクリトリスをなぶりながら、右手の指を、鳴川のクレヴァスの奥に侵入させた。
「はぐッ……!」
そして、鳴川を絶頂に導くべく、中でぐにぐにと指を動かす。
「ン……イ……イク、イっちゃう……ッ!」
呆気なく、鳴川はイった。
ひくっ、ひくっ、と体が震えている。
口を開き、息を整えようとしている顔が、たまらなく可愛い。
僕は、凶暴な衝動に駆られて、すでに回復していたペニスを、絶頂を迎えたばかりのアソコに一気に挿入した。
「ンあッ!」
過敏になったそこをペニスでこすられ、鳴川が叫ぶ。
「ひ、どい、です……センパイ……あたし……今は……」
強すぎる刺激を受け止め切れなかったのか、涙をこぼしながら、鳴川が訴えた。
「ごめん、鳴川……」
僕は、ぎゅっ、と鳴川を抱きしめた。
「鳴川の顔見たら、ガマンできなくて……」
「あ……あたしの……かお……?」
はぁ、はぁ、と喘ぎながら、鳴川が不思議そうな声で訊く。
「うん……すごくエッチで、可愛い顔してたよ……」
「そんな……」
鳴川が、すねたように、そっぽを向く。
そうしてから、ちら、と目だけでこっちを向いて、訊いた。
「あの、あたし……センパイから見て、か、かわいい、ですか?」
まるで、答えを聞くのを怖がってるみたいな、ちょっと震えた声。
「可愛いよ、すごく」
僕は、自分の素直な気持ちを告白しながら、止めていた腰を動かし始めた。
「あ、あン……!」
「可愛いよ……鳴川……顔も、声も、カラダも……全部……」
言葉だけじゃ足りないんじゃないかと思いながら、僕は、抽送を続ける。
「ほ、ほんと? ほんとですか?」
「うん……好きだ……好きだよ、鳴川……」
初めて直に感じる、鳴川の膣内。それが、僕のシャフトを愛しむように締まり、絡みついてくる。
「うれしい……センパイ、あたし、うれしいです……」
僕の背中に回した腕に力を込め、ペニスをさらに奥に導こうと腰を浮かしながら、鳴川が言った。
そんな鳴川に、ますます愛しさがこみ上げ、そして、興奮してしまう。
僕は、何かにつかれたように腰を動かしながら、鳴川の顔にキスの雨を降らせた。
そのキスの一つ一つを、鳴川が、うっとりとした顔で受けとめている。
「あぁ……セ、センパイ……もっと、もっと……」
八の字に眉を寄せ、鳴川が、おねだりをした。
鳴川がねだっているのが、僕の言葉なのか、キスなのか、抱擁なのか、それともペニスの動きなのか、それが分からない。
なので僕は、それをいっぺんに実行した。
「鳴川……好きだ……好きだ……鳴川……っ」
そう、芸もなく耳元で繰り返しながら、耳たぶにキスをする。
そうしながら、僕は、自分でも心配になるくらいきつく、鳴川の細い体を抱きしめた。
「はぁぁぁッ!」
鳴川の高い嬌声とともに、きゅうっ、とアソコが締まる。
その締め付けに逆らうように、僕は、ムチャクチャに腰を動かした。
「ひン! あああッ! す、すごい! すごいようッ!」
鳴川が、かぶりを振りながら、高い声をあげる。
「ダメ! イクっ! そんなにされたら、もう……! あ、ンあああッ! あぁーッ!」
もう、何も考えられない。
ただ、自分が気持ちよくなりたくて、そして、鳴川を気持ちよくしたくて、腰を叩きつけるように動かし続ける。
ペニスが、熱と摩擦と快感で、融けてしまいそうだ。
鳴川の喘ぎと、僕の荒い息。
それを聞きながら、僕は、どうしようもないほど高まったモノを、鳴川の中めがけ、解放した。
「きゃああああああああああああああああああッ!」
熱い迸りを膣内で感じたのか、鳴川が、叫ぶ。
「イクっ! イク! イク! イク! イっちゃううううううーッ!」
そして、僕の腕の中で、びくびくとカラダをケイレンさせる。
まだシャセイを続けているボクのペニスを、鳴川のアソコが、きゅんきゅんと締め上げた。
まるで、セイエキの最後の一滴までも搾り取ろうとするような、貪欲な動き。
それが、じんじんとした快感になって、僕の下半身をいつまでも痺れさせる。
いつしか僕は、全ての体重を、鳴川に預けていた。
「……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
鳴川が、僕の下で、苦しげに息をしている。
「あ……ご、ごめん……」
凄まじいくらいの快感にさらわれていた正気が少しだけ戻り、僕は、慌てて体をどけようとした。
「だ、めェ……」
鳴川が、まだきちんと力が入らない感じの細い腕で、僕の動きを止めた。
「このままで、いて……ください……」
喘ぎながらも、そう、甘えた声で言う。
「うん……」
僕は、そう返事をして、再び鳴川を抱きしめた。
そのまま、これ以上体重をかけないように、横臥する姿勢になる。
「――もう、離さないよ、鳴川」
そして思わず、そんな陳腐なセリフを、口にしてしまう。
「うれしい……」
そう言ってから、鳴川は、細い嗚咽を漏らし始めた。
「鳴川……?」
胸に、鳴川の熱い涙を感じながら、僕は彼女のことを呼ぶ。
「ごめ……なさい……ヘン……うれしいのに……なみだ、とまんないよう……」
そう言いながら、ひっく、ひっく、としゃくりあげる。
「べつに、いいんだよ。泣いても……」
そして、まるで小さい子にするように、頭を撫でながら、言う。
「うっ……うわぁ……あぁ……うわああああ……っ」
鳴川は、堰を切ったように、声をあげて泣き出した。
今までこらえていたもの全てを、体の外に洗い流そうとするかのように、熱い涙を溢れさせながら、声をあげて泣く。
なんだか、こっちまでもらい泣きしてしまいそうだ。
カーテンのかかっていない窓に、視線を向ける。
夜空は中途半端に晴れて、欠けた月が、流れる雲の合間に、見え隠れしていた。