第5章
僕と鳴川は、体にバスタオルを巻いたまま、脱衣場を出た。
鳴川は、今まで着ていたものを、きちんとたたんで、両手に抱えてる。
僕は、自分の家だというのに妙に緊張しながら、ひたひたと廊下を歩き、階段を上がった。鳴川が、それに付いてくる。
そして、自室に入り、カーテンを閉めてから、エアコンを入れた。
「ふー……」
一息ついて、敷きっぱなしだった布団に座る。
見ると、鳴川は、僕の部屋をきょろきょろと見回していた。
「本棚、たくさんありますねえ」
「ん、まあね」
確かに、六畳の僕の部屋に本棚が四つというのはちょっと多いかもしれない。でも、実のところ、それでも足りないくらいだけど。
「それに、なんだか難しそうな本ばっかり」
「そうでもないよ。半分はマンガだし」
言いながら、僕はちょっとした恥ずかしさを覚えていた。本棚をしげしげと見られるのって、まるで心の中まで覗かれてるみたいで、やっぱり落ち着かない。
と、鳴川は、服を枕もとにちょこんと置いて、僕の隣に腰を下ろした。
「えへへー」
照れ隠しなのか、そんなふうに笑う。
そして、鳴川は、たたんだ服の間から、小さなピンク色のパッケージを取り出した。
「えっと、それ……」
言うまでもない。コンドームだ。どうやら、この前に僕が買ったもののうち幾つかをくすねていたらしい。
「いつも、持ち歩いてるの?」
「だってぇ、いつセンパイにしてもらえるか、わからないじゃないですか」
顔を赤くしながら、鳴川は、すごいことを言う。
僕の顔も、たぶん赤くなってるだろう。なんだか、熱い。
でも、やっぱり、僕だって今、鳴川のことを抱きたいと思ってるのだ。
鳴川の体温が欲しい。
そんな自分に気付いたときには、鳴川の体に、手を伸ばしていた。
「あ……っ♪」
鳴川が、嬉しそうな声を漏らした。
僕は、鳴川にキスをする。
鳴川が、僕の舌に、舌をからめてきた。
いやらしい、って言葉より、エッチなって言葉の方が似合う。そんな、戯れるような、舌の動き。
それでも、僕の中の熱い欲求は、ぐんぐんと高まっていく。
鳴川も、そうなんだと思う。ふぅン、ふぅン、という可愛らしい鼻声のトーンが、次第に上がってる。
僕は、乱暴にならないように気をつけながら、鳴川を布団の上に横たえた。
そして、バスタオルをはだけさせる。
「あ……」
僕は、思わず、ため息のような声を漏らしてしまった。
白い、半球型の乳房が、鳴川の呼吸に合わせて上下している。
初めて目にしたわけでもないのに、すごく興奮してしまった。
ピンク色の乳首を、口に含む。
「あン……!」
鳴川は、ビンカンに反応して、背中を軽く反らした。
僕は、交互に鳴川の乳首を吸い、軽く歯を立てるようにする。
「ひあン! あ、あぁ……ン……あくッ……!」
鳴川が、断続的に鋭い声をあげる。
「痛い?」
心配になって訊くと、鳴川はあわてたように首を振った。
「きもちイイ、です……もっと、してぇ……」
とろけるような、鳴川の声。
鳴川が感じてくれているのが、嬉しい。
高まる興奮とは別の何かが、温かく胸を満たしている感じ。
僕は、もっともっと鳴川に感じて欲しくて、執拗に乳首を責めた。
すっかり勃起したその部分を、舌でなめまわし、くちびるでしごくようにする。
そのたびに、鳴川は、そのしなやかな体をくねらせ、甘い声をあげた。
「あ、あぁぁ……ン」
口を離すと、鳴川は名残惜しそうな顔で、僕のことを見つめた。
鳴川の可愛らしい胸は、僕の唾液で無残にもべとべとになってる。
そして、鳴川のアソコを見ると、すでにぐっしょりとぬれていた。
「あぁ……やっぱり、ぬれちゃって、ます……?」
やっぱりそのことがコンプレックスなのか、眉を寄せながら、鳴川が訊いてくる。
「うん……」
別にイジワルするつもりじゃなかったけど、つい、僕はそんなふうにうなずいてしまった。
そして、まるで蜜に誘われる虫のように、鳴川のそこに顔を近付けていく。
「あ、や……っ!」
あわてて隠そうとする鳴川の手を押さえ、僕は、その部分に口付けした。
「ひゃうううッ!」
鳴川が、高い声をあげた。
鳴川のその部分の独特の酸味を、舌に感じる。
僕は、舌で、ひだとひだの間を探るようにしながら、本格的にクンニリングスを始めた。
鳴川の体内から、熱い蜜があふれているのが分かる。
その蜜で口の周りをぬらしながら、僕は、何かにつかれたように、鳴川のその部分を責め続けた。
「あ、きゃう! ン! ひあ! きゃうううン!」
悲鳴混じりの声をあげながら、鳴川は、その身をよじらせた。
なだらかな、無駄肉のないお腹が、ひくひくと息づいている。
かなり感じてくれてるんだと思う。
僕は、夢中になって舌をうごめかせ、ぢゅうぢゅうと音をたてて鳴川の体液をすすった。
「きもちいい?」
口を離して訊くと、鳴川は、こくこくとうなずいた。
そんな鳴川の、半ばフードに隠れたクリトリスを、つるんと剥く。
「ふわぁ……」
鳴川は、怖がってるような、期待しているような複雑な顔で、こっちを見つめた。
僕は、剥き出しにしたクリトリスを、れろん、となめ上げた。
「ひゃぐ……!」
刺激が強すぎたのか、鳴川が、びっくりするような声をあげる。
でも、僕は、容赦せず、その女のコの一番ビンカンな部分を舌でなぶり続けた。
「は、んう! あ、ンンンンンンっ! ひやッ!」
鳴川は断続的に鋭い声をあげ、ぴくーん、ぴくーん、とその形のいい脚を硬直させる。
おびただしくあふれる蜜は、シーツをぐっしょりとぬらしてしまうほどだ。
そんな鳴川の反応に、股間のものが激しく興奮し、痛いくらいに屹立する。
僕は、愛液の糸を引きながら、鳴川のそこから口を離した。
「は、はぁ、はっ、はぁぁ……」
鳴川は、呼吸を整えようとしながら、空ろな目で、僕の方を見た。
そんな、どこか痴呆じみた表情に、なぜか股間のものがますますいきり立つ。
僕は、急な角度で上を向いた状態のペニスに、鳴川が持っていたコンドームを付け、右手で向きを調節した。
そして、左手で支えた上体を鳴川にかぶせながら、腰を進める。
「あ、ああぁ……」
鳴川は、真っ赤な顔で、今まさに自分の体に打ち込まれようとしている僕のペニスを凝視していた。
僕は、自らが分泌した液にまみれ、とろけそうになってるアソコに、ペニスをあてがい――そして、一気に貫いた。
「ひゃぐうううううううッ!」
衝撃に、鳴川がのけぞる。
僕は、そんな鳴川の肩をしっかりと抱き、体を固定してから、ぐいぐいと腰を動かした。
「ひあ、あッ、ああああああああああああああああアアアアアアアーッ!」
と、中で数回動かしただけで、鳴川は、高い絶叫をあげてしまった。
僕は、さすがに、動きを止める。
鳴川は、体をのけぞらせながら、ぱく、ぱく、とまるで空気を求める魚のように、口を開閉させた。
そして、くったりと、体から力を抜く。
「……イっちゃったの?」
そう訊いても、鳴川は反応できないようだ。
ただただ、はぁ、はぁ、はぁ、と、荒い呼吸を繰り返している。
いつも僕を驚かせてばかりの鳴川が、僕の腕の中で、呆気なく絶頂に追い込まれてしまった。
それも、おそらく、他人の手による、初めての絶頂だ。
僕は、内に高まる何かに突き動かされて、鳴川の体を抱きしめた。
「ひやン……!」
それだけでも刺激が強すぎたのか、鳴川は、ぴくん、ぴくん、と体をケイレンさせる。
僕は、鳴川を腕に抱いたまま、そんな反応をしばらく楽しんだのだった。
「あぁ……あたし……どうなったん、ですかぁ……」
しばらくしてから、鳴川は、舌足らずな声で、そんなことを言った。
その体は、未だ僕の腕の中。
そして、かつてないくらいにカチカチに固くなった僕のそれは、鳴川の中にとどまったままだ。
「イったんだと、思うよ」
僕は、鳴川の耳元にそうささやいた。
「あれが……イクって、ことなんですか……?」
不思議そうに、鳴川が言う。
「あんなふーになっちゃって……あたしののーみそ、だいじょうぶかなあ……」
そして、そんなことを、ぼんやりとした声でつぶやく。
「どんな感じだったの?」
「ど……どんなって……きもちよくて、なにもわかんなくなって……なんだか、バカになっちゃったかんじですよう……」
鳴川のその言葉に、僕は思わず笑ってしまった。
「ひ、あン!」
その拍子に僕のペニスが動いたのか、鳴川が声をあげる。
「セ……センパイの、まだ、ぜんぜんなんですね……?」
「だって、鳴川、すぐにイっちゃうから」
「ゴメンなさい……あたしだけ……」
顔を赤くしながら、鳴川はしゅんとなる。
「こ、こんどは、センパイが元気でるように……あたしのこと、好きにしちゃって、いいですから……」
「……」
じいん、と胸が熱くなった。
らしくない、と言えば鳴川らしくない言葉なのかもしれないけど、それが素直な気持ちから出た言葉だって事は、きちんと伝わってくる。
「鳴川は、どういうふうにしてほしいの?」
僕は、そんなコトを、訊いてみた。
「あの、えっと……」
鳴川が、僕の腕の中で、ちら、と上目使いになる。
「リクエスト、あるんだ?」
「は、はい……あ、で、でも! でも、やっぱり、センパイがしたいように……」
「僕は、鳴川の希望に応えてみたいな」
思わず口元をほころばせながら、僕はそんなことを言ってしまう。
「あ……それじゃあ、その……」
無意識なのか、鳴川が、僕の胸を指先でくすぐるように引っかく。
「えっと、そのう……西永さんがされてたみたいに、してほしいな、って……」
そして、可愛らしく口ごももりながらも、鳴川はそんなことを言った。
「後からってこと?」
「はい……」
かなりはしたないおねだりだけど、これくらいは予想の範囲だ。
それに、鳴川の望むようにしてあげたい、という僕の気持ちだって、本当である。
「分かった……」
言って、僕は、一度ペニスを抜いた。
「ひうう……ン」
ぷるるん、と鳴川が体を震わせた。
薄いゴムの被膜に覆われた僕のペニスは、鳴川の熱い愛液をからませ、ぬらぬらと光っている。我ながら、かなり凶暴な外観だ。
「じゃあ、えっと、四つん這いになって」
「はい……」
鳴川が、小さな声で返事をして、体を裏返した。
僕は、両手両膝で体を支えた鳴川の後に回り込み、膝立ちになる。
白桃を連想させる、鳴川の丸いヒップ。
さっきまで僕のをくわえこんでいた部分は、この角度からだとよく見えなかった。けど、手を伸ばして触れると、くちゅっ、と湿った柔らかい感触がある。
そこに、僕の亀頭の照準を合わせた。
姉さんとはあまりしたことのない体位なので、ちょっと手間取ってしまう。
「あン……ま、まだですか……」
そう言いながら、犬の姿勢の鳴川が、顔をこっちに向ける。
「あんまり、こういうカッコでやったことないから……」
思わず僕がそう言うと、鳴川は、その眉をきゅっとたわめた。
「センパイ……今は、あたしのことだけ、考えて……」
「あ、ご、ごめんね……」
内心、かなりびっくりしながら、そう言う。
まさか、鳴川がそんなこと言うなんて。
でも、実際のところ、鳴川の言うことはもっともだ。今は、目の前の彼女のことだけを考えなくちゃいけない。
いや、そうしなくちゃいけないって言うより――僕自身が、そうしたいと思ってる。
僕は、そんな思いを抱きながら、鳴川の細い腰に手を添え、ぐっと腰を突き出した。
ずるるるっ、とシャフトが膣肉をこする感触。
「ひあ……あああああああ!」
鳴川は、声をあげながら、布団に突っ伏してしまった。
腕で、体を支えきれなくなったらしい。
「ひはっ……はぁぁ……は、はッ……」
ぎゅっ、とシーツを握り締めながら、喘いでいる。
どうやら、絶頂を迎えたばかりの鳴川には、ちょっと刺激が強すぎたらしい。
「だいじょうぶ?」
「だいじょぶ、です……つ、つづけてください……」
まるで、生まれたばかりの子馬みたいに、よろよろと腕を突っ張って上体を持ち上げながら、鳴川が言う。
僕は、抽送を開始した。
愛液にまみれながら、僕のペニスが鳴川の中を出入りする。
「はぁ……あ、あン……ひやぁ……」
鳴川は快楽に屈服し、再び腕を曲げてしまった。
うずくまり、肘と、頭のてっぺんで体を支えるような格好になる。
「ふ、わぁ……す、すごい、ですぅ……」
鳴川が、切れ切れに声をあげる。
「み、見えてる……センパイに、してもらってるところ、丸見えぇ……」
どうやら、鳴川の瞳には、僕と彼女の結合部がさかさまに写ってるらしい。
「すごいよぉ……あぁ……あんなに、入ってるぅ……」
自分が言ってることが分かってるのかどうなのか、鳴川が、うわ言みたいな口調で言った。
そんな、甘たるく陶酔しきった声が、僕の理性を狂わせていく。
「どんなふうなの?」
僕は、腰を動かしながら、そんなことを鳴川に訊いていた。
「ひぁぁ……お汁が、とろとろこぼれてて……あ、あたしたち、どーぶつみたい、ですよう……んはぁン……」
そんな鳴川の一言一言に、僕はますます興奮していく。
その熱い興奮は、そのまま腰の動きとなり、いつのまにか、僕は容赦なく鳴川を後ろから責めたてていた。
「ひゃ、はぐ! ん! んうッ! いひゃぁン!」
鳴川は、布団に突っ伏し、ただお尻だけを高く上げている。
その丸いお尻に叩きつけるように、僕は、激しく腰を使った。
ぶちゅ、ぶちゅ、ぶちゅ、ぶちゅ、という卑猥な音が響き、鳴川のそこからは愛液がしぶいている。
「な……鳴川っ……!」
僕は、彼女のことを呼びながら、その背中に覆い被さった。
まるで、その細い体を押しつぶそうとするような感じ。
「ひ、はぁぁ……」
鳴川が首をねじってこっちを向いた。
涙とヨダレでベトベトになった、可愛い顔。
そのうなじと言わず、頬と言わず、くちびるの届くあらゆるところに口付けをする。
「は、はむ……ン……んう……ふぅン……」
そして僕たちは、伸ばした舌をからませ合うようにキスをした。
鳴川が、僕の体重を背中に受けて、崩れそうになる。
「ん……」
僕は、鳴川の体に両腕を回し、ぐい、と引き起こした。
「ンあああああああッ!」
膝立ちの状態で、膝立ちの鳴川を背後から犯す形になる。
今までとは違うところを刺激されたせいか、鳴川の中が、きゅうううっ、と僕のモノを締めつけた。
「あぁ……す、すごい……っ」
ぎゅっ、と背後から鳴川の体を抱きしめながら、僕は思わず声に出して言っていた。
そして、鳴川の乳房を手の平に収めながら、ぐいぐいと突き上げるように腰を使う。
「ひあッ! セ、センパイっ! センパイっ!」
鳴川が、喉を反らすようにして、声をあげた。
その呼吸は、ひどくせわしない。
「また、イクの?」
「そ、そうです……っ! イク……あたしイク……イ、イク! イクっ! イクイクイクイクイクうーッ!」
まるで、その言葉しか知らないかのように、鳴川は高い声でそう繰り返した。
鳴川の膣肉が、ぐいぐいと僕のペニスをしぼりあげる。
「くうッ!」
僕は、鳴川を抱く腕に力を込めながら、一声うめいた。
今までこらえていた強烈な快感が、僕の腰でさらに大きく膨らむ。
僕は、頭の中を真っ白にさせながら、ムチャクチャに腰を使った。
「イっ――クううううううううううううううううううううううううウーッ!」
鳴川が、体を硬直させながら絶叫する。
その声が、僕の最後の枷を打ち砕いた。
大量の精液が、輸精管を凄まじい勢いで通り、先端から迸る。
射精は、自分でも呆れるほどに、長く、長く続いた。
ペニスが律動するたびに、たまらない快感が全身を駆け巡る。
鳴川が、声をあげ続けていたような気もするけど、よく分からなかった。
気が付くと、鳴川を背中から抱いたまま、布団の上に、横向きになって寝ていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
鳴川は、まだ小さく喘いでいる。
僕のペニスは、力を失いながら、それでもまだ鳴川の中にあった。
「え……と……」
中身をこぼさないように、慎重に腰を引いてから、体を起こす。
「うわ……」
そして僕は、コンドームから溢れんばかりの白濁液の量に、思わず声をあげてしまった。
自分で自分の出したものに驚いていれば世話はない。
それを縛ってゴミ箱の中に始末したとき、ようやく、鳴川が落ち着いたようだった。
ただ、その目は、未だぼーっとした感じだ。
「セン、パイ……」
聞き取れないくらい小さな声で、鳴川は言った。
「なに?」
僕が聞き返すと、鳴川は、上体を起こし、僕を見つめてから、そっと目を伏せた。
「ごめんなさい、あたし、さっき……自分のことだけ考えて、なんて言っちゃって」
「え、でも、それは……」
僕は、言葉を失ってしまった。
だってあの鳴川の一言は、今までで一番嬉しい言葉だったのだ。
「あたし、彼女とか、恋人とか、苦手なんです。そういうのって、やっぱ……ダメ、なんですよう」
鳴川は、何かにおびえるような声で、そう言った。
そう、鳴川はおびえていた。何を怖がっているのか、よく分からないけど。
「……」
僕は、混乱していた。
あんなに真っ直ぐに僕を慰め、そして癒してくれた鳴川が、まるでしおれた花のようにうつむいている。
まだ、僕は、お礼さえ言っていないのに……。
そんな僕の戸惑いに気付いたかのように、鳴川が顔を上げた。
そして、何とも複雑な顔で、僕の顔を見る。
「あの……」
鳴川が、口を開いた。
「……やっぱり、恋人にならなくちゃ、セックス、してもらえないですか?」
「いや、その……」
なんて答えればいいんだろう?
僕を見つめる鳴川は、子どもみたいに、不安そうな顔をしている。
とにかく今は、この鳴川の不安を、取り除かなくちゃならない。
「分かったよ。その……そういうカンケイ抜きでさ、いろいろ、しようよ」
結局僕は、そう、鳴川に言っていた。
「は、はいっ」
鳴川が、心底ほっとしたように言う。
というわけで、僕にとって、鳴川は未だ謎のままだった。
月曜日の放課後、図書館で、林堂さんに会った。
「やあ」
軽く手を上げた林堂さんに、僕は近付き、話しかけた。
「あの……ちょっと、相談したいこと、あるんですけど」
「相談?」
そう聞き返す林堂さんは、しかし、あまり驚いた顔をしていなかった。
「別にいいけど――」
言いながら、林堂さんは周囲を見回した。期末試験にはもうちょっと間があるけど、そろそろ気の早い生徒がノートを広げて勉強をしている。
「場所を変えようか」
僕がうなずくと、林堂さんは、数冊の本を持って図書室を出た。
そして、そのまま渡り廊下を通って特別棟に入り、階段を上る。
案内されたのは、漫研の部室だった。
「林堂さん、漫研部員だったんですか?」
あんまり意外だったので、僕は思わず訊いてしまった。
「幽霊だけどね。今日は、連中は街の画材屋に行ってる。遠慮なく座んなよ」
「はあ……」
そう言いながら、僕は、部室の端に置いてある、年代モノのソファーに座った。林堂さんと向かい合う形だ。
「で、何で俺に?」
林堂さんが、もっともなことを訊いてくる。
「えっと……」
確かに、林堂さんとは、世間一般で言うところの親しい仲ではない。知り合ったのはつい最近だし、それだって、けして友好的な接触じゃなかった。
けど、なぜか林堂さんには、天性の相談役、といった雰囲気がある。
頭がいいとか、落ち着いてるとか、そういうこととはまた別に、どんな話でも無駄に驚かずにきちんと聞いてくれそうな、そんな感じがするのだ。
そう、僕が口に出して告げると、林堂さんはいささかキザな感じで肩をすくめた。
「それは買いかぶりだと思うなあ」
そして、まるで他人事のように言う。
「そうですか? でも……なんだか林堂さん、男女関係の事とか、詳しそうですし」
「要するに、そういう相談ってことかい?」
「ええ。その……一般論で、いいんですけど」
「ふーん……」
僕の言葉に、林堂さんは小さくうなった。
無論、相談事というのは、鳴川のことだ。
鳴川の、あの謎の言動のヒントを、僕はどうしてもつかみたかったのである。
ただ、僕が面食らったり、時々ついていけなくなるだけなら、別にいい。でも、あの時の鳴川は、とても、つらそうだった。
鳴川をどうにか安心させてあげたいと、そう思う。
けど、そのためにどうすればいいのかが、分からない。
そもそも、鳴川が、どうして僕と付き合うことを避けようとするのか、それが分からないのだ。
分からないといえば、林堂さんに何て言って相談していいかも、僕には分からなかった。林堂さんにとってみれば何とも迷惑な話である。
「でもなあ、やっぱり買いかぶりだよ」
と、言葉を探している僕に、林堂さんがそう言った。
「色恋の事なら、むしろ瑞穂の方が適任だぜ」
「そうなんですか?」
「まあね。そもそも男女関係の問題ってのは、徹底的に個別的で一回性の強いことだから、普遍かつ不変な原理原則の通じない世界なんだよな」
「えっと……」
林堂さんの言うことは、よく分からない。
「つまり、どういうことです?」
「ケース・バイ・ケースってことさ。一般論は通じない。だから、詳しい話を、君に根掘り葉掘り訊かなきゃならんことになる」
「……」
「けど、そうしようにも、見たところ、君自身がまだカードを手元にそろえきってないんじゃないか?」
「え?」
「つまり、相手から、もっと色々と話を聞くべきなんじゃないかってことさ」
そう言われて、僕は、ちょっとため息をついた。
確かに、僕はまだ、鳴川からきちんと話を聞いていない。
「そう……かもしれません」
「まだ、きちんと全ての事情を聞いたわけじゃないんだろ?」
「ええ。……でも、どうして分かるんですか?」
「俺みたいに縁の薄い人間に相談するほど追いつめられてるのに、一般論でいいなんて言い出すのは、まだ君自身が状況を把握しきれてないからだと思ったからね」
林堂さんは、何でもなさそうに言った。
「他人に相談する時ってのは、だいたい2種類に分けられる。かつてない問題にぶち当たって驚いてしまった時と、考えが煮詰まって堂々巡りになった時さ。今回は、前者なんだろ? だったら、まずはじっくり君自身に考えてもらった方がいいんだ。何しろ当事者が一番問題の身近にいるんだから」
「なるほど……そう、ですね……」
僕の見立ては、ある意味、間違ってなかった。林堂さんは、本当に、相談慣れしている。
「それに、何度も言うけど、色恋沙汰に関しては、俺の一般論なんて、たぶん当てにならないよ」
「え?」
「だって、好きな相手を縛りつけるような男だからな」
林堂さんが、さらりとそんなことを言う。
僕の脳裏に、後手に緊縛された西永さんの姿が、ぱっ、と浮かんだ。
「――林堂さんは、どうして、彼女を縛るんですか?」
そして、思わず、僕はそんなことを訊いてしまう。
「なかなか核心をついた質問だなあ」
林堂さんは、怒りも慌てもせずに、ふっと笑った。
こんな話題だというのに――いや、こんな話題だからなのか、切れそうな、凄い笑みだ。
「でも、答えは決まってるな」
「?」
「もちろん――あいつを、逃がさないためさ」
歯の浮くようなセリフ。
それを、林堂さんは、かつてないほど真剣に、何の迷いのない口調で、言ったのだった。
そんな林堂さんが、僕には、すごく羨ましかった。