School after School


lesson 1



第3章



 金曜日の昼、学校の屋上で、鳴川ひびきを見つけた。
 鳴川のクラスは、学級編成の名簿を見てすぐ分かったんだけど、彼女は帰るのが早かった。放課後に教室を覗くと彼女はすでに帰っていた、ということが、この3日間続いたわけである。
 それで僕は、昼休みに、鳴川を捕まえることにしたのだ。
 ここのところ、空は珍しく晴れている。梅雨の晴れ間ってやつだ。爽やかな青空の下、階段室の建物の影で強い日差しを避けながら、彼女は、一人で昼ご飯を食べていた。
 屋上には、他にもちらほらと人影がある。でも、一人で食事をしているのは鳴川だけだ。
 お手製らしい、三角形のタマゴサンド。鳴川は、それを両手で持って、小さな口ではむはむと食べている。
 鳴川は、本当に美味しそうに、目を細めて、ゆっくり噛んで味わって食べていた。そして、その合間に、パックの野菜ジュースをすする。
 と、ようやく鳴川は、僕に気付いた。
「やあ」
 手を上げてあいさつすると、鳴川は、ちょっと目をぱちぱちさせてから、にっこりと微笑んだ。
「黒須センパイ、よかったら、ここ、開いてますよ」
 そして、自分の隣のスペースを指し示す。
 僕は、弁当箱を持って、鳴川の隣に座った。
「偶然、ですか?」
「ううん。君を、探してた」
「へえー」
 意外そうに言ってから、鳴川は、また、はむ、とタマゴサンドにかぶりつく。見ると、彼女の膝の上のタッパーの中は、全部タマゴサンドだった。
「好きなの、それ?」
 とりあえず、会話のきっかけにすべく、そう訊いてみる。
「好きです」
 へにゃ、と笑いながら、鳴川は答えた。
「本当は三食コレにしたいくらいですねー」
「それはちょっと……どうだろう?」
「ですよねえ。タマゴって、コレステロール高いから。だから、お昼だけでガマンしてるんですよう」
 そういうことを言いたかったわけじゃないけど、とりあえず、僕は肯いた。
「あのさ……」
 そして、自分の弁当を広げながら、言う。
「なんですか?」
「林堂さんと、あと、西永さんのことなんだけどさ」
「?」
「だから、先週の、図書館でのこと」
 言葉を選びながら、ちら、と鳴川の方を向く。鳴川は、きょとんとした顔だ。
「あのこと、誰にも言ってないよね?」
「言ってませんよぅ」
 鳴川は、そう言って、くすくす笑った。
「あんなイイこと、他の人にはもったいなくて教えられません」
「いや、そうじゃなくてさ」
 なんだか、日本語のうまい外人さんと話しているような気分になりながら、僕は続けた。
「言いふらすと、二人に迷惑がかかるでしょ。だから、秘密にしなきゃってこと」
「……あー、あー、あー、あー」
 鳴川は、ようやく納得がいったみたいだった。
「確かに、学校でしてるってバレたら、停学とかになっちゃうかもですもんね」
「そういうこと」
 それだけじゃないような気もするんだけど、とりあえず、そう言っておく。
「でも、ヘンですよね。別に悪いことしてるわけでもないのに」
 ちゅー、とストローで野菜ジュースを飲んでから、鳴川が言う。
「そう……かなあ?」
「特に人に迷惑かけてるわけでも、邪魔になってるわけでもないじゃないですか」
「うーんと、そりゃまあ、そうかもしれないけど」
「確かに、人前とかでしちゃうのは、ワイセツ物ナントカ罪になっちゃいますけど……それに、学校の中とかですると、のぞかれちゃうかもしれないし」
 まるで他人事みたいに、しれっとした顔で、鳴川が言う。
「でも、あんなにキモチイイことを一方的に禁止するなんて、やっぱおかしいと思うんですよね」
 そう言ってから、ナプキンで口を丁寧にぬぐう。
 そして、鳴川は、奇妙に濡れた目で、僕の顔を見つめた。
「で……次は、いつ、しましょっか?」
「え、えと……」
 僕は、弁当をのどに詰まらせてしまった。
 それを、購買部で買ったペットボトルのお茶で流しこみながら、ようやく、一息つく。
「な、鳴川は、抵抗ないの?」
「は?」
「だからさ、その、僕みたいな……好きでもないやつと、するのがさ」
「ありませんよう」
 あっけらかんとした口調で、鳴川が答える。
「別に、好きじゃなきゃセックスしちゃいけない、ってわけじゃないじゃないですか。恋人さんじゃなかったですけど、センパイとのセックスって、きもちよかったし」
「ちょ……あの……」
 鳴川のあまりにストレートな物言いに、僕は慌てて周囲を見まわした。幸い、誰もこちらの会話に気付いている様子はない。
「もちろん、無理強いはできませんけどね」
 そう言って、鳴川は、空になったタッパーをナプキンで包んだ。
「でも、あたしは、またしたいなー、って思ってますよ」
 顔が、熱くなる。たぶん真っ赤になってるだろう。
 僕は、もくもくと弁当を平らげることにした。全然、味なんて感じない。
 そんな僕の横顔を、鳴川が見つめている気配がする。
「あ、あのさ、落ち着かないんだけど」
 僕は、とうとう音を上げて、鳴川に言った。
「だって、間が持たないんですよう。センパイ、黙り込んじゃうし」
 鳴川が、口を子供っぽく尖らせて、そう抗議した。
 そして僕は、結局、あたりさわりのない話をしながら、味の分からない弁当を鳴川の隣で食べ続けることになったのである。

 その日、僕は、鳴川と一緒に帰った。
 二人とも、降りるバス停が同じだった。そこから、ちょっとだけ歩いて、別々の道になる。
 その間、最近読んだ本の話とか、好きな映画の話とか、持っているCDの話とかをした。
 ウワサに、なるかもしれない。
 鳴川はそんなこと考えていない様子だったし、もし考えていても、気にしないだろう。
 実を言うと、僕自身、そんなに気にならなかった。
 鳴川のことが好きになったわけじゃない。正直、色々と、ついてけない感じだし。
 それに、僕は、きちんと人のことを好きになることができるのか、そのことに、まだちょっと自信が持てないでいる。
 でも――帰り道、鳴川とどうでもいいことを話すのは、イヤじゃなかった。



 家に帰ると、母さんが、妙に上機嫌そうな顔をしていた。
「何か、あったの?」
 そう訊くと、母さんは、何がおかしいのか、くくくっ、と笑う。
「数くんねえ、もうすぐ叔父さんになっちゃうのよ」
 そして、そんなことを、言った。
「え――?」
「静香ちゃん、赤ちゃんができたんだって。もう、3ヶ月目」
 たぶん、すごく間抜けな顔をしているであろう僕に、母さんが言う。
 さんかげつ……。
 それって……その時、まだ、姉さんは……。
「いやねえ、父さんも母さんも、もう、おじいちゃんおばあちゃんよ」
「……」
「ほら、はやく部屋に上がって着替えてらっしゃい」
 僕は、ぼんやりと肯いて、二階の自分の部屋に上がっていった。
「今日は、ごちそうだからね」
 階段を上がる僕の背中に向かって、母さんがはしゃいだような声で言った。

 その日の夕食で、父さんは、嬉しそうにビールを飲み、そして僕にまで勧めてきた。
 初めて、なめるだけじゃなく、コップ一杯をきちんと飲み干す。
 それは、すごく苦い味がした。

 夜になってから、調べてみた。
 まず、妊娠の計算っていうのは、受精した日じゃなくて、最終生理の開始日から数えるんだそうだ。
 で、普通、排卵日っていうのは、最終生理日の2週間後らしい。
 それから、妊娠何ヶ月っていう時の月数は4週間、つまり28日で数えるということだ。
 妊娠、3ヶ月目……。8週間以上が過ぎてる、ってこと。
 僕は、自分の部屋の中で、一人、冷たい汗をかきながら、日にちを計算した。
 3ヶ月目の、何日になるのか、それが分からないと、はっきりとは言えない。だけど……。
 1年分の日にちを表示しているカレンダーを、にらむ。
 その日は、ちょうど、姉さんの結婚式の日の前後だ。
 きゅうぅっ、と胃の辺りが苦しくなる。
 あのとき僕は――
 あのとき僕は、初めて――
 あのとき僕は、初めて、姉さんの体の中に――
 僕は、ぶんぶんと頭を振った。
 そんなはずはない。姉さんは、大丈夫だって言ったんだ。
 僕の、思い過ごしだ。そうに決まっている。
 そう思いながら寝床に入ったが、結局、その夜は明け方まで一睡もできなかった。

 そして、日付が変わり、土曜日の明け方
 ようやく眠りについた僕は、姉さんの夢を見た。



 発端は2年前。
 あのときも梅雨だった。
 その日の深夜、姉さんは、家を抜け出て、男のところに出かけた。
 まだ短大生だった姉さんがつきあっていた男である。
 ハンサムで金持ちだったけど、紹介されたとき、そいつの薄っぺらな笑顔に、なんとも言えない不快さを感じたことを憶えている。
 僕の予感は正しかった。
 姉さんは、その男の子供を妊娠してしまった。
 堕ろせという男に、姉さんはできないと言って泣いた。姉さんの部屋のドアの外で、僕は、電話している声を立ち聞きしてしまったのだ。
 姉さんは、話をつけるために、その夜、誰にも知られないように家を出た。
 それを、僕は追いかけたのだ。
 雲に覆われた暗い空。街灯が、一人で歩く姉さんの細い体を照らしていた。
 姉さんの背中を追う僕の手には、ナイフが握られている。
 悪い友人と度胸試しのつもりで手に入れた、銀色の鋭い刃物。
 きつくそれを握りながら、姉さんの後をつける。
 姉さんは、男の住むマンションに入り、エレベーターに乗った。
 エレベーターの止まった階を確認し、階段を駆け登る。
 夜だと言うのに、すごく汗をかいた。
 冷たい、粘つくような汗。
 階段から廊下に出ると、姉さんが、ドアのカギを開けていた。合鍵を持っていたのだ。
 男が、ドアから出てくる。
 男は、上半身裸で、髪を乱れさせ、目をぎらぎらと光らせていた。
「なぜここに来た?」
 男の様子に息を飲んだ姉さんに向かって、歯を剥き出しにして言う。
「もう、ここには来るなと言っただろうが!」
 叫んで、男は、姉さんの肩をつかんだ。
 姉さんの肩に、男の指が、怪物のカギ爪のように食い込む。
 姉さんは、お腹をかばいながら、悲痛な声で何かを訴えた。
「うるさいッ!」
 男が手を上げる。
 僕は、自分でもわけの分からないことを叫びながら、廊下に踊り出た。
 きつく握られた右手には、銀色のナイフ。
 そんな僕を、男は、凄まじい目で睨んだ。
 明らかに狂気をはらんだ、赤く充血した目。
 僕は、あと一歩というところで、体が硬直してしまった。恐怖で体が動かなくなったのだ。
 目の前の男がまとう、凶暴な気配。
 驚きに目を見開く、姉さんの白い顔。
 そして、自分が、人を傷つけるための道具を持っているということに、僕は、萎縮してしまっていた。
「そんなモノ持って、どうするつもりなんだ?」
 男が、恫喝を含んだ嘲笑をその口に浮かべながら、言った。
 決まってる。姉さんを汚し、傷つけたあげくに捨てたこの男を刺し殺すために、僕はナイフを握っているのだ。
 その、自分自身の殺意に、僕は、ぶるぶると震えてしまっていた。
 そんな僕の様子に、男は、大きく口を開けて笑い出す。
 と、その時、男の笑い声が、不意に途切れた。
 気配を感じて振り向いたときには、その気配の主は、僕を追い越し、男に踊りかかっていた。
「乾?」
 男が、驚きの声を上げる。
 “乾”と呼ばれたもう一人の男の人は、物も言わずに、持っていた特殊警棒のようなもので、男の肩をしたたかに打ち据えた。
 男が、たまらずうずくまる。
 乾さんは、床についた男の右手を思いきり踏みつけ、その動きを封じた。
 そして、懐から携帯電話を取り出し、どこかにつなぐ。
「木原を確保した。見張り一人を残して上がって来い」
 そう言って電話を切り、僕と、姉さんを交互に見る。
 夜中だというのに、なぜかサングラスをかけている。長身で、ごつごつした顔。頭には髪の毛が一本もない。はっきり言って、とても善人には見えなかった。
「……人を尾行しているときは、自分が尾行されていることに気付きにくい。これからは用心するんだな」
 薄いくちびるに皮肉な笑みを浮かべながら、乾さんが、僕に言う。
「それから、使えないならヘタな物は持ち歩くな。怪我をするだけだ」
 廊下に膝をつき、情けない声をあげているあの男とは段違いの凄みを全身からにじませながら、乾さんはそう続けた。
 僕は、何も言えない。
 と、3人の男が、エレベーターで上がってきた。3人とも、乾さんほどじゃないけど、いかにも暴力のプロといった雰囲気である。
 乾さんが顎で指図すると、そのうち2人が、床の男――木原の腋に手を差し入れ、引きずるようにして立たせた。
「“商品”は中だ。木原とは別の車で連れていけ」
 乾さんの言葉にうなずき、残る一人は木原の部屋に入っていく。
「――結花里いぃッ!」
 木原が、甲高い声で叫ぶ。
 そんな木原を、二人の男が、ずるずると容赦なく引きずっていった。そして、もがき、暴れる木原を、無理矢理にエレベーターに放り込む。
 木原が消え、静かになった廊下に、その人が現れた。
 濡れたような妖しい艶のある黒髪の、すごく綺麗な女の人だ。羽織った男物のワイシャツの下は、どうやら裸らしい。
 木原の、新しい恋人だった人、だろう。
 その人が、この場にそぐわない、にこやかな笑みを浮かべ、乾さんの顔を見る。
「お手間を、おかけしてしまったようですね?」
 この人と乾さんは、どうやら知り合いらしい。“商品”という言葉は気になるけど、乾さんがこの人を木原から取り返しに来た、といったところだろうか。
「仕事だからな」
 そう、乾さんが仏頂面で答えると、木原が“結花里”と呼んでいたその人は、鈴が鳴るような声で笑った。
 その人の声に、僕は、なぜかぞっと寒気を覚えた。
 見ると、姉さんは、結花里さんの横顔を、じっと見つめている。
 結花里さんは、姉さんの方を見ようとしない。
 そして、結花里さんも、もう一人の男とともに、消えた。
 廊下には、僕と、姉さんと、乾さんだけが残っている。
「さっきはあんなことを言ったが、お前さん、見所はあるな」
 乾さんが、薄く笑いながら言った。
「借りもできちまった。……学校を出て、もし行くところがなくなったら、相談に乗るぜ」
 そう言って、懐から名刺を取り出し、僕の胸ポケットに入れる。
 そして、乾さんも去っていった。
 僕は、茫然と立ち尽くす。
 僕の傍らでは、姉さんが、手で顔を覆い、細い嗚咽を漏らしていた。



 そして姉さんは、子供を堕ろした。
 姉さんが、夜、僕の部屋に忍んで来たのは、それからしばらくしてのことだった。



 その時、父さんも母さんも、旅行に行って留守だった。
 二人きりの、夜。
「数くん、起きてる……?」
 そう言いながら、姉さんは、僕の部屋のドアを開けた。
「起きてる、けど」
 体を起こし、枕もとのスタンドを灯しながら、僕が答える。
 姉さんは、ドアを閉め、そしてカギをかけた。
 そして、ベッドに腰掛けた僕の隣に並んで座る。
 見なれた赤いパジャマに、肩より少し下まで伸ばした、緩いウェーブのかかった褐色の髪。
 長いまつげに縁取られた、ぱっちりとした二重の目を、今は伏せている。
 少し痩せたせいか、姉さんは、すっかり大人の女性の顔になっていた。
 身びいきを差し引いても、姉さんは、本当にキレイだ。
 そんな横顔を見つめていた僕の方に、姉さんは顔を向けた。
「数くん……」
 声が、かすかに震えている。
 姉さんの瞳の中で、今まで見たことのないような光が揺らいでいた。
 姉さんは、今、何かの瀬戸際にいる――。
 その時、何の根拠もなく、そう思った。
 だから――
「数くん、抱いて」
 姉さんがそう言ったとき、僕は、さして驚くことなく、その体に両手を伸ばしたのだった。
 両肩に手を置き、こっちに引き寄せる。
 姉さんは、僕の胸に体重を預け、ぎゅっ、と両腕でしがみついてきた。
 姉さんの体は、柔らかくて、とてもいい匂いがした。
 僕も、姉さんの背中に回した手に、力を込める。
 その頃、僕はまだ姉さんと同じくらいの身長しかなかったのだが、腕の中の姉さんの体は、何だかすごく小さく思えた。
 細かく震えながら、姉さんは、何かを求めている。
 すでに失ってしまった何か――いや、もともと存在すらしていなかった、何かを。
「数くん……数くん……」
 僕には、そんな姉さんに応える力もなかったし、応える資格もなかったはずだ。
 なのに、僕は、細い声で訴え続ける姉さんのくちびるを、くちびるでふさいだのだ。
 それ以上、姉さんの悲痛な声を、聞きたくなかったから――。
「ん……んンっ……ン、ンん……」
 姉さんは、僕のくちびるを吸い、舌に舌をからめてきた。
 僕にとって、初めてのキス。
 予想していたどんな感触とも違う、柔らかくて、気持ちのいいキス。
 だけど、やはり、強烈な後ろめたさがあった。
 確かに、憧れていたし、好きだった。でも、それまでずっと姉弟として生活をともにしていた家族なのだ。
 全身を巡る血管に、熱いのと冷たいの、2種類の血が流れているような、奇妙な感じ。
 でも、そんなコトどうでもいいと思わせるほどの快感が、姉さんの舌とくちびるによってもたらされる。
 股間のモノが、自然と、熱くたぎってきた。
 痛いくらいにカタくなったそれに、服の上から、姉さんの指が触れる。
「数くん、すごいよ……」
 ちゅばっ、ちゅばっ、と僕のくちびるを味わうように吸い上げながら、姉さんが、ぬれたような声で言う。
 耳元でそうささやかれるだけで、そのままガマンできずに出してしまいそうなほど、淫らな響き。
 姉さんが、僕の体をシーツの上にやわらかく押し倒した。
 そして、両手で、僕のトランクスを下ろす。
 それは、まるでバネ仕掛けのおもちゃのように、ひょこん、と立ちあがった。
 恥ずかしさに、顔が熱くなる。
「数、くぅん……」
 はぁ……っ、と色っぽいため息をつきながら僕の股間を見つめる姉さんは、もう、いつもの姉さんではなかった。
 二重の大きな目が、きらきらと妖しく光っている。
 普通の目つきじゃない。
 でも、それを言うなら、僕だって普通とはいえなかった。
 これから姉さんがするであろう淫らな行為を、胸を高鳴らせて待ち望んでいる僕。
 姉さんは、その柔らかなくちびるを開き、ぱくりと、僕のソレの先端にかぶせた。
「んぅ――」
 声が、漏れてしまう。
 姉さんは、そんな僕の反応に目を細めながら、ぬぬぬぬっ、とペニスを口の中に収めていった。
 柔らかく、ぬるぬるしてて、奇妙に生温かい感触が、僕のその部分を包み込んでいく。
 さっきまで、僕とキスをしていた口が、僕のオスの器官をくわえているのだ。
 フェラチオ……。
 ちょうどその頃に覚えたばかりの、何の実感も伴わなかったその単語が、今まさに姉さんのしている行為と重なっていく。
 姉さんが、僕のアレを、フェラチオしている……。
 そう思うだけで、脳がぐつぐつと煮えるような興奮を覚える。
 姉さんは、僕のペニスの竿の部分に舌をからませながら、ゆるゆると頭を動かし始めた。
 熱い快楽が、ぐんぐんと高まっていく。
 敏感な粘膜の表面で感じる姉さんの口内の感触にわずかに残った理性をとろかされながら、僕は、無意識のうちにぎゅっとシーツをつかんでいた。
 ひくっ、ひくっ、と僕のその部分が、姉さんの口の中で動いた。
「ふふ……」
 姉さんが、口元にわずかな笑みを浮かべて、顔を引く。
「あ……」
 僕は、情けない声を上げて、続きを求めるように、姉さんの顔を見つめた。
 姉さんが、再び僕の股間に顔を寄せる。
 そして、今度は、肝心の部分でなく、僕の脚の付け根のあたりをなめ始めた。
「ひ……あぁっ……」
 ちょっとくすぐったいようなもどかしい快感に、僕は、身をよじらせた。
 姉さんは、ますます熱心に、ペニスの周辺部分を責めてくる。
 姉さんの唾液と、僕が漏らしてしまった液でぬるぬるになった竿をやわらかくしごきながら、陰嚢をぺちゃぺちゃとなめ、その中の睾丸を舌で転がすようにするのだ。
 自分の手でするのとは全く異なる、思い通りにならない気持ちよさ。
 姉さんは、この行為を通じて男というものに復讐するかのように、熱心に僕のそれを責め続けた。
 僕のその部分が、だらしなく透明な液をあふれさせながら、ひくひくとしゃくりあげる。
 このまま、この緩やかな愛撫だけで、精を漏らしてしまいそうだ。
 だけど僕は、もっともっと激しいことをしてほしくて、ぐっと歯を噛んで射精をこらえた。
 と、まるで僕のその浅ましい考えを見抜いたように、姉さんが、くすっと笑う。
 そして、ぱくん、と再び僕のそれをくわえた。
「あ、ああっ、ン……くぅっ……!」
 最初から容赦のないピストン運動で、姉さんは、僕を追い込んでいく。
 僕のうめき声と、姉さんのふんふんという鼻声に混じって、じゅぶじゅぶといういやらしく湿った音が、僕の部屋に響いた。
 姉さんのくちびるが僕のペニスを吸引し、舌先が、敏感なカリの段差や尿道口をえぐるようにする。
 ぱちっ、ぱちっ、と、電気がスパークするような快感。
 絶頂の、予感。
「ね、ねえさん……ねえさんっ……!」
 僕は、無意識のうちに姉さんのことを呼びながら、ぎゅっ、と体を緊張させた。
 ぐうっ、ひときわ深く、姉さんが僕のペニスを飲みこむようにする。
「だめ……でちゃう、でちゃうよ……っ」
 姉さんの喉の奥に射精してしまうことへの罪悪感から、僕は、そんなことを口走った。
 でも、姉さんは、逃すまいとするかのように、僕の腰を両手を押さえ、ますます深くペニスを口の奥に迎え入れる。
「あ……んうっ……くッ……!」
 そして、僕は、姉さんの口の中に、大量に射精してしまった。
 射精は、自分でも驚くほど、長々と続く。
「んっ……んっ……んっ……んっ……」
 それを、姉さんは、ひかえめに喉を鳴らしながら、飲み干していった。
「あ……あぁ……はぁ……ぁ……」
 僕は、ため息のような声を漏らしながら、ぐったりと体から力を抜いた。
 姉さんが、ゆっくり、口からペニスを抜く。
「数くん……今度は、お姉ちゃんを、気持ちよくして……」
 ちろり、とピンク色の舌でくちびるをなめながら、姉さんが言った。
 すっかり欲情した、ぞくぞくするくらいエッチな顔……。
 僕は、姉さんの言葉に肯いてから、体を起こし、震える指先を伸ばした。
 姉さんのパジャマのボタンを、一つ一つ、外していく。
 薄暗いスタンドの明かりに照らされ、暗い部屋の中、姉さんの体が浮かび上がった。
 手足が細くて、着やせするタイプだけど、姉さんは、けっこう胸がある。
 その、まろやかなふくらみに、僕は手を伸ばした。
 姉さんの胸が、ふにっ、と柔らかく形を変える。
「あン……」
 姉さんが、かすかな声をあげる。
 その声に、僕は一瞬理性を失い――はっと気付いたときには、姉さんをベッドに押し倒し、胸の谷間に顔をうずめていた。
「あぁ……」
 なんとも言えない感触を頬で感じながら、両手で胸をまさぐる。
「ふふ、数くんたら……」
 姉さんは、そのころまだ長かった僕の髪を撫でてから、僕の顔を優しく誘導した。
 姉さんに導かれるまま、胸の頂点に口を寄せ、乳首をくわえる。
 ちゅーっ、と乳首を吸うと、姉さんのしなやかな体が、ひくんと跳ねた。
「数くん……もっと、もっと吸って……」
 ひどく頼りない声で、姉さんにそう言われ、僕は、ますます強く姉さんの乳首を吸い上げた。
 左右の乳首を交互に口に含み、れろれろと舌でなぶってから、音を立てて吸引する。
「あっ、あっ、あっ、あっ……!」
 姉さんは、次第に声を高くしながら、体をのけぞらせた。
 その背中に腕を回し、精一杯の力で抱き締めながら、乳首や、乳房にキスを繰り返す。
 僕は、姉さんの肌を、跡が残るくらいに激しく吸い、夢中になって歯まで立ててしまった。
 まるで、果物にかぶりつくような愛撫。
 それを、姉さんは、妖しく体をくねらせながら、全て受け入れた。
 そうしながら、自ら、パジャマの下やショーツを脱いでいく。
 その姿は、ものすごく、淫らだった。
「か、数くん、もう……」
 姉さんが、切なげな声をあげる。
「姉さん……」
「膝で立ってみて、数くん」
「う、うん……」
 ベッドの上で素直に膝立ちになる僕の前に、姉さんがひざまずく。
 そして、体をかがめ、すでに半立ちの状態にまで回復した僕のアレに、ちゅっ、とキスをした。
 それから、竿の部分に舌をからめながら、指先で陰嚢をくすぐる。
「あう……ン……んんっ……」
 僕は、うめき声を上げながら、たまらず天井を仰いだ。
 ぬぬぬっ、と姉さんの口が、僕のそれを飲み込んでいく。
 と、意外なほど呆気なく、姉さんはフェラチオを中断させてしまった。
「準備できたよ、数くん……」
「え……?」
 見ると、すっかり勃起した僕のペニスには、いつのまにか、避妊具がかぶせられていた。
 奇妙につるつるしたその表面を、姉さんが淡い笑みを浮かべながらなめまわす。
 僕は、付けているのを忘れるくらいに生々しく、姉さんの舌を感じた。
「来て……」
 薄いゴムをかぶった僕のペニスを、すっかり唾液でぬらしてから、姉さんが言った。
 生唾を飲み込んでから、ゆるやかに開かれた姉さんの脚の間に、腰を下ろす。
 そして僕は、姉さんのその部分を、じっと見つめた。
 細いヘアにふちどられ、溢れた液でキラキラと光るその部分。
 そこは、すでにほころび、僕のそれを待ちわびているようだった。
 再び、意識を失うほどの興奮が、僕の視界を真っ赤に染める。
 どきどきと心臓が脈打つ音を耳の奥に聞きながら、僕は、ペニスを右手で握り、姉さんのそこに押し付けた。
 やわらかい――
 思いもかけなかったやわらかな感触を、敏感なペニスの先端で感じる。
 僕は、ますます頭に血を昇らせながら、腰を突き出した。
 ずるん、とアレが、あの部分をこするようにして、勢いよく上側に滑る。
「もっと下だよ、数くん……」
 そう言って、姉さんは、焦る僕の右手ごと、両手でペニスを包むように握った。
 そして、優しく僕を導く。
 僕は、姉さんに導かれながら、再び、腰を前に進ませた。
 ペニスが、姉さんの中に入っていく。
「ん、ああぁ、あっ――」
 姉さんが声をあげる。
 僕の動きは、止まらない。
 そして、姉さんのそこは、僕のペニスを、すっかり根元まで飲みこんだ。
 夢中になっていた僕は、そこで初めて、姉さんの中の感触を感じることができた。
 予想よりも、ずっと熱くて、やわらかい。
 やわらかいのに、ぴったり吸いついてくるみたいに、僕のペニスを包んでくれている。
 それは、どこか安心するような感触だった。
「姉さん……」
 僕は、姉さんの体に覆い被さり、抱き締めた。
「数くん……」
 姉さんが、僕のことを抱き締めてくれる。
 けして許されない、姉と弟の交わり。
 が、その時は、禁忌感も背徳感も感じることはできなかった。
 ただただ、腕の中にある姉さんの体が、全てだったのだ。
「動いて、数くん……」
 姉さんが、何だか甘えるような声でおねだりする。
 僕はうなずいて、腰を動かし始めた。
 我ながら、ひどくぎくしゃくした、ぎこちない動きだ。
 激しくすると抜けてしまいそうなので、ゆっくりと動かす。
 それだけで、腰がとろけてしまいそうな快感があった。
 動かし続けていると、すぐにイってしまいそうになったので、あわてて腰を止めた。
 そうしてから、またゆっくりと、腰を動かし出す。
 まるで手探り状態のセックス。
 それでも、僕は、少しずつ、スムーズに腰を動かすことを覚えていった。
「あぁ……あぁ……あ、あぁ……あン……あぁン……」
 僕の動くリズムにあわせて、姉さんが甘く喘ぐ。
 その声が、とても可愛くて、僕は、ますます夢中になった。
 自分が、姉さんに快感を与えている。
 そして、その行為で、僕も快楽を感じている。
 そう考えると、自然と動きが激しくなってしまった。
 ぬるっ、と勢い余って、ペニスが抜けてしまった。
 べっとりと愛液にぬれたそれを、再び、姉さんの中に挿入させる。
「あ、うううンンンっ♪」
 姉さんが、声を出して身もだえた。
 もっともっとその声を聞きたくて、姉さんの中を、自分のペニスでこすり、かき回す。
 もう、いつ射精してもおかしくない状態だったけど、1秒でも長くこの快感を感じ続けていたくて、僕は、荒い息をつきながら、必死になってこらえた。
 付け根の部分に、痛みすら覚える。
 限界が近かった。
 もはや、抽送を中断しても、すぐに出してしまいそうになっている。だから僕は、少しでも自分と姉さんの快感を高めるべく、むちゃくちゃに腰を動かした。
「あ、んんッ! はぁ、ああああアアアっ!」
 声をあげる姉さんのアソコが、きゅううん、と僕を締めつける。
「か、かずくん、あたし、イクぅ……おねえちゃん、おねえちゃん、イっちゃうの……っ!」
 そう言いながら、姉さんは、僕の背中に爪を立てた。
「あああっ!」
 僕の中の何かが、決壊した。
 今までせき止めていた熱い濁流が、溢れ出す。
 それは、自分でも驚くほどの勢いで、ペニスの中を通りぬけ、どばあっ、と先端からほとばしった。
 凄まじい、射精感。
 それが、何度も何度も繰り返される。
 頭の中は、真っ白だった。
 何も、分からない。
 こんなにキモチイイことが――ヨノナカにあったなんて――
 ただ、そんな驚きのようなものをかすかに感じながら、僕は、姉さんの体の上で、ぐったりと力を抜いたのだった。



 そして、僕と姉さんのこの関係は、今年の春まで続いたのである。


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