第2章
ホテルの中で、僕は、家に携帯電話で連絡をいれた。
遅くなると言う僕への母さんの返事は、こっちがあきれるくらいあっさりとしていた。
「鳴川は連絡をいれないの?」
電話を切ってからそう訊くと、鳴川は首を横に振った。
「携帯ないなら、貸すけど?」
「持ってますよう、それくらい」
そう、鳴川は笑って言い、そして、バッグから箱入りのスティック菓子を取り出した。
「食べます?」
チョコレートをコーティングしたその定番のお菓子を一本口にくわえてから、ベッドにこしかけ、ひょい、と箱を差し出す。
「いや、いいよ」
「じゃあ、あたしだけで食べちゃいますよ」
そう言って、彼女は、ぽりぽりと美味しそうにそれを食べていく。
なんだか、ヘンなコだ。
いや、ヘンって言うなら、初対面の僕とホテルに入ったこと自体、ヘンなんだけど。
顔だけ見るとおとなしそうなんだけど、やっぱ遊びなれてるんだろうか。
まだ高1なのに……なんてこと、僕が言える立場じゃないけど。
「シャワー、浴びてくる」
「はーい♪」
手なんか振りながら、鳴川は可愛く返事をした。
ぬるめのお湯を浴びながら、僕は、ちょっと考え込んだ。
ここまで来て言うのもなんだけど、これで、本当にいいんだろうか。
最近短く切った髪を濡らしながら、そう思う。
好きでもない、と言うか、好きになるヒマもないコと、ホテルの中。
ちょっと反省してから、視線を下に向ける。
元気だ。
ああもう、自分でも呆れるほどにみなぎっている。
そりゃそうだ。あんな可愛いコと同じ部屋の中。しかも彼女は、あからさまに僕を誘ったのだ。
しかも彼女とは、並んでノゾキまでした仲である。
すごい――あんなすごい、セックスを。
思い出すと、それだけでますます股間のモノがいきり立ってくる。
自己嫌悪を感じる余裕すら無くしてしまうような、激しい焦燥感に似た昂ぶり。
いっそ、水でもかぶろうか、と思ったとき……背後の扉が、開いた。
「え?」
振り向くと、なんと、全裸になった鳴川が、そこにいる。
「間が持たなかったから、来ちゃいました」
えへっ、と鳴川が笑った。
僕は、何も言うことができず、ただただ鳴川のカラダを、見つめてしまう。
細め、だと思う。すごくきゃしゃで、力仕事なんかしたことがないみたい。
なのに、体の線は柔らかくて、腰から脚にいたるラインなんて、見てるだけでため息が出そうだ。
胸はあまり大きくない。手の中に、すっぽりと収まる感じ。
ひかえめなピンク色の乳首を、鳴川は、隠そうとしていない。ただ、さすがに前には、タオルを当てていた。
「えーっと、シャワー、浴びていいですか?」
「あ、うん」
そう返事をして、僕は、場所をゆずる。
鳴川は、僕の知らない歌を小声で歌いながら、シャワーを浴び出した。
「それ、誰の歌?」
シャワーを浴びる鳴川の白い背中を見ながら、僕は、思わず訊いてしまった。
「多分、センパイ知らないと思います」
そう言ってから鳴川が答えたアーチストの名前は、やはり僕には聞き覚えがなかった。
「えっちなゲームの主題歌ですから」
「……」
またも、絶句。
何を言っていいか分からないまま、僕は、ちら、と視線を落とした。白いお尻が、流れるお湯に濡れている。
「――センパイ?」
「わあ!」
まるで計ったようなタイミングで肩越しに振り向く鳴川に、僕は、大きな声をあげてしまった。
「あたしの体、どうですか?」
が、鳴川は、僕のうろたえた態度に構わず、そんなますますうろたえるようなことを訊いてきた。
「かっ……」
とりあえず、きちんと人間の言葉をしゃべれるように、深呼吸する。
「き、きれいだと、思うよ」
そして、何ともキザなことを言ってしまった。
でも、ウソをついた覚えはない。本当に、鳴川の細い体は、キレイだったのだ。
けど、鳴川は、ちょっと不満そうな――そして不安そうな顔をした。
「そーいうんじゃなくてえ……興奮、します?」
「こ……こーふんって……」
なんなんだ、このコは?
普通、女のコってのは、そういうコトを言われるのを、一番いやがるもんじゃないのか? それを、わざわざ訊いてくるなんて……。
いや、だから、鳴川は普通じゃない。
もともと普通っぽいコじゃなさそうだし、それに、あんなシーンを僕と覗き見して、ますますおかしくなってるんだろう。
そして、おかしくなってるのは僕だって同じだ。何しろ、今の鳴川の言葉で、股間のソレが、ますます熱く立ちあがってしまっているんだから。
「……すごく、興奮するよ」
だから、僕は、半ばヤケになって、そんなふうに答えた。
「よかった♪」
鳴川は、ほっとしたように微笑んだ。
「あたし、顔も体も地味だし、おっぱいも小さいしで、自信なかったんですよう」
たはははっ、と鳴川が笑う。
僕は、女のコに対する認識というものを新たにしないといけないような気がした。
で、僕と鳴川は、バスタオルを体に巻いて、ベッドに並んで座った。
鳴川が、僕の顔をのぞきこむようにする。
「センパイは、経験、あるんですか?」
「うん、一応」
とりあえず、正直に答えておく。
そう、経験はある。だから、こういうとき、まずはどうすればいいか、分かってるつもりだ。
股間で痛いくらいに立ちあがってるソレは、すぐにでも彼女の中に入りたがってるわけだけど、そういうわけにはいかない。
僕は、じっと、鳴川の顔を見つめた。
「あ、えと……」
鳴川が、ちょっと困ったような声を出す。でも、僕は目をそらさない。
黒目がちの瞳がうるみ、目元が、ぽおっと桜色に染まっていた。
半開きのくちびるを、ピンク色の舌が、ちろりとなめる。
細い肩に手を置くと、かすかなおののきが、感じられた。
「えと……」
この期に及んで、鳴川は、何か言いかける。
僕は、それを無視するように、鳴川の体を、ベッドに横たえた。
僕は今、どんな顔をしているんだろう? 怯えたような鳴川の顔を上から見ながら、ふと、そんなことを考える。
――数クンは、メガネ外すと、たまにこわい顔になるから、注意しなさいよ。
姉さんは、そんなことを言ってたっけ。
「あの、センパイ……?」
鳴川が、ささやくような声で言った。
「キスは、しないんですか?」
妙に幼い口調でそう言われて、僕は、鳴川のくちびるに、くちびるを寄せた。
まずは、ちゅ――と、軽いキス。
好きなわけじゃない、彼女でもなんでもない女のコとの、口付け。
鳴川のくちびるは、とろけそうに柔らかかった。
「あぁ……ン」
くちびるを離すと、鳴川が、可愛い、それでいながらすごく色っぽい吐息を漏らす。
僕は、何度か鳴川のくちびるをついばんでから、口で口を覆うような本格的なキスに移行した。
鳴川の口の中に、舌を差し入れる。
ぬるぬるした舌が、僕の舌に触れてきた。
その舌や、口の中を舌先でまさぐると、ひくひくっ、と鳴川の体がふるえる。
僕は、濡れた鳴川の口内をたっぷりと味わってから、また、くちびるを離した。
鳴川が、今まで閉じていた目を開く。さっき以上に、うるうるの涙目だ。
黒い猫っ毛を撫でると、ひくん、と鳴川は身をすくめた。不意打ちだったらしい。
(意外と、経験少ないのかな……?)
それとも、丁寧に愛撫されたことなんてなかったのか。
そんなやらしいことを考えながら、僕は、鳴川の首筋に、くちびるを当てた。
「ひゃん!」
そこをなめると、鳴川が、悲鳴のような声をあげる。
僕は、首筋や鎖骨の辺りに舌を這わせながら、そっと、鳴川がまとうバスタオルをはだけさせた。
小ぶりの乳房に、手の平を重ねる。
柔らかな弾力が、僕の手の平を押し返してきた。
まずは、ソフトなタッチで、撫でるように乳房を揉んでみる。
「あっ、あぁっ、あっ、あっ」
それだけで鳴川は、せわしない声をあげた。
(ビンカン、なんだなあ……)
でも、自分の愛撫で女のコが感じてくれるということには、奇妙な感動すら覚えてしまう。
僕は、鳴川の傍らに座りこんで、両手でふにふにと乳房を揉みしだいた。
だいじょうぶかな、と思うくらいに力を込めても、鳴川は痛がったりしない。
ただ、かなり感じているらしく、身をよじらせながら、甘い声を漏らしている。
「す、ごい……すごい、よう……っ」
あぁっ、あぁっ、と喘ぎながらそんなことを言う鳴川は、本当に可愛かった。
くい、と指先で乳首をつまんでみる。
「ひややっ!」
叫んで、鳴川は、きゅっ、と身をすくめた。
「く、くすぐったいぃ……」
そして、笑いそこねたような顔で、そんなことを言う。
僕は、胸を隠そうとしていた鳴川の両手をどかして、右の乳首にくちびるを寄せた。
「あぁン♪」
ちろっ、と乳首をなめると、甘い声をあげる。どうやら、お気に召したみたいだ。
ぷくん、と立ってきた小生意気な乳首を交互に口に含み、舌でころがす。
「はぁん、あっ、あぁ、ああンっ」
鳴川は、本当に気持ちよさそうな声をあげた。
その声を聞いて、もともとかなり血が昇っていた僕の頭に、ますます血が昇る。
僕は、右手を、そろりと鳴川の脚の付け根に伸ばした。
(うわ――)
その部分は、驚くほどに濡れていた。
指先に触れる、ぷにぷにとした鳴川のその部分は、自分で分泌した蜜でぬるぬるになってる。
「……や、やっぱり、ヘン、ですかぁ?」
僕の驚きの気配を察したのか、鳴川が、小さな声でそんなことを訊いてきた。
「あたし、すぐ、そうなっちゃうんですよう……やっぱ、ヘンですよねぇ……」
そんなことを言う鳴川に、ふと、イジワルな心が鎌首をもたげた。
「ノゾキしてたときも、こんなだったの?」
「やぁーん!」
鳴川は、真っ赤になった顔を両手で覆った。
「だって、だって、だってぇ……」
小さな子どもみたいに首を振る鳴川のワレメに、僕は、ぬるっ、と右手の中指を滑らせた。
「はン……!」
鳴川の動きが、止まる。
やっぱり、ココもかなり敏感らしい。
僕は、くちゅくちゅという湿った音を聞きながら、鳴川のそこをまさぐった。
「き、きもち、いい……っ」
鳴川は、僕の愛撫によってもたらされる快感に、身をくねらせて反応する。
何かから逃れようとするように動くその細い体を、僕は、左腕で固定した。
左手で、肩をつかむように抱いて、右手の中指で、ほころんだスリットをぐにぐにと上下になぞる。
「あぁン、あ、あン、んんっ、はン、あぁぁーン」
鳴川が溢れさせる液で、僕の右手は、もうびちゃびちゃだ。
もう――いいだろう。
はっきり言って、僕はもう、限界である。これ以上ガマンしたら、頭がおかしくなりそうだ。
股間のモノは、先端からすでに透明な液を漏らしている。
僕は、ここに来る途中、自動販売機で購入しておいた避妊具を、装着した。
鳴川は、ベッドに横たわって、とろんとした目で、僕のそんな様子を見てる。
準備が終わった僕は、鳴川の脚を開いて、その間に身を置いた。鳴川は、されるがままだ。
見ると、溢れた蜜で、ピンク色のその部分の周囲はべっとりと濡れ、恥丘にひかえめに生えているヘアは、肌に張りついてる。
ひくひくと息づいているようなその部分に、僕は、アレの先端を当てた。
「すっごい、どきどきする……」
鳴川は、顔を覆ってた両手で、口元をかくしながら、言った。
「本当に、どきどきしてるんですよ?」
そして、どういうわけか、そんなふうに強調する。
僕は、こくんと肯き、そして、ぐっ、と腰を進ませた。
「あ――」
たっぷりと濡れてはいるものの、まだ未発達な感じの鳴川のアソコが、徐々に広がり、僕のをくわえ込んでいく。
僕のサイズが平均と比べてどうなのか知らないけど、少なくとも、鳴川にとってはちょっとキツそうな感じだ。
でも、無論、もう体を止めることなんてできない。
「あ、あ、あ、あぁ――」
僕は、鳴川のそんな声を聞きながら、ぐうっ、と腰を進ませた。
濡れた粘膜がシャフトの表面を滑るのを、薄いゴム越しに感じる。
そして、奇妙な抵抗と、それを勢いで強引に突破してしまった感触――。
「い、たぁ――っ!」
鳴川が、悲鳴をあげた。
ぬるりとした何かが、アレにまとわりついている。
薄いゴムに透ける肌の色にまぎれてちょっと分かりにくいけど、それは、朱色をしていた。
血だ。
「な……」
僕は、思わず、そう声をかけてしまう。
「……鳴川……はじめて、だったの?」
「そう……ですよう……」
はぁー、はぁー、と息を整えながら、鳴川が答える。
「な、なんで――?」
「なんでって……したことないんだから、はじめてなんですよぅ……」
僕は、混乱していた。
鳴川が、処女。
いや、もう処女じゃない。さっきまでは処女だった、ということだ。
僕は、今、鳴川の処女を奪い、犯している。
彼女とか、恋人とか、そんなんじゃない。今日、つい一時間くらい前に知り合った、下級生の女のコ……。
そのコの初体験の痛みを、僕が、今まさに刻み込んでいる。
まるで、何かに騙されたような気分だ。
でも、なんで――
なんで、こんなに、興奮するんだろう――?
僕は、血をにじませ、限界まで引き伸ばされた感じの鳴川のそこに、ピストンを再開させた。
「はぐ、ン……あぁっ……!」
鳴川が、悲鳴をあげる。
なんて甘美な悲鳴。
こんな――こんなに残酷な悦びを、感じてしまっていいのだろうか?
受け止めること自体に、罪悪感を感じるくらいの、激しい快楽。
アレが、鳴川の中で、熱くたけり狂っているのが分かった。
僕は、その熱いもので、今まで何モノの侵入も許していなかった鳴川の中を、ずりずりとこすりたてる。
鳴川は、涙をこぼしていた。
すすり泣きながら、身をよじり、シーツをぎゅっと掴んでいる。
体が敏感な分だけ、痛みも鋭いんだろうか?
なのに、僕の体は、止まらない。
「ひゃうぅ……ひ……いあ……ああああぁぁぁ……」
鳴川の泣き声を聞きながら、その細い体に、体をかぶせる。
僕は、彼女の耳元に荒い息を吐きながら、本能の赴くまま、腰を動かし続けた。
初めてのコにすべきではないような、激しい抽送。
本当だったら、いたわって、やさしくしてあげなければならない、最も繊細な個所を、僕は、残酷に突き上げている。
血と粘液にまみれながら竿にからみつくその部分の感触に、僕は、夢中になっていた。
鳴川の両肩を抱き、枕に突っ伏すような姿勢で、ピストン運動を続ける。
「あ……はあぁ……あ、あぁン……」
鳴川の声が、変化していた。
「はぁ、あ、あン……あ……ひぁあン……」
どこか、媚びのようなものをにじませた、甘い声。
感じているときの、声だ。
ぎゅっ、と僕の背中に、鳴川が腕を回す。
「セ、センパイ……もっと、もっと……っ……」
驚きのあまり、腰の動きを緩めてしまった僕に、鳴川は、そうおねだりした。
その顔は、未だ眉を苦しげに寄せてはいるが、どこかうっとりとしているようにも見える。
苦痛と、そして快感を同時に感じている、そんな、複雑な顔。
このコは――
このコは、僕を、こんなに興奮させて、どうしようっていう気なんだろう?
それとも、処女って、みんなこういう反応を示すんだろうか?
が、そんな馬鹿げた考えは、再び腰を動かしたことによって得られた興奮と快感に、あっけなく押し流されてしまう。
残るのは、ただ、圧倒的な気持ちよさだけだ。
「はあぁ……あン……あぅ……ン……ひやああァん……」
さすがに、角度や深さによっては、まだ痛むことがあるらしい。それでも鳴川は、あからさまな嬌声をあげながら、僕を抱く腕に力を込めた。
股間が、融けてしまいそうに、熱い。
熱は、そのまま痛いくらいの快感になって、腰にわだかまっていく。
「す、ごい……センパイ……こんな、こんなふうなんて……っ!」
鳴川自身も、自分の中で高まっている快感に、とまどいと、そして恐れを抱いているようだ。
鳴川が、閉じていた目をうっすらと開き、すがるような瞳で、僕を見る。
それで、僕は、限界を迎えた。
快感の限界点を突破させるべく、むちゃくちゃに腰を動かす。
「ひあああッ! あッ! ンあああああああぁッ!」
苦痛によるものとも、快楽によるものともとれる、鳴川の高い悲鳴。
そして、僕は、鳴川の一番奥にまでペニスを付き入れ、一気に欲望を解放した。
僕は、その時、声をあげていたと思う。
何度も何度も、熱い液を迸らせる快感。
鳴川が、腕だけでは足りないと言わんばかりに、僕の腰を、ぎゅっと脚ではさむ。
そして、僕は、一瞬、何も分からなくなった。
僕は、脱力して、鳴川に体重を預けてしまった。
重いだろうな……なんて思いつつも、なかなか体を動かせない。
ようやく、体を半回転させて、鳴川と並ぶように仰向けになる。
鳴川が、ほーっ……とため息をついた。
「しちゃったァ……せっくす……」
そして、何とも満足そうな声で、そんなことを言う。
「思ってたのと、ぜんぜんちがう……すごく痛くて……きもちよかった……」
僕に言ってるのか、独り言なのか、そんなことを、天井に向かって鳴川がしゃべってる。
「鳴川ってさ……」
僕は、思わずそんな鳴川に話しかけてしまった。
「はい?」
「いや、その……」
「あ、言いかけたことは、きちんと言ってくださいよう」
普段の口調に戻って、鳴川が言う。
僕は、覚悟を決めて、言った。
「じゃあ、言うけどさ……鳴川って、エッチだね」
「やっぱりそう思いますかあ」
鳴川は、何だか情けなさそうな声で言う。意外な反応だ。
「で、でも、でもっ――センパイだって、エッチさんですっ!」
鳴川が、体を起こしながら、妙な表現で抗議した。
「そうだね」
僕は、そう言って、ちょっと笑う。
そして、ようやく僕は、鳴川があの時、あんなふうに笑い出したのか分かったような気がした。
鳴川は、僕が、自分と同じようにすごく興奮していたことが分かって、それで、安心したんだろう。
こいつはこいつなりに、自分の性格なんかを気にしてるんだな、なんて、妙なコトに感心してしまった。
「……センパイ」
鳴川は、僕の顔を上からのぞきこんで、言った。
「センパイは、きもちよかったですか?」
「……うん」
僕は、とりあえず、素直に肯いた。
「へへー、よかったあ」
鳴川は、嬉しそうに微笑ながら言った。
「あたしだけきもちいんじゃ、不公平ですもんねえ」
「……」
「でも、二回目って、もっと気持ちイイみたいですね」
今更言うことじゃないけど、このコは、本当にヘンなコだ。
「らしいね」
そんな鳴川の毒気に当てられたのか、僕は、そんなふうに答えてしまう。
「じゃあ、そのう……いずれ、二回目もおねがいできます?」
「……」
僕は、黙って、下から鳴川の顔を見つめた。鳴川は、すごく無邪気な顔をしている。
「それって……付き合おうってコト?」
とりあえず、そう訊いてみる。
「ええー、ちがいますよう」
鳴川は、手をぱたぱたと振って、そう言った。
「えと……じゃあ、誰か、彼氏とかいるの?」
僕は、鳴川の意図を読みきれない。
「ちがいますってば。そういうの、全般的に、あたしダメなんです。だって、彼氏とか恋人とかって、なんかタイヘンそうじゃないですか」
「うんまあ、その……」
「それにあたしたち、まだ、会ったばかりですよ?」
鳴川の言葉はもっともなんだけど、何だか、ものすごい矛盾を抱えているようにも思える。
「だから、ただ純粋に、またセックスしませんか? ってことです」
「……」
やっぱり、このコの考えてることは、分からない。
で、結局このとき、僕は、鳴川の言葉に答えることができなかった。
そして僕たちは、この日、互いのクラスもきちんと知らないまま、ホテルの前で別れたのである。
何をするでもない、どんよりとした週末。
灰色の雲を見上げながら、街をぶらついているうちに、土日は過ぎていった。
何だか、妙にけだるい。
ここのところ、何もする気が起きない。気持ちはよどみ、まるでこの季節の前線のように、じっとりと停滞していた。
多分、姉さんが結婚してから、この状態は続いている。
(姉さん……)
一人、公園のベンチに座って、今にも泣きそうな空を仰ぐ。
と、脳裏に、姉さんのキレイな顔と――なぜか鳴川の屈託ない笑顔が、同時に浮かんで、そして、消えた。
週明けの月曜日は、朝から荒れ模様だった。
激しい雨が風に煽られ、びたびたと窓を叩いている。
帰りのHRが終わり、同級生たちは、ますます激しくなった雨に何だかちょっとはしゃいでるようだった。
運動部の連中も、今日ばかりはほとんどが真っ直ぐ帰宅するらしい。
僕はと言えば、文芸部の幽霊部員なんかをやっているわけだけど、もともと文芸部自体が常に開店休業状態なので、事実上の帰宅部だ。
とりあえず、読みたい本は昼休みに図書室で借りた。今日はとっとと帰ろう。
そう思って、イスを立ったとき――。
「黒ちゃーん」
級友の一人が、ドアのところから、僕を呼んだ。
「お客さんだよー」
「え?」
一瞬だけ、鳴川かと思ったけど、違った。
背の高い、どこか冷たい感じの、長髪を後で結んだ男子生徒。
あの人――林堂さんだ。
「ちょっと例の件で話があるんだけど、いいかな?」
林堂さんは、まるで前からの知り合いのように、僕にそう言ってきた。
「れ、例のって……」
僕は、ちょっと焦りながら、言った。
まさか、あんな細い隙間から、顔を見られたとは思えない。いや、もし見られたんだとしても、あんな一瞬で、顔を憶えられるようなことはないはずだ。
それに、たとえ、顔を覚えられたんだとしたって、つきとめられるのが早すぎる。
「君が金曜日に返却した本のことだよ。『胡桃の中の世界』だったっけ?」
「――!」
そうか、あの本。
司書の先生の机に置いてきたあの本の図書カードの一番下には、僕のクラスと名前が書かれている。それに、もし、林堂さんが司書の先生と親しかったら、あの本をきっかけに僕のことを聞き出すことだってできただろう。
いや、でも、それにしたって、普通、それだけでつきとめられるものだろうか……?
「話って、どんな……」
「いや、ちょっとここでは話しにくくてね。時間、いいかな?」
林堂さんの声は穏やかだけど、その目には、奇妙に鋭い光があった。
何となく、断りづらい。ノゾキをしてしまった後ろめたさもある。
「わかりました」
僕は、そう返事をした。
多分……いや、十中九まで、あのコトの口止めだろう。いやまあ、別に、言いふらすつもりなんてないけど。
そんなことを思いながら、僕は、歩き出した林堂さんに付いて行った。
校舎の端の開き教室に入ってから、林堂さんは、ゆっくりと振り返った。
無論、中には、他に誰もいない。二人っきりだ。
カーテンが閉まってるせいで、ひどく暗かった。
「君が、黒須数久君か」
改めて、林堂さんがそう訊いてくる。もう芝居をする必要はない、とでも言いたげな態度だ。
「先輩は――?」
肯いてから、訊き返す。
「林堂智視」
感情のない顔で、言った。
「何か、用ですか?」
「口止めに来た。君で最後だ」
「口止め?」
「とぼけるのならそれでもいい。ただ、君は、俺達の秘密を見ただろ」
「そのことなら――」
大丈夫ですよ、と僕は言おうとして、口をつぐんだ。
考えてみれば、僕の言うことには何の根拠がない。僕と林堂さんは、初対面なのだ。信用してほしくても、その下地さえないのである。
林堂さんは、そのことに、焦りみたいなものを感じているのかもしれない。一見、そうは見えないんだけど……でも、表情が真剣すぎる。
僕たちが、悪意をもって、二人の行為を覗き見したんだと思ってるかもしれないし、そう思われても、ちょっと言い訳できない。鳴川は、多分、確信犯だったわけだし。
それでも、やっぱり信用してもらうしかない。
そう思って、僕は口を開きかける。
けど、それを制するように、林堂さんは思いがけないことを言った。
「でも、俺も君の秘密を知ってるとしたら?」
「え?」
僕は、びくりと体を震わせる。
「何のことです?」
鳴川の、ことだろうか?
林堂さんは、さっき、ヘンなことを言ってた。君で最後だとか、何とか。
まさか、鳴川が、僕とのコトをしゃべってしまったんだとしたら……?
まったくありえないことじゃない、と思わせる危なっかしさが、あのコにはある。
「……」
林堂さんは、右手で口元を隠すようにしながら、焦らすように黙っている。
やっぱり、鳴川とのコトだろうか?
それとも――
いや、まさか――
まさかとは、思うけど――
「俺達のしていたことは、確かに褒められたことじゃないかもしれないが、君の場合はどうなのかと思ってね」
言いながら、林堂さんは、切れ長の目に、なんだか物騒な光を浮かべる。
その言葉は、なんだか、刃物のように鋭い。
「な……何を言ってるのか、分からないですよ」
「やましいことは、何一つない、と」
「ええ」
とにかく、ここはとぼけるしかない。
「幸せだな、君は」
と、先輩は、嘲るように言った。
「な――」
「おめでたい、と言った方がいいかな? 自分がしたことの結果。自分のしでかしたことの意味。そういうことを、考えたことがあるのかい?」
情けないことに、何か言うと声が震えてしまいそうで、何も言うことができない。
「世間が禁じてるから言ってるわけじゃない。君自身のモラルに尋ねてるんだよ」
「……っ」
やっぱり、姉さんとのことを言っているのか?
まさか、そんなはずはない。そんなことはありえない。
けど――
もし、そうだったとしたら、最悪だ。
イヤな考えが、じわじわと心の中に広がっていく。
何しろこの人は、あの本だけで、僕を特定してしまったような人なのだ。土日の間に、どんなふうに僕達のことを探っていたのか、知れたもんじゃない。
林堂さんが、再び口を開く。
「つまらない、一時の感情や気の迷いだったとしても――」
「ち――違う! あんたに、何がわかるんだッ!」
僕は、思わずそう叫んで、机を平手で叩いていた。
林堂さんは、顔色一つ変えない。ただ、蔑むような目で、僕を見ている。
僕は、なぜだか、まるで姉さんまでもが、そんな眼で見られているような気持ちになった。
「何が分かるかって? ――甘えちゃいけない。何も分からないし、分かろうとするつもりもないね」
「ああ。あんたには、分からない。僕達は――そんなんじゃないんだ。あんたらとは違う」
そう、違う。僕と姉さんは、違う。
このヒトたちみたいに、ただ快楽だけのために、互いを求め合ったんじゃない。
「どう違うって言うんだ? 俺達と――」
「何を知ってるつもりか、知りませんけどね……僕達は――僕は、半端な気持ちじゃなかった。あなたは笑うかもしれないが、僕は、命がけだったんだ」
そう、命がけで、姉さんを愛した。
このことは、誰に恥じるつもりもない。
「過去形だな」
と、いきなり、林堂さんは、ぞっとするような冷たい言葉を、僕の胸の隙間に差し込んできた。
「え……?」
「もう、過去の話なんだな、って言ったんだよ」
「それは――そうだ――けど、僕は――」
「道ならぬ関係は、もう清算した、と言いたいのか?」
林堂さんが、口元を隠していた手をどかす。
「そういうことじゃないッ!」
訳知り顔で知った風な口をきくこの人に、本当に頭がくる。
「清算とか、そういうことじゃない……僕は……」
「捨てられたことさえ、正当化しようというのかい?」
怒りで赤く染まる視界の中、にやりと、林堂さんは、嗤った。
「っ!」
僕は、無意識のうちに、林堂さんの頬を右手で殴りつけていた。
林堂さんが、あっけないくらいに簡単に倒れ、机とイスが、がたがたと派手な音をたてて転がる。
「姉さんは、僕を捨ててなんかいないっ!」
倒れた林堂さんに、叫ぶように言う。
林堂さんは、動かない。
「――」
我に返り、少し心配になった。
怒りが全て晴れたわけじゃないけど、何と言うか――あのパンチは、キレイに決まりすぎた。歯ぐらいは、折れているかもしれない。
いや、そもそも、僕は人をこんな風に殴ったことなんてないのだ。だから、今のでどれくらいのダメージをこの人に与えたのか、さっぱり分からない。
倒れたとき、どこかに頭を打ってしまうという事もあるだろう。
まだ、林堂さんは、動かない。
しん、と静まり返った開き教室の中で、不安が、じわじわと心を浸蝕していく。
と、ゆっくりと、林堂さんは立ちあがった。
その顔は、さっきまでの印象が嘘のような――痛ましそうな顔をしていた。
痛そうな、じゃない。心底、混じりけなく、僕のことを同情しているような、そんな顔だ。
「えっと――」
「すまない」
林堂さんは、本当にすまなそうに、言った。
この人が、こんなふうに人に謝ることがあるのか、と思うくらいの、素直さで。
「すまない。俺も、ちょっと余裕をなくしていた。瑞穂が退学にでもなったら、俺の責任だからな。悪かった」
「は――はい」
殴られた林堂さんが、切った唇から血を流しながら詫び、殴った僕はあっけに取られたまま肯く。
「君が秘密を守ってくれるなら、俺も、当然、君の秘密は守る」
「その――」
なら、最初からそう言ってくれればいいのに。
確かに、さっきの林堂さんは、尋常でなかったけど、あんなに僕の神経を逆なでしなくても、話はできたろう。なんでわざわざ僕を怒らせて――
「あ!」
僕は、思わず、声をあげてしまった。
「も、もしかして、先輩」
「ん?」
机やイスを直しながら、林堂さんが首をかしげる。
「もしかして、先輩、本当は何も知らなかったんじゃあ……」
「そうだよ」
当たり前のように、先輩は言った。
つまり、今までのあれは、全部、誘導尋問だったってわけか?
「こういう場合、対等な立場に立つことが大事なんでね。今は、やりすぎだったって反省している。それだけ俺も必死だったんだって思ってくれ。言い訳にもならないけどな」
「でも、だって……なんで……」
「解説が聞きたいか?」
僕は、思わず肯いてしまった。
「とりあえず、司書室に置いてあった本で、だいたいの事情は分かった。図書カードに、名前が書いてあったからな。あとは、直接君と話をして、出たとこ勝負で言葉の端々から推測しただけさ。いろいろ刺激的な言葉を使って、最も反応した言葉から、秘密の内容を推測する。まあ、誰だって人に知られたくない秘密くらいは有るからな」
「……」
「『僕達』とか『あんたらとは違う』って言葉で、色恋関係の話だってことは予想がついた。それで、あれだけ動揺するってことは、その関係自体、世間で迫害されるようなものであるものだって可能性が高い。さらに、あくまで俺達と共犯意識を持たないってことは、秘密の内容は、SMのように行為の形態ではなく、関係の形態によるものだと推理できる」
林堂さんは、僕を安心させるように、そう、穏やかな口調で説明した。
「だから、『清算』なんて言葉を使わせてもらった。他意はなかった。俺には、君達の関係を責めるつもりなんか、欠片もない。虫のいい話だが、それは信じてほしい」
僕は――何と言うか、毒気を抜かれていた。
すでに一回、先輩のことを殴ってしまったということもある。
本当は、この説明を聞いてから殴った方が、この人のためだったような気もするけど……。
「鳴川にも、こんなふうなこと、したんですか?」
「へえ、君のほかにいたのは、鳴川ってコなのか」
そう言われて、僕は思わず目を見開いた。
「だ、だってさっき、『君で最後』って……」
「あんなの、ブラフに決まってるだろう」
林堂さんは、さも当然のように言う。
僕は、脱力して、手近なイスに座りこんでしまった。
「足跡から、もう一人、女子がいたらしいとは思ってたよ。確証はなかったけどね」
「……」
僕はもう、何も言う気力がなかった。この人にヘタに何か言うと、いいように操られて、最後には丸裸にされてしまう。そんな気がした。
まるで童話に出てくる魔術師みたいだ。
とにかくもう、この人には、僕なんかでは敵いようがない。
「そのコにも、口止めしないといけないかな」
「やめてやってください。僕の方で、なんとかします」
「頼んだ」
頼まれてしまった。
しかし、なんだって僕は、僕を脅迫してくるこの人に、こんなに下手に出なきゃいけないんだろう?
釈然としない気持ちのまま、僕は、ため息をついてしまった。