隷嬢二人



第五章



 土曜日の夜。夕食を取った姫乃が自室に戻ろうとしたとき、玄関のチャイムが鳴った。
 大きな引き戸のドアが開き、大理石張りの玄関に、長身の男が姿を現す。 
「やあ、姫乃。ただいま」
「お兄ちゃん……お、お帰りなさい」
 姫乃は、兄である君貴を、ぎこちない挨拶で出迎えた。
 君貴は、通った鼻筋と、黒目がちな瞳が特徴の、絵に書いたような好青年だ。端正なその顔には、しかし、どこかおっとりとした、人の好さそうな表情が浮かんでいる。
 四年前に大学を卒業して父の経営する会社に就職してから、君貴は、マンションに一人暮らしをしている。そして、週末にだけ実家に顔を出し、月曜日にはそのまま会社に出勤するのだ。
「どうしたんだい、姫乃」
「えっ? な、何が?」
 物心ついた時からの憧憬の対象である兄の言葉に、姫乃は、その身を緊張させた。
 姫乃と君貴は、ちょうど一回り、年が離れている。姫乃は、君貴の母が死んだ後にこの家に入った、いわゆる後妻の娘なのだ。
 君貴の中学受験当時、彼の家庭教師をしていた女子大生を、父の滋臣が、卒業を待たずに妻としたのである。それが、姫乃の母、佳織だった。
 だから姫乃は、君貴や、姉の琴乃と、半分しか血がつながっていない。それでも、君貴と琴乃は、愛らしい異母妹に常に優しく接していた。
「いや、なんだか顔が赤いからさ。熱でもあるんじゃないのか?」
 兄の何気ない一言に、姫乃の小さな心臓が、どきん、と跳ねる。
「そ、そんなこと、ないよ……」
 姫乃は、振り絞るようにそう言った。
「そうかなあ。ちょっと、普段と違うみたいな感じがするけど……」
 君貴は、ますます眉をひそめる。
「お医者さん、呼んだ方がいいんじゃないかな?」
「本当になんでもないよ。そんなに心配しないで」
「そうかい?」
 君貴が、あっさりと引っ込む。
「でも、気をつけた方がいいぞ。もし熱があるようだったら、すぐに言いなさい」
「う、うん……」
 肯く姫乃に、君貴が優しい笑みを向ける。
 姫乃は、ますます頬を赤らめながら、階段を上り、自室に入った。
 ドアを閉め、ふーっ、と息をつく。
 そして、姫乃は、ドアに鍵をかけた。
 しばし逡巡した後、自らのスカートに手をかける。
「……」
 そろそろとスカートの裾を持ち上げると、そこに、異様なものがあった。
 白いシンプルなデザインのショーツが、何か、堅い質感のモノを包み込んでいる。
 姫乃は、ショーツを脱ぎ、そして再び自らのスカートをまくった。
「あぁ……」
 絶望に満ちた吐息が、その唇から漏れる。
 微妙な曲線を描きながら下半身にぴったりとフィットしている、銀色の金属の帯。
 秘所にあたる部分には、無数に穴の空いた、板状の別のパーツが取り付けられている。
 その奥では、金属帯の中央に縦に走るスリットから、ピンク色の秘唇がわずかにはみ出ているはずである。
「どうしよう……どうしよう……」
 姫乃は、涙声で呟いた。
 金属製の頑強なT字帯が、姫乃の陰部を覆い隠している。
 自分の器官でありながら、そこに触れることすらできない。
 後側も、排泄のための穴がわずかに空いているだけだ。
 しかも、そこも、小さな鍵の付いた蓋で閉めてしまうことが出来るようになっているらしい。
 貞操帯――
 姫乃にとって、初めて聞く言葉だった。
 女性を女性たらしめる部分を封鎖し、管理する、残酷な責め具。 
 まるで、自室にいながら、暗い地下牢に閉じ込められているような絶望感があった。
 牢の鍵を持っているのは――
 突然、姫乃の携帯電話が鳴った。
 表示された番号は、見覚えのないものだ。
 震える指でボタンを押し、耳に当てる。
「もしもし……」
「俺だ」
 巳洞の声だった。
「ばれたりは、してないようだな」
「あっ、あのっ……お願いです。これ、外してください!」
 姫乃は、思わず大きな声を出してしまった。
「おいおい。別れ際にもきちんと言っただろ。しばらくは、そのままでいろ」
「そ、そんな……だって……お風呂やおトイレは……」
「なんだ、お前、まだ親と一緒に風呂に入ってんのか?」
「そ、そんなわけありませんっ!」
「だったら平気だろうが」
 巳洞が、笑みを含んだ声で言った。
「それから、トイレは付けたままでもできるはずだ。試してみたか?」
「ま、まだ、です……」
「気持ち悪けりゃあ、渡してやった携帯用のウォッシュレットを使えよ。いや、どうせお前の家だったら、それくらいきちんと付いてるか。まあ、あれは外や学校で使いな」
「が――学校にもこれを付けて行けって言うんですか?」
「当たり前だろう」
 こともなげな巳洞の言葉に、姫乃は、目の前が真っ暗になったような気がした。
 足から力が抜け、そのまま、椅子にへたり込んでしまう。
「そ、そんな……そんなの、無理です……無理ですっ……」
 嗚咽混じりの声で、姫乃が言う。だが、電話の向こうの巳洞は、いささかも心を動かされていない様子だ。
「どうして……どうしてこんなひどいことするんですか……どうしたら外してくれるんですか……?」
「……」
「私、なんでも言うこと聞いたじゃないですか……なのに、どうして……どうしてこんな……うぅっ……うっ、うっ……」
「何か、勘違いしてるみてえだな」
 巳洞は、からかうような口調で言った。
「俺は、別にお前を苦しめるためにこんなことしてるわけじゃないぜ」
「ウソ……ウソです! ウソですっ!」
「嘘なんかじゃねえって」
「じゃあ、どうして……!」
「言わなかったっけか? お前のアソコを覆ってる板はな、自慰防止板っていうんだよ」
「え……?」
「要するに、オナニー防止のためのものさ」
 巳洞は、そう言ってから、カンに触る声で笑い、さらに続けた。
「スケベなお前が、毎晩毎晩オナり狂ったりしないようにな」
「そ、そんなこと、しません!」
「ふぅん、そうかい」
 巳洞は、何もかもお見通し、といった口調で、言った。
「だったら、ちょっと便所が不便なだけだな。まあ、レイプ防止にも役立つはずだから、我慢しろ」
「くっ……」
 悔しさに、姫乃が、新たな涙を目尻に滲ませながら、唇を噛む。
「それから、どうしても駄目だと思ったら、この番号に電話しろ」
「え……?」
「携帯の表示に出てただろ? 後で、履歴を確認しろよ」
「……」
「けどな、軽々しく電話はするなよ。電話するときは、俺とお前の関係が、家や学校にばれる時だと思え」
「っ……」
 姫乃は、息を飲み、小さなこぶしを握り締めた。
「ひ、ひきょうです、こんなの……」
「ああ、卑怯で結構さ」
 巳洞が、再び笑う。
「けどな、覚えとけよ。それを外せるのは、その卑怯者の俺だけなんだぜ」
「……」
「つまり、お前をイかせてやることができるのは、俺だけってことだ」
「……っ!」
「分かったな」
 そう言って、巳洞は、一方的に電話を切った。
「あ……」
 姫乃が、声をあげかける。
 が、姫乃は、そのまま携帯を充電スタンドに戻した。
 椅子に座ったまま、そっと、スカートをまくり上げる。
 そして、姫乃は、貞操帯の小さな鍵穴を、複雑な情感のこもった瞳で見つめた。



 それと同じころ――
 夏希もまた、自室に一人でいた。
 ベッドに横になり、右手に持ったパスケースの中の写真を見つめている。
 姫乃が、カメラに向かってはにかんだような笑顔を向けている写真だ。
「……」
 むくっ、と夏希は、半身を起こした。
 そして、パスケースをシーツの上に置き、ほとんど逡巡する事なく、着ていたTシャツを脱ぎ捨てる。
 たわわに実った乳房を、スポーティーなデザインのブラが包んでいた。
 夏希は、それを外し、そしてスカートも脱いでしまう。
 さらに、ショーツと靴下も脱ぎ、ベッドの下に無造作に落とした。
 女らしい丸みを帯びた白い体の中で、赤褐色の股間のモノが、異様な存在感を示している。
「姫ちゃん……」
 夏希は、ぽつりと呟き、自らの肉竿を、白い指で軽く握った。
 そして、左手でパスケースを持つ。
 んく、と音を立ててツバを飲み込んだ後、夏希は、ゆるゆると自らの肉棒を扱き始めた。
「あ……んっ……はっ……んんっ……」
 抑えられた喘ぎが、唇から漏れる。
 半ば包皮を被っていた亀頭が、夏希の手の動きに合わせ、露わになった。
 次第に、シャフトに熱い血液が集まってくる。
 そのじんわりとした心地よさを味わいながら、夏希は、手の動きを速めていった。
「あ……あぁン……姫ちゃん……姫ちゃん……」
 愛しい相手の名前を言いながら、ちょうどいい力で肉棒を握り、その手を上下させる。
 夏希のペニスは、ますます膨張し、そして急な角度で屹立していった。
 鈴口から、透明な腺液が溢れ、表面張力で珠のようになる。
 夏希は、それを指で亀頭全体に塗り延ばした。
「ひゃぅ……!」
 かすかな悲鳴をあげ、ベッドに仰向けになる。
 が、夏希の手の動きは止まらない。
「あっ、はぁっ……あン……あぁン……」
 夏希は、甘い喘ぎをあげながら、白い指先や滑らかな手の平を駆使して、自らの亀頭を撫でさすった。
 ひりひりするような快感がさらに腺液を分泌させ、夏希のペニスは、根元まで卑猥なぬめりに覆われていく。
「はふ……」
 ひとしきりペニスに自らの体液を塗り込めてから、夏希が、じっと姫乃の写真を見つめる。
 そして、まるで添い寝でもするかのようにその写真を枕の脇に置き、空いた左手を乳房に重ねた。
 右手は、浅ましく静脈を浮かした肉竿を握っている。
「んっ……あぅン……」
 夏希は、ゆっくりと両手を蠢かせた。
 左手で、左右の乳房を軽く揉み、右手で肉棒を扱く。
 ピンク色の乳首が、ぷくん、と勃起した。
 それを、夏希の指先が、ころころと優しく転がす。
「あっ、あふぅン……は、はあァ……」
 左右の乳首とペニス、三つの勃起した器官が、甘い電流を発し、夏希の体を痺れさせる。
 夏希は、乳房に指を食い込ませ、乳首を摘みながら、ペニスを扱く手の動きを、次第に速めていった。
「あっ、あぅっ、あっ、あっ、あっ、あっ……」
 夏希の体の中で、快感が高まっていく。
 肉棒の先端は、糸を引くほどに腺液を溢れさせ、その下にある秘唇は、熱い蜜で濡れていた。
 夏希が、乳房から手を放す。
 乳房の愛撫を中断した左手が、愛液でじっとりと濡れた秘裂に、触れた。
 くちゅっ……。
「あうン……!」
 新たな快楽の波に、夏希が可愛い悲鳴をあげる。
 夏希は、左手の指先を熱くぬかるんだクレヴァスに浅く潜らせ、くちゅくちゅとそこをかき回した。
 その間も、右手は固く反り返った肉幹を扱き続けている。
「はっ、はぁっ、あぅン、あぁ、あ、はあァ……」
 牡と牝、二つの性器官が、粘液にまみれながら、淫らな音をたてる。
 夏希の中で混じり合い、共鳴し、さらに大きなうねりとなる、ペニスとクレヴァスの快感。
 両腕に挟まれた豊かな乳房が形を歪め、その頂点で、触れられてもいないのに乳首がさらに勃起している。
「あっ、ああぁン……ひ、姫ちゃんっ……ボク、ボクっ……姫ちゃんが、ほしい……ほしいよっ……」
 きりっとした眉を、今は切なげにたわめ、目尻に涙を浮かべながら、夏希がうわ言のように言う。
 溢れ出た体液は会陰を伝い、シーツをぐっしょりと濡らしていた。
 丸みを帯びながらもきゅっと引き締まったヒップを浮かしながら、夏希は、さらに自涜の快楽をむさぼる。
 その右手は、いつしか肉竿を強く握り締め、激しい動きで上下していた。
 うねり、もだえる夏希の動きに合わせて、その白い乳房がたぷたぷと揺れる。
「あっ、あぁーっ……ボク……ボク、もう……あ、あああぁぁぁッ……!」
 熱い血を漲らせ、静脈を浮かせたペニスが、射精の予兆にびくびくとおののく。
 夏希は、乱暴な動きで自らの肉棒を扱き上げ、そして、秘裂に指を挿し入れた。
「あぅうッ! ボ、ボク……イっちゃう〜っ!」
 びゅううううッ!
 激しい勢いで、白濁した体液が、反り返った夏希のペニスの先端から迸る。
 それは、宙を飛び、夏希の顔や乳房にまで届いた。
 大量のザーメンが、夏希自身の肌を汚す。
 何度かしゃくりあげ、その度に新たな精液を迸らせてから、ようやく、なつきのペニスは静まった。
「はーっ、はーっ、はーっ、はーっ、はーっ、はーっ……」
 荒い呼吸を、整える。
 自らの精にまみれながら、夏希は、虚ろな瞳を、天井に向けていた。
 言いようのない罪悪感と虚無感が、夏希の胸の奥を苛んでいる。
 ぽろ、と一筋、その吊り気味の目から、透明な涙がこぼれた。



 シャワーを浴び、部屋に戻って来たのを見計らうように、夏希の携帯電話が、軽快な着メロを奏でた。
 不審そうな顔で、夏希が着信ボタンを押す。
「今晩は、夏希さん。お元気?」
「琴乃さん?」
 聞き覚えのある上品な声に、夏希が声をあげる。
 電話をかけてきたのは、姫乃の姉である琴乃だった。
 琴乃は、現在、ヨーロッパのある大学に留学中である。ちょうど今年度で卒業のはずだ。
「ええ、琴乃よ。ごめんなさいね。そちらは、もう夜も遅いんでしょう?」
「い、いえ、ダイジョブです。起きてました」
 いつになく丁寧な口調で、夏希は答えた。
 夏希にとって、琴乃は、親友の姉であるのみならず、大事な相談相手でもあった。
 二十歳を少し過ぎただけとは思えないほどに落ち着いた、物柔らかな口調。
 それが示す通り、琴乃は、誰に対しても自然と優しい態度をとる、最も良い意味で言われるところの“お嬢様”だった。
 夏希は、姫乃を好きだと思うくらい強い気持ちで、この琴乃を尊敬している。
 が、それでも夏希は、自分の体に関する最大の秘密については、琴乃に告げていなかったのだが。
「あのね……姫乃ちゃんのことなんだけど」
「姫ちゃんの……?」
 夏希が、その体を緊張させる。
「ええ。実は、先程、家に電話したの。そうしたら、姫乃ちゃんの様子が少しいつもと違っていたから」
「……」
 夏希は、ぎゅっと唇を結んだまま、琴乃の次の言葉を待った。
「元気がないと言うか……何か、悩んでいるみたいだったの」
「えっと……姫ちゃん、ボクのこととか言ってませんでした?」
 たまらなくなったように、夏希が訊く。
「姫乃ちゃんとケンカでもしたの?」
「えっと……そういうわけじゃ……でも、それに近いような……」
「そうなの……。でも、夏希さんが原因ではないと思うわ。私、直接尋ねてみたもの。夏希さんと何かあったの、って」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。そうしたら、あの子、なっちゃんとは仲良しのままだよ、って答えてたわ。姫乃ちゃんのことだから、嘘をついてるなんてことはないと思う」
「そう……ですか……」
 夏希は、安心したような、寂しがっているような、複雑な表情を浮かべた。
「あまり問い詰めるのもどうかと思って、それ以上はお話しなかったけど……でも、やっぱり、いつもとは違っていたわね」
「……」
「もしかしたら、恋の悩みなのかもしれないわ」
「そんな……!」
 思わず大声を出しかけて、夏希が口をつぐむ。
「あの子、世間知らずだから、危ないことになっていなければいいんだけど」
 琴乃は、穏やかな口調のまま、続けた。
「夏希さん」
「は、はい」
「私の分も、姫乃ちゃんのこと、今までどおり見守っててあげてね」
「はい。も、もちろん」
 琴乃の言葉に、夏希は、かすかに頬を赤らめながら言った。
「私も、夏休みに入ったら日本に帰れるかもしれないんだけど……でも、正直、あまり気は進まないわね」
「えっ?」
「私、あまり佳織さんとは仲が良くないから」
 琴乃は、口調を変えることなく、夏希がどきりとするようなことを言った。
 佳織とは、姫乃の母であり、琴乃にとっては義母にあたる。
 夏希とて、琴乃が、一回りしか年の離れていない義母に、単純な感情を抱いているとは思わなかったが、それでも、このようなことを言われるのは初めてだ。
「だから……うまく言えないけど、夏希さん、姫乃ちゃんのこと、よろしくお願いね」
「は……はい!」
 本人が言う通り、きちんとつながらない琴乃の言葉に、夏希は、大きな声で返事をした。



 日曜日。
 姫乃は、ほとんど一日中、ベッドの上で悶々と時を過ごした。
 男の言う通り、トイレは、してみれば意外なほどスムーズにすることができた。風呂も、貞操帯に阻まれてどうしても洗うことができない箇所があることを除けば、いつも通りに入れた。
 しかし、夜の眠りは、安眠とは程遠いものだった。
 昨夜は何も手につかず、早々にベッドに入ったのだが、いつまで経っても、下半身を押し包む違和感が眠りを妨げた。
 少しうとうとしては、目を覚ます。その繰り返しだった。
 今朝の憔悴した姫乃の様子をみて、君貴などは何度も医者に行くように勧めた。姫乃は、それを振り切るようにして、自室に籠もったのだった。
 寝不足のために、頭がぼんやりしている。
 体が、わずかに熱を持っているように感じられた。
 一瞬、本当に風邪かとも思ったが、そういうわけではなさそうだった。
 無為のうちに、時間が過ぎていく。
 家族と、ほとんど味のしない夕食をとってから、また、ベッドの上に寝転んだ。
 勉強も、好きな読書も、する気になれない。
 ただ、昨夜のような、心臓をヤスリで削られるような焦燥感だけは、無くなっていた。
 半ば、自暴自棄になっているのかもしれない。
 そして、姫乃は、いつしかけだるい眠りの中に落ちていった……。



 翌朝、姫乃は、息を弾ませながら、電車の中に滑り込んだ。
 ベッドの中で眠ったまま寝過ごしてしまったのだ。生まれて初めてのことだ。
 慌てて着替え、朝食もとらずに、駅まで走った。
 そして、どうにか電車に間に合ったのだ。
 巳洞の指定した時間の電話に――
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 姫乃は、てすりに捕まり、呼吸を整えた。
 いくら寝坊したとは言え、普段が早起き過ぎるほど早起きな姫乃だ。走ったりせずとも、学校に遅刻するようなことは無かったのである。
 しかし、姫乃は、普段はめったにしない全力疾走で、この電車に飛び込むようにして乗ったのだ。
(どうして……?)
 そんな自問に、姫乃は答えられない。
 もちろん、巳洞には致命的な弱みを握られている。だが、それだけでは、今の自分の気持ちを説明できないような気がした。
「はぁ……」
 ため息とともに今朝見た夢の内容を思い出す。
 暗がりの中、何本もの手が闇の中から現れ出て、姫乃を捕まえる夢だ。
 手首や肘、肩、足首、そして髪までも掴まれ、姫乃は身動きができない。
 そして、さらに現れた無数の手が、姫乃の体をさわさわとまさぐるのだ。
 悪夢だった。
 悪夢であるはずなのに、しかし、なぜか恐怖は無かった。
 感じるのは、かすかな絶望感と、そして圧倒的なもどかしさだけだ。
 闇の中から現れた手は、胸や、腹や、足や、腕や、顔を撫でさするのに、あの部分にだけは触れてこなかった。
 触れられていない、ということで、かえって神経が集中してしまう。
 いつしか、姫乃は、夢の中で、まるで誘うようにゆるゆると腰を揺すっていた。
 ――そんな粘液質の夢が、朝になっても、いつまでも姫乃を離さなかったのである。
(私……)
 その時、いつものように、背後に気配がした。
 かすかなタバコの匂いで分かる。巳洞だ。
 どくんっ、と心臓が鼓動を強める。
 姫乃は、巳洞がどうするつもりなのか分からない。
 貞操帯に戒められた秘部が、なぜか、きゅん、と疼いた。
 と、電車が次の駅に着き、他の乗客が乗り降りする。
「こっち向けよ」
 そう言われて、姫乃は、再び人で満ちていく電車の中で、振り返った。
 巳洞が、姫乃の右手を握り、自分の股間に導いた。
「あ……」
 ズボンの中のこわばりの感触に、姫乃が声をあげる。
「出して、扱け」
 短く、巳洞が命じた。
 姫乃が、躊躇し、すがるような目を巳洞に向ける。
「早くしろよ」
 拒否を許さない強い口調で、巳洞が言った。
 そして、左の肩から提げていた鞄を動かし、周囲からの視線を遮る壁にする。
 姫乃は、うつむき、ズボンのジッパーを下げた。
 慣れない手つきで、巳洞のペニスを外に解放する。
(私……なんてことしてるんだろう……)
 そう思いながら、そっと、巳洞の肉棒に右手の指をからめ、軽く握った。
 だが、この後、どうしていいか分からない。
「もっと強く握って、上下に扱くんだ」
 巳洞が、興奮を抑えたような声で、言う。
 言われるままに、姫乃は、ペニスを握った右手を動かし始めた。
 たちまち、鈴口から透明な液が溢れる。
(ぬれてる……)
 それが、巳洞が興奮している証しだということは、なんとなく分かった。
 顔が熱く火照っていくのを感じながら、ぎこちない手つきで、静脈を浮かしたシャフトをさらに扱く。
 にちゅ、にちゅ、にちゅ、にちゅ……。
 さらに溢れ出たカウパー氏腺液が、姫乃の手を汚す。
 白魚のような指で先走りの汁を塗り伸ばされ、巳洞のペニスがぬらぬらと濡れ光った。
「そうだ……もっと速く手を動かせ……」
 巳洞が、姫乃に言う。
 姫乃は、巳洞に言われるままに、手淫のリズムを速めた。
 手の中の肉棒が、さらに熱く、固くなる。
 凶暴な角度で反り返っているペニスに、手で奉仕しながら、姫乃は、すさまじい非現実感を味わっていた。
 まるで痴女のように、電車の中で、男のモノを扱き上げている。
 自分でしていることなのに、まるで、夢の中の風景のようだ。
 そんなことを思いながらも、姫乃は、手の動きを、次第に滑らかなものにしていった。
「いいぞ……そのまま続けてろよ……」
 そう言いながら、巳洞は、右手を上げ、姫乃の胸に触れた。
「ひゃぅ……」
 危うく出かかった悲鳴を、姫乃が、慌てて飲み込む。
 巳洞は、その指先で、姫乃の左の乳房を撫で回し始めた。
「は、はぅ……ぁ……ん……」
 服の上からのもどかしい愛撫に、姫乃の唇からわずかに声が漏れる。
「手が止まってるぞ」
「ご、ごめんなさい……」
 巳洞に指摘され、姫乃は、反射的に謝ってしまう。
 そして、熱い血液を漲らせたペニスへの愛撫を再開した。
 巳洞のペニスが、姫乃の手の中で、ひくひくと震えている。
 まるで、中に鉄の芯が入ってるようだと、姫乃は思った。
 これが、自分の処女を奪い、さんざんに犯したのだということを、否応無く思い出す。
「はふ……っ」
 姫乃は、体を固くした。
 巳洞の指が、姫乃の乳首を捕らえたのだ。
 強く摘むようなことはなく、ただただ執拗に、擦り、撫でる。
 姫乃は、そのまま座り込んでしまいそうになるのを必死に耐え、手淫を続けた。
「は、あぁ……ぁ……ぁぅ……」
 左右の乳首に交互にもたらされる甘い刺激が、体の中で共鳴する。
 そして、姫乃は、貞操帯によって封じられた自分の秘部が、痛いくらいに疼いていることに気付いてしまった。
(や、やだ……私……)
 ずくん、ずくん、ずくん、ずくん……。
 心臓の鼓動と同じリズムで、甘く切ない性の感覚が、下半身で脈打っている。
 おそらく、クレヴァスは、無慈悲な金属の責め具の中で、とろとろと蜜を溢れさせてしまっているだろう。
 はしたない汁は、自慰防止板の細かな穴から滲み出て、貞操帯の上に履いたショーツにまで染み出しているかもしれない。
(ダメ、ダメ、ダメ……エッチな気持ちになっちゃダメ……!)
 姫乃が、自らの体の反応に、心の中で悲鳴をあげる。
 どんなに秘部が甘く疼いても、貞操帯が有る限り、オナニーによってそれを鎮めることはできないのだ。
 だが、巳洞は、姫乃の乳首を嬲り、その幼い性感をますます高め続けている。
「あ、ああぁ……」
 姫乃が、潤んだ瞳で、再び巳洞の顔を見る。
 その悩ましげな表情に、巳洞は、にやりと笑いかけた。
「俺が出すまで、こうしててやるからな……」
 そう言って、きゅっ、と乳房を弄ぶ手に力を込める。
「あうンっ……!」
 姫乃の快楽の悲鳴は、幸か不幸か、電車の音に掻き消された。
「左手も使って、チンポの先を撫でるようにしろ」
「は、はい……」
 姫乃は、この甘美な拷問を早く終わらせたい一心で、巳洞の言葉に従った。
 右手でシャフトを扱き上げながら、滑らかな左手の平で、亀頭を撫でさする。
 白く泡だった腺液が、姫乃の両手を、無残に穢した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 いつしか、姫乃は喘ぎ声をあげていた。
 いつも通学で使う電車の中で、満員の乗客に囲まれて、互いに互いを愛撫する。
 そのことに、間違いなく興奮しながら、姫乃は、懸命に巳洞のペニスを射精に導こうとした。
 どれくらい、そんな時間が続いたのか――
「……出るぞ。手で受け止めろよ」
 巳洞が、言った。
「はい……」
 姫乃が、左手を、亀頭にかぶせるようにする。
 びゅるるっ!
 手の平に、強い射精の圧力と、熱い精液の温度を、感じた。
 びくん、びくん、びくん……と、ペニスが、姫乃の手の中で律動する。
 ようやく、巳洞は、胸への愛撫を中断した。
「はぁ……」
 姫乃が、熱いため息をつく。
 そして、ゲル状の濃い精液を手に収めたまま、困ったような顔で、三たび、巳洞の顔を見つめた。
 その頬は赤く、唇は半開きのままだ。
「あ、あの……」
「飲めよ」
 姫乃が何か言いかけるのを遮るように、巳洞が、言った。
「え……?」
「手の中の俺のザーメンを啜れって言ってるんだ」
 姫乃は、ぼんやりとした顔のまま、こくん、と肯いた。
 そして、たっぷりと精液を受け止めた左手を、口元に持ってくる。
(わたし……わたし、なにしてるの……?)
 饐えたような独特の匂いに、かすかに理性を取り戻しかける。
 だが、その一方で、強烈な牡の臭気に、姫乃の最も浅ましい部分は、淫らな期待のようなものを感じてしまっていた。
「早くしろ。そろそろ、降りる駅だぞ」
「……はい」
 小さく返事をして、姫乃は、自らが巳洞を絶頂に導いた証しを、口に含んだ。
 そして、口を左手で塞いだまま、目を閉じ、一気に嚥下する。
「んう……っ」
 生臭さと、喉に絡み付く粘り気に、涙が零れそうになるのを、耐える。
 耐えた瞬間、下腹部が、なぜか、かあっと熱くなるのを感じた。
「上出来だぜ」
 笑みを含んだ巳洞の言葉に、姫乃は、顔を赤くしてうつむいた。



 駅で、巳洞は、姫乃と一緒に降りた。
「え……?」
「すぐ済む」
 そう言って、巳洞が、姫乃の手を引く。
 姫乃は、されるがままだ。
 未だ、頭にぼんやりと霞がかかり、秘所がじんじんと疼いている。
(もう……たぶん私……この人には逆らえない……)
 そのことが、どういうわけか、姫乃の心を甘く濡らしてしまう。
「胸を開けろ」
 周囲から死角になっているホームの階段の陰に姫乃を連れ込んだ巳洞が、短く言った。
 その言葉に従って、ブラウスのボタンを外し、前をはだける。
 巳洞が、あらかじめ用意していた注射器を取り出し、針を覆っていたキャップを外した。
 そして、姫乃の胸に、あの得体の知れない薬液を素早く注入する。
「んっ……」
 手慣れた早業に、姫乃は、ほとんど痛みを感じる暇も無かった。
 ただ、じわあぁっ、と胸に熱い感覚が広がって行くのを感じる。
 巳洞が、注射針にキャップを被せ、服のポケットにしまっている間、姫乃は、その場に茫然と立ち尽くしていた。
「おい、ボンヤリしてんなよ」
「え?」
「学校があんだろ? 遅刻しても知らねえぞ」
「……」
「それに、ここで俺と一緒にいるところをお友達にでも見つかったら、言い訳が苦しくなるんじゃねえか?」
「それは……」
 確かに、その通りだ。
 そう、理屈では分かっていても、足が動かない。
 と、次の電車が、ホームに滑り込んで来た。
「じゃあな」
 そう言い残して、巳洞が電車に乗る。
「あっ……」
 思わず、姫乃は、巳洞を追って電車に乗りかけてしまった。
 目の前でドアが閉まり、電車が走り出す。
 姫乃は、巳洞が乗った電車を見送ってから、のろのろと歩きだした。
 そして、駅舎の中のトイレに入り、個室の中でスカートをまくり上げる。
 ショーツは、貞操帯から滲み出た愛液で、ぐっしょりと濡れていた。



 昼頃になって、ようやく、秘所を苛む疼きが、ひとまず治まった。
 だが、胸の熱さはいつまでも残り、姫乃を悩ませた。
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