隷嬢二人



第三章



 その週の金曜日――。
 姫乃は、男が指定した時間の電車に乗っていた。
 先週まで通学のために乗っていた電車よりも、数本早い。
 月曜日から木曜日までの四日間と同じように、男が指定した車両に乗り、男が指定したように、ドアの近くに立つ。
 電車は朝の混雑時だ。
(ばれませんように……ばれませんように……ばれませんように……)
 祈るように、心の中で繰り返す。
 まるで、高いところに命綱無しで立っているような、不安感。
 と、姫乃は、背後に、その気配を感じた。
 とんとん、とスカートの上から、お尻を叩かれる。
 それが、男の合図だった。
「……」
 姫乃は、そろそろと、足を肩幅に開いた。
 男の指が、後ろから、制服のスカートをめくり、剥き出しのお尻に触れる。
 姫乃は、男から命じられた通り、スカートの下に何も履いていなかった。
 ショーツはカバンの中にある。だが、朝、電車に乗っている間は、これを履くことは許されていなかった。
 男の、六本指の手が、すべすべの姫乃の肌を堪能した後、秘部に触れた。
 つんつん、と靡粘膜をつつかれると、早くもそこは湿り出してしまう。
 そのたびに、姫乃は、自分の体に裏切られたような気持ちになった。
 それは生理的な反応に過ぎないのだと割り切ることが、幼い姫乃にはできない。
 ただ、自分がこの上もなく淫乱な少女なのだという思いに、打ちひしがれてしまう。
 が、そんな自己憐憫の混じった被虐感が、姫乃のその部分を、なぜかさらに熱く濡らしてしまうのだ。
「乗れ」
 男が、姫乃の耳に口を寄せ、小さな声で命じた。
 すでに何度か命じられたことである。姫乃は、その一言だけで、男の意図を察した。
「……」
 黒い、おとなしいデザインのパンプスを履いた足で、革靴を履いた男の足の上に、乗る。
 いつものことながら、人の足を踏んでいる、という場違いな罪悪感を、姫乃はかすかに感じた。
 男の腰と、小柄な姫乃の腰が、位置を合わせる。
 男は、すでに、その凶暴な牡器官をあらわにしていた。
 それを、満員の電車の中、姫乃の剥き出しのお尻の割れ目に押し付ける。
 ぐうっ、と男のその部分が、さらに体積を増すのを、姫乃は感じた。
 熱く力を漲らせたそれが、あの日、自分の中に収まったのだということを、姫乃は未だに信じられないでいる。
 姫乃のヒップの感触に、男のペニスが、完全に勃起した。
 それを、男が、前に倒す。
「んっ……!」
 姫乃は、息を殺した。
 すでにたっぷりと愛液を分泌して潤ったクレヴァスを、ぬるんっ、と熱く固い物が後ろから前にこする感触。
 男が、姫乃の足の間に、自らのペニスを挟んだのだ。
 もちろん姫乃は、「素股」などという言葉は知らない。だが、これが疑似的な性行為であることは、解り過ぎるほど解っている。
 男が、腰を動かし出した。
 小刻みな、素早い動き。
 それが、姫乃の潤った秘裂を細かく摩擦する。
「あ……あぅっ……あふ……」
 姫乃は、熱い吐息を漏らした。
 その柔らかそうな頬が、みるみる紅潮していく。
 敏感な粘膜が、ごつごつと静脈を浮かしたシャフトに擦り上げられ、ますます熱を帯び、蜜を溢れさせるのを、姫乃は感じていた。
「はっ……はぁぁ……あ……んくっ……ふっ……」
 声が漏れそうになるのを、必死でこらえる。
 もし、自分がこんな行為をしていることが、周囲に知られたら……。
 そんな破滅的な思いが、ますます神経を研ぎ澄まさせ、かえって快楽を大きくしていく。
 姫乃は、すでに、あの日の翌日から五日間、こうやって男の卑劣な行為に身を委ねてしまっていた。
 姫乃の心を占めていた絶望は、甘く腐り、いつしか諦めの気持ちに変わっている。
 にゅる、にゅる、にゅる、にゅる……。
 逞しい牡の器官と、未だ成熟していない牝の器官が、粘液にまみれながらこすれあう感触。
 姫乃は、立っていられなくなり、前方のドアに手をついた。
 金属のドアのひんやりとした感触や、窓の外で溶け流れて行く風景が、どこか遠い。
 と、男は、姫乃の幼い腰を引き寄せ、その華奢な体を後ろに倒した。
「あぅ……っ」
 男の足に乗っていることもあり、姫乃はそれに逆らえない。
 そのまま、男の体に体重を預けてしまう形になる。
 男の体温と体臭を、姫乃は、かすかに感じた。
 それが、姫乃の体の中で、快感とブレンドされていく。
 自分が、今、男に支配されているのだということを、姫乃は痛感していた。
(あぁ……私……また……感じちゃってる……)
 自らの中で高まり続けていく快感に、姫乃は茫然となる。
 男に無理やりに痴漢行為をされているはずなのに、その快感を貪欲に受け入れてしまっている、自分の体。
 この一週間足らずの間に、姫乃は、自分が性の快楽の前にいともたやすく屈服してしまうということを、思い知らされていた。
「あ……っ!」
 姫乃は、高い声を上げかけた。
 おずおずと包皮から顔を出しているクリトリスの先端を、時折、男の雁首がこするのである。
 そのたびに、姫乃は、声が高く跳ねそうになるのを、こらえなくてはならなかった。
 必死に耐える姫乃の肩が、細かく震える。
 それが男の興奮を誘うのか、ペニスの動きがますます早くなった。
 姫乃と男の間で、人知れず、淫らな動きが循環し、互いを高め合っている。
(ああぁ……ん。私……きもちよくなってる……。いけないことなのに、また、きもちよくなっちゃってる……!)
 姫乃は、そう声に出してそう叫びたいという不可解な衝動を、やっとの思いで我慢した。
 その代わりのように、未成熟なクレヴァスから新たな蜜を溢れさせる。
「出すぞ……」
 男が、抑えられた荒い呼吸の合間に、言った。
「は、はい……」
 姫乃が、小さな声で素直に返事をして、ぎゅっと足と足の間を締める。
 精液が外に飛び散り内側からスカートを汚すことを防ぐためだ。
 だが、それが間違いなく男と――そして姫乃自身の性感を高めてしまう。
 男が、姫乃の腰をしっかりと固定し、さらに腰の動きを速めた。
 男の興奮が、背中からダイレクトに伝わってくる。
 そして、男が自分に興奮し、絶頂を向かえようとしていることが、なぜかいつも姫乃の気持ちを奇妙に昂ぶらせた。
「……っ」
 男が、動きを止めた。
 びゅるるるるっ、と熱いものが弾け、姫乃のクレヴァスにかかる。
 びくっ、びくっ、びくっ、とペニスが律動し、そのたびに新たな精が迸るのを、姫乃ははっきりと感じていた。
(ああっ……出してる……出されちゃってる……)
 ぶるぶるぶるっ、と姫乃は、我知らず体を震わせてしまった。
 股間から太ももにかけてが、ねっとりと濡れる感触。
 男は、押さえていた姫乃の腰を、解放した。
 よろよろと、今まで乗っていた男の足の上から、姫乃が降りる。
 どろっ、とした感触が、太ももを伝った。
「ぁ……」
 かすかに、青臭い性の匂いを、姫乃は嗅いだ。
 男と、そして自分の液の混ざりあった、淫靡な匂いだ。
(ばれ……ちゃう……!)
 と、その時、電車が姫乃の降りる駅に着いた。
 慌ててホームに降り、駆け足にならないようにしながら、トイレに向かう。
「はぁーっ……」
 個室で、太ももにべっとりと付着した白濁液をペーパーで拭い、姫乃はようやく一息ついた。
 カバンからショーツを取り出し、それを履いて、個室から出る。
 手を洗いながら覗いた鏡の中で、姫乃の顔は、まるで熱でもあるように真っ赤なままだった。



 姫乃は、学校で授業に全く集中できなかった。
 ここ数日、いつもそうだ。
 朝、男によって煽られた甘い疼きが、姫乃の幼い下腹部を苛んでいる。
 太ももをぎゅっと閉じ合わせても、その感覚はいっこうに収まらない。
 しかも、その疼きは、日々強くなっていくようだった。
 男に、登校中に痴漢行為をされるようになってから五日目の今日、昂ぶった体は、微熱すら帯びているように感じられる。
 昨日は、家に帰って調べて見ると、クロッチの部分に恥ずかしい船底型の染みができていた。
 今は、まだ昼休み中だが――同じようになっているかもしれない。
 食堂の、量の少ない昼食を半分近く残し、姫乃はため息をついた。
「どうしたの、奥住さん」
 同じテーブルを囲んで昼食を採っていたクラスメイトの一人が、姫乃に訊く。
「体の調子でも悪いの?」
「えっ? ううん、そんなことないよ」
「じゃあ、姫っち、恋の悩み?」
 別のクラスメイトが、悪戯っぽい笑みを浮かべながら、言う。
「ち、ちがうわよ。そんなんじゃないったら」
「ふーん。そう言えば、最近、夏希の様子、おかしいよね?」
「べ、別に……なっちゃんは、関係ないでしょ」
「そうお? 何か、お互いに避けてるみたいじゃん」
「そんなこと……」
 姫乃は、絶句する。実際、あの日曜日以来、夏希とは一言も話をしていないのだ。
「確かに、奥住さんに彼氏ができたりしたら、葉山さんもショックよね」
 クラスメイトのその言葉には、少し意地悪な刺がある。
 夏希は、その傍若無人な性格から、クラスでは少し浮いた存在である。誰からも好かれる姫乃に対し、夏希があからさまに“ご執心”である状況を、あまりよく思っていない者も、クラスの中には少なくない。
 ただし、当の姫乃は、そのようなことに全く気付いていないのだが。
「あ、あの、私、ちょっと次の準備があるから」
 明らかな言い訳を口にして、姫乃が席を立った。
 クラスメイトの視線を背中に感じながら、食堂を後にする。
「っ……」
 人気の少ない廊下を歩きながら、姫乃は、股間に違和感を感じた。
 生徒たちが談笑しながらくつろいでいる中庭を横目で見ながら、渡り廊下を通り、特別教室のある第二校舎に入る。
 春の日差しが窓から差し込む明るい建物の中には、人気が全く無い。もともとこの学園は、建物の規模に比べて生徒数が少ないのだ。
 姫乃は、臆病な小動物そのままにきょろきょろと辺りを見回してから、一番端のトイレに入った。
 奥の個室に入り、そっと、スカートをまくり上げる。
「やだ……」
 姫乃は、形のいい眉をかすかに寄せ、小さく呟いた。
 白い可憐なデザインの下着の、秘密の場所に当たる部分が、じっとりと濡れている。
 姫乃は、ショーツをずり降ろし、便座に腰掛けた。
 震える指で、おそるおそるクレヴァスに触れると、くちゅ……と、驚くほどのぬめりがある。
「はぁ……っ」
 思わず漏らした吐息が、妙に熱っぽい。
 姫乃は、様子を確かめるためだけに触れたはずの指を、その場所から離せないでいた。
 快楽を求めるはしたない気持ちと、少女らしい潔癖さが、葛藤する。
 が、さして長くない時間のあとで勝利を収めたのは、前者だった。
(だって……だって、このままじゃ、午後の授業、受けられないもの……)
 そんなことを思いながら、そっと、自らの秘裂に右手の中指を這わせる。
「ん……」
 思うように、指が動かない。
 ショーツを中途半端に脱いでいるため、脚がきちんと開いていないのだ。
 姫乃は、わずかに逡巡した後、右足だけパンプスを脱ぎ、そしてスカートとショーツからその足を抜いた。
 左の脚に、チェック柄のスカートと、姫乃の淫らな蜜を吸ったショーツが、まとわりつく。
 姫乃は、緩やかに脚を開いた。
 清楚な顔立ちの美少女がとるには、あまりにも淫らなポーズで、姫乃は、再び自らの秘部に指を這わせ始めた。
 ちゅっ、ぬるっ、ぬるん、ぬちゅ、ぷちゅっ……。
 かすかな音とともに透明な愛液が弾け、そしてさらなる愛液が分泌される。
「は、はぁ……ぁ……ぁぁ……っ」
 姫乃は、声を抑えることができなかった。
 とろけそうなほど甘い感覚が、姫乃のそこから湧き起こり、下腹部を痺れさせる。
 姫乃は、声が漏れるないよう、左手の人差し指を噛みながら、右手を動かし続けた。
「んっ……んふっ……ぅン……ふ……んんン……んー……」
 たどたどしい、いかにも慣れてない様子の、その手つき。
 事実、姫乃は、今日この時まで、自らの指で本格的にそこを慰めたことはなかった。
 布団の中で、ふわふわの大きな枕を抱き締め、下着越しに乳首と恥丘を刺激したことはあったが、その時も、淡い快感が大きく育つ前に怖くなってやめてしまうのが常だったのである。
 それも、中等部に進学してから、一月に一度、あるかないかのことだ。
 いつしか姫乃は、無意識のうちに、男の指の動きを思い出し、それをなぞってしまっていた。
 指の動きが、だんだんとスムーズになっていく。
 体表よりも高い体温に驚きながらも、姫乃は、綻びかけた淫唇の合わせ目に指を潜らせ、そこをまさぐった。
 熱くぬるぬるした感触が指にまとわりつくのを感じながら、より大胆に指を動かしていく。
 姫乃の指の先端が、肉の割れ目の奥にあるすぼまりの周囲を、円を描くように撫でた。
 そして、その奥に、そっと指を差し入れる。
 ぬるっ……と細い指の第一関節までを、幼い膣口が難無く咥え込んだ。
「ふぐっ!」
 左手の指を噛み締めながら、慌てて膣内の指を引っ込める。
 その一連の動きが、秘裂をただまさぐるよりも深い快感を生み出すことを、姫乃は発見してしまった。
 もう一度、そこに中指を浅く挿入し、そして、ゆっくりと出し入れしてみる。
「ふ……ふぅっ……ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ……」
 ちゅぽ、ちゅぽ、ちゅぽ、ちゅぽ……と、膣口の入り口に、中指の先端を抽送する。
 快感が、波になって、姫乃の背筋を駆け登った。
 さらに右手を動かす。
 その小さな手の平は、いつのまにか、恥丘全体をやさしくさするように動いていた。
 まだ包皮にくるまれたままの快楽の突起に、その動きがかすかに響く。
「ふぅう……」
 快楽の霞が立ちこめ始めた頭で、姫乃は、初体験の時に、そこを自ら刺激したことを思い出した。
 触れるだけで鋭い快感をもたらした、小さな器官。
 そこをいじりたい、という気持ちが、姫乃の心を占有していく。
 だが、膣口を慰めている右手に、その役目を中止させることは、したくなかった。
(両手で……両方の手で……したい……おもいきり、したい……!)
 すっかり自慰の快楽の虜となった少女は、左手の指の代わりにハンカチを咥え、両手で自らの濡れた花園を撫でさすり始めた。
 膣口に右手の指を出し入れしながら、左手の指で、クリトリスを包む肉の莢をくりくりといじる。
「んぅうううううっ!」
 予想以上の快楽に、姫乃は、びくんっ、と体を震わせた。
(ああンッ……私……私……私……私……っ!)
 男が、その状態のことを何と言っていたのかを、思い出す。
 そう。自分は、男に教えられるまま、その言葉でおねだりをしたのだ。
 ――……イキたいです……イキたいです……イキたいですぅ……っ。
 自分自身の声が、脳裏に甦る。
(私……イク……っ!)
 姫乃の華奢な体が、便座からずり落ちそうになるほど、反り返った。
 ぴゅるるっ、と透明な液が、その股間から迸り、両手を濡らし、床のタイルにこぼれる。
 その不自然な姿勢で、姫乃は、絶頂の快楽に体をぴくぴくと震わせた。
「ふ……ふぅ……んんん……」
 真っ白になっていた頭が、ゆっくりと覚めていく。
 姫乃は、姿勢を整え、そして、自分の両手を見つめた。
 指が、根元まで、ぬるぬると濡れ光っている。
 指を拭こうと、口に咥えていたハンカチを手に取ると、それも、姫乃の唾液でじっとりと濡れていた。
 姫乃の大きな目に、じわっと涙が浮かぶ。
 嗚咽が漏れそうになるのを、必死にこらえた。
 すさまじいまでの自己嫌悪を感じる。
 そして、絶頂を極めたにもかかわらず、深い部分で自分がまだ完全には満足していないことにも、姫乃は気付いていた。



 放課後のクラスの喧噪を、まるで薄いガラスの向こうのことのように感じながら、姫乃は、鞄に教科書やノートを入れていた。
 切迫した甘い疼きはもうないが、どこか憂鬱な感じが、まだ下腹部に残っている。
 男は、この五日間、電車の中で姫乃のクレヴァスをこするだけで、その奥にまで侵入しようとはしなかった。
 車内ということを考えれば、当然だろう。
 いや、あの行為自体が、危険すぎると言える。剥き出しの股間に陰茎を挟んでいるところが見つかれば、男も、姫乃も、いかなる言い訳もできないだろう。ただ触れるだけの行為とは違うのだ。
(何考えてるんだろう、私……)
 自分は、間違いなく卑劣な痴漢行為の被害者なのだ。なのに、男と一緒になって責められる場面を想像してしまっている。
 下着を履かずに電車に乗っている、ということが、罪の意識になっているのだろうか。
(それとも……)
「――姫ちゃん」
「きゃっ!」
 背後から声をかけられ、姫乃は、小さく悲鳴を上げてしまった。
「な……なっちゃん……」
 思わず右手で左胸を押さえながら振り返り、姫乃は言った。
 夏希が、これまで見たこともないような元気のない顔で、そこに立っている。
「え、えと……」
「あのさ……そのう……姫ちゃん、あの時は、ゴメンね」
 うろたえる姫乃に、夏希は、いつになく素直な口調で言った。
「やっぱ……怒ってるよね?」
 そして、すがるような目で、姫乃の顔を見る。
「そ、そんなこと、ないよ。私、怒ってなんかないよ」
 姫乃は、正直な気持ちでそう言った。
 事実、姫乃は、このところ、夏希が自分にしたことを思い出すことさえ、ほとんどなかったのだ。
 それよりもはるかに重大なことがあったことを、しかし、夏希に悟られるわけにはいかない。
「ホントに、怒ってない?」
「う、うん」
「よかった……」
 夏希は、安心したように、顔を綻ばせた。
「ボク、ぜったい姫ちゃんに嫌われたと思ってたよ」
「わ、私、なっちゃんのこと、ぜったいに嫌いになんかならないよ!」
 必要以上に大きな声で、姫乃は言う。
 そのことで、まだ教室に残っていた少女たちの注目を浴び、姫乃と夏希は、そろって顔を赤くした。
「……ありがと」
 ぽつん、と言って、夏希は、その吊り気味の目に滲んだ涙を、ぬぐった。
 夏希の涙を初めて見た姫乃が、思わず驚きの表情を浮かべる。
「え、えへへ……あのさ、だったら、明日、いっしょに映画観に行かない?」
「映画?」
「うん。チケットも二枚あるからさ」
 そう言って、夏希が挙げたタイトルは、彼女の好きそうなハリウッド系のアクション映画のものだった。
 姫乃の趣味とはやや異なるジャンルではあるが、これは、いつものことである。
 が、姫乃は、それとは別のことで、なぜか躊躇してしまった。
「え、えっと……」
「――だいじょうぶだよ。ボク、あんなこともうしないから」
 夏希が、ウィンクしながらそんなことを言う。
 姫乃は、ぼっ、と顔を染めた。
「だから、ね。いいでしょ?」
「う……うん」
「わーい♪ じゃあ、明日、一度家に帰って着替えてから、駅前の映画館で待ち合わせで、いい?」
「うん」
 姫乃は、夏希のやや強引な物言いに、肯いた。
「じゃあ、姫ちゃん、いっしょに帰ろう」
「うん」
 もう一度肯く姫乃の手を、夏希が、自然な動作で握った。
 自分よりやや高い夏希の体温に、姫乃は、内心どきりとする。
 だが、夏希は、平気な顔で、姫乃を引っ張るように歩きだした。
「――あのね、姫ちゃん」
 昇降口を出る時、夏希が、囁くように言った。
「え?」
「ボク、やっぱり、姫ちゃんのこと、好きだよ」
「……」
 姫乃は、かーっと顔が熱くなるのを感じた。
 夏希が、こちらを見ているのかどうか、顔を向けて確認することができない。
 それでも、頬に夏希の視線を感じる。
 そして、姫乃は、こくん、と小さく肯いた。



「はぁ……」
 ごろん、と姫乃は、自室のベッドの上に、横になった。
 同年代の少女たちであれば、誰もが羨むであろう、瀟洒な調度品の揃った広い部屋。
 その中に、姫乃は、特に構えることなく、自然と溶け込んでいる。
 普段着のまま、少しお行儀悪く羽毛布団の上に横になりながら、姫乃は、壁の時計を確認した。
 夕食後の、今日の復習と明日の予習のための時間だ。
 姫乃は、父親にも、先程ともに夕食を採った母親にも、小言ひとつ言われる事なく、その日課をこなしていた。
 勉強はさして苦にならない。それよりも、両親の期待に応えられなくなる方が、辛かった。
 姫乃には、兄と姉が一人ずついる。
 両親の期待通りに難関校を易々とクリアした二人が、姫乃にとっては、憧れであり、そしてお手本でもあった。
 両親は――特に父親は、末っ子である姫乃を甘やかしているきらいがある。姫乃は、それを敏感に感じ取り、逆により自分に厳しくあろうとした。そうでなければ、優しく聡明な兄や姉のようになれないと思ったのだ。
 しかし、このところ、勉強が手につかない日が続いている。
 原因は明らかだった。
 食卓で家族と談笑していた時は辛うじて無視できていた何かが、自分の未発達な下腹部で、存在を主張している。
 それは、性感に至る前の、かすかな疼きだった。
 一度意識してしまうと無視できない、粘着質な体内感覚が、少しずつ、少しずつ、大きくなっていく。
 それが、今日は、特に強く感じられた。
 朝に、秘部に触れた、男の肉茎の感触。
 昼に、自ら触れてしまった、自身の肉襞の感触。
 それらとともに、なぜか、夏希の手の体温を思い出す。
 まるで、そのことで夏希を穢しているように感じ、姫乃は、かぶりを振った。
 柔らかな夜具の上で、長い黒髪が乱れる。
「はぁ……っ」
 再び、姫乃は溜め息をついた。
 明日は、夏希と映画を観に行く。
 そのこと自体は楽しみなのだが、夏希に隠し事をしたままで一緒に過ごすことを考えると、少し気が重かった。
 アンニュイな気持ちのまま、天井に目をやる。
 と、その時、姫乃は、自分が無意識のうちにぎゅっと足と足を閉じ合わせていることに気付いた。
 忘れようとしていたはずの熱が、じわぁん、と、さらに温度を上げる。
 布団の上から右手を浮かし――そして、降ろす。
 それを、姫乃は、何度か繰り返した。
 だが、その場所に指で触れ、自涜の快感に身を浸すことを一度思い描いてしまうと、もはや後戻りはできなかった。
 それでも、しばらくためらった後――スカートをまくり上げ、ショーツをずり降ろす。
 無意識のうちに唇を舐め、そして、秘裂に指を触れると、そこはすでにじっとりと湿っていた。
 学校での行為を思い出すように、両手の指を、複雑で繊細な肉器官にあてがう。
 右手の指に膣口をくぐらせ、左手の指で包皮の上からクリトリスをいじると、待ち焦がれていた甘い電流が、姫乃の体を貫いた。
「あ、あぁン……っ」
 新たな蜜がとぷとぷと溢れてくるのにも気付かず、姫乃は、くにくにと自らの柔らかな箇所をまさぐり続けた。
「は……はっ……はん……あん……はぁん……あン……」
 かすかな吐息が、たちまち熱い喘ぎとなり、姫乃自身の興奮をさらに煽る。
 姫乃は、次第に大胆に足を開いていった。
 姫乃の指の動きが、さらに激しくなる。
 その細い指は、見る間に透明な粘液にまみれていった。
 滴る愛液が会陰を伝い、可愛らしいアヌスの周囲を濡らしながら、夜具を濡らしてしまう。
 淡い桃色の布団カバーに恥ずかしい染みが広がっていくのにも、しかし、姫乃は気が付かない。
「あっ……はっ……はあぁ……あうっ……あんっ……あぁン……あっ……ああぁン……!」
 甘く可愛らしい、それだけに一層鮮烈なエロスを感じさせる喘ぎ声が、姫乃の部屋に響く。
 その頬は真っ赤に染まり、うっすらと開かれた黒い瞳は、きらきらと濡れ光っていた。
 抑えようのない性の炎が、瞳の奥で燃えているようだ。
 その目が、さ迷うように、周囲を探った。
 そして、ベッドのすぐ傍らにあるドレッサーを、見る。
 正確には、ドレッサーの上に置きっ放しになったファンシーなデザインのブラシに、姫乃は、半ば虚ろになった瞳を向けていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 唇を半開きにし、時折、ピンク色の舌で唇を湿らせながら、何事かを考えている姫乃。
 その、女の淫蜜に濡れた右手を、姫乃はブラシに伸ばした。
「……」
 左手で、肉の莢の下で勃起してしまった快楽の芽を弄くりながら、右手にブラシを持ち、見つめる。
 ゆるく優しげな曲線で構成された柄の部分。その、丸まった先端。
 透明なピンク色の樹脂でできたそれの感触を、姫乃は、右手で握って確かめる。
「ん……」
 姫乃は、かすかに音を立てて、唾を飲み込んだ。
 そして、右手に持ったそれを、そろそろと女陰に近付けていく。
 昼に絶頂を極めながら、なおも刺激を求めている、見かけによらず貪欲な少女の器官。
 そこに、姫乃は、指よりもさらに太いものを挿入させようとしていた。
 くちゅ……。
 クレヴァスに、それを触れさせ、姫乃は動きを止めた。
 唇を噛み、一度、ブラシの柄を離す。
 そして、姫乃は、再びブラシの柄をじっと見つめ――目を閉じて、かすかに震える舌を伸ばした。
 クレヴァスから溢れ出る蜜だけでは、潤滑液として不充分かもしれないと考えたのだろう。
 舌先がブラシの柄に触れた時、自分自身の愛液の味を感じたはずだが、姫乃は止まらなかった。
 ぴちょ――ぴちゅ――ぺろ――ちゅ――ちゅぶ――。
 誰に命じられた訳でもないのに、無機質な樹脂の柄の部分に、てろてろと舌を這わせる姫乃。
 ブラシの柄が、たちまち、少女の唾液でぬめっていく。
「んっ……うん……んむ……てろ……ぷちゅっ……」
 ふーっ、ふーっ、と鼻から息を漏らしながら、丹念にブラシの柄を舐めしゃぶる。
 それは、少女自身がまだ知らない口唇愛撫の姿そのままだった。
「ぷはぁ……」
 姫乃が、ブラシの柄から口を離した。
 細い唾液の糸が、一瞬、サクランボのような唇と、淫猥に濡れ光るブラシの柄をつなぐ。
 そして、姫乃は、ブラシの背に当たる部分を逆手に持ち、再びクレヴァスの入り口に柄の先端を当てた。
 くちゅり……と、いともあっけなく、姫乃のそこが丸い先端部分を咥え込む。
 ひくっ、ひくっと期待するように息づく、姫乃の秘肉。
 その狭間に、姫乃は、ブラシの柄を、ゆっくり、ゆっくり、挿入させていった。
「あ……あぅ……んっ……んんン……」
 男の肉棒より細いとは言え、指よりもはるかに太く大きいものが、膣肉を内側から圧する。
 そして、姫乃のそこは、ぐっぷりとブラシの柄を飲み込んでしまった。
「はぁ……あ……ああぁ……はああぁぁ……」
 やや苦しげな姫乃の喘ぎには、だが、どこか満足げな響きがある。
 姫乃は、はしたない本能のままにそこに異物を迎え入れ、初めて自分が何を求めていたのか知った。
 自分の中に“何か”があるという、圧倒的な、刺激。
 苦しく、気持ち悪いはずの異物感は、たまらない快感を姫乃にもたらしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……んんんっ!」
 膣内の柄を自ら動かし、姫乃は、体をのけ反らせた。
 自分でしていることのはずなのに、器具を使うだけで、誰かに犯されているような錯覚を感じる。
 それが――昼の自慰行為では完全には満たされていなかった姫乃の情欲の芯を、熱く濡らした。
 ぐっ、ぐっ、ぐっ、ぐっ……。
 姫乃の小さな手が、柄を秘裂に埋め込ませたブラシを、動かす。
「あっ……ああっ! あっ! あーっ!」
 ブラシを握る右手の動きを加速させ、左手でクリトリスを刺激し続けながら、姫乃は、思わず声を上げていた。
 そして、さすがに声が漏れるのを防がねばと思い、必死に口をつぐむ。
(これ……これなの……! 私、これが……ほしかったのっ……!)
 姫乃は、声を我慢する代わりのように、心の中で叫んでいた。
 にゅるっ、にゅぷっ、にゅぶっ、にゅるん、ぬにゅっ、にゅぬっ……。
 淫らな蜜にまみれたブラシの柄に、少女の秘処が陵辱される。
 膣内を摩擦され、その奥を荒々しい力で小突かれる、感覚。
 姫乃は、自分が、体の中を誰かに占有してほしかったのだということを、強すぎる快楽の刺激に溺れかけながら、理解しかけていた。
 が、そんな思いも、圧倒的なうねりの前に、千々に砕け散り、押し流される。
 そして――体の底から湧き起こった熱い快楽の奔流が、姫乃の体を迫り上がり、頭の芯を直撃した。
「ひッ……! イ、イク……っ! イクっ! イクっ! イクっ! イクーッ!」
 姫乃は、そう叫びながら、成す術もなく、絶頂の波に身を委ねた。
 あらゆる感覚が快感となり、頭の中を埋め尽くす。
 全身の血管に熱く甘い蜜が満ちていくような愉悦の中、姫乃は、意識を失ってしまっていた。



 翌日の、朝。
 姫乃は、また、あの時刻の電車に乗っていた。
 土曜日の今日は、平日と比べ、車内はさほど混んでいない。少なくとも、乗客同士が体を密着させるほどではなかった。
 そのことに、少しだけ拍子抜けしている姫乃の背後に――男が立った。
 びくっ、と姫乃の体が緊張する。
「今日も、いつもどおりか?」
 男の問いに、姫乃は、周囲に気を使いながら、こくりと小さく肯いた。
 男が言っているのは、姫乃が、スカートの下に何も履いてないかどうかということだろう。事実、姫乃のショーツは、カバンの中にあった
「上出来だ」
 男が言う。
「だが、今朝は無理だな」
「……」
「学校が終わったら、駅のトイレに来い」
「え――?」
 姫乃は、あやうく振り返りかけて、慌てて体の動きを止めた。
(でも……でも、でも……今日は、なっちゃんとの約束が……!)
 口からは、そんな言葉が漏れそうになる。
 が、そもそも、男にそんなことを言っても無駄だろう。
「あのトイレだ。分かってるよな。家に帰って、着替えてからの方がいいだろう。昼飯は済ませて来いよ」
 男が、一方的に言った。
「お前は、俺に逆らうことはできないんだ。あの写真がある限りな」
 笑みを含んだ男の声に、気が遠くなる。
 姫乃は、その場にしゃがみこみそうになるのを、座席脇の手摺りを握って、どうにか堪えた。
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