序章
「ね、姫ちゃん、キスしていい?」
奥住姫乃は、葉山夏希のその言葉に、黒目がちな大きな目を丸くした。
「え、えっと……」
「ボク、姫ちゃんが好き。だから、キスしたい」
夏希が、彼女独特の明快な言葉で、畳み掛けてくる。
「姫ちゃんは、ボクのこと、嫌い?」
「そ……そんなことないよ……。私、なっちゃんのこと……好き、だよ」
姫乃は、つっかえつっかえ、そう言った。
淡いグリーンで統一された夏希の部屋。大きなガラステーブルの上には、ケーキの乗っていた皿と、まるで葡萄酒のような濃い赤色のドリンクが入ったグラスがある。
春の連休の終わりにあたる日曜日の今日は、夏希の十五歳の誕生日だ。
うららかな昼下がり。西に傾いた太陽が、柔らかな日差しを瀟洒な部屋の中に投げかけている。
広い家には、しかし、夏希と姫乃以外に人はいない。
夏希の父は新進気鋭の若手代議士であり、母は市民運動家である。週末ともなれば二人とも家を空けがちで、夏希は家で一人で過ごすことが多かった。
そんな夏希が自らの誕生日に家に招いたのが、姫乃だった。
そして、プレゼント――可愛らしいネコの人形をあしらった高級オルゴール――を受け取り、学校の他愛のない噂話を肴にケーキを食べ終わった時、夏希が、姫乃に顔を寄せて切り出したのが、その言葉だったのだ。
「だったら、いいでしょ?」
「でも……えっと……」
その白い顔を、ぽーっと赤く染めながら、姫乃は、言葉を探していた。
陶器を思わせる滑らかな白い肌と、少女らしい控えめな曲線を、フリルをあしらった白い服に包んでいる姫乃は、その名前どおり、どこか童話の中の王女さまを連想させる。
腰にまで届く艶やかな黒髪は、女性であれば誰でも羨むようなストレートだ。
その真珠を思わせる淡いピンク色の唇は、たしかに同性と言えどもキスしたくなるほど可愛らしい。
一方、夏希は、少年のような凛々しさを備えたショートカットのその顔によく似合う、ざっくりとしたデザインの赤いトレーナーに、デニム地のスカートという普段着姿だ。
だが、同い年の少女よりも明らかに発育のいいその胸と太ももは、布地を内側から圧し、彼女が部分的にであれ“女”へと成長したことを証明していた。
「姫ちゃん……好き……」
夏希が、姫乃の隣に身を移し、顔を寄せた。
夏希の、やや吊り気味の目が、妖しく濡れ光っている。
母がアメリカ人と日本人のハーフであるため、クォーターにあたる夏希の瞳と髪は、天然の褐色だ。
その瞳に見つめられ、姫乃は、かっと体が熱くなるのを感じていた。
その発育途上の胸の中で、動悸が、かつてないほど早くなっている。
頭が、かすみがかかったようにぼーっとなった。
「なっちゃん……」
「姫ちゃん……」
ちゅ……。
少女の唇と唇が、触れた。
ついさっきまで想像もしなかった、ファーストキス。
夏希の柔らかな唇の感触を唇に感じながら、姫乃は、自分の内側がじわんと痺れるような感覚を覚えた。
唇と唇が、離れる。
姫乃は、顔から火が出るような、という比喩を、まさに実感していた。
「姫ちゃん、かわいい……まるで、お人形さんみたいだよ……」
そう言いながら、夏希は、姫乃の体を優しく押し倒した。
「あん……!」
姫乃が、悲鳴を上げる。
姫乃は、反射的にもがいたが、うまく力が入らず、夏希を押しのけることができなかった。
確かに姫乃は小柄で、力も強い方ではない。が、夏希とてその体格は平均程度である。こんなに簡単に自由を奪われるのはおかしかった。
夏希の体に組み敷かれた体が、不自然なくらい熱い。
「な、なっちゃん……もしかして……」
姫乃は、あのドリンクの飲み慣れぬ味を思い出し、ちら、とグラスに視線をやった。
それに気付き、夏希が、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「ふふふ……姫ちゃんのは、ちょっと濃くしといてあげたんだ」
「まさか、お酒……?」
「うん。けっこうおいしかったでしょ?」
そう言う夏希の仕打ちより、自分が未成年なのに飲酒をしてしまったということに、厳しく躾けられた姫乃はショックを受けてしまう。
姫乃の力が緩んだのに付け込むように、夏希は、再び姫乃の唇を奪った。
ちゅ、ちゅ、ちゅ……と音を立てながら、柔らかな頬や、細い首筋に、キスの雨を浴びせる。
他者によって性的な刺激を与えられるという初めての体験の衝撃に、姫乃は、しばし抵抗すら忘れてしまった。
それを、自分を受け入れてくれたからだと解釈した夏希が、いっそう大胆に姫乃の体を愛撫する。
夏希の手が、ワンピースの上から、姫乃の胸に触れた。
「ひゃんっ!」
姫乃が、身をすくめるようにして、声を上げる。
思いもかけなかった甘い電流が、なだらかな胸の頂点から全身に走ったのだ。
今まで意識していなかった自らの乳首の位置を、切なさとともに、強烈に感じる。
「あっ……あぁん……なっちゃん……ん……んぅっ……」
未成熟な体を襲う未知の感覚に戸惑いながら、姫乃が、声を漏らす。
その喘ぎに、官能の響きを敏感に感じ取ったのか、夏希は、嬉しそうに目を細めた。
「好き……好きだよ……姫ちゃん、大好き……」
夏希は、右手で姫乃の胸をまさぐりながら、左手で姫乃の右手を自分の胸に導いた。
「ね、おねがい……さわって……ボクの胸も、さわって……」
未だ混乱の中にある姫乃は、言われるままに、夏希の胸をまさぐった。
自らの乳房とは比ぶべくも無い、その小さな手に余る豊かな膨らみの、柔らかな感触。
手の平に、夏希の乳首の場所を感じる。
ふにっ、ふにっ、ふにっ……。
姫乃は、いつのまにか、夏希の乳房を、ぎこちない手つきで揉んでしまっていた。
「あん……姫ちゃぁん……ボク、きもちいい……」
夏希が、嬉しげに甘い声を漏らす。
二人の、全くタイプの異なる美少女が、頬を赤く染めながら互いに胸を愛撫する様は、まるで淫らな小妖精同士の戯れを思わせた。
「姫ちゃん……」
夏希は、その健康的な脚で、姫乃の脚をさりげなく割り開いた。
そして、名残惜しげに姫乃の胸から右手を放し、そっと彼女のワンピースをまくり上げる。
姫乃は、アルコールと、それ以外の何かに酩酊し、されるがままの状態だ。
夏希の右手が、姫乃のショーツに触れた。
「あっ……!」
姫乃が、ようやく声を上げる。
構わず、夏希は、右手をうごめかし、ショーツの奥にある姫乃の秘密の部分を刺激した。
じっとりとした湿り気が、夏希の指を濡らす。
「や、やめ……なっちゃん、ダメぇ……」
弱々しく身をよじりながら、姫乃が声を上げる。
だが、姫乃は、夏希を押しのけることができない。
体の心から湧き起こる、甘く粘液質な波が、体を痺れさせているのだ。
それは、間違いなく、ショーツ越しに姫乃のクレヴァスを刺激する、夏希の指がもたらしたものだ。
心臓が、息苦しさを感じるほどに、忙しく鼓動を刻んでいる。
「姫ちゃん、ぬれてるよ……」
「イヤあっ!」
姫乃が、両手で顔を覆う。
「すごい……どんどんぬれてくるよ……パンツ、びちょびちょだよ……」
興奮に声を上ずらせながら、夏希は言った。
そんな夏希の言葉に、姫乃は、なぜかますます体を火照らせてしまう。
「イ、イヤぁ……イヤぁん……あ、ああ、あ……」
姫乃の声はしっとりと濡れ、そして、その幼い秘部も、熱い蜜を溢れさせてしまっている。
すでに姫乃のショーツは、薄い布地が透けてしまいそうな状態だ。
布越しの柔らかな感触に陶然となりながら、夏希は、姫乃に愛しげに頬ずりし、貝殻のような耳たぶを甘く噛んだ。
「きゃうっ……!」
姫乃が、小さな悲鳴をあげながら、背中をのけ反らせる。
「もう、脱いじゃおうね、姫ちゃん……」
夏希は、熱い息を耳に吹きかけるように、言った。
「ボクが、脱がせてあげる……」
夏希の右手が、まるでフルーツの皮をむくように、つるりと姫乃のヒップから下着を剥ぎ取る。
「あぁん……」
アルコールと、同性による柔らかな愛撫に酩酊した姫乃は、抵抗らしい抵抗を示さなかった。
ただ、今、自分に起こっていることをきちんと理解し切れない状態のまま、夏希のされるがままになっている。
淡い、繊細な陰毛に飾られた恥丘が、あらわになった。
ピンク色のいたいけなスリットが、きらきらと自らが分泌した液に濡れ光っている。
それは、未成熟なまま、透明な蜜を溢れさせる、新鮮な果実を思わせた。
「かわいい……」
夏希が、じっとそこを凝視しながら、かすかに震えた声で言った。
そして、きゅっ、と唇を噛む。
頭をぼーっとさせた姫乃が、かすかに不審に思い始めた時、夏希は、心を決めたように、スカートのホックを外した。
「姫ちゃん……姫ちゃんに、ボクの秘密、見せてあげる」
そう言って、一気に、スカートを脱ぎ捨て、さらには、その股間を隠していたサポーターまでずり下ろす。
びぃんっ、と滑稽なくらいの勢いで、夏希の股間で、本来あり得ないはずの器官が屹立した。
「――きゃっ!」
姫乃は、高い悲鳴をあげた。
反射的に顔を両手で覆いながら、指の透き間から、夏希の“秘密”を凝視してしまう。
それは、亀頭の半ばまで皮をかむりながらも、これ以上はないというほどに急角度で勃起した、逞しいペニスであった。
「な……なっちゃん……男の子、だったの……?」
そう言いながら、姫乃は、夏希の肉茎と、そして豊かな胸を、交互に見つめた。
「ちがうよ、姫ちゃん……」
夏希は、膝立ちのまま、青筋を立てて反り返るペニスを握り、腰を突き出すような姿勢になった。
ペニスの根元には、陰嚢はなく、代わりに、赤い秘肉をのぞかせた割れ目が、蜜を滴らせている。
割れ目の上端――本来ならクリトリスと尿道口のある箇所から、その肉の器官は生えていた。
そんな夏希の姿に圧倒されたかのように、姫乃は、言葉を失っている。
「ボク……男でも、女でもないんだよ……」
「なっちゃん……」
姫乃は、思わず、カーペットの上で後ずさった。
「姫ちゃん……逃げないで!」
姫乃の脅えを敏感に悟った夏希は、失敗を冒した。
高まる激情のままに、姫乃に覆いかぶさったのだ。
「姫ちゃんっ!」
激しい勢いでのしかかった夏希のペニスの先端が、剥き出しになった姫乃の太ももの内側に触れた。
驚くほど熱い温度を、そこに感じる。
「イ……イヤぁーっ!」
姫乃が、渾身の力で、夏希を突き飛ばす。
夏希は、はっと我に返った。
その隙に、姫乃が立ち上がり、身を翻す。
「待って!」
夏希の声を、ドアを開けかけた姫乃は、背中で聞いた。
「そ、その……そんなつもりじゃなかった……ムリヤリするつもりなんかじゃなかったんだよ!」
うろたえた、夏希の声。
それを振り払うように、姫乃は走りだした。
夢中で階段を降り、玄関で靴を履く。
「姫ちゃん……っ!」
二階から夏希の声が響き、広すぎる家の中で反響する。
「待って……待ってよっ! ねえっ! 話くらい聞いてったら!」
しかし、姫乃は、大きなドアを開け、街の中へと逃げ出してしまったのだった。