Cross+Border

(前編)


 僕がその少女に出会ったのは、辺境に接した街道の上でだった。
 時刻は、恵み深い太陽が西の山に沈みつつある頃。空の半分は黄昏の天使たちの血に濡れ、もう半分には、神々の顕現である星たちが姿を現しつつある。
 そんな中、その少女は、黒いドレスをまとったまま、枝振りのいい大木の根元に横たわっていたのだ。
「え、えっと……」
 一瞬、死体じゃないかとも思ったけど、その薄い胸がかすかに上下しているのを見て、僕は思わず息をついた。
 そして、安堵の次に、疑惑が胸の内に湧き起こる。
 このコは、どうしてこんな場所で眠りこけてるんだろう?
 はっきり言って、いつ山賊や狼が現れてもおかしくないような場所だ。僕みたいな冒険稼業で日々のたつきを得ている者でも、こんな所で無防備に寝るのはちょっとごめんこうむりたい。
 何にせよ、ほっとくわけにはいきそうになかった。
「あのー……お嬢さん?」
 少女のそばにまで近寄り、どう声をかけていいかちょっと迷ってから、そんなふうに言ってみる。
 起こすのが可哀想になるほどの静かな寝息が途切れ、そして、大きな目がうっすらと開く。
「…………」
 少女が、むっくりと起き上がる。
 癖の無い銀色の髪に、抜けるように白い肌。僕のことをじっと見つめるその瞳は、琥珀色だ。
「――お兄ちゃん?」
 少女が、僕にそう呼びかける。
「お、お兄さんじゃないと思うけど……」
 僕は、律義にそう訂正した。
 僕の両親は、僕が十歳になるかならないかという頃に、他界した。そして、僕はもう二十代半ば。もし二親のどっちかがこっそり子供を作っていたとしても、どう見ても十二歳になるかならずかという彼女とは、ちょっと年が合わない。
 思わず、しげしげと彼女の顔を観察してしまった。
 しなやかな眉や通った鼻筋は、どこか貴族階級を思わせるけど、飾らない感じの表情が、その印象が冷たくなるのを押し止どめている。早い話が、かなりの美少女だってことだ。
「違うわね……」
 彼女は、僕にそう言ってから、なぜか周囲を見回した。
 そして、再び僕の顔に視線を移し、続ける。
「あなた、あたしのお兄ちゃんじゃないわ」
「分かってくれたみたいだね」
 彼女の口振りにちょっと苦笑いしながら、僕は、その場に腰を下ろした。
「えーっと、僕の名前はレムルナーガ。君は?」
「…………」
 彼女は、また、周囲に視線を巡らせた。
 その仕草や、不思議な色の瞳に、僕は、ちょっとした疑惑を抱いてしまう。
 このコ、もしかして、たまに街道に出るという噂の女怪の類いじゃないかと……。
「ユーレリア」
「え?」
「名前よ。あたしの名前。お兄ちゃんが、あたしのことをそう呼んでたから、きっとそう」
「へ、へえ……いい名前だね」
「ありがと」
 にっこりと、彼女――ユーレリアが笑みほころぶ。
 その顔に相応しい無垢な表情――けど、薄暮に沈んでいくこの辺境の風景には、いささか場違いな笑顔だ。
「君、どこから来たの?」
「あっち」
 ユーレリアが、白く細い指で、北の方を指さす。ここからその方向にあと一刻ほど歩けば、悪名高きナルードの街。ちょうど、僕の目的地である。
「どうして一人でこんなとこに?」
「あたし、一人じゃないわ。お友達がたくさんいるもの」
 くすりと、ユーレリアが笑う。さきほどの笑顔とは、ちょっと質の違う感じの顔だ。
「あ、そう……」
 僕は、ちょっとした寒気を覚えて、それ以上追及することをやめた。
「それにしても、こんなところで眠るのは感心しないな」
「どうして?」
「だって……危ないじゃないか」
 小首を傾げるユーレリアに、僕は言った。
「でも、あたし、眠くって……それに……」
 と、その時、遠くから遠雷のような音が響いてきた。
 いや、もちろん雷じゃない。これは――馬蹄が地面を叩く音だ。
「…………」
 僕は、立ち上がり、地面に立てた剣の柄に両手をかけた。
 丘の向こうから、幾つかの影が現れる。
 予想どおり、馬に乗った男たちだ。数は五つ。革の鎧で武装している。
 男たちは、ユーレリアと、そして僕の姿を認め、少し驚いたような顔をした。
「……てめえ、何もんだ?」
 男たちのうち、最も年若そうな奴が、僕に声をかける。どう考えても友好的な声じゃない。
「通りすがりの者だけど?」
「しみったれた格好しやがって……。まあいい、娘と金目のもんを置いてどこにでも行っちまいな」
「いや、そんなこと言われても」
 そもそも僕は金目のものなんて持ってないし、この男たちにユーレリアを預けるなんてことも、承服することはできない。
「……君たち、ナルードの人狩りだろ?」
「おうよ!」
 僕の問いに、その若い男は、胸を張って答えた。
 やっぱりそうだ……。この街道の付近では、ナルードの盗賊ギルドの連中が、女子供を主に狙って“狩り”を行うと聞いていた。それが、この連中なわけだ。
 “狩り”の目的は、言うまでもなく、商品の仕入れである。こいつらは、捕えた人間を奴隷として売りさばいているのだ。
「本当だったらてめえを狩ってやるところなんだが、今はちっとばかり忙しいんでな。特別に見逃してやらあ」
 そんなことをそんなふうに偉そうに言われても、ちっともありがたいと思わない。
 振り返ると、ユーレリアは、眉をぎゅっと寄せながら、馬上の男たちを睨んでいた。
「あたし、あなたたちと一緒はイヤ」
「……だってさ」
 僕は、そう言いながら、鞘から剣を抜いた。刀身が、残照を反射して赤く光る。
「けっ。んなけったいなだんびら、脅しにだってなりゃしねえぞ」
 男は、黄色い歯を剥き出しにして、そうせせら笑った。
 確かに、僕の使う剣は、普通の剣とちょっと違う。刃の部分がやたらと幅広なのだ。
 変わった形の剣が、えてして虚仮威しであることは、多少なりとも修羅場をくぐった人間なら誰でも知っている。
 ただ、僕に関しては、そうではない。僕の場合、もともと選択の余地が無かったのである。
「エルドの兄貴、いいか?」
 男が、背後に控えるリーダー格の男に訊く。
「おう、やっちまいな!」
 許しが出ると同時に、その男が、曲刀を抜いて馬をけしかけた。顔に、凶悪な表情が浮かんでいる。
 ユーレリアが巻き込まれるのは避けたい。僕は、剣を両手で構えて前に出た。
 向かって右側、曲刀の届かない位置に廻り込み、体ごと剣を水平に旋回させる。
 まず、悲痛な馬のいななきが響いた。
「おわあっ!」
 いささか間の抜けた悲鳴に、どう、という地響きが重なった。
「うああああ! 畜生ッ! あ、足がッ!」
 横倒しになった自らの乗馬に左足を下敷きにされ、男が声を上げている。
 僕が、そいつの乗る馬の左の前足と後足を薙ぎ切った結果だ。
 でも、僕は、その“結果”を確認するのを後回しにして、次の目標に向かって走っていた。
 右の肩に担ぐようにしていた剣を、馬の背を跨いだその男の左足に叩き付ける。もちろん、この姿勢では足を動かして避けることなどできない。
「げッ!」
 曲刀を抜く間もなく僕に左足を切断され、そいつは短い悲鳴を上げて落馬した。この剣は、とにかく何かを切断することにかけては、非常に向いている。
 馬が、哀しげな声をあげて、走り去る。
「う、馬を降りろ!」
 エルドが、自ら地面に飛び降りながら、まだ騎乗している二人の部下に叫んだ。
 恐慌に陥りかけている馬から彼らがあたふたと降りるのを、僕は、剣を構えて待った。
 自らの頭の右側に両手で持った柄を引き寄せ、刃を垂直に立てる。
 こうすると、前に突き出して構えるより、疲れなくて済む。
「エグゼキューショナーズソード……?」
 エルドが、僕の剣の先端を見て、唸るように言った。
「てめえ……“執行人の息子”か? 処刑人のレムルナーガだな!」
 そのあんまりな二つ名に、僕は思わず嘆息した。
 そう。僕の持つ両手剣は、斬首刑のための武器である。フードで顔を隠した死刑執行人が観衆の前で罪人の首を切り落とすためのエグゼキューショナーズソード。剣の先端は尖っておらず、刃はやたらと長い長方形に近い形をしているという、異形の剣だ。
 それにしても、こいつらの怯えた顔――数ヶ月前に別れたあの吟遊詩人は、僕のことを題材にかなり荒唐無稽な弾き語りをしていると見たぞ。
 ともかく、この武器のせいで僕は必要以上に不吉な存在として警戒されてしまうわけなんだけど……斬首剣での戦い方を一番最初に習得してしまった以上、別の得物に乗り換えるなんてこと、今さらできやしないのだ。今はもういない父親を恨むしかない。
「糞ぉ……」
「び、びびるんじゃねえ! どうせ見掛け倒しだ!」
 エルドを守るように前に出た二人が、そんなことを言う。
 一方エルドは……懐から何かを笛のようなものを取り出して、必死に吹いている。仲間を呼ぶつもりなのかどうか分からないけど、ちっとも音なんて聞こえない。
 いったい何のマネだろう、と思った時には、残った部下の片方が僕に向かって駆けてきていた。
「おおおおおおおお!」
 自暴自棄な感じで大声を上げながら、曲刀を大きく振りかぶっている。もう片方の部下も、それに続いていた。
 僕は、両手に持った剣を大きく振り下ろしていた。
 刃が空を切り――そして、先端が地面に近付く。
「ぎゃっ!」
 先に僕に仕掛けてきた男が、声を上げてもんどりうった。
 大きく踏み込んできた足の爪先を、僕の剣がブーツごと縦に切ったのだ。
 もう、歩くどころか、しばらく立つこともできないはずである。
 僕は、地に触れた刃の先を引き摺るようにして、残りの男に向かって走った。
 そして、相手が刀を振るうより早く、大きな弧を描くように剣を跳ね上げさせる。
「ぐぎっ!」
 僕の剣によって左の太腿を半ば断ち切られ、その男もばったりと地面に倒れた。
「ぜ……全部、足狙いか……?」
 笛から口を離したエルドが、茫然とした表情をその髭面に浮かべる。
 確かに、足を殺してから首を取るのが、僕の教わった戦い方だ。ご名答である。
 だけど、僕は、エルドに返事をしなかった。
 新たな気配が、暗くなりかけたこの空間に現れていたからだ。
「あ、兄貴、ちょっと待ってくれ……今、アレを使われたら……」
 地面に倒れたエルドの部下の一人が、足の傷を押さえながら言う。
 アレというのが何を指すのか……それを想像するより先に、答えが姿を見せた。
 犬――いや、その精悍な顔からして、犬と狼の混血種だろう。その狼犬が、十匹ほど、僕たちを半円形に囲むようにしている。
 ということは、あのエルドが吹いていたのは、犬笛か……。
 しかし、部下の心配ももっともだ。もしこの狼犬たちがエルドの制御を離れたら、足をやられてうずくまってる彼らはいい餌食だろう。
「ってことは……順番は決まったな」
 僕は、父親の形見であるエグゼキューショナーズソードを構え直した。
「へっへっへ……殺してやる……あの“執行人の息子”を殺すのは、“獣使い”のこの俺だ……!」
 エルドが、そう言って、犬笛を口元に当てた。
 人には聞こえない音が、鞭となって十匹の狼犬をひっぱたく。
 速い。人間なんか目じゃない。もう最初の一匹がすぐそばまで来てる。
「ごめんよ」
 我ながら偽善だなあと思いながら、僕は、剣を振り下ろした。
 血の尾を引きながら、首が飛んだ。
「なっ……!」
 驚くエルドの声を聞きながら、次の狼犬の首を落とす。
 何の造作もない。父親に最初に教わった剣の動きを淡々と繰り返すのみだ。
 首を突き出した罪人――それと同じ姿勢の獣を殺すのに、僕の叩き込まれた剣法は非常に適しているというわけだ。
 半分殺すと、半分は逃げてくれた。
「ひいっ!」
 声を上げて逃げようとするエルドを、僕は追った。普段なら面倒なんでほっとくのだが、状況的にそういうわけにもいかない。
 後ろから、両足を膝の腱を切断する。
「ぎゃああああああああ!」
 絶叫したエルドが前のめりに倒れる。
 両手と両膝を地面につき、それでも這って逃げようとしたエルドの首に、僕は、上から剣を当てた。
 斬首刑の形だ。
「やめてくれ……やめてくれよぉ……こ、殺さないでくれ……」
 ガチガチと歯を鳴らしながら、エルドが言う。血を失って寒気がしてる――だけではないみたいだ。
「うん、殺さない」
 僕は、そう言った。これは死刑じゃないし、それに、ここでこいつを殺しちゃったら私刑だ。
「だから、君らが誰の手の者なのか、教えてくれないかな?」
 エルドは、真っ青な顔で、がくがくと肯いた。
 ふと、ちょっと心配になってユーレリアの方を向く。
 彼女は、どこか不思議そうな顔で、僕のことを見つめていた。



 エルドたちのボスが誰なのかを聞いてから、僕は、ナルードの街に入った。
 行きがかり上、ユーレリアも一緒である。
 ユーレリアは、どうやらエルドたちに追われてこの街から逃げ出したらしい。そんな彼女を連れてナルードに戻るのはどうかとも思ったけど、城壁の外で野宿する方がよっぽど危険だ。まあ、僕が一緒なら大丈夫だろう。
 エルドたちは、あの街道に置いてきた。五人で助け合えば、残りの狼犬があの場に戻ってくるまでに逃げることも不可能じゃないだろう。まあ、連中がこのナルードの街に戻ったとしたら、仲間の盗賊たちに落とし前を付けさせられるかもしれないけど。
 ……人のことをあんまり心配してもしょうがない。僕は、すっかり日の暮れた空の下、夜店の並ぶ大通りを、ユーレリアを連れて歩いた。肉や魚の焼けるいい匂いが、辺りに漂っている。
 僕は、塩と香辛料をまぶして焼いた串焼きの川魚を二つ買い、一本をユーレリアに渡した。
 ユーレリアが、こんがりと焼けた魚の頭と尻尾のところを持って、むしゃむしゃと食べ始める。お腹が空いてたらしい。
「なんか、街の様子がものものしいね」
 僕は、魚を頭からかじりながら、夜店の親父に、声をかけた。
「そうですかい?」
 親父が、とぼけたように言う。
「うん……。街角に、怪しげな男たちが、やたらとうろうろしてるし」
「この街はいつもそうですけどね」
 確かに、この辺境都市ナルードは、盗賊ギルドの勢力が強い街だ。
「でも、それにしたって、なんかやけにピリピリしてるじゃない?」
 僕は、ほどよく塩味のきいた白い肉を細い骨ごと食べながら、声を潜め、続けた。
「誰か盗賊ギルド関係の人が殺されたんでしょ」
「……ええ」
 僕の山掛けに、親父が、にやりと笑う。
「ギルドの次席――“豚小屋の主”ヘルネドスが殺されたんですよ。自分の家のベッドの上で、素っ裸でね」
「盗賊ギルドの内輪揉め?」
「でしょうねえ。ま、係わりあいにならない方が利口でさあ」
 そう言って、親父は、僕のことを遠慮の無い目付きで観察した。
「お客さん、冒険者ですね? だったら、この裏の“踊る青猫”亭がお勧めですぜ」
「つまり、親父さんのやってる宿屋ってこと?」
「ええ」
 やれやれ、なかなか商売上手な親父さんだ。
「じゃあそうするよ。……さ、行こう」
 僕は、傍らにしゃがみこんでいるユーレリアに声をかけた。何をしてるかと思ったら、痩せこけた野良猫に魚の骨をあげている。
「あ」
 ユーレリアが、声を上げた。
 彼女の食べ残しを咥えたその猫が、素早く身を翻し、路地裏に消えたのだ。
「……猫さんと、お友達になりたかったのに」
 残念そうに言いながら、ユーレリアが優雅な身のこなしで立ち上がる。
「また今度ね」
「ええ……。あんなにすばしっこいんじゃ、ちょっと難しいものね」
 まだ少し未練を残したようなユーレリアを連れて、僕は、“踊る青猫”亭へと向かった。



 食堂兼酒場になっている“踊る青猫”亭の一階で、兎の肉のシチューとパンという夕食を平らげ、僕たちは、二階の部屋に入った。
「ねえ、レムルナーガ」
 あまり上等とは言えないが、それでもきちんと清潔にしているベッドに腰掛け、ユーレリアが言った。
「何?」
「どうしてあの人たちを殺さなかったの?」
 可愛らしい顔で小首を傾げながら、けっこうすごいことを訊いてくる。
「確かに、一思いに全滅させちゃった方が、追われてる君としては安心かもしれないけどさ」
 僕は、鎧の留め金を外し、剣と一緒に部屋の隅に積み上げながら、言った。
「ユーレリアとしては、後顧の憂いを断っておきたかったってことかな?」
「……そういうの、難しくてよく分からないわ」
 ユーレリアが、裏表の無い表情で言う。
「あたしは、レムルナーガのことが知りたいだけよ」
「あ、ごめん」
 僕は、つい謝ってしまった。
 大人びた口調と、無邪気な表情のアンバランスさが、なんだか危なっかしいな、なんて思う。
「うーんとね……僕の父さんは悪い人の首を斬るのが仕事だったんだけどさ」
 僕は、他に座る場所も無いので、ユーレリアの隣に腰掛けた。
「ユーレリアは知らないと思うけど、処刑って、領主が領民に提供する見世物でもあるんだ。だから、僕の父さんの仕事って、けっこう領主にとっても重要だった。もちろん、尊敬なんてされなかったけど、それでも大事にはされてたんだ。……分かるかな?」
「ええ」
 ユーレリアが、肯く。
「でね、子供のころは、僕がその仕事を継ぐって事になってた。先祖代々の家業なわけ。だから僕は、物心ついた時から、父さんの仕事を――首を斬るところを、ずっと見てたんだ」
 こういう話をすると、普通、女の子は引いてしまう。娼館のコに逃げられたことだってあるくらいだ。
 けど、ユーレリアは、けっこう真剣な顔で聞いてくれていた。
「結局、父さんが早くに死んで、僕は仕事を継ぐ前に冒険者になっちゃったんだけどね。でも、あんまりたくさんの人が死ぬとこを見たせいかな……。何だか、死ななくて済む人は死なない方がいいなあ、って思うようになったんだよ」
「ふうん……」
「でも、死ぬより仕方がない人も、世の中にはいるんだけどさ」
 するっと、そんな言葉が口から出てくる。ああ、こういうことをこういう口調で言うと、同じ冒険者でも眉をひそめる奴がいるんだよなあ。
「……こんな話をすると、みんな、お前はズレてるって言うんだよね」
 思わず、僕は愚痴っぽい口調になってしまった。
「ともかく、命は大事にしないとね。死んじゃったら何もかも終わりなんだから」
 そう、死んだら終わり。楽しいことも、嬉しいことも――悲しいことも、苦しいことも、全部、無くなる。
 そのことを救いや言い訳にして、僕は、殺したり死にそうになったりという冒険者稼業を、なんとかこなしてきたのだ。
 もし、死の一線を超え、それでもなお存在し続けるとしたら、それはすでに人ではなくて――
「――レムルナーガは嘘を言ってるわ」
 ユーレリアは、はっとするほど強い口調でそう言った。
「死んだら終わりなんかじゃないもの。死んだ人は、ずっとそばにいるのよ。お兄ちゃんだって……」
 ここまで言って、口をつぐむ。
 ユーレリアの琥珀色の瞳が、僕の顔を、じっと見つめていた。
 何だか、心臓がどきどきする。
「ねえ……お友達になってくれる?」
「え?」
 僕は、たぶん、けっこうマヌケな顔をしてたんだと思う。
「レムルナーガの言うことは間違ってるけど、でも、なんだか素敵だわ」
「そりゃあどうも」
 うーん、微妙な褒められ方だ。
「だから、あたし、あなたにお友達になってほしいの」
「――いいよ」
 二人の死生観にはかなりの隔たりがあるわけだけど、ユーレリアが可愛い女の子であることは間違いない。まあ、ちょっと若すぎるような気もするけど……。
「んふっ……」
 ユーレリアが笑って、僕にもたれかかる。
 そして、その白い手が――ズボンの上から、僕の股間に触れた。
「えっ……?」
 事故かと思ったけど、そうじゃない。ユーレリアは、その場所を狙っていたのだ。
 そのうえ、さわさわと、布地の上からそこをまさぐってくる。
「ユ、ユーレリア……?」
「……男の人とお友達になるには、こうするって教わったの」
 だ、誰だ、そんなけしからんことを教えた奴は。
 しかし……旅続きでいささかご無沙汰の僕のアレは、しっかりと牡の反応を示し始めている。
「だいじょうぶ……やり方は、きちんと習ったから……」
 そう言って、ユーレリアが、ズボンのボタンを外して前を開けてくる。
 僕のそれは、あっと言う間に、姿を外にさらされてしまった。
「はぁ……あむっ」
 驚きから回復しない間に、ユーレリアが僕の股間に顔をかぶせ、そして、亀頭を口に含む。
 僕は、幼い彼女の行為に、ついそのまま身を委ねてしまった。
 年端のいかない女の子がこんなことするのはいいことじゃないと思うけど、じゃあどうすればいいか考えてるうちに、ユーレリアの唇の感触が僕の理性を溶かし、舌の動きが興奮と快楽を煽っていく。
 例の、奴隷狩りの連中に仕込まれたのか、ユーレリアの奉仕は巧みだった。
 ナルードの街じゃあ、これくらいの子が体を売ることだって珍しくはない……そんな、言い訳にもならないようなことを考えながら、生温かな口腔を堪能してしまう。
「ちゅ……んむっ……ちゅぷ……んちゅちゅ……ちゅむむっ……」
 ユーレリアの生温かい口の中で、舌が踊っている。
 それは、僕の予想を裏切りながらも、期待を裏切らず、敏感な部分を的確に責めてきた。
「ちゅっ……ちゅぷぅ……れるる……はぁん……おっきい……」
 ぐんぐん容積を増していく肉棒を、まるで縦笛のように咥えながら、ユーレリアが湿った声で言う。
 その舌先が、亀頭と肉竿を隔てる段差をなぞり、先端の切れ込みを抉るように刺激する。
「んちゅっ、ちゅむむ、ちゅぷ、れるっ……はむぅ……んむむむっ……」
 小さな口が、限界近くまで僕の肉棒を飲み込んでいく。
 先っぽが、ユーレリアの喉奥にまで達してるのが、分かった。
 ユーレリアの可憐な唇が、肉竿の表面を滑り、きゅっ、きゅっ、と扱き上げてくる。
「んむむっ、んっむっ、ちゅむむむっ……ちゅむっ、ちゅぶっ、ちゅぶぶ……っ」
 膨れ上がった肉棒の内部に、熱と快感が累積していく。
 それは、僕がこれまで経験した中で、一、二を争うほど巧みな口唇愛撫だった。
「はむむっ、んむ、んぐぐ、ちゅぶ、んちゅうっ……どう? 上手でしょう?」
 唾液まみれになった竿を小さな手でにちゅにちゅと扱きながら、ユーレリアが言う。
「う、うん……」
 僕は、素直にそう返事をしてしまった。
「うふっ……もっと上手にしてあげるからね……これで、レムルナーガもあたしのお友達よ」
 ユーレリアは、歌うような弾んだ声をあげた。
「そ、そんなことしてくれなくても――友達にはなってあげるけど?」
 毅然と彼女の奉仕を拒むでもなく、ただ、中途半端にそんなことを言ってみる。うう、なんか僕、カッコ悪いな。
「…………」
 ユーレリアは、その可愛らしい口元をちょっとへの字にしてから、僕の肉棒を再び咥え込んだ。
 そして、まるで一気に追い詰めようとするかのように、頭を前後に動かす。
 ぐぽ、ぐぽ、ぐぽ、ぐぽ、という卑猥な音が、部屋に響いた。
 さらに高まっていく快楽が、僕を射精へと急き立てていく。
 解放の時を先に延ばそうと、僕は、必死に耐えてしまった。
 別に、ユーレリアの口技に負けたくないと思った訳じゃない。
 ともかく、このキモチヨサを一瞬でも長く味わっていたかったのだ。
 ガマンすればするほど、快感は危険なまでに高まっていく。
「んむっ、ちゅずずず……ぢゅるるるっ……!」
 まるで業を煮やしたみたいに、ユーレリアが僕の肉棒を吸い上げた。
「ちゅずずっ、じゅるる、じゅずずずずず……ずぞっ、ずぞぞっ、じゅぞ……じゅずずずず!」
 たまらなく下品な音が脳を痺れさせ、痛みスレスレの感覚が腰を蕩かせる。
「んぢゅぢゅぢゅぢゅ……んじゅぅ〜っ! じゅぞっ! じゅぼ! じゅぷっ! ちゅぶぶぶぶぶぶ!」
 むきになったようにユーレリアが肉棒を吸い――そして、そんな彼女が可愛いと思った瞬間、とうとう限界に達した。
「う――あっ!」
 びゅっ! どびゅっ! ぼびゅびゅ! びゅうううううっ!
 激しい勢いで、精液が先端から迸る。
 それは、白い弾丸となって、ユーレリアの喉奥を連続して叩いているはずだった。
「んぐ……ふぐぅ……っ」
 射精の衝撃に、一瞬、ユーレリアがひるんだように見えた。
 だから、反応できたんだろう。
 ゆるい弧を描いて僕の下腹部を狙う銀色の光を、僕は、左手で跳ね飛ばしたのだ。
 それは、くるくると回転しながら宙を舞い――そして、乾いた音を立てて床に落ちた。
「ユーレリア……」
 驚きの声を上げてから、床に落ちたそれが、ぞくりとするほど研ぎ澄まされたナイフであることを理解する。
 ユーレリアが、あの瞬間に、僕の腹を割いて――殺そうとした。
 ふと、ギルドの次席――“豚小屋の主”とやらの死に様を思い出す。
「まさか……君は……」
「――レムルナーガは、あたしのお友達になってくれないの?」
 ユーレリアが、僕の言葉を遮って――本当に悲しそうな声で、言った。



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