Night Walkers

長夜/無明



第五章

「ノインテーター様」
 朝の光を逃れるように、深い森の中に潜む、二つの影。
 そのうちの、ほっそりとしたシルエットが、艶っぽい声で隣の男に言った。
「放置しておいて、よろしいのですか?」
「……」
 ノインテーターと千坂静夜――。
 闇色のマントにその身を包んだ二人は、赤い瞳で、今なお暗い木陰を見透かし、薄汚れたプレハブ小屋の手前辺りを見つめている。
 常人の視力では、そこに居る者の性別すら識別することは難しい距離だ。しかし、ノインテーターと静夜は、その場所に立っているのが、二十歳前後のしなやかな体つきの若い男だということを認めている。
 その男が、今、モロイを倒したのだ。
 右手に嵌めた、銀色の篭手。それが、あの男の武器らしい。
「あれは――咒うべき猟犬の類いではないな」
 ノインテーターが、低い声で、言った。
「と、おっしゃいますと?」
「教皇庁の異端審問官や、正教会の第八機密執行者ではない。なんとなれば、組織の他の連中の気配が感じられぬ」
「では、フリーの?」
「かもしれぬ、しかし……」
 すうっ、とノインテーターが目を細める。
「何故か、かすかに、私の求める者と似た匂いがする」
「――“花嫁”と?」
「断言は出来ぬ。が、興味深いな……」
「調べますか?」
「……」
 ノインテーターが、その視線を別の方向に、向けた。そこには、ピックアップ式の、大きなRV車がある。
 そして、その頑丈そうな車体に背を預けるようにして立つ、大きな人影。
 立ったまま眠っているのではないかと思われるほどに無防備でありながら、ただならぬ気配を、その巨体にまとっている。まるで、熱せられた巨岩のような体躯だ。
「今は、拙いな」
「なぜですか?」
 静夜が、ノインテーターと同じ方向に視線を移しながら、訊いた。
「分からんか――」
「……?」
「あれは、犬と異なり、こちらから手を出さねば怪我をすることはない。さしずめ、熊のようなものだな」
「はあ……」
「準備もせず、日の光の下でまみえるのは、得策ではない」
「そう、ですか……」
 言いながら、静夜は、RVと、その傍らに置いてあるバイクのナンバーを確認した。
 これで、あの男達の名前や住所を特定することができる。
 と、ノインテーターは、全ての興味を失ったかのように、その長身を翻していた。
 静夜も、無言でそれに続く。
 二人は、音もなく、未だ深い影に閉ざされた森の奥へと、消えた。



 RVの停まっていた場所に戻ると、師匠が、車に寄りかかるようにして立っていた。
「いよお」
 師匠が、組んでいた太い腕を解き、軽く片手を上げる。
「起きてたんですか?」
「いや、ちょっと目が覚めてな」
 言いながら、師匠は、俺の肩越しに、背後の森へと視線を向けた。
 つられて振り返るが、窪地を挟んだ向こう側には、木々が鬱蒼と繁っているだけで、何も見えない。
「どうしたんです?」
「いや……やっぱ気のせいだったかな」
 一人そんなことを言いながら、師匠はごりごりと頭を掻き、そして、俺の顔を見た。
「で、どうだった? 何か出たか?」
 まるで、本当に肝試しの結果を訊くような口調で、師匠が言う。
「――はい」
「あっさりと言いやがるなァ」
 師匠が、顔をしかめるようにして、苦笑いする。
「どんなだった?」
「人の形をしてましたが、半分は死体のようでした。モロイ――だったと思います」
「ふん。そんな名前まで知ってるのか。で、倒したのか?」
「はい」
 俺の返事に、ひゅう、と師匠は口笛を吹いた。
「……初戦で白星か。だって言うのに、浮かねェ顔だな」
「そうですか?」
「ああ。単なる寝不足って感じじゃねえ。何か、色々と余計な事を考えてるって面だわな」
「……」
 俺は、思わず押し黙ってしまった。
 師匠の顔から、表情が消える。
「まあ、仮にも人間モドキだからな。後味は悪ィだろうよ」
「はい」
「取りあえず、耐えるしかねえな。こればっかりはどうしようもねえ。って言うか、何も感じないようになっちまったら、それこそ終わりだぜ」
「……」
「今、辛いと感じてるんだったら、それでいい。そのまんま、全部呑み込んじまえ」
 俺は、無言で肯いた。
 師匠は――驚いたことに――小さく、溜息をついた。
「これで終わりじゃねえぜ」
「……はい」
「これが始まりなんだ。お前さんにとってはな」
「そうですね」
「立ち止まることはできても、後戻りはできねえ。立ち止まっていたいならそれは構やしねェが、無かった事にはできねェ。分かるか?」
「分かる、と思います」
「――そういうところが可愛げねえってんだよォ」
 ひどく理不尽なことを言いながら、師匠が、遠慮のない力で俺の背中を叩いた。思わず、俺はげほげほと咳こんでしまう。
「ま、今言ったことァこの稼業に限ったことじゃねえ。堅気の衆だって同じことだ」
「……あまり慰めにはなりませんね、それ」
「俺が何でお前さんを慰めなきゃいけねえんだ?」
 そう言って、師匠は、RVの運転席に乗り込んだ。その顔に野太い笑みが戻っている。
「ああ、そうだ、こいつを渡しとく」
 そう言って、師匠は、懐からよれよれになった名刺を取り出し、俺に渡した。
 “萌木探偵事務所/所長・萌木緑郎”という名前とともに、連絡先の住所と電話番号が書いてある。
「探偵、ですか?」
「軽薄なヤツだが、意外と面白いことを知ってる。もしかしたら、何かの助けになるかもしれねえ」
「師匠の仕事関係の人脈ということですか」
「そんなとこさ」
 俺は、名刺を財布の中に仕舞った。
「じゃあ、俺はこれで帰る。お前さんも気ィ付けて帰ンな」
「はい」
「またな」
 そう言って、師匠は、RVを発進させた。
 太いタイヤで砂利道を蹴立てるその後姿を見送ってから、バイクにまたがる。
 師匠の言葉を反芻しようとしたが、思いはただ取り留めなく乱れるばかりだ。
 俺は、一向にまとまる様子のない考えを抱え込んだまま、エンジンをスタートさせた。



「ん……」
 太陽の、光。
 言いようのない不快感に眉をしかめながら、アランは、うっすらと目を開けた。
「え……?」
 淡い、温かな色調で統一された、四角い部屋。
 大きな窓にかけられたカーテンの隙間から、青空が見える。
「っ!」
 見慣れぬ風景に、慌てて半身を起こすと、体中に激痛が走った。
「んっ……く……」
 本来なら必要のない呼吸を整えることで、乱れた血液の循環を戻そうとする。
 緋色の風景が、無秩序にフラッシュバックした。
 服の胸元を、ぎゅっと掴む。
「あ……はあぁ……っ」
 大きく息をつき、そして、この世ならぬ拍動を続ける心臓の乱れを、どうにか静める。
「ふう……」
 アランは、目尻に滲んだ涙をぬぐってから、周囲を見回した。
 アランの基準で言えば、けして広いとは言えないが、いかにも居心地のよさそうな部屋だ。
 衣類と雑誌で少し散らかってはいるものの、そのせいで、かえって温かみを増しているようにも見える。
 アランが寝ていたベッドのシーツは清潔で、枕もとには、小さな黒猫のヌイグルミが一つだけ、空ろな目を天井の片隅に向けていた。
「え、えっと……」
 アランが事態を把握しきれていないうちに、ノックもなしに部屋のドアが開いた。
「あ、起きてたの?」
 短めの髪に眼鏡。動き易そうなパンツルックといういでたちの若い女が、アランに言った。
「驚いちゃった? でも、心配しなくていいよ」
 にっこりと微笑む女に、アランは、ぱちぱちと目をしばたかせる。
「服は、血がついてたから脱がせちゃった。ゴメンね。もしよかったら、あとでお姉さんと買いに行こ?」
「え……?」
 言われてアランは、自分が今、薄手のトレーナーを着ていることに気付いた。
 かなりサイズの大きいその服が、目の前の若い女のものらしいと知り、かあっと顔が熱くなる。
 そんなアランの顔を、女は、笑みをたたえた顔で覗き込みつつ、言った。
「お腹すいてる? えーっと、ご飯しかないけど。……って、日本語話せるんだよね?」
「あ、えと、はい」
「あは、ビックリしちゃったよね? って言うか、名前も言ってなかったね」
 ぺろ、と女は舌を出してから、続けた。
「あたし、矢神夕子って言うの。ここはあたしの家。君は、なんて名前?」
「アラン・ラクロワ……です」
「アランくん、かぁ。フランスの方の人、かな?」
「あ、えっと、そうです」
「ふーん。じゃ、よろしくね」
 屈託ない表情で笑って、夕子が、右手を差し出す。
 思わずその手を握ったアランの華奢な体に――どくん、と甘い疼きが、走った。

 アランは、混乱していた。
 駅から程近い、ショッピングモールの一角。
 背の低い洒落た店が並ぶ区画の端にある、小奇麗な公衆トイレの個室の中で、アランは、夕子が購入した衣服に着替えていた。
 いままで着ていた、夕子のものであるトレーナーと、女性用である短めのパンツは、丁寧に畳んで店でくれた紙袋の中に仕舞う。
 膝上までのズボンに、長袖のTシャツ。その上に、半袖のワイシャツをジャケットのように着込む。全て、夕子が選んだ品だ。
 アランは、真新しい服に身を包んだ自分の体を見下ろし、小さく溜息をついた。
 さんさんと太陽の輝く中、夕子は、アランをこのショッピングモールに連れ出し、買物と食事に付き合わせた。
 最初は、アランの服を買うことが目的だったはずなのだが、途中から夕子のショッピングの方がメインになっていた様子だった。
 そんな中、夕子は、さりげなさを装いながら、アランにいろいろと質問してきた。
 夕子には、なぜか暗示が利かなかった。
 いや、利かないわけではないが、利き方が弱いのだ。結局アランは、内心大汗をかきながら、嘘を並べるしかなかった。
 自分が、ここからさして離れていない街で、両親と暮らしているということ。
 些細なことが原因で家出をしてしまい、街を歩いている時に、持病の発作で倒れてしまったということ。
 服の胸元についていたのは自分の発作の時に出てしまった鼻血であるということ。
 すでに家には連絡を入れており、この買物が終わったら帰るということ。
「あんまりお父さんやお母さんに心配かけちゃ、ダメだよ?」
 明るい雰囲気のパスタ屋で、アランが驚くほどの量の食事を平らげながら、夕子は、そんな風に言った。
 色々と無理のある嘘ではあったが、どうにか夕子はアランの言葉を信じたようだった。その程度には、暗示にかかっているらしい。
「とにかく――あの人を巻き込むわけにはいかないしね」
 着替え終わったアランは、そう言って、洗面台の鏡を覗き込んだ。
 今は緑褐色の瞳が、自分の顔を見つめている。
 心なしか、頬が上気しているように見えた。思えば、女性と二人きりで街を歩くなどという体験は、初めてだ。
 好意にまで至らない淡い想いが、自分の冷たい肌を染めていることを、アランは、気付かない訳にはいかなかった。
 鏡の中の、自分。
 この世界にぴったりと体を重ねていないと、目の前のこの鏡像も、幻のように消えてしまうのだ。
 新しい服に袖を通したせいか、その、すでに慣れてしまったはずのことに、とまどいに似た思いを覚えてしまう。
 そんな感覚を振り払うように頭を振り、アランは、外に出た。
「夕子さん――?」
 すぐそばのベンチで待っているはずの夕子が、いなかった。
 その姿を探して見回すと、街路樹の下で、夕子と、同年代らしき若い男が、話をしている。
 いや、話をしている、などという穏やかな雰囲気ではない。男が、何やらサディスティックな笑みを浮かべながら、夕子に迫っているのだ。
 夕子は、怒りのゆえか、その顔を赤く染め、男を睨みつけている。しかし男は平気な顔だ。
「アンタもいいかげん素直になれよ」
 男は、下卑た声でそう言いながら、さらに一歩、夕子に迫った。後ずさりした夕子の背中に、街路樹の幹が当たる。
 通行人たちは、ただ好奇の視線を寄越すだけだ。ありきたりな男女関係のトラブルだとしか思っていないのだろう。
「本当は、オトコが欲しくて仕方ねェんだろ、あ?」
「だ、誰が……!」
「無理すんじゃねえよ。あのクスリの味を知ったら、普通のセックスじゃガマンできねえだろうが」
 男が、腐肉食いの獣を思わせる笑い声をあげながら、言った。
「知ってんだぜ? アンタ、もともと相当の好きモンなんだろ?」
「……」
「那須野さんにクスリ流してたのはオレなんだ。アンタにだって、いくらでもクスリを用意してやれるんだぜェ」
「く……」
 ぎりっ、という音が聞こえそうなほど強く、夕子が奥歯を噛み締めた。
 怒りと、屈辱と、そして怯えと――それ以外の何かが、眼鏡の奥の瞳の中で、ゆらめいている。
 そのことを、動物じみた本能で嗅ぎ取ったのか、男が、夕子の細い腕を取ろうとした。
「?」
 男の動きが、止まる。アランが背後から男の腕を掴んだのだ。
「な、何だ、こいつ?」
 突然現れた、少女のような顔の白人の少年に、男が戸惑った声を上げる。
 自分に半ば体を向けたその男の鳩尾あたりを、アランは、右手で無造作に突き飛ばした。
「ふげっ!」
 大袈裟な声を上げながら、びたん、と男が仰向けにひっくり返る。
 男とアランの体格差のせいで、ひどく滑稽な光景だ。今までちらちらと眺めていただけの通行人たちの間から、失笑が漏れる。
「な……お、おまえ……」
 無様に尻餅をついたまま、男が、ぱくぱくと口を開閉させる。だが、アランは、すでに男に視線を向けていない。
「さあ、夕子さん、帰りましょう」
 そして、茫然と立ちすくんでる夕子の手を取り、歩き出す。
「う……うん」
 かすかに震える声でそう言い、夕子は、アランに手を引かれるまま、そこを歩み去った。
 男と、野次馬たちだけが残される。
「ま、まて……!」
 言いかけ、立ち上がろうとした男の口と鼻から――大量の血が迸った。
 通行人たちの口から、悲鳴が漏れる。
 無造作に繰り出されたかに見えたアランの右手は、男の肋骨を絶妙な角度で折り、その内臓を深く傷付けていたのだ。
 男が、くるりと白目を剥く。
 温かな鮮血で遊歩道を汚しながら、男は意識を失い、そして、そのまま泡の混じった血をさらに吐き続けた。



 部屋に戻ったのは、夕方だった。
 途中、猛烈な眠気に襲われ、サービスエリアで仮眠を取った。
 どうやら、その間、夢を見てしまったらしい。
 夢の内容は憶えていないが、体が寝汗でびっしょりになってしまっていた。
 そのまま、はっきりしない頭のまま帰ってきたのだ。
 薄暗い部屋の中に座り込む。
 もう師匠は帰ってしまった。
 また、独りだ。
 しかし、もともと師匠に助けを求める筋合いのことではなかった。今回、再び稽古をつけてもらったことこそ、僥倖だったと言える。
 俺は、師匠にもらった名刺を取り出し、電話をかけた。
「ハイ、萌木探偵事務所です」
 意外なことに、電話口に出たのは軽やかな少女の声だった。
「所長さんはいますか? 葛城修三の紹介なんですが」
「緑郎、じゃなくて所長は、今、ちょっと現場に出てます」
 まだあどけなさの残る口調で、少女が対応する。
「え、えーと、ご依頼の件ですか?」
「いえ――少し、相談したい事がありまして。電話じゃちょっと説明できないんですが」
「分かりました。んー、明日の午後三時からでしたら、時間取れると思うんですけど」
「それでお願いします」
「事務所の近くに、『バルボラ』って喫茶店がありますんで、そこでお待ちください。えーっと、あの、名前とご連絡先、いただけますか?」
「羽室鷹斗です」
 日時と場所をメモに取りながら、俺は、名前と電話番号を告げた。
「あたし、事務の犬月っていいます」
「よろしくお願いします」
「はい。では、失礼しまァす」
 電話を切り、敷きっ放しになっていた薄い布団に身を横たえた。
 さて――その、萌木という探偵に、どこまで話せばいいのか。
 考えをまとめられるような状態ではない。そもそも、相手がどんな人間なのかさえ、知らないのだ。
 目を、閉じる。
 恐らくまた悪夢を見てしまうのだろうが――その事を怯える気持は、俺の中には、無かった。



 アランは、まだ、夕子の家にいた。
 身の置き所が無く、夕子の部屋のベッドに腰掛けている。
 すでに日は落ちてしまっている。アランの嘘の中では、すでに帰らなくてはいけない時間だ。
 どうやら、夕子の家族は、どこかに旅行に出かけているらしく、帰ってくる様子はない。
 アランに連れられるまま、心ここにあらず、といった状態で帰ってきた夕子は、家に入るや否や洗面所に駆け込んだ。
 どうやら嘔吐しているらしい気配を感じながら、アランは、そんな夕子に声をかけることができなかった。
 かと言って、そのまま姿を消すこともできず、ここに留まっている。
 本来なら、この家を去るべきだった。
 いや、そもそも、あの男に、あれほどの打撃をくわえるべきではなかったのだ。
 だが、その能力によって、男の限りなく卑劣な心を見てしまったアランは、手加減をすることができなかったのである。
「僕は、どうして……」
 思わず、アランは、暗い部屋の中で、呟いてしまっていた。
 はたして自分は、あの男に義憤を覚えるだけの資格があるのだろうか?
 吸血鬼は――人間の命を陵辱することで、世界の時間に逆らって命を永らえている。
 それとも自分は、あの男の中に、自分自身の本性を見てしまったのではないのだろうか?
 その考えに、アランは慄然となった。
 不意に、ここから出て行かなければ、という脅迫的な思いが、胸の内に湧き上がる。
 アランがベッドから立ち上がりかけたとき、ノックも無く、ドアが開いた。
「夕子さん……」
 頬を赤く染め、眼鏡の奥の瞳をどんよりと濁らせた夕子が、そこにいた。
「アランくん、まだいてくれたんだァ」
 覚束ない足取りでアランに近付きながら、夕子が言う。
「ゆ、夕子さん、お酒飲んだんですか?」
 夕子の息からアルコールの匂いを嗅ぎ取り、アランは思わず言っていた。
「なによォ、あたしが、あたしンちのワイン飲んじゃイケナイってのォ?」
 呂律の怪しい言葉でそんなことを言いながら、夕子がすぐそばからアランの顔を覗き込む。
「夕子さ……んんっ!」
 何か言いかけるアランの唇を、夕子の唇が、不意に塞いだ。
 どくん――と、朝に感じたそれを数倍上回る甘い疼きが、アランの体を震わせる。
 夕子は、その白い腕でアランの体を絡め取りながら、ねっとりと舌を使った。
 アランの舌が夕子の舌に翻弄される湿った音が、暗い室内に響く。
 アランの体から力が抜け、それに反比例するように、股間のものに血液が漲っていく。
「ふふふ……っ」
 ぴったりと触れ合った唇の隙間から、かすかに笑みを漏らしながら、夕子は、太腿でアランの股間を刺激した。
 アランの勃起が、さらに硬度を増していくい。
「んっ……んちゅ……んむ、ん、んんん……ちゅ……ぷはっ」
 ようやく、夕子は唇を離した。
 唾液の糸が、下向きのアーチを描きながら、二人の口元を結び、そして、消える。
 ちろり、と夕子の舌が、自らの唇を舐めた。
「ゆ、夕子、さん……」
 潤んだ緑褐色の瞳で、アランが夕子の顔を見つめる。
「どうして、こんなコト……」
「さあ、どうしてだろうね?」
 どこか壊れたような笑みを浮かべながら、夕子は言った。
「あたし、おかしいのよ……男にマワされて大声でチンポねだっちゃうような変態だもん」
 ぞくりとするほど淫蕩な笑みを浮かべたまま、夕子は、一筋、涙をこぼした。
 アランは、何も言うことができずに、そんな夕子の顔を見つめている。
「可愛いよ、アランくん……」
「え……きゃっ!」
 夕子に、ベッドに押し倒され、アランは少女のような悲鳴をあげてしまった。
 そのまま夕子は、アランのズボンを手馴れた手つきで脱がしてしまう。
「だ、だめ、夕子さん……あ、ああッ!」
 アランが、身をよじって、夕子の手から逃れようとする。
 が、夕子を傷付けまいとするためか、それとも、体の方が抗えなくなっているのか、その動きは鈍い。
 夕子は、とうとうアランの下半身を剥き出しにしてしまった。
 そんな格好のまま、アランが、四つん這いになって逃げようとする。
 夕子は、引き締まっていながらも、どこか官能的なラインを描くアランのヒップを、思い切り引き寄せた。
「きゃうッ!」
 今まで感じたことのないような感覚に、アランは、高い声を上げてベッドに突っ伏した。
 夕子が、アランのアヌスに強く口付けしたのだ。
「だ、だめ……そんなトコロ……あうぅッ!」
 ぺちゃっ、ぺちゃっ、と卑猥な音を立てながら、夕子が色素の薄い少年の肛門を舌で愛撫する。
 アランは、背筋から力という力が抜けていくような感覚に襲われ、ひくひくと体を震わせた。
「どう? 感じる? お尻舐められて気持イイ?」
 まるで、潔癖な少年の羞恥心を煽るかのようにそう言いながら、アヌスの周囲を円を描くように舐め、舌先で会陰をくすぐる。
「あっ、ひあっ、はっ、ああン!」
 抑えようとしても抑えられない悲鳴を断続的にあげながら、アランは、自らを襲う変態的な快楽を否定するかのように、かぶりを振った。
 そんなアランの様子に、夕子は、興奮を隠しきれない様子だ。
 一層情熱的に舌を使い、アヌスをほじくりかえすように刺激しながら、アランの白い太腿の内側や、体毛の生えてない陰嚢を爪の先でくすぐる。
 アランの白いペニスの先端からは透明な液が溢れ、糸を引いてシーツに滴っていた。
「感じてるんだよねェ。そうじゃなきゃ、こんなふうにオチンチン濡らさないもんね」
 夕子は、くすくすと笑いながら、硬く勃起したアランのペニスの先端を、手の平で撫でるように刺激した。
「ひあああっ!」
 ひりつくような快感に、まだ皮の剥けきっていないペニスをひくつかせながら、アランは高い声をあげた。
「アランくん、すごく濡らしちゃってる……おもらししたみたいだよ?」
「そ、そんな……あうッ! だめェ……だめですよぅ……」
「可愛い声ェ……もっと、もっと聞かせて……っ♪」
 夕子が、舌先を尖らせ、アヌスの奥にまで舌を差し込む。
 目をうっとりと閉じ、顔を捻るようにして口唇愛撫をする様は、まるで愛しい恋人にキスをしているようにも見えた。
 そんな表情のまま、その両手はアランの股間を刺激し続け、健気にも静脈を浮かしていきり立つ勃起を撫でさすっている。
「アランくん……お姉さんが、アランくんのエッチなミルク、搾ってあげるね……」
 きゅっ、きゅっ、きゅっ、きゅっ……と、強すぎず、弱すぎず、絶妙な力で、夕子はペニスを握った。
 夕子の唾液が、会陰から肉茎に伝い、先走りの汁に濡れた彼女の手を更に汚す。
「はあぁン……だめェ……ゆ、ゆるしてェ……」
 声変わりする前の声で弱々しく言いながら、アランは喘いだ。
 それでも、最後の力を振り絞るように、シーツに頬を押し付けるような姿勢を取りながら、両手でペニスを隠そうとする。
「なぁに? オチンチン、自分でシコシコしたくなっちゃった?」
「ち、違います、そんな……」
 夕子のあからさまな言葉に、アランが、さらに顔を赤くする。
 そのまま、勃起したペニスを隠し続けるアランのアヌスを、夕子はムキになったように攻め立てた。
「きゃうッ! ダ、ダメ! ああッ! やああッ!」
 とその小さな手では隠しきれないほどに大きくなった発展途上のペニスが、陸にあげられた魚のように、びくん、びくん、と蠢く。
 確実に性感を高めながら、射精のきっかけにならない刺激の連続に、アランは、目の奥で白い星が弾けるような感覚を覚えていた。
 ますます溢れ出る透明な腺液が、アランの手を汚し、シーツに恥ずかしい染みを作る。
「アランくん……お尻の穴が、ヒクヒクしてるよ?」
「イヤぁ……い、言わないでェ……ひゃあン!」
「フフフ……あたしが男だったら、レイプしちゃいたいくらいだよ……」
 そう言ってから、夕子は、不意に肛門への愛撫を中断した。
「あ……」
 アランは、思わず物欲しげな視線を、後に寄越してしまう。
 見ると、夕子は、右手の中指に舌を這わせ、たっぷりと唾液で濡らしていた。
「きゃ……!」
 そして、アランに何か言わせる間を与えず、一気にアヌスに挿入する。
「きゃッ、あああッ、ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーッ!」
 ぶびゅッ! びゅるるるるるるるッ! びゅううううううううううーッ!
 前立腺を直接刺激され、アランは、自らの手の中に大量のスペルマを迸らせた。
 むっとするような青臭い牡の匂いが、辺りに満ちていく。
「だめッ! だめーッ! ゆ、ゆるしてェ! もうゆるしてェーッ!」
 びゅううーッ! びゅううーッ! びゅううーッ! びゅううーッ!
 何度も何度も律動し、射精し続けるアランのペニス。
 夕子は、壮絶なまでに淫らな笑みを浮かべたまま、少年の直腸を嬲り続けた。
「あ、あああ、あ……ぁ……」
 大量の精液とともに、全ての活力を失ってしまったかのように、がくん、とアランの体から力が抜ける。
 ベッドの上に崩れ落ち、ただはぁはぁと激しく喘ぐだけになったアランを、夕子は、どこか呆けたような瞳で見つめた。
 夕子の呼吸も、荒い。
「……」
 んく、と生唾を飲み込んでから、夕子は、身に付けている物を脱ぎ捨てた。
 下着も脱いで、全裸になる。
 そして、アランの体を仰向けにして、白濁液にまみれたペニスに、顔を寄せた。
「ひゃう……っ!」
 絶頂を迎えたばかりで敏感なままのペニスを咥えられ、アランは、ぴくんと体を痙攣させた。
 夕子が、そんなアランのペニスに舌を這わせ、まだ熱い精液を丁寧に舐め取る。
 優しい、いたわるような舌使いと、生温かい口腔の感触に、アランのペニスはまたも勃起し始めていた。
「ん……っ」
 そんなアランの反応に目を細め、夕子は、ますます熱心にペニスをしゃぶる。
「あぁ……ゆ、夕子さぁん……」
 抵抗する気力を奪われたアランは、もはやなされるがままだ。
 そんなアランに濃厚な口唇愛撫を施しながら、夕子自身もまた、もじもじと腰を動かしている。
 成長途上でありながら、すでに成人と遜色ないまでに成長したペニスが、口の中で再び力を漲らせている。その感触に、夕子の体も淫らな興奮を覚えているらしい。
 しばらくして、すっかり硬度を取り戻したペニスから、夕子が口を離した。
 ペニスは、アランの臍の方にまで反り返り、浅ましく静脈を浮かせながらひくひくと震えている。
「アランくん……」
 淫らな期待のためか、その瞳を潤ませながら、夕子はアランの細い腰に大胆にまたがった。
「夕子さん……」
 アランの目が、夕子の股間の翳りを凝視する。
 その奥では、すでに靡肉がじっとりと熱い愛液を滲ませ、物欲しげに息づいていた。
 夕子が、アランの手を取り、自らの豊かな乳房に誘導する。
 喩えようも無く柔らかな感触に、アランは、思わず夕子の白い乳房をまさぐり始めていた。
「あン……そ、そう……もっと、して……」
 夕子の言葉に従うように、アランが、その小さな手で夕子の双乳をこね回し、揉みしだく。
 白い乳房の先端で、朱鷺色の乳首が、ぷっくりと立ちあがった。
「きゃン! あ、あああぁぁぁ……っ」
 アランが、固く尖った乳首を指先で転がすようにすると、夕子は高い声をあげて仰け反った。
「もっと……もっとして……してェ……」
 はぁっ、はぁっ、と甘く喘ぎながら、夕子がその体をくねらせる。
 そうしながら、夕子は、アランの薄い胸に手を伸ばし、服を捲り上げた。
 そして、露わになった小さな乳首を、指先でくすぐるように刺激する。
「きゃうッ!」
 アランが、少女のような悲鳴をあげた。
 そのまま、互いに胸を愛撫し、乳首を嬲る。
 さらに夕子は、大量に愛液を分泌している秘部を、アランの肉茎に押しつけ、擦りあげるようにした。
「あっ……ああっ……夕子さん……す、すごい……」
 生白いシャフトはすぐに夕子の蜜にまみれ、糸を引かんばかりになっている。
 アランは、無意識に腰を突き上げながら、夕子の乳房を揉み続けた。
「アランくん……っ!」
 夕子が、切羽詰った声をあげた。
「もう、ダメ……ガマンできないよ……」
「夕子さん、僕は……」
「入れるよ……入れちゃうよ……っ」
 そう言って、夕子は、右手でアランのペニスを握った。
 そのまま、狙いを定めるようにもじもじと腰を動かしてから、一気に少年のその部分を迎え入れる。
 ずぬぬぬぬぬ……
「あ、あああああああっ!」
 夕子のそこは、まるで貪欲な生き物のように、アランのペニスを飲み込んだ。
 柔らかく、それでいながらきつい締め付けに、アランは、思わず腰を突き上げてしまう。
「あうッ!」
 子宮口を小突かれ、夕子は、アランに覆い被さるように上体を倒した。
 至近距離から、裕子とアランが見つめあう。
「アランくん……はじめて、だよね?」
 夕子の質問に、アランが、茫然としたような表情で、肯く。
「ゴメンね……アランくんの大事なもの、もらっちゃった……」
 そう言いながら、夕子は、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 ぶちゅっ、ぶちゅっ、ぶちゅっ、ぶちゅっ……と淫らな音を立てながら、アランのペニスが夕子のその部分を出入りする。
「あっ、ああっ、あっ、あっ、ああぁ……っ!」
 抽送に合わせるように、アランが、断続的に声をあげる。
 その眉が、まるで、男に処女を捧げた少女のように切なげにたわんでいる。
 だが、アランの腰は、まるで性の悦楽を自らも貪ろうとするかのように、ぎくしゃくと動き始めていた。
「ああン……アランくん……き、きもちイイよォ……」
 夕子が、アランの華奢な体を抱き締めながら、言う。
 アランも、夕子の背中に腕を回し、必死になって腰を突き上げていた。
 次第に、二人の腰のリズムが合い、抽送がスムーズになっていく。
「夕子さん……僕は……僕……ああッ!」
「アランくん……アランくん……っ!」
 摩擦する粘膜と粘膜が熱を持ち、体液にまみれながら、鋭い快楽を紡ぎ、性感を昂めていく。
 互いの性器の火傷しそうなほどの熱さに声をあげながら、二人は、ますます激しく肉の愉悦を求め合い、貪り合った。
 白く濁った愛液が泡立ち、シーツに染みを作っていく。
 互いの体にしがみつき、頬を寄せ合うようにして抱き締め合いながら――二人は、顔をあわせようとはしなかった。
「ゴメンね、ゴメンね……っ!」
 夕子が、泣くような声で、何かを謝っている。
「ああン……あうッ……! ゴ、ゴメンね……ゴメン……あッ……あああぁぁッ……!」
 アランには、夕子が、何故――そして、誰に謝っているのか、分からない。
 だが、その切迫した声さえも、次第に、遠く感じられていく。
 視界が――血のような、赤色に、染まる。
「あああッ! あッ! ひあああッ! あああァーッ!」
 想像していた何倍もの快感に全身を貫かれ、高い叫びをあげる。
 しかし、それが、自分の声なのか、相手の声なのかさえ、区別がつかない。
 自分と、相手とが、まるで融け合うように、重なっていく――。
「――っ!」
 アランの瞳が、真紅に輝いた。
 高い声をあげるその口元に、白い牙が伸びる。
 そして――
 ――ぞぶっ
「あッ! あああああああッ! きゃあああああああああああああああああああああああああァァァァァァァァーッ!」
 夕子が、絶叫をあげた。
 アランが、夕子の体内に凄まじい量のスペルマを射精しながら、首筋に牙を立てている。
 鮮血の、ビジョン。
 かつて経験したことが無かった激痛と――快感。
 自分のすべてが剥奪され、反転し、逆流する――狂気じみた、愉悦。
 そして夕子は――身の凍るような熱さと、体が燃えるほどの冷たさを、同時に感じながら――どこまでも、どこまでも、血の色の闇の中を堕ち続けていったのだった。

第六章

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