第四章
「ふー」
雨の降る道を歩きながら、矢神夕子は溜息をついた。
右手に傘を差し、左手には、畳まれた別の傘を持っている。
「まったく、どこ行っちゃったんだろねー?」
鷹斗と、その“師匠”である葛城修三がいるはずの市民公園は、全くの無人だった。最初は雨宿りでもしているかとも思ったが、どこにも見当たらない。
もう、深夜零時を回っている。
「帰っちゃったのかな……」
実際のところ、その可能性はあった。だとしたら、とんだ無駄足である。
そもそも、いつものとおり鷹斗がバイクを使っているのであれば、夕子が持ってきた傘は役に立たないのだ。
それでも夕子は、何かに急き立てられるように、ここまで来てしまった。
鷹斗と、話をしたかった。
思わず言ってしまった一言で、鷹斗が、意外なほど動揺してしまっているのが、今の夕子には分かっていた。
おそらく、夕子以外の誰も――もしかすると鷹斗自身でさえも気付いていないだろうが……。
鷹斗は、言葉を額面どおりにしか受け取ることができない。人の心の細かな機微を、台詞の裏から窺うなどという芸当は不可能なのだ。
だからこそ、自分は、鷹斗と男女の関係にならなかったのだと、夕子は思っている。
それはそれでいい、というのが、夕子の結論だ。下手にあの朴念仁を恋人扱いして、その関係が破綻したら、けして埋めることのできない深い溝ができてしまうだろう。
だとしたら、幼馴染のケンカ友達として付き合い続けていた方が、はるかにマシだ。
今の距離こそが、自分と鷹斗の最適の関係なのだ。
「はーあ、ったく、厄介なヤツ!」
奇妙な甘い痛みを胸に感じながら、夕子は、声に出してそう罵った。
さあさあという雨音に、その声が吸い込まれる。
ぞく、と夕子は肌を震わせた。
住宅街とは言え、辺りには雑木林が暗い闇をわだかまらせている。家まで歩いて十分足らずとは言え、若い娘の一人歩きが無用心であることには違いない。
もともと、けして線の細い方ではないが、ある事件が夕子の心の奥底に消えない傷を刻んでいることも確かである。
いや、だからこそ、その傷を克服したいがために、自分はこんなことをしてるのではないか。
「……あたしも、けっこう厄介な性格ね」
ほぼ正確に自己を分析をしてのけた夕子が、苦笑いに似た笑みをその化粧っ気のない顔に浮かべた。
と、その足が止まる。
「……ん?」
道に、人が倒れている。
まだ少年だ。それも、その自然な金髪を見ると、外人らしい。
「ちょ、ちょっと、どうしたの?」
夕子は、思わず声を上げながら近付き、少年の華奢な体を抱え起こした。
「うわ、つめた……」
長いこと雨に打たれていたためか、少年の体は冷え切っていた。呼吸も、ごくかすかである。
外傷は無いか、と調べているうちに、夕子は目を見開いた。
少年の着ているシャツの胸元が、真っ赤に染まっている。
「まさか……」
夕子は、かすかに震える指で、シャツのボタンを外した。
だが、その薄い胸には、これだけの出血を招きそうなほどの傷は見当たらない。せいぜい、胸の中央辺りに、赤い奇妙な痣があるくらいだ。喀血した、というわけでもなさそうである。
「返り血かしら……?」
だとしたら、何かの事件に巻き込まれたのかもしれない。
「ねえ、君?」
日本語が通じるかどうか、と一瞬迷ったが、さりとて何語で話し掛ければいいか分からない。それに、満足に英会話ができるほどの知識があるわけでもない。夕子は、少年に日本語で呼びかけ続けた。
「だいじょうぶ? あたしの声、聞こえてる? お父さんやお母さんは?」
しばらくして、少年が、うっすらと目を開いた。
その、緑褐色の瞳が、なぜか一瞬、夕子には赤い色に染まっているように見えた。
「お医者さん呼ぼうか? 警察の方がいい?」
どんな事情があるか分からない、と考え、とりあえずそう訊いてみる。だが、もしも答えが無かったら、この場で救急車とパトカーを呼びつけるつもりだった。
「だ……め……」
かすかな声で、少年が、言った。
日本語だ、と少しほっとしながら、夕子は少年の唇に耳を寄せる。
「だれ、も……よばない……で……」
どうにかそれだけ言った後、少年は、かくん、と首を倒した。
「えっと……呼ぶなって言われても……どうしよう……」
夕子は、しばし考え込む。
そして、驚くほど軽い少年の体を、どうにか背中に背負った。水が、着ているシャツの布越しにじわじわと染み込んでくる。
「ヘンなコ、拾っちゃったなァ」
まるで、捨て犬でも拾ってしまったような口振りで、夕子は、家への道を歩き始めた。
二十分ほど歩いたところに、そのプレハブ小屋はあった。
二階建の、ちゃちな作りの小屋だ。周囲には、土木作業に使うらしき道具が雑然と置かれている。
入口のところには、立ち入り禁止のテープが貼ってあった。その上、南京錠までかけられている。
窓にも同じようなテープがあったが、ガラスが大きく割られており、侵入することはできそうだった。
師匠が出した課題は、この飯場で朝まで過ごせということだ。
つまりは、中に入らなくてはならないのだろう。
あまり気は進まないが、こんな小さなことで躊躇するくらいなら、何もしないでいた方がマシだ。
地面に落ちていたガラスのカケラで立ち入り禁止のテープを切り、窓を開けて、そこから中に侵入する。
プレハブの飯場の中には、奇妙な匂いがこもっていた。
土と、汗と、残飯の匂い。
あまりいい匂いとはいえないが、もちろん耐えられないほどではない。
中は、月明かりが照らす外よりもなお、闇が深かった。
懐中電灯を点けて、辺りを確認する。
どうやら、食事や休憩は、この一階のスペースで取っていたらしい。ミニキッチンや、小さいながらテレビまである。
鉄製の、梯子よりやや幅と傾斜がある程度の階段が、二階に伸びている。
二階に上がってみた。
てっきり血塗れの布団でもあるかと思ったが、そこはがらんとしていた。おそらく、血痕のついた寝具などは、証拠品として持ち去られたのだろう。
壁に、何やらどす黒い染みがこびりついている。
相当な量の血が、ここで飛び散ったらしい。
さすがにいい気持ちはしない。が、それでも、それ以上の感慨は湧かなかった。
ここで夜明かしするのは不便そうだ、とは思うが、一晩だけならどうということはないだろう。
とりあえず、俺は板敷きの床に腰を下ろし、懐中電灯を消して軽量鉄骨の柱に背中を預けた。
夜明けまで、五、六時間ほどだろうか?
熟睡することは無理そうだが、仮眠しておいた方がいいかもしれない。
それとも、無理にでも目を覚まし続けていた方がいいだろうか。
ここに来る途中、師匠の車の中では、気が昂ぶっていたのか、眠ることができなかった。
今だって、目は冴えている。よほど気を抜かなければ眠ることはないだろう。
なら、いっそ起きてるか……。
起きている事に、決める。
そして、俺は問題の“カイブツ”が、どうやってここを襲撃したのか考えた。
侵入したのは、あの下の窓からだろう。
当然、音はしたはずだ。ここに寝ていた作業員たちも、目を覚ましただろう。
だが、血痕を見ると、殺人は二つとも二階で行われたらしい。つまり、作業員たちが下に様子を見に行く前に、二階に上がってきたことになる。
まさかこんな場所に物盗りに入るとは思えないが、“カイブツ”の目的が、最初からこの二階にあったことが窺える。
つまり、人を襲うために、ここに入った。
人間を襲って――食うために、か?
そこまでは分からないが、そう考えておいた方がよさそうだ。
とんでもない話だ。
そう思いながらも、それを受け入れている自分がいる。
非常識ではあるが、常識なんてものが何も約束してくれていないことを、俺はすでに思い知っていた。
闇の中、人が二人も死んだ場所に、ぼんやりと座っている俺。
そんな俺が感じている非現実感こそが、この世界の裏側にある真実の影らしい。
光の当たらない場所に、何が棲んでいるのか、人は見る事はできない。
ただ、自らも闇に棲むことによって、その匂いを嗅ぎ、その息遣いを聞くのみだ。
闇の中に潜み、闇を呼吸する――
バックライトを点灯させ、時計を確かめた。
まだ、三十分しか経っていない。長い夜になりそうだ。
ふと――ミアのことを、考えた。
今、あいつは、どうしてるんだろう。
どこで、何をしているのだろう。
もう日本から出ていってしまってるのかもしれない。何しろ、ミアは、追われているのだ。
逃げて、逃げて、逃げて――この島国にまで、来たのだろう。
何世紀も、何世紀も、何世紀も――さ迷った末に。
ミアがかつて経験した、長い長い夜のことを、かすかに、俺の脳は記憶している。
真の意味での安息の日は、どこにも無かったと、思う。
あいつはまだ子供で――そして、これからも、ずっとずっと子供のままなのに――
「ミア……」
なぜか俺は、無意識のうちに、ぽつん、とそう呟いてしまったのだった。
「鷹斗……」
白い建材の天井をぼんやりと見つめながら、花びらのような唇が、その名前を呟いた。
明け方までは、まだ時間がある。吸血鬼が眠りにつくのは、もう少し先の事だ。
しかし彼女は、ねぐらにしているアパートのロフトに備え付けられたベッドに横たわっていた。
やや癖のある漆黒の髪に、綺麗に鼻筋の通った貴族的な顔。大きなあどけない瞳の中には、その外見の幼さに似合わない物憂げな光がある。
“カインの花嫁”と呼ばれ、今は自らミアと名乗っている孤独な吸血鬼が、そこにいた。
「ん……」
彼女は、かすかに身じろぎをしてから、横向きに寝て、大きな枕を、細い両腕で抱き締めた。
そのほっそりとした体を包んでいるのは、純白のキャミソールと、同色のショーツのみだ。
ふっくらと膨らみかけたまま成長を止めてしまった乳房が、キャミソールの薄い布地に透けて見える。
じっと何かを考え込んでいるように、その漆黒の瞳が一点を見つめている。
そして――右手が、ためらいがちに、枕から離れた。
左腕で枕を抱き締めたまま、まるで熱いものに触れるのを恐れているような手つきで、右手を自らの足の付け根に伸ばす。
指先が、可憐な白い布地に、触れた。
「んッ……」
それだけの刺激で甘い電気が走ったのか、ミアの幼げな体が、ぴくりと震える。
まるで、その部分がどうなっているのか、指先だけで確かめようとするように、かすかに膨らんだ恥丘からさらに奥にまで、指先を滑らせる。
触れるか触れないかというくらいの、微妙なタッチ。
シルクの上からのその刺激にも、ミアの体は、敏感に反応していた。
じわ……っ、とショーツのその部分に、恥ずかしい染みが浮かぶ。
ミアの細い指先は、その楕円形の染みの周囲を、ゆっくりとさ迷った。
染みが、次第に大きくなっていく。
「鷹斗……鷹斗……っ」
それが、この小さな吸血鬼の魔法の呪文なのか、その名前を呼ぶたびに、ミアの吐息は熱く、切なげな響きを帯びていく。
その目許は桜色に染まり、大きな瞳は、隠しようのない情欲に次第に潤んでいった。
小ぶりのヒップが、もじもじと可愛らしく動いている。
そして、右手の指先が、ショーツの濡れた部分に、触れた。
「あ……っ」
じっとりと蜜をたたえ、熱く息づいている自らの秘裂を布越しに感じ、ミアは、かあっと頬を赤く染めた。
「や、やだ……あたし、こんなに……」
予想以上に反応を示していた自分自身を恥じるように、ミアが、大きな目を伏せる。
が、それとは裏腹に、ミアの指は、さらに大胆に動き始めていた。
布地の奥の可憐なスリットをなぞるように、ショーツの上で、指先を上下に動かす。
その刺激にミアのクレヴァスはさらに熱い蜜を分泌し、シルクの布地をますます濡らしていった。
可愛らしいデザインのキャミソールの中で、桜色の乳首が、ぷくん、と勃ち上がる。
ミアは、左腕に力を込め、枕を尖った乳首に押し当てた。
股間から湧き上がる快感に、ひくっ、ひくっ、としなやかな体が震え、押し付けられた枕に乳首をかすかに擦りつける。
そんな、淡い性感が互いに共鳴し、次第にミアの小さな体の中でうねりを大きくしていった。
熱く、甘く、ねっとりとした波。
それが、吐息となって、小さな口から漏れる。
「はぁ……はぁ……はぁ……あぁン……あぅッ……」
薄い布越しの、はしたない自らの濡れた感触。
羞恥と、そして快感に、ミアの眉が切なげにたわめられる。
「あン……だ、だめ……もう……」
名残惜しげに、ミアは指を離し、そして、いささか性急な動きで、その小さなヒップから、純白の下着をずり下ろした。
布地と、露わになった無毛の秘部との間とを、粘液の糸が、一瞬だけ結び、消える。
ミアは、その指を、息づく自らのスリットに触れさせた。
くちゅっ……
「あぁんっ」
柔らかく綻んだ薄桃色の秘肉が、白く細い指を迎え入れ、呆気なく飲み込んでしまう。
熱く濡れそぼった幼い外観の秘裂は、ミアの指の冷たさに、きゅううん、まるで独立した生き物のような反応を示した。
「あつい……」
自身が体内に秘めていた淫らな熱に、ミアは、思わず声を上げてしまう。
刺激を催促するように蠢き、収縮する、見かけによらず貪欲なクレヴァス。
期待に、さらなる蜜を溢れさせているその部分を、ミアは、その大きな目を閉ざしてから、慰め始めた。
「あっ……あぅン……んふッ……はぁあ……あン……!」
淫らな声が、唇から漏れるのを、ミアは止める事ができない。
待ちかねていた刺激に、未成熟な外観の秘裂が、嬉しげに愛液を溢れさせる。
ぷちゅっ、ぷちゅっ、ぷちゅっ、ぷちゅっ……
その、湿ったはしたない音に、ミアは、ふるふるとかぶりを振った。
激しい羞恥に、きゅっ、と唇を噛みながらも、その指は、さらなる快楽を求めて、熱い秘裂を掻き乱す。
「ちがう……ちがうもの……鷹斗が、鷹斗が悪いんだもの……」
自らの反応に対する言い訳をしながら、ミアは、ますます熱心な様子で、自らの快楽の源泉を刺激し続けた。
「鷹斗のせいよ……鷹斗が、あたしをこんなふうに……あっ、ああン……はぁン……」
秘裂をなぞっていた指が、膣口の周囲を、円を描くように撫で回す。
その指は、ミア自身の制御から離れつつも、忠実に主人の快楽を煽るべく、感じる場所を熱心にまさぐった。
とぷっ、とぷっ、と溢れる透明な液が、ミアの指を濡らしていく。
細い、象牙細工を思わせる美麗な指が、淫らな粘液にまみれていく様は、冒涜的なまでにエロティックだ。
「ああ……鷹斗……そこ、もっと……ああン……」
いつしか、ミアの意識は現実を遊離し、空想の中で、愛しい相手の愛撫をせがんでいた。
かつて自分のそこを触れた鷹斗の指。
まだそこには触れてくれていなかった鷹斗の舌。
それらを想いながら、いっそう大胆に指を使い、性感の炎にねっとりとした油を注いでいく。
いつしかミアは、まるで見えない男にその体を弄ばれるように、くいん、くいん、と細い腰を動かしていた。
幼い、そして端正な顔が、淫らな一人遊びの愉しみに陶酔しきった表情を浮かべている。
時折、半開きになった、つやつやした赤い唇を、ピンク色の舌が、舐める。
キャミソール越しに枕に擦りつけられた乳首は痛々しいほどに勃起し、可憐な乳輪までもが、充血してかすかに膨らんでいるようだ。
「ああッ……あたし……ああン……っ!」
狭小な肉の入口の周囲を執拗に攻めながら、そこに侵入しようとはしない、ミアの指。
そんな指を恨むように、ひくひくとその部分は震え、新たな熱い蜜を分泌し続ける。
横向きに寝るミアの太腿の内側をぐっしょりと濡らし、シーツにまで染みを作っている、ミアの愛液――。
「鷹斗……もう、あたし……」
ミアが、頼りない声で、その名を呼んだ。
うっすらと開いた目蓋の奥では、血の色に染まったその瞳が、狂おしい光を湛えている。
淫らで、貪欲で、粘液質な炎。
その目は、何も見ておらず、ただ、その場にいない愛しい相手の姿だけを映していた。
「あたし、鷹斗のが……鷹斗のが欲しいの……ねぇ、お願ぁい……」
普段の彼女からは考えられないほど甘えた声で、ミアが、おねだりをする。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
枕を掻き抱いたまま、ミアが、仰向けになった。
大胆に細い脚を開き、そろえた右手の指を、淫らな期待におののく秘裂に当てる。
人差し指――中指――薬指。
三本の指が、ミアの熱く息づくその部分を犯すべく、侵入を始める。
「あッ……ふゎあ……っ」
ずぬっ、にゅぬぬぬぬぬぬぬ……
ミアの指は細いとはいえ、その膣口も、憐れを誘うほどに小さい。
引き伸ばされた女陰が、健気に、指を飲み込んでいく。
「あ、あああン……っ!」
ぶちゅぅ……っ。
ミアのそこが、ぐっぷりと、指を根元まで咥えこんだ。
隙間から、居所を失った愛液が溢れ、会陰を伝ってセピア色のアヌスを濡らす。
「はあぁぁぁ……っ」
満足げな熱い吐息を漏らしてから、ミアは、指による抽送を始めた。
ぐぷっ、ぐぷっ、ぐぷっ、ぐぷっ……
「あぁッ、あぁッ、あぁッ、あぁッ……!」
自らの誤魔化しの刺激に、ミアが、他愛なく声を漏らし、その幼い外観の腰を、淫らに浮かせる。
ぽたぽたと愛液が滴り、シーツに新たな染みを作った。
ミアの指の動きが、次第に速くなっていく。
「あぁン! あぁン! あぁン! あぁン!」
夢中になって腰を動かし、自身の指を充血したクレヴァスで貪欲に貪る。
ぶちゅ、ぶちゅ、ぶちゅ、ぶちゅ……
幼い外観のそこがたてるには淫らすぎる音が、ミアの高い喘ぎ声とともに、響く。
「すッ……すごい……すごいわ、鷹斗……ああああァン!」
男を更に奥に迎え入れようとするときと同じように、腰を持ち上げ、背筋を反らせるミア。
その指は、抉るような動きを、膣道の中へと送りこんでいる。
幼い姿態に似合わない、まるで体に火のついたような、激しい自慰行為。
ミアは、自分自身がもたらす快楽に、溺れかけているように見えた。
「あン! あン! あン! あン!」
指の動きに合わせて、高く、激しくなる声。
それは、ほとんど悲鳴に近い。
膣内で攪拌された愛液は細かく泡立ち、そして、白く濁っている。
「ねぇ……イ、イっていい? 鷹斗……あたし、イっていい?」
追い詰められた声で、ミアは、虚空に向かって、訊いた。
「イキそう……あたし、イキそうなの……っ! 鷹斗ので……鷹斗ので、イっちゃいそうなの……っ!」
そう叫び、叫ぶことで、ますます自分自身の羞恥と興奮を煽るミア。
「あたしの、イヤらしいアソコが……鷹斗の……オ、オチンチンで……きゃうううッ!」
自ら卑猥な言葉を口にしたミアの膣肉が、きゅうううッ、と指を締め付ける。
「イキたい……イキたいの……あたし……鷹斗のオチンチンで……あああッ! ひあああああああああッ!」
ぷちゅっ! ぷちゅっ! と小水に似た液体がミアの秘部から迸り、辺りを更に濡らす。
「あッ……あぁッ! た、鷹斗ォ! あたし、あたしイっちゃうぅぅぅぅぅーッ!」
ぐッ!
胸元の枕に、ミアが、牙を立てる。
びくびくびくびく――ッ!
そして、激しい震えが、ブリッジのような姿勢をとるミアの小さな体に、走った。
全ての動きが、止まる。
それはまるで、静止した時間のようで――
「――ぁあ、はあぁぁぁぁ……っ」
そして、時間は、あっけなくその流れを取り戻し、ミアは、くったりとその体をシーツの上に弛緩させた。
噛み付かれ、ミアの唾液に濡れた枕の布地が、わずかに裂けている。
「はあぁ――はあぁ――はあぁ――はあぁ――」
絶頂の余韻に潤む、ミア赤い瞳が、次第に色を失っていく。
ぬぷ……っ。
ミアは、その右手の指を、抜いた。
ぐっしょりと自分の液に濡れまみれたそれを、未だ上気したままの顔の前に、かざす。
「はぁ、はぁ、はぁ……ねぇ、鷹斗……」
無邪気で、そして淫蕩な笑みを、その唇が、浮かべた。
「鷹斗のオチンチン、綺麗にしてあげる……」
ちゅっ……ちゅるっ……くちゅ……
まるで、今まで自分を犯していた愛しいペニスにそうするように、ミアが、自らの指にピンク色の舌を這わせ、舐め清めた。
その幼い顔に恍惚とした表情を浮かべ、ちゅばちゅばと音を立ててミアが指をしゃぶる。
その時――
「ミーアちゃん♪」
「わきゃんッ!」
奇妙な叫び声を上げて、ミアは上体を起こした。
ミアの足元で、ロフトベッドの梯子を上りかけた格好の女吸血鬼が、その整った顔ににこやかな笑みを浮かべている。
「と、ととと冬条綺羅!」
「にっひひひひひー、ご馳走様でした」
奇妙な声で笑ってからそんなことを言う綺羅に、ミアの首から上が真っ赤に染まる。
「とぉーってもHで可愛かったですよォ」
「い、いついつ、いつからそこに?」
「“鷹斗、あたし、イっちゃう〜”あたりから、ですねー」
「――っっっ!」
ミアの、震えていた唇が引き結ばれ、眉が吊り上がる。
髪が、漆黒の炎の如く逆立ち、瞳が再び鮮やかな真紅に染まる。
「綺羅……あなたとはやっぱり決着を付けなければいけないようね」
言って、ミアは、枕もとに置いてあった腕輪を瞬時に装着した。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
とん、と床に降り立った綺羅が、部屋の中を後ずさりした。
ミアは、下着姿のまま、まるで獲物を狙う山猫のように、ロフトベッドの上で四つん這いになっている。その赤く鋭い眼光は、綺羅を貫き通さんばかりだ。
「その、鷹斗君の情報なんですよ?」
「――鷹斗の?」
引き絞った弓につがえられた矢のように緊張していたミアの顔が、ふっ、と緩む。
「どういうこと?」
「いえ、だから、鷹斗君の周辺に動きがあったんですってば」
綺羅は、その整った顔に似合わない、悪戯な子供のような笑みを浮かべながら、言った。
「あの、萌木緑郎って情報屋さんが言ってたこと、憶えてます? 葛城修三って人のこと」
「ええ」
「その人がですねえ、鷹斗君を鍛え直してるらしいんですよね」
「鍛え直す?」
「ええ。葛城さんって、鷹斗君の格闘技の先生だって話なんですよ。それも、かなり特殊な格闘技の。そもそも、その葛城さん自身が、その格闘技でもってハンターまがいのことをするような、無茶苦茶な人みたいなんですね」
「……」
「これ、緑郎さんから聞いた話なんですけどね、どうもその葛城さんが、何やら危ない仕事に鷹斗君を巻き込んだみたいなんですよ」
「どういうこと?」
ミアは、すっかり敵意を引っ込め、綺羅の顔を熱心に見つめていた。そんなミアの反応に、綺羅が、満足そうな笑みを浮かべる。
「葛城さんが、緑郎さんから、いろいろと情報を買ってたみたいなんですよね。何でも、吸血鬼関係らしい仕事で、手ごろなのを探してる、なんて話でしたよ」
「手ごろって、どういうこと?」
「さあ? ただ、葛城さん、鷹斗君を誘って、その事件を解決するつもりみたいなんですよね。実際、今晩辺りから、どこか出かけてるみたいですし」
「……」
ミアは、しばし押し黙ってから、口を開いた。
「それは、どういう事件?」
「それが、緑郎さん、詳しくは教えてくれないんですよー」
綺羅は、わざとらしく肩をすくめて見せた。
「仕事上の信用があるでしょうし、それに、葛城さんに口止めされてるのかもしれませんね。そもそも、吸血鬼になっちゃったあたしが、葛城さんに接触するわけにはいかないですし……」
「その情報屋は、どこにいるんだったかしら?」
「あ、緑郎さんをゴーモンしようなんて、ダメですよ」
ミアの声の響きに、危険なものを感じ取ったのか、綺羅は先回りした。
「ああ見えて、緑郎さんの周りには、アブない人がたーくさんいるんですから」
「……」
「ま、葛城さんって人が、かなりのやり手なことは確かみたいですから、そんなに心配しなくてもダイジョブだと思いますけどね」
そう言われても、ミアの顔は、晴れない。
「――なぜ?」
「は?」
「鷹斗が大丈夫だと思うなら、なぜそのことをあたしに話すの?」
すうっ、とその大きな目を細め、ミアが、綺羅に訊いた。
「そりゃまあ、ミアちゃん、もっと素直になった方がいいと思ったんですよ」
「素直に?」
「そう」
綺羅の顔から、笑みが消える。
「彼に会いに行くでもなく、この国を立ち去るでもなく、こんなアパートにに居座って……ちょっと、中途半端だと思いませんか?」
「……」
「あたし、知ってるんですよ」
言いながら、綺羅は、腕を組んだ。
「ミアちゃん、たまに、こっそり鷹斗君の家に行って、外からじっと見てたりしてるんでしょ? ハンター達や、ノインテーターの手下とかに見つかっても、知りませんよ」
「ハンターの息のかかった連中になら、何度か見つかってるわ」
あっさりと、ミアは言ってのけた。
「その度に、記憶をいじらせてもらってるけどね。それが、あたしの最近の日課よ」
「そうやって、鷹斗君を外からずーっと見守るだけで、いいんですか?」
綺羅が、ミアを見上げる。
「綺羅、あなた……」
ミアが、綺羅を見下ろす。
「そういうふうに、あたしを言葉で嬲って、楽しい?」
「ひどい言いがかりですね」
むっ、と綺羅は顔を大袈裟にしかめた。
「そうかしら? あなたは、本当は吸血鬼という存在を見境無く憎んでるはずよ。あたしを含めてね」
「……」
「あなたが、本当は恨みの深い性格だってこと、あたし、知ってるんだから」
「……んふっ」
綺羅の顔に、笑みが戻る。
「ミアちゃんってば、人を試す時に挑発しちゃうタイプですね」
余裕のようなものを見せつけながら、綺羅が言う。
「どうせ、鷹斗君のこともいっぱい挑発しちゃったんでしょう?」
「う……」
ミアは、二の句が告げない。
「いーですいーです。そういうところも、ミアちゃんの可愛い所だっていうふーにしときます」
「お、大きなお世話だわ!」
ミアは、思わず声を上げ、綺羅に枕を投げつけた。
そして、そんな行動を取った自分自身に驚いたように、目を見開く。
「もう一回言いますけど、ミアちゃん、素直になった方がいいですよ」
両手で難なく枕を受け止めていた綺羅が、言った。
「何てったって、ミアちゃんは、いつまでたっても子供のままなんですからね」
そう言い切る綺羅に、ミアは、何も言い返すことができなかった。
ぎし……。
何かが軋む音に、俺は、耳をそばだてた。
今まで、眠っていたのだろうか?
時間の感覚が麻痺しかけているところをみると、そうかもしれない。
明け方近く――。
音が、このプレハブの一階を這い回り、そして階段に到達したらしいことが、分かる。
俺は立ち上がり、そしてぽっかりと開いた床の四角い穴を見つめた。
一階に通じる開口部だ。
奇妙な匂いが、鼻孔をくすぐる。
俺は、何が起こってもいいように、適度に体を緊張させながら、両手を構えようとした。
その時――
どッ!
何かが、その四角い穴から飛び出した。
暗い部屋の中、それが、ヒトの形をしているということだけが、辛うじて見て取れる。
禍々しい爪で俺の喉笛を狙う、小柄な影。
「くうッ!」
不意を打たれた形になった俺は、リュックサックを手に、身をひねった。
右頬のすぐそばを、何かが凄い速度で掠める感触――
俺は、大きく跳躍し、両足で窓を蹴った。
がしゃああン、という派手な音とともに、窓ガラスを蹴破り、外に出る。
窓枠やガラスの残骸とともに地上に落ちる俺の目に、意外なほどの外の明るさが突き刺さった。まだ日は昇っていないが、東の空はすっかり白んでいる。
両足で着地し、膝で衝撃を吸収した。
「!」
見上げると、影が、俺を追って窓から飛び降りてくるところだった。
空中から、正確に俺の顔面目掛けて迫る鉤爪。
俺は、手にしていたリュックをそいつに反射的に叩きつけていた。
ごっ! という固い感触。
リュックの布地が裂け、中身がこぼれ出た。
「くそっ!」
思わず悪態をつきながら、地面に落ちた中身に飛びつく。
一瞬前まで俺がいた空間を、地面に降り立ったそいつの爪が縦横に薙ぐ。
俺は、体を回転させるようにしながら距離を取り、そして、リュックに入っていたそれを、右手に嵌めた。
銀の篭手――
ジョバンニ・バッティスタ・チボーと名乗った男のものであったそれを、装着し、腕を上げて構える。
そいつは、鈍い銀色の篭手を見て、少し躊躇しているように見えた。
その、姿。
それは、ほっそりとした姿態の、高校生くらいの少女に見えた。
身にまとった学校の制服らしきものは汚れ、長い髪は乱れている。
肌には、生あるもの瑞々しさは感じられない。その上、その両目は、濁った血のような不吉な赤色をしている。
「モロイ、か……?」
俺は、思わず呟いていた。
歪んだ黄色の爪。不自然に尖った歯。
半ば、人の形を残しているがゆえに、その姿はひどく無残に見えた。
モロイは、声を上げない。
だが、そいつが、絶え間のない苦痛と、満たしようのない飢餓に苛まれているであろうことは、分かる。
気持が、萎えそうになった。
背筋から抜けていきそうな力を、ぐうっ、と奥歯を噛み締めて引き止める。
こんな――
こんなモノと、俺は――
とっ! と少女の姿を半ば留めたモロイが、土に汚れたパンプスで地面を蹴る。
一直線に迫る、爪。
何かが、俺の喉を内側から圧する。
叫びそうになった。
そして、叫ばなくてはいけない気がした。
しかし――叫べなかった。
そんな時間を俺に与えることなくモロイの爪が俺の胸元に迫り来たのだ。
速い。
速いが単純な動き。
大きく腰を落としその一撃をかいくぐりつつ刺突のカタチにした右腕を繰り出す。
精密でそして頑強な篭手の尖った指先が薄汚れたブラウスの奥にある薄い胸を――
ぞぶっ!
――貫いた。
強張った皮膚と脆い肋骨を突き破り、心臓にまで、俺の右手が食い込んでいる。
モロイが、動きを止めた。
間近で見る、その顔。
その罅割れた容貌を醜く引き歪めていた、得体の知れない飢えと憎しみが、彼女を解放したのか――血と泥に汚れた顔に、幼い、可愛らしい少女の面影が、少しだけ、甦ったように、見えた。
それを、確かめる間もなく――
ごおおぉぉぉ……!
その体が、奇妙な熱のない炎に包まれる。
数秒して、篭手越しに感じていた、半ば腐りかけていた肉の感触が、儚く、消えた。
ざああっ……と、灰が、かすかな風に舞い散る。
「あ……」
消えた。
消えてしまった。
かつて一人の少女だったものが、ほとんど何の痕跡も残さずに、ひどく呆気なく。
まるで不思議な夢のようだった。
だが、頬に感じる、今まさに上りつつある残酷な朝日の光は、これが現実なのだと告げている。
俺は、モロイを殺した。
あの動き、速さ、力――
次に同じモノを相手にしても、おそらく、殺せる。それが、分かる。
しかし、何も得た気にはなれない。
それどころか、奇妙な喪失感が、俺の中を虚ろにしている。
なんだか、妙に、寒かった。