第二章
バイトを終えてから、俺は、バイクで夜の市民公園に来た。
ミアがいなくなり、肋骨が完全に癒えてから始めた、新しい日課だ。
まず、グラウンドを三周して、体を温める。
そして、軽い筋トレ。
充分に体が動くようになってから、かつて師匠に教え込まれた動きを、シャドウでなぞる。
もっと速く。
もっと高く。
もっと重く。
素手で木の幹を打ち、曲げた指先で抉る。
破れた皮膚が治る前に再び傷が開き、割れた爪は常に血を滲ませた。だが、特に痛みは感じない。
木の枝から縄でぶらさげた木片を蹴り上げ、宙を飛んで肘で叩く。
これでいいのか。
この方法で間違っていないのか。
焦りが、胸を灼くのを感じながら、俺は、自分の体を苛むように、体を動かし続けた。
チボーの、冬条綺羅の、そしてミアの、あの動き。
それに追い付く事が、果たして出来るのか。
そんな不安を捻じ伏せるように、土嚢を抱え上げ、投げ飛ばす。
くたくたになるまでそれを続け、そうしてから、部屋に戻って泥のように眠るのが、ここ数ヶ月の俺の生活だった。
正直に言えば――夢を、見たくなかった。
あの、拷問のような夢から逃れるために、体力の最後の一滴までも搾り出し、そうしてから、寝床に入る。それでも、夢を見る時は見てしまうのだが。
そして、朝起き、学校とバイト先でゆるゆると時間を過ごし、また夜の公園を走る。
あれ以来、夕子は、俺と話をしようとしない。
そんな夕子の態度に、俺は、かなりこたえているようだった。
そのことを忘れようとすると、自然と、ランニングに熱が入りすぎてしまう。
練習メニューを効果的にこなすためには、もっとペースを落とさなくては……。
そう、俺が思った時だった。
気配よりも一瞬だけ速く、凄まじい圧力が、俺の後頭部を襲った。
その風圧をうなじに感じ、思い切り前方に跳躍する。
「っ?」
ぐるりと体を半回転させ、どうにか片膝を付いた姿勢で、襲撃者の方を向いた。
その俺の顔面めがけ、丸太のように太い足が迫ってくる。
まともに当たれば意識どころか命までも失いかねないその容赦のない攻撃。それを、ぎりぎりで避ける。
そして、俺は、思い切り斜め右に踏み込み、相手の足元に身を躍らせた。
四つん這いに近い姿勢から、そのまま前転し、そして、左手の指で、相手のズボンの裾を強く引く。
“鎌鼬 ”――相手を転倒させ、その後の展開の主導権を握るための繋ぎ技だ。
全体重をかけて引いた相手の左足は、しかし、大地に根を下ろしたように、ぴくりとも動かなかった。
ぞく――と背筋に冷たいものが走る。
ぐん、と左足を軸にして体を回転させたその相手が、真上から、拳を振り下ろしてくる。
いや、拳ではない。鉤状に曲げられた、人差し指と中指だ。
(葛城流――?)
俺は、立ち上がり様に、右の裏拳を放った。
狙いは、相手の頭だ。
がつ――! と鈍い音を立てて、俺の右肘と相手の右肘が、ぶつかった。
痛みよりも衝撃で、動きが止まる。
「くっ――!」
俺は、無様に前方に転がり、充分な距離を稼いでから、ようやく振り返った。
「鈍っては、いないようだな」
ふん、と鼻を鳴らして、相手が言った。
「と言っても、さして進歩もしてない。ほとんど俺と別れた時のままだ」
「し――師匠!」
目の前に、師匠――葛城修三師匠の大きな体が、あった。
「い、いつ、帰ってきたんですか?」
「今日だよ。実家に戻ったら、お前さんに気合を入れてやってくれって、夕子ちゃんに頼まれてな」
「夕子が――?」
「幸せモンだな、お前さんは」
にやり、と白い歯を見せ、師匠が獰猛に笑った。
そして、辺りを見回す。
「しかし懐かしいな。俺がお前さんに稽古をつけてやったのも、ここだったっけな」
「――ええ」
「ところで、どういう風の吹き回しだ?」
トレーニングウェア姿の俺をまじまじと見ながら、師匠が言う。
「そこらのチンピラ相手だったら、手加減しても勝てるくらいには鍛えてやったつもりだったんだがなぁ。どうして、今更になって、そんながむしゃらになってる?」
「……」
「誰と、戦うつもりなんだ?」
「……師匠は、普段、どんな相手と戦ってるんですか?」
俺は、直接質問には答えず、訊き返した。
「何だって?」
「師匠の“傭兵”っていう肩書きが、表向きのものだってことは、聞いた事があります。もっと何か――別の世界に属する存在と、やりあってるんだっていう話を」
「……ふうん」
「その時は、半信半疑でしたけど……」
「……」
「そういう――師匠と互角に戦えるような存在が、この世界にはいるんじゃないですか?」
「そりゃまあ、そうだけどよ――」
師匠が、細い目を、さらに細める。
「お前さん――知っちまったのか?」
「……質問の意味が、よく分からないんですが」
「人間でない連中を相手に、何かしでかしちまったんじゃないか、ってことだよ。……俺と、同じようにな」
「――そうです」
一呼吸置いてから、そう、答える。
その時、俺は――うまく言えないが――まるで、見えない境界線を越えてしまったような、そんな不思議な気持ちを感じていた。
もう――後戻りは、出来ない。
いや、とっくにその戻ることの出来ない線を越えていたのを、改めて認識したのか。
「……面白い。そうでなくっちゃな」
師匠は、何だか満足げな顔で肯いた。
「で、相手は何だ?」
「――吸血鬼、です」
「おいおい、いきなり大物だな」
笑みを引っ込め、真面目な顔で、師匠が言う。
「信じてくれるんですか?」
「今更、何言ってンだ? そもそもお前さんが、まさか冗談を言うとは思えないしな」
「……」
「それに、その件については、ちょっと心当たりがあるんだよ」
「心当たりですって?」
「まあな」
言いながら、師匠が、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
気軽な、殺気も何も感じさせない歩調だ。だが、俺は、緊張を緩めるようなことはない。
そんな俺ににやりと笑ってから――師匠が、素早く俺の間合いに入り込んだ。
「!」
とん、と師匠の右手の人差し指と中指が、俺の胸の中央辺りを、軽く叩く。
呼吸を、完全に盗まれていた……。思わず、唇を噛んでしまう。
「吸血鬼なら心臓。狼男なら脳。んでもって、幽霊だったら逃げて、魔女だったら恋人にしちまう。それが、この世界の常識だ」
どこまで本気なのか、師匠がそんなことを言う。
「常識、なんですか?」
「ああ。しかし、素手ってのはちょっと心許ないな。気の利いたハンターは、たいてい、何かの武器でもって吸血鬼の心臓を破壊するンだぜ」
「ハンター……師匠も、その、ハンターなんですか?」
「いや、俺は違う。俺は何でも屋さ。吸血鬼には、吸血鬼専門のハンターがいるンだよ」
「それは……異端審問官、ですか?」
「ヴァチカンのか? いや、連中も専門家とは言えない。しかし、どこでそんな言葉を憶えたんだ?」
「……」
「まあいい。どっちかって言うと、連中の専門は魔女だな。まあ、魔女も吸血鬼も狼男も、向こうの連中にとって見れば、ある意味では同じようなもんなんだが」
「……」
「吸血鬼専門の退治屋は、いろいろと種類があるが、たいていは先天的な能力の持ち主だ。そういう連中の中には、クルスニクとかサバタリアンってのがいる」
まさか、師匠の口から、こんなオカルトじみた話が出てくるとは思わなかった。
だが、ミアやチボーと出会った俺にとって、その類の話は、生々しいリアリティに満ちている。
そして師匠は、俺が垣間見た世界の裏側に、その身を置く人間だったのだ。
「クルスニクもサバタリアンも、先天的に、吸血鬼と人間を見分けることができる。クルスニクは白い羊膜に包まれて生まれてきて、サバタリアンは、安息日である土曜日に生まれるって話だ。ま、これは伝説かもしらんがな」
「それが、ハンター……」
つまり、ミアを狙う敵ということか。
「それと、もう少し吸血鬼寄りなのがいる」
「吸血鬼寄り?」
「ああ。クルスニクに似てるが、赤い羊膜を被って生まれてくる、クドゥラクとかヴェドゴニアって呼ばれる連中も、吸血鬼を倒す能力を持ってるって話だ。だが、そいつらは、死んだ後には吸血鬼になっちまうっていう物騒な奴らだがな」
「吸血鬼に……」
「それと、吸血鬼と人間の混血――ダンピールって奴だな。それも、ハンターとしての素質を持ってるそうだ」
言ってから、師匠は、ごりごりと太い指で頭を掻いた。
「と言っても、今言った話は、半分以上が当てにならない伝説のたぐいだ。実際のところはどうなのか、俺にもはっきりしたことは言えねえンだよな。専門家じゃねえし」
「でも、ハンターが存在するということは確かなんでしょう?」
「ああ。何しろ、吸血鬼の本場の東ヨーロッパには、『第八機密機関』なんていう、吸血鬼専門のハンター集団があるくらいだからな」
吸血鬼の、抹殺組織。
ミアのような吸血鬼と互角に戦い、その心臓を破壊することのできる人間たちの、集団。
それが――おそらくは――俺の敵となるのだ。
「もし、吸血鬼のことで困ってるっていうなら、その連中に頼んだ方が無難だぜ。実は、知らない仲じゃないしな」
「でも――この件は、俺がどうにかしなくちゃいけないことなんです」
「へぇ。理由は?」
「すいません。言えません」
師匠の顔を真っ直ぐに見つめながら、俺は言う。
師匠は、驚きもせず、俺の目を見返した。
「まあ、訳有りなんだろうな。そういう顔してやがるし。しかし、専門家の意見は聞いておいてもいいんじゃないか?」
確かに、俺が、吸血鬼を倒すために戦うというのなら、そうだろう。
しかし俺は――
「……」
「“カインの花嫁”」
ぼそっ、と言った師匠の言葉に、俺は、不覚にも反応してしまった。
「聞いた事があるか?」
「――」
俺は、答えない。いや、答えられなかった。
“カインの花嫁”――確か冬条綺羅が、ミアのことを、そう呼んでいた。
そうだ、もし、師匠がミアの存在を知ったら――師匠が、敵になるかもしれないのだ。
「もし、“カインの花嫁”が絡んでるんだったら、素直に専門家を頼った方がいいぞ」
俺の思いなど知らぬげに、師匠はそう言葉を続けた。
「……なぜ、ですか?」
「“花嫁”は、仲間であるはずの吸血鬼にも狙われている。おそらく、あらゆる吸血鬼が、“カインの花嫁”を手に入れようと暗躍しているのさ。理由までは俺は知らねェんだが――要するに、“花嫁”が現れるところには、吸血鬼が集団で出現してもおかしくないってことだ」
「――」
「封印されたと思われていた“カインの花嫁”が、地上にいる、ということが知れて以来、吸血鬼どもの動きは目に見えて活発になってる。専門外の俺までもが引っ張り出されるくらいにな」
――そういう、ことか。
ミアを狙っているのは、ハンターだけじゃないってことか。
だからミアは、仲間であるはずの吸血鬼でなく、俺みたいな、ただの人間を頼らざるを得なかったのだ。
だったら、なおのこと――。
「この件は、俺だけで、やります」
そう、俺は言っていた。
「お前さんだけで?」
「はい。ですから、吸血鬼の倒し方を、教えてください」
吸血鬼の対処法を知れば、吸血鬼を狩る側の動きも分かってくるはずだ。
「相変わらず、生意気を言うな」
「すいません」
「いやぁ、俺は、お前さんのそういうところ、好きだぜ。この期に及んでも、ぜんぜん事情を話してくれないところも、な」
そう、言い終えた時には、師匠は、凄まじい上段蹴りを俺の側頭部目掛けて放っていた。
当たれば――死ぬ。
弾き飛ばされるように、俺は、大きく飛び退いていた。すぐ目の前を、師匠の馬鹿でかい靴の底が疾走する。
開始の合図は無し。相手が視界に入ったときから試合は始まる。それが葛城流だ。
「とりあえず、力ずくで話を聞く事にするさ」
言いながら、容赦のない攻撃を、師匠が繰り出す。
指。拳。裏拳。掌底。肘。膝。脛。爪先。踵。
掠めるだけで衝撃が走り、受けるだけで体が宙に浮く。
まるで、次にどこから吹いてくるのか見当のつかない暴風のような攻撃。
だが、勿論、師匠は本気になんてなっていないだろう。
しかし――師匠の攻撃が俺に命中したら、俺は、話をすることが出来る状態でいられるかどうか。
とにかく、今は、師匠の動きを止めなくてはならない。
一撃一撃をかわし、さばきながら、俺は、師匠の懐に飛び込む機会をうかがう。
と、そんな俺の襟首を、ガードをするりとかいくぐった師匠の右手の太い指が、がっしりと捉えた。
凄い力で引き寄せられる。
このまま右の肘を叩き込まれれば、“弓月”だ。
「けああああああッ!」
俺は、無意識に気合を吐きながら、思い切り跳躍した。
俺の襟を掴んでいるがゆえに逃げられない師匠の右腕を抱え込み、左足で頭を蹴りに行く。
“天蠍 ”――。
「――ちっ」
師匠は、小さく舌打ちして――俺ごと、右腕を地面に叩きつけた。
ごっ――と後頭部を硬い地面が叩く感触。
そのまま、俺は、つい先刻の予想通り、意識を失ってしまったのだった。
流れる雲が、月の姿を隠す。
夜は、さらにその闇を深め、木々がかすかにざわめいた後に、静寂が森の底に沈殿した。
なだらかな丘の上に横たわる、二階建の旧い建造物。
上品な外観のその建物は、世間から隔絶された全寮制の女子高だった。
ぼう、と蛍光灯が、薄黄色い光を、手入れの行き届いた敷地に投げかけている。
夜風に揺れる中庭の草花。
金髪の少年が、一人、佇んでいる。
アラン・ラクロワ――
アランは、花壇に植えられた薔薇に、その細い指を伸ばした。
さして力を込めた様子もなく、その茎をたやすく引き千切る。
「……」
深い赤色の薔薇の花を、アランの緑褐色の瞳が見つめた。
すうっ、と薔薇の茎から力が抜け、見る間にくたくたとしおれていく。
と、アランが、顔を上げた。
まるで、聞こえない声を聞いているかのように、頭を巡らす。
「……」
アランは、小さく息を吐いてから、足元にしおれた薔薇を捨てた。
そして、ゆっくりと歩き出す。
けして足音など立てないのではないかと思われるほど、静かで柔らかな歩調だ。
建物の中に入り、靴を履いたまま、長い廊下を歩く。
そして、『理事長室』と書かれたドアの前で、歩みを止めた。
ノックをせず、分厚い木製のドアを開ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……んんッ」
「あぁっ……あんッ……はッ、はあぁッ……」
「あうン……ンうううッ……あン……きゃううッ……」
「はぁーっ、はぁーっ、はぁーっ……あむ、ちゅぶぶっ、ちゅる、んくっ……」
絨毯の敷かれた瀟洒な広い部屋には、甘い喘ぎ声が満ちていた。
あどけなさを残したアランの顔が、かっ、と朱に染まる。
ランプ型の室内灯が、オレンジ色の光を投げかけるその部屋の中、四人の女達が、その白い体をくねらせている。
三人は、まだ少女と呼ぶのが相応しい顔と体をしている。この学園の生徒だろう。
一人は、理知的な顔と豊満な体を持つ、若い女教師らしい女だ。
みな、一様に、中空から現れた肉色の触手に女陰を貫かれている。
さらに、一人の少女はその可憐な菊門を貫かれ、もう一人の少女は可愛らしい口で懸命に男根状の触手に奉仕している。一番年長らしい少女は、両手で触手をくにくにと扱き上げ、女教師は、その魅惑的な胸の谷間に透明な粘液を滴らせた触手を迎え入れていた。
むっとするような牝の匂いが漂い、空気までもがねっとりと変質しているかのように感じられる。
奇妙に歪んだように見える部屋の一角に、赤黒い闇がわだかまり、そして、そこには赤く輝く一対の光点があった。
「お呼びですか? ノインテーター」
アランが、快楽に身をくねらせ、ひくひくと震える女達から目を逸らすようにしながら、言った。
「呼んだ」
ノインテーターが、答えた。
「アラン・ラクロワ――汝、“カインの花嫁”について、どこまで聞いている?」
「僕は……ただ、二千年近く存在し続けている、伝説の吸血鬼だとしか」
「『舞踏会』は何も説明しなかったのか?」
「はい。この国で、あなたと協力して、その身柄を確保しろとだけ言われました」
「そうか……」
ゆらり、と赤い光点の周辺の空気が、ゆらめいた。
見る間に、そこに、黒いマントを羽織った、白銀の髪の吸血鬼の姿が実体化する。
その薄い唇は、わずかに笑みの形に歪んでいた。
「どうやら、『舞踏会』の懊悩は、思った以上に根が深いようだな」
「それは……」
「ここで、言葉を取り繕う必要は無い」
マントの裾から伸びる触手で女達を嬲りながら、ノインテーターは続けた。
「“カインの花嫁”を手に入れたいが、その過程で自らの眷族を失いたくない。長老たちの、その様な無様な二律背反が、『舞踏会』の動きを縛り付けている」
「でも、いくつかの会派が、“花嫁”によって滅ぼされてしまったのは事実ですから」
「そうだ。だからこそ、戦力を逐次投入するような真似は避けるべきなのだ。それは怯惰であるのみならず、愚劣でさえある」
「僕は、精一杯、あなたの力になるつもりですよ」
アランは、声に力を込めて、言った。
しかし、ノインテーターはいかなる感銘を受けたようにも見えない。
「――っあああああああァーッ!」
その時、女教師が、絶頂の声を上げた。
「イクっ! イ、イキますっ! あああああッ! ひああああああぁーッ!」
膝立ちのまま、そのしなやかな体をくねらせ、豊かな乳房を揺らしながら、愛液をしぶかせる。
その白い体に、大量の精が注がれ、浴びせ掛けられた。
びゅるっ、びゅるるっ、びゅるる、びゅうううーっ……!
整った顔を白濁液で汚されながら、女は、ひくひくと痙攣した。
その様子を、アランが、目を見開きながら見つめている。
「あ、あああ、あ、あ、ああぁぁぁ……」
強烈なエクスタシーの余韻に、しどけなく開いた朱唇から声を漏らしながら、女教師が、床に崩れ落ちる。
ぴくっ、ぴくっ、と断続的に震えるその体に、それまで胸を犯していた触手が鎌首をもたげ、熱い精液を次々と浴びせかけた。
結露しそうなほどに濃厚な性の匂いが、さらに部屋に充満する。
「あはぁっ……先生ってば、すごぉい……」
「とってもキレイ……あぁン、アソコが、きゅんってなっちゃうゥ……」
「ふふふ……ご主人様ので、ドロドロになってる……すごく可愛いですわ……」
半ば失神したその豊満な体に、少女達が、犬のように四つん這いで近付いた。
そして、体内に太い触手を挿入されたまま、淫楽と興奮に目許を染め、一足先に甘たるい奈落に堕ちた仲間の肌に顔を寄せる。
あどけない顔の少女達は、その舌を伸ばし、ぴちゃぴちゃと音を立てて零れ落ちた精液を舐め取り始めた。
そして、精液と粘液でぬめる肌を撫でまわし、仰向けになっても型崩れのしていない豊かな乳房を、柔らかく揉みしだく。
ぐったりと弛緩した女教師の体が、さらなる愛撫に敏感に反応し、ぴゅる、ぴゅる、と股間から透明な液を溢れさせた。
それを、開いた口で受け止めながら、恍惚の表情を浮かべる少女。
そんな風景に圧倒されたかのように、アランは、呼吸すら忘れてしまっている。
「汝、まだ女を知らぬというのは、本当か?」
そんなアランに、ノインテーターが声をかけた。
「――」
アランは、女達から視線を外し、上目遣いで、ノインテーターの赤い双眸を見つめた。
「そうですが……それが、何か?」
その答えにノインテーターの瞳が、きらりと光る。
それは、まるで何かを面白がっているようにも見えた。
「何故だ? 機会がなかったか?」
「別に……特に、理由はありませんけど……」
「人を陵辱し、支配したことのない者など、吸血鬼とは言えん」
断定的に、ノインテーターが言う。
アランは、答えない。
「クドゥラクでない人間を、ヴァンピールとして眷族に加えるためには、入念な準備が必要だ」
「それは……知ってます」
「知っているだけで、実践はしていないのであろうが」
ノインテーターの言葉に、アランは再び口をつぐむ。
「我々の波動と同調させ、この世の時空を超越させるためには、この方法が最適なのだ。深く交われば交わるほどに、新たなる眷族に、より濃厚な血を分け与えることが出来る」
「――」
「但し、あまりに時間をかけすぎて、邪魔が入ることもあるがな」
ノインテーターの青白い顔に、一瞬、自嘲に似た笑みが浮かんだ。
だが、アランがそれに気付く前に、その表情はノインテーターの顔からは消え去ってしまっている。
「只でさえ、近年、新たな眷族の血は薄くなるばかりだ。お前は、その中でも例外的な存在だと聞いている」
「それは……その、ありがとうございます」
「然し、継承した血を次の眷族に伝えなければ、我々は、結局滅び去るのみだぞ。――“花嫁”を手に入れぬ限り、な」
「え……?」
アランの顔に、驚きの表情が浮かぶ。
「憶えておけ。“カインの花嫁”とは、そういう存在だ。我々ヴァンピールに新たなる血をもたらすべき者なのだ」
にたり、とノインテーターが、鋭い歯を剥き出しにして、笑った。
アランが、ぞくりと背筋を震わせる。
と――意識を失っていたかに見えた女教師が、ゆっくりと立ちあがった。
その白い肌と紅い唇が、ノインテーターの放った精液と、少女たちの唾液によって、ぬらぬらと淫靡に光っている。
すでに触手の抜かれた秘部からは、体内に収まりきらなかった白濁液が溢れ、太腿の内側を濡らしていた。
「あ……」
正面から女教師に見つめられ、アランは、小さく声を上げていた。
「どうしました? そんなに赤い顔をして……」
女教師は、艶然と微笑みながら、アランに語りかけた。
その瞳には理性の色はなく、ただ、淫蕩な期待のみが、炎のようにゆらめいている。
「ぼ、僕は……」
言いよどむアランに、女教師は、その成熟した体を寄せた。
成長期のまま、時の檻に自ら閉じこもった少年よりも、頭一つ分、身長が高い。
「んふふ……っ」
軽くかがみこみ、アランの顔を覗き込むようにしながら、しなやかな右手を股間に伸ばす。
「あっ……!」
布地の上から絶妙なタッチで触れられ、アランは、声を上げてしまった。
「硬くなってますわよ、アラン様……」
丁寧な口調とは裏腹に、嬲るような手つきで、アランの肉茎をスラックスの上から刺激する。
少女達は、ノインテーターの触手に身を委ねながら、ねっとりと濡れた瞳で、その様子を見つめていた。
「あっ、ダ、ダメ……そんなトコさわっちゃ……あうっ!」
「ふふ……どんどん大きくなってきますわ……可愛いお顔なのに、ココはすごいんですね……」
次第に追い詰められ、壁に背中をつくアランを、女教師の右手がさらに攻め続ける。
単純な力では遥かに勝りながら、アランは、その右手を払いのけることが出来ない。
弱々しく喘ぐアランの陶器のような頬を、女教師の桃色の舌が、てろり、てろりと舐め上げる。
「あぁン……ダメ、ダメぇ……ひぁうッ!」
「んふふふふ……どうですか? 気持ちイイですか?」
「や、やめてェ……きゃんッ! 僕、僕もう……ああああッ!」
一方的に女教師に攻められ、その華奢な身をよじるアランを、ノインテーターがじっと見つめている。
その無機質な青白い顔にも、燃えるような真紅の瞳にも、人間らしい表情は浮かんでいない。
一方、少女達は、自ら発達途上の乳房を揉みしだき、淡い翳りの奥にある陰核に指を這わせながら、アランの痴態に熱い視線を注いでいた。
手淫による快楽と、視姦による屈辱に涙を浮かべながら、アランは、どうすることもできない。
「だッ……だめええェ! もう、もう……やあああああああァーッ!」
びゅくん! びゅくん! びゅくん!
アランの体が、激しく震える。
「ああぁン……すごぉい……素敵ですわ……」
布越しに掌に伝わる熱い脈動に、女教師は、うっとりと切れ長の目を細めた。
激しい迸りの勢いまで、その手に感じることができるほどの射精――。
はあぁ……っ、と情感のこもった吐息を吐いてから、その柔らかそうな唇で、少女のように喘ぐアランの口を塞ぐ。
「んぅ……ン」
ひくん、ひくん、と体を震わせながら、新たな熱い精液を着衣の中に漏らしてしまうアラン。
そのスラックスの股間の部分が、じっとりと濡れている。
「組み敷くべき相手に弄ばれる気持ちはどうだ? アラン・ラクロワ――」
淡く冷たい笑みを浮かべながら、ノインテーターが言う。
女教師のキスに口を塞がれたままのアランは、答えることができない。
「私の手伝いをしようと言うなら、自らの力だけで女を犯せ――。汝にとって、凡てはそれからだ」
柔らかな女体に絡め取られるように抱擁されたアランに、ノインテーターが、言った。