終章
夜明け近くに、バイクで埋立地に来た。
吐く息は、まだ白い。
俺が、ミアと再会した場所――。
夕子が男たちに汚され、傷付けられた場所だ。
そしてミアが、モロイたちを葬った場所でもある。
そこに、俺は、ぼんやりと立ち尽くしていた。
何かを期待してのことではない。ただ、身の置き場がなくて、ここに立っている。
目の前に、作りかけたまま放置されたビルが、その姿を晒していた。
生まれる前に死んでしまった、哀れな存在。
ミアは、それを――水蛭子と、呼んでいたっけ。
俺が、ミアに抱いていた想いも、そんなものだと――ミアは、考えていたのだろうか。
人間だとか、吸血鬼だとか、そういうことを。
ミアと別れて、数週間あまり。
春になりかけの大気は、未だ冷たく、昼と夜の長さが同じになっても、桜の花はまだ咲いていない。
それでも季節は流れ、時は移ろい、今も新しい太陽が昇ろうとしている。
ミアを、置き去りにして。
ホテルの屋上で目を覚ました俺は、ミアに植え込まれた彼女自身の記憶を、ほとんど失ってしまっていた。
ミアが、したことだろう。
それでも、彼女が感じていた孤独だけは、心に刻み込まれている。
ただ一人、夜の世界を歩く、小さな吸血鬼――
一度は俺を頼りにしながら、そのことを恥じるように去っていき、今もどこかに一人きりでいるミア。
彼女に、言い忘れたことが、あった。
俺は、お前が傍にいないと駄目なんだと、そういうことを――
そして、あの夏の山で出会ったときから、ずっと会いたかったのだということを――
どうして、言えなかったんだろう。
癒しがたい痛みが、冷たい刃のように、俺の胸郭の中に、ある。
会いたい。
ミアに、会いたい。
会って、この気持ちを、伝えたい。
かすかに俺の頭の中に残る、ミアの抱えていた思い。それにすがりつくようにしながら、俺は、心の中でそう繰り返している。
朝日が、殺風景な埋立地を照らした。
塀にかけられた看板を見る。
どうやら、今日からこの建物の取り壊しが始まるらしい。
そんなことにすら、何だか取り残されたような気持ちになっている自分に気付き、俺は、小さく肩をすくめた。
そして、メットをかぶろうとして、ふと、自分の額に触れる。
――まだ、この絆は、完全に切れてしまったわけじゃない。
そのことを強く信じながら、俺は、バイクにまたがり、エンジンをスタートさせた。