Night Walkers

夜行/百鬼



第八章



「実は、羽室鷹斗って名前も、知らないわけじゃなかったりすんだよねー」
 ハンドルを握りながら、緑郎は助手席の綺羅に言った。
 夜中の幹線道路を、RVワゴンで走っている。後部座席にいるのは、ミアと、彼女の力で眠らされた橋姫姉弟だ。
「綺羅ちゃんなら、葛城修三って名前、知ってるでしょ?」
「もしかして……“破壊屋”の?」
「そうそう。他にも“黄色い怪物”とか“鬼喰い”とか、言われたい放題。今は傭兵なんかしてるけど、昔は、ヴァーリトゥードの試合とかにも出てたらしいよ。知ってた?」
「いえ、そこまでは……で、その“破壊屋”の葛城さんが、どうしたんです?」
「鷹斗ちゃんってのはね、その修三さんの弟子らしいんだわ」
「へえー……」
「修三さんとは、知らない仲じゃないしね。そういう意味では、ミアちゃんがオレを頼ってくれたのは、運命的な選択だね」
「別に……チボーや綺羅を追っていたら、あなたの名前が浮かび上がってきただけよ」
 いささか冷たい口調で、ミアが二人の会話に割り込む。
「緑郎さんは、ほっといても自分を売り込んでくるような人ですから」
 綺羅が、笑みを浮かべながら、ミアに同調する。
「どうせ、鷹斗君を助けるっていうこの件も、葛城さんに恩を売ろうとしてのことでしょうしねー」
「手厳しいなあ。どーしてオレの周りの女性陣ってば、こうなんだろ?」
「そういう人に進んでお近付きになってるからじゃないですか?」
 わざとらしくぼやく緑郎に、綺羅が言った。
「人をマゾみたいに言わないでよ」
「違うんですか? 彼女さんにとっちめられてる時、すごく嬉しそうですよ」
「まいっちゃったなあ、もう」
 綺羅の言葉を否定も肯定もせず、緑郎は、車を走らせる。
「……で、ミアさんは、具体的に、あたしに何をさせたいんですか?」
 綺羅が、後を振り返りながら、ミアに訊いた。
「どれくらいまでなら、してくれるの?」
「そうですねー。一応、人殺しはゴメンですよぉ」
 悪戯っぽい顔で、綺羅が続ける。
「チボーさんみたいな人が化けて出ると、しつっこそうですからね。だから、直接手を出すのは無しってことで、どうでしょう?」
「それで充分だわ」
 ミアが言う。
「……ところで、あなたの方は、チボーのことを切り捨てるの?」
 シート越しにミアに訊かれて、緑郎は小さく肩をすくめた。
「別に、オレはチボーちゃんとはお友達じゃないから」
 緑郎の物言いに、ミアが小さく眉を寄せる。
「お客さんとしても、契約は切れちゃってるしねー。ま、それはそれとして、オレに荒事を期待するのはカンベンしてよ。こう見えても平和主義者なんで」
「別に、期待はしてないわ」
 ミアの言葉に、緑郎は、再び肩をすくめて見せた。



 夢を見た。
 閉ざされた闇の中、不確かな睡眠と覚醒の狭間。夢から覚めることによって、自分がさっきまで眠っていたことを知る。
 しかし、夢を見ている間は、それを夢だとは思わない。
 さらに不確かになる、夢と現。
 そんな曖昧な空間の中――ミアが、一人、立ちすくんでいる。
 あどけない、整った白い顔には、呆れたような、怒ったような、不思議な表情が浮かんでいた。
 漆黒の――いや、真紅の瞳が、俺の顔をじっと睨んでいる。
「何を、怒ってるんだ?」
 思わず、俺は声をかけた。
「あなたには関係無いわ」
「そうか」
「……なんで、そんなあっさり引き下がるのよ」
 そんな、ひどく理不尽なことを、ミアが言う。
「今のは嘘。あなたにも関係することで、腹が立ってるのよ」
「俺に関係すること?」
「ええ」
「俺、何か悪いことしたか?」
 俺の住所を、あのチボーが知ったことで、ミアの所在が知られてしまったのだとしたら、確かに、責任の一端は俺にある。
 俺の家に居候を決めこんだのはミアの決断だったが、それにしても、チボーをうまくごまかすことだってできたかもしれないのだ。
「あなたのことを怒ってるんじゃないわ」
 俺の物思いを遮るように、ミアが言った。
「自分自身の不甲斐なさに、腹を立ててるのよ」
「……?」
「つまりね、あなたの助けが必要なの」
「俺の……助け?」
「ええ。だから、まずはあなたを助けてあげる」
「は?」
 我ながら、間抜けな声を出してしまう。
 見ると、ミアの顔に、かすかな微笑が浮かんでいた。
「すぐに会えるわ。待っててね」
 そう言い残して、ミアの姿が消えた。
 いや、俺が夢から覚めたのか。
「なんだったんだ、今のは……」
 呟いた自分の声が、闇の中に、すうっと吸い込まれていった。



 緑郎とミアが、綺羅たちをノインテーターのマンションから救い出した、次の夜。
 街灯の光の届かない夜の路地裏に、ミアが、どこからともなく現れた。
 その、白い貴族的な顔には、いかなる表情も浮かんでいない。
「ようこそ」
 と、その路地裏に、男の声が響いた。
 灰色の雑居ビルの入り口から、長身の男が、姿を現す。
「チボー……」
「待ちかねていましたよ、吸血鬼」
 ミアに名前を呼ばれ、チボーが、嬉しげと言っていいほどの声で、言った。
 その身に鎖帷子をまとい、篭手を嵌めた両手には、長短二本の剣を携えている。
「今夜が、貴女の最期の夜です」
「あたしに宙吊りにされたことを忘れたのかしら?」
「あの屈辱を忘れるわけがないでしょう」
 言いながら、チボーが剣を構える。
 ミアは、動かない。
 車がすれ違うのが難しいほどの、狭い道の上で、ミアとチボーが、互いを凝視する。
 次第に赤く染まるミアの瞳と、青く澄んだチボーの瞳。
 その間に挟まれた空気が、まるでガラスと化したかのように硬質化していく。
 すっ――とチボーが、足を踏み出した。
 誘われたように、ミアも動き出す。
 ひゅっ!
 長剣が大気を切り裂き、そして、ミアの残像を薙いだ。
 狙いは、頭だ。
 長い髪をなびかせながら、ミアが、向かって右に跳躍している。
「逃がしません!」
 言うやいなや、長剣をくるりと逆手に持ち替え、ミアに迫るチボー。
 白銀の刃が闇夜を切り裂き、ミアを追いつめていく。
「前より、速いわね」
 そのミアの言葉に、チボーは答えない。
 ただひたすらに、長短二本の剣を操り、ミアの逃げ場を無くしていく。
 ぎん!
 鋭い音が、響いた。
 道路標識の後ろ側にまわったミアを追った刃が、標識のポールを切断したのだ。
 ぐわららん、というけたたましい音を立てて、標識が倒れる。
 が、チボーは、顔色一つ変えず、防戦一方のミアに追いすがった。
「やっ!」
 鋭く叫び、ミアが大きく跳躍した。
 一瞬、チボーの視界からミアの姿が消える。
「ふっ――」
 チボーは、かすかな笑みを漏らしながら、視線を宙に転じた。
 頭上に、不吉な鳥のようなミアの姿が見える。
 が、そこは、チボーの予想していた軌道上だ。
 白い軌跡を描き、長剣が黒い影を切り裂く。
「くうっ!」
 高く、短い悲鳴を聞きながら、チボーは、右手に確かな手応えを感じていた。



 がこん、と音が響き、鉄の扉が呆気なく開いた。
 廊下の非常灯らしき明かりが、狭い部屋の中に入り込む。そんなわずかな光がまぶしくて、扉のところに立っている小さな人影が誰なのか、識別できない。
「ひどい有様ね」
 身じろぎする俺に、人影が、声をかけた。
「……ミア?」
「ええ、そうよ。だいじょうぶ?」
 ミアの言葉は短かったが、不思議と、温かな優しさのようなものを感じた。
「――どうにか」
「また、強がり言って」
 そう言って、ミアは俺に近付き、ひょい、と抱えあげた。
「お、おい」
「暴れないで……って、暴れる力も無いみたいね」
 そう言って、俺をうつ伏せの状態にして肩に担ぎ上げ、軽々と歩き出す。
「悪いけど、時間が無いの。手錠や縄は、あとで外してあげる」
「それは有り難いんだが……」
 何を言っていいか分からない俺を担いだまま、ミアは、ひょいひょいと階段を昇った。地上一階に出たようだ。
 どうやらここは、いろいろな事務所やら何やらが入っている雑居ビルのようなものらしい。
 ミアが、エレベーターのボタンを押し、中に乗り込む。
「外に出るんじゃないのか?」
「今は、出口から外に出られないのよ」
 言いながら、ミアが、屋上へのボタンを押す。ぐん、という軽いショックがして、エレベーターが動き出す。
「それは、どういう……」
「ちょっと説明しづらいわ」
 エレベーターが止まり、ミアが、俺を抱えたままエレベータから出た。そのまま、屋上に至るドアをくぐる。
「さすがに、早いですねー」
 と、別の声が、正面からかけられた。聞き覚えのある声だ。
 見ると、ベージュのコートを身につけた長髪の女が、そこに立っている。冬条綺羅だ。
「チボーは?」
「頑張ってます。って言うか、予想をはるかに上回る大健闘ですよー」
「彼は、あたしの弱点に気付いてるもの。前のようにはいかないはずよ」
 展開についていけない俺を無視して、ミアと綺羅が言葉を交わす。
「そうですね。その上――」
 と、綺羅の言葉が途切れた。
 宙を飛んで、黒い服を着た少女が、屋上に現れたのだ。
 どうやら、隣の建物の壁を縦に登るようにしてから、こちらに跳躍してきたらしい。
「ミア?」
 新たに現れた少女は――ミアだった。
 その頭部に、深々と短剣が突き刺さっている。
 ミアが、屋上に降り立ち――どしゃっ、と湿った音を立てて倒れた。
 そのまま、動かない。
 体のあちこちが裂け、鮮血が溢れ出ている。
 俺を肩に担いでる方のミアが、そんな自分自身の姿を、じっと見つめていた。
 そして、チボーが、屋上に現れた。
 やはり、先ほどのもう一人のミアと同じく、隣接するビルの壁を駆け上った後、壁面を蹴って屋上に着地したのである。かなりの重装備のようだが、人間とは思えない身の動きだ。
「な――!」
 にやにや笑いを浮かべている綺羅と、俺を担いだままのミア、そして、血まみれで倒れているもう一人のミアを見て、チボーが目を見開く。
「これは……幻術ですか」
 忌々しげにそう言って、チボーが、足元に転がるミアの体を、手にもった長剣で払う。
 もう一人のミアの体は、一瞬後には、人型に切られた紙片と化し、ふわりと夜風に舞った。
「冬条綺羅――貴女の仕業ですね?」
「はい」
「やはり貴女は……クドゥラクでしたか。いえ、今は、吸血鬼ですね」
「成り行きでこうなっちゃったんですよ。言い訳はしませんけど」
 綺羅が、チボーと距離をとりながら、続ける。
「でも、今の式神を破るなんて……どうにも、こっちに勝ち目はなさそうですねー」
「幻術とは言え、動きは“カインの花嫁”と同じでしたから」
 長剣を構え直しながら、チボーは言った。
「一度見た相手に遅れをとるほど、私の剣術は鈍くないつもりです」
 その青い目が、綺羅と、俺を担いだミアとを、交互に見る。
「それだけじゃないんでしょう?」
 そう言う綺羅の言葉に、チボーは何も答えなかった。
「ミアさん、逃げてください」
 綺羅が、腰を落としながら、言う。
「綺羅――?」
「あたしも逃げますから」
 言って、身を翻し、数歩走ってから地上に跳躍する。
 その時には、ミアも、綺羅とは反対側に走り出していた。
「なっ……!」
 二人同時に逃げるとは思っていなかったのか、チボーの反応が、一瞬遅れる。
 そう、俺が見て取った時には、ミアも、宙に身を躍らせていた。



「く……」
 屋上に、一人残されたチボーが、がくりと膝をついた。
 その顔に、じっとりと汗が浮かんでいる。
「これで、限界ですか……」
 荒く呼吸を繰り返しながら、チボーが、懐中時計を確認する。
「十分ほど……というところですね……しかし……次に会った時には……」
 そう、一人ごちながら、燃えるような瞳でミアが消えた方向を睨む。
「必ず……私の魂が……主の御許に召される前には……必ず……!」
 自らの意思に反して体が震えるのを、奥歯を食いしばってこらえながら、チボーは、いつまでも闇を見ていた。



 ミアは、俺を肩に担いだまま、ビルの壁から壁へと跳躍を繰り返し、最後には、路上駐車していたワンボックスタイプのRV車の屋根に降り立った。
 ミアの着地が合図だったのか、その自動車が発進する。
 正直、きつかった。痛めた肋が悲鳴をあげている。が、贅沢は言っていられない。
「すまない、ミア……」
「え?」
「いや、まだ、礼を言っていなかったから……」
「気にしないで。あなたを巻き込んだのは、あたしなんだから」
「でも……」
「いいから、もう眠って」
 優しくそう言いながら、ミアは、腕輪に仕込まれたあの糸で、俺を戒めている手錠と縄を次々に切断した。
 久しぶりに自由になった体が、ぐったりと弛緩する。
 ミアの、赤く光った大きな瞳が、俺を見つめていた。
 ああ、こいつ、俺を眠らせようとしてるな……。
 そう思った時には、俺は、その力に抗うことなく、眠りの中に落ちていた。



 赤信号で停止した車内に、ミアは、鷹斗を入れた。
「お疲れさまー」
 能天気な口調で、緑郎が言う。昨夜の黒づくめの格好とは異なり、ごく普通の服装だ。
「ありがとう。助かったわ」
「で、お嬢さん、どこに行きましょうかね?」
「ゆっくりくつろげるところがいいわ」
 ミアの思わぬ言葉に、緑郎が目を丸くして見せる。
「えーと、具体的には?」
「この国の首都まで、そんなに遠くないでしょう? その中心辺りに、大きな宿屋さんは無いかしら?」
「んー、言わんとしていることは、なんとなく分かったけど」
 青信号に、車を再び発進させながら、緑郎が言う。
「こんな夜中に、チェックインなんてできるのかな」
「従業員が一人でもいれば、問題ないわ」
 そう言うミアの赤い瞳が、悪戯っぽく光る。
「なるほどねー。無銭飲食し放題なわけだ」
 どこか羨ましそうな口調で言いながら、緑郎は、車を高速道路の入口へと向けた。



 目を覚ますと、見たこともないような豪華な部屋だった。
 マンションかとも思ったが、それにしては生活感が感じられない。
 二人どころか、三人くらいは並んで眠れそうな、馬鹿でかいベッドから降り、窓から外を見ると、都心の風景が一望できた。どうやら、かなり高級なホテルの、最上階に近い一室らしい。
 こういうホテルで、宿泊料と高度が正比例するものなのかどうかは知らないが、いかにも値が張りそうな部屋である。
 日が、大きく傾いている、どうやら夕方のようだ。
 見ると、体中に湿布が貼られた上に、ガウンのようなものを着せられている。
「おはよう、鷹斗」
 見ると、ミアが、そこに立っていた。
「気分はどう? 痛むところとか、ないかしら?」
「いや、平気だけど……」
「お医者さんには、痛み止めの薬をもらったから、我慢できなかったら服むといいわ」
「大丈夫だ。それより……」
「何かしら?」
「いろいろ訊きたい事はあるんだが、その前に……腹が、減った」
 俺の言葉に、一瞬きょとんとした顔をしたミアが、くすくすと笑い出した。
「んふふふふっ……やだ、鷹斗ってば……そ、そんなに笑わせないで……」
 何が可笑しいのか、ミアは、体を折って笑い転げてる。
 妙な言い方だが、それが俺には、あどけない外見にすごくよく似合って見えた。
「今、食事を運んでもらうわ。好き嫌いってある?」
「ない」
「じゃあ、待っててね」
 どこかうきうきとした口調でミアが言い、電話の受話器を手に取った。

 食事が来るのを待っている間、シャワーを浴び、肋骨のところだけまた湿布を貼った。
 もう、痛みはほとんどない。飛んだり跳ねたりは難しいだろうが、生活に支障はないだろう。
 それから、大きな木製のテーブルでルームサービスの食事を平らげながら、ミアの話を聞いた。
 とは言っても、俺の知らない二人の人間と取引をして、俺をチボーから助け出し、催眠術を駆使してこのホテルに滞在することにした、というだけの話だったが。
 チボーは、はるばるイタリア――いや、ヴァチカンからミアを追って日本にまで来たらしい。あのビルは、チボーが属する組織の所有物らしいということである。
 そして、チボーが切り捨てたあの紙片は、綺羅が作ったミアの替え玉だという話だった。
「とは言っても、本格的な式神よ。何しろ、彼女に、あたしの髪の毛まで預けて作ってもらったんだから」
 ルームサービスに付いてきた果物を口にしながら、ミアが言った。
「式神?」
「一種の使い魔よ。ただの幻じゃなくて、それなりに霊的な実体を有した、ね」
「霊的な実体ってのは、矛盾じゃないか?」
「世界は矛盾で満ちているものよ。それにしても、人に髪を渡すなんて、北欧の黒小人にこの腕輪を作ってもらって以来だわ」
「それ、いつの話だ?」
「……忘れちゃった」
 ミアは、くすっ、と微笑んでから、真顔に戻った。
「チボーは、あたしと同じ動きをする式神を倒したわ。確実に、前よりも強くなっている。その時だって、実質的には引き分け以下だったしね」
「強敵なのか?」
 俺は、肉眼では捉えることができないほどのミアの動きを思い出しながら、訊いた。
「ええ。彼は多分、かなり無理な強化手術を受けたのよ。時間を区切れば、一対一で彼に勝つことができる存在は、そう多くないでしょうね」
「……」
「もう一度会えば、確実に、彼はあたしの心臓をその剣で貫くわ。自分の命と引き換えにしてね」
「ミア……」
「それが、命を捨てる覚悟のできた人間の強さよ。ただ生き延びることだけに汲々としているあたし達とは、そこが違うわ」
 そう言いながら、ミアは、椅子から立ち上がり、俺の傍らにやってきた。
「鷹斗……あなたもそうだわ」
「ミア?」
「どうしてあたしをかばってくれたの? こんな、ひどい目に遭わされて」
 そう言いながら、ガウンの中に小さな手を潜り込ませ、俺の胸に触れる。
 その指先はひんやりと冷たく、そして、少し震えているようだった。
「まだ、痛む?」
 俺が答えかねているうちに、ミアが、別のことを訊いてくる。
「いや……特に痛まないけど」
「じゃあ……あたしのこと、抱ける?」
 どくん、と心臓が跳ねた。
 イスに座ったままの俺の視線を、ミアの瞳が受け止める。
「ただ、腕の中に抱いてって言ってるわけじゃないのよ」
 するりとガウンから手を抜いて、両手で俺の頬を挟む。
 ほとんど同じ高さにある、俺とミアの頭。わずかに、俺が見上げる形になる。
 その俺の頭を両手で固定して、ミアが、俺に口付けた。
 柔らかく冷たい唇の間から、これはと思うほどに熱い舌が現れ、俺の舌に絡みつく。
 少女そのままの外見からは考えられないような、淫靡なキス。
 舌や口蓋が舐めまわされ、ぞくぞくとした感覚が頭を甘く痺れさせる。
「ん……んちゅ……ちゅ……んむ……んんん……んっ……」
 長々と口付けを続けた後に、ミアが、ようやく唇を離した。
 ぼおっと、首から上が熱を持っているのが分かる。
 まだ頬に当てられたミアの手が、ひんやりと気持ちいい。
 俺は、ミアの瞳を見つめながら、ゆっくりと立ちあがった。
 赤い――血のように、夕日のように、ルビーのように紅い、その瞳。
 その色に誘われたように、今度は、俺の方から口付ける。
 自分でも笑ってしまうほど子供っぽい、唇と唇を触れ合わせるだけのキス。
 ローティーンの――年端もいかない子供に性的なことをしている、というどうしようもない禁忌感が、頭の中で渦を巻く。
 口を離すと、ミアが、どこか満足げに微笑んでいた。
「ミア、お前……何か催眠術を……?」
 そうでなければ、いくらなんでも、こんな子供に……。
 たとえ、こんなに惹かれていたとしても……。
 そうだ、俺は、こいつに惹かれているんだ。
 もし、こんな折れそうなくらいに幼くて華奢な肢体をしていなければ、きっと……。
「少し、邪眼の力を使わせてもらったわ」
 ミアの赤い唇の間から、白い尖った歯が覗く。
 そんな様子が、たまらなく美しく、そして、愛しく思える。
「邪眼っていうのは、未来視の一種――ありうべき未来の中のうち一つを凝視することなの。それによって、その未来は現実になるのよ」
「だから、なんだ……? 俺、やっぱりお前に、操られて……」
「かもしれない。でも、あなたの幾つもの未来の中には、あたしにキスする未来が視えてたもの」
 そうか、それが、要するに、魅了の邪眼ってことか。
 俺の、こいつにキスしたいという気持ちが作り出したかりそめの未来を、ミアの紅い瞳が選択しているんだ。
 つまり――
 俺が、どうしようもなくこいつに惚れてることを、この吸血鬼の少女はすっかり見抜いてしまってるってことなのだ。
「どうする? こんな怪物は突き飛ばして、お家に帰る?」
 そう言いながら、挑発的に笑うミア。
 確かに、体の自由はある。そうしようと思えばできるだろう。やはりミアは、俺のことを完全に支配下におくことはできないのだ。
 それなら――
「きゃっ!」
 ひょい、と俺はミアの体を抱え上げた。
 まるで結婚式で花嫁を抱え上げるような、そんな格好だ。
 ミアの顔が、かーっと赤く染まる。どうやら、これは予想外だったらしい。
「なんだ、未来視とか言ってたくせに、そんなにびっくりして」
「だって……」
「ん?」
「今は……こわくて、見れなかったんだもの……」
 俺は、そんなことを言うミアの額に、ちゅっ、と口付けた。
 もちろん、俺自身の意思でだ。
 そして、ベッドまでミアの体を運び、そっと横たえる。
 ほっそりとしたその体に覆い被さると、ミアが目を閉じた。
 ねだられているような気分になって、また、キスをする。
 そうしながら――俺は、ちょっと途方にくれた。
「……どうしたの?」
「いや、その……」
「服の脱がし方が分からない?」
「……そんなところだよ」
「初めてなのね?」
 嬉しげに訊いてくるミアに、俺は、恥を忍んで肯く。
「嬉しい……あたし、鷹斗の初めての相手なのね……」
 そう言いながら、ミアは、仰向けのまま、服のボタンを一つ一つ外し始めた。
 ひらひらとした飾りの付いた黒服の中から、次第にミアの体が現れていく。
「ね……鷹斗も、手伝って」
「あ、ああ……」
 言われるままに、服をはだけさせた。
 手の平に収まりそうな胸の膨らみを、白い下着が優しげに包んでいる。
 それを、ミアは、自ら外した。
 白い乳房の頂点で、薄桃色の乳首が、恥ずかしげに顔を出している。
 名状しがたい衝動に駆られて、俺は、その部分に口付けした。
「あン……」
 ひくん、とミアの体が反応する。
「も、もっと……」
 思わず、という感じでそう言ってから、ミアが両手で恥ずかしげに顔を覆う。
 俺は、ミアの細い胴を両手で抱えるようにして、乳首を口に含み、舌で転がした。
 ぷくん、と乳首が固くなっていくのを、唇で感じる。
「うッ……うぅン……あ……あぁ……」
 声を噛み殺すようにしながら、ひくひくと身悶えする幼い体。
 この期に及んでもまだ残っている禁忌感を、湧き起こる興奮が押し流していく。
「鷹斗……た、鷹斗……っ」
 いつの間にか俺の頭を手で抱えるようにしながら、ミアがそう繰り返す。
 俺は、自分の名前を呼ばれるたびに、まるで頭の中に熱湯を注がれたような感覚を覚えた。
 ミアの、ひんやりとした陶器のような肌を、無意識に撫でさすりながら、左右の乳首を攻める。
「ああン……や、やだ……声が、出ちゃう……あぅン、あっ、ああぁ……っ」
 そのしなやかな体をくねらせ、身悶えるうちに、まだ辛うじて引っかかっていた衣服が脱げていく。
 それは、どこか蝶の羽化を思わせた。
 白い、清楚なデザインのショーツだけになったミアの体に、頬擦りをする。
「鷹斗……」
「ん?」
「ぬ……脱がせて……」
 赤く染まったままの瞳を、涙で潤ませながら、ミアが言う。
 俺は、無言で肯いて、その小さな布切れに手をかけた。
 力を込めて扱えば、そのまま破れてしまいそうな、可憐な下着。
 それを脱がそうとすると、ミアは、真っ赤にさせた顔を背けながら、腰を浮かして協力してくれた。
「ミア……」
 全裸になった彼女の、神々しいまでに美しい肢体。
 その体に欲情すること自体が、凄まじい冒涜であるような、そんな、体。
 そして、その体を前にして、俺は、かつて感じたことがなかったほどの情欲を覚えていた
 忘れかけていた禁忌感と罪悪感が、その熱い情欲に危険な彩りを添える。
 そして、突き上げるような思いに駆られ、俺は、その言葉を口にしていた。
「ミア……好きだ」
「鷹斗……」
 恥ずかしげに横を向いていた顔を戻し、ミアが俺の顔を見る。
「あたしも……あたしも、鷹斗が好きなの」
 その言葉に、すでに痛いほどに勃起していた俺のペニスが、さらに力を漲らせた。
「でも……あたし……」
「?」
「ごめんなさい……初めてじゃ、ないから……」
「気にするなよ、そんなこと」
 言いながら、俺は、脱げかけていたローブを脱ぎ捨て、トランクスを下ろして、ミアの脚を開く。
「あぁ……」
 ミアが、両手で口元を覆った。
 そうしながらも、その目は、俺の顔と、そして、剥き出しになったペニスとを、交互に見つめている。
 羞恥に染まったその顔の中で、潤んだ紅い瞳が、きらきらと光っている。
 それが、俺には、ミア自身の、秘められた淫らさを示しているように思えた。
 天使のように無垢な顔の奥にある、魔性の色。
 その魅力に、磁石に吸い寄せられる鉄片のように、引き寄せられる。
 俺は、ミアのその部分に、右手の指を触れさせた。
「んッ――!」
 それだけの刺激で、ミアが声を漏らす。
「あ、あぁッ……た、鷹斗……」
 ひんやりとした肌の冷たさからは考えられないような、熱い温度。
 わずかに開いた肉の裂け目で、透明な粘液に濡れたピンク色の靡肉が綻びている。
 少し力を込めると、ミアの秘裂は、ぬるりと俺の指を飲みこんだ。
「きゃん……」
 可愛い悲鳴をあげるミア。
 中の、火傷しそうなほどに熱い肉が、俺の指をぎゅうぎゅうと締め付ける。
 清楚で可憐な少女が、その体の中に隠している、煮えたぎるような情欲。
 今、自分は、それに直接触れているのだ。
 くちゅくちゅと音を立てて指を動かすと、その熱い情欲が溢れ出たように、大量の蜜がこぼれ、俺の右手を濡らした。
 もう――限界だった。
「ミア……俺、もう……」
「ええ、いいわ……鷹斗……早く……」
 そう促され、天を向いたペニスを下に向け、ミアの秘裂にあてがう。
 そして、動物的な本能の導くまま、ぐううっ、と腰を進ませた。
「あッ、ああああああああああああッ!」
 ミアが、耐え切れなかったかのように、歓喜の声を上げた。
 そして、俺の腕を、ぎゅっとつかむ。
「鷹斗……鷹斗のが……あぁン……ひあああああ……っ!」
 根元まで、ミアの中に挿入した。
 この幼い腰の中に、自分の勃起がすべて収まったのだと思うと、それだけで精を漏らしてしまいそうだ。
 さらには、ぴったりと吸い付くような感触が、きゅっ、きゅっ、と俺のペニスを締め上げている。
 俺は、早すぎる射精を必死に奥歯を噛みしめてこらえながら、息を整えた。
「ミア……」
「鷹斗……」
 はぁ、はぁ、と喘ぎながら、ミアが俺の名前を呼ぶ。
 潤んだ真紅の瞳は、その幼い顔に似つかわしくない、牡を受け入れた牝の喜びに満ちているようだ。
「うれしい……鷹斗……」
 俺の思いを証明するかのように、ミアが言った。
「今、すごく鷹斗を感じるの……あたしの中……鷹斗で、一杯になってるわ……」
「ミア……」
 淫らな情念と、愛しいと思う気持ちに衝き動かされ、俺は、腰を動かした。
「あ、あぁン……!」
 高い悲鳴を、ミアがあげる。
 俺の腰は止まらない。
「あン! あン! あン! あン! た、鷹斗……鷹斗っ……!」
 抽送に合わせ、可愛い泣き声を上げながら、ミアの幼い体が悶える。
 ぷるん、ぷるん、と白い乳房が、その頂点で乳首を勃起させながら、揺れる。
「すごい……ああン、すごいわ……き、きもちいい……」
「いいのか? ミア……」
「ええ……と、とっても……きゃううン!」
 その細い体を弓なりに反らし、ミアが叫ぶ。
「ご、ごめんなさい……あたし、とてもいやらしいの……か、感じちゃう……っ!」
 きゅうん、きゅうん、とミアの体内がきつく収縮し、俺のペニスを搾り上げる。
 まるで、射精をねだっているような、淫らな動き。
 俺は、それに逆らうように、必死に射精をこらえながら、腰の動きを速めていった。
「きゃぁン! ひあああああッ! た、鷹斗……あぅッ! あああン!」
 細い、両手でつかめてしまいそうなウェストを固定し、狂ったように腰を使う。
 気がおかしくなりそうな快感が、ペニスから脊髄を経由して脳に届く。
「当たってる……当たってるの……お、奥に、鷹斗のが……ひゃうううッ!」
 ミアが、黒く長い髪を振り乱すようにかぶりを振りながら、そんなことを口走る。
「気持ちいい……気持ちいいの……ああン、イ、イキそう……イっちゃう……ああアーッ!」
「ミ、ミア……っ!」
「お願い……鷹斗も、鷹斗も一緒に……あああッ! イク! イクわ! イっちゃうゥーっ!」
「う……っ!」
 びゅううううううっ! と、凄まじいばかりの勢いで、俺は、ミアの熱い胎内に、熱い精液をぶちまけた。
「あああああああああああああああああああああァ〜っ!」
 絶叫するミアの膣道が、さらなる射精をせがむように、激しく痙攣する。
 びゅーっ、びゅーっ、びゅーっ、びゅーっ……と、何度も何度も律動しながら、精を放ち続けるペニス。
 射精の度に、一瞬、意識が途切れるほどの快感が、俺の全身を貫いた。
「すごい……すごいわ……鷹斗のが……あン……あああぁぁぁ……」
 ひくん、ひくん、と痙攣する、ミアの幼い体。
 その上に、俺は、ぐったりと身を預けてしまった。
 体重をかけないように、とは思うのだが、体に力が入らない。
「鷹斗ぉ……」
 今まで聞いたこともないような甘い声で俺の名を呼びながら、ミアが、俺の背中に手を回す。
 その感触に、敏感になった俺の体は、ぞくぞくと震えた。
 しばらく、俺と、ミアの呼吸音だけが、部屋に響く。
 すっかり外が暗くなってから、俺は、ようやく体を動かせるようになった。
 肋骨に負担をかけないようにしながら、仰向けになる。
 そんな俺に、ミアが、そっと体を寄せた。
「危なかったわ……」
 ぽつん、とミアが、複雑な表情で、言った。
「え?」
「もう少しで、鷹斗の血、吸っちゃうところだった……」
「別に、そうされてもよかったけどな」
 本気で、そんなことを言ってしまう。
「駄目よ……!」
 意外なほど強い口調で、ミアが言う。
「もし、鷹斗の血を口にしたら……止まんなくなって……多分、鷹斗が死んじゃうまで、ずっと吸い続けちゃうもの……」
 そんな言葉を聞いて――俺は、それでもいいかもな、などと、ぼんやりと考えていた。

第九章

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