Night Walkers

夜行/百鬼



第二章



 バイクのエンジン音を響かせながら、放棄された工事現場に入る。
 沈みかけた半月が、冷たく光を投げかけている。
 が、完成する前から廃墟となってしまったビルが、その光を遮っている。
 塗りつぶしたような闇。
 バイクを降り、その闇に向かって、歩く。
 気配がある。かすかな音と、音にまで至らない空気の震え。それが、危険を知らせるサインとなって、ちりちりと首の後の毛を逆立たせる。
 と、強烈な光が、前方から投げかけられた。
 懐中電灯――それも、巡邏中の警官が使うような大型の奴だ。いざという時に棍棒代わりに使えるような頑丈なやつである。
 光源に、はだけたジャケットとシャツの隙間から剥き出しの胸をさらした男が、立っていた。
「那須野」
 呼びかける俺に、那須野が嘲笑を返す。
「矢神夕子を迎えに来た。無事か?」
「無事じゃないねえ、たぶん」
 どこか調子の外れた声で、那須野が言う。
「もうコワれちゃったんじゃないの? ま、どうせ捨てるんだから同じだけどよ」
「……」
「それより、自分のコトが気にならないのか? 誰だか知ンねえけどよ」
「――羽室だ」
 俺が呟き、地を蹴るのと、銃声が響くのとが同時だった。
 咄嗟に、積み上げられた土の土砂の陰に隠れる。
「けけけけけけけけけけけけ!」
 常軌を逸した那須野の笑い声が、響く。麻薬か何かを決めているようだ。
 夕子も、おそらく……。
 胸の中で、どす黒い何かが、熱を放つ。
 それを何と呼べばいいのか、俺には分からない。
 もしかしたら、それは――怒りなのかもしれない。
「どうした? 来いよォ! カッコイイとこ見せるんだろォ?」
 那須野が、高い声で喚き、笑い声をあげる。
 奴の背後にある、作りかけで廃棄されたビル。その影に、バンの鼻面が見える。
 夕子は、あそこか……。
 胸の中の、怒りらしき何かをひとまず無視し、那須野との距離を目で測る。
 この土砂の小山を出て、三歩半。
 一度は撃たれるかもしれないが、素人の射撃の命中率はさして高くない。奴が手に入れることのできる程度の拳銃なら、なおさらだろう。
 両の拳から、鉤状に曲げた人差指と中指を突き出す。見た目は蟷螂拳に近いが、拳や掌底による打撃の他、掴み、さらには目突きへと瞬時に変幻する、葛城流独特の構えだ。
 再び地を蹴る。
 一歩、二歩、三歩――
「こらああああああああア!」
 銃声。
 左の腋の下を銃弾が掠める衝撃を感じながら、まだ熱い銃身に左手をかぶせる。
 銃身を、外側にひねる。
「んあおッ?」
 トリガーガード内の奴の人差指が、ぼきりと折れる。
 敵の手にしている武器を利用して敵を傷つける――“逆波”だ。
 が、那須野は平気な顔だ。
「おおおッ! のッ! こンのおおおォ!」
 右手に拳銃、左手に懐中電灯を握り締め、至近距離の俺にぶんぶんと振り下ろす。
 人差指が折れているので、引き金は引けないが、麻薬で痛みを感じていないのが厄介だ。
 ステップバックし、距離を取りながら考える。
 できるだけ素早く、こいつの身体機能を停止させなくては……。
「こんのらああああああああああア!」
 意味不明の叫びを上げながら、那須野が拳銃を持った右手で殴りかかる。
 その右手首を両手で取るのと同時に、俺は跳躍した。
 サンボの跳び付き膝十字――それよりも、タイミング的に早い。
 そもそも、麻薬を決めてるような奴に関節技なんて時間の無駄だ。
 奴の右腕を抱えるようにして、折り曲げていた左足を伸ばし、側頭部を思いきり蹴り飛ばす。もちろん、その一連の動きの中で右腕を捻り、肘と肩の関節も破壊した。
「げッ!」
 “天蠍てんかつ”――。
 どっ、と倒れた那須野の頭が、真横になっている。
 頚椎が折れているかもしれないが、気になどしていられない。生死の確認など後だ。
 俺は、ワゴンへと走った。



 チボーは、踏ん張りの利かない空中で、その身を回転させることによって、斬撃を繰り返した。
 それを受け止めるのは、少女の両手首に嵌められた、二つの腕輪である。
 少女の細い手首にはいささか不釣合いな幅広の腕輪。天体を象った幾つもの円が組み合わされたデザインのそれが、襲い掛かる二本の剣を確実に受け流す。
 ぎいン!
 ぎいン!
 ぎいン!
 ぎいン!
 ぎいン!
 凍てついた鋼が砕けるような硬質の音が、夜気を震わせる。
 チボーの必殺の剣は、しかし、一度も少女の体を捕らえない。
 何度か柱を蹴り、互いに向かって跳躍し合い、冴え冴えと美しい音と響かせ合う二人。
 いつしか――少女の体が上になり、その小さな靴を履いた足が、チボーの長衣の胸を踏んでいた。
「く――」
 初めて、チボーが声を漏らす。
 時間にしてわずか数秒。
 その攻防を制した少女の下になり、チボーは、背中から落下する。
 中途までは完成していた、地上十階のコンクリートの床に、叩きつけられる――瞬間。
 チボーは、頭を下にして、体を縦に半回転させた。
 少女の小さな体が弾き飛ばされる。
 頭が床を掠めるような回転運動の後、両足で床に着地し、そのままごろごろと転がるチボー。
 それを、受身と言っていいものかどうか。
 床にうずくまったチボーは、ぴくりとも動かない。
「――いつまで寝てるの?」
 距離にして五メートルほど離れた場所に降り立っていた少女が、歌うような口調で言う。
「ふ……なかなか騙されてはくれませんか」
 チボーは、ほとんどダメージを感じさせない滑らかな動作で、立ちあがった。
「頑丈な体ね――人間にしては」
 それほど感心した様子もなく、少女が言う。
「いえ、さすがに効きましたよ。久しぶりに痛い思いをした」
 言いながら、チボーが、長短二つの剣を十字に構える。
「神の御心がなければ、墜落死していたところです」
「何を言うのよ。神経、筋肉、骨格、内臓――それらを繊維と金属と結晶で置き換えられた体のうち、元々のあなたは、どれだけ残ってるって言うの?」
 その大きな目を笑みの形に細め、少女が訊く。
「魂はヒトのままです。貴方とは、そこが根本的に異なる」
「――無邪気な人ね」
 嘲弄より憐憫のにじんだ声で言い、少女は床を蹴った。
 疾風の速度で迫る少女に、チボーが、構えていた剣を繰り出す。
 少女の爪を短剣で受け流しながら、心臓を狙うチボー。
 足場のしっかりした場所では、彼の剣技は、少女の体術を圧倒しているかに見えた。
 舞うが如き華麗なステップは、しかし、着実に少女を追いつめていく。
 驚きに、少女の瞳が見開かれた。そうすると、その顔ははっとするほど幼く見える。
「終わりです――!」
「まだよ!」
 胸の中央目掛け突き込まれた長剣を、少女が、間一髪、左の腕輪で受け流した。
 大きく狙いを逸れたかに見えた長剣をくるりと逆手に持ち替え、突き下ろす。
「くッ――!」
 深々と左足を貫かれ、少女は苦痛の声を上げた。
 人間離れした力で足を床に縫い止められ、少女の動きが止まる。
「まだ痛みを感じることができるのですか?」
 そのことに、隠しきれない愉悦の笑みを浮かべながら、チボーが言う。
「いいことです。痛みによってその罪を悔い改めなさい。貴方のようなモノが存在するということそのものの罪をね!」
「――」
 チボーが、短剣を少女の胸目掛け、突く。
 瞬間――澄んだ軽やかな音ともに、その刃先が飛んだ。
「!」
 危険を覚り、長剣を抜いて後方に退くチボー。
 彼が一瞬前までいたその空間を、銀色の糸が薙ぎ、切り裂く。
「馬鹿な――なぜ糸が使えるのです?」
 次々と死角から襲い来る糸に長衣をズタズタにされながら、チボーが叫ぶ。
「私を檻に閉じ込めたつもりだったの? つくづく無邪気な人」
 両腕を動かし、腕輪に仕込まれた幾百ものギアを回す事で、繰り出した糸を操りながら、少女は嗤った。
「そうか、すでに糸を張り巡らせて――!」
 気付いたチボーの左手首を、環になった糸が捕らえる。
「ぐッ――!」
 聖別された銀合金の篭手を嵌めていなければ、その場で左手が切断されていたはずだ。
「私を追いつめたつもりだったようだけど、実際は、私が誘い込んだだけ……この糸を封じる知恵としては、及第点未満だったわ」
「く……!」
 歯噛みするチボーの体を、目に見えないほど細い銀色の糸が捕縛していく。
 数キロにも及ぶ鎖帷子を着用しながら、自在に動くだけの筋力を有したチボーでも、この髪の毛より細い糸を引き千切ることができない。
 周囲の鉄骨を利用して張り巡らされた糸は、ヴァチカンの異端審問官を、蜘蛛の糸にかかった哀れな羽虫のように宙吊りにした。
 鎖帷子のうちの脆弱な部分に糸が食い込み、皮膚を切り裂いて鮮血を溢れさせる。
「――終わりね」
 少女の瞳が、熾火のように、紅く光った。
 三日月形に歪んだその口元から、尖った歯が覗く。
「化け物め――!」
 痛烈な侮蔑とともに、チボーが言う。
 その言葉に応えるように、少女は床を蹴った。
 その時――
 ぼッ! ぼッ! ぼッ! ぼッ!
 突然、頭上から飛来した白い何かが、少女の行く手に落下し、炎を上げる。
「っ!」
 急制動をかける少女の顔面目掛け、同じ白いものが、次々と襲来する。
「ええいッ!」
 忌々しげに叫びながら、両の瞳を血のように赤く光らせた少女は、両腕を払った。
 先端に涙滴型の銀の錘を付けた糸が、それを払い落とす。
 それは、紙飛行機の形に折られた白い紙片であった。
 炎を上げて燃え上がるその紙飛行機による攻撃で、少女は、床の端へ端へと追い詰められていく。
 少女の制動から離れた糸が、緩んだ。
 チボーが、その戒めから強引に抜け出す。絡みついた糸から身を引き剥がすとき、新たな傷が走り、鮮血が噴き出した。
「貸しにしておきますよォ、チボーさーん」
 そんな綺羅の声に、チボーが悔しげに歯噛みする。
 すでに、白地に赤い変形十字が描かれた長衣は原形をとどめておらず、その体は無数の傷を負っていた。
「くそッ! ――神よ、お許しください」
 思わず悪罵を吐いてしまったチボーは、血にまみれた体で、まだ握っていた長剣を繰り出した。
 避けようとする少女の顔に、紙飛行機が当たる。
「あああああああアーッ!」
 炎に包まれた顔面を両手で覆いながら、少女は、剣をかわそうと必死に身をよじった。
 狙いが、心臓から逸れる。
 しかしチボーにはそれを修正するだけの体力は残っていなかった。
 ずッ!
 針のように鋭い刃が、少女の黒髪に包まれた頭を貫通する。
「くわァあああああアアアアアアアッ!」
 鳥のような叫び声を上げ、少女は、チボーの右腕を払いのけた。
 鮮血がしぶき、長剣の刀身が折れる。
「ぐ……」
 一度に大量の血液を失い、チボーは、その場にひざまずいた。
 が、深手を負っているのは、少女も同じだ。
 いや、深手と言うのも愚かだ。剣は、確実に脳を貫いている。
「くッ……いいいいいッ!」
 少女は、折れた刀身を無造作に掴み――乱暴に引き抜いた。
 その体の動きは、壊れた自動人形のようにぎこちない。
 と、その前に、長い黒髪とロングコートをはためかせながら、綺羅が降り立った。
 両手に、何枚もの紙片を持っている。漢字に似た文様が書かれているところを見ると、呪符の類らしい。先ほどの紙飛行機はこれを折って作ったのだろう。
「さあて、漁夫の利を頂いちゃおうかしら♪」
 そう言いながら、綺羅は少女に迫る。
 あれだけの炎に見舞われながら、火傷一つしていない少女の顔が、動物的な憎悪の表情を浮かべていた。
 頭部の傷から溢れた血液と脳漿が、その顔をまだらに染めている。
 そのようでありながら、瞳を赤く光らせる少女の顔は――壮絶なまでに美しかった。
 一瞬、その美しさに打たれたように、綺羅の歩みが止まる。
「けやッ!」
 その瞬間、少女は、大きく外に向かって跳んでいた。
 安全ネットを切り裂いた少女の小さな体が、夜の暗闇の中に消える。
「……あららー、逃げられちゃいましたか」
 綺羅は、残念そうに言って、懐に呪符を収めた。
「まあ、そろそろお札も少なくなってましたし、あたしだけで彼女をどこまで追い詰められるか疑問ですしねぇ。ここは、おとなしく引きますか」
 そして、腰に手を当てた姿勢で、綺羅がチボーに振り向く。
「立てますかー?」
 剥き出しのコンクリートの床に大きな血溜まりを作ったチボーは、蒼白な顔でぜいぜいと喘いでいる。
 やれやれ、と呟いて、綺羅は右手を差し出した。
「私に――触るな!」
 絞り出すように言い、チボーが、綺羅の手を左手で払いのける。
 さすがに険しく眉を寄せ、綺羅がチボーを睨む。
「これ以上、異教徒の手を借りようとは思いません」
 言いながら、よろよろとチボーが立ち上がる。
「言うわねー。そんなボロボロの体で」
「次は、絶対に仕留めます。私だけで」
「――できるの?」
 ふっ、とその白い顔から表情を消し、意外なほど酷薄な声で、綺羅が訊いた。
「答えるまでもありませんね」
 ふてぶてしくそう言い、チボーは、自らの足でよろよろと歩き始める。
 綺羅は、二度と、そんなチボーに手を貸そうとはしなかった。



 どおん、と音がした。
「!」
 空から落ちてきた何かが、バンの屋根に落下した音だ。
 何が起こったのかは分からない。しかし、これで、バンの中に誰かが残っていた場合、不意を打つことは難しくなった。
 案の定、俺が、ビルを回りこみ、バンの全体を視界に収めた時には、三人の男が、車の外に出てきていた。
 男たちは、みな半裸だった。胸の中の正体不明の熱の塊が、ぐうっと大きくなる。
 それがもたらす苦しみに耐えながら、状況を確認する。
 バンの屋根が大きく凹んでいる。かなりの重量のものが落下してきたのだろう。
 そして、地面に、女が倒れている。
 夕子――ではない。髪を長く伸ばした、まだ子供の体だ。
 飛び降り自殺か?
 男たちも、さすがに、茫然としている様子だ。
 その隙を突き、男たちを一動作で倒す――つもりだった。
 だが、俺は動きを止めてしまった。
 地面に倒れていた少女が、ゆっくりとした動作で立ちあがったのだ。
 かすかにウェーブのかかった髪に、月の光を浴びた青白い肌。そして、古めかしいデザインの黒い服が、血に濡れている。
 そして、その血よりも圧倒的に紅い――瞳。
 それが、俺と、男たちを、見比べる。
 俺は、全身が凍りついてしまったかのように、動けなかった。
 恐怖、というものがどういうものか、俺にはよく説明ができないのだが、それによるものだろうか。
 それとも、今この体を包んでいる震えは、感動によるものだろうか。
 夜風に服の裾をはためかせ、髪を振り乱している、血まみれの少女。
 それが、どうして、こんなにも美しいのか……。
 その美しさに誘われるように、男のうちの一人が、少女に向かって足を踏み出した。
 残りの二人も、よろめくような足取りで、少女に近付いていく。
 次第に距離を縮めていく少女と男たち。それを、俺はちょうど真横から見つめていた。
 少女も、男たちも、俺には関心を払っていない。
 男達の顔は、茫然とした顔のまま凍り付き、瞬きすらしていないように見えた。
 目の前に来た男に、少女が――跪く。
 他の何をしたとしても、俺はこんなに衝撃を受けなかっただろう。
 両膝を地面につき、血に濡れた顔で、淡い笑みを浮かべる少女。
 まるで、気高い姫君が、半ば狂った末に娼婦の真似事をしているような――そんな、ありうべからざる風景。
 駄目だ――そんなことをしては、いけない。
 何故、俺はその時そう叫ぶことができなかったのか。
 まるで、悪夢を見ているときのような非現実感を感じながら、俺は、指一つ動かすことはできなかった。



 少女は、その細く長い指を男の股間に這わせ、そして、スラックスの前を開いた。
 そして、浅ましくいきり立った男根を取り出す。
 それは、つい先ほどの陵辱の残滓にまだ濡れていた。
 体液にまみれたその肉茎に、そろりと指を這わす。
 男は、それだけで、獣のような唸り声を上げた。
 がくがくとその体が震え、ペニスが滑稽なほどに揺れる。
 少女は、その節くれだった肉棒の根元に手を添え、花びらのような唇で、亀頭部分を咥え込んだ。
 その小さな口には収まりきらないペニスを、半ばまで口内に収める。
 幼く、そして貴族的なその顔と、静脈を浮かせた肉の凶器のコントラストが、グロテスクなほどに美しい。
 少女は、うっとりと目を閉じ、音が漏れるほど大胆に、舌を使った。
 ぴちゃ、ちゅぷ、ちゅっ、くちゅ、ちゅぶ、ちゅるっ……。
 経験を積んだ女が、最愛の恋人にするよりも愛しげに、桃色の舌をどす黒い肉茎に絡める。
 限界まで勃起していたと思われたペニスがなおも膨張し、少女の口腔を犯した。
 冒涜的なまでに淫靡なその風景に、少女の紅い唇が、鮮やかな彩りを添えている。
 その柔らかそうな唇を、紫がかった亀頭が蹂躙する様は、いっそ無残と呼ぶに相応しかった。
 男のうち、残り二人が、自らペニスを露出させて、両脇から少女に迫る。
 発情した犬よりも激しく息を荒げながら、その顔は鈍く凍りついたままだ。
 細く開いた眼で顔の両側に迫るペニスを認め、少女は、それぞれに指を絡めた。
 そして、その小さな手に余るほどの太さの剛直を、すりすりと献身的に扱き始める。
 拙いように見えて、その動きは確実に敏感な場所を押さえているようだ。
 たちまち二本のペニスは先走りの汁を溢れさせ、少女の手を汚していく。
 その汚穢な体液を指で塗り伸ばすように、男根への奉仕を続ける少女。
 ぴゅっ、ぴゅっ、と腺液を溢れさせ続ける亀頭部をその小さな掌で包み込み、まるで子猫の頭でも撫でるように愛しげに刺激する。
 そうしながらも、少女の口は、片時も動きを休めない。
 口だけで剛直に奉仕する少女の顔には、間違いようもなく、淫らな喜びの表情が浮かんでいた。
 その唇からは、一筋、二筋と、唾液と牡の体液が混じりあったものが溢れている。
 ぶちゅっ、ぶちゅっ、ぶちゅっ、ぶちゅっ……という、少女の口元から漏れたことが信じられないような卑猥な音が、響いた。
 少女の唇が、そして、口腔全体が、きゅっ、きゅっ、とペニスを優しく締め上ている。
 少女の口を出入りする陰茎が、彼女の唾液に濡れ、月光をかすかに反射させた。
 少女は、頭をねじるようにして、口内ではちきれんばかりになっているペニスを刺激し、射精へと導いていく。
 奇妙な、空気の漏れるような声を発しながら、少女の口腔にペニスを差し入れていた男が、絶頂を迎えた。
 びゅくっ、びゅくっ、びゅくっ、びゅくっ……!
 何度も何度も精を放っていたはずのそれが、凄まじい量の精液を迸らせる。
 少女の狭い口腔に収まりきらなかった白濁液が、ぼとぼととこぼれ、闇色の服を汚した。
 精液に濡れた唇が滑り、ペニスが激しい勢いで天を向く。
 そのまま、ペニスは律動を続け、びゅるびゅると精液を撒き散らした。
 手で触ることすら躊躇われるような艶やかな黒髪や、白磁の如き肌に、汚らわしい体液が浴びせられる。
 熱い牡のエキスを、少女は、恍惚とした表情で顔に受け止めていた。
 そして、一向に萎える様子のないペニスを、再び口内に収める。
 その様に興奮したのかどうか、少女のそれぞれの手の中にある二本のペニスも、ほぼ同時に射精に至った。
 びゅッ! びゅッ! びゅッ! びゅッ! と迸る精液の塊が、まともに少女の頬を叩く。
 どろりとした、濃度の高い白濁液が、少女の滑らかな頬や、秀でた額、そして閉ざした目蓋にへばりついた。
 顔を背けたくなるような性臭の中、少女は、なおも熱心に口唇奉仕を続けている。
 精を放ったばかりの二本のペニスに対する手淫も、再開された。
 二度目の射精は、すぐに訪れた。
 ほとんど同時に、三人の男が、精を放つ。
 一度目よりもさらに大量の精液が、少女の顔に浴びせられ、その口内に注がれた。
 精液にまみれた喉を上下させながら、少女が、口の中のスペルマを飲み下していく。
 それでも、男達のペニスは萎える様子はない。
 さらに固くいきり立ち、浮き上がった静脈に熱い血液を流しながら、三本のペニスは次の射精のための準備に入る。
 男達の無様に開かれた口からは涎が溢れ、見開かれた眼は白目を剥いていた。
 痴愚の如きその顔のまま、男たちは、浅ましく腰を動かし、少女の唇や手に自らのペニスをこすりつける。
 ほとんど間を置くことなく、三度目の射精。
 その勢いも、スペルマの量も、一向に衰える様子を見せない。
 少女の顔は、その造作が半ば隠れるほどに、どろどろになっている。
 そのような状態でありながら、その美しさは、微塵も損なわれたように見えない。
 それは、すでに砕け散ってしまった宝石のカケラのよう。
 あるいは、生まれたときから死んでいる、四肢の欠損した合成樹脂製の人形。
 あるいは、銀の額縁の中に収まった、無残に踏みにじられた薔薇の花束の写真。
 四度目の、射精。
 飛び散り、虚しく地面に吸われていく命の雫には、半ば血が混じっていた。
 五度目。
 六度目。
 七度目。
 八度目――
「や――め――ろ――ッ!」
 どこからか響く、声。
 そして――
 男達は、洞窟を吹き抜ける風のような声をあげ、その剛直の先端から凄まじい勢いで鮮血を迸らせた。



「や――め――ろ――ッ!」
 ようやく、声が出た。
 喉に詰まっていた何かを吐き出すような、悲鳴じみた叫び。
 同時に、少女の目が開かれ、鬼灯ホオズキのように紅い瞳が、確かに光を放った。
 次の瞬間――
 一生忘れることのできないような声で、三人の男が、一斉に吠えた。
 ばッ! と少女の周辺で、血煙が弾ける。
 棒のように倒れた男達の、口からも、鼻からも、眼からも――体中のありとあらゆる穴から、鮮血が溢れ出ていた。
 その肌は、夜目にも干からびているのが分かる。
 頭から精液と血を被ったようになった少女が、ゆっくりと立ちあがった。
 真紅の瞳で、俺の顔を見つめる。
 その顔は――あどけない驚きの表情を浮かべていた。
 そして、ごしごしと袖口で顔をぬぐい――はにかむように微笑む。
 全身の血液が逆流したような、奇怪な興奮と、悪寒。
 美しい――そして、意外なほどに可愛らしい、少女の微笑。
 その足元で、破れ目から赤い腐汁を漏れこぼすゴミ袋のようになった、三人の男達。
 遠くから響く、機械仕掛けの動物の悲鳴のような、サイレンの音。
 それが、ここに来る途中で呼んでおいた警察のものだということすら、俺には、分からなくなっていた。

第三章

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