ももえ記憶喪失!



 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている茅ヶ崎楓から場所を聞くやいなや、俺は、萌々絵がいるという病院に向かって走り出していた。
 萌々絵が、今朝、交通事故に遭ったのだという。
 頭に怪我を負い、運び込まれた病院で、即入院ということに決まったらしい。
 そのことを、何で知らなかったのよバカアホマヌケオタンコナスという罵りとともに告げた茅ヶ崎の声が、わんわんと脳内に響いている。
 そう、俺は、今日一日の間、萌々絵が欠席していることに、ほとんど不審の念を抱かなかったのだ。
 俺も萌々絵も、一応、携帯は持っている。が、こういう時に電話やメールをして萌々絵の状態を確かめるようなことは、俺はしない。体調が悪いのならゆっくり寝かせておこう、くらいにしか考えなかったわけだ。
 一方、茅ヶ崎は、誰から聞いたのか萌々絵の状況を把握し、例によって跳び蹴りをかましてから、俺にそのことを教えてくれたのである。
 というわけで、俺は、走り出した。
 萌々絵が入院した病院は、俺が通う学校の最寄駅のすぐそばだった。
 途中、路上で、何人もの人間と衝突してしまったような気がするが、よく覚えていない。
 病院に到着し、汗だくになりながら、受付で萌々絵のいる病室を余裕のない口調で尋ねたら、応対に出てきてくれたお姉さんが、なぜか、涙目になって声を震わせていた。
 エレベーターを待ちきれず、階段を一段飛ばしで駆け上がり、萌々絵がいるはずの部屋に向かう。
 背中の方から、何やら俺に対する叫び声のようなものが聞こえたが、無視した。大方、俺に突き飛ばされた誰かが怒号を上げているのだろう。後で謝れば済むことだ。
 ダッダッダッダッ、と靴を鳴らし、ちょっと行きすぎてから、教えられたナンバーの病室の扉を、勢いよく開ける。
「萌々絵ッ!」
 まるで悲鳴みたいな声を上げる俺に、病室の中にいる人達の視線が集中する。
 同室の患者さん達と、何度か顔を合わせたことのある、萌々絵の親御さん。そして――
 奥の左側のベッドに、上半身を起こした萌々絵が、いた。
 萌々絵は、普段は左右で結んでいる髪を下ろし、頭に白い包帯を巻いて――何やらきょとんとした顔をしている。
「あ、オタヤン君」
 萌々絵よりも先に俺に声をかけたのは、萌々絵のお袋さんだった。俺と同じくらいの長身に、グラビアモデルのようなナイスバディ。いつもはキリッとしている顔が、今は、困ったような表情を浮かべている。その隣にいる童顔の男性は――初対面だが、萌々絵の親父さんだろうか。
「あ、あのね、オタヤン君、実は――」
「……誰、ですか?」
 お袋さんの言葉を遮るように、萌々絵が、小首を傾げて尋ねる。
「あ、あのなあ――」
 萌々絵にきちんと意識があることに安堵しながら、俺は、冗談や天然ボケは時と場所を選べよ、と言いかけ――言葉に詰まってしまった。
 その、まっすぐに俺を見つめる無垢な瞳は、さっきの問いが、純粋な疑問から来るものであることを物語っている。
 そんな……まさかとは思うが……もしかして……。
「動くなーッ!」
 我ながら覚束ない足取りで病室に数歩入った俺に、鋭い声がかけられる。
「え?」
「おとなしくしろっ!」
 水色の制服を着た若い男が、後から俺に飛びかかる。
 って、警官――? 俺、ここに来るまでに、誰かにシャレにならないケガとかさせちゃったのか――?
 立て続けの出来事に頭の中を飽和状態にさせてしまった俺の手首に、ガチャリと、銀色の手錠がかけられる。
「16時55分、現行犯、確保ーっ!」
 そう声を上げる警官に、俺は、病室から引きずり出された。



 結果から言うと、冤罪だった。
 俺が病院に向かう途中でぶつかった――警察によると膝蹴りをかまされたことになっているが何かの間違いだろう――男が、実は引ったくりだったらしい。
 そして、あの警官は、路上で引っ繰り返ってる真犯人ではなく、俺の方を、現場から逃亡した引ったくりだと思って追って来たらしいのだ。
 で、その真犯人は別の警官に逮捕され――俺は、少年課だか何だかの人に、犯罪者を捕まえたのはお手柄だがそのために危険を冒してはならない旨の、だいぶ的外れなお説教をされ、夜中近くになって解放された。
 そういうわけで、改めて萌々絵の見舞いに行けるようになったのは、翌日の午前中だったのである。
 萌々絵は――何やら呑気そうな顔で、眠っていた。
「オタヤン君……」
 かなり微妙な表情をしているであろう俺を、すでに病室にいた萌々絵のお袋さんが、廊下に連れ出す。
「あの、これ、お見舞いです」
 俺は、そう言って、とりあえずここに来るまでに買ってきた果物を差し出した。
「ゴメンね、オタヤン君」
 包みを受け取ったお袋さんが、眉をハの字にして言う。もちろん、見舞いの果物に対しての言葉ではない。
「萌々絵の奴……その、どうやら、事故のケガでちょっと記憶が混乱してるらしいのよ」
「――記憶喪失、ってやつですか?」
 俺は、昨日からずっと頭の中を締めていた疑問を、口にした。
「まるっきりぜんぶ忘れてるってわけじゃないの。アタシや、お父さんの顔は分かるみたいだし、自分の名前も覚えてるし……でも、ここ2、3年のことは厳しいみたい。自分の通ってる高校の名前まで忘れちゃってるみたいでね」
「…………」
「だから、オタヤン君を傷付けるようなこと言っちゃうかもしれないけど、許してやってね」
「も……もちろん、です」
 俺は、かなり堅い口調で言った。
 自分が、これまで生きていた中で一、二を争うほどに動揺していることが分かる。何しろ、さっきから視界がぐにゃぐにゃしてるし。
 でも、自分の娘がそんなことになってるんだから、心配なのはお袋さんも同じはずなのだ。
「あの、俺、出直してきましょうか?」
「……ううん、会ってやって。お医者さんによると、記憶の混乱は一時的なものだろうってことだし……オタヤン君とちょっと話すれば、案外、すぐに思い出しちゃうんじゃないかな」
「はあ……」
「じゃ、お願いね。アタシ、いったん帰って着替えとか色々取ってこないといけないから」
「えっと……昨日から帰ってないんですか?」
「念のため、ね。だから、オタヤン君が来てくれて助かったわ〜」
 そう言って、萌々絵のお袋さんは、口元に意味ありげな笑みを浮かべながら、俺の背中をぽーんと叩いた。
「ウチのバカ娘が忘れてても、オタヤン君は立派な彼氏だからね。いつもと同じように接してくれていいのよ」
 “接して”の部分を妙に強調され、俺は、何と答えていいか分からなくなる。
「じゃあ、よろしく頼むわネ」
 ウィンクまでして、萌々絵のお袋さんはその場を後にした。
 今のお袋さんの言動は――俺の動揺を思ってのことだろうか。
 だとしたら、効果はあったかもしれない。少なくとも、視界の方は元に戻っている。
 俺は、病室に入り、萌々絵のベッドの傍らにある丸椅子に腰掛けた。
「ふに〜」
 むにゅむにゅと口元を動かして、萌々絵が寝言を漏らす。
「もう食べられないよぉ〜」
 ……今まで何度、この定番の寝言を授業中に聞いただろうか。
 それだけで、たとえ記憶を失っていても、萌々絵は萌々絵だということを確信する。
 そうだ、別にこいつが赤の他人に変身しちまったわけじゃないんだ。まずは、俺の方が気を落ち着けて対応しないと――
 なんて思ってると、萌々絵が、不意にその大きな瞳を開いた。
「あれ……? ホットケーキ……」
 どうやら、今まさにそれを食べていた夢を見ていたらしい。
 萌々絵は、不思議そうな顔で半身を起こし、俺と目を合わせて、ぱちくりと目を瞬かせた。
「あ、あの……昨夜、来てくれた……」
「ああ」
 どう返事していいか分からず、俺は、とりあえず頷いた。
「えっと……あんたの通ってた学校の者だよ」
「あのー、学校って……高校、ですか?」
「ああ」
 萌々絵に丁寧語で話されることが、何だか妙に寂しい。
「そっかあ……萌々絵、高校受かったんだあ……」
 俺の感傷など知らぬげに、萌々絵は、よっし、と両手でガッツポーズを取った。どうやら萌々絵は、中学時代、高校入試に関して、かなり不安を抱いていたようだ。萌々絵の場合、成績的には問題ないが、解答欄を一つずつずらして書いてしまうとかの懸念があったんだろう。
「――あ、えと、えと、すいません、それで、どこの学校ですか?」
「星倫高校。ちなみに2年生」
「ふえっ、も、もう2年生ですか……。えーと、それで、その……」
「俺? 俺は、柳直太」
「柳さんは、その……萌々絵のクラスの先生ですか?」
「――同級生だよ」
 溜息混じりに、俺はそう告げる。
「あわわわわ、すいません! え、えっと、柳さん、大人っぽいから、つい……」
 まあ、確かに、俺は、今日みたいに私服だと、まず高校生には見てもらえない。もし髭を剃るのを2、3日サボったりすると、それだけでチンピラ一丁上がりだ。
「ところで、ケガの方は大丈夫なのか?」
「あ、はい。って言うか、お医者さんが教えてくれたんですけど、あたし、別に車にぶつかったわけじゃないみたいなんです。自動車を避けようとした拍子に足がもつれて、倒れた時に何か頭にぶつけちゃったみたいで……」
 てへへ、と萌々絵が恥ずかしそうに笑う。
「ただ、その、こんなふうになっちゃったから、念のために入院してるだけで……頭のケガも、包帯なんて大袈裟かなあって思うくらいで……」
 そんなことを言いながら、萌々絵は、俺の顔を、じーっと見つめている。
「どうした、そんなガン見して」
「あ、そのう……もしかして、柳さんって、お母さんが、オタヤン君、って呼んでる人ですか?」
「オタヤンはやめてくれ……」
「え、違うんですか?」
「いや、違いはしないけどさ、俺、そういうふうに呼ばれるの好きじゃないんだよ。まあ、あんたのお袋さんはそういうふうに呼ぶのが気に入っちゃったみたいだけど……」
「え、えと、え……?」
 萌々絵が混乱している。どうやら俺の言葉をうまく飲み込めなかったようだ。
「あ、あの、つまり、オタヤン君でいいんですよね?」
「ちが……いや、もうそれでいいや」
 俺は、そう言ってから、やれやれ、と口の中だけで呟いた。
「オタヤン君なんですね」
 しつこく確認する萌々絵に、俺は、無言で頷いてやる。
「じゃ、じゃあ、次の質問、です!」
 萌々絵が、そう声を上げて、むふー、と鼻息を漏らす。
「あの、あのあの……オタヤン君、いえ、柳さんとあたしって……え、えええ、えっと、お、お、おおお、お付き合いとか、しちゃったりしてたんですか……?」
「……ああ」
 俺は、内心ちょっとだけ覚悟を決めて、言った。俺と萌々絵が付き合っていたというのは、事実なのだから。
 まあ、あの関係が、果たして、いわゆる“付き合う”という範疇に収まるかどうか、ほんの少し疑問な部分もある。とは言え、俺と萌々絵は、平均的な高校生カップルよりもかなり進んだ関係――つまり、肉体関係だが、それを、結んでいるという自覚はある。
 ともかく、あそこまでいろいろやっておいて、付き合ってませんなどとは、言えない。言えるわけがない。
 しかし、俺と萌々絵が付き合い出したのは、ある事件で俺が萌々絵を颯爽と助け出したことがきっかけ――と、萌々絵の脳内ではそうなっている。もし、そういったドラマチックなイベントなしに俺みたいなヤツが彼氏だなんてことを萌々絵は受け入れられるのだろうか?
 ――なんてことを1秒前後で考えながら萌々絵の様子を伺うと、萌々絵は、顔を真っ赤にして、両手を口元に当てていた。
「すごい……すごい……萌々絵、彼氏できちゃってたんだ……」
 そんなことを呟きながら、萌々絵が、妙にキラキラした目で、俺を見る。
「……いいのかよ、こんな柄の悪いのが彼氏で」
「が、柄が悪くなんかないですよっ!」
 妙に力強く、萌々絵が言う。
「柳さん、カッコイイですよ! 自分で気付いてないんですか?」
 気付いてないも何も……俺は、自分がカッコイイ人間でないことを知っている。それくらいの自分に対する客観性は持ち合わせているつもりだ。だいたい、俺のこと覚えてないくせに、どうしてそこまで断言できるんだよ。
「私がカッコイイって思ってるんですから、私にとってはカッコイイんです!」
 まるで、俺の思考を読み取ったように、萌々絵が主張する。
「あのなあ……まあ、それはそれでいいけど、俺、こんなナリで筋金入りのオタクなんだぞ」
「はあ……それが、何か? あ、ちなみに、何オタですか?」
「ゲーム全般。TRPGとSLGとカードゲームとサバゲーと……あ、いや、最近はあんまサバゲーしてないな……」
 俺は、律義にそう答えてしまう。
「サバゲーって、サバイバルゲームのことですよね。やめちゃったんですか?」
 どういうつもりか、萌々絵が、妙な話題に食いついてくる。
「いや、やめたつもりはないんだが……なかなかやる場所がなくてさ。使ってたフィールドがどんどん閉鎖されちゃって……何だか、近くの学校のPTAが反対運動か何かしたらしいんだよ。別に、事件も事故も起こしてないのにな」
 それに対して答えを返している俺も俺だが。
 そして――俺は、つい、銃に対する忌避感や反戦意識からサバイバルゲームを規制しようという動きの愚かさについて、とうとうと熱弁を振るってしまったのだった。
「……要するに、現実とゲームの区別がついてないのは、規制派の連中の方だってことさ」
「はー、なるほどぉ〜」
 俺の長広舌に、萌々絵が、感心したように相槌を打つ。
「――あんたら、いったい何の話してんのさ」
 いつの間にか病室に戻っていた萌々絵のお袋さんが、その顔に呆れたような笑みを浮かべながら、俺達に言った。



 そんなこんなで3日が過ぎた。
 一昨日は茅ヶ崎が、昨日はクラスの連中が見舞いに来た。
 そして、今日――俺は、一人で、夕日の差し込む病室を訪れた。
 萌々絵の記憶はまだ戻っていない。
「……他の患者さんは?」
「退院したり、外泊許可が出たりで……今日は、萌々絵一人になっちゃいました」
 相変わらず、萌々絵は俺に丁寧語で話している。
「そっか……」
 俺は、ちょっと浮かない顔の萌々絵の傍らに座った。記憶が混乱しているとは言え、さみしがり屋な性格は前のままのようだ。
 いや、だから、それは当然なんだ。萌々絵という俺の彼女の本質は何も変わっていないんだし、外見も、元気に学校に通っていた数日前と寸分違わない。
 ただ、茅ヶ崎や、クラスの連中や――俺のことを、忘れているだけだ。
 いつまでもこのままだなんて思いたくない。何かの拍子で、思い出してくれると信じたい。でも、それまでは……萌々絵は萌々絵であるにもかかわらず、俺と萌々絵の関係は、強制的にリセットされた状態からの再スタートということになっている。
 こんなに近くに――手を伸ばせば触れることができるくらいに近くにいるというのに――
「あの……」
 と、萌々絵が、さらに俺に顔を近付けてきた。
「な、何?」
「えっと、し、質問です」
 真剣な表情で、そのくせ顔を赤くしながら、萌々絵が言葉を続ける。
「萌々絵と柳さんは、その、キ、キ、キス、したことありますか?」
「あ……ああ」
 俺は、萌々絵の迫力に気圧されるように、答えてしまった。
「どれくらい?」
「どれくらいって……その……」
「数え切れないくらいですか? 月に何回とか、週に何回とか、おはようとおやすみに1回ずつとか……!」
「な、何でそういうこと訊くんだよ」
 俺は、萌々絵に釣られたのと照れ隠しとで、思わず声を大きくしてしまう。
「だって、萌々絵は……私は、覚えてないですもん……」
 萌々絵が、どこか拗ねたような表情になる。
「だから、その……今の萌々絵にとっては初めてだから……初めてと同じだから……その……もしも、キ、キス、してもらえたら、そのショックで何か思い出すかなあ……だったらいいなあ……って思っちゃって……その……」
 どうしてここで、俺の心臓がドキリと胸郭の中で跳ねたのか、わけが分からない。
 だが、俺は、顔を赤く染めたまま、ちょっと視線を逸らして唇を尖らせる萌々絵を、その――すごく、可愛いと思ってしまった。
 いや、そうじゃなくて……そうじゃないってことはないんだが、それ以上の気持ちとして……俺は……正直に言おう。つまり、欲情、してしまったのである。
「…………」
 無言で身を乗り出し、萌々絵の右肩に左手を伸せ、右手で、萌々絵の左の頬に触れる。
「あ……」
 ちょっと驚いた顔で俺に視線を戻す萌々絵の視界は、もしかすると、次第に近付いてくる俺の顔にピントを合わせられなかったかもしれない。
「あむ……」
 何か言いかけていたらしい萌々絵の小さな口を、キスで、塞ぐ。
「ん……んん……ん……ん……」
 すごく久しぶりな、初々しい反応。それを、唇に感じながら、舌を伸ばす。
 萌々絵は、ぴくん、と肩を震わせたが、自らの口の中に、俺の舌先を迎え入れてくれた。
 しばらく、俺と萌々絵の舌先が、くるくると踊るように動き、互いを淡くくすぐる。
 そして、俺は、ゆっくりと、萌々絵の口元から唇を離した。
 萌々絵の、夢見るような瞳が、俺をぼーっと見つめている。
「……な……何か、思い出したか?」
 実のところ、この問いに対する萌々絵の答えがイエスであれノーであれ、俺の次の行動はもう決まっていた。
「ごめんなさい……まだ……」
 誘うように半開きになった唇が、おずおずと言葉を紡ぐ。
 俺は、再び萌々絵にキスしながら……その小柄な体を、ゆっくりとベッドに横たえた。
「んん……んちゅ、ちゅ、ちゅぷ……ん、んんん、んちゅ……んっ、んんっ……」
 萌々絵は、俺のキスに応えながら、まるで逆らわない。
 俺は、パジャマの布地越しに、萌々絵の胸の膨らみに右の手の平を重ねた。
「んあっ……!」
 さすがに、萌々絵が、声を上げる。
 俺は、構う事なく、その童顔に似合わない豊かな胸をまさぐった。 
 手つきが性急になるのは、もはや致し方ない。ただ、乱暴になりすぎないよう、最低限の自制を保ちながら、萌々絵の双乳を右手で交互に愛撫し続ける。
「んあ、あ、あふ、ふあっ、あああン……」
 萌々絵の瞳が色っぽく潤み、頬がますます赤く染まる。
 そして、萌々絵は、お返しと言わんばかりに、すっかり膨らんでる俺の股間に、下から手を重ねてきた。
 もみもみ。
 萌々絵が、つたない手つきで、俺のモノを刺激してくる。
「えっと……記憶が無いわりには、積極的だな」
 俺は、我ながらちょっと意地悪な口調で、萌々絵に言った。
「あっ! あの……こ、こ、これは、ついっていうか……こんなふうに、いつもしてるのかなって思って……その、えっと……」
「いや、確かに、こういうことしてた」
 俺は、そう言いながら、萌々絵のパジャマのボタンを順に外し始めた。
 萌々絵の白い肌と、ちょっと子供っぽいデザインの淡いグリーンのブラが、露わになる。
 俺は、萌々絵のパジャマを完全にはだけさせ、ブラのカップを上にずらした。
「な、慣れて、ますね」
 萌々絵が、ちょっとだけ拗ねたような口調で、そんなことを言う。
「いや、その……気に障ったか?」
「そういうわけじゃないですけど……萌々絵は初めての気分なのに、柳さんはそうじゃないのが、その、何だかずるいなあって……」
「俺達が最初にしたときは、逆だったんだぜ」
「えっ?」
 俺の言葉に、萌々絵が目を真ん丸にする。
「いや、俺は童貞だったからものすごく緊張してたのにさ、お前、けっこう度胸座ってる感じだったから――こいつ、経験あるのかな、って思ったら、ちょっと悔しくなった」
「そ、それは、ええと……」
「まあ、してる最中にお互い初体験だって分かったんだけどさ……」
 俺は、ちょっと苦笑いしてから、まだかけたままだった眼鏡を外し、サイドボードの上に置いた。
 そして、改めて萌々絵の体を抱き、キスをする。
「ん、んん、んっ……んちゅ、ちゅむっ……んあ、ああン……」
 萌々絵が、俺の背中に回した手に、力を込める。
 しばらく互いの体温と存在を確かめ合った後、俺達は、下半身に穿いているものを全て脱ぎ捨てた。
 萌々絵の股間に右手を滑り込ませると、すっかり熱く潤んだ粘膜に、指先が触れる。
 俺は、萌々絵の頬や首筋についばむようなキスを繰り返しながら、その部分を愛撫した。
「ひゃうっ、あ、あ、ああっ、ンあ……あ、あうぅン……やぁ……声が、出ちゃうぅ……んんんんんっ……」
 もはや羽織っただけの状態の俺のシャツをぎゅっと握りながら、萌々絵が、自らの喘ぎ声を噛み殺そうとする。
 あとからあとから溢れてくる愛液に指を濡らしながら、俺は、なおも萌々絵のクレヴァスを上下に擦るように刺激した。
「あっ、あっ、あっ……! や、やああン……あううっ、ヘ、ヘンになっちゃうよぉ……んああっ、あひぃン……!」
 可愛らしい悲鳴を上げながら、萌々絵が、シーツの上で体をくねらせる。
 俺は、そっと上体を起こし、いいかげん我慢の限界になっている肉棒の先端を、サーモンピンクの肉のぬかるみに押し当てた。
「入れるぞ、萌々絵……」
「ハァ、ハァ……ハイ……んくっ、き、来てください……」
 切なげな声で、萌々絵が俺に言う。
 俺は、萌々絵の体に覆い被さるようにしながら、自らの肉棒を濡れそぼる膣内へと進ませていった。
「ンンンンンンンン……ッ!」
 いくら病室自体は無人とはいえ、ここは病院だ。それを慮ったのか、萌々絵が、ぎゅっと目を閉じながら両手で口元を押さえ、声を殺す。
 どういうわけか、俺は、そんな萌々絵の仕草にますます興奮し、温かな膣壺に収まったペニスを、さらに膨らませてしまった。
「んあっ、はっ、はっ、はっ……ああ、すごいよぉ……ホントに入っちゃうなんて……」
 萌々絵が、声を震わせながら、驚きと感動の入り混じったような調子で言う。
「動くぞ……」
「えっ? ちょ、ちょ、ちょっと待って……あ、あン!」
 ずん、と肉棒を膣奥にまで届かせた瞬間、萌々絵が、俺の体の下でびくんと痙攣する。
 俺は、無意識のうちに息を荒くしながら、本格的なピストンを開始した。
「ひうっ、あ、あっ、あうっ、あああっ……! す、すご、すごいっ……! んく、んくうっ……! 思ってたより、ぜんぜんっ……あっ、ああっ……!」
「思ってたって、こうすることを、ずっと想像してたのか?」
「ああン、あ、あの……し、してたっ、してたのっ……! お母さんに、オタヤン君のこと聞いてから、ずっと、ずっと、このベッドの上で……ああン! あン! あン! あああン!」
 俺が肉棒を突き入れるたびに、萌々絵の膣襞が、きゅるきゅるとシャフトに絡み付いてくる。
 もう、萌々絵が俺のことをあのあだ名で呼んだことすらどうでも良くなるほどの快感に、頭の中が沸騰しそうになる。
「ひうっ! んぐううっ! あ、あああ、あああン! な、中で、ごりごりってぇ! んひィ! ひ、ひいいいいいン! あひっ! ンひいいいいいッ!」
 もし、今、病室の外の廊下を誰かが歩いていたら、間違いなく萌々絵の嬌声を聞いただろう。
 そんな萌々絵の快楽の悲鳴に、ますます興奮を新たにしながら、俺は、さらに抽送のピッチを上げていった。
「ひあっ! ああっ! ああン! あああン! あン! あン! あン! あン! あン! あン!」
「気持ちいいか、萌々絵……」
「いい、いいよぉ! 気持ちいい! 気持ちいい! 気持ちいいぃぃぃッ! あっあっあっあっあっあっ!」
 萌々絵の声が、次第に切羽詰まったものになっていく。
 そして、俺の股間で高まり、圧力を上げている熱い快楽も、徐々に切迫していく。
「ひああっ! 来ちゃう、来ちゃうっ! んく、ん、んあああっ! 来ちゃうの! 何か来ちゃうのぉ! あ、あっ、ああっ、ああああああっ!」
 俺の動きに合わせて、萌々絵の二つの乳房が揺れ、枕の上の髪が乱れる。
 俺は、いつしか萌々絵と両の掌を合わせ、指を絡め合いながら、最後のスパートをかけた。
「あぁーッ! ああぁーッ! いく、いっちゃうっ! いくの! いくのお! あああああああン! イクうぅぅぅーッ!」
 萌々絵が、白い喉を反らして絶叫を上げる。
「イっちゃうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううううーッ!」
 その声を聞きながら、俺は、最後の理性を振り絞り、腰を大きく引いた。
 びゅるっ! びゅるるっ! という音が聞こえそうなほど激しく迸ったザーメンが、萌々絵の下腹部に降りかかる。
「きゃいいいいいいいいいいいいッ! 熱いッ! 熱いーッ! ああああああああ! イクぅううううううううううううううッ!」
 可愛らしい臍の周辺に俺の精液を浴びながら、萌々絵が、さらなる絶頂を極め、ビクビクと痙攣する。
 膣外射精は完全な避妊ではない――それはもちろん分かっているが、それでも、自分の生理周期を忘れているかもしれない萌々絵の体内に、そのまま出しちまうわけにはいかない。
 萌々絵の子宮に精液を注ぎ込んでしまいたいという欲望にギリギリのところで打ち勝つことができたことに、俺は、ひとまず安堵の吐息をついた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……はふうううぅ〜」
 一方、萌々絵も、大きく息をつきながら、自らの肌に付着した白濁液を、指先で愛しげに塗り伸ばしている。
「……外に……出しちゃったんだ」
 しばらくしてから、奇妙に残念そうな声音で、萌々絵が言った、
「ねえ、直太くん」
「ん?」
 未だ、パジャマの前を合わせようともしない萌々絵に呼びかけられ、俺は、その顔を覗き込む。
 萌々絵の顔には、あどけないと言ってもいいほどの、はにかむような笑みが浮んでいた。
「あのね……あとちょっとで思い出しそうだから、その、もう一回……」
「萌々絵……」
 俺は、萌々絵の乱れた前髪を直してやってから――その額に、思いきりデコピンしてやった。
「いったーい!」
「お前、もう記憶戻ってるだろ?」
「え……えへへへへへへー」
 両手で額を押さえながら、萌々絵がぺろっと舌を出す。
「バレた?」
「バレバレだ」
 俺は、わざと仏頂面を作って見せる。
「もぉ〜、いいでしょお。萌々絵、病み上がりなんだから、ワガママ聞いてよぉ〜」
 ベッドの縁に座る俺に、萌々絵が、上半身を起こしてしなだれかかってくる。
 むに、と上腕に押し付けられるおっぱいの感触……故意なのか、天然なのか、どちらにしても恐ろしい奴だ。
 しかし……記憶を戻すためという建前も無くなったわけだし、そう何度も何度もここで不埒なことをしては、いつ何時、ナースさんに見つかるか分からない。ここは、自制の一手だろう。
「ところで、お前、記憶がなかった時のことって覚えてるのか?」
「え? えーと……うん、覚えてるみたい」
 ちょっと考え込んでから、萌々絵が答える。
「じゃあ、聞くけどさ……その時のお前にとって、俺って初対面に近い人間だろ? なのに、その――こういうことして、抵抗とか無かったのか?」
「あるわけないじゃない」
 俺の、今さら過ぎる言葉を、萌々絵が、ヒマワリのような笑顔で否定する。
「何でそんな自信満々なんだよ」
「だって、たとえ記憶を失っても、たとえ生まれ変わっても、萌々絵は、直太くんに出会った瞬間に、恋しちゃうんだからねっ!」
 こんなことを言われて――ここまで言ってもらえて――俺のなけなしの自制心が、まだ胸の裡でくすぶっていた欲望に、完全に勝利することができたかどうか――
 それについては、ここでは語らないことにしたいと思う。



あとがき

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