二年生に進級して数週間が経ったある日、俺は、下駄箱にスニーカーを入れようとした姿勢のまま硬直してしまった。
「あれー? 直太くん、どーしたのー?」
能天気そのままの声で、萌々絵が俺の顔を覗き込もうとする。
そう、俺は萌々絵と一緒に登校している。毎朝、家に彼女を迎えに行ってるのだ。
ちなみに、クラス替えの結果、萌々絵と同じクラスになってしまったので、帰りが一緒のことも多い。
まあ、俺と萌々絵の仲はすでに学校中に知れているので、今さら何を隠すでもないのだが――
「あ、いや、何でもない」
俺は、下駄箱に入っていたそれを、制服の内ポケットに隠しながら言った。たぶん、俺の体に隠れて萌々絵からは見えなかったはずだ。
「ふーん」
特に何かを疑うふうもなく、萌々絵が俺の隣で上履きを取り出し、かなり不器用にそれを履く。
俺は、動悸を速くしながら、さりげなく周囲を見回した。
誰かが、下駄箱の影に体を隠して、こちらをじっと見てる。
小さい。一瞬だけ小学生かと思った。しかし、制服を着ている以上、ここの生徒だろう。
長い髪と、秀でた額。それから、丸いメガネが印象的だ。
もちろん女子である。
けっこう可愛いな、と瞬時にその容姿を評価してしまい、深く自己嫌悪を覚える。
そして、その子は、俺と目が合いそうになる直前に、まるでリスか何かのようにさっと身を引いてしまった。
白を基調とした可愛らしいデザインの横長の封筒に、ピンク色のハートマークのシール。
裏には、“1−C 茅ヶ崎楓”と、ブルーの字で署名がしてある。
俺は、それを、机の下に隠しながら、こっそりと見つめていた。今は授業中だし、ここは一番後ろの席なので、他の人間に見つかる心配はまず無い。
まだ開封はしていない。と言うか、情けない話だが恐くて開けられないでいるのだ。
オタクというのは、心の準備をしていない色恋沙汰にはめっぽう弱いもんだ。たぶん、そのテのことを必要以上にドラマチックに考えているため、現実のこととして脳が受け入れてくれないのだろう。
俺に言わせれば、そもそもオタクは、現実と虚構の区別のつかない人間ではない。その区別をつけた上で、ある分野においては虚構の方が優れていると判断してしまう度し難い連中の総称なのだ。
そして、ほとんどのオタクは、恋愛を“虚構”の側に置きたがる。実際には巷に掃いて捨てるほどあふれている事象なのに、だ。
そういう点で、オタクが虚構と現実の認識に関して何等かの不適合を抱えているのは事実なわけだが、まあ、それで人様に迷惑がかからなければ自身を許す言い訳は常に存在する。
しかし、他人との感情的な接触を強いられる場面において、そこに無用の摩擦や混乱を生じさせてしまい、結果として多大な迷惑を被らせてしまうのも、オタクである。
オタクは、通常で思われているよりも自己を認識することについては熱心な人種なので、そのことについては例によって過剰に意識してしまい、しばしば自家中毒的な懊悩と困惑に自らを沈めてしまう。
すなわち、今の俺がそれだった。
長々と文言を費やし何が述べたかったかというと、要するに俺は非常に困っているのである。
何しろ、こんなテンプレート作成したような“ラブレター受け取りイベント”なんて経験したこと無い。そもそも、そんなイベントを見るためのフラグなど立てた記憶は無いのだ。
だが、いにしえの名言にあるように、人生はクソゲーである。このゲームのフラグ管理のいいかげんさには、もはや文句を言う気力さえ失っている。
さて、俺には、萌々絵という彼女がいる。
だが、俺は、萌々絵からこのような手紙をもらったことは無い。
そもそも萌々絵と付き合うきっかけからしてかなりイイカゲンなものだった。
俺は、やや現実逃避的に、その日のことをぼんやりと思い出した。
あの日――俺が、街をぶらついていると、いきなり萌々絵が話しかけてきた。
「あ、あのっ、あたし、幾らくらいですか?」
それが第一声だった。
「は?」
突然、中学生くらいに見えるかなり可愛い女の子にそう言われ、俺はマヌケな声を上げたものだった。
「あ、すいません。突然でしたね。その、あたし、お金が要るんです」
「はあ……」
「けど、なんにも売るもの無いし、貯金も無いし、で、それなら、体を売ればいいだろうって話になって――」
その時の俺の最初の感想は、ヘンな援交だな、というものだった。
が、それにしたって、話が分からなすぎる。あと、ヤンキーかチンピラにしか見えないとは言え、よりによって援交の相手にされかかったことに、ちょっと腹が立ったことも事実だ。
修理から帰ってきたメガネがやたらとズレて、そのせいでゲーセンでの戦績が振るわなかったことにイライラしていたのもある。
「誰だよ、あんたにそんな話したのは」
萌々絵によると、俺は、なんでもその時ムチャクチャおっかない顔と声だったらしい。
「あうっ……し、知らない人です……」
萌々絵は、目をうるうるさせながら言った。
「知らない奴に言われてほいほい体売るのか、あんたは」
「だ、だって……あたしの体がぶつかっちゃって、その人のバッグ、傷になっちゃったから……。何か、すごく高いバッグらしくて……」
「…………」
その時、なぜか、俺は冷静な判断を失うくらいに腹を立ててしまった。
俺みたいなオタクにとってブランドもののバッグなどというものは虚飾の象徴であるし、それを弁償させるための援交の強要などということは許すべからざる悪だ。地球侵略とか邪神復活とかと同じカテゴリーにはいることである。
それに、目の前のこのどうにも頼りない女の子は、どうやら強く脅されて混乱状態にあるらしい。
「俺が話を付けるから、そいつのところに案内しろよ」
とにかくほっとけない、という気持ちになって、俺は言った。
「で、でも……」
「いいから案内しろって!」
たぶん、あんな乱暴な口をきいたのは、生まれて初めてだったろう。
萌々絵は、ほとんど泣きながら、俺を路地裏に連れていった。
そこの、普段は使われていないらしい駐車スペースの車止めに、そいつらは尻をついてすわっていた。
長い髪を脱色した制服姿の女子高生と、ヤンキー風の男だった。たぶん、俺とは違って本物だったと思う。
そいつらは、泣きべそをかいた萌々絵が俺を連れてきたのを見て、ぎょっとしたようだった。
今考えれば、あいつらは、萌々絵が連れてきた男――つまり俺が、本職の暴力団員か何かだと思ったのかもしれない。そう言えば、あの日は黒のジャケットを下ろしたばかりだった。
「な、なんだよ……」
威嚇すべきか、下手に出るべきか、判断つきかねてるような声で、男の方が言った。女は、確かもう逃げ腰だったと思う。
その時には、またメガネがずり落ちそうになっていた。
そこでようやく、メガネのフレームとつるを結ぶネジが緩んでいるのだということに、気付いたのだ。
このあと話し合いをするにあたって――誓って言うが話し合いで解決するつもりだった――こんな状態では集中できない。
俺は、ポケットからアーミーナイフを取り出した。
この時、間違えて精密ドライバーではなく、ブレードを展開させてしまったかもしれない。
いきなり相手が殴り掛かってくることを予想し、男の方をじっと見ていたことも確かである。
もちろん、俺は、何かを解決するにあたって暴力を用いるのは最低のことだと考えている心優しきオタクなので、目の前の男をナイフで刺してやろうなどという考えは毛頭なかった。
まあ、相手の出方によっては、ちょっと困ったことになるかもしれないという覚悟はしていたが、俺は、炎天下のコミケで行列する時だって覚悟を欠かさない男である。
ともかく、相手には、その覚悟が足りなかったらしい。
男は、何も言わずに逃げ出してしまった。
女が歩きにくそうな靴を鳴らしてそれを追いかける。
俺は、事を荒立てずに済んだことに、深い満足と、なぜかちょっとした寂しさを感じていた。
もちろん、一発くらいは相手を殴っておくべきだったなんて野蛮なことは考えていなかった。断じてそんなことは無かったはずである。何しろ、俺はオタクなんだから。
「あ、あの……ありがとうございますゥ……」
萌々絵にそう声をかけられて、ようやく俺はそっちを向いた。
何だか、熱っぽい目で、萌々絵が俺を見ていた。
「あのさ……あんた何年生?」
「はいっ? 一年ですけど……」
「中学の?」
「こ、高校ですよっ」
「じゃあ、敬語はやめてくんない? 俺も高一なんだよね」
俺は、とりあえず、そんなことを言った。
そして、なし崩しに付き合って、相手の奔放さに巻き込まれるように初体験をして、それから――
俺と萌々絵の関係というのは、きちんとした恋愛関係と言えるんだろうか?
吊り橋効果というものがある。
吊り橋を渡って向こう岸の異性の元に行く。吊り橋は揺れるし下は深い谷だしで、すごくドキドキする。そして、吊り橋を渡り終わるころには、スリルに対するドキドキを恋愛感情のドキドキだと勘違いする。そして、たどり着いた吊り橋の向こうの異性のことを好きなんだと思い込んでしまう。
俺は――萌々絵は、どうなんだろう。
「きりーつ」
クラス委員の号令で、俺ははっと我に返った。
「れいー」
遅かった。結局今回も俺は座ったまま授業の終わりを向かえてしまったわけだ。
こういうふうに物思いに耽っているか、睡眠不足で居眠りしているか、ノートに落書きするのに夢中になっているか……とにかく、俺がきちんと礼をする確率は、シリーズ終盤ころのセカンドチルドレンのシンクロ率くらいなのである。
「おーいオタヤン、何ぼーっとしてんだ? 次は体育だぞ。とっとと着替えて体育館に集合!」
そう言いながら、すでにジャージに着替えている葛城知巳が教室に入り込み、俺の席に近付いてきた。二年になってこいつとはクラスが別になったのだが、体育の時間は合同なのである。
俺は、慌てて手紙を机の中に突っ込んだ。
「ところでさあ、オタヤン、『2』のDVDもう買った? 買ったんだったら貸してくれよ」
なるほど、わざわざこっちの教室に来たのはそれを言うためか。
「あれは、今月の第四金曜に発売だ。来週だよ。あと、俺をオタヤンと呼ぶような奴に貸すDVDは無い」
俺は、ジャージに着替えながら言った。
「まあまあ」
葛城は、その子供っぽい顔に悪戯坊主そのものの笑みを浮かべてる。
「ったく……。ところで、テレビシリーズならキャプってDVDに焼いてるけど、要るか?」
「あ、いや、そっちは観ない」
葛城は、同じ映研に属するアニメ鑑賞仲間なのだが、なぜか基本的に映画作品しか観ない。よく分からないポリシーだ。
「そう言えば、今年度から映研って映像研究会に正式名称を変えたんだよな」
「ああ」
「映画研究会って名前をやめるのに、部長、何か言ってなかった?」
「何で俺に訊く?」
「だって、お前、和泉部長と付き合ってるんだろ?」
「わっ! バ、バカ、そういうこと言うな!」
葛城は、顔を赤くした。もともと女顔なので、そうすると、けっこう可愛い顔になる。
「そんなに慌てることないだろ」
「あ、慌てるだろ、普通は」
「でも、このこと、映研の連中なら誰でも知ってるぞ」
「うあ……そ、そうなのか?」
「ああ」
何しろ、こういうことに人一倍鈍感な俺が気付いてるんだ。間違いない。
「そういうお前こそどうなんだよ。須々木とはうまくいってるのか?」
反撃のつもりか、葛城がそんなことを訊いてくる。
「……どうなんだろうなあ」
俺は、思わずつぶやいてしまった。
「あれ? マジでうまくいってないわけ?」
「いや……そもそも俺とあいつって、どういう関係なのか、自分でもよく分からなくてさ」
俺は、葛城と並んで体育館に向かいながら、吊り橋効果の話をした。
「……ふーん。で、その吊り橋カップルは、山を下りたら別れちゃったわけ?」
「いや、だから、これは例え話なんで、そういう後日談は無い」
「アンチクライマックスってやつだなあ」
分かっているのかいないのか、葛城が、一応は映研らしきことを言う。
「しかしなあ……」
「なんだ?」
「いや、そういうことで悩むのって、いかにもオタヤンらしいよな」
「……だから、俺をオタヤンと呼ぶなっての」
俺は、思い切り顔をしかめて、言った。
体育館の渡り廊下から外を見ると、どんよりと曇り始めた空の下、女子たちがソフトボールの準備をしていた。
机の中のブツが気になるので、俺は、他の連中より一足早く教室に戻った。
そこには、すでに萌々絵がいた。
「ん、どうしたんだ?」
「ほえ? どうしたって、何が?」
萌々絵が、大きな目をぱちくりさせる。
いやまあ、ただ単にたまたま皆より早く着替えが終わっただけかもしれないが……。
「いや、その……」
俺は、さらに萌々絵に話しかけようとしたが、クラスの連中が三々五々戻ってきてたので、やめた。
席につき、机の中に手を突っ込む。
例の手紙が、無くなっていた。
放課後――
クラスの連中は、帰るか、部活に出ているかで、教室は無人になっている。
俺は、そのがらんとした教室の中で、自分の机の中をまず確認した。
無い。
やっぱり、例の手紙は俺の机の中から消えていた。
「…………」
じっと、萌々絵の机を、見つめる。
萌々絵は、映研に顔を出しているはずだ。
しかし、いくら何でも、萌々絵の机の中をあさるというのは……。
とは言え、状況から考えて、一番疑わしいのは萌々絵なのだ。
「…………」
萌々絵の机に近付く。
萌々絵が、俺の手紙をこっそり盗み取るなんてことが、ありうるだろうか?
もちろん、萌々絵は、そんなことをするような奴じゃない。
しかし、じゃあどんな奴なのかということを考えると、付き合い始めて一年近く経つのに、俺は未だにつかみ切れていないのだ。
萌々絵は……いったい、何を考えているんだろう?
「――直太くん? どうしてクラブ来なかったの?」
「うわっ!」
俺は、いきなり聞こえてきた萌々絵の声の方に慌てて振り返り、そして、思い切り手を机にぶつけてしまった。
ぐゎたん! と派手な音をたてて萌々絵の机が倒れ、中に入っていたものが散乱する。
そこには……見覚えのある、白い封筒があった。
「も〜、直太くんてば、萌々絵の机に何の恨みがあるのよ〜」
萌々絵が、そんなことを言いながら、倒れた机に近付く。
俺は、萌々絵が机を直す前に、素早く封筒を拾った。
「――これ、どうしてお前の机にあるんだ?」
しゃがみかけた姿勢の萌々絵に、俺は、手紙を突き付けた。
裏に、あの“茅ヶ崎楓”という署名がある。間違いなくあの手紙だ。
「な、何? 何の話?」
「だから――これは、今朝、俺の下駄箱の中に入ってたんだよ」
「え――?」
俺の手の中にあるのが何であるのか、今初めて気が付いたように、萌々絵が目を見開く。
「そ、それって――その――」
萌々絵の唇が、小さく震えている。
その瞳は、なんだか涙で潤んでるようだ。
「…………」
俺は、萌々絵の次の言葉を待った。
自分が、かなり硬い表情を浮かべているのが分かる。
もちろん、俺とて、頭ごなしに萌々絵を責めるようなつもりは無い。が、それでも、萌々絵の釈明を求めてしかるべき状態であることは確かなはずだ。
萌々絵は――
「……っ!」
萌々絵は、いきなりそこから逃げ出した。
「お、おい、萌々絵っ!」
教室から駆け出す萌々絵を追って、廊下に出る。
あまりのことに、ちょっと反応が遅れた。萌々絵は、もう廊下の角を曲がろうとしている。
「待てって――」
一瞬、引っ繰り返ったままの机をどうしようかと逡巡した後、俺は、萌々絵を追いかけるべく廊下を駆け出した。
いや、駆け出そうとしたところだった。
「なに泣かしてんだこらーッ!」
「げはっ!」
鋭い声と共に背後から蹴り飛ばされ、俺は、リノリウムの床にもんどり打って倒れてしまった。
俺ともつれるようにして、小さな人影が、廊下に尻餅をつく。どうやら、こいつが俺に背後からドロップキックを食らわせたらしい。
乱れた長い髪と、秀でた額。丸いレンズのメガネが子供っぽい顔からずり落ちかけている。
下駄箱の影から俺を見ていた、あの女の子だった。
雨が降り始めた。
萌々絵の家の前である。
チャイムを押したが、留守らしく、返事は無かった。
だから、俺は、ここに立ち尽くしている。
そんな俺を、雨粒が、次第に濡らしていった。
「…………」
体が、冷える。
水滴が俺の体温を奪いながら、アスファルトの地面に滴り落ちているのだ。
もっと別の何かを自分から洗い落としたい気分なのだが、それは、叶わないことだ。
ともかく、ここに立ち続ける。
萌々絵は、まだ家に帰ってきていない。
だから、こうして待っていれば、萌々絵と会えるはずだ。
「…………」
よく、降る。
さああああ……という雨滴が地上のあらゆる物をたたく音が、連続して響く。
服がぐっしょりと水を吸い、もともと天然パーマの髪の毛がぐしゃぐしゃになった。
目を守るために、度とともに色が入っている俺のメガネにも、水滴がへばり付く。
萌々絵が現れた時に気が付かないと困るので、俺は、何度かその水滴を拭い、メガネをかけ直した。
「…………」
こんな姿を家の前にさらしていると、近所の人達に不審に思われるかもしれない。
と言うか、客観的に見れば完璧にストーカーだ。
気持ちとしても、何となく、それに近いような気がする。
萌々絵の迷惑になるかもしれないという配慮を、とにかく萌々絵に会いたいという気持ちが、押し流してしまっている。
そう――俺は、萌々絵に会いたかった。
萌々絵に会って、そして――
「……直太、くん?」
声が、聞こえた。
やっぱり、メガネが濡れてるせいで、不覚にも声をかけられるまで気が付かなかった。
そこに、コンビニで買ったらしきビニール傘を差した萌々絵が、立っていた。
その表情は、よく分からない。
「萌々絵……すまん……!」
俺は、萌々絵の顔をはっきりと見る前に、そこにひざまずき、両手を地面についていた。
「ちょ、ちょっと、直太くん……!」
「俺の――俺の勘違いだった。萌々絵、すまない……。その……謝る……」
気のきいた謝罪の言葉を思いつかず、ともかく、頭を下げる。
視界に、萌々絵の靴が現れた。
このまま顔面を蹴飛ばされても甘んじて受けよう、と、本気で思った。
「え、えっと……どういうこと……?」
言いながら、萌々絵はしゃがみこみ、俺の肩に手をかけた。
そうしながら、自分が濡れるのにも構わず、傘を差し出してくれる。
俺は、自分が泣きそうになっていることに、気付いた。
「だから……俺、例の手紙を、萌々絵が盗んだんじゃないかって……いや、はっきりそう思ったわけじゃないんだ。けど、やっぱ、疑ったことは確かなわけで……」
みっともなくしどろもどろになって、俺は言い訳する。
ああ、俺は今、最高に格好悪い。
俺は俺なりにかくありたいという理想我があるのだが、今の自分は、そこから大きく外れている。
「……手紙って、あの、直太くんへのラブレター?」
「いや! ち、違う! 違うんだ! そもそも、それからして俺の勘違いで――」
「勘違い?」
「ああ……あれは、俺宛のラブレターなんかじゃなくて……」
「そ、そっか……あれ、違ったんだ……」
ぎゅっ。
柔らかな何かが、俺の視界を塞いだ。
なぜか懐かしく、そして、たまらないほどに幸せな感触――
それは、萌々絵の胸の膨らみだった。
「よかったぁ……」
萌々絵は、涙声で、心底ほっとしたように、言った。
萌々絵の家のバスルームで、俺は、シャワーを浴びている。
萌々絵と抱き合いながら、である。
当然のことながら、俺も萌々絵も、全裸だ。
股間で、アレがみっともないくらいに勃起している。
「直太くん……もっと……もっとぎゅーってして……」
「ああ……」
萌々絵を抱く腕に、力を込める。
「ふにゅうン……」
萌々絵が、甘い声をあげながら、さらに俺にくっつく。
浅ましく血管を浮かせた熱いこわばりが、萌々絵の下腹部に強く押し付けられた。
「あふ……すごぉい……」
萌々絵は、欲情に濡れた瞳で、俺を見上げた。
ほんのりと上気したその顔が、俺の欲望をますます高ぶらせる。
「ねえ、直太くぅん……」
「……ここで入れていいのか?」
「ウン……もう、ベッドまでガマンできないよォ……」
それは、俺も同じだった。
萌々絵の左足を右手で持ち上げ、立ったまま、位置を合わせる。
萌々絵は、俺の首に華奢な腕を回しながら、右足一本で爪先だちして、挿入に協力した。
くちゅりと、すでに熱く潤んでいる秘唇に、肉棒が触れる。
「あぅン……直太くんの、固いよぉ……カチカチ……」
うっとりとした口調で、萌々絵が言った。
俺は、シャワーの湯を浴びながら、立ったままで、萌々絵の体を貫いた。
「あううううっ……きゃっ、きゃうううン……!」
萌々絵が、両腕で俺にしがみつき、俺の腰に左足を絡み付けるような格好になる。
ねっとりとした熱い感触が俺のペニスを包み込み、たまらない快感をもたらした。
「萌々絵……」
俺は、萌々絵の腰に手を回しながら、腰を動かし始めた。
「あっ、あううっ、あく、あん、あふっ、あはぁン……!」
ピストンのリズムに合わせて、萌々絵が可愛らしく喘ぐ。
俺は、腕に力を込め、萌々絵の腰を持ち上げた。
「あうんっ……!」
萌々絵が、両足を俺の腰のところで交差させる。俗に“駅弁”と言われるような格好だ。
「あああっ、す、すごい……! こんなカッコウでするなんて……すごくエッチだよォ……!」
萌々絵が、俺の耳に熱い息を吹きかけながら、言う。
俺は、文字どおり腰が抜けそうな快感に耐えながら、萌々絵の体を上下させた。
「はひっ、はっ、はぁん、あああっ……ひ、響く……お腹に、ずん、ずん、って響くの……っくうン……!」
とろけた声を漏らす萌々絵の股間から、大量の愛液が溢れ、抽送を滑らかなものにしていく。
俺は、さらに激しく萌々絵の体を揺さぶった。
「あうっ、あっ、あはぁっ……! すごい……すごいいっ……! き、気持ちいいよ、直太くんっ……!」
萌々絵の膣肉が、激しく俺の肉棒を絞り上げる。
俺は、早くも限界を迎えてしまった。
「萌々絵……俺、もう……」
「うん、イってっ……! 萌々絵も、もうすぐイクから……! あん、ああん、あっ……イク、イク、イっちゃううっ……!」
萌々絵が、俺の首の後ろで指を組んだまま、背中を反らす。
上下の運動に合わせ、巨大なマシュマロを思わせる萌々絵の双乳が、ふるふると揺れた。
「あっ……ダメだ……出る……!」
「萌々絵も……萌々絵もイっちゃうよっ……! あああっ、あうっ、あく……あああああああ〜っ!」
俺は、叫び声をあげる萌々絵の膣内に、たっぷりと射精してしまった。
「あああああっ! す、すごいっ……熱いよ〜っ! イっちゃう! イっちゃう! イっちゃうぅ〜っ!」
萌々絵が、体内に俺の精液を感じながら、絶頂を極めた。
いつもと異なる姿勢での射精に大きく喘ぎながら、ぞくぞくと体を震わせてしまう。
そして俺は、つながった姿勢のまま、バスタブのふちにへたり込んでしまった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁぁ……ああン……直太くぅん……」
萌々絵が、その柔らかな頬を、俺の頬に擦り寄せる。
「あふぅ……もしかして……まだ、できるの……?」
「ああ……一回じゃ収まらないみたいだ……」
俺は、自分自身の貪欲さに少し呆れながら、言った。
「嬉しい……」
そう言って笑顔を浮かべる萌々絵の唇に、唇を重ねる。
「んっ、ちゅぶ、んちゅ……ちゅむ、ちゅぷっ、んふう……」
悩ましげな鼻声を聞きながら、俺は、萌々絵の左の乳房に右手を重ねた。
そのまま、たぷたぷと揺らすようにして、刺激する。
たわわな乳房の重みが、手の平に心地いい。
「んむっ、あ、あふん……あああン……あふぅ……」
萌々絵が、どこか切なげな吐息をつく。
俺は、すでに勃起してしまっている萌々絵の乳首を、指先で転がすように刺激した。
さらに、腰を動かし、抽送を再開する。
「あうっ、あん、あはぁっ……き、気持ちいいよォ……アソコも、オッパイも、すっごくイイの……あうっ、あく、きゃふうン……」
萌々絵の乳首が、さらに固く尖っていく。
一度イって体が敏感になってるのか、萌々絵の表情は、先程よりもさらに甘くとろけていた。
「……可愛いよ、萌々絵」
思わず、普段は言わないようなことを言ってしまう。
「あうっ、あ、ああン……直太くん、今、何て……?」
「だから……可愛いって言ったんだよ……」
「えっ……? あ、やっ、やあっ……いやぁン……!」
萌々絵は、これ以上は無いというくらい顔を真っ赤にした。
「萌々絵……?」
「やっ、やだっ……な、なんか恥ずかしい……恥ずかしいの……!」
萌々絵らしからぬ台詞と仕草に、俺は、不思議な興奮を覚えた。
「萌々絵、可愛いよ……。好きだ……」
「やっ、にゃあああああっ! いやぁン!」
萌々絵が、奇妙な悲鳴をあげる。
俺は、今まで知らなかった萌々絵の弱点を見つけたような気持ちになって、奇妙に嬉しかった。
「萌々絵……ごめん……。今まで、あんまり好きだって言わなかったな……」
「あうっ、やっ、やぁん……そ、そんな……いいんだよ……そんなこといいの……あああン……!」
「これから、たまには言うからさ……」
俺は、小さな貝殻のような萌々絵の耳に口を寄せた。
「萌々絵、本当に可愛いよ……。感じてる時の顔が、特に」
「もうっ! 直太くんのバカ! エッチっ! あん、ああん、あう……はひいいいいン……!」
萌々絵が、赤く染まった顔を隠すように、俺の胸に額を押し付けてくる。
「萌々絵……!」
萌々絵の体温や、肌の感触や、髪の香りを感じたくて、さらに強くその柔らかな体を抱き締める。
そうしながら、俺は、下から萌々絵の体をペニスで突き上げた。
「あん、ああん、あん、あううん……! あっ、ああっ、あうっ……! もう、もうダメぇ……!」
「イクのか?」
「う、うん、イキそう……! もうイっちゃうの……! あああっ、ねえっ、直太くんも一緒に……!」
「ああ……!」
萌々絵の顔を起こし、その顔中にキスをしながら、腰を使い続ける。
「あっ、あうん、きゃふ、ひゃひいン……! 直太くんっ……! 萌々絵、イク……イクの……! ああああああン! イ、イ、イ、イクうぅーっ!」
「くっ……!」
萌々絵とほぼ同時に、俺は、二度目の精液を放った。
「あうっ! きゃン! きゃいいいいいいっ! すごいィ……っ! びゅびゅーって、奥に当たってるよォ……! ああああああ!」
萌々絵が、俺の腕の中で、連続して絶頂を極める。
俺は、最後の一滴まで、萌々絵の中に精液を注ぎ込んだ。
そして、翌日――
「あ、あのっ、萌々絵センパイっ!」
茅ヶ崎楓が、登校してきた俺達に――いや、正確には萌々絵に、声をかけてきた。
「お手紙、読んでもらえましたか?」
「ほえ? 手紙って、何?」
萌々絵が、きょとんとした顔で聞き返す。
「って――」
茅ヶ崎が、俺の方に顔を向けた。メガネの奥の黒目がちな瞳に、物騒な光が宿っている。
「あんた、あの手紙渡してないの?」
「当然だろ」
「何でよ! あんなにお願いしたじゃない!」
茅ヶ崎は、顔中口にするような勢いで叫んだ。
「うんと言った覚えはない。そもそも、昨日お前が手紙を入れる下駄箱を間違えたのがいけないんだろうが」
「あんたにお前なんて呼ばれたくないわよっ!」
「お前こそ先輩をあんた呼ばわりはよせって」
俺は、朝の昇降口に突っ立ったまま、柄にも無いことを言った。
そう、あのラブレターは、茅ヶ崎が萌々絵に出したものなのだ。
で、昨日、俺達が登校してきた時に、手紙を入れた下駄箱を間違えたことに気付き、それを萌々絵に渡し直す機会をうかがっていたというのである。
だからと言って、授業をサボって俺達のクラスの様子を伺い、体育で人がいない隙に俺の机をあさるというのはいかがなものか。
しかも、首尾よく見つけ出したそれをそのまま萌々絵の机に入れてしまう辺り、短絡が過ぎるというものだ。
おかげで、俺は萌々絵にあらぬ疑いをかけてしまうし――萌々絵は萌々絵で、俺がラブレターを受け取ったと思い込み、ショックで逃げ出してしまったのだから、迷惑極まりない。
だと言うのに、放課後、物影で俺達の様子を伺っていた上に、オレの背中にドロップキックだ。こんなことをしておきながら、しかも萌々絵に手紙を渡せと迫ってくるのだから、呆れて物が言えなかった。その俺の沈黙を、茅ヶ崎は、了解と受け取って勝手にどこかに行ってしまったのである。
「もういい! あんたには頼まないから!」
「当たり前だ。俺と萌々絵の関係を何だと思ってるんだ」
「知らないわよ、そんなこと」
そう言って、茅ヶ崎は、再び萌々絵に向き直った。
「あの……私と、交際、してくれませんか?」
うって変わってしおらしい顔と声で、茅ヶ崎が言う。
「え、えっと……」
さすがに、萌々絵は事態が飲み込めていない様子だ。
「一目見た時から好きになっちゃったんです。私、萌々絵センパイのこと、お姉様って呼びたい……」
「う……うん、それくらいなら……」
「よっしゃああああ!」
茅ヶ崎が、小さなこぶしを握ってガッツポーズを取る。
「こらこらこらこら! 何を言ってるんだ!」
「ええー? な、直太くん、何を怒ってるの?」
「あんたねえ、男の嫉妬は醜いわよ」
「何が嫉妬だ! っていうか萌々絵がお姉様キャラって柄か?」
「で、でもでも、やっぱ年は萌々絵の方が上なんだし……萌々絵、お兄ちゃんしかいないからお姉さんって呼ばれるの憧れだし……」
「ほらそこ! お姉様にその汚い顔を近付けないで。ほんと、男ってガサツね」
「お前、今のやり取りで萌々絵がきちんと状況を把握してると思ってるのか?」
「あーっ、なんか萌々絵、悪口言われてる〜!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ俺達三人を、登校してくる生徒が、奇異の目で見つめては立ち去っていく。
しばらくして、校内に、始業のチャイムが響いた。
全員、遅刻である。