Soft Bind
2



「何言ってるんですか、那々緒さん」
 美鈴は、自らの夫に怪訝そうな目を向けた。
「ニッキとシナモンは同じものですよ」
「えぇー、そうだっけ?」
 リビングのソファーに座った那々緒が、まだ学生時代の面影を残したその顔に、軽い驚きの表情を浮かべる。
 夕食後のまったりとしたひと時、那々緒は、美鈴が書いた雑文の校正中に“ニッキ、つまりシナモンのような”という一節を見つけ、言ったのだ。ニッキとシナモンは別のものだよ、と。
 それに対し、洗い物を終えたばかりの美鈴が、反論したのである。
「いや、だって……違うよ、うん」
「那々緒さん、ニッキってどんなものだか分かってます?」
「うん。京都の八つ橋とか、ニッキ味だよね」
「あれがシナモンとは別物だって言うんですか?」
「うん」
 こく、と那々緒が肯く。
「あ、それと、父さんの昔話に出てきたなあ。駄菓子屋さんで買ってよく齧ってたって。あれとシナモンじゃぜんぜん違うでしょ?」
「同じです。イメージだけで言わないでください」
「そっかなぁ〜」
 那々緒は、ややわざとらしく眉を寄せた。
「確か別のものだと思ったけどな〜。う〜ん」
「同じです」
 夫の、自分を小馬鹿にしたような態度に少し苛立ちながら、美鈴が那々緒の前にすとんと座る。その拍子に、小柄な体に不釣合いなほどのたわわな乳房が、ふるん、と揺れた。
「ニッキとシナモンは、同じものです」
「証拠、あるの?」
「証拠も何も――同じものは同じものです!」
「い、いや、そんなムキになんなくても……」
「那々緒さんこそ、早く自分の勘違いを認めたらどうですか?」
「うーん、でも、勘違いじゃないと思うんだよね〜」
 そう言いながら、那々緒は、指で自分の頭を掻いた。
「いーえ、那々緒さんは勘違いしてます」
 大きな吊り気味の目を閉じ、つん、と上を向きながら、美鈴が言う。
「あ、そう……じゃあ、賭けてみる?」
「賭け?」
 悪戯っぽい那々緒の言葉に、美鈴は目を開いた。
「そう。ニッキとシナモンが同じものかどうか、って賭け。負けちゃった方は、何でも言うこと聞くの。どう?」
「賭けって……別に、そこまでしなくても……」
「あ、いや、自信ないんだったらいいよ?」
「そんなこと言ってません!」
 那々緒の物言いに、美鈴は反射的にそう言ってしまう。
「あ、そう。じゃあ、いいね?」
「え、ええ……もし那々緒さんの負けだったら、明日の朝ごはん、作ってくださいね」
 そう言って、美鈴が、小さな口をぎゅっと引き結ぶ。
 那々緒は、にこやかな笑みをその顔に浮かべながら、一度自らの部屋に行き、辞書を取ってきた。
 美鈴は、何やら嫌な予感を覚えてしまう。
 そんな妻の様子に気付かぬ振りをしながら、那々緒は、彼女の隣に座り、ぱらぱらと辞書のページをめくりだした。
「……はい、これ」
 那々緒が、開かれたページの一箇所を指で示す。

シナモン [cinnamon]
(1)セイロンニッケイに同じ。
(2)セイロンニッケイの樹皮を乾燥して得る香味料。甘い香りと刺激的な味をもつ。


「ほら、やっぱり!」
 美鈴は、嬉しそうに声を上げた。
「ニッケイって、ニッキのことですよね! シナモンとニッキは同じものなんですよ!」
「いやいやいや、そうと決まったわけじゃないよ」
 そう言って、那々緒は、別のページをめくった。

にっけい にく― 【肉桂】
(1)中国南部、インドシナ半島産の東京(トンキン)肉桂のこと。古来、生薬として用いられる。カシア。
(2)セイロンニッケイのこと。
(3)クスノキ科の常緑高木。暖地で栽培、庭木ともする。葉は革質で狭卵形。夏、淡黄緑色の小花を開き、液果は楕円形で黒く熟す。インドシナ原産。江戸時代中国を経て渡来。根皮は辛く香味があって健胃・発汗などの薬用とし、また菓子の香料に使う。
(4)(3)の根皮を乾燥したもの。香辛料・健胃薬とする。にっき。にっけ。


「これで、どう?」
「どうって……えーと……」
 美鈴が小首を傾げる。
「やっぱり……同じじゃないですか」
「んふふー」
 那々緒が、何やら奇妙な笑みを浮かべる。
「よく読んでごらん。シナモンはセイロンニッケイなんだからこの(2)のことでしょ? でも、にっきってのは(3)の方――具体的にはシナニッケイって植物から作られるんだよ」
「えっ……? そ、それは……」
「まあ、成分もほとんど同じみたいなんだけど、セイロンニッケイとシナニッケイは別の植物だからね。それに、シナモンにはニッキには無いオイゲノールって成分が含まれてるらしいんだ。こうなると、別物って言ってもいいんじゃないかなあ」
「う……うぅ……」
 美鈴が、悔しそうに唇を噛む。
「あー、でも日本で“シナモン”として売られてるのの大半は、ニッキと同じシナニッケイらしいから、美鈴さんの勝ちでもいいかなあ。ま、イギリスなんかじゃ、セイロンニッケイのものしかシナモンって言わないみたいだけどね」
「な、情け無用ですっ!」
 ひどく大時代なセリフで、美鈴が自らの敗北を認める。
「な、那々緒さんの勝ちです! その――私、那々緒さんの言うこと、聞きます」
 大きな目にうっすらと涙すら浮かべて、美鈴が宣言する。
「それじゃあねぇ……」
 那々緒は、爽やかな笑みをその顔に浮かべながら、言った。
「シックスナイン、しよう♪」
 リビングに、しばし沈黙が流れる。
「――しっくすないんって何ですか?」
「ううっ、美鈴さん、可愛いぃ〜っ!」
 不思議そうに目をぱちくりさせる美鈴を、那々緒は、思わず抱き締めてしまった。



 ベッドの上で、全裸になった二人が、絡み合っている。
 だが、その様子は、夫婦の睦言というより、どこか小さな子供の取っ組み合いに似ていた。
「やああぁっ! 見えちゃう! 見えちゃいますよっ!」
 那々緒の上で逆さまの腹這いにさせられた美鈴が、慌てて脚を閉ざそうとする。
「だーめ。こうしないと、シックスナインはできないの」
 そう言って、那々緒は、普段からは考えられない強引さで、再び妻の両脚を開いた。
「あううっ……は、はしたないです……こんなの……」
 言いながら、美鈴が、右手で股間の前半分を、左手で後ろ半分を隠す。
「ん、もう……これじゃシックスナインにならないよ」
 那々緒が、子供のように口を尖らせる。
「言ったでしょ? 二人して、お互いのアソコを口で気持ちよくしてあげるのがシックスナインなんだよ」
「だ、だって……そんな変態みたいなことっ……!」
「いやその、誰だってしてるけどなあ……」
 ぼやきながら、那々緒が、美鈴の肌を優しく撫でる。
「あ……はふ……」
「ね、美鈴さん……ちゃんと僕のアレ見て……」
「そ……そんな……あぁン……」
 感じる部分を指でなぞられ、背中をぞくぞくと震わせながら、美鈴は、逸らしていた目を前に向けた。
 目の前で、夫の肉棒が、隆々とそそり立っているのが、見える。
「すごい……」
 思わず、美鈴はつぶやいてしまう。
 フェラチオなどしたことの無い美鈴にとって、ペニスをここまで間近に見たのは、生まれてはじめてのことだった。
「美鈴さんがそばにいるだけでこうなっちゃうんだよ」
「ん、もう……恥ずかしいこと言わないでください……」
「ふふ……ほら、口でかわいがってあげて」
「ん……」
 美鈴は、頬を赤くしながら、しばし自らの胸の内を省みた。
 夫の男性器に口をつけるということに対する嫌悪感は、全くといっていいほど無い。
 むしろ、自分の股間を那々緒の目の前に晒していることの方に、より強く抵抗を感じている。
 そのことを多少意外に思いながら、美鈴は、目を閉じ、恐る恐る舌を伸ばした。
 那々緒のそれは、自分で思っていたより少し遠くにあった。
 ちょん、と舌先が、先端に触れる。
 美鈴は、そのまま、ぺろっ、ぺろっ、と舌を動かし、那々緒の亀頭を舐めた。
「あぁ……すごい……美鈴さんが僕の舐めてる……」
「んっ……な、那々緒さんがさせてるんじゃないですか……!」
「そうだけど……でも、嬉しいよ……感動しちゃう」
「もう、そんな……大げさですよ……」
 そう言いながらも、美鈴は、夫の裏表の無い声音を好ましく思った。
 そして、さらに舌先に力を込めて、丸い亀頭部に舌を這わせる。
 両手でアナルとクレヴァスを隠しながら、舌を伸ばしてペニスを舐めるという、夫婦の睦言としては、かなり変則的な格好だ。
 だが、そんなことに構う様子も無く、那々緒は、はぁはぁと喘いでいる。
 そんな夫の反応に、美鈴は、ますます熱心に舌を動かしてしまった。
 初めて絶頂を味わったあの夜以来、ずっと夜の生活で主導権を握られていた美鈴にとって、自分の愛撫で那々緒を感じさせることは、ちょっとした痛快事でさえある。
 那々緒の肉棒は、彼自身が分泌した腺液と、美鈴の唾液によって、ベトベトになっていた。
「あぁ……気持ちいいよ……美鈴さん……」
 囁くように言いながら、那々緒は、美鈴の体を微妙な手付きで撫で回した。
「ちゅっ、ちゅぷぷ……あっ……はふ……んちゅっ……あぁん……」
 那々緒の肉棒に顔を押し付けるような姿勢で、美鈴が快楽の溜め息を漏らす。
「じゃあ、僕もするからね」
 那々緒が、美鈴の右手をどかそうとする。
「やんっ……! は、恥ずかしいです……」
 美鈴が、ふるふると小刻みに顔を左右に振る。
 だが、那々緒は、美鈴の右手を強引に股間から引き剥がした。
「あ……ちょっと濡れてる、かな?」
「やああっ……!」
 那々緒の言葉に、美鈴が耳まで赤く染める。
 だが、那々緒の言葉どおり、美鈴のそこは、しっとりと蜜で潤っていた。
「僕のを舐めて興奮しちゃったの?」
「ち、ちがいますっ……! そんないやらしいこと……」
「隠さなくていいのに」
 くすりと笑って、那々緒は、妻の丸いヒップを両手で抱え、肉の綻びに舌を当てた。
「ひゃうっ!」
 那々緒の体の上で、美鈴が、びくんと体を震わせる。
 構わず、那々緒はうねうねと舌を動かし始めた。
「あ、あうっ……あく……はひぃ……そんな……そんなとこ……あん……あぁン……っ!」
 スリットを舌で抉られ、美鈴が、切れ切れに声を上げる。
 那々緒は、ぴちゃぴちゃと音をたてながら、愛する妻のラビアを舐めしゃぶった。
 熱い愛液が、あとからあとから溢れ出て、那々緒の口元を濡らす。
「ちゅば、ちゅぶぶちゅぷ、ちゅぱっ……ぷふっ……美鈴さん、すっごい溢れさせてる……」
「い、言わないでっ……! 恥ずかしすぎますゥ……」
 美鈴が、目尻に涙を溜めながら身をよじる。
「美鈴さん、可愛いよ……もっと気持ちよくしてあげるね……」
 言って、那々緒は、クリトリスを隠すピンク色の包皮に尖らせた舌先を当て、くすぐるように震動させた。
「キャッ……! ひっ、ひいんっ! あひっ! やあああっ! ダメっ! そこダメぇ〜っ!」
「ふふふ……美鈴さん、やられっぱなしだね……ちゅぱちゅぱちゅぱ……」
「あうううっ……そ、そんな……そんなことないですっ……あひ……はひぃ……」
 ヒクヒクと体を震わせながら、美鈴が、舌先をペニスに触れさせる。
 だが、初めての本格的なクンニリングスによる快楽に喘ぐ美鈴は、それ以上の有効な反撃を行えない。
「それだけじゃなくて……お口の中に咥えてみて」
「あう……こ、こうれふか?」
 美鈴が、その小さな口に、那々緒の肉棒の先端を含む。
「んっ、そう……はぁ……奥まで咥えてくれると、もっと気持ちいいんだけどな……」
「んむ……わ、わかりまひた……んむむむ……」
 意外なほど素直な気持ちで、美鈴は、夫の肉棒を口の中深くに迎え入れた。
 固く脈打つペニスが口内を占めていく感触に、なぜか、ぞくぞくとした快感が湧き起こる。
「美鈴さんの口……ぬるぬるしてて、とってもいいよ……」
「んっ……ちゅぶ……ほ、ほういうほほ、言わらいふぇふふぁはい……んむぅ……」
 口の中に夫の分身を収めたまま、美鈴がくぐもった声で抗議する。
「ふふっ……じゃあ、続きだよ……」
 那々緒は、左右の手で秘唇を割り広げるようにして、その部分を縦横に舐め回した。
「んむっ! んふうっ! ふほっ! んふぅ〜!」
 ペニスを口に含んだ状態で、美鈴が喘ぐ。
「んふうっ! あふ! おうううン! おふっ! おほぉ……んむっ、ちゅぶぶ……んむぅ〜!」
 美鈴の口の端から、たらたらと唾液が溢れる。
 美鈴は、手でアナルを隠すことさえ忘れて、両手をシーツに突き、崩れそうになる上体を支えた。
 そして、意地になったようにペニスを咥えたまま、切なそうにふんふんと鼻を鳴らす。
「はぁ……美鈴さん……そのまま、唇をきゅって締めて……」
「ん……ちゅぶぅ……」
「あぅ、そ、そうそう……それで、そのまま、頭を上下に動かしてくれるかな……?」
 言われるままに、美鈴は、唇で那々緒の肉竿を扱き始めた。
「ああぁ……いいよ……舌も動かしてくれるとなおいいんだけど……あうっ……!」
「んむっ、ちゅぶ、んむむ、ちゅむう、んっ、んっ、ちゅぶぶ……」
 美鈴が、那々緒の注文どおりに、フェラチオをする。
 口を性器のように使われていることに対する倒錯的な快感が、恥ずかしさと相まって、美鈴の胸の内をざわめかせる。
「んっ、ちゅぶ、んむむ、ちゅっ……ちゅぶ、ちゅぶぶ、んちゅ、ちゅむう……っ」
「はぁ、はぁ……すっごくいい……あむっ」
 那々緒が、目を閉じて、美鈴の股間に歯を立てないようにかぶりつく。
 そして、那々緒は、美鈴の股間のあちこちを、音をたてて吸引した。
「んむっ! んふううううぅ〜っ!」
 すでに勃起していたクリトリスを吸い上げられ、美鈴が悲鳴のような声を漏らす。
 だが、那々緒は、容赦することなく、敏感な肉の真珠に対する責めを続けた。
「んはっ! あっ、あああああっ! ま、待ってっ! 那々緒さんっ! あうんっ! あひっ! ひいいいン!」
 とうとうペニスから口を離してしまった美鈴が、必死に制止する。
 だが、那々緒は、その声が聞こえていないかのように、口による愛撫を執拗に続けた。
「ちゅぱちゅぱちゅぱちゅぱ……ちゅぅ〜っ……ふふ、美鈴さんのお尻の穴、ひくひくしてる♪」
「いやあああぁ〜!」
 美鈴が、那々緒の言葉に悲鳴を上げながら、とぷっ、と新たな蜜を溢れさせてしまう。
「このままイかせてあげるね……ちゅじゅじゅじゅじゅじゅっ……!」
「あうっ! あっ! きゃひいいン! ダメですっ! ダメえぇ〜!」
 体の中で、快楽の水かさが増していき、外に溢れ出そうな感覚――
 その先にあるまばゆい光が、美鈴の全身を包み込む。
「あああああああああああああッ! イクっ! イクうっ! イクううううううぅーっ!」
 その瞬間、美鈴は、これまで那々緒に教え込まれた通り、はしたなく自らの絶頂を告げてしまった。
 ひくっ、ひくっ、ひくっ、ひくっ……と、那々緒の上で、美鈴の小さな体が痙攣する。
 そして――美鈴は、ぐったりと全身を弛緩させてしまった。
 那々緒が、そんな美鈴を、うつ伏せの格好のまま、そっとベッドに横たえる。
「美鈴さん、お尻上げて」
「は……はい……」
 意識を朦朧とさせながら、美鈴は、夫の言葉に従った。
「あぁン……恥ずかしいですゥ……」
 自らが、普段なら絶対にしないようなポーズをとっているという自覚はあるものの、今の美鈴には、なぜか那々緒に逆らう気持ちが丸きり失せてしまっている。
「可愛いよ、美鈴さん……このまま、僕のを入れてあげるね」
「ああぁ……はい……入れて、ください……」
 美鈴が、言葉にして夫の挿入を求める。――それは、彼女にとって初めてのことだった。
 那々緒が、美鈴のウェストに手をかける。
 んく、と那々緒が生唾を飲む音を、美鈴は聞いた。
「いくよ……」
 そう言って、那々緒は、ゆっくりと腰を前進させた。
「あっ……あくううううううっ……あひ……はひいいいいン……」
 体の中を夫の一部で満たされていく感覚に、美鈴は、素直な歓びの声を上げていた。 
「美鈴さんの中、あったかい……」
「やあぁン……そ、そんなこと言っちゃダメです……」
 美鈴は、シーツに顔をうずめるようにして声を上げた。
 那々緒が、ゆっくりと抽送を始める。
「あうっ、あっ、あぁっ、あく、ああぁっ……!」
 美鈴の喘ぎが、那々緒の動くリズムと同調する。
「はぁ、はぁ……ふふ……こういう格好でするのも刺激的でいいでしょ?」
「やあぁン……し、知りませんっ……こんなの……こんなの恥ずかしいだけです……あっ、あふっ、あふうン、はひぃ……!」
 口ではそう言いながらも、美鈴の頬は上気し、その声は甘くとろけていた。
 肌はほとんど重なることなく、ただ粘膜だけが擦れ合う。
 羞恥と屈辱を感じながら、その感情の強さに比例するように、性感と興奮も高まっていく。
「あふっ、あああっ、あひ、はひいいン……! あああっ……は、恥ずかしくて、おかしくなっちゃいそうですっ……はひいいン……!」
「ふふふっ……美鈴さん、どーぶつの格好で犯されて感じちゃってるんだ?」
「あああっ、イ、イヤああぁっ……!」
 那々緒のソフトな言葉責めに、美鈴が敏感に反応を返す。
(ああ……私、犯されてる……? 那々緒さんに犯されてるの……?)
 その言葉が含む暗い響きが、美鈴の感じる快楽に危険な彩りを加える。
「可愛いよ、美鈴さん……もっともっと気持ちよくなっていいんだからね……」
 そう言いながら、那々緒が腰の動きを加速させる。
「あああン! ダメっ! ダメですううっ! そ、そんなに……あうン! あン! ああぁン!」
「ああ、すごい……もっと美鈴さんのエッチな声聞かせて……!」
「あううううっ! 許してっ! 許してくださいっ……! ああぁン……! あひっ! あひいいン! そ、そんなに苛めないで……ああああぁッ!」
 美鈴の高い声が、二人の肌と肌がぶつかるパンパンという音に重なる。
「あうううっ……あひンっ! はひいいいっ……! も、もう、私っ……! あっ、あああっ、あくっ、あひいいいいン……!」
 美鈴の体が、シーツの上に崩れ落ちそうになる。
 ただ、その丸いヒップだけが高く掲げられ、夫の激しい抽送を受け止め続けていた。
 結合部から愛液が溢れ、太腿の内側を伝う。
「もうダメっ! ホントにダメですうぅ〜っ! あひっ! ひいいン! はひ! はひっ! あああっ! あぁ〜っ!」
 那々緒のピストンに合わせて美鈴のたわわな乳房が揺れ、その先端で勃起した乳首が、シーツにこすれる。
 その、痺れるような性感が、膣内の快楽と体の中で共鳴するのを、美鈴は感じていた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……! み、美鈴さん、気持ちいい……?」
 犬か狼のような荒い息の合間に、普段よりもさらに優しい声で、那々緒が訊く。
「あうううっ! イイっ! イイですっ! あはああああっ! キ、キモチイイぃ〜!」
 頭の片隅で、どうしてそんな当たり前のことを訊くんだろうと思いながら、美鈴は絶叫していた。
「あひっ! あン! ああぁン! イイのっ! すごくイイぃ〜! あひ! あひ! も、もう、私、イっちゃいそうですゥ……うあああああああああン!」
「ぼ、僕も……あううっ!」
 ずうん、と固く強張ったペニスが、美鈴の膣奥を圧する。
 その次の瞬間、那々緒は、美鈴の中に激しく射精していた。
「あああああああああ! あっ! あっ! あっ! あっ! イクううううううううううううううううぅ〜!」
 びゅっ! びゅっ! びゅっ! びゅっ! びゅっ! びゅうううううううぅぅぅーっ!
 子宮口に熱い精液を浴びながら、美鈴は絶頂を極めた。
 クンニリングスによる鋭い絶頂とは全く性質の異なる大きな波が、美鈴の全てを押し流す。
「あっ……かはっ……ひゅ……はひぃ……ああぁ……は……ひはぁ……」
 しばらく、呼吸すらままならない、ただ快楽だけの時間が続く。
 そして、美鈴は、半ば意識を失い、シーツの海に沈んでしまった。
 その秘唇から、こぽこぽと泡立ちながら、愛液混じりのザーメンが溢れ出る。
 しばらくして、それを那々緒がティッシュで丁寧に拭い始めたとき……美鈴は、安らかな寝息を立てて眠っていた。



「…………!」
 カーテンの隙間から差し込む朝日を感じ、美鈴はがばっと跳ね起きた。
「えっ……えと……私……?」
 まず、自分が全裸で眠っていたことに気付き、その次に、昨夜の記憶がよみがえる。
 体内に、まだ、あの激しいオルガスムスの余韻が残っているようにすら、美鈴は感じた。
「…………」
 ぽーっと熱くなる頬を、両手で押さえる。
 しばらくそうしてから、美鈴は、那々緒の姿を探して、視線を周囲に巡らせた。
 と、そのタイミングを見計らったかのように、那々緒がドアを開けて顔を覗かせる。
「あ、起きてたんだ。美鈴さん、おはよ♪」
「お……おはようございます……」
 すでにしっかりと着替えを済ませた、いつもどおりの那々緒に、恥ずかしげにうつむいた美鈴が上目遣いの視線を向ける。
「朝ごはんの用意できたから、いっしょに食べよ」
「は、はい……すいません……」
「気にしないで。まあ、美鈴さんほど美味しくできなかったと思うんだけどね」
 ぬけぬけとそう言ってから、那々緒は、意味ありげな笑みを口元に浮かべ、続けた。
「シナモン・ティーも淹れといたよ」
 その言葉を聞いて、美鈴は、手元にあった枕を反射的に那々緒の顔めがけ投げつけてしまった。




あとがき

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