Soft Bind



「は〜あ」
 須々木美鈴は、リビングに掃除機をかけ終わってから、ため息をついた。
 そして、ちら、と壁にかかっている姿見に目をやる。
 低めの身長に、不釣り合いなくらい大きな胸。黒い艶やかな髪をツインテールにしているのは、それが自分の童顔に一番似合うからである。その大きな目は少しだけキツめだが、全体に残るあどけなさが印象を和らげている。
 普段着にエプロンという姿でも、二十歳過ぎにはとうてい見えない。セーラー服など着たら、下手をすると中学生と思われてしまうだろう。
 だが、二十三歳の美鈴は、立派な人妻である。
 新婚一年目。結婚生活には、ほとんどトラブルもハプニングも無い。歓迎すべき事だとは思うが、少し物足りなさを感じているのも事実である。
 二歳年上である夫の那々緒とは、見合い結婚だった。
 もともと、早く家を出たいと思っていた。家族と折り合いが悪かったというわけではないが、両親から独立したいという気持ちが強かったのである。
 那々緒の人柄は誠実で、生活も安定しており、ローンを折半にしてマンションも手に入れた。
 だが、美鈴は、今になって、一抹の物足りなさを感じていた。
「……もう少し、トキメキがあると思ってたんだけどな」
 姿見に向かってそう言ってから、美鈴は一人赤面した。自分の物言いがいかにも幼稚だと思ったのだ。
 そもそも美鈴は、これまで恋愛らしい恋愛をしたことがない。自分が実際は何を求めているのか、美鈴自身にも分かっていないのだ。
「そんなことより、さっさと掃除終わらせないと」
 美鈴は専業主婦ではない。フリーライターといえば聞こえはいいが、早い話が、文章に関する“何でも屋”をやって、収入を家計に入れているのだ。もともとはミステリ小説家志望だったのだが、その方面でのデビューの目処はまだ立っていない。
 今抱えてる仕事の締め切りにはまだ間があるが、早めに取り掛かるに越したことはない。それに、もともと美鈴は家事にじっくり時間をかけるような性格ではなかった。
 美鈴は那々緒の書斎に入った。
 3LDKのマンションのうち一番狭い一室は、現在のところ、那々緒が占有している。そして、それは美鈴も同じである。子供が生まれるまでの期限付きの贅沢だ。
「……?」
 よく整理された本棚や、パソコンラック、収納ケースなどが配置されたその部屋で、美鈴は、ふと掃除の手を止めた。
 パソコンラックの下から、プラスチック製のケースの一部が見えているのだ。どうやらDVDのケースらしい。
 DVDだったら、テレビのあるリビングに専用の棚を置いて、そこに収めているはずだ。
 もしかすると、那々緒は、この部屋のパソコンでDVDを再生し、一人で観ていたのかもしれない。美鈴は、ライターとしての仕事が煮詰まると、深夜に自室にこもって集中的に作業をする。そんな時、那々緒が、一人この部屋で無聊を慰めていたのかもしれない。
「にしても、きちんと片付ければいいのに……」
 そう言って、DVDケースを拾い上げる。
「――!」
 パッケージを見た瞬間、美鈴の童顔が、ひきっ、と固まった。



「ただいまー」
 午後十時前、帰宅した那々緒を、美鈴は無言で出迎えた。
「あ、あれ? 今日は遅くなるから、夕飯は食べてくるって言ったよね?」
 まだ学生らしさの残った顔に焦ったような表情を浮かべ、那々緒が言う。
「那々緒さん」
 美鈴は、ぐっと那々緒を睨み付けながら、言った。
「ちょっとお話があります」
「お話? 何かなあ?」
 那々緒が、玄関に靴を脱いで廊下に上がりながら、言った。
「これです」
 美鈴は、背中に隠してたDVDケースを、那々緒に突きつけた。
 パッケージには、緊縛された女が苦悶と恍惚の入り混じった表情を浮かべており、その周囲には毒々しい色で扇情的な文字が躍っている。
「……えーっと」
「那々緒さんの部屋にありました」
 美鈴の声は、固い。
 那々緒は、しばし美鈴の顔から目を逸らした後、てへへ、と困ったような笑みを浮かべた。
「あーあ、見つかっちゃったかー」
「あーあじゃありませんっ!」
 美鈴は、大きく口を開けて声を上げた。
「ま、待って、待ってよ。そんなに怒らなくても……」
「何言ってるんですか! こんないやらしいものを隠し持ってるなんて……那々緒さん、不潔です!」
「そんな、観てもいないのに決め付けなくても……」
「観なくったって分かります!」
「そうかなあ。観てみたら、なーんだ、大したことないや、って思うかもよ?」
「思いませんっ!」
「そうとは限らないと思うけどなあ〜」
 那々緒は、穏やかながら、どこか挑発的な表情で、真っ赤になった妻の顔を見つめた。
「美鈴さん、そーいうの、観たことあるの?」
「あ、あるわけないじゃないですか! こんなの!」
「だったら、中身も観ないで決め付けるのってひどいよ」
「それは――」
「そーだ。いい機会だから、一緒に観てみない?」
 那々緒は、にっこりと微笑みながら言った。
 まるで、公園への散歩にでも誘ってるような、爽やかな笑顔である。
「い、一緒にって……そんなバカなことできません!」
「バカはひどいなあ」
 そう言いながらも、那々緒は、余裕ありげな表情のままだ。
「美鈴さんって、探偵小説も書いてるでしょ。そーいうのを観るのも、何かの参考になると思うけど?」
「……那々緒さん、ミステリを何だと思ってるんですか」
「あれ、関係ない? よく何とかサスペンス劇場に痴情のもつれとか不倫関係の清算とか出てくるじゃない」
「ミステリとサスペンスは違います」
 そう言いながらも、美鈴の声に先ほどのような力は無い。実際、美鈴は、自分が濃厚な人間関係を描写するのを苦手としていることを自覚していた。
「まあ、何でも勉強だよ。美鈴さんも夕飯は済ませちゃったんだよね? じゃあ、さっそく観ようよ」
 そう言って、那々緒は、ひょい、と美鈴の手からDVDケースを取り上げた。



 確かに、DVDの中身は、美鈴が想像したものとは違っていた。
 想像以上のものだった。
 普段はニュースやバラエティーを映すリビングのテレビが、今は、縄に拘束された体を悶えさせる女を大きく映し出している。
 女は、手足の自由を奪われた状態で、電動の器具によって延々と攻められ続けていた。
 特に、棒状の持ち手の先端に球形に近い震動部分を備えた電動マッサージ器で秘部を攻められると、女は高い声を上げて喉を反らした。
 女を責める男の目的は、ただひたすら、快楽を与え続けることのようであった。
 画面の中の女は、もはや意味のある言葉を発することすらできない様子で、涙と涎を垂れ流しながら体をよじっている。
(す……すごい……)
 美鈴は、衝撃を受けていた。
 女があのような反応を示すこと、男があれほど偏執的に女を攻めること、そして、このような内容のDVDを那々緒が持っていたこと――何もかもが、信じられない。
 自分の部屋のリビングで、クッションに座りながら、美鈴は強烈な非現実感を覚えていた。
 これ以上観ていられない、と思いながらも、那々緒に対する意地と、それとは別の奇妙な感情から、観るのをやめることができないでいる。
「……美鈴さん?」
 不意に、耳元に息を吹きかけられるように声をかけられ、美鈴はびくんと体を震わせてしまった。
「顔、真っ赤だよ」
「そ、それは……」
 いつも通りの那々緒の涼しげな声を憎らしく思いながら、美鈴は声を詰まらせた。
「その……今夜は、ちょっと暑いから……それだけです……」
 顔が火照っているのを自覚していたせいか、美鈴は、そんな言い訳を口にしてしまう。
「そうなんだ。――じゃあ、これ、脱いじゃおっか」
 笑みを含んだような声でそう言って、那々緒は、美鈴の胸元に手を伸ばした。
「ちょっ……!」
 美鈴が何か言いかける前に、那々緒は、彼女のシャツのボタンを器用に外してしまう。
「ま、待ってください……こんな……」
「ううん、待てないよ」
 いつも通りの穏やかな口調でそんなことを言いながら、那々緒は、まるで果物の皮でもむくように、美鈴の肩を露出させてしまった。
「那々緒さん……お、怒りますよ……!」
「うーん、怒られるのはやだなあ」
 そう言って、那々緒は、半脱ぎ状態の美鈴の体を抱き締めた。
 そして、にっこりと極上の笑みを浮かべてから、妻の唇を奪う。
「ん……!」
 甘いキスの感触に、美鈴の体から、一瞬力が抜けた。
 那々緒が、そんな美鈴のシャツをさらにずり下ろし、ブラに包まれた乳房を露出させる。
 シャツのボタンは、全てが外された訳ではない。その上、まだ腕が袖に残っているため、美鈴は上半身の動きを大きく制限されていた。
(う、うそ……)
 両手を、自由に動かすことができない。
 そのことを意識した瞬間、じゅわっ、とショーツの中の湿り気が増した。
(そんな……どうして……?)
 抱きすくめられ、キスをされながら、那々緒の腕の中で身をよじる。
 もちろん、そんなことで、この夫の変則的な抱擁からは逃れられない。
 部屋に、DVDに記録された女の喘ぎ声が、再生され続けている。
(ああぁ……私……私……どうしてこんなに……)
 頭の芯が、痺れるような感覚がある。
 そして、美鈴は、いつしか、無意識のうちに太腿をこすり合わせるようにしていた。
「……ん……ちゅむ……ちゅ……んむ……ちゅぱっ」
 ようやく、那々緒が、長い長い口付けを中断した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……な……那々緒、さん……」
 二人の唾液に濡れた唇を半開きにし、美鈴が、那々緒の顔を見つめる。
「可愛いよ、美鈴さん……」
「っ……! か、可愛いって言わないでください……!」
 美鈴が、虚ろだった瞳の焦点を合わせ、噛み付くように言った。
「どうして?」
「どうしてって……か、可愛いっていうのは、相手を下に見た言い方です!」
 童顔や運動音痴がコンプレックスだった美鈴は、夫に限らず、誰に“可愛い”と言われても、決まってこう抗議する。
 だが、いつもは笑いながら謝る那々緒が、この時は違っていた。
「だって、今夜の美鈴さん、いつも以上に可愛いんだもん」
 そう言って、那々緒が、露わになっている美鈴の首筋に唇を這わせる。
「ひゃうっ……やっ……あああン……イヤです……ああン、イヤぁ……」
「……嫌なの?」
「あ、当たり前ですっ! こ、こんなふうにするなんて……あっ、んくうン……」
「そうかなあ……美鈴さん、心の中では喜んでるみたいだけど……」
 那々緒は、そんなことを言いながら、首筋への愛撫を続ける。
「あン、あふっ、ひゃいいっ……よ、喜んでるわけないじゃないですか……! あっ、あん、あはっ、あく……んくっ……」
 美鈴が、漏れそうになる喘ぎ声を噛み殺しながら、言う。
「気持ちよくないの?」
「んっ……! 気持ちよくなんて……なってませんっ……! あくぅン……も、もうやめてください……!」
「そっか……」
 那々緒が、腕の力を緩め、美鈴の顔を覗き込む。
 普段と同じ顔のはずなのに、那々緒の瞳を見た瞬間、美鈴の心臓は、どきんと跳ねた。
「じゃあ、ここを濡らしたりなんかはしてないよね」
 口元に笑みを浮かべながら、那々緒は、美鈴の股間に手を置いた。
 柔らかなジーンズに包まれた美鈴の下半身が、ひくん、と震える。
「そ、それは……」
「僕だって、美鈴さんが嫌がるようなことは、したくないよ。でも、もし、恥ずかしがってるだけなら――」
 那々緒は、左手で美鈴の体を抱きながら、右手だけで器用にジーンズのホックを外した。
「今夜は、もうちょっと先まで行ってみたいんだ」
「ちょ、ちょっと、那々緒さん……!」
 するりと、那々緒の右手がジーンズの中に潜り込む。
「や、やめ……きゃうっ!」
 突然の刺激が、美鈴の言葉を中断させる。
 ショーツの中にまで侵入した指が、直接、秘唇に触れたのだ。
「すごい……にゅるにゅるになってるよ……」
「やあああっ……ウソ……ウソですっ……!」
「ウソなんかじゃないよ……ふふ……どんどん溢れてくる……」
 那々緒が、秘裂に浅く指を食い込ませ、動かしている。
 たまらない快美感に、美鈴は、思わず体をのけ反らせていた。
「あああ……そんなァ……あうっ、う、うううっ……あはぁっ……!」
「もう、ここ、ぐちゅぐちゅになってる……。僕の指に、美鈴さんのオツユが絡み付いて来るよ……」
「い、いやぁン……恥ずかしいこと言わないでくださいっ……! あん、ああんっ、あはぁ……!」
 強すぎず、弱すぎず、憎たらしくなるほど的確な動きで、那々緒の指が美鈴の快楽を高めていく。
 指先だけでこうも簡単に翻弄されてしまう自分に、美鈴は、悔し涙を滲ませていた。
 だが、なぜか、今感じている羞恥と屈辱が、胸をざわめかせ、頭の芯を熱くしていく。
「ああぁっ……や、やあぁン……! 那々緒さん、やめてぇ……もうダメぇ……!」
「どうして? 気持ちいいんでしょ?」
「だ、だって……だってっ……! こんなの、普通じゃないですっ……! あん、あぁん、あひっ……!」
「うん……僕、普通じゃないくらいに美鈴さんを感じさせてあげたいんだ……。おかしくなっちゃうくらいにね……」
 那々緒が、穏やかな口調のまま、真剣な声で、そんなことを言う。
「あっ、あうっ、んく、んんんっ……そ、そんな……ああぁン……!」
 いつしかジーンズがだらしなくずり下がり、美鈴の両足を戒めるように、膝に絡み付いている。
 美鈴は、自らが着ていた服に拘束されながら、那々緒の愛撫に悶え続けた。
「あっ、あううン……あひ……やっ、やああああっ……あン、あン、あン、あンっ……!」
 DVDから再生されていた女の声は、もはや、美鈴の耳に入っていなかった。
 もう終了してしまったのか、那々緒が再生を停止したのか、それとも単に自分の耳に届いていないだけなのか、美鈴には分からない。
 ただ、自分の恥ずかしい喘ぎ声だけが、頭の中に染み込むように響いている。
「ああああっ……もう……もうダメです……あんっ、ああんっ、あふ……ゆ、許して……もう許してください……あああああン!」
 訳の分からないまま、なぜか、那々緒に許しを請うてしまう。
 夫の腕の中で、今の自分が、どうしようもなく弱い存在になってしまったのだという、恥辱――
 それが、なぜか、熱く火照った美鈴の体を、甘美な痺れで満たしていく。
 涙で滲む視界の中で、いつも優しい夫が、いつも以上に優しい表情のまま、自分をある場所に追い詰めようとしている。
 それは、新婚初夜に処女を失った美鈴にとって、未知の領域だった。
(な……なに、これ……!?)
 体の中で、真っ白な火花がスパークしている。
「あっ……あああっ……も、もう……もう私……あっ、ああああああ……!」
「美鈴さん……」
 耳元で、優しく、そう囁かれる。
「いくんだね、美鈴さん……嬉しいよ……」
「そ、そんな……わ、分かりません……あうっ、あん、ああああああ……!」
「恐がらないで……いくって言ってごらん……ほら……」
 指が、すでに勃起し、包皮から顔を出しているクリトリスを、ぞろりと撫でる。
 その残酷なまでに甘美な刺激が、美鈴を別の世界に跳躍させた。
「あ、ああああぁー! あああぁーっ! 私……私、イクっ! イク、イク、イク、イク、イクーっ!」
 教えられた通り、美鈴が、白い喉を反らして絶叫する。
「あ、あああ……ああああっ……あ……あ……あ……あああああああぁ……!」
 美鈴は、ぎゅっと目を閉じながら、ひくひくと体を痙攣させた。
 その秘裂からは、大量の愛液が溢れ出し、那々緒の右手をぐっしょりと濡らしていた。



「あ……う……」
 美鈴は、しばらく、那々緒にされるがままだった。
 意識を失った訳ではない。しかし、凄まじいまでの衝撃の余韻が、美鈴の思考を停止させている。
 那々緒は、無言で、美鈴の体を抱き抱え、寝室に運んだ。
 そして、そっとベッドの上に横たえ、はだけたシャツを整える。
 那々緒は、美鈴にシャツを着せたままで、その手を上げさせた。
「え……?」
 いきなり、固い感触が、美鈴の左の手首に巻き付く。
「ちょっ……な、何を……」
 抗議する間もなく、もう片方の手首も、それによって戒められる。
 那々緒が、素早く美鈴の両手を拘束したのだ。
「っ……!」
 慌てて手を動かそうとすると、ガキンという音が、部屋に響いた。
「な、那々緒さんっ……! これは……!」
 美鈴が、視線を上に向け、自らの手首を見る。
 美鈴の手首には、小型の革ベルトのようなものが嵌められていた。
 しかも、そのベルト同士はチェーンで接続され、そのチェーンは、ベッドのヘッドボードを支える棒状のパーツを周回している。
 どうやら、前もって枕元に隠していたらしい。完全に計画的犯行だ。
「安心して、美鈴さん。その革手錠は、ソフトなやつだから。金属の手錠みたいに肌を傷つけるようなことはないからね」
 那々緒が、にこやかな顔で、言う。
「あんまり暴れると、その限りじゃないけど」
「じょ、冗談はやめてください……! 早く外してっ……!」
「だーめ」
 那々緒が、くすくすと笑う。
「いいかげんにしてください! こんな、拷問みたいなマネして……本気で怒りますよっ!」
「…………」
 声を上げる美鈴の瞳を、那々緒が見つめる。
「……美鈴さん、さっき、初めていったでしょ?」
 直接関係無いことを、那々緒が言った。
「な……!」
「いつも、僕ばかり気持ちよくなってたから、申し訳なく思ってたんだ」
 那々緒は、ベッドに上がり、中途半端にずり落ちたままの美鈴のジーンズを、するりと脱がせてしまった。
 そして、まるで添い寝でもするように美鈴の隣に横たわり、ショーツに手をかける。
「今夜は、きちんと一緒にいこうね」
「ちょ、ちょっと……こんなことしておいて、何を……!」
「だって、美鈴さん、こういうのの方が興奮するみたいだし」
 そう言いながら、那々緒が、美鈴のショーツをずり下げる。
「僕、こんなこともあろうかと、いろいろ用意してたんだよ」
「用意って……手錠をですか?」
「うん。こういうものもね」
 那々緒は、ポケットから、奇妙な器具を取り出した。
 ピンク色のプラスチックでできたそれは、ペンシルサイズの懐中電灯のようにも見えるが、ややずんぐりしている。
 那々緒は、片手で、そのボディの真ん中辺りをひねった。
 びいぃぃぃぃ……というかすかな音が、夫婦の寝室に響く。
「まさか……」
 それは、バイブレーターだった。美鈴も知識としてはそういう器具があるとは知っていたが、見るのは初めてだ。
「な、那々緒さんっ! どこでそんないやらしいもの……!」
「どこでだって売ってるよ」
 妻の可愛らしい反応にほほ笑みながら、那々緒は、右手に持ったバイブレーターを美鈴の股間に当てた。
「あっ……!」
 じいん……と、甘い感覚が、秘唇から体内へと浸透していく。
「や、やだっ……! いやです……! そんなこと……あうううン……!」
 那々緒の持ったバイブが、美鈴の肉ひだの合わせ目を刺激する。
 治まりかけていた官能が再び高まっていく感覚に、美鈴はうろたえていた。
「あっ、あああっ……だ、だめぇ……そんな……ああン……やめてくださいっ……! うううううン……!」
 美鈴は、どうにかバイブから逃れようとするが、両手を頭の上で拘束されていては、それもままならない。
 美鈴の秘唇が、再び愛液を分泌する。
「はあぁ……や、やぁっ……こ、こんな変態みたいなこと……あっ、あうん……あああっ……!」
「感じるでしょ、美鈴さん……」
 那々緒は、拘束された美鈴の体に寄り添い、その頬や首筋に唇を這わせながら、バイブを持った右手を動かした。
 時に強く押し付け、時に触れるか触れないかという微妙なタッチを保ち、美鈴の性感を高ぶらせていく。
「あっ、あああっ……いやぁン……! 那々緒さんが、こんな人だったなんて……あふっ、あはぁっ……!」
 次第に高まっていく快感に身悶えするたびに、ブラに包まれたままの豊かな乳房が揺れる。
 那々緒は、バイブレーターによる愛撫を続けながら、左手で美鈴のブラを上にずらしてしまった。
 ぶるん、とたわわな双乳が露わになる。
「あああっ、い、いやぁっ……恥ずかしいっ……! あああン……!」
「いつ見てもすごいね、美鈴さんの胸……」
 那々緒は、丸い乳房の頂点にある乳首を、優しく口に含んだ。
「きゃうっ……! あっ、あはぁン……! ダ、ダメぇ……んふううン……!」
 那々緒が、左右の乳首を交互に舌で転がす。
 唾液にまみれた乳首は、たちまちぷっくりと勃起し、じんじんと疼くような感覚を感じ始めていた。
「あああ……あん、あはぁっ……そんな……私の体、オモチャにしないでください……あん、あはぁん……!」
「ふふっ……そんなこと言って……オモチャみたいにされて感じちゃってるんでしょ……?」
「ちがうっ……ちがいますうっ……こ、こんな……あ、あうん、あふ……あああ……ひいいいいン……!」
 美鈴の腰が、本人の意思と関係なく、くねくねと動く。
 その白い滑らかな肌はほんのりと上気し、しっとりと汗に濡れていた。
「あっ……あああア……も、もうだめェ……だめ、だめ、だめ、だめエっ……!」
 クレヴァスに浅く潜り込んだバイブの震動に、美鈴ははしたなく腰を浮かしてしまう。
 と、那々緒は、バイブを美鈴の秘唇から外してしまった。
「あうう……あ、あんっ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「美鈴さん、イキそうだった?」
「ち、ちが……そんなこと……あああン!」
 否定しかける美鈴の秘唇に、再びバイブが押し付けられる。
 緩やかに下がりかかっていた快感曲線が、急角度でまた高まっていく。
「あ、あうううン……あっ、あはぁっ……! は、はふ、あふ、あああン……! くひいいン……!」
 顔を左右に振り、背中をのけ反らせながら、美鈴が快楽の悲鳴を上げる。
 那々緒は、そんな美鈴の反応に満足げにほほ笑んでから、乳首に軽く歯を立て、白い乳房にいくつものキスマークをつけた。
「んあああああっ……! もう……もう私っ……あひいいいン……! あっ、ああっ、あん、あああん……!」
 先程よりも激しく腰を動かしながら、美鈴の体が絶頂に達しようとする。
 だが、那々緒は、またも右手を秘唇から遠ざけてしまった。
「あひいいっ……! あっ、あああぁぁぁ……そんな……ひどいィ……」
 美鈴が、思わず恨むような声を上げる。
「ん、どうしたの? いかせてほしかった?」
 那々緒は、美鈴の頬に頬を寄せながら、優しい声で言った。
「そ、それは……あはぁンっ……!」
 那々緒が、バイブを美鈴の股間に当てた。
 だが、バイブは、焦らすように秘唇の周囲をなぞるだけで、肝心の場所に至ろうとはしない。
「美鈴さん……いきたいんでしょ? だったら、きちんと僕にお願いしなきゃ」
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……や……いやです……そんな恥ずかしいこと……言えません……あああン……」
「強情だなあ、美鈴さんは……。でも、そういう慎み深いところ、好きだよ」
 那々緒は、勃起しきった美鈴の乳首をちゅぱちゅぱと吸いながら、くすくすと笑った。
「じゃあ、口に出して言わなくてもいいよ……。肯くだけでいいからね」
 ひとしきり美鈴の乳首を愛撫してから、那々緒は、赤く染まった美鈴の顔を見つめた。
「……いかせてほしい?」
 クレヴァスの周囲を意地悪く嬲りながら、那々緒が訊く。
(ダメ……肯いちゃダメ……! こんなふうにされて、私の方から求めちゃうなんて……)
 美鈴が、必死で那々緒を睨みつけようとする。
 だが、美鈴の大きな瞳は、官能に濡れ、情欲に潤んでいた。
 一度でも絶頂を経験してしまった体が、那々緒の言葉を拒み切れないでいる。
「どうなの、美鈴さん……いかせてほしいんでしょ……?」
 那々緒が、そう言って、ちゅっ、と美鈴の唇に軽くキスをする。
(ああ……ダ……ダ、メ……)
 こくん――
 美鈴は、童女のように肯いていた。
「うん……いかせてあげるよ……」
 那々緒は、そう言って、美鈴のショーツを完全に脱がし、その両脚を左右に開いた。
 そして、自らの股間のものを露わにする。
「あ……!」
 那々緒のそれは、先走りの汁に濡れながら、逞しくそそり立っていた。
「す……すごい……」
 普段は、恥ずかしさと、かすかな恐れによって直視できないそれを、美鈴は、思わず凝視してしまっている。
「美鈴さんがあんまり可愛いから、こんなになっちゃったよ……」
 そう言って、那々緒が、肉棒の先端を、濡れそぼる秘唇に当てる。
「ん……美鈴さんのここ、柔らかい……」
「いや……恥ずかしい……です……」
 美鈴が、ぷい、と横を向く。
「行くよ……」
 そう、声をかけてから、那々緒はゆっくりと腰を進ませた。
「あ……ああ……あう……あああぁぁぁ……」
 膣道を押し広げるようにしながら、那々緒のペニスが美鈴の中に侵入してくる。
 たっぷりと愛液に濡れているためか、それ以外の理由からか――いつもはかすかな痛みを覚えるその感触が、今の美鈴にとってはたまらない快感だった。
「あうううっ……な、那々緒さんっ……ああああぁぁぁ……っ!」
 どこまでも、どこまでも、ペニスが入り込んでくるような感覚。
 そして――とうとう、那々緒のそれが美鈴の一番奥にまで到達した。
 固く、熱い異物感が、奇妙な充足感を美鈴にもたらす。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……な……那々緒さん……私……あふぅン……」
「動くよ……」
 那々緒が、ゆるゆると腰を使い始めた。
「あ……ああぁ……あく……あン……あン……あン……あン……」
 ピストンのリズムに合わせるように、美鈴が甘い喘ぎを漏らす。
 今まで、美鈴は、那々緒との交わりの中で、精神的な快感しか感じることはできなかった。
 それが、今は、精神的な満足感と、肉体的な快感が、ぴったりと重なっている。
 心とともに、体が、内側から火照り、熱くなっていく。
「あうン、あン、あふうン、あぅう……あン、あン、あン、あン……!」
 那々緒が、次第に抽送のピッチを上げていく。
 膣壁を雁首で摩擦される感触が、そのまま、ダイレクトに快感になり、体を痺れさせる。
「可愛いよ、美鈴さん……すごく可愛い声……僕ので感じてるんだね……」
「あううっ……そ、そんな……知りませんっ……! あうっ、あん、あはぁっ……やああン……!」
 美鈴が、長い黒髪を乱れさせながら、かぶりを振る。
 那々緒は、小さな口を開いて喘ぐ美鈴の童顔に、キスの雨を降らせた。
 そして、背中を丸めるようにして、首筋に舌を這わせ、乳首を口に咥える。
「あひいいいいいいぃんっ!」
 固く尖り、じんじんと疼いていた乳首を強く吸われ、美鈴は甘い悲鳴を上げた。
(あああ……どうして……? こんなに一方的にされて、どうして……どうして、こんなに感じちゃうの……?)
 悔しさとも切なさともつかない奇妙な感情が、胸の中で膨れ上がる。
「すごい……美鈴さんの中、きゅんきゅん動いてるよ……」
 那々緒が、少年の面影を残す顔にうっとりとした表情を浮かべ、言った。
「まるで、僕のを一生懸命こすってるみたい……とっても気持ちいいよ……」
「あああ、いやぁ……そ、そんないやらしいこと言わないでください……! あン、ああぁン、あひぃン……!」
「美鈴さんは、どう……? 気持ちいいなら、きちんとそう言ってほしいな……」
「ああぁっ……言えませんっ……! そ、そんな、はしたないこと……あうっ、あん、あふん……あああああっ……!」
「そう……? でも、いいや……。美鈴さんの顔を見れば、そんなのすぐ分かっちゃうもんね」
「いやああン……! 見ないで……見ないでください……! 私の恥ずかしい顔、見ないでェ……!」
 美鈴が、戒められた手で、必死に顔を隠そうとする。
 那々緒は、その動きによって露わになった美鈴の耳たぶを口に含みながら、いっそう激しく腰を動かした。
「あン! あン! あン! あン! あン! あン! だめっ! それだめェ! ダメ、ダメ、ダメ、ダメ、ダメぇ〜っ!」
 膣奥を那々緒の剛直で連続して小突かれ、美鈴が叫び声をあげる。
 子宮の入り口を突かれる重苦しい感覚が、強い快楽となって、美鈴の頭の中を痺れさせる。
「ダメじゃないでしょ、美鈴さん……いきそうなら、いくって言わなくちゃ……」
「そんなっ……そんなこと……んあああああああン!」
 耳たぶをしゃぶられ、耳の穴に舌まで入れられて、美鈴は体をのけ反らせた。
「あああっ! あひンっ! あンっ! あンっ! あンっ! あンっ! もう……もう、私……ああああっ! ひああああああ〜ッ!」
 美鈴の膣肉がきゅーっと収縮し、粘膜同士の摩擦がより強くなる。
「んっ……! 美鈴さんっ……!」
 那々緒が、美鈴の体を強く抱き締めた。
 反射的に抱き返そうとするが、美鈴の両手は、手錠で拘束されている。
 美鈴は、無意識のうちに、両脚を浅ましく那々緒の腰に絡み付けていた。
 そして、よりいっそう深い挿入をねだるように、ぐっと那々緒の腰を引き寄せる。
「美鈴さん……!」
「あああ……那々緒さん……私……私もう……イク……イっちゃいますっ……!」
 美鈴は、自分でも訳が分からないまま、そう叫んでいた。
「あうっ! あン! あぁン! あンっ! イク……イキますぅ……! あああああ、イク! イク! イク! イクうっ!」
 せわしなく息をつきながら、美鈴が、自らが絶頂に達しつつあることを告げる。
 那々緒は、目を閉じ、妻の唇に唇を重ねた。
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんン〜ッ!」
 美鈴が、絶頂に達した。
 膣肉が激しく痙攣し、那々緒の肉棒を搾り上げる。
 一瞬遅れて、那々緒は、美鈴の体をきつく抱き締めながら、その膣奥に射精した。
「ンあああああああああああああああああああああああぁ〜ッ! イクっ! イクうっ! イクうううううううううううう〜っ!」
 美鈴は、白い喉を反らせて、絶叫した。



「あ……う……」
 美鈴が目を覚ますと、すでに、両手の拘束は解けていた。
 上半身の服は整えられているが、下半身は、タオルケットをかけられただけで、まだ剥き出しだ。
 隣で、那々緒が、美鈴の髪をすくようにして弄んでいる。
「那々緒さんっ……!」
 美鈴は、大きな声で何か言いかけ、そのまま口を閉ざした。
 最初はどうあれ、途中、挿入をねだったのは自分なのだ。
 にもかかわらず、那々緒の行為を非難するのは、美鈴のプライドが許さない。
 それでも、整理しきれない感情を視線に込め、美鈴は、那々緒の顔を睨みつけた。
「……美鈴さん、可愛い♪」
 那々緒は、にっこりと笑って、美鈴に言った。
「わ……私のどこが、可愛いんですか?」
 美鈴は、むっとしたような顔で、言った。
「うーん、ぜんぶ可愛いんだけど……」
 那々緒は、横になったまま、美鈴の小さな体を抱き寄せた。
「自分の可愛さにぜんぜん気付いてないとこが、いちばん可愛いかなあ」
「わけ分かりませんよ、それ……」
 そう言いながらも、美鈴は、那々緒の抱擁に身を任せている。
「あ、ところで、僕も前々から美鈴さんに訊きたいことがあったんだけど……」
「……なんですか?」
 美鈴は、那々緒に、上目使いに視線を向けた。
「美鈴さん、どうして僕に敬語使うの?」
 本当に不思議そうな顔で、那々緒が訊く。
「それは……那々緒さんの方が年上ですから」
 美鈴は、さも当然といった顔で、そう答えた。
「……それだけ?」
「そうですよ。もし、那々緒さんの方が年下だったら、口のきき方を変えてもらってました」
 那々緒は、何度か瞬きした後、ぷっ、と吹き出した。
「ぷくくくくっ……み、美鈴さんって面白い……」
「何を笑ってるんですか! 失礼です!」
「だって……くふふっ……あはははははは……あははははははは……」
「も、もう……いやな那々緒さん!」
 美鈴が、那々緒の腕から逃れようと、じたばたともがく。
 那々緒は、ようやく笑うのをやめ、美鈴の体をぎゅーっと抱き締めた。
「可愛いよ、美鈴さん」
「可愛くありません!」
 美鈴が、拗ねたようにそっぽを向く。
 こんな、普段通りの夫婦のやり取りに――美鈴は、どこか安堵を覚えていた。
 しかし、自分は……この夫によって、何かを変えられてしまうかもしれない……。
(あ……)
 きゅん、と胸がかすかに痛む。
 だが、その痛みが何であるのか、結婚するまで恋愛らしい恋愛をしたことがなかった美鈴には、よく分からなかった。



あとがき

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