第2章



 とある土曜日の昼下がり、僕は、子どものころから使っている机の前に座り込んで、ぼんやりと物思いにふけっていた。
 傷だらけの木製の机の上には、大き目の菓子箱があり、その中に、いくつもの部品が雑然と収められている。
 損傷がひどくて、ミミコの体から取り外したパーツである。
 僕は、そのうち一つ、もともとミミコの右前腕部のフレームだったものを取り上げた。アンドロイドの骨組にあたる、軽くて頑丈なその部品は、恐ろしい負荷がかかったらしく、奇妙に歪んでいる。
 チタン合金で作られたそれには、いかなるメーカーの刻印も無かった。つまり、誰か――ミミコの製作者が、素材から削り出したということだろうか。
 だが、そんなことをするためには、超音波グラインダーとか高速水流研磨機なんかが要る。そうまでして、アンドロイドをフレームから手作りすることにこだわるなんて人は、業界全体でも、そう何人もいないだろう。
 それだけではない。ミミコのパーツは、どれ一つとっても、そうとう手が込んでる。
 特に、フェイス系や音声系の出力装置、つまり表情や声の凝りようは、ちょっと異常なくらいだ。涼香お嬢さんのセリフじゃないけど、すごくマニアックな感じ。
 そのくせ、モーターのようにメーカーが指定できるような部品は、意外と古い。悪い品を使ってるわけではないが、かなり年代もののパーツばかりなのだ。
(総合すれば、ミミコは、けっこう以前……少なくとも十年以上前に、マニアックなアンドロイド職人に丹精こめて作られた、ってことになる、のかな?)
 そのミミコが、なんであんなトコで捨てられ、眠っていたんだろう?
 それを思うと、どうしても冷静な考えが保てなくなる。
「にややーッ!」
 と、すっとんきょうな悲鳴が、僕の思索を中断した。
「ミミコ?」
 僕は、イスを蹴倒しながら、声の方に走った。
「うわあ!」
 洗面所が、泡まみれだった。
 旧式の二槽式洗濯機が、唸りを上げながら純白の泡をぶくぶくと吐き出し、その泡の中でミミコがパニックになってる。
 合成洗剤のきめこまかな泡は、もはや廊下にまで侵入し、思わず立ち尽くす僕の足にまでまとわりついた。
「と、ととと、止まってエ!」
 そう叫び、泡の中に飛び込むようにして、洗濯機のダイヤルに手を伸ばす。
「あ、ダメだよ……!」
 すこん、とあっけなくタイマーのダイヤルが、ミミコの手の中ですっぽ抜けた。例のメイド服を泡まみれにしながら、ミミコがそれをきょとんと見つめる。
 これで、洗濯機を穏当に止めることはできなくなった。
 僕は、勝手口に取って返し、家のブレーカーを落とすことにした。

「ふみ〜、ごめんなさイ〜」
 一通り洗面所と廊下の掃除を終わらせた後、ミミコはしょんぼりと言った。ネコのそれを模した耳までが、元気無く伏せられてる。
「ん、まあ、その……」
 僕は、ちょっと慰める言葉が思いつかなかった。
 ミミコが、洗剤の量を間違えるのは、これで三度目なのだ。さらに、その後で洗濯機のタイマーを壊してしまうのも。
「相性が悪いんだね、あの洗濯機と」
 沈んでるミミコを見てると、怒ったり叱ったりする気にもなれず、僕は笑いながら言った。
「ミミコ、あの洗濯機と仲良くしたいのにィ」
「じゃ、片想いだ」
 僕の下手な冗談に、ミミコはちょっと笑顔を取り戻した。
 が、その微笑みも、すぐ消えてしまう。
「マスター」
「ん?」
「やっぱあたし、どっか壊れてるんでしょうカ?」
「……」
 僕は、つい黙り込んでしまった。
 洗濯機の件だけじゃない。ミミコは、他の料理はきちんとできるのに、目玉焼きだけはいつも失敗した。ホウキもチリトリもゾウキンも扱えるのに、トイレ掃除だけはからきしダメなのである。
 確かに、正常なアンドロイドであれば、同じ失敗を繰り返すことはまずありえない。ミミコは、記憶装置に重大な障害を抱えてる可能性がある。
 僕の顔を見つめるミミコの顔は、すごく不安げだった。
「気にしないでも、だいじょぶ」
 ぽふ、と僕はミミコの頭に手を乗せた。
「どこか悪いところがあっても、僕が直してあげるよ」
「……マスター」
 じわっ、とミミコのおっきな目が涙で潤んだ。



 その夜、僕は、敷かれた布団の上に座り込み、膨大なプリントアウトの束をにらみつけていた。
 ミミコのシステム・モニタである。
「……ダメだ」
 ごろん、と僕は布団の上に転がった。
 パーツ組みは好きだし、まあ得意な方だけど、ソフトウェア関係は苦手だ。ごちゃついた幾つものグラフや数字の羅列は、僕にほとんど何も語りかけてこない。
 所詮、僕は、高等数学ができなくて挫折したエンジニア崩れなのだ。父親や師匠のようには、なれやしない。
 それでも、何かが、ミミコの記憶の再生を妨害しているのは確かだった。それさえ解消できれば、色々な問題が一挙に解決すると思うんだけど……。
「お嬢さんに、相談するか」
 アンドロイドのマスターとなった以上、ミミコの世話はできるだけ自分でしたかったんだが、そうも言ってられない。
 僕は、天井の丸い蛍光灯を眺めながら、とろとろとまどろんだ。

 気配を感じて、僕ははっと目を覚ました。
 ミミコの逆さまの顔が、僕の顔をのぞきこんでる。
「あ、ゴメン、メンテナンス・ベッドの準備、してなかったね」
 そう言って、僕は体を起こそうとした。
 その僕の両肩を、ミミコがそっと押さえる。
「ミミコ?」
「マスター……お願い、あるんでス」
「?」
 ミミコの声が、なんだか震えている。
「ミミコと……セックスしてほしいんでス」
「な……」
 僕は、しばし絶句してしまった。
「な、な、何言い出すの? ミミコ……」
 ようやく、そんなことを言いながら、ミミコの両手から逃れ、のろのろと体を起こす。
「ミミコのこと、おかしてほしいんでス」
 奇妙に真剣な顔で、ミミコが僕の顔を見つめる。
「……なんでか分からないけど、そーすれば、何か思い出せそうな気がするんでス」
 自分なりに、記憶を失っていることを気にしていたのか、ミミコは、そんなことを言い出した。
「そ、それに、ミミコのアソコ、マスターのおちんちん、すっごく気持ちよくできるんですヨ」
 そう言って、ミミコはほにゃ、と笑った。
「ミミコ……」
「おねがいでス……このままじゃ、ミミコ……また捨てられちゃウ……」
 その、無理して作った笑顔のまま、ミミコはぽろぽろと大粒の涙をこぼした。
 僕は、どうしていいか分からず――恐らく、一番適切な行動をとった、と思う。
 両手を伸ばして、ぎゅっ、とミミコのことを抱きしめたのである。
「マスター……」
 ミミコが、僕にしがみついてくる。
 僕は、ちら、と机の上の菓子箱に目をやった。ミミコから取り外したパーツの入った箱に。
 そして、視線をミミコに戻す。
「ミミコは、それで安心するの?」
 ネコ耳にそう囁きかけると、腕の中のちっちゃなミミコが、こくんと肯く。
「えっと、でも……僕、経験ないから……」
 口ごもる僕に、顔を上げたミミコはにっこり微笑んだ。
「やり方は、ミミコ、知ってまス」
「そ、そう?」
「まずは……服を、脱ぐんでス」
 大真面目にそう言うミミコに、僕はちょっと苦笑する。
 そして、情けない話だが、覚悟を決めるために、僕は深呼吸をした。
 でも、動悸は、どくどくと馬鹿みたいに落ちつかない。その落ちつかない心を抱えたまま、僕は、ミミコのタイを留めるおっきな鈴の飾りを外した。
 そして、背中に手を回して、エプロンの結び目をほどこうとする。
 手が震えて、なかなかうまくいかなかった。あーもう、手先が器用なことだけが取り柄なのに!
 なんとかエプロンを脱がせ、青いワンピースのボタンを外していく。
 ミミコは、されるがままだった。そして、ボタンがすべて外されると、我慢できなくなったみたいに僕の胸に両腕を回し、すりすりと頬ずりをしてくる。
 柔らかな胸が、僕のお腹のあたりに当たってた。
 僕は、かなり努力してミミコの体をそっと離し、ワンピースを脱がして、下着だけにする。
「今度は、マスターが脱ぐ番でス♪」
 いつものペースを取り戻した感じのミミコが言った。そして、子どもにそうするみたいに、両手を持って僕を立たせる。並んで立つと、小柄な僕の肩の高さに、ミミコの頭がある。
「ン……」
 僕とミミコは見つめ合い、そして唇を重ねた。通算四回目。
 ちゅっ、ちゅっ、と小さく音をたてながら、僕たちはキスを繰り返す。その間にも、ミミコは僕のシャツのボタンを外していった。
「ンはァ……」
 そして、名残惜しげな声を出しながら、ミミコはちょっと身を引き、僕のベルトをかちゃかちゃと外した。それから、僕のズボンをずり下げながら、立ったままの僕の前に跪く。
「マスター……」
 熱っぽい口調でそう言いながら、ミミコはテントを張った僕のトランクスをふにふにとまさぐった。
「んぁ……」
 それだけで、僕の足から力が抜けそうになる。
 そんな僕のトランクスを、ミミコは慎重な手つきでずり下げた。解放された僕の欲棒が、その拍子にひょこん、と動く。
「あハ……マスターの……すっごく元気になってますゥ……」
 急角度で上のほうを睨んでる僕のソレに、そっと両手を添え、ミミコはちろっとピンク色の舌を出した。
 そして、てろっ、てろっ、てろっ、と丁寧に竿の裏側を舐め上げる。
 射精に追いこむような強い刺激じゃないけど、その柔らかな感触と、ミミコの上気したような顔は、僕のソレにますます血液を充填させていった。
 自然に、息が荒くなっていく。
「……いちど、出しちゃいまス?」
 ミミコの幼い顔が、ひどくあけすけなことを、上目遣いで訊いてくる。
「そのほーがイイですよネ。あとで、うンと楽しめますもン」
 一人、そう言って納得し、ミミコは僕のペニスをぱっくりと咥えこんだ。
「あ……」
 僕は、立ったままで女のコに排尿器官をしゃぶらせるというシチュエーションに、なんだかひどくいけないことをしているような感覚をおぼえていた。
 その罪悪感が、腰が砕けそうな快感とともに、ぞわぞわと這いあがってくる。
 ミミコは、口内にたっぷりと唾液をため、それをなすりつけるように、舌を大胆に僕のシャフトに絡みつかせた。そして、えぐれたカリ首のあたりを舌先でなぞり、亀頭の部分を舌の裏側で柔らかい部分で撫でまわす。
「ン……ンふ……ふン……んんン……」
 ミミコは、いつしか僕の腰に両手を添え、じゅぷじゅぷと卑猥な音を立てながら、頭を前後させていた。
 そのミミコの頭に、僕は、ほとんど無意識に両手を置く。
 おっきな目をつむり、眉を八の字にした切なげな表情で、頭をねじるようにして、ミミコが僕を追い詰めていった。
(ああ……また、ミミコの口の中に出しちゃう……)
 僕の股間のソレから出る粘液を、ミミコの口の中にぶちまけ、飲ませてしまう……。
 それは、ものすごくひどいことだと思う。なのになぜか、ミミコを制止することができないのだ。
 ミミコがけなげであればあるほど、そんなミミコの可愛い口を、自分の精液で汚したいと考えてしまう。
 罪の意識がブレンドされた快美感は、強烈だった。
「ぅあああああッ!」
 僕は、ほとんど前触れなしに、ミミコの口腔に、自分でも呆れるくらい大量のスペルマを放っていた。
「んぶッ?」
 さすがに、ミミコが、くぐもった声をあげる。
 しかし、僕の射精は止まらなかった。
 どくっ、どくっ、どくっ……と、ペニスが律動するたびに、白濁した液体がミミコの口内に溢れ、唇の端から滴る。
 それでも、ミミコはなんとか口の中の粘液を飲み下そうとした。
「んくっ、んくっ、んくっ……」
 ミミコが、その細い喉を鳴らしながら、一生懸命、僕の精液を飲んでくれているのが伝わってくる。
 最後に、僕の敏感になった亀頭をミミコが吸い上げ、尿道に残っていた欲望のなごりをちゅるるん、と吸い取ったとき、僕はたまらずへたりこんでしまっていた。
「んにゃー……っ」
 ミミコは、下着姿で正座したまま、満足げな声をあげた。
「ご、ごめんね……」
「ふに?」
「また、口の中に出しちゃって……」
「そんなことないでス。ミミコ、おしゃぶり好きですから♪」
 ミミコが、裏表のない表情で、にっこりと笑う。
 僕は、膝立ちの姿勢で、そんなミミコの肩に両手を置いた。そして、自分の方に引き寄せる。
「んふゥ……」
 ミミコが、安心したような吐息を漏らしながら、僕の胸に顔をうずめる。
 僕は、右手をミミコの形のいいあごに当て、顔を上に向かせた。
 そして、自分でも訳の分からない情動に突き動かされるまま、ミミコと唇を重ねようとする。
「マ、マスター……? んむぅ……」
 ちょっと抵抗するミミコの口を、強引に口で塞いだ。
 自分が出したものの味は、正直、かなりイヤなものだった。
(ミミコは、こんなモノ、飲んでくれたのか……)
 まだ残ってる、その不快な味を清めるような気持で、僕はミミコの口の中を舐めまわした。
「マスター……」
 口を離すと、ミミコは不思議そうな顔で、僕の顔を見上げてる。
 そんなミミコに再びキスすると、今度は、おずおずといった感じで、舌を絡めてきてくれた。
 絡みつく舌の感触と、唾液の湿った音、そして自分の精臭に、なぜか異様な胸のざわめきを覚えてしまう。
 僕は、くらくらするほど興奮しながら、ミミコの胸に手を重ねていた。
 柔らかく弾力のある半球型のふくらみを、やわやわとブラの上から揉みほぐす。
「んん……ンむむ……んふ……ふゥ〜ん……」
 ミミコが、甘えるような鼻声をあげた。
 僕は、たまらなくなって、ミミコのブラをずり上げ、手に余るくらいの大きさのおっぱいを、じかに揉みしだいた。余裕のない、乱暴な愛撫。
「ンぅっ!」
 ミミコが短い悲鳴をあげて初めて、僕ははっと我に返った。
「あ……痛かった?」
「ちょ、ちょっと……でも、平気でス」
 そう言った後、ミミコは悪戯っぽい顔で、僕の股間にそっと手を伸ばした。
「かたく、なってまス……」
 ミミコに指摘されるまでもなく、僕のソコは、再び浅ましく静脈を浮かせながら勃起していた。
 そんな僕のペニスをそっと撫で上げた後、ミミコは、ブラを外し、そしてショーツを脱いだ。座ったまま、純白のパンツを脱いでるその姿は、なんだか妙に幼くて可愛らしい。
 ミミコが、全裸になった。
 主要な関節部分に人工皮膚の継ぎ目があることと、肩甲骨のところが歪んだ三角形のメンテナンス・ハッチになっていることを除けば、ミミコの体は、外見上、人間と全く変わらない。
「準備完了、でス」
 ミミコは、僕の首に両腕を絡めながら、そんなことを耳元で囁いた。
「きて……マスター……」
 言われて、僕はミミコを布団の上に横たえ、体を重ねた。
 僕の体の下にあるミミコの体が、頼りないくらい小さく感じられる。豊かな胸の膨らみが、ちょっとアンバランスな感じ。
「マスター……」
 ミミコは、恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも、両足を開き、そして、僕のペニスにそのちっちゃな両手を添えた。
「にへへ……」
 照れたような笑みを浮かべるミミコの表情が、なんだかいつもよりぎこちない。
「ちょっと、緊張しまス……新しいアソコ使うの、初めてだし……」
「ミミコ……」
 そう、ミミコのその部分は、換装されている。
 ミミコの部品の中で、最も酷使されていたのは、その部分だった。ろくなメンテもされずに乱暴に使われた痕跡がありありと残るそれが、すごく痛々しかったことを、僕は鮮明に憶えてる。
「ミミコ、マスターがはじめての人で、嬉しいでス♪」
 そんなミミコの言葉に、かっと頭に血が上り、胸が熱くなり……そして、その血液はすべて股間のモノへと集まっていった。
 自分でも分かるくらいに、さらに硬く、熱くなったそれを、ミミコの手に導かれるまま、その部分にあてがう。
「ぁ……」
 僕は、思わず声を漏らしていた。
 その表面はぷにゅぷにゅしてて、予想外に柔らかい感触だった。
 僕は、牡の本能に突き動かされるように、ミミコの両肩をしっかりとつかんで、ぐい、とその柔らかな花弁の中央に、一気に腰を進ませた。
「ンはううううッ!」
 ミミコが、辛そうな声をあげた。
「だ、だいじょうぶ? ミミコ」
 熱く濡れた何かが、僕のソレに絡みつき、きつく締め上げている。その感触をより深く味わいたいという切迫した衝動を必死になだめながら、僕は訊いた。
「だ、だいじょぶ……ですゥ……」
 眉根を寄せ、ぎゅっと目をつむりながら、けなげにミミコが言う。
「ま、まだ……なじんで、ない、だけで……ガマン、できまス……」
 でも、言葉の間に漏れる喘ぎが、ほんとに苦しそうだ。
「……うンと、乱暴にしてくださイ……マスター……」
「えっ?」
 驚いた声をあげる僕の顔を、涙で潤んだおっきな目を開いたミミコが、見つめる。
「そうすれば、なにか、思い出せるような気がするんでス」
「そんな……」
 そん、な……こと……
 ――そんなことが、できるものか。
 僕は、ゆっくりと、細心の注意を込めて、可能な限り優しく腰を動かした。
「あ、ンああッ? マ、マスター?」
 ミミコが、うろたえたような、可愛い声を漏らす。
「ダ、ダメ、優しくしないで、くださイ……ミミコ……気持ちよくなっちゃウ……」
「気持ちよくなってほしいんだ、ミミコ」
 僕は、ミミコのからだをぎゅっと抱きしめた。胸の下で、ミミコのおっきくてやわらかなおっぱいが、形を変える。
「で、でも、でもォ……」
「僕、ミミコに、感じてほしいんだよ」
 喘ぐような声で、ミミコのネコ耳にささやきかける僕。
「あ、ンはぁ、あああン♪」
 僕のぎこちない抽送に、ミミコの小さな体がびくびくする。でもそれは、初体験である僕にもはっきりとわかる、快楽に対する反応だった。
「いいんだ、昔のことなんか忘れて……」
 うわごとのように、僕は言う。
「……マス、ター?」
「いいんだよ……思い出さなくても……ずっと、僕のそばにいて……」
「う……嬉しい、嬉しいですウっ」
 ミミコの細い足が、くいっ、と僕の腰を捕まえた。
「ミミコ、嬉しいでス……嬉しくて、気持よくて……こんなの、はじめてですウ……!」
 じん、と僕の胸が熱くなった。
 ――今、僕とミミコが、同じ悦びを共有している。
 それは、何かの錯覚なのかもしれない。だが、これが錯覚であるならば、僕は世界のあらゆる真実を敵に回してもいい。――大げさだけど、そう思った。
 ミミコのそこが分泌する液が、二人の粘膜を淫靡に潤し、僕の抽送をどんどん滑らかにしていく。
「ン、ンぁぁあ! にゃあああああッ!」
 次第に、腰の動きが速くなっていくのが、自分でも制御できない。
 でも、ミミコはもう苦痛を訴えなかった。切なそうに眉を寄せてはいるけど、唇は半開きになり、目元がぽおっと染まってる。
 ミミコの言い方を借りるなら、つまり、なじんできたのだろうか。
「き、きもちイイ……マスター……きもち、イイですゥ……っ」
 夢中になって腰を動かす僕に、ミミコが喘ぎながらそう言う。
「ぼくも……きもちいいよ……ミミコ……」
 粘膜と粘膜が、熱くこすれあう快感を、僕も素直に口にする。
「うれしい……ですウ……」
 ミミコの目尻から、ぽろ、と大粒の涙がこぼれた。
「あ……ヘン……うれしいのに、なみだ、でちゃウ……」
「ミミコ……」
 僕の腕の中で、快感に震えながら涙をこぼすミミコが、限りなく愛しい。
 その感情はますます僕の血を熱くさせ、そして、ますます僕の欲望を膨れさせていった。
 その欲望の命じるまま、僕は、叩きつけるような勢いで、激しい動きをミミコの体内に送り込んだ。
「ンはああああああああああああああああッ!」
 ミミコの高い声が、脳を痺れさせる。
 その痺れが、全身を貫き、そして、あっと思ったときには――快感の奔流となって僕のペニスを駆け抜けた。
「ンくううッ!」
 僕は、深く深くミミコを貫いた姿勢で、ぎゅっとその小さな体を抱きしめ、そして、大量の精をその中に放っていた。
「あ、あ、あッ! ンあ! あああああああああああああああああああああああアーッ!」
 びゅくっ、びゅくっ、と僕のペニスがきつく柔らかな靡肉に包まれたまま律動し、その度にどくどくと精液をミミコの体の最深部に注ぎ込んでいく。
 腕の中のミミコが、その体を弓なりに反らせ、ぴくぴくと可愛く痙攣した。
 しばらく、僕とミミコは動かない。
「ふぅー……っ」
「にはァ……っ」
 ほぼ同時に、僕とミミコは息をつき、ぐったりと体から力を抜いた。僕の、けして厚くない胸板の下で、ミミコの柔らかなおっぱいが形を変える。
「……重くない?」
 ぴくりとも体を動かしたくないような、そんなけだるい快感の余韻にひたりながら、僕はミミコに訊いた。
「へいき、でス……できれば……しばらく……こうしてて、くださイ……」
 うっとりと目を閉じて、ミミコが答えた。

 僕は、生まれてはじめて味わうような幸福感に包まれていた。
 イヤな過去なら、思い出さなくていい。些細な失敗など、今のこの時に比べれば、なんということはない。
 ――その僕の考えは、あまりに甘かった。



「きゃあああああああああああああああああああーッ!」
 悲鳴に、僕は飛び起きた。
 ミミコが眠る、工房からだ。
「ヤっ! イヤあ! ヤダヤダヤダあーッ!」
 メンテナンスベッドで、黄色と茶色のトラじまストライプのパジャマを着たミミコの体が、コネクタに何本ものケーブルをつなげたままで、じたばたともがいてる。
「ミミコ?」
 駆け付けた僕は、ミミコのメイン電子頭脳を緊急起動させた。人間で言うなら、眠ってる人の頬を叩いて目を覚まさせるのに似ている。
 ぶううン……と不吉な機械音が真夜中の工房に響く。
「にゃああああアっ!」
 はっとその大きな目を見開いたミミコが、僕の姿を認め、すごい勢いで抱きついてきた。
 その体が、熱病患者のようにがたがたと震えている。かちかちという硬い音は、ミミコの歯が鳴る音だった。
 感情回路に直結している尻尾の毛も、全て逆立っている。
「ミミコ……何が、どうしたの?」
 未だ、明らかな恐怖に目を見開いたままのミミコに、僕が尋ねる。
「こ、こわい……こわいよオ……」
 年端もいかない童女のような口調で、ミミコがそう訴える。
「こわい……こわい……ゆめ……」
「夢?」
「はい……そうでス……夢……ですゥ……」
 次第に、ミミコの声が落ちついてきた。
 そして、何かに安堵したように、ほーっ、と息をついた。
「よかった……夢、でしタ」
 そして、まだちょっとこわばった感じの、照れ笑いを浮かべる。
(アンドロイドが……夢……?)
 僕は、ちょっと茫然としてしまった。

 そして、ミミコは、このあと何度も、同じように悪夢にうなされるようになったのである。



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