ママははサキュバス



「ごちそうさまでした」
 僕、吾妻大樹は、純粋な感謝の意を込めて、空っぽになったお茶碗を前にして軽く手を合わせた。
「おそまつさまでした」
 沙希子さんが、同じように手を合わせ、しばらく、そのままの姿勢でいる。
 瞼を閉じた、淡い微笑みにも似た表情――その寂しげな顔が、僕に、あることを思い出させる。
 今日は、親父の命日だった。
 ちょうど一年前、僕の親父である吾妻伝助は亡くなった。しかも、沙希子さんとの結婚式の当日、と言うか、披露宴の真っ最中に、である。
 還暦直前に、三十歳も年下の女性と再婚したまさにその瞬間にあの世に行っちまうなんて最高にかっこ悪い。いかにも親父らしいと思ったもんだ。
 だけど、僕は、葬式の時に苦虫をかみ潰したような表情で「一族の恥さらしだ」と吐き捨てた叔父さんを、それはそれは綺麗な右ストレートでKOしてやった。
 親父は確かにかっこ悪い人間だった。花嫁衣装の沙希子さんを前にして、見てられないほどにデレデレし、酒を飲み過ぎたあげく脳の血管を破って、彼女を幸せにする前に自分だけ死んでしまうなんて、男として、これ以上はないほどに無責任でかっこ悪い。だけど、そんな親父の悪口を言っていいのは、家族である僕だけのはずだ。
 とまあ、そんな僕の主張はまるで理解してもらえず、僕を庇ってくれた沙希子さんごと、僕たちは親戚の中で孤立してしまった。もともと、親戚達は、内心では親父の再婚に反対だったようだ。世間体が悪いとか、遺産の取り分が減るとかというだけじゃない。親父のような、いかにも女性にもてそうもない冴えない男が、二度も――自分の母親についてこんなことをいうのも何だが母さんはひいき目を抜きにしても美人だったと思う――美人の奥さんを迎え入れることができたことへの、ひがみややっかみもあったんじゃないかと思う。
 そう、客観的に見て、親父はもてるタイプではなかった。背は低く、腹は突き出ていて、早い時期から頭は禿げ上がり、顔はいつも脂ぎっていた。それに、ことあるごとに卑猥な冗談を飛ばす悪癖があり、職場でセクハラの訴えを受けるようなこともあったらしい。いつも陽気だったのは美点といえば美点だろうが、それだって、ある種の人間にとってみれば不真面目であるようにしか見えなかっただろう。こんな親父が、母さんとの、そして沙希子さんとの結婚にどうやって漕ぎ着けたのかは、大いなる謎である。
 まあ、それはともかく、さっき述べたような事情で、僕と沙希子さんは、一周忌の法要のために親戚を呼ぶなんてこともなく、ごく普通に親父の命日を過ごしたのであった。
「あの、大樹さん」
 夕食の食器を片付けようとした僕に、沙希子さんが、ちょっと思い詰めたような顔で、口を開く。
「何ですか? 沙希子さん」
 沙希子さんの黒く大きな瞳に見つめられ、どきりと心臓が跳ねたのを気取られまいと、僕は、努めて平静な態度を保った。
「え、えっと……そのう……伝助さんが亡くなってもう一年ですね」
「ええ」
「つまり、私達……私と大樹さんは、一年間、い、一緒に暮らしてきたわけです」
「そうですね」
 我ながら、やや慇懃無礼な感じで、僕は相槌を打つ。
「だから……だからですね、その……も、もうそろそろ……ええと……」
 沙希子さんは、ちらちらと僕の方を見ながら、左右の手の指先を、もじもじと触れ合わせた。
 普段の落ち着いた雰囲気にそぐわない、まるで年下の女の子のような仕草に、心臓の鼓動が、妙に早まる。
「あの……お、お……お母さんって、呼んでくれませんか?」
「無理ですよ、それは」
 僕は、言下に沙希子さんの申し出を拒んでしまった。
「私じゃ……駄目ですか……?」
 沙希子さんの瞳が、涙に濡れて光る。
「駄目とか、そういうことじゃないんです」
 罪悪感が胸を針のように刺すのを感じながら、僕は、抑揚のない声で言った。
「だって、その……僕と沙希子さんじゃ十歳くらいしか年が離れてないし、それに、沙希子さん、年齢よりずっと若く見えるじゃないですか」
 何とか空気をこれ以上重くするまいと、冗談めかした口調を作ろうとして――僕は失敗する。
「…………」
「だから、その……やっぱり、沙希子さんって、僕にとってお母さんという感じじゃないんですよ。もちろん、一緒に暮らす大事な家族だっていう意識はありますよ。親父が死んだ後も一緒にいてくれて、家事も色々やってくれて、感謝してもしたりないと思ってます。本当です」
 沙希子さんは、披露宴の前に――つまり、親父が死ぬ前に籍を入れてくれて、去年まで未成年だった僕の親権者でもあった。けど、それは、お役所の書類の上でのことだ。
「僕も、先月で二十歳になりました。そんな僕の母親という立場に沙希子さんを縛り続けるのは、その……かえって沙希子さんに悪いような……」
「――私は、今も、そしてこれからも、伝助さんの妻です」
 穏やかだが、揺るぎのない口調で、沙希子さんが言う。
 僕は、無意識のうちにぎゅっと唇を噛み締め、そして、無言で席を立った。
「大樹さん――」
「すいません、学校の課題があるんで」
 僕は、沙希子さんの顔から視線を逸らし、二階の自室へと逃げ出す。
 椅子に座ったままの沙希子さんが、どれほど寂しそうな顔をしているのか、見なくても分かった。
 そのまま消えてしまいそうなまでに儚い表情――今まで何度も見てきたその顔が、脳裏に再生される。
 深い自己嫌悪に苛まれ、僕は、自分の部屋の真ん中で、自らの頬を張り飛ばした。



 沙希子さんと、死んだ僕の母さんは、似ている。
 年齢差的にまず有り得ないことだけど、一時は、姉妹じゃないかと疑ったくらいだ。それくらい、似てる。
 大きな瞳が特徴的な、ちょっと垂れ気味の優しい目。柔らかな鼻や顎の輪郭。慎ましやかな印象の唇。艶やかな黒髪が、二人とも肩の上辺りで切られた緩いソバージュヘアだというのは、偶然なのか、それとも親父の趣味だったのか。
 とにかく、大人らしく落ち着いた雰囲気なのに、時折、幼い少女のような笑みを浮かべる沙希子さんの顔は、記憶の中にある母さんの顔にそっくりなのだ。
 いや――記憶の中だなんて言って、自分を誤魔化すわけにはいかない。
 僕は、沙希子さんが、母さんと瓜二つだということを、客観的な証拠を使って確かめることができるのだ。
「…………」
 パソコンを起動し、ディレクトリの奥へ、奥へと、進んでいく。
 そこにあるのは、圧縮され、パスワードによって封印された、幾つもの動画ファイルだ。
 電子化された、墓場まで持って行くべき秘密。僕の極めて個人的な原罪の象徴。
 それを再び解放すれば……動画を再生させれば……僕は……。
 いや、ただ単に、浅ましい自涜の欲望に身を任せるようになるだけだ。
 沙希子さんを傷付けた自己嫌悪に、さらに塩をすり込むように、罪悪感を重ねるのか?
 いっそ……パスワードなんて、忘れてしまっていたら、よかったのに。
 けど、僕は、このファイルのパスワードを、一生涯、忘れることはないだろう。
 パスワードが特別なんじゃない。それを解放したときの罪と快楽が、魂に刻み込まれているのだ。
 僕は、しばらくマウスカーソルをファイルの上に置いたまま、体を凍り付かせたように動かない。
 そして――僕は、パソコンをシャットダウンし、いつもより四時間も早く布団を敷いて、電気を消して横になった……。



 十歳になるかならないかの頃に、親父と母さんの夜の生活を、覗き見してしまったことがある。
 その夜――僕は、トイレに起き、それを済ませて一階の廊下を歩いている時に、両親の寝室のドアが細く開いて、そこから淡いオレンジ色の光が漏れていることに気付いた。
 それだけだったら、僕は、普通に自室に戻って寝所に潜り込み、夜中に一度トイレに起きたことすら忘れて、朝を迎えていただろう。
 だけど、ドアの隙間から漏れる、密やかな声と息遣いが、僕の足を止めさせた。
 何らか秘め事が行われ、そして、それをこっそり見ることができる……。子供らしい好奇心で、僕は、両親の部屋のドアに近付き、隙間に目を寄せた。
 その頃の僕には、性的な知識はほとんどなく、精子と卵子がどうやって出会うのかということについて、まるで具体的なイメージがなかった。
 いや、もしある程度の性知識があったとしても、その時に覗き見した光景の意味するところは、分からなかったに違いない。
 親父は、素っ裸で夜具に仰向けになり、脚を開いていた。
 そして、母さんは、やはり全裸で、親父の尻を両手で抱えるようにして、股間に顔を埋めていたのだ。
 母さんが具体的に何をしているのかは、ドアからの角度では、親父の肥え太った体に阻まれ、よく見えなかった。
 それでも、忙しげに動く頭や、時折漏れるやや苦しげな息遣いから、母さんが、親父の股間にあるものに、口で何かをしているのだということは、想像できた。
 それだけでも、当時の僕にはまるで理解不能だったのだが――さらに異様だったのは、親父は、斜めに起こした上体を左腕で支え、右手にハンディカメラを構えて、母さんを撮影していたことだった。
 親父は、あからさまに興奮した顔をして、口元から涎すら垂らしていた。
 そして、普段以上に野卑な口調で、母さんをなじり、、嬲るようなことを言っていたのだ。
 母さんは、親父の下品な言葉に、くぐもった声で柔順に返事をしながら、その行為をさらに続けた。
 綺麗で、上品で、親父とは仲がいいが、締めるところはきっちりと締める、しっかり者の母さんが、あの親父に、いいように弄ばれている。
 行為の具体的内容は分からなかったけど、僕は、その場の雰囲気に、はっきりと興奮を覚え――そして、いつしか、パンツの中に初めての精液を漏らしてしまっていた……。
 ……その時は、何かの悪夢でないかと思っていた二人の秘め事の中味を、今の僕は知っている。
 僕の中学入学直後に母さんが亡くなり、親父は一時、魂の抜け殻のようになった。
 そして、ハンディカメラとその記録メディアを燃えないゴミに出そうとしたのを、僕は、密かにゴミ置き場から回収したのである。
 そこに収められていたのは、ほぼ全てが、母さんと親父の痴態だった。いわゆるハメ撮りビデオだ。
 動画ファイルの中には、あの夜――のものかどうかは分からないが、それとほぼ同じプレイ内容のものもあった。
 親父が仰向けになり、その脚の間に母さんがうつ伏せになり、親父の尻を母さんの両手が抱えている。
 そして、母さんは、その慎ましやかな口を精一杯に開いて、親父のふてぶてしく屹立した男根を咥えているのだ。
「ヒヒヒ、もっと、もっとだっ、咲美っ……!」
 ビデオは、ちゅぱちゅぱという卑猥に湿った音ともに、親父の興奮に上ずったはしゃぎ声を拾っていた。
「もっと舌を使うんだ。それとも、ご主人様のチンボは汚くて気を入れておしゃぶりできないのか?」
「んちゅ、ちゅぱっ、はぁはぁ、そんなことありません……ごめんなさい……」
 親父の理不尽な物言いに、いったんペニスから口を離した母さんが、眉をたわめて謝罪する……。
 母さんの表情と口調の悩ましさ、艶っぽさに、初見の時の僕は、精通を迎えた夜と同じように、パンツの中に射精してしまった。
 そして、僕は、中学、高校と、両親の痴態を見ての自慰を繰り返すようになった。
 エロ本やエロビデオなど、入手しようとさえ思わなかった。変わったことと言えば、高校の進学祝いに買ってもらったパソコンに画像ファイルを移し、ビデオカメラの液晶画面より段違いに大きなディスプレイに、二人の絡みを映すようになったことくらいだ。
 親父と母さんのプレイ内容は、多岐にわたっていた。時には器具を使ったり、縄で縛ったりすることもあった。そして、どんなことをされても、母さんは、含羞の表情で快楽のすすり泣きを漏らした。
 今でも、瞼を閉じるだけで、暗黒の中に、なまめかしくうねる白い体が蘇る。
 親父のだらしなく緩んだ浅黒い肉体に絡み付き、全身を使って愛撫する、母さんの姿。
 その中でも、僕が一番頻繁に使ったのは――あの夜に見たのと同じ、仰向けの親父のペニスに口唇愛撫を施す母さんの動画だった。
「んちゅ、んちゅっ、ちゅむ、ちゅぶっ、ちゅぱ……はぁ、はぁ、はぁ……れろれろれろ、ちゅぶぶ、ちゅぱっ……」
「おほぉ、い、いいぞ、咲美……その調子だっ……」
「はふぅ……ありがとうございます……ちゅぶ、ちゅぷっ、ちゅぱ……れろっ、れろぉ……」
 感謝の言葉を述べてから、母さんが、静脈を浮かせて勃起する肉棒にピンク色の舌を絡め、紅い唇を滑らせる。
 肉棒の先端から腺液が溢れ、母さんの口元を卑猥なヌルヌルで汚していくのを見ながら、僕は、何度となく自らの分身を扱いた。
「咲美、手も使え……ふぅふぅ、ご主人様の金玉袋をコチョコチョするんだ……!」
「ぷあっ、は、はい……ご主人様の、き、き、金玉袋にも……んく、指で、ご奉仕します……ちゅっ、ちゅむっ、ちゅぷ……」
 母さんが、親父のペニスにキスを繰り返しながら、その指先で陰嚢をくすぐる。
「ウホホッ、いいぞ、いいぞぉ……くすぐるだけじゃなくて、ナメナメもしろよ……ふうう、それから、ケツ穴にもキスするんだ……!」
 親父は、下品な喜悦の声を上げながら、恥ずかしげもなく脚を持ち上げ、自らの肛門を母さんに晒す。
「ハ、ハイ……き、金玉袋……なめなめします……ふぅ、ふぅ……それから、ご主人様のお尻の穴……んく、ケ、ケ、ケツ穴にも……キス、します……ふぅ、ふぅ、んむ、んちゅっ……」
 そういう決まりになっているのか、母さんは、いつも親父の口にする言葉を繰り返す。
 そして、自らが宣言した通りに、頬を赤く染めながら、不潔な毛むくじゃらの部位に舌を這わせ、唇を押し付けるのだ。
「んちゅ、ちゅぶ、ちゅぱっ……んは、はああっ……チュッ、チュッ、チュッ……んむむ、ねぶ、ねぶっ……ふぅふぅ……んちゅ、んちゅうっ……」
 陰嚢から蟻の門渡り、そして、皺と毛に覆われた汚らしい肛門にまで、母さんが舌を運ぶ。
 母さんの指先が親父の尻肉を割り開き、舌先が丹念に肛門を舐めしゃぶる様を、ビデオカメラは、執拗なまでに追いかけ、撮影している。
「ああ……母さんっ……そ、そんなとこまで……ハァ、ハァ、ハァ……」
 二人の痴態を見つめながら、僕は、思わず情けない喘ぎを漏らしてしまう。
 そんな僕の声も、視線も、画面の向こうの過去の母さんには届かない。
 僕があの動画ファイルを封印したのは、罪悪感からじゃなく、その空しさゆえだったような気がする。
 でも、その空しさを覚えるのは、全てを放出してからの話――自涜の快感に耽っている間、僕の視覚は、そのままカメラのレンズとなって、母さんの口唇奉仕を追跡する。
「んちゅ、ちゅぶっ、ちゅぷ、ちゅぱっ……んふ、んふぅ、お、おいしいです……んちゅううぅ……ご主人様のお尻の穴……ケ、ケツ穴……おいしいぃ……ちゅむっ、んちゅぅ〜っ」
 少女のような恥じらいの表情を残しながらも、母さんは、次第に奉仕の喜びに酔っていく。
 どんなプレイの最中でもそうなのだ……。母さんは、親父の変態的な要求に全て応え……そして、それに快楽を覚えている……。
 苦しいほどの嫉妬とともに、僕は、親父の求めることの一つ一つが、僕の潜在的な欲望と重なっていることに、気付く。
 僕も……僕も母さんにこんなことをさせたかった……母さんに、こんな表情を、させたかったんだ……。
 そんな思いが危険なくらいに僕の自我を浸蝕し、やがて、僕は、ビデオカメラと――その撮影者と――一体になっていく。
「母さん……もっと、もっといやらしい顔して……下品なくらいに音をさせて、フェラチオして……!」
「ちゅぶぶぶぶぶっ、じゅびびっ、んじゅううぅ〜っ! じゅぶっ、じゅぶぶ、んじゅっ……! ハァ、ハァ、お、おちんぽ汁、おいひいです……じゅじゅじゅじゅじゅぅ、じゅるるっ、んじゅううっ! んああ、おちんぽ、おちんぽぉ……!」
 うっとりとした顔で、母さんが、親父の猥語を忠実に繰り返す。
 その、あまりにも普段の母さんには似合わない下品な言葉が、僕の欲望と興奮をいやがうえにも煽る。
 そして、親父も、興奮に我を忘れたように、母さんの髪をむごく掴み、自ら腰を動かし始める。
「ふぐぐぐっ! うぶっ! うぐうっ! ぷあっ、あ、あぷぅ……んんちゅ、んちゅちゅっ、ちゅぶ、ちゅぶぶぶぶっ!」
 口内で暴れ、喉奥にまで侵入してくるペニスを、母さんが、懸命に吸引する。
 肉棒に吸い付き、卑猥に形を変える母さんの口元――それが、僕の脳の中で大写しになる。
 その時には、もう、僕は、母さんが咥えている男根が、親父のか、それとも僕のなのか分からないくらいになっている。
「母さん……母さん……母さんっ……!」
 どぴゅっ!
 固形物に近いくらいに濃いザーメンの塊が、輸精管を駆け登り――母さんの口の中で弾ける。
「うぶっ! ん、んぐ、うぐっ……んうう、うぐぐっ、ふぐ、ンうううう……」
 びゅーっ! びゅーっ! と次から次に溢れる精液を、母さんが、目尻に涙を浮かべながら、喉奥で受け止める。
「ンぐぐ……んふ、んふぅ……ふーっ、ふーっ、ふーっ……ンンン、んぐっ……ゴク、ゴク、ゴク……んぐ、ごきゅっ……」
 そして、母さんは、どこか満足げな顔で、口の中に溜まったドロドロのスペルマを、喉を鳴らして飲み込んだ。
「はあ、はあ、はあ……母さん……」
「んちゅ、ちゅぷぷぷっ、ちゅぱっ……はふ……ああ、大樹さぁん……」
 ――――!!
 その、母さんのそれとは明らかに違う僕への呼びかけに、混乱していた時間と空間がさらに引っ繰り返り、真っ逆さまになって――現実に戻る。
 ゆ……夢っ……!?
 そう。そうだ。そりゃそうだ。夢だ。夢に決まってる。夢でしかありえない。
 だけど……今、月の光の差し込む僕の部屋で、まだ屹立したままの僕のペニスを前にして、にっこりと笑っているのは……。
「大樹さん……ようやく……ようやくお母さんって呼んでくれましたね……」
「あ、あ、あの……沙希子さん……今のは、その……」
「分かってます……だけど、たとえ勘違いでも、私、すごく嬉しかったんですよ」
 その優しい顔に浮かぶ笑みが、大輪の花が綻ぶように、大きくなる。
 そう……今、仰向けになっている僕の広がった脚の間にうつ伏せになっているのは、まぎれもなく、沙希子さんだった。
「消えてしまうのを覚悟で、大樹さんの夢の中を見て、本当によかった……うふふふふっ……」
 起きぬけでかすんでいた視界が次第にクリアになり、沙希子さんのぼんやりとした輪郭が確かなものになっていく。
 いや……そうじゃなくて……これは、まさか……かすんでいたのは視界じゃなくて、沙希子さんの存在自体が……え? えええ……?
「おいしかった……大樹さんの精液……。実は、私、あの人のは浴びることしか許されてなくて……お口でごっくんできたのは、これが初めてなんですよ……」
 どこか、はにかむような口調で、沙希子さんが言う。
 その幼さを感じさせる可愛らしい表情とは裏腹に、沙希子さんの唇は、僕が放ったものの残滓で、淫らに濡れていた。
 それを、ピンク色の舌が、チロリと舐め取る。
「さ、沙希子さん……どうして……」
 僕は、かなり混乱しながら、うまく回らない口だけでなく視線と表情で、説明を求めた。
 沙希子さんが、四つん這いになり、僕の体に覆い被さる。
 僕は、こんな時だというのに、重力に引かれて豊かな紡錘型になっている沙希子さんの乳房の動きを、目で追ってしまった。
 そんな僕の目線の動きなどお見通しと言わんばかりに、沙希子さんが、くすっと笑う。
 その笑みは、いつの間にか、僕の顔のすぐそばまで迫っていた。
 体の中のあちこちの肌に、沙希子さんの体温を――存在そのものを、感じる。
「大樹さん……私ね……本当は、人間じゃないんです」
 僕の耳に息を吹きかけるように、沙希子さんは言った。
「は……?」
「私は、伝助さんが、亡くなった奥さんである咲美さんの想い出を核に召喚した淫魔……サキュバスなんです」
 さきゅばす……?
 えっと、それって……RPGとかカードゲームなんかに登場する、女悪魔のことだっけ……? いや、違ったかな……? それにしたって――
「ご、ごめん、沙希子さん……沙希子さんが何を言ってるのか、よく分からないんだけど……」
「証拠を見せますね」
 するりと、沙希子さんが僕から体を離し、立ち上がる。
 僕は、わけが分からないまま、布団の上でのろのろと上体を起こし、胡座をかいた。
「見てください……」
 沙希子さんは、今さらのように胸と股間を手で隠しながら、僕に背中を向けた。
 僕の目の高さの少し上に、沙希子さんのお尻がある。
 そして、そのちょうど尾てい骨の辺りから、ぴょこんと、スペード型の何かが飛び出ていた。
 これって……すごく短いけど、尻尾……?
 視線をさらに上げると、肩甲骨のところに、さらに別の何かが生えている。
 手の平ほどの大きさだけど……あの形は、間違いなく、コウモリのそれのような、皮膜状の翼だ。
 この距離じゃ、見間違いようがない……沙希子さんには、とても小さなものだけど、羽根と尻尾が生えてる……。
「……ね?」
 沙希子さんが、再びこちらを向き、僕の傍らに腰を下ろして、しな垂れかかってくる。
 ね、と言われても、僕は、未だに混乱したままの状態だ。
「え、え、えっと……」
「私はサキュバス……男の人の精液が大好きな、夢魔で、淫魔です……」
 上品で優しげな表情のまま、沙希子さんが、僕の顔に唇を寄せ、囁く。
 沙希子さんの息は、かすかに、僕の精液の匂いがした。
「大樹さん……大樹さんの、お母さんへの思いの丈を、ぜんぶ、私に叩き付けて……注ぎ込んでください……。そうしてくれたら、私……とても、幸せです……」
 いつもの、落ち着いたしっとりとした声で言いながら、沙希子さんが、僕の股間に手を伸ばす。
 白い手に握られた僕の牡器官は、すでに、完全に勃起を回復させていた。
「くすっ……大樹さんたら、お母さん譲りの優しい顔立ちなのに、ここは、伝助さんみたいに逞しいんですね……」
「っ……」
 親父の名前が出た瞬間――僕の中で、何かが切れた。
「あんっ……!」
 布団の上に、沙希子さんの女性らしい体を横たえる。
 そして、僕は、沙希子さんの唇に、半ば強引に唇を重ねた。
「んむむっ……んちゅ、ちゅぱっ、ちゅ、ちゅううっ……ああ、大樹さん……ちゅっ、ちゅむ、ちゅむむっ……」
 沙希子さんが、僕の乱暴なキスを受け止め、自分から積極的に唇を押し付けてくる。
 僕と沙希子さんは、互いの体に腕を回し、貪るように、相手の舌と唇を吸い合った。
「んちゅ、ぷはっ……大樹さん……どんなふうにしたいですか? 私は、どんなやり方でもいいですよ……」
 恥ずかしそうに頬を染めながら、沙希子さんが、笑みを含んだ唇で言う。
「じゃあ……よ、四つん這いになってくれますか?」
 僕は、ほとんど無意識のうちに、そんなふうに口走っていた。
「ふふ……こうかしら?」
 沙希子さんが、僕が言った通りのポーズを取り、剥き出しのヒップを惜し気もなく掲げる。
 僕は、むっちりと張った沙希子さんのお尻に両手を当て、吸い寄せられるように顔を寄せた。
「すごい……沙希子さん、着痩せする方なんですね……」
 思わずそんなことを口走りながら、沙希子さんのお尻を撫でさする。
「もう、いやです……それって、太ってるってことですか?」
「そんなことないです! えっと……すごく、魅力的です……」
 僕は、そう言いながら、母性の象徴とさえ思えるヒップに、口付けした。
「ああン……そ、そんなところにキスするなんて……あっ、あっ、やぁン……」
 ちゅばっ、ちゅばっ、と下品な音をたててながら、沙希子さんの白いお尻のあちこちを吸う。
 そして、僕は、ぴこぴこと動いている、小指くらいの大きさのスペード型の尻尾を、そっと口に含んだ。
「きゃン!」
 沙希子さんが、悲鳴のような可愛い声を上げる。
 僕は、口内に収まったその部分を、れろれろと舌で愛撫した。
「ひ、ひゃやン、あああ、ダメですぅ……はぁ、はぁ、そこ、敏感なのぉ……んあっ、ああああっ……!」
 沙希子さんが、悩ましく体をくねらせながら、甘い声を上げる。
 僕は、夢中になって、沙希子さんの尻尾を舐めしゃぶった。
「んあっ、あ、あはぁ……! あううっ、す、すごいぃ……は、はひ、ひいいン……! 感じちゃうっ……!」
 両腕で上半身を支え切れなくなった沙希子さんが、お尻だけを高々と上げる姿勢になって、ひくひくと体を震わせる。
 僕は、無意識のうちに鼻息を荒くしながら、右手で、沙希子さんの股間に触れた。
「ひうっ!」
 ぬちゅりと、驚くほどに柔らかな箇所に、指が触れる。
 すでに熱い蜜にまみれたその部分に、僕は、そっと指先を這わせた。
「ふわ、あ、ああああっ……あはぁン……! き、気持ちいい……大樹さん、気持ちいいですぅ……ひあ、あああああっ……!」
 新たな粘液が秘裂から溢れ、僕の手を濡らし、シーツに滴る。
 僕は、じゅるじゅると音をたてて沙希子さんの尻尾を吸い立て、歯を立てて甘噛みまでしてしまった。
「きゃいいいいっ!」
 ぎゅっ、とシーツを掴んだ沙希子さんの体が、ピクピクと痙攣する。
 そして、沙希子さんは、ぐったりとシーツの上に崩れ落ちてしまった。
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……あううっ……こんな簡単にいっちゃうなんて……は、恥ずかしいです……」
 仰向けになった沙希子さんが、頬を真っ赤に染めながら、額に右手の甲を当て、息を弾ませている。
 僕は、沙希子さんの膝に両手をかけ、すらりとしていながらも脂の乗った両脚を、開いた。
「大樹さん……」
 腰を進ませる僕を、沙希子さんが、自らの白い太腿の狭間に、迎え入れる。
 僕は、艶やかな陰毛に飾られた沙希子さんの秘唇を、まじまじと見つめてしまった。
「あの……い、入れたいんですよね? ここに……」
 沙希子さんの問いに、僕は、無言で頷く。
 その時、僕は、自分の喉が、まともに話しができないくらい、カラカラに渇いていることに気付いた。
「どうぞ、好きなようにしてください……私のここは、大樹さんのものですから……」
 そう言って、沙希子さんが、僕の肉棒に左手の指先を添え、右手で自らの秘唇を、くぱぁ、と割り広げる。
 僕は、沙希子さんに導かれるまま、ペニスの先端を、ヒクヒクとおののく膣口に押し当てた。
「い……いいんですね……?」
「もちろん……」
 今さらのように確認する僕に、沙希子さんが、にっこりと微笑む。
 だが、沙希子さんは、すぐに、ちょっと困ったような表情になった。
「えっと、でも……できたら、優しくしてくださいね……。私の体は、大樹さんのお母さんの存在が依代なので、処女じゃないですけど……私自身は、その……は、初めてなので……」
 その言葉を聞いた僕の胸に、凄まじいまでの独占欲が湧き起こる。
「沙希子さんっ……!」
 僕は、鼻血が出ないのが不思議なほどに興奮しながら、自らのペニスを熱い肉のぬかるみの中に挿入した。
「ンああああああああああッ!」
 沙希子さんが、はっきりと、喜悦の声を上げる。
 そして、僕も、肉棒を包み込む強烈な快感に、呻くような声を漏らしてしまっていた。
「あ、あああああっ……こ、これ……これなんですね……うぐぅ……す、すごいっ……うあああああっ……!」
 感動の響きすら含んだ嬌声を上げながら、沙希子さんの体が反り返る。
 僕は、綺麗にくびれた沙希子さんのウェストに手をかけ、さらに肉棒を突き進ませた。
「あぐぅうううううううっ……! お、お、奥まで来てるぅ……んううっ、くひいいいいん!」
 沙希子さんの蜜壺が、僕の肉竿をキュウキュウと締め付ける。
 股間がとろけてしまいそうな快感に、僕は、そのまま突っ伏してしまった。
 胸の下で、沙希子さんのたわわな二つの乳房が、ぐにゃりと潰れる。
「大樹、さん……」
 至近距離で、僕と沙希子さんの視線が絡み合う。
 そして、僕たちは、どちらからともなく唇を寄せた。
「んむっ、ちゅ、ちゅぶっ……んは、はあぁン……ちゅっ、ちゅぶっ、ぶちゅ、ふーっ、ふーっ、ふーっ、ちゅぶ、ちゅぶぶっ……!」
 沙希子さんの鼻から漏れる息が、僕の顔をくすぐる。
 沙希子さん以上に鼻息を荒くしながら、僕は、柔らかな唇を思うさま貪った。
 ひくっ、ひくっ、と、沙希子さんの膣肉が、まるで催促するみたいにおののく。
 僕は、沙希子さんの口元や首筋にキスを繰り返しながら、ゆっくりと腰を動かし始めた。
「ぷあっ、あ、あはぁン……はぁ、はぁ、あああ、あううン……! あっ、あっ、あっ、す、素敵……素敵です、大樹さん……! あぁん、あん、あああん……!」
 僕のピストンに合わせて、沙希子さんの濡れた唇から、甘い喘ぎが漏れる。
 自らのペニスによって沙希子さんが感じていることにたまらない悦びを覚えながら、僕は、抽送をさらに激しくしていった。
「ひうっ、うく、んううっ……! あ、あふ、んふぅ……! あああ、大樹さんの、すごすぎるぅ……! あああっ、あはぁん……!」
「ハァ、ハァ、ハァ……沙希子さん……沙希子さんッ……!」
 沙希子さんの上半身をきつく抱き締めながら、欲望と本能の赴くまま、下半身を動かし続ける。
「んくっ、あううン……! あっ、あ、あの、大樹さん……お母さんって呼んで、いいんですよ……? んうっ、んく、うくぅん……!」
 悩ましげに眉をたわめながら、沙希子さんが、切れ切れにそんなことを言う。
「私は大樹さんのお母さんの代わりですから……あっ、ああン! だ、大樹さんの思いを満たすために、好きなだけ、私の体を使ってください……! んく、うぐうっ……!」
「そんなふうに言わないでください、沙希子さん……!」
 僕は、激情に駆られて、思わず大きな声を上げてしまった。
「僕は、沙希子さんが……あなたが好きなんです……!」
 僕の歪んだ欲望を慰めようと、体を捧げてくれた沙希子さん――そんな彼女に対する想いが、僕の胸の中を満たしている。
 最初は、確かに、母さんに似ているから惹かれた――でも、僕に対するこの慈愛と献身は、沙希子さんだけがくれたものだ――!
 いや、理屈じゃない。言葉になんてならない。だから、僕は、自分自身の思いをぶつけるように、ムチャクチャに腰を動かした。
「ンあああっ! ああっ、大樹さんっ! い、いいんですか? 私、私、淫魔なのにっ……! あなたのペニスとザーメンをずっと狙っていた、いやらしいサキュバスなのにぃ! あうううっ! うあ! あ! あああン!」
「沙希子さんが……沙希子さんがいいんです……! あなたじゃなきゃ駄目なんです……!」
「あううううっ! う、うっ、嬉しいっ! あうっ! うっ! うくうっ! あっあっあっあっあっあっ!」
 沙希子さんが、切羽詰まった声を上げながら、僕の背中に回した腕に、力を込める。
 そのむっちりとした長い脚が腰に絡み付いてくるのを感じながら、僕は、ペニスの先端を沙希子さんの膣奥に繰り返し叩き付けた。
「あああああ! いっちゃう! いっちゃううっ! ひっ、ひぐっ、ひぐううううううう! わ、私、私いっちゃいますうっ! うあ、あああああ、あああああああああああッ!」
 沙希子さんの膣肉が、僕のシャフトを激しく搾り上げる。
 僕は、腰の奥から迫り上がってきた灼熱の欲望を、沙希子さんの胎内めがけ、思いきり解放した。
「きゃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
 沙希子さんの悲鳴に、ビューッ! ビューッ! ビューッ! という、聞こえるはずのない射精の音が、重なって聞こえる。
「いく、いく、いく、いくうううううう! あああっ! ザーメンでいきますうっ! いっぐぅうううううううううううううううううううううううううううううぅーッ!」
 ビューッ! ビューッ! ビューッ! ビューッ! ビューッ! ビューッ!
 自分でも呆れるほどの量の精液を、沙希子さんの中に注ぎ込む。
 体の中が空っぽになるような快感を覚えながら、僕は、母さんへの歪んだ欲望と、ある種の決別を果たしたような気がした……。



 そして――
 まさに、その夜から、僕と沙希子さんの、新しい生活が、始まったのだった。




あとがき

BACK

MENU