首輪の彼女
4
奴隷と恋人と電車と青空と



 鴻平クンとケンカした。
 たぶん、悪いのはあたし。
 そして、きっかけは、すごく些細なことだった。



 あたしと鴻平クンは、ニ年生になって、離れ離れのクラスになってしまった。
 ちょっと無理して、何でもない顔して見せてたけど、正直落ち込んだ。
 って言うか、マジメに涙がこぼれそうになった。あたし、こう見えてもけっこう涙もろい。
 泣きそうになるのを止めるには、しゃべるか笑うかするしかない。で、あたしは、その両方を実行したわけ。
 学校から駅まで、一緒に帰る間中、空元気で空騒ぎ。
 それが、鴻平クンにはかちんときちゃったみたい。
「椎子、お前、割とドライだよな」
「なにがあ」
 ついさっきまで新作映画の話をまくしたてていた口を尖らせ、あたしは訊く。
「いや、だからさ――別のクラスになっちまったろ? オレ、けっこうショックだったんだぜ」
 あああ! 先に言っちゃうか、この人は!
「べ、別に、今生の別れってわけじゃないんだからさ」
 ここで、“本当はあたしも寂しかったの”なんてしおらしく言えないところが、あたしのよくないところだ。本当は、めそめそ泣いて抱きついて、んでもって優しく頭なんか撫でられたら最高なんだけど、それができない。
「そりゃ、そうだけどさ。でも、やっぱそのう……な」
 鴻平クン、煮え切らない言い方〜!
「なによお。授業中にあたしの顔が見れなくてつらいってんなら、はっきりそう言いなさいよ」
 そう言うあたしの声には、ちょっとトゲがある。
「言えるかよ、そんなこと」
 言い合うあたしたちをちらちら見ながら通りすぎる人たちを意識してか、鴻平クンがそう言う。
 あー、もう!
 鴻平クンには、いつも毅然として欲しいのにい!
 例えば、あの小説の中の、あの人とか――
 公園で会った、ちょっとアブないお兄さんとか――
 そんなことを考えてしまう自分に腹が立ち、その感情に、今の鴻平クンに対する苛立ちがごっちゃになる。
「ま、せいぜい、これからは名琴の顔でも拝んでればいいわ」
 名琴ってのは、あたしの親友で、今年は鴻平クンと同じクラス。女のあたしが言うのもなんだけど、かわいー顔してる。
 って、今度はヤキモチだ。今日のあたしってば、ホントにおかしい。
「なんで鈴川の名前が出てくるんだよ」
「さあねえ。でも、名琴言ってたよ。鴻平クンが、たまにカッコイイ顔になるとかね」
「――お前、そういう言い方よせよ」
「なんでよー」
 そんな非難するような口調で言われて、あたしは鴻平クンの顔をぎゅっとにらみつけちゃう。
「鈴川とは……友達なんだろ? だったら、そういうふうなこと言うなよ。誤解されたら後がタイヘンだぜ?」
 正論だ。
 でも、こういうとき、正論を言うのは逆効果。反論できなくなったあたしは、ますます飛躍したことを言い出す。
「ずいぶん名琴のコト、気にしてるじゃない」
「お前が持ち出した話だろ。それこそ、妙な誤解すんな!」
「んなこと言って、声が動揺してるわよ」
 当たり前だ。あたしが、こんなふうにつっかかるんだから。
 なのにあたしは、素直な言葉を言えない。
 去年、鴻平クンに告白される前も、よく言い合いした。文化祭実行委員会で、ディスプレイのことや仕事の分担で、ケンカみたいになった。
 だけど、その時の鴻平クンの顔は、カッコよかった。
 でも、今は、違う。苦しそうな、辛そうな顔で、眉毛をぎゅっとしかめてる。
 あたしが、そんな顔させてるんだ。
 あたし――重荷になってる。
 今だけじゃない。あたしのアブノーマルな趣味に付き合わせて、巻き込んでから、鴻平クン、それがずっと負担になってるんだ。多分。
 そんな罪悪感から、あたしは、こんなことを口走ってしまった。
「別に、鴻平クンが誰と付き合ったって、あたしは構わないんだけどさ」
「おい、怒るぞ!」
 かっ、と鴻平クンの顔に朱が差した。
 ぶたれるかと思った。
 あたし、多分このとき、ぶってほしかったんだ。
 でも、鴻平クンは、こんなとき、あたしに手を上げるような人じゃない。
 それはそれで、凄く嬉しいことのはずなのに、あたしの理不尽な怒りはずんずん暴走しちゃってる。
「なんで怒るのよ! 別にいいでしょ?」
「いいでしょって――」
「あたしは鴻平クンの恋人じゃないんだから!」
「な……」
 鴻平クンが、目を丸くする。
 でも、そうだもん。あたしの中じゃそうなんだもん。
 恋人なんかじゃぜんぜん足りないんだもん。
 あたしにとって鴻平クンはご主人様で、恋人なんかとはぜんぜん次元が違って……。
「そうかよ……」
 鴻平クンが、すごく辛そうな声で、そう言う。
 ああ、伝わってない。鴻平クンには、この気持ちが、ぜんぜん伝わんない。
 好きな人に気持ちが伝わるなんてウソだ。大ウソだあ。
 言葉にしたって伝わらないことばっかりじゃんか。
 うわああああああ!
 あたしは、声にならない悲鳴を心の中であげながら、持っていたスポーツバッグで鴻平クンの頭をぼかあんと殴りつけた。
 なんでだか分からない。鴻平クンの鈍感さとか、あたしのワガママさとか、世界中の何もかもがイヤになったような気分だった。
 そして、鴻平クンがどんな顔をしてるのか確認もせず、駆け出す。
 あたし、こう見えて、けっこう足は速い。
 なのにあたしってば、全力疾走で駅まで走っていた。



 家に帰ってから、自分の部屋に引っ込んで、とりあえずひとしきり泣いた。
 それくらい悲しかったのに、父さんや母さんの前では、平気な顔して振る舞う自分がイヤだった。
 それでも、いつもの通り、ぐわーっとあまりおしとやかでない仕草で夕飯をかきこみながら、当たり障りのない話をする。
「姉さん、何かあったの?」
 あたしの様子がいつもと違うってことに気付いたのは、弟の桂介だけだった。でも、あたしは、いつもの通り、この体の弱い弟にムリに微笑んで、本心を隠しとおす。
 そして、自分の部屋に戻り、声を殺して泣き続けた。
 多分、父さんも母さんも、あたしがそんなふうにしてるなんてコトを知ったら、ひっくりかえって驚くだろうなあ……。
 泣き疲れて眠りに落ちかけながら、ふと、あたしは、頭の片隅でそんなことを考えていた。



 で、翌朝。
 あたしは、涙でちょっとはれぼったくなった目のままで、電車に乗った。
 まだ鴻平クンに会う勇気がなかったんで、いつもよりも、何本か遅い電車に乗る。
 車内は、すごく混んでいた。
 ぐいぐい押されながら車両の端っこに追いやられると、今の自虐的な気分に拍車がかかった感じだった。
 ドアの窓に、自分の顔がかすかに写っている。ひどい仏頂面だ。
 あたしは、小さくため息をついた。
 何て言って鴻平クンと仲直りしていいか、分からない。
 ――ゴメンなさい。全部あたしが悪かったの。許して。
 ダメ。だってあたしが百パーセント悪いんじゃないんだもん。なのに、そんな態度とったら、ウソになっちゃう。
 ――いろいろお互い言っちゃったけど、水に流そ♪
 ダメ。それでなあなあで済ませちゃうほど、鴻平クンはいいかげんな人じゃない。すごく、誠実な人だから。
 ――あたしが悪いところもあったし、鴻平クンが悪いところもあった。だから、これからお互い気をつけよう!
 やっぱダメ。今の状態の鴻平クンが冷静に受け止めてくれるか分からないし、そもそもあたし自身、こんなセリフを冷静に言えない。
 ――ところで、オフスプリングの新譜聞いた?
 ぜんぜんダメ。オフスプリングは最近新譜出してない。早く出せ! 役立たず!
 ……って、あたし、何考えてるんだろ?
 も一つ、ため息。
 これで、終わっちゃうんだろうか?
 そうなるかもしれない。もともと、あたしが引っ張りまわしてるんだし。
 しかも、引っ張りまわしておきながら、べたべた甘えて、そのくせ、何かあるとこんなふうに怒っちゃう。
 あたし、最低。
 自己嫌悪で、胸がつぶれそうになる。
 大好きな鴻平クン。だけど恋人じゃない鴻平クン。大事な大事なご主人様の鴻平クン。
 その鴻平クンを傷つけてるあたし。
 もしあたしが他人だったら、グーで殴ってるところだ。
 そんでもって、あんなワガママな女とは別れなさい、って、鴻平クンに言ってるだろう。
 鴻平クンと、別れる……。
 ヤダ、そんなのヤ、絶対にイヤ……。
 自分の中の一番ワガママな部分が、悲鳴を上げる。
 と、そのとき……
 あたしのお尻に、何か生温かいものが、触れた。
(――痴漢?)
 通学電車の中での痴漢の話は、よく聞く。それも、春先は多いって話だ。
 友達と話していたときは、やっぱそういう季節なのかねー、なんてノンキなこと言ってたけど、我が身に降りかかってみると、それどころじゃない。
 しかも、スカート越しにお尻に当たるその感触は、どんどんカタくなっていく。
(ヤダ……っ)
 ぞわぞわぞわっ、と悪寒が背筋を駆け上った。
 お尻の、ちょうど谷間の部分で、縦になったソレが、臨戦態勢になりつつある。
 あたしは、両手を後ろに回して、お尻をかばおうとした。カバンは、肩からかけている上に体の前の方に行ってて、壁の役目を果たせない。
「ひ……!」
 悲鳴が、漏れかけた。
 痴漢が、あたしの手首を取って、ぎゅっとねじりあげたのだ。
 ちょうど、腰のところで、両方の手首が交差するような感じ。
 手首を後手に拘束されるとき、こんなふうになる、なんてことを考えたとき、背中を這う戦慄が、奇妙な熱を帯びた。
 誰かにムチャクチャにされたい、という、あたしの奥底にある奇妙な欲望が、のろりと鎌首をもたげる。
 もし、このまま手錠とかかけられて、そして、体中をまさぐられたら、どうなるんだろう……?
 今感じている不快感が、いつしか、快感になってしまうんじゃないだろうか?
 そんな、あたしの中に住む一番イヤらしい自分に対する恐怖に、体が小刻みに震えてくる。
(そんな……そんな……)
(まさか、あたし……)
(期待、してるの……?)
 確かに、誰とも知らぬ相手に拘束され、この体を蹂躙される、というのは、誰にも話すことのできなかった、あたしの密かな願望だ。
 そんな場面で、浅ましく乱れる自分を妄想しながら、一人、ベッドの中でもんもんとしたり……それ以上の行為をしてしまったことも、ある。
「!」
 心臓が、胸を突き破って体の外側に出そうになった。
 手首に、何か巻きついてる!
 薄手の布……たぶん、ハンカチか何かだ。
 痴漢が、あたしの両方の手首を片手で押さえ、もう片方のハンカチを巻きつけてる……!
 その、何のへんてつもない布切れは、いともカンタンに、あたしの両腕の自由を奪ってしまった。
 あたしは、ちらちらと左右に視線をやった。
 こんなに密着してるのに、他のお客さんは、てんで見当外れな方向を向いている。あたしの方を向いてる人なんて、一人もいなかった。
 恐いのと、恥ずかしいのとで、声が出ない。
 喉がからからになり、視界が奇妙に歪んだ感じになる。
 窓の外で、進行方向と反対側に流れている外の風景が、すごく遠く思えた。
 まるで、悪い夢を見てるみたい。
 そう。こんな感じの夢、何度か見たことある。人込みの中、コートの下をギチギチに拘束されて、赤い引き綱を引かれて連れ回される夢だ。
 間違いなく悪夢のはずなのに、目を覚ますと、ショーツが、ちょっと口で言えない状態になっている。そんな、夢。
 最近の夢では、今までぼんやりしていたリードを握ってる人の顔が、はっきりするようになっていた。
(鴻平クン――!)
 ようやくあたしは、鴻平クンのことを思い出した。
 そう、はっきり別れるまでは、この体は、鴻平クンのものなんだ。
 あたし、まだ、鴻平クンの奴隷なんだから。
 あたしが、ただ一方的に思ってるだけでも……。
 だから、やめさせなきゃ。悲鳴をあげなきゃ。大声で。
 この人チカンですっ! って。
 この人――
 振り返って、あたしは、絶句した。
「こ……鴻平……クン……?」
 あたしを後手に戒め、お尻にオチンチンを押し付けてたのは、鴻平クンだった。
 ひどい。こんな不意打ちあり?
 ぼわああん、と頭に血が昇る。
 お尻が熱くなる。
 やだ、あたしのバカ! ケンカしてんだぞ! このはしたない反応はなんなのよお!
 あ……そうだ……。
 ドレイの、反応だ……。
 ご主人様のおっきくなったオチンチンに反応しちゃう、やらしい、メス奴隷の反応……。
「――椎子」
 耳元で、鴻平クンが、あたしの名前を囁く。
 その顔は、これまで見た中でも、一番真剣で、おっかなくって――そして、震えるくらいにカッコよかった。
 その、普段はちょっと優しすぎるくらいに優しい目が、半分閉ざされ、鋭い視線を放っている。
 鴻平クンは、そんな目で、振り返ったあたしの顔をじっと見つめていた。
 と、電車が、あたしたちの降りる駅に着いた。
 あたしが押し付けられているのと反対側のドアから、乗ってたお客さんの半分くらいが出ていく。
「こ、鴻平クン。もう、駅……」
 そう言いかけるあたしの体を、鴻平クンは、さらに強くドアに押し付けた。
 降りたお客さんと同じくらいの数のお客さんが、また、どばばっ、と車内に入ってくる。
 さっき以上の満員状態になった列車のドアが、ぷしゅ、と閉まった。
「――逃がさない」
 あああああああっ!
 耳元で言われたその鴻平クンの一言で、あたしの中の何かが、一気に溢れた。
 そんなあたしのスカートを、鴻平クンがずり上げる。
 鴻平クンの右手の指先が、後ろから、脚の間に潜り込んだ。
 指の平で押されて、ショーツの、ちょうどアソコに当たった部分が、じゅわ、と蜜をにじませた――んだと思う。
 くにくにと鴻平クンが指を動かした感触で、あたしは、自分がはしたなくもエッチな汁を大量に溢れさせていたことを知らされた。
 もう、ぬるぬる。
 そんな自分の体の状態に、ますます恥ずかしさが高まり――そして、ますます恥ずかしい液体が溢れちゃう。
「ッ!」
 ショーツの隙間から侵入した指が、直接、アソコに触れた。
 とろとろに蕩けそうになってるあたしのその部分が、待ちわびたように、鴻平クンの指を迎え入れ、絡みつく。
 もうすっかり熱くなったクレヴァスを、鴻平クンが、ひっかくような感じで刺激した。
 それだけで、あたしは、ひくっ、ひくっ、と震えてしまう。
「っア!」
 ぬるん、と中指を挿入されたときの悲鳴を、電車の走る音がちょうど掻き消してくれた。
「ン〜ッ!」
 涙で潤んだ目で、鴻平クンをにらみつける――
 にらみつけたはずなんだけど、たぶん、そうは見えてない。すがるような、媚びるような、そんな顔になってるはずだ。
 と、鴻平クンが、自分の股間のあたりを、ごそごそやりだした。
 まさか……ウソでしょ?
「ヤ、ヤダ、鴻平クン……こんなところで……」
 あたしは、鴻平クンにしか聞こえないような声で、必死に訴えた。
 せめて、駅のおトイレとか、そういう場所で……とまでは、さすがに言えなかったけど。
「ダメだよ」
 そう言って、鴻平クンは、まくりあげたスカートの奥にあるあたしのお尻に、剥き出しにしたおちんちんを押し付けた。
 まるで、火傷しちゃいそうなくらいに、熱く思える。
 と、鴻平クンは、手でその角度を調節しながら、もう片方の手でショーツを大きく横にずらした。
 もちろん、両手を拘束されてるあたしには、抵抗できない。
(さ……される……されちゃう……こんな、人がたくさんいる場所で……)
(あたし、せっくす……される……)
(してもらえる……)
 期待にわななくクレヴァスに、ペニスの先端が触れた。
(して……早く……早く、入れて……っ!)
 あたしは、心の中で、そう叫んでいた。
 鴻平クンが、覚悟を決めたような顔で、目を閉じる。
 そして――
「は……ッ!」
 思わず、息が漏れた。
 立ったまま後ろからなんて初めてだし、そもそも、今は体を動かす余地がほとんどない。
 だから、挿入は、すっごく不自然な角度になる。
 だけど、鴻平クンは、むりむり体を押し付けながら、おちんちんであたしの奥の方を突き上げるようにした。
「あう……ッ!」
 押し殺された、あたしの歓喜の声。
 ご主人様のペニスで体内を満たされた、ドレイのあたし……。
 わずかに残った理性でかすかに抗いながらも、ご主人様によってもたらされる快感に、あたしは、どんどん我を忘れていった。
 電車の揺れに合わせる感じで、鴻平クンが腰を動かす。
 その動きは、すごく小刻みだったけど、あたしはあえなく屈服していた。
 はぁっ、はぁっ、とまるで熱があるような息を吐きながら、ドアに火照ったほっぺを押し当てる。
 そんなあたしの頭の両脇に、鴻平クンが肘を付いた。
 ドアと鴻平クンに挟まれ、身動きできないあたし。
 苦しい……苦しいけど……それが、すごく気持ちイイ……。
 あたしは、後手に縛られた手を、我知らずぎゅっと握り締めていた。
 そして、声を必死に噛み殺す。
 と、そんなあたしの様子に気付いたのか、鴻平クンが、右手をあたしの口元に差し出した。
 はぐっ。
 ずうん、ずうんと、突き込まれる動きに、頭がバクハツしそうな快感を感じながら、あたしは、鴻平クンの指を噛み締めた。
「くっ……」
 鴻平クンが、あたしの耳元で小さくうめく。
 そして、指を噛まれたお返しとばかりに、ぐりぐりと腰をさらに押し付けてきた。
「んぐぅ……っ!」
 あたしは、湧き上がる快感に、ますます強く指を噛み締めた。
 次第に、ここが電車の中だってことすら、分からなくなっていく。
 ただ、白く染まった視界の中で、ぱちぱちと快感の火花が弾けているのが、感じられるだけだ。
 ふーっ、ふーっ、と鼻息が荒くなる。
 と、その時、鴻平クンのおちんちんが、あたしの中でぐうっと膨らんだ。
 あたしの背後で、鴻平クンが、声に出さずにうめいているのが分かる。
(きて……ごしゅじんさまァ……! あたしも、もうすぐ……っ!)
 そう言って、射精をおねだりしたい気持ちをぐっとこらえて、鴻平クンの指を、さらにさらに強く噛む。
 そして――
 びゅるるるるっ! と激しく脈動しながら、鴻平クンのおちんちんが、熱いセーエキを迸らせた。
 その、あたしの中で暴れるおちんちんの感覚で、一気に高みに駆け上る。
 ご主人様を絶頂に導き、そのご褒美にイかせてもらえる、奴隷の快感……♪
 それを、あたしは、満員電車の中、ひくひくと体を痙攣させながら、いつまでも味わっていた。



 で、これは、夢の中みたいに曖昧な記憶なんだけど――
 鴻平クン、こんな人ごみで――
 満員電車の中で――
 あたしの首に、後ろから、首輪をはめたのだ。
「あ……」
 あたしは、ぼんやりと声をあげる。
 首輪に南京錠をかける鴻平クンの指に、少し、血がにじんでいたのだ。



 そして――
 今、あたしと鴻平クンは、知らない駅で降りて、進行方向反対の電車に乗って、戻っている。
 電車の中は、満員てわけじゃなかったけど、席は全部埋まってた。だから、二人とも吊り革を握って立ったままだ。
 そろそろお昼前だ。カンペキなサボり。
 一応、駅の電話で、急に気分が悪くなったんで休みます、とは、学校に連絡しといたけど……進級早々、目ぇ付けられちゃうんだろうなあー。ま、いっか。
 ちなみに、あたしは今、ノーパンだ。
 ちょっとそのまま履くにはショーツがアレな状態だったんで、駅のトイレでさっと洗って、ビニール袋に入れてカバンの中。
 お股が、なんだかスースーする。ちょっと頼りない感じ。
 でもって、あたしの首には、あの黒い革の首輪がはまっていた。
 電車の振動に合わせて、南京錠が、かち、かち、と小さく揺れる。
 つまり、あれは夢じゃなかったわけだ。
「椎子――」
「鴻平クン――」
 あたしたちは、ほとんど同時に、声をかけていた。
「あ、何? 鴻平クン」
「椎子から、どーぞ」
 鴻平クンが、照れたような笑みを浮かべて、言う。
「えっと、じゃあ、言うね」
 そう言うあたしに、鴻平クンが、肯きかける。
「鴻平クン……もしかして、あたしのこと、駅で待ち伏せしてた?」
「ああ」
 鴻平クンは、あっさりとそう答えた。
「その……椎子に謝りたくてさ。でも、お前、何だか泣いてるみたいに見えて……声、かけそびれて」
「……」
「で、後ろに立って、お前の肩とか、背中見てたら、妙に小さくて、可愛く見えてさ……ヘンだよな……慰めなきゃいけないのに、そのう……あんなになっちゃって……」
「……」
「気が付いたら、もう、止まんなくなってたんだ。何て言うか……絶対に逃がしたくない、って気持ちでさ。だから……」
「いいの、鴻平クン」
「あ、わりい。言い訳だよな、これ」
「ううん、そうじゃないの」
 あたしは、ふるふるとかぶりを振った。
「あたしみたいなドレイはね……ご主人様のオチンチンが、何よりも慰めなの」
「お、おい、椎子」
 鴻平クンが、周りのお客さんを気にして慌てた声をあげる。んふ、何を今さら♪
「何度でも言うからね、鴻平クン」
 そう言ってから、あたしは、一気にまくしたてた。
「椎子はね、鴻平クンのドレイなの。もう、恋人なんか突き抜けてるの。だから、鴻平クンがしたいようにしてくれていいの。好きなように命令して、管理してくれれば、それが嬉しいの。でね、重荷になったら、捨ててくれても、いいの……もしそんなになったら、辛いけど、哀しいけど……覚悟は、できてるの……」
 ちょっとだけ、ウソ。
 その覚悟は、たった今、できたんだ。
 鴻平クン、半分も理解できてない顔だ。
 でもいいんだ。
 伝わらなかったら、何度でも言おう。態度で示そう。
 もし、あたしと鴻平クンの間にテレパシーがあったとしても、どうせ、ギリギリまで役に立たないんだから。
 そんなことを思いながら、じっと鴻平クンの顔を見る。
 鴻平クンが何を思ってるのかは、残念だけど、やっぱ分かんなかった。
 でも、鴻平クンの優しさだけは、痛いくらいに伝わってくる。
「奴隷……か……」
 しばらくして、鴻平クンが、言った。
「あのさ……恋人を奴隷にしちゃ、ダメか?」
 え? え? え?
「いや、逆かな。奴隷を、恋人に、かな……? ま、どっちでもいいよな」
 そう言って、真正面から、あたしのびっくり顔を見つめる。
「オレ、ご主人様なんだろ。だから、オレが決める。椎子は、オレの大事な恋人で、んでもって、すごくワガママな奴隷ちゃんだよ」
 な、なななな、なんてセリフ言うんだあ!
 どこで覚えたんだよお、こんな殺し文句。恥ずかしくて死にそう!
 文字通り、顔から火が出る感じだ。
 なのに――
 なのにあたしは、鴻平クンの言葉に、奇妙な安らぎのようなものも感じていたのである。
 恋人で、奴隷……。
 そういうの、いいかもしれない。
 そう思ったとたんに、そんな言葉に振りまわされていた自分が、バカバカしくなった。
 初宮椎子は、私立星晃学園2年生、花の女子高生にして、同じ学校の的場鴻平クンの恋人で、しかも奴隷――
 要するに、あたしはあたしなんだ。
 そして、あたしは今、すっごく幸せなんだ。
 そう、外の晴れた青空に向かって、思いっきり大きな声で叫びたいような気分だった。
あとがき

BACK

MENU