首輪の彼女
3
あるいは椎子のひとりごと



 鴻平クン。
 表向きは、彼氏。
 でも、本当は……ご主人様。
 あたしのことを、自由にしていい人。
 恋人なんかより、もっともっとすごいこと、してくれる人。
 あたしの――あたしだけの、ちょっと頼りない、でもすごく優しいご主人様……。

 たまに、鴻平クンのどこがいいの? って訊かれることがある。
 分かってないんだなあ。
 ――的場くんって、確かにいい人だけど。
 ――いい人って、恋愛の対象にならないじゃない。
 分かってない分かってない!
 あたしが欲しいのは、恋人なんかじゃないんだもん。
 何て言ったらいいか……要するに、ご主人様、なんだけど。
 えーと……そう、“鍵を預けられる人”!
 うん、我ながら、的を射てる♪
 例えば、首輪の鍵。
 手錠とか、拘束着とか……。
 貞操帯――はまだしたことないけど、そういうのの鍵。
 一人暮しを始めたら、当然、部屋の鍵だって預けちゃう。
 他の、もっと大事な鍵とかも。
 好き、っていう気持ちだけじゃあ、ぜんぜん足りない。
 でも、信頼って言うと、ちょっとお説教くさいかな。ま、そういうことなんだけどさ。
 あたしは、鴻平クンを信じられる。
 べたーって、ペットのネコみたいに甘えられる。
 そりゃあ、ときたま、ちょっと頼りないトコあるけど……。
 でも、鴻平クンは、すっごい誠実な人だ。
 ――彼、たまに、けっこう真剣な顔するよね? 緊張してるときとか。
 親友の名琴が、そんなこと言ったことがある。
 ――そういう時は、わりとカッコイイと思うな。
 ふふん、さすが名琴、きちんと観察してるじゃない。
 でも、やんないよ。
 鴻平クンは、あたしだけの、ご主人様なんだから♪



「椎子?」
 鴻平クンが、あたしの名前を呼んでいる。
 あたしの名前は、初宮椎子。
 “しーこ”って名前は、実はあんまり好きじゃない。だって、あんまりかっこいい響きじゃないから。
「なに?」
「コートの襟、開いてる」
「あ……だ、だって今日、あったかいんだもん」
 そう、今日はぽかぽかのデート日和。
 調教日和かどうかは、ともかく。
 そう、あたしは今、調教されてる。と言っても、あたしがねだってやってるんだけど。
 まず、首には首輪。これがまた、最近はイイ感じで馴染んでいる。
 で、首輪の留め金には南京錠。鍵は、もちろん、鴻平クンが持っている。
 その上、南京錠のD字型の金具には、引き綱がつながってるのだ。
 リードとか言われる、赤い頑丈な紐。それで、あたしは鴻平クンに犬のように引かれている。
 ただ、昼間っから街中でそれだと目立ち過ぎなので、紐は、スプリングコートの中に隠して、袖を通して右手のところから出している。
 それで、鴻平クンは、あたしの右手を握りながら、引き綱もきちんと握ってるわけ。
 なんてことはないはずなんだけど……首輪につながった紐を握られてる、って考えるだけで、もうどうにもならないほどドキドキする。
 その上、腕の角度とかによっては、くんっ、って首輪が引っ張られたりもするわけ。
 その、ちょっと息苦しい感じが、なぜか、気持ちいい。
 犬みたいに引きずりまわされる、惨めな奴隷のあたし……。
 そのイメージに、かあーっと体が火照って、顔が熱くなって、頭が痺れて……。
 それで、そのー、恥ずかしいところも、ちょっと人には言えないような状態になっちゃうわけ。
 そんな、とろとろの状態で、あたしは、街を歩いている。
 春休みに入ってすぐ、鴻平クンとライブ見に上京したんだけど、やっぱ、東京はでかかった。それに比べると、あたしたちの住んでる街は、小ぢんまりとしてる。
 でも、新興都市だから、建物とかは綺麗だし、歩道も広い。この街のほうが、あたしは、可愛くて好き。
 その、大好きな街を、大好きな鴻平クンに、首に紐をつながれて、引かれていく……。
「椎子、だから、襟が開いてるってば」
「ふにゃ?」
 あたしは、何だかすごくマヌケな声をあげていた。
「首輪はともかく、リードまで見られたらちょっとシャレにならんだろ!」
「えへへー」
 とりあえず、笑ってごまかす。
「東京で、通りすがりの人に注意されたこともあったろーが」
「あ、そうだったね〜」
 と、鴻平クンの顔が、正面に迫る。
 ん……♪
 と、キスを期待してたのに、襟元を直しただけだった。ちぇーっ。
 ま、さすがに、人通りが多いもんね。
 でも、ほんとーに、いいお天気だなあ……。



 お昼は、公園近くのパスタ屋さんで、シーフードのスパゲティ。
 ここのは、味や量の割には値段が安い。貧乏高校生カップルにはありがたいことだ。
 鴻平クンは、真っ赤な、何かすんごく辛そうなの頼んでる。
「物好きだなあ、鴻平クン」
「何が?」
 見ているだけで頭のてっぺんがむずむずしそうなほどトウガラシをたくさん使ったそれを、涼しい顔で食べながら、鴻平クンが言う。何しろこの人ってば、お味噌汁にも七味をたっぷり入れるような辛党だ。
「そんなん食べたら、かえって味が分かんなくなるでしょ?」
「いんや、ぜんぜん……。食ってみる?」
 あたしは、ふるふるとかぶりを振った。前に、鴻平クンがぱかぱか食べてるウン十倍カレーを味見して以来、こりてるのだ。
「うまいのになあ……」
 そう言いながら、パスタを平らげ、鴻平クンはパンナコッタを追加で頼む。あたしは、つつましくコーヒーのみ。
 だって、ここ、パスタは美味しいんだけど、デザートは軒並み、歯がとろけそうなくらい甘いんだもん。
「もしかして、鴻平クン、ゲテもの好き?」
 思わず訊いちゃったあたしに、鴻平クンは、しばし考えこむ。
「そう言やあ……椎子と付き合ってるくらいだからなあ」
「こらあ」
 冗談だって分かってるから、笑いながら、テーブルの下で足を蹴飛ばす。
 鴻平クンは、器用にあたしのキックをかわしながら、ほんとーに嬉しそうな顔でウェイトレスのお姉さんからパンナコッタを受け取った。
 腹立つ〜。



 海に面した公園を、散歩♪
 潮風の匂いが、鼻をくすぐった。
 海の反対側は、林になってる。新芽がほころんでて、なんだかけなげな感じで可愛い。
 波止場に沿って伸びた遊歩道を歩くと、週末だから、けっこう、他のカップルとかともすれ違った。
 でも、あたしくらい、彼氏としっかりつながってる女のコなんて、いないだろうなあ。
 そんなことを考えると、思わずにんまりしちゃう。
 で、結局、公園の端の方まで歩いてきた。
 行き止まりだから、人通りはほとんどなくなってる。
 遊歩道と林を仕切る植えこみのところに、ちょうどいいベンチを見つけた。
「ね、鴻平クン……」
 ベンチに座りながら、あたしは、ご主人様におねだりする。
「ホントに、大丈夫か?」
 鴻平クンは、ちょっと不安そうな顔だ。
「平気だよお。昼間だし」
 あたしがそう言うと、鴻平クンは、迷いを吹っ切るように、真顔になった。
 滅多に見せてくれない、真剣な顔……。
 多分、本人は、ぜんぜん意識してないんだけど、すごくカッコイイ。
 照れるから、面と向かっては言わないけど。
 あたしは、いいかげん暑くなったんで、薄手のコートを脱いで傍らに置いた。下は、オレンジ色のニットだ。
 むきだしになったリードを首輪から外して、鴻平クンがカバンにしまう。あうー、なんか名残惜しい。
 その代わり、鴻平クンは、銀色の手錠を取り出した。
 それを、あたしの右手に、はめる。
 あーん、それだけで、胸がきゅんとなるよ〜!
 そして、もう片方の輪は、ベンチの背もたれのパイプに。
 がちゃん
 って音が、なぜかすごくおっきくあたしの耳に響いた。
 あぁ……つながれちゃった。
 地面に固定された、このベンチに。
 もう、鴻平クンが鍵を外してくれるまで、どこにも行けない。
「……じゃあ、何かあったら連絡しろよ」
 そう言う鴻平クンに、こくん、と肯いて見せる。ちょっと今は、声が出せない。だって、ぜったいに、すごくエッチな声になるし。
 鴻平クンが、あたしの首もとに、手を伸ばす。
 今度こそ……と思ったら、ニットの襟を直して、首輪、隠しちゃった。
 またキスはお預け。
 もう、鈍感!
「じゃ、な」
 そう言って、鈍感なご主人様の鴻平クンが、歩き出した。
 ちら、と一回だけ、こっちを向いて、向こうに行っちゃう。
 あ……。
 あーあ、見えなくなっちゃった。

 つまり、その、始めての、放置プレイ。
 別に、マンガや小説にあるみたいに、アソコにエッチな道具が入ってるわけじゃないけど……。
 ただ単に、手錠でつながれて、動けなくなってるだけなんだけど……。
 何で、こんなにドキドキするんだろ?
 そりゃあ、人に見つかったら困る。恥ずかしい。
 でも、それとは別の、なんだか顔が火照るような感覚がある。
 好きな人に、ひどいめにあわされてる……。
 ご主人様に、ベンチにつながれて、ほったらかしにされてる……。
 まるで、ホンモノの犬のような扱いを、されてる……。
 すっごく切ない、疼くような、甘い被虐の悦び。
 本当は、こんなふうに放り出されて、捨てられるなんて、考えただけでも泣きたくなるくらいなのに、それを、今、擬似的に体験してる。
 倒錯してるよね。
 もう、言い訳しようもなく、ヘンタイさんだ。
(鴻平クン、またここに来てくれるかな……?)
 来てくれるのは、もう、分かりすぎるほど分かってる。百パーセント信じてるのに、ふと、そんなことを考えちゃう。
 あー、もう、ただ放置されてるだけなのに!
 もっともっとスゴいプレイをするための、最初の一歩のつもりだったのに、こんなふうになるなんて――
 あたしってば、意外と純情なのかな?
「はあ……」
 思わず、声に出してため息をつく。
 約束の、一時間って言う時間が、絶望的に長く感じられた。

 で、これは、予想の範囲内だったんだけど――
 おトイレに、行きたくなってきた。
 実は、おトイレはすぐ近くにある。雰囲気を壊さないように、おしゃれな外見をしてるけど……遊歩道のどんづまりにある小さな建物、あれ、トイレだ。
 距離にして、五十メートルない。
 あー、やっぱり、コーヒーはいけなかった。
 ついさっきまで、乙女ちっくな悩みで胸がいっぱいだったのに……。
 おトイレに行きたい気持ちが、だんだんあたしの中で領域を拡大していく。
 おしっこ、したい……。
 まだ、そんなに切羽詰ってないけど、無視することはできなくなってる。
 男のコって、女に比べて、余計におしっこをガマンできるって聞いたことあるけど、どうやって調べたんだろ?
 なんて考えても、あまり気が紛れない。
 えっと……わざと、時計は見ないようにしてるんだけど、あと二十分くらいかな?
 とりあえず、空を眺める。
 普段は見過ごしているような、微妙な空色の濃淡や、雲の陰影まで、じっくり観察。
 けっこう、絵になってる。
 でも、やっぱ、頭の片隅には、おしっこに行きたい、っていう気持ちがあって、景色に集中できない。
 と、その時だった。
「そこに手をつけ、ユウナ」
 はっとして振り返ったのと、そんな声が聞こえたのとが、ほぼ同時だった。
 ベンチの真後ろに、人がいる。
 髪を頭の両側で結んだ女のコと、伸ばした前髪で顔を隠した男の人。
 女のコは、たぶん、あたしと同じか、それより下。中学生くらいに見える。ちょっと垂れ目の大きな瞳が、すっごく可愛い。何だか、男のコにも女のコにも、可愛がられて、そして苛められそうな、そんなタイプ。
 あたしと、正反対の感じのコだ。
「で、でも……」
「言うとおりにしろ」
 男の人が、女のコに命令する。
 そう、それは、“命令”だった。
「……は、はい……」
 ユウナって呼ばれたその女のコが、つらそうな、そのくせなんだか濡れてるような声で、そう返事をする。
 そしてそのコは、あたしの左側のベンチの背もたれにちっちゃな両手を置いて、お尻を後ろに突き出した。
 ぽわぽわした感じのハーフコートの裾から、ストッキングをはいた脚が伸びてる。
 その後に、男の人が回りこんだ。
 何? え、ま、まさか!
 この人、ズボンの前、下ろしてる!
「ひゃうッ!」
 女のコのヒップを、ぐいっと引き寄せるようにして、腰を突き出した。
 し、してる……。
 せっくす、してるんだ……。
「あ、あ、あ……」
 あたしは、バカみたいな声をあげながら、驚きと、そして恐れに、思わず立ちあがりかけていた。
「きゃん!」
 がっき! という硬い音がして、あたしは右手を引っ張られてベンチに尻餅をつく。
 手錠してるんだもん、立てるわけがない。
 あ――手錠、見られちゃった!
「おい、ムリすると手をケガするぞ」
 男の人が、憎らしいくらい悠然とした態度で、そんなことを言う。
 でも、あたしの頭には、その意味の半分もきちんと届いていない。
 もう、頭がパニックだ。声をあげるべきなのかどうか、ぜんぜん判断つかない。
 何が何だか分からない。
「こんな昼間から野外調教か? 最近の学生は進んでるな」
 いたぶるような、なぶるような、男の人の言葉。
 なんだか知らないけど、背中がぞくぞくする。
「あッ! あッ! あッ! あッ!」
 女のコが、幼い声で、派手に喘ぎ始めた。
 男の人の動きが、速くなってる。そんなにしたら、壊れちゃうんじゃないかってくらいに。
「んン〜ッ!」
 と、女のコが、小さな口で、右手の人差し指を噛んで、声を殺そうとする。
 その仕草が、中学生なんかにしては妙に色っぽい。もしかしたら、もうちょっと上の年かもしれない。
 男の人の動きは、ぜんぜん容赦がなかった。
 初めて間近で見る、他人の、ものすごく激しいセックス。
「あ、ああ、あ、あああ……」
 あたしは、そんな意味のない声を漏らしながら、その行為から目を離すことができなかった。
(このコ……もしかして……ドレイ、なのかな……)
 そんなことを、頭の片隅で考えちゃう。つい、自分の性癖に引き寄せてそんなことを考えちゃうけど、あながち間違いじゃないんじゃないかなあ。
 でも、どうしよう。
 大声をあげて、人を、呼ぶ?
 だけど、誰か人を呼んでも、この二人は逃げちゃうだろうし、あたしは、依然として手錠でベンチにつながれたままだ。
 視界が、涙でじんわりにじむ。
 まるで、悪夢の中にいるような、目の前で起こってることに対する強烈な違和感。
 なんだか、お酒に酔っ払ったような気分。
 と、あたしは、あまりのショックに、けして忘れてはいけないことを忘れてしまっていたことに気付いていた。
「あ、ダメ!」
 慌てて自分の体に注意を向けるけど、もう、手遅れ。
「やッ! いや! こ、鴻平クン、助けてえっ!」
 思わず、ここにいない鴻平クンの名前を叫んでしまう。
「ああああぁぁぁぁぁ……」
 だめ、だめ、だめ、だめ……。
 あたし……なんで、こんな……。
 イヤ……止まらない……止まらないよぉ……。
「あ……おもらし……」
 女のコが、明らかに快感でとろけかけた舌足らずの声で、ぼんやりとそんなことを言う。
 お尻の下で、生温かいおしっこが流れて、ベンチの下の地面にしたたってる。
 あたし、やっちゃった……。
 知らない人の前で、おしっこ、もらしちゃった……。
「い、いやぁ……いやあ……」
 ぽたぽたと、熱い涙が、勝手に溢れ出た。
 鴻平クン以外の人の前でこんなふうに泣くのは、小学校入学以来だ。
 消えたい。無くなりたい。死んじゃいたい。それくらいに、言葉にできないくらい恥ずかしい。
 どこか遠くで、女のコが、気持ちよさそうに喘いでいる。でも、もう、そんなことどうでもいいくらい、みじめだった。
「……主人とは、連絡つくのか?」
 男の人が、そんなことを言う。
 主人って……ご主人様のこと? 鴻平クン?
 あたしは、なぜか、こくん、って肯いていた。
「じゃあ、ショーツを買ってきてもらえ。スカートは……コートで隠しておけばいいだろう」
 妙に冷静な口調で、そんなことを言う。
 あたしは、ぐすっ、ぐすっ、って小さな子どもみたいに鼻を鳴らしながら、携帯を手に取った。
 震える指で、鴻平クンの携帯の番号を呼び出す。
 傍らでは、二人が、ますます激しく、セックスを続けている様子だ。
 もう、全然現実のこととは思えない。気がヘンになりそうだ。
「どうした? 椎子」
 電話口の向こうの声は、いつもの鴻平クンの声だった。
 安堵感が、胸いっぱいに広がる。
「こ……鴻平クン? あのね……ぱ、ぱんつ、買ってきて……」
 おかしくなりそうな頭で、あたしは、必死に言葉を紡ぐ。
「パンツ? パンツって……あの、え?」
 当たり前だけど、鴻平クンは、混乱してるみたいだ。
「そんな、いきなり、どういう……どんな色のがいいんだ?」
「――色なんて何でもいいからっ!」
 あたしは、思わずおっきな声でそう叫んでいた。
「コンビニとかスーパーに売ってるから、早く買ってきてよお!」
 泣きべそまじりの、情け無い声。
「分かった。待ってろよ」
 鴻平クンが、そう言ってくれる。
 あたしは、電話を切った。
 そうすると、二人のエッチなところがこすれあっている音が、聞こえてくる。
 すごく、イヤらしい音……。
「きゃああああ――むぐッ」
 女のコが悲鳴をあげかけるのを、男の人が、手で口を塞いで止める。
「大きな声出すな」
「だってだって、ご主人様、いきなり、おしりのバイブ、うごかすから……ンああああ〜ん」
 え、な、何て言ったの、このコ?
 おしりの……ばいぶ……?
 バイブって、あの……今、お尻に入れてるの? このコ、こんな可愛い顔して……。
「ひあああ、ああ、あ、あああああッ!」
 女のコが、すごく感じた声をあげながら、頭を下げ、切なそうにかぶりをふっている。
 男の人は、そんなこのコの髪をぐいって握って、無理やり頭を起こした。
 そんなふうに乱暴にされて、女のコは、とろけそうなくらい気持ちよさそうな顔をしている。
 もう、恐さも、驚きも、どこかに行っちゃって、突き抜けちゃって――
 あたしは、いつのまにか、すごく興奮してた。
 やっぱり、このコ、ドレイなんだ、って、確信を持って思う。
 ドレイでも、もう、完全に調教されてて、こんな状況で、こんなふうに犯されて、悦んでるんだ……。
 どうしよう――すごく、うらやましい。
 あたしも、こんなふうに、いじめられたい……。
 こんなふうに……こんなふうに……こんなふうに……。
 お尻に、バイブを入れられて、人前で、後から動物みたいに犯されて……。
 おしっこで濡れたあの部分が、別のものを、どんどん溢れさせているのが、分かる。
 あたしってば、むちゃくちゃ無節操。
「ユウナ、キスしてやれ」
 え?
 男の人の言った言葉が、きちんとのーみそに届く前に……。
 とろん、とした目つきのそのコの可愛い顔が、迫ってくる。
 ぶちゅ。
「んんんッ!」
 キス、されたあ!
 女のコに、今、まさにセックスしてるこのコに、キス、されちゃった!
 な、なんで? なんでなんでなんで?
 なんで、こんな……気持ちイイ、キスなの……?
 女のコが、その可愛らしい幼い顔からは信じらんないくらいダイタンに舌をイヤらしくうごめかす。無意識なんだろうけど、すんごいテクニック。
 体の中のどろどろとした性感が、このキスをきっかけに、一気に高まって、沸騰しそうになる。
 あ、あああ、あ、あああああああ……。
 体をよじって逃げそうになるあたしの肩を、女のコがつかんでいる。
 もう、ダメ……。
 あたし……イっちゃう……!
 こんな、見知らぬ女のコのキスで、あっけなく――
 ア……ッ!
 ごめん、鴻平クン、ごめん……あたし……あたし……。
 あたし……イっちゃっ……た……。



「おい、椎子! だいじょぶか?」
 鴻平クンの声で、はっと我に返った。
 別に、気絶していたわけじゃないと思うんだけど、何も考えらんない状態になっていたみたい。
 鴻平クンが、手に、小さなビニール袋を下げて、目の前にいる。あの中に、パンツ、入ってるのかな……あは、どんな色のだろ?
 と、ここで、ようやく、きちんとついさっきの記憶が戻ってきた。
 今はいてるパンツは、びしょびしょで、冷たくなって、ぺったりと肌に張り付いてる。
「こ、鴻平クン……」
 立ちあがりかけて、また手錠が、がっき、と音を立てる。こりないあたし。
「待ってろ」
 鴻平クンが、ポケットから鍵を出して、手錠を外してくれた。
「コーヘイくんっ!」
 あたしは、中腰になった鴻平クンの首に、両腕を回した。
「こ、こーへいクン……ぐすっ……あ、あたし……あたし……」
 その後は、、もう、声にならない。
「うわあああああっ、ああっ、あああああああああああああああああっ!」
 あたしは、鴻平クンにしがみついたまま、大声で泣いた。

 で、トイレの中。
 ご主人様に女子トイレに入ってもらうわけにいかないから、男子トイレの個室の中だ。
 あたしは、ひっく、ひっく、ってしゃくりあげながら、スカートを自分でめくっていた。
 そして、まるでおもらしした幼稚園児みたいに、濡れたところを、鴻平クンにぬぐってもらってる。
 ドレイって言うより、なんだか、鴻平クンの子どもみたい。
 パンツは、もう脱いでた。
 下半身全体が、冷たくなってる。
 と、あそこを拭き終わった鴻平クンが立ちあがった。
 説明を求めるように、じっとあたしの顔を見る。
 あたしは、何から話していいか分からない。まだ頭の中がぐちゃぐちゃだもん。
 唇を半開きにして、じっと鴻平クンの目を見つめる。
 あ……。
 キス、して、くれた……。
 鴻平クンの……ちょっとぎこちないけど、優しい、キス……。
 三度目の正直、かな?
 あ、鴻平クン、あたしの脚の間、手で触ってる。
 アソコ全体を、手の平で覆う感じ。
 鴻平クンの手って、あったかい……。
 だんだん、その部分にも体温が戻ってきて、そして――
 なんだか、とくん、とくん、って甘く疼いてくる。
「ン……ふン……ん……んむ……ふぅン……」
 甘えた声をあげながら、キスと愛撫に、身を任せる。
 舌を伸ばして、鴻平クンの舌にからめようとすると、ぴちゃ、ぴちゃ、って小さな音がした。エッチな音。
 鴻平クンが、あそこに重ねた右手を、微妙に動かしだす。
「んッ……!」
 にゅる、と指がワレメに潜りこんできたとき、声が、漏れた。
 でも、鴻平クンの指の動きは、スムーズだ。つまり、あたしが、濡らしちゃってるから。
 気持ちイイ……。
 キスだけでイっちゃうくらいに興奮してたのに、これまでずっとほったらかしだったあたしのアソコが、鴻平クンの指を嬉しそうに迎え入れている。
「はぁっ、はぁ……あ……はぁン……♪」
 あたしが、たまんなくなって、唇を離してそう喘ぐと、鴻平クンは、ちゅっ、ちゅっ、ってうなじを吸ってくれた。
 すっかり馴染んでいた、鴻平クンがしてくれた首輪の感触を、ふと意識する。
 じわーっ、って、自分でも分かるくらい、アソコがイヤらしい液を分泌した。
 半分は照れ隠しで、あたしは、鴻平クンのスラックスの前のところに、手を重ねた。
「あ……」
 鴻平クンが、小さく声をあげる。
 やっぱり、もう、可哀想なくらい固くなってる。
 待っててね。ドレイのあたしが、外に出してあげるから……。
 ちょっと震える指で、ベルトとホックを外し、ファスナーを下ろす。
 すごく熱くなってる鴻平クンの……そのう……おちんちんを、そっと握った。
 あ……ぴくっ、ぴくっ、って脈打ってるのが、分かる。
「し、椎子……」
 鴻平クンが、耳元に囁きかける。くすぐった気持ちいい♪
 本当は、ドレイらしく、きちんとお口でしたいとも思ったんだけど――
「うん……して、ご主人様……」
 つい、あたしは、そんなふうにおねだりしてしまった。
 肯いて、鴻平クンが、ちょっと腰を落とす。
 立ったままなんて始めてだけど、大丈夫かなあ……。
 そんなことを思いながら、また、両手でスカートをたくしあげる。
 鴻平クンが、アレに手を添えて、角度を調節してる。
 それを、あたしは、つい、じっと見つめてしまった。
 たぶん、涙で潤んだ、期待いっぱいの目で。
 ご主人様のペニスを待ちわびる、淫乱なドレイ……。
 そんな自分のイメージに、ますますアソコが熱くなる。
 その、熱く潤んだアソコに、おちんちんの先っぽの丸くなってるところが、押しつけられた。
 あ、違う、そこじゃなくて、もっと後ろの方。
 つい、腰を前に出して、誘導しちゃう。
 考えてみたら、ものすごくイヤらしいかっこう……って、今さら言うようなことじゃないか。
 ず、ず、ずっ、って、おちんちんが、入ってくる。
 すごい……!
 二人とも立ってるせいで、入ってくる角度が、思うようにならないんだけど、そのせいで、ずずずずずっ、ってこすれるような感じになる。
 快感とはまた別に、“入れられてる”っていうことを、すごく実感する。
 あ、まだ、入ってくる。
 まだ入ってくる……まだ入ってくる……!
「はうッ!」
 鴻平クンが、落としていた腰を、一気に伸ばした。
 一瞬、足が宙に浮いた。
 おちんちんに、串刺しにされた感じ……。
 きついけど……気持ち、イイ……。
 あたしは、スカートから手を離して、ぎゅっ、と鴻平クンのジャケットを握り締めた。
 鴻平クンは、目を閉じて、小さく喘いでいる。
 あたしの中、気持ちいいのかな……? だったら、すごく嬉しいけど。
 ご主人様には、うんと気持ちよくなって欲しいから……。
「いいよ、椎子……」
 うわ、テレパシー、通じたのかな? 鴻平クンが、そんなことを言ってくれる。
 ……って、ずいぶんとエッチなテレパシーだけどね。
「もっと、もっと、気持ちよくなって……鴻平クン……」
 うわ言みたいに頼りない声で、あたしは言う。
 鴻平クンは肯いて、ゆっくりと、腰を動かし始めた。
 出し入れされてるって言うより、ぐんっ、ぐんっ、って突き上げられてる感じ。
 奥の方に、おちんちんの先っぽが、押しつけられて、重苦しいような気持ちよさがある。
 入口のところは感じるけど、中は無感覚、っていう人、けっこういるみたいだけど、あたしは違うみたい。
 だって……中も、すごく気持ちイイから。
 アソコ全体で、鴻平クンを感じる……♪
 気持ちイイ、気持ちイイ、気持ちイイ……。
 抽送のリズムに乗って、気持ちよさが、背中をかけのぼる。
「椎子……椎子……」
 そう囁きながら、鴻平クンは、耳たぶにキスしてくれた。
 そんなふうに呼ばれると……あんまり好きでない自分の名前も、好きになっちゃいそう。
 耳元に当たる、鴻平クンの熱い息遣い。
 感じてくれてるのが、分かる。
 すっごく、嬉しい。
 そして、気持ちイイ……。
 あ、また、キス、してくれた……。
 あたし、夢中になって、舌を伸ばす。
 鴻平クンが、ちゅう、ちゅう、って、あたしの舌を吸う。
 もう、あたし、首筋までよだれがこぼれちゃってるけど、ぜんぜん気にならない。
 あたしも、鴻平クンの唇を吸って、お返し。
 エッチなキスの応酬。
 もう、脳がとろけちゃったみたいにぽわーんとなって、そこに、アソコから流れる電気みたいな気持ちよさが、びりびりと伝わる。
 突き上げられてるからなのか……高みへ、高みへと、押し上げられる感じ。
「はあ、あ、あン……ンはあ……あく……ンふン……」
 狭いトイレの個室が、あたしと鴻平クンの体温と、イヤらしい声で、一杯になる。
 外に誰かいたら、聞こえちゃう……!
 でも、声を押し殺すことなんて、できないよお!
「あ、あウ……! ン! んんんッ! ンあーッ!」
 本格的に声をあげ始めたあたしの口を、どうにか唇で塞ごうとする鴻平クン。
 でも、ふーン、ふーン、っていう息遣いだけは、どうにもならない。
 頭の中で、気持ちのイイ電気が、ぱちッ! ぱちッ! って火花を散らしてる感じ。
 もう、ダメ、あたし……。
「ごしゅじんさま……あたし、イク……」
「椎子……オ、オレも……」
 鴻平クンの、切羽詰った声。
 肉体的な快感に、ご主人様を最後まで導けたっていう嬉しさが、上乗せされる。
「し、椎子ッ!」
 ぐうん! と、ひときわ強く、鴻平クンが腰を突き上げた。
「ンあああああッ!」
 一番奥まで、鴻平クンのおちんちんが届く。
 びゅううううううッ!
 そこで、熱いかたまりが、弾けた。
「ああああああああああああああああああああああああああアーッ!」
 びゅくっ! びゅくくっ! びゅくびゅくびゅくっ!
 あたしの中で、鴻平クンが、なんども震えながら、セーエキをあふれさせてる。
 それを、アソコの内側全体で感じながら――
「あ……ンあああああッ! あッ! あああああああああああああああああッ!」
 あたしは、背を反らすようにして、ぴくぴくと体を震わせた。
 イっちゃった……すごい、イキかた……。
 頭の中、まっしろ……。
 あ……鴻平クンが、あたしを抱き寄せて……
 ぎゅって……だきしめて、くれた……。



「……と、いうわけ」
 ベンチに並んで座って、あたしはようやく、説明を終えた。
 あの、おもらししたベンチとは違う、そこそこ人通りのあるところで。
 無論、説明は小声。人に聞かれたら自殺モノの話だ。
 もう、日は傾きかけている。
「そっか……うーん……」
 鴻平クンは、考え込んでしまった。
「あのさ、椎子」
 あたしの方を向いて、鴻平クンが言う。
「なに?」
「その……今日のことで、こりた?」
「え? あ……ううん」
 ふるふると、あたしは首を横に振る。
 ちょっと、顔が火照った。
「よかった……」
 ぽつん、と鴻平クンがつぶやく。
「え、今、何て言ったの?」
 あたしは、思わず大きな声で訊いてしまう。
「いや、その……オレもさ、最近、ちょっとはまったきたから……これで、椎子がやめにしようなんて言ったら、寂しいからさ」
「……」
 何だろう。なんだか、すごくヘンなこと、言われてるのに……。
 告白されたときより、ドキドキした。
 あたしも、そうとうヘン……。
「じゃあ、これから、もっと気をつけないとな」
「そだね」
 そう返事をして、あたしは、こらえきれなくなって、くすくす笑い出した。
 どうしてだか分からないけど、なんだかおかしかったのだ。
 そんなあたしの横顔を見て、鴻平クンが、ふっと微笑む。
 そして、きゅっ、と手を握ってくれた。
 恋人のフリをした、ドレイと、ご主人様……。
 あたしと鴻平クンは、ベンチに座ったまま、ぼんやりと、空と海を眺めていた。



 あ、そうそう――
 鴻平クンが買ってきたパンツは、グリーンのストライプ模様だった。
あとがき

BACK

MENU