桜の記憶



 夢の風景は、懐かしい街だった。
 幼い頃の思い出の断片が、淡い色に彩られ、無秩序に展開する。
 小学校入学前、最初の引越しを経験する以前の出来事だ。
 そしてその夢は、いつしか、一人の幼い少女の記憶へと集約していった。

 ――さくらー、ついてくんなよー!
 彼は、ひょこひょこと自分の後ろについてくるその少女に、声を上げていた。
 幼稚園の同級生、さくら。
 何かにつけて自分につきまとってくるその少女を、幼心に「オンナノコ」としてはっきりと意識していことを、彼は憶えている。
 もともと彼は、当時から驚くほど早熟な子供だった。無論、幼稚園児にしては、という注釈付きではあるが。
 しかし、彼はその時、かつてないほどに困っていた。
 その日は、ちょうど、親の仕事の都合による急な引越しのことを告げられた翌日だったのだ。
 ――もうすぐ、いっしょのがっこーだね♪
 ニコニコと微笑みながら、彼はさくらとよくそんな話をしたものだった。
 ――いっしょのしょーがっこーいって、いっしょのちゅーがっこーいって、いっしょのこーこーいって、いっしょのだいがくいって……
 ――それから、それから、ふたりでケッコンしようね♪
 あまりにも他愛無い、二人の大事な約束。
 その約束を、破らなくてはならない。
 彼は、そのことをさくらに言うことを考えただけで、泣きそうになった。
 それでも、言わなくてはならない。
 いつもの笑顔を浮かべるさくらを前に、彼は極度に緊張し、そして、猛烈な尿意を覚えた。
 そういうわけで、彼は大事な話を中断させ、あわてて公園のはしで用を足そうとしたのである。
 ――どーしたのー? いっしょにあそぼーよー♪
 さくらは、無邪気な笑顔でそう言いながら、彼についてくる。
 ――ついてくんなってばあ! オレ、これからおしっこすんあからさあ!
 そう言われても、さくらは、きょとん、とした顔をするだけだ。
 彼は、そんなさくらに、思わずこんなことを言ってしまった。
 ――それとも、さくらもいっしょにするかー?
 びくっ、とさくらの体が震える。
 彼は、いつのまにか尿意を忘れ、ある衝動に突き動かされていた。
 好きなコをいじめたいという、幼く残酷な気持ちである。
 ――しないなら、もういっしょにあそんでやんないぞ!
 そんなことを言って、泣かせて、いっしょうけんめい謝って、手をつないで一緒に帰る。
 それが、お定まりのコースのはずだった。
 しかし、その日のさくらは違った。
 ――で、できるもん!
 そう言ってさくらは、顔を真っ赤にしながら、彼の前でパンツを下ろしたのだ。
 そして、目に涙をにじませながら、その場にしゃがみこみ、おしっこを出そうとする。
 無論、出ないものを無理に出そうとしても、そう簡単に出るものでもない。
 彼は、自分のために、白いお尻をむきだしにしてぷるぷる震えているさくらに、言いようのない興奮を覚えていた。
 幼いペニスはまだ勃起することを知らないが、それでも、罪悪感を伴ったむずがゆい快感が、股間で高まっていく。
 そして、目の前で顔を赤くしながらおしっこをしようとしている少女とは、あと数日で会えなくなるのだ。
 ――さくらッ!
 彼は、半ば本能に弾かれるようにして、さくらを押し倒していた。
 ――きゃああン!
 あまりのことに、下半身を剥き出しにしたさくらは、高い悲鳴をあげてしまう。
 そして――

 そして彼、林堂智視は、四月の朝日の中、目覚し時計の容赦ない電子音に叩き起こされたのだった。



(我ながら、恥ずかしい夢だった……)
 林堂は、ぼんやりとそんなことを思いながら、懐かしい街並みを歩いていた。
 十年前に引っ越して、それ以来、一度も訪れることのなかった、自分の生まれた街。
 そこに、この春、帰ってきたのだ。
 街の様相はずいぶんと変わっていたが、それでも、昔のままの風景は充分に残っている。
 林堂は、もともと感動をあまり外に出さないタイプではあるが、それでも、確かに胸に迫るものがあった。
(さくら……か……)
 思わず苦笑いしながら、林堂は、この四月から通うことになった高校の門をくぐった。年代もののプレートに、「私立星晃学園」の文字がレリーフになっている。
 一陣の風に、校庭の桜の花びらが、舞った。

「林堂です、よろしくお願いします」
 HRで、そっけない自己紹介をして、席につく。
 もともと、この四月でクラス編成が変わっている。それでも、クラスに一人も友人のいない林堂は、どこか浮いていた。
 そもそも、林堂の容姿自体、人目をひく。長身に、冷たい印象を人に与える秀麗な目鼻立ち。そして、普段は後で尻尾状に結んだ長く伸ばした髪。その眼光は鋭く、どこか油断ならない感じだ。
 観察したところ、クラスの男子の一部に反感を買ったようだ。これはいつものことだが。
 一方、女子の方は、かなり違った目で自分を見ている者が多い。
 どうやら林堂は、ある種の女子にもてる部類の男らしい。林堂は、そのことを、ひどく冷静に意識していた。
 と、一際熱っぽい視線を、林堂は背中に感じた。
 視線を感じる感覚器官なんてものはないはずなのに、これはずいぶんとおかしなものだ、と思いながら、ちらりと振り返る。
 と、斜め後の席の、可愛らしい丸顔の少女が、こちらを凝視していた。それなりに整った顔に浮かんでいる表情は、妙にあどけない。ポニーテールを結ぶ大きなリボンが、その表情によく似合ってる。
 世間に対して何の屈折も抱いていないような顔だ。
 林堂とはまったく逆のタイプである。
 林堂は、何か? という意味を込めて、少女に対して軽く微笑んだ。こういう、高校生離れしたキザな態度が自然に出てしまう点で、林堂は同性に疎まれ、一部の異性を意識せず惹きつけてしまうのだが。
 少女は、そんな林堂の微笑に、にぱっ、と花が咲くような笑顔で応えた。
 どことなく、見覚えがあるような笑顔だ。
 何となく拍子抜けして、林堂は顔を前に戻す。配られた座席票で確認すると、少女の名は、西永瑞穂というらしい。
(そんなわけ、ないよな……)
 思わず淡い期待を抱いてしまったことに、林堂は、自嘲の念を抱いていた。

 数日が何事もなく過ぎていき、林堂は、校内を散策しながら、気に入りの場所を探そうとしていた。
 人がおらず、静かで、読書や思索にふけるのに都合のいい場所を、だ。
 そして林堂は、管理棟の屋上を見出した。教室のある本校舎や、特別教室のある特別棟の屋上には、休み時間には必ず何人かの生徒がいるのだが、管理棟の屋上は穴場だったのである。
 この管理棟に接して、星晃学園の名物である時計塔がそびえている。
 林堂は、その時計塔の壁に背中を預け、ぼんやりと校庭の桜を眺めていた。そろそろ、あの桜も散ってしまうだろう。
 自分の中の、あの淡く切なく痛みを伴う思い出も、どうにかしないといけない、などと考える。
「あ、先客?」
 と、そんな女子の声で、林堂は現実に引き戻された。
 見ると、そこに、ひどくスタイルのいい女生徒が立っている。すらりとした肢体に、豊かな胸。鼻筋が綺麗にすうっと通り、金褐色のロングヘアが、風に揺れている。制服であるセーラー服があまり似合ってるとは言えないのだが、そういうミスマッチも、彼女の魅力を損ねてはいない。
 一言で言うなら、どこか日本人離れした美少女だ。
「ここ、空いてるよね」
 隣のスペースを指し示す彼女に、林堂は鷹揚に肯いた。
 すとん、と少女が林堂の隣に座り、ポケットからライターと煙草を取り出す。
 彼女は、慣れた手つきで煙草に火をつけ、深々といい香りの煙を吸いこんだ。
「……学園構内は、禁煙じゃないのか?」
 その煙の香りに思索を妨げられるのをうとましく思い、林堂が言う。ひどく大人びた口調だ。
「管理棟は、禁煙じゃないわ。教員だって廊下で吸ってるでしょ」
「あれは喫煙スペースだからだろう」
 林堂が、少女の反論を軽く受け流す。
 少女は、ややキツめの目をちょっと見開いて、林堂の横顔をじっと見つめた。
「あなた、A組の林堂君でしょ」
 煙草の火を消しながら、少女は言った。
「女子の間で、ちょっとした話題になってるわよ。でも、噂通り、けっこうかっこいいね」
「それはどうも」
 林堂の返事はそっけない。
「――ね。あたしと、付き合ってみない?」
 少女は、何でもなさそうな口調で、そんなことを言った。林堂が、頭を巡らせ、少女の方を向く。
「まだ、名前を聞いてない……」
「2−Dの、月読舞」
 林堂の視線を、真正面から受け止めながら、彼女――舞は言った。
「つくよみ、まい……? ずいぶんと雅な名前だな」
「みやび?」
 彼女の頭の中の辞書ソフトには、そんな言葉は無いらしい。ちょっときょとんとした顔になる。
「褒め言葉だよ」
「……で、返事は?」
「別に、付き合ってもいいが……やめといた方がいいような気もする」
「何よそれ?」
「今に、分かるさ」
 林堂は、そう言って、淡く微笑んだ。



 林堂と舞は、その日から、一緒に下校するようになった。
 互いに見栄えのする二人だし、雰囲気にも似たところがあって、このカップリングは、学園内では多いに注目を集めた。
 そして二人は――1週間で別れた。
 学園公認カップルとしては、最短記録であった。



「ねえねえねえ、林堂くーん」
 久しぶりに、一人で下校する林堂に、後から声がかけられる。
「……西永か」
「そだよー。西永瑞穂っス♪ よく覚えててくれたねー」
 にこにこと無邪気に微笑みながら、小走りの瑞穂が林堂に追いつく。大きなリボンでまとめられたポニーテールが、ひらひらと宙を舞った。
「同じクラスだからな」
「でも、林堂くん、未だに名前憶えてない人いるでしょ。『なあ』とか『ちょっと』とか言ってるだけなの、知ってるもん」
 図星を突かれ、林堂は少し鼻白んだ。
 実際、林堂は瑞穂とほとんど話らしい話をしていない。彼女の名前を憶えていたのも、一学期初日に、幼い頃の思い出と瑞穂のことを重ねてしまったからに過ぎないのだ。
「あのさ……えっと、ちょっとビミョーな話をしたいんだけど、いいかな?」
「月読のことか?」
「あぅ……そ、そう」
 あっさりと言ってのける林堂に、しばし絶句した後、瑞穂は言った。
「ここじゃなんだからさ、喫茶店、寄らない?」
「構わないが……」
「おごるからさ♪ あ、遠慮しなくていいよ。お金は委員会から出るんだから」
「委員会?」
「学園カップル認定委員会」
「なんだいそりゃ……」
 林堂は、さすがに呆れたように呟いた。
「非公式だけど、歴史と伝統ある委員会だよ。ちなみにあたしはA組担当」
 そう言う瑞穂に、林堂は小さく肩をすくめていた。

「月読が俺をふった。要するに、そういうことだ」
 林堂は、エスプレッソの小さなカップに口を付けた後、そう言った。一方瑞穂は、オレンジジュースのストローを咥えたまま、林堂の話を聞いている。
「逆でないことは、月読の名誉のために言っておく」
「で、そのぅ……別れた原因、訊いていいかな?」
「ふられた原因?」
 林堂が、律儀に言い直す。
「この性格に愛想をつかされた、といったところじゃないか?」
 しゃあしゃあと林堂は言ってのけた。
「ふーん……なんか、あんまりドラマチックじゃないなぁ」
「そんなもんだ。――しかし、人の色恋沙汰を話の種にするのは、感心しないな」
「う、うちは、そういうんじゃないよぉ!」
「どう違うんだ?」
 ムキになって否定する瑞穂に、林堂が面白そうに訊く。
「うちは、正確な情報を責任もって提供するのがモットーなの! 根も葉もない噂話や、無責任な憶測で泣きを見るよりはよっぽどいいって、そう言われてるんだから!」
「噂になりたくないカップルもいるだろうに」
「そういう人には、ムリに取材しないもん」
「立派な心掛けだな」
 そんな林堂の言葉に、瑞穂は、ぷー、と子供のように頬を膨らませた。
 そして、一気にジュースを飲み干して、一息つく。
「じゃあ、これで、取材はおしまい」
 そう言って、瑞穂は真顔に戻った。
「でさ……これは、個人的な話なんだけどさ……」
「……え? あ、あぁ」
 瑞穂の、ころころとよく動く表情をぼんやりと見つめていた林堂は、珍しく、ややうろたえた声をあげた。
 幼いころのさくらの淡い思い出と、この目の前の少女のあどけない顔が、なぜかどうしても重なってしまう。
「あたしは……林堂くんと月読さんが別れてくれて、ちょっと、ほっとしてる……かな」
「……?」
「だってね、月読さん、あまり評判よくないし……本人がよくないって言うより、何て言うか……トラブルメーカー、なのかな? その、つまり……」
「……」
「あーもう、月読さんのせいにしちゃだめだよね!」
 そう言って、瑞穂は、ぎゅっ、とその小さな拳を握った。
「あたし……あたしね……あたし、林堂くんが……好き……みたい……」
 林堂は、困ったように眉を曇らせた。正直、またか、という気持ちがある。
「どうして、俺のことを?」
 そう言う自分の口調を、我ながらちょっと冷たいか、などと思ってしまう。
「あのね……なんだか、林堂くん、可哀想で」
「は?」
 予想外の言葉に、林堂は、思わず声をあげてしまっていた。
「だ、だって、だってさ、林堂くん、なんだか、いっつもムリしてるって言うか、本音で喋ってないって言うか……誰にも、気を許していないって感じで……寂しそうで、可哀想で……辛そうで……って、なんか、ヘンかな?」
「……」
 林堂は、絶句していた。
 確かに自分は、滅多に本音を言わないし、クラスの中で孤独でもある。しかし、それは自分の態度や性格によるものだし、同情される筋合いのものではない。
 普段の林堂なら、そう考えるはずなのだが……。
「お前にそんなこと言われると……なんだか、ほんとにちょっと哀しくなってきた」
 思わず、林堂はそんなことを言ってしまっていた。
 本音だった。そして、こんなに素直に胸のうちを明かしたのは、ひどく久しぶりな気がする。
「あ、無神経なこと、言っちゃった?」
「いや、そうじゃなくて……俺……」
 そして林堂は、自分でも思ってもみない言葉を、口にしていた。
「……うちに、来ないか?」



「ふーん、ここが林堂くんの部屋なんだあ……」
 中古のマンションの一室に案内された瑞穂は、感心したような声をあげた。
 濃いブラウンのフローリングに、白い壁紙。黒い鉄製のパイプベッド。シンプルなデザインのパソコンラックには、自作らしい銀色のケースのマシンが鎮座している。
 林堂の両親は、まだ働きに出ている。3DKの部屋の中、二人きりである。
「本棚とかないの? マンガとかさ」
「ない。大抵、図書館やネットで用が済むからな」
「そんなもんかなあ」
 そう言いながら、瑞穂は、無警戒な表情で、すとん、とベッドに腰を下ろした。
「……」
 林堂は、しきりに感心した声をあげる瑞穂を尻目に、洋服ダンスの引出しから、銀色に光る何かを取り出した。
「何それ?」
 そう言う瑞穂に、林堂が手の中のそれをひょい、と放り投げる。
「わ! ――これって……手錠?」
「ああ」
 林堂が、短く返事をする。瑞穂は、そんな林堂の顔と、意外と重い金属性の手錠を、交互に見比べた。
「それを見つけて、月読は俺をふったのさ。当然だけどな」
「え? それって、つまり……どういうこと?」
「多分、俺……そういうので拘束しないと、女を抱けないんだ」
 瑞穂は、あまりに直接的かつ異常な林堂の言葉に、その目を丸く見開いた。
「え、ええっと……えすえむ、っていうんだよね。そういうの」
「さあな」
 そっけない口調で言って、林堂は、パソコンの前のイスに、背もたれを抱えるような姿勢で座った。
「自分でも、よく分からない。ただ俺は……手錠とか、縄とか、拘束具とか……そういうので自由を奪われてる女にしか、興奮しないんだ。普通のヌードとか見ても、反応しないんだよ。心身ともにな」
 自嘲じみた口調で、林堂が言う。
「あ、誤解するなよ。俺、まだそういうプレイとかは、したことないぜ。ただ……分かるんだ。自分が、何を求めてるのか……。ま、要するにただの変態なんだろうけどな」
「……なんで、そんなこと、話してくれるの?」
 瑞穂の言葉に、林堂はかすかにうつむいた。
「やっぱ、迷惑だったか」
「ううん! そ、そんなことないよ! ただ……なんでだろうなあって……。だって、そういうことって、普通は秘密にしたがるでしょ」
「なんで、だろうな……お前なら、こういうこと、きちんと聞いてくれそうな気がしてさ……。月読にも、きちんと話そうとはしたんだが……話せなかった。いや、話をしても、聞いてもらえなかっただろうけどな」
「……」
 瑞穂は、林堂の言葉に、返事をしなかった。
 林堂も、それ以上は話さない。沈黙が、殺風景な部屋をしばし支配する。
 そして、がちゃり、という金属音が、その沈黙を破った。
「これで、いいの?」
 驚いて顔を上げる林堂に、瑞穂は、自分の両手首を見せた。
 そこには、手錠の金属性の環がはまっている。
「西永……」
 林堂は、思わず立ちあがり、茫然と呟いていた。
「林堂くん……」
 自らの両手を手錠で戒めた瑞穂が、ちょっとかすれたような声で言いながら、林堂に歩み寄る。
 林堂は、まるで吸い寄せられるように、その細い肩に両手を置いた。
「西永、俺は……」
「林堂くん……あたしのこと……好きにして……」
 ピンク色の柔らかそうな唇が、そのあどけない顔に似合わない言葉を紡ぎ出す。
 林堂は、身の内が燃えるような興奮にさらされていた。
 激情に脳内の血液が旋回し、ズボンの中のそれは、痛みを覚えるほどに屹立している。
「西永……っ!」
 林堂は、叫ぶようにそう言って、瑞穂の体をきつく抱き締めた。
 無論、手錠をした瑞穂は、抱き返すようなことはできない。ただ、一方的に抱き締められるだけだ。
 林堂の腕の中で、瑞穂が、切なそうに眉をたわめる。
 そんな瑞穂の体を、林堂は、ベッドの上に横たえた。
「あ……」
 さすがに顔を赤くしながら、瑞穂は、両手をそろえて、胸をかばうような姿勢になる。
 瑞穂のセーラー服のスカートに、林堂が手をかけた。
 びくっ、と瑞穂の華奢な体が震える。
 林堂の顔が、上から瑞穂の顔を覗き込んだ。その瞳には、いつもの皮肉げな様子はなく、どこか切羽詰ったような色がある。
 瑞穂は、かすかに怯えに似た表情を浮かべながら、こくん、と肯いた。
「いいよ、林堂くん……」
 そして、聞こえるか聞こえないかというくらいかすかな声で、そう囁く。
 林堂は、ぎゅっと一度目を閉じた後、目を開き、瑞穂のスカートのホックを外した。
 そして、スカートを脱がせ、さらに水色のショーツをずり下げる。
「ン……っ」
 淡く恥毛に覆われただけの、ひどく幼い外観のその部分を露わにされ、瑞穂は目を閉じて顔を背けた。
 そして、今になって、自分のしていることの重大さに気付いたように、かたかたと細かく体を震わせる。その目尻には、じんわりと涙がにじんでいた。
 しかし、そんな瑞穂の怯えた様子が、かえって林堂の欲望を煽る。
 林堂は、犬のように喘ぎながら、瑞穂の片脚をショーツから抜き取った。くしゃっ、と可憐な下着が、瑞穂の足首にまとわりつく。
「ひゃっ!」
 瑞穂は、高い声をあげていた。
 林堂が、まるで誘われるように、瑞穂の股間に顔をうずめたのだ。
 林堂の舌が、瑞穂のスリットをえぐるように舐め上げる。
「あひ……や……イヤぁ……!」
 瑞穂は、泣き声のような悲鳴をあげて、両手で顔を覆った。じゃらっ、と手錠の鎖が鳴る。
 しかし林堂は、逃げようとする瑞穂の腰をしっかりと抱え、かすかにざらついた舌で、綺麗なピンク色の粘膜を舐めしゃぶった。
 両手に伝わる瑞穂の戦きが、何よりも林堂を興奮させる。視界が赤く染まり、頭の中で次々と血管が千切れているような錯覚すら感じていた。
 まるで、林堂の舌による蹂躙から我が身を守ろうとするかのように、瑞穂のそこが、じんわりと粘液を分泌し始める。
 独特の酸味のあるその液体を、林堂は、瑞穂の羞恥を煽ろうとするかのように、わざと音をたててすすった。
「い、いやあ……林堂くん……そんな……やめてぇ……っ……」
 耳まで顔を赤くしながら、瑞穂が、いやいやとかぶりを振る。
 しかし林堂は、ほころび始めた肉の花弁をますます乱暴に舐め、恥丘全体に情熱的にキスの雨を降らせた。
 ようやく、林堂が口唇愛撫を中断したときには、瑞穂はぐったりと体から力を抜いていた。
「はぁぁぁぁ……」
 その瞳は、始めて経験した激しい性感にとまどいながらも、どこか潤んでいる。
 林堂は、唾液と愛液に濡れた口元をぬぐい、学生ズボンを脱ぎ捨てた。
 そして、瑞穂の脚の間に、自らの腰を割り込ませる。
 林堂の腰に押されるように、瑞穂の形のいい脚が、さらに開いていった。
「西永……」
 興奮にやや上ずった声でそう言いながら、林堂は、急な角度で屹立する自らの怒張を、濡れ光る瑞穂のスリットに押し当てた。
「ひッ!」
 その、あまりの熱さに、瑞穂は我に返る。
「り、林堂くん……」
 怯える瑞穂の瞳。そろえられた可愛らしい二つの握りこぶし。かちゃかちゃと鳴り続ける手錠の鎖……。
「西永ッ!」
 正体不明の兇暴な衝動に突き動かされるように、林堂は、腰を進ませた。
 熱くたぎるペニスの先端が、瑞穂の純潔のしるしを貫いていく。
「――ッあ」
 瑞穂は、目を見開いていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアーッ!」
 そして、体の内側を割り裂かれるような激痛に、絶叫する。
 林堂は、牡の本能の命ずるままに、腰を動かし始めた。
 鮮血がペニスにからみつき、白いシーツを濡らしていく。
「いた……い……ッ! ひッ……いた、い……いたい、よぉ……っ!」
 涙を溢れさせながら、瑞穂が訴える。
 しかし林堂は、自分でも腰の動きを止めることができない。それどころか、ますます激しい動きを、瑞穂の体内に送り込んでしまう。
「ひぎっ……ひっ……い……いぁ……ぁ……いぁぁぁぁ……」
 瑞穂は、もはや悲鳴をあげる体力すら失ってしまったかのように、すすり泣くような喘ぎをあげるばかりだ。
 林堂は、何かに耐えているような表情で歯を食いしばりながら、抽送を続けている。
 血にまみれた靡肉が逞しい剛直に絡みつく様が、無残なほどだ。
「ぃ……ぃぁ……ぁあ……あン……ぅあああぁ……」
 と、次第に、その瑞穂の声が、変化しつつあった。
 媚のような、艶のような、蕩けるような響きが、混じり始めたのである。
「あ、ンあぁ……あぃ……あ、あああああッ?」
 瑞穂は、自らのの内に生じた変化に戸惑っているかのようだ。
 初めての異物の侵入にさらされている膣口からは、血とは異なる粘液がぬるぬると溢れ、林堂のペニスの動きを滑らかにしていく。
「あ……ヘン……いたいのに……あたし、あたし……ッ!」
 頬を紅潮させ、瞳をうるうると潤ませながら、瑞穂は林堂の顔を見つめた。
 はぁはぁというその喘ぎは、確かに、快感に甘く濡れている。
「どうしよう……あ、あたし……いたくて……あつくて……でも、でも……ッ!」
 両手を戒められた瑞穂は、林堂を抱きしめることができない。その代わりに、すがるような目つきで、林堂の顔を見つめ続ける。
 急に、そんな瑞穂に対する愛しさが、林堂の胸に満ちていった。
 あの兇暴な欲望とは別の、奇妙に温かな想いだ。
「あひっ! ンあっ……んく……うッ! あン……んふぅッ!」
 林堂の抽送に合わせて、瑞穂の体が悶え、脳を痺れさせるような高い声が響く。
「西永……っ!」
 林堂は、瑞穂の体に覆い被さり、セーラー服の上を着たままのその体を抱き締めた。
 何枚かの布越しに感じる瑞穂の体温が、ひどく愛しい。
 その愛しさをぶつけるように、林堂は、狂ったように腰を使い続けた。
「あああああああッ!」
 瑞穂が、はっきりと快楽の声をあげた。
「あああッ! ダメ! みずほ、ヘンになる! おかしくなっちゃうっ!」
「にしながッ! オレも、オレも、もう……っ!」
 林堂は、子供のような声をあげながら、すがりつくように、瑞穂の体を抱き締める。
 そして、目のくらむような快感が全身を貫くのを感じながら、林堂は、最後の欲望を瑞穂の体内に解放した。
「にしながあッ!」
「さとみちゃああん!」
 びゅううっ! と凄まじい勢いで、瑞穂の膣内で林堂の精液が迸った。
 射精は、一回では収まらない。びゅうっ! びゅうっ! と呆れるほどの量の白濁液が、瑞穂の体内に注ぎこまれ、破瓜の血と混じって溢れ出る。
「はぁ……っ……」
「ふゎぁぁぁぁぁ……」
 折り重なった二人が、忘れていた呼吸を再開するかのように、熱い吐息を漏らす。
 林堂と瑞穂は、二人の接合部の隙間から、こぽこぽと熱い粘液が漏れ出るのを、ぼんやりと感じていた。



「悪い……痛かっただろ」
 ベッドの上で向かい合って座り、手錠の鍵を外しながら、林堂は言った。
「うーんっとね、確かに、最初は、メチャクチャ痛かったんだけど……」
 ちろっ、と瑞穂は、林堂の顔を上目遣いに見た。まだ、その下半身には何もまとっていない。
「でもね……ヘンなの。途中から、その……すっごく、感じちゃった」
「……」
 確かに、瑞穂の反応は、快感によるそれだった。それでも、林堂としては言葉がない。
「あたし、Mなのかもしれない……もともと、智視ちゃんとはお似合いだったのかもね♪」
 そう言って、瑞穂が悪戯っぽく舌を出す。
「西永……何で、俺の名前分かったんだ?」
「え?」
「いや、俺の名前さ……よく『ともみ』とか、『さとし』とか間違われるんだけど……一発で『さとみ』って読めたのは、お前が初めてだ」
「分かったって言うか……思い出したんだよ、智視ちゃん」
「お、思い出した?」
「うん。昔はよく一緒に遊んだじゃない。って言うか、あたし、よくいじめられたよね」
「え……?」
 瑞穂の意外な告白に、林堂は、絶句した。
「でもね、あたし、智視ちゃんにいじめられるの、あのころから好きだったのかもしれない」
「……」
「それでさ――智視ちゃん、前に引っ越すとき、あたしにおしっこさせようとして、その上、押し倒したでしょ」
「お、お前……」
 かあっ、と林堂の秀麗な顔が赤くなる。瑞穂は、そんな林堂の顔を見て、くすくすと笑った。
「あの時、あたし大暴れして、で、智視ちゃんのおちんちん、蹴飛ばしちゃったんだよね」
「あ――!」
 全ての記憶が、林堂の中で蘇った。
(そうだ。おれはあの時、さくらに股間を蹴られて……それで……それで……それで、こんな趣味に?)
「情け無い……」
 林堂は、右手で顔を覆い、うめくように言った。
「思い出した?」
 そう言いながら、瑞穂は、シーツに両手をついて、林堂の顔を覗き込む。
「思い出した。ついでに、お前の名前もな」
「なまえ?」
「ああ。佐倉瑞穂……いつ、西永になったんだ?」
「……中学生のときだよ。……親がね、離婚したの」
 ちょっと寂しそうに、瑞穂が微笑む。
「そうか……」
「そ。女の苗字なんて、すぐ変わっちゃうんだから」
 そう言いながら、瑞穂は、ますますその顔を林堂の顔に近付けていく。
「だから……これからは、瑞穂って呼んでほしいな」
 そう言って、瑞穂は目を閉じた。
「瑞穂……」
 林堂は、そんな瑞穂の柔らかな頬を両手で包み、これ以上はないというくらい、優しいキスをする。
 それは、いかにもファーストキスにふさわしい口付けだった。
あとがき

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