月の引力



 ふと空を見上げれば、月が、いつものように、こちらを見下ろしている。
 そんな夜の街を、二人の少年が歩いていた。
 紺色の、詰襟の制服姿である。ボタンではなく、ファスナーで前を留めるタイプの服だ。
 私立星晃学園の制服である。
「郁原さあ、お前の気持ちも分からんじゃないけどさ」
 並んで歩いている少年のうち、背の低い方が言った。まだ中学生のような幼い顔立ちに、鳥の巣のようなぼさぼさ頭。鳶色の瞳が、落ち着きなくきょろきょろ動いている。やんちゃぼうず、という言葉がぴったりくるような外見だ。
「月読は、お前には似合わねーって。もっと地味なのにしろよ」
「……別に、浩之助に付いて来てくれって頼んだ憶えはないんだけど」
 郁原と呼ばれた少年が、その顔をかすかにしかめながら言う。おとなしく髪を分けた、優しげな顔立ちの少年だ。それなりに整ってはいるが、地味といえば確かに地味な顔である。
「冷たいこと言うねエ。オレたちゃ親友だろ?」
 浩之助と呼ばれた少年が、大げさに表情を作って言った。そういう仕草も、ますます子供っぽい。
「んなこと言って、面白がってるだけなんでしょ」
「そりゃまあ、面白いコトになってくれりゃ、面白いけどさ」
「なんだいそれ……」
 そんなことを言い合いながら、二人は、次第に怪しげな雰囲気の繁華街へと、歩を進めていった。
 二人のフルネームは、郁原竜児と片倉浩之助。小学校の頃からクラスが同じという、いわゆる腐れ縁である。
 そして、会話に出てきた“月読”という名前の生徒も、今年は二人と同じクラスだ。
 フルネームは、月読舞。
 整った目鼻立ちに、褐色に近い金髪。何かとよくない噂の立つ女生徒だ。
 特に、男女関係に関する噂が多い。つきあってるとされた男子を数えるには片手では足りないし、最近では、援助交際や売春をしているという話も出ている。
「それをこの目で確かめようってんだから、熱血だね」
 にやにや笑いながら、浩之助は郁原に言った。
「だいたい、見つけたらどうしよってンだよ。お説教でも始める気?」
「そりゃあ……」
 そう、郁原が言いかけたとき、その袖を、浩之助がつん、と引っ張った。
 二人の視線の先で、制服姿の少女が、男たちに囲まれている。
 車が入ってこないような、狭い路地だ。ぴかぴかと自己主張する看板たちが、ひどくいかがわしい。
「月読じゃん」
「うん……」
 浩之助が指摘したとおり、男たちに囲まれているのは、月読舞だった。
 男たちは、普通の勤め人の格好ではない。派手なシャツにノーネクタイ、趣味の悪いジャケットやジャンバー、そして、ファッション性より威嚇効果を狙ってるとしか思えないヘアスタイル……。その筋の職業の連中である。
 人数は、四人。下卑た笑みを浮かべながら、半円を描くようにして、舞の華奢な体を、ビルの壁際に追い詰めている。たまに通る通行人は、関わりを恐れて、視線を向けようともしない。
 舞は、精いっぱい胸を張り、男たちの顔をにらんでいるが、その表情には、かすかに怯えの色があった。
「いかにも、ウリの交渉決裂って感じじゃんよ」
「……」
 浩之助の言葉に、郁原は沈黙で答えた。その目には、どこか悲愴な色が浮かんでいる。
 と、男のうち一人が、舞の細い腕を乱暴に握った。
「いやッ!」
 舞が、高い声で叫ぶ。
 その時すでに、浩之助は走り出していた。
「るっきゃあああああッ!」
 どこか猿のような奇声をあげて、舞の腕を握る男の背中に、右足を繰り出す。
「な!」
 どん、という衝撃を背中に感じ、男は舞の腕を放して振り返った。
 その男の左肩に、浩之助は左足を着地させている。男の背中を駆け上ったのである。動物じみた身軽さだ。
 そのまま浩之助は、サッカーボールキックの要領で、男の頭を蹴り飛ばした。
「んべッ!」
 男が、何も分からないまま、棒のように昏倒する。
 そして、男が倒れたその場所に、面白い遊びを見つけた子どものような表情の浩之助が、すとん、と降り立った。
「片倉浩之助さんじょお!」
 どういうつもりか、わざわざそんなことを叫ぶ。
「な、な、な、な……」
 なにをする、とか、なんだこのガキ、などと言いたいのだろうが、男たちの脳味噌は、きちんとした反応ができないでいる。
「りゃッ!」
 そんな男たちをすり抜けるようにして、浩之助は壁に向かって走った。
 そして、斜めに数歩、壁を駆け上る。
 浩之助が、壁を蹴った。
「けィヤあああああッ!」
 まったく予想外の角度から、浩之助の飛び蹴りが、二人目の男を襲った。つま先が、鳩尾に食い込んでる。
 男は、胃の中のものを撒き散らしつつ、コマのように回転しながら倒れた。
「月読さん、こっち!」
 ようやく反撃の態勢に入った男たちの背後から、凍りついたように動かなくなってる舞に、郁原が声をかけた。
 すでに、すっかり男たちの眼中の外にある舞が、肯いて走り出す。
「あ、あんた、郁原?」
 舞にそう言われて、郁原が肯く。
 二対一で、心底楽しそうに乱闘をしている浩之助を後に、二人は並んで走った。
「あいつはどうするの?」
「浩之助なら、心配ないよ! ヤツが好きでやってることだし」
「……」
 そう言われて、舞は走ることに専念した。
 郁原に比べて、舞の足は遅い。だが、ここで舞を置いて行っては意味がない。
「月読さん、しっかり!」
「るっさいなあ、もお!」
 喫煙の習慣がいけないのか、もともと体力がないのか、舞の息はあがっている。
 それでも、舞は走り続けた。いきがってはいたが、相当あの男たちが怖かったのだろう。
 と、前方不注意で走る舞が、どん、と真正面から人にぶつかった。
「月読さん!」
 ちょっと先行していた郁原が、慌てて駆け戻る。
「あいたー」
「大丈夫?」
 尻餅をついてしまった舞に、ぶつかられた方が訊く。落ち着いてはいるが、少年の声だ。
 そして、郁原が驚いたことに、その声の主も、やはり星晃学園の制服を着ていた。
「奇遇だね、舞……と言いたいとこだけど、実は、キミを探していたんだよ。何だか大変そうだね」
 舞とぶつかった少年は、なんとなく笑みを含んだような声で言った。均整のとれた長身に、彫りの深い整った顔。ゆるくウェーブしたやや長い髪が、よく似合っている。どことなく、郁原にも見覚えのある顔だ。
「ひめぞの、くん……」
 舞は、震えた声でそう言った。あの男たちに囲まれていたときよりも、いっそう怯えた様子である。
「月読さん、知り合い?」
 そう訊かれて、舞は、バネ仕掛けのように立ち上がり、きょとんとした顔の郁原の背後に、慌てて隠れた。
「ちょ、ちょっと……」
 背中に舞の体温を感じながら、その過剰な反応に、郁原は困ったような声をあげてしまう。舞のスレンダーな体は、小刻みに震えているようだ。
「はじめまして。ボクは、姫園克哉。キミは?」
「い、郁原竜児……」
「イクハラ君、か。……珍しい苗字だね」
 そう言いながら、姫園と名乗ったその少年が、郁原に近付いていく。
 いつのまにか、郁原と、その背後の舞は、店の看板と看板の間に立っていた。そんな二人が歩き出すのを妨げるように、姫園が立っている。
 と言っても、別に姫園に悪意はなさそうだ。声をかけてすりぬけようとすれば、そのまま通してくれそうな、和やかな雰囲気である。
「郁原――」
 舞が、郁原の背中に、そっと囁いた。
「郁原、あたしを連れて、逃げて……」
 まるで、助けを求める幼女のような、頼りない声。
 その時――
「てめえ、そこ動くな!」
 通行人を押しのけながら、男の一人が、こちらに走り寄ってきた。
 服に、べっとりと吐瀉物が付いている。浩之助に鳩尾を蹴られた男が、蘇生したらしい。
「がきゃあッ!」
 目を血走らせた男が、風でくるくると回る仕掛けの不動産屋の看板越しに、舞に手を伸ばす。
 その時、姫園の右足が、ひゅん、と緩い弧を描いて宙を舞った。
「!」
 男は、そのまま白目をむき、看板を抱くような格好でぶっ倒れた。
 がっしゃあん、という派手な音が、夜の街に響く。
 姫園が、顔色一つ変えずに、すぐ傍を走った男のこめかみに蹴りを入れたのだ。
 その軸足の左足は、ぴくりとも動いていない。
 そしてその表情には、あの和やかな笑みが浮かんだままだった。ケンカを心底楽しんでる浩之助の顔とも違う、どこか仏像を思わせる微笑である。
「――月読さん!」
 そんな姫園に本能的に危険を感じて、郁原は舞の手を握って走り出した。
 そのまま、路地とも言えないような、狭いビルとビルの間に入り込む。
「ちょ、ちょっと!」
「だいじょぶ! 道なら分かってるから!」
 ここらへんは、子どものころから、浩之助とともにさんざ“探検”し尽くした場所である。路地の配置から廃ビルの鍵の壊れたドアの場所まで、すべて頭に入っている。
 二人が消えた隙間を、姫園が、例の微笑みを浮かべたまま、じっと見つめていた。

 二人は、アーケード街の中にあるファーストフードショップで、一息ついていた。
「はぁあー、つかれた……おなか、すいたァ……」
「はい、これ」
 そう言って、郁原が、平日半額のハンバーガーを、イスにへたり込んだ舞に渡す。
「ありがと」
 舞が、ハンバーガーにかぶりつく。
「コレ、郁原のオゴリ?」
「それでいいよ」
「ふーん」
 そう言って、舞は、郁原の顔を眺めた。
 郁原は、その優しげな顔をちょっと赤くして、舞の視線を受け止めている。
「あの……姫園って人……誰?」
「別に」
 舞の返事は、そっけない。さっき、あれほど怯えていたのが嘘のようだ。
「それよりさ、郁原……」
「なに?」
「あたしのこと、買わない?」
「えええッ!」
 郁原は、ここが店内であることも忘れて、大声を出していた。
「そ、それって、どういう……」
 ますますその顔を赤くして、郁原が言う。それを、舞は面白そうに見ていた。
「言った通りの意味よ。この近くに、知ってるホテルあるし……お代は、このハンバーガーでいいよ」
「……」
「シャワーも浴びたいしさ。……ね?」



 郁原がシャワーを浴び終わり、舞がシャワーを浴びている。
 郁原は、制服姿でもホテルには入れるのだということに、ちょっと驚いていた。
「……」
 胸を、複雑な思いがよぎる。
 入学したときから憧れていた月読舞と、今、ホテルの中にいる。
 半額バーガーでその体を買った、売春の客として。
 さすがにからかわれているのか、とも思うが、夜の街で舞が筋モノの男たちに囲まれていたことは事実だ。
 そして、あの姫園の微笑み……。
 郁原の考えはまとまらない。
「おまたせーっ」
 シャワーを浴びてさっぱりした笑みを浮かべた舞が、部屋に戻ってくる。
 その、バランスのいいスレンダーな体に、バスタオルをまとっただけの姿だ。
 日本人離れした、そのすらりと長い脚に、郁原は思わず見とれてしまう。
「郁原って、童貞?」
 と、いきなり舞がそう訊いてきた。
「なっ……!」
「だよね。ぜんぜん、遊んでるように見えないもん」
 そう言って、ベッドに座っている郁原の隣に、すとん、とその形のいいお尻を落とす。
「ガキっぽい顔……でも、ちょっと可愛い系かな」
 郁原の顔を覗きこむようにしながら、舞は、無遠慮に言った。
 綺麗に鼻筋が通った顔が、そして、ちょっとキツめの大きな目が、すぐ近くにある。
「あんま好みじゃないけど、今回は特別……」
 そう言って、舞は、ちゅっ、と郁原の唇をついばんだ。
「!」
「あは、もしかして、ファーストキス?」
 そう言いながら、舞は、郁原の体にしなだれかかった。
 郁原の胴に、その細く白い腕をからめる。
「ほら、郁原、時間もったいないでしょ」
 そう言いながら、舞は、自分からベッドに横たわった。郁原は体を引かれ、その上にのしかかるような格好になる。
「……どうしたの? したいようにしていいんだから」
 そう言われて、郁原は、そっと舞の胸に手を伸ばした。
「んふ……男って、ほんと、おっぱい好きだよね」
 そんな舞の言葉が、薄いナイフの刃のように、郁原の心を浅く切り刻む。
 このまま、舞を暴力的に犯してしまいたいような衝動――
 しかし郁原は、その衝動をやりすごし、舞のタオルを、ゆっくりと外した。
 スレンダーな体の割に豊かな双乳が、ホテルの薄暗い照明の中、露わになる。
 郁原は、ちょっと泣きたいような気持ちで、舞の胸にその手を重ねた。
 ふにっ……という、柔らかな感触が、手の中に広がる。
 郁原は、できるかぎり優しく、舞の胸を愛撫した。
 手の平の中で、白い乳房が、形を変える。
「ン……んん……ン……ぅン……」
 舞が、小さな声をあげている。
「ぁ……あぅ……ン……ン、ン、ン、ンッ……」
 見ると、舞は、どこか不思議そうな顔をしていた。
「月読さん、どうかした?」
「え……あ、なんでもない……ンくっ……」
 ぴくん、と舞の体が震える。未経験の郁原にも分かる、明らかな快楽の反応だ。
「あ、あぅ……ン……んく……あぁぁ……っ」
 切ないような、もどかしような声をあげながら、舞が小さく身をよじる。
 郁原は、繊細なタッチの愛撫を続けながら、その手の中で、舞の乳首が硬く尖っていくのを感じていた。
(へえ……ほんとに、乳首って立つんだ……)
 そんなことを思いながらも、自分の愛撫で舞が感じてくれているのが嬉しくて、ますます優しく柔らかい愛撫で、形のいい乳房を責めていく。
 そして郁原は、充血した乳首を指で挟み、きゅっ、と軽くひねりあげた。
「んんんんんんッ!」
 舞は、郁原の方がびっくりするような声をあげて、シーツをぎゅっとつかんだ。
「あ……ン……はぁ……ン……い、郁原、ほんとに、はじめて?」
 舞が、甘い喘ぎの合間に、不思議なことを訊く。
「えっと、そうだけど……」
「だ……だよね」
 はぁーっ、と舞が息をつく。
「なんだか、ちょーし狂っちゃう」
 そう言って、舞は、郁原の股間に手を伸ばした。
「あ……!」
「んふ、郁原、ボッキしてる」
 舞が、その綺麗な顔に淫らな笑みを浮かべながら、あからさまな言い方をする。
 そして、その細く白い指で、郁原の剛直をそろりと撫でた。
「あぅ……っ」
 その部分に初めて感じる他人の手の感触に、郁原はそれだけで腰が抜けそうになる。
「ね……入れていいよ、郁原……」
 ちょっとかすれたような、舞の声が、熱い血液で飽和しそうな脳をさらに痺れさせる。
「え……で、でも、その……ヒニン、とかは?」
「今日は大丈夫なの。だから、ね?」
「うん……」
 郁原は肯いて、ゆるく開いた舞の細い足の間に、その腰を進ませた。
 淡い、髪の毛と同じ金褐色のヘアの下にある、複雑な肉襞。それは、自ら分泌した液にまみれ、きらきらと光っていた。
「月読さん……ここ、濡れてるよ……」
「よ、よけいなこと言わないでよ!」
 自分のことを言われるのは恥ずかしいのか、舞は顔を赤くしながら言った。
「ごめん……」
 そう言いながらも、郁原はくすっと笑ってしまう。
「な、なによお……」
「え? ううん、なんでもない」
 月読さんが可愛かったから、などと言えば、また大きな声を出されるだろう。そう思って、郁原は口をつぐんだ。
 そして、自分でも呆れるほど熱くたぎっているペニスの先端を、ほころびかけた花を思わせる舞のそこに当てる。
「あっ……や、やわらかいんだね、ここって……」
「だ、だから、よけいなことは……あうッ!」
 舞が、思わぬ快楽に息を飲んだ。郁原が、亀頭部分で、舞のそこをくちゅくちゅとかきまわしたのだ。
「ん、んく……あう……んんんッ……!」
「月読さん……?」
「あ、や、やぁン……な、なにしてンのよ……んんッ!」
「ご、ごめん……ど、どこだか分かんなくて……」
 挿入すべき入口を探す動きが、敏感な膣口や陰核を刺激したらしい。
 舞は、さらに顔を赤くして、郁原のペニスを右手で握った。
「ンっ……」
「こ・こ!」
 そう言って、愛液に濡れた郁原のペニスを導く。
「あ、ああぁ、あっ」
 ずりゅりゅりゅりゅっ、と、郁原のペニスが、舞の中に入っていった。
 舞の中の、意外なほど熱い温度と、柔らかな締め付けが、郁原のシャフトを包みこむ。
「あぅ……き、きもちいい……」
 郁原は、思わずそう口走っていた。
「い、いいの? 郁原」
 ベッドに両手をつき、挿入しただけではぁはぁと少女のように喘いでいる郁原を下から見つめながら、舞が訊く。
「うん……すごい……」
「動いてみて……もっと、すごくなるから……」
「うん……」
 郁原は、ぎくしゃくと腰を使い始めた。
 意外と発達した郁原の雁首が、愛液にぬめりながらも、舞の膣内をこすり上げる。
「す、すごいよ……きもちいいよ、月読さん……」
 コツをつかんだのか、少しずつ、腰の動きをスムーズにさせながら、郁原が言う。
 舞のことを想いながら自らを慰めていたときとは全く異なる、ぴったりと吸いつくような淫靡な粘膜の感触に包まれ、郁原のペニスはますます熱い力をみなぎらせていく。
 そして、けして激しくはないが、長いストロークのゆったりとした郁原の動きが、舞の官能をも間違いなく高めていった。
 舞自身が戸惑うほどに、あとからあとから、熱い愛液が溢れ出る。
「郁原ぁ……」
 舞は、まるでキスをねだるように、唇を半開きにしながら、潤んだ瞳で郁原の顔を見つめた。
 ひどく自然な感じで、郁原がその唇を舞の唇に重ねる。
「ン……ン……ン……ン……」
 キスをしている間、舞の表情は、郁原には分からない。しかし、そのかすかな鼻声は、快楽に濡れているようだった。
 体が密着している間、郁原の腰の動きは、短く小刻みなものになる。
「ンあッ!」
 舞は、唇を離して、思わずのけぞった。
「あぅ……っ、い、郁原、ソ、ソコは……」
 偶然、膣内のもっとも感じる部分を膨らんだ亀頭でこすられ、舞は思わず声をあげてしまう。
「ここ、きもちイイの? 月読さん」
 郁原は、察し良くそう言い、さらに小刻みにペニスを抽送させた。
「あ、あああう! ンあうッ!」
 きゅきゅきゅきゅっ、と舞の靡肉が収縮し、郁原の怒張を締めつける。
「あ……っ!」
 まるで、貪欲な軟体動物を思わせる舞のその部分の動きに、郁原は声をあげてしまった。
 が、自らのペニスが暴発しそうになるのを歯を食いしばってこらえ、少しでも快楽を紡ぎ出そうと、ぐいぐいと腰を動かしていく。
「ン、あ、あ、ああア〜……ッ!」
 舞は、とうとう高い嬌声をあげてしまっていた。
「だ、だめエ! そこダメ! あ、あう! んく! ひ! ひゃううううううううン!」
 まだぎこちなさの残る、しかし一生懸命な腰の動きに、なぜか舞はあっけなく追い詰められていく。
「う、うそ……こんな……あうううン! こんなの……は、はじめて……きゃうううううッ!」
「月読さん、月読さん……っ!」
 自分の動きに合わせて快感を訴える月読がたまらなく愛しくて、郁原は、彼女の華奢な体を思いきり抱き締める。
 胸の下で豊かな双乳が形を変えるのが、妙にエロチックだ。
「い、いくはらァ……も、もっと、もっとして……もっともっともっとォ……っ!」
 舞が、快楽に蕩けた声で、さらなる抽送をねだる。
 その声の響きに、脳が煮えるような興奮を覚えながら、郁原は、無茶苦茶に腰を動かしだした。
「ひあああああああああああああああああああああああああああアアアアアアーっ!」
 舞が、歓喜の声をあげた。
 二人の接合部からは、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ、じゅぷ……という淫猥な水音が絶え間なく漏れ、それとともに溢れ出た体液がシーツを濡らしている。
「ンあああッ! あッ! ぅあああッ! あああああああああああああああああーッ!」
「つ……つくよみ、さん……ッ!」
 白い光が脳を灼き、痛いほどの射精の予感がペニスの根元に溜まっていく。
「あン! あ! あッ! イ、イっちゃう! イっちゃう! イっちゃうーッ!」
 妙に頼りなく感じられる、絶頂を次げる声。
「イクうううううううううううううううううーッ!」
 その声を合図にしたかのように、郁原は、たぎる欲望を舞の体内に解き放った。
 びゅるるううッ! と、粘性の高い大量のスペルマが輸精管を駆け抜ける音すら聞こえそうな射精。
 生まれて初めて感じる凄まじいばかりの快感に、郁原の視界は真っ白に染まった。
「ッ! ッ! ッ! ッ! ッ!」
 郁原のペニスは何度も何度も律動し、その度に、大量の精を舞の膣内に注ぎ込んでいく。
 舞は、その熱いほとばしりを感じながら、ぴくぴくとその体を痙攣させていた。その細い腕が、いつのまにか、郁原の体を抱き締めている。
 しばらく、抱きあった二人の動きが止まった。
「ンあ……ぁ……あぁぁぁ……」
 そして二人は、ほぼ同時に、ぐったりと体を弛緩させる。
「あ……あったかぁ……い……」
 舞が、小さくそうつぶやいた。



「あ、あのさ、月読さん……」
 ホテルから出ようとする舞の背中に、郁原は声をかけた。
「こういうこと……まだ、続けるの?」
「……」
 舞が、ちら、と郁原の方を振り向く。どこか、無理に表情を押し殺しているような顔だ。
 にらむような舞の視線を、郁原は真摯な瞳で受け止める。
「なによ……あたしを買ったくせに、文句あるの?」
「そう言われると、弁解の余地はないけどさ……」
 郁原の顔に、ひどく辛そうな表情が浮かぶ。
「あーもう、そんな顔しないでよ!」
 そう言って、舞は視線を前に戻した。
「やめるわよ、こんなこと……初めての客がこんなんじゃ、調子狂っちゃう」
 そして、聞こえるか聞こえないかという声で、そんなことを言う。
「え、何? 何て言ったの?」
「なんでもない!」
 そう叫ぶように言って、舞はホテルから路地に出た。郁原が、周囲を気にしながらそれに続く。
 幸い、路地に人通りはなかった。郁原は、ほっと息をつきかける。
「舞!」
 そのとき、聞き覚えのある声が、路地に響いた。
「お兄ちゃん!」
 舞が、大きな声をあげる。
「舞……いや、月読、こんなところで何してるんだ?」
 郁原は、声の主を見て、声を失った。
 舞に声をかけたのは、星晃学園の教員だった。すらり、と言うよりひょろりと高い長身で、穏やかそうな顔に銀縁眼鏡をかけている。現国の教師で、長谷川圭一。舞や郁原が属するD組の授業も受け持っている。
 その上、長谷川は、その小脇に、まるで荷物でも抱えるように、制服姿の小柄な少年を抱えていたのだ。
 少年は、浩之助だった。抜群の運動能力を誇る彼も、地面に足がつかない状態では、確かに踏ん張りがきかない。しかし、浩之助がかなり小柄とは言え片腕一本で人一人抱えているところを見ると、見かけの割に長谷川は力が強いようだ。
「お、郁原じゃん」
 情け無い姿勢のまま、浩之助が、目を丸くして言う。
「ンなところで月読と何して……」
「何をしていたんだ、月読」
 浩之助のセリフにかぶせるように、長谷川が言う。普段の穏やかな口調からは考えられないような厳しい声だ。
「――お兄ちゃんには、関係ないでしょ!」
 舞は、一言そう言うなり、大通りめがけて脱兎のように駆け出した。
「こら、待つんだ!」
 そう言って、長谷川は浩之助を放り投げるようにして、舞を追った。二人の影が、大通りの人込みの中に消える。
「あーあ、ひでー目に遭った」
 ようやく解放された浩之助が、顔に子どものような笑みを浮かべながら、言う。
「いよいよトドメってときに、あいつに見つかっちまってさァ。逃げ回ったんだけど、追いつかれて、んで、後から抱え上げられちまったよ。長谷川、意外と強ええのな。いやー、まいったまいった」
「……」
 郁原は、あまりにいろいろなことがありすぎて、状況を整理しきれていない様子だ。
「で、郁原の方は、どーだった?」
「え?」
「とぼけなさんなよ」
 そう言いながら、浩之助が郁原の顔をのぞきこむ。
「いや、その……なんだか――」
 郁原は、舞が消えた方をぼんやりと見ながら、言った。
「なんだか、月読さんのことが、ますます分からなくなったよ」
「なんだそりゃ?」
 浩之助が、不満そうに言う。
「言った通りの意味だよ」
「あ、そーかい……じゃあ、あいつのこと、諦めるのか?」
「まさか」
 郁原は、そう言って浩之助に向き直る。
 その郁原の真剣そのものの顔を見て、浩之助が、ひょい、と肩をすくめた。
 郁原が、ちょっと照れたように笑う。
 そしてふと空を見上げれば、月が、いつものように、こちらを見下ろしていた。
あとがき

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