えくすちぇんじ!

− Dual Face Children −




第七章



 廃工場に置き捨てられた木箱に、太刀を抱えるようにして座りながら、津野田は、その細い目を閉ざしていた。
 目蓋の裏に、かつて犯した彩乃の白い肢体が浮かぶ。
 これまで、欲しいものは全て奪うことで手に入れてきた。
 津野田の父親は、この工場が稼動していたときの、工場主だった。工場の事務員として働いていた少女を無理矢理に犯し、そして生まれたのが自分だ。
 津野田の父親は、酒に酔うと、その話をまるで自慢であるかのように話した。
 そして、津野田が高校生になったとき、父親は、事業を知人に乗っ取られた。
 すでに人手に渡ったこの工場で、廃人のようになった父親が首を吊って果てるのを、津野田は、物陰からじっと見つめていた。
 母親は、当然のように自分を捨て、どこへともなく逃げてしまっていた。
 津野田は、学校を辞め、犯罪組織に身を置いた。
 奪えるものは、何でも奪った。上役や仲間のものでも、躊躇はなかった。
 過去が自分をそうさせるのだとは、思いたくなかった。むしろ、世間というものが、そのようにできていると、そう信じた。
 奪うことによって豊かになり、力を得る。力がなければ全てを奪われ、そして命をも失う。世の中というものは、そういうふうにできているのだと。
 そして津野田は、彩乃の処女を奪った。
 いい女と見れば強姦し、その時の写真を撮って脅し、性の奴隷とする。津野田にとっては、当たり前のことだった。
 が、彩乃は、他の女とは違った。清楚で慎ましやかな仮面の奥に、男を悦ばせることを無上の快楽とする、一種の魔性を秘めていたのだ。
 無垢だった彩乃に淫らな性技を教え込みながらも、しばしば、津野田は圧倒されそうになった。
 そして、彩乃の目。
 荒々しい行為が終わった後、彩乃は、その黒い瞳に奇妙な光を浮かべ、津野田を見つめた。
 怒りでも、恨みでも、哀しみでもない。
 ただ、何かを求めている、そんな目だ。
 しかし津野田には、彩乃が何を求めているのか、まるで分からなかった。
 そんな視線に、怒りに似た感情を抱きながら、津野田は、彩乃を何度も陵辱し、ありとあらゆる方法で犯しぬいた。
 それでも彩乃は、津野田に何かを求め続けた。
 津野田は、逃げた。
 ちょうど、あまりに手当たり次第に人から奪い、この街にいられなくなったということもあったが、それ以上に、彩乃のすがるような視線から逃れたかったのだ。
 彩乃を捨てることに、ためらいはなかった。欲しければ奪い、飽きれば捨てる。津野田はそうやって生きることしか知らなかった。
 だが、東京に出ても、彩乃ほどの女はいなかった。
 捨てたはずのものに未だ執着している自分に、津野田は愕然とした。
 そして、身の内を焼くような思いに駆られ、津野田は、この街に戻ってきた。
 だが、彩乃は、すでに別の男を見つけていたのだ。
 名状しがたいどす黒い感情が、津野田の中を満たした。
(その男から、再び彩乃を奪う――)
 津野田は、身の内の黒い炎にその心を焦がしながら、暗い廃工場の中、じっとうずくまっていた。



 午前十一時。
 知巳と朱美は、指定された時刻に、廃工場にやってきた。
 自宅宛に届いた手紙に書かれた通りである。
 罠であることは分かっているが、その罠を噛み破らなければ、事態を打開できない。
 敷地内の、倉庫からトラックに製品を搬出するための、舗装された広いスペースに立ち、知巳は、油断なく周囲に目を配った。
 薫風と呼ぶにはいささか強すぎる五月の風が、埃を舞い上げ、上空では厚い灰色の雲を運んでいる。
「いるね」
 兄と同様、ぐるりと周りに視線を巡らせた朱美が、短く言う。知巳は、分かっている、と言うふうに肯いた。
 と、建物の影から、男達が現れた。
 崩れた服装に、にやけた笑み。その手には、それぞれ、ナイフや木刀などを持っている。
 双子は、男達の数を、ほぼ同時に目で数えた。十二人。それが、二人を囲むように、じりじりと移動をしている。
 何かの武道の心得があるような者は、いそうにない。ただ、こういう場数だけは踏んでいるのだろう。武器を持って人を襲うことにためらいを覚えているような男は、一人もいなかった。
 包囲が、完成した。
 それを、双子がつまらなそうな目で見ている。緊張の色は余りない。
「津野田は?」
 知巳が、短く訊いた。
 その声が聞こえたのかどうか、廃工場の、開けっぱなしのシャッターの奥から、ゆらりと長身の男が出てくる。
(――あいつだ)
 初対面のはずなのに、知巳は、なぜか確信を抱いていた。
 薄手の派手なシャツに、白いスーツ。ウェーブのかかった髪に高い鼻梁。細められた目の奥には、危険な光が宿っている。
「来たな……」
 中途半端な笑みを浅黒い顔に浮かべながら、津野田が、かすかに震える声で言った。
 その左手には、刃を下にして鞘に収められた日本刀が握られている。刀身の長さは二尺余り――70センチほどだろうか。直刀と見まがうほどに、反りが少ない。
 朱美の記憶が脳に残っているのか、直接聞いたことのないはずの、津野田が彩乃を辱めた言葉が、なぜか知巳の脳裏に浮かんできた。
 知巳は、きりきりと奥歯を噛み締める。
「お兄ちゃん、落ちついて」
 そう言いながら、朱美は、ゆっくりと体を移動させた。
 知巳と並んで立つ位置から、背中合わせの位置に動く。
 “両面宿儺”の構え――
 葛城流の、多対ニの基本形である。
 知巳は、朱美の体温をかすかに背中に感じながら、一つ、深呼吸をした。
「あんたとやるのは、この雑魚たちを倒してからか?」
 そして、そんなことを、包囲の輪の外にいる津野田に訊く。
「まあな」
 そう、津野田が返事をした時――
 双子は、同時に地を蹴っていた。
 男達が、どよめきとともに、それぞれの武器を構える。
 その男達のうち、木刀を構えた男に向かい、知巳は、大きく跳躍していた。
「ちぇいっ!」
 木刀を振りかぶった男の顔面に、強烈な右の膝を叩き込む。
 そして、盛大に鼻血を流しながら後ろに倒れつつある男の胸を踏み台に、知巳は次の男に向かって跳んだ。
 予想外の角度からの、予想外の攻撃に、次の男は知巳を視界に捉えることすらできない。
 知巳は、その男の延髄を、爪先で蹴り飛ばしていた。
 そして、その男が倒れきる前に、その肩を踏み、また跳躍する。
 最後の男は、喉を、飛び蹴りで砕かれていた。
 血反吐を吐き、白目をむいて、男が昏倒する。
 ようやく、知巳はその足で地面に降り立った。
 “浮船”――多数の相手の上半身に足技を当て、その動きのまま、跳躍して次の相手を強襲する技である。
 知巳の父の修三は、この技で一度に八人までを倒したことがあるという。今の知巳では、三人がせいぜいだ。
 が、ほとんど一瞬にして三人を失った男達は、言葉もない。
 その虚を突くように、最も手近にいる男の懐に、知巳は飛び込んでいた。
 そして、鉤のように曲げていた右手の人差し指と中指を真っ直ぐに伸ばし、鳩尾に突き込む。
「げばッ!」
 男は、急所を深々と貫かれ、胃液を撒き散らしながら倒れた。
 その時には、朱美も、すでに二人の男を無力化していた。
 自らに襲い掛かる男の攻撃を避け、すれ違いざまに、相手の足を踵で踏み砕く。
 そして、やはりすれ違いざまに足払いをかけ、倒れる相手の腕を取って、受身を封じ、顔面を地面に叩きつける。
 それぞれ、“影踏”と“草薙”と呼ばれる技だ。
 倒れ、うずくまる二人の男の側頭部に、朱美は、容赦のない蹴りを見舞った。
 膂力に勝る相手の機動を封じ、致命的な一撃はその後で与える。朱美得意のパターンである。
 半数の仲間を失い、男達は絶句していた。
 数と、暴力的な雰囲気によって威圧することで屈服させてきた今までの相手とは、次元が違う。そのことを思い知らされ、男達の顔面が蒼白になっている。
 再び、知巳と朱美は背中合わせになった。
 互いの死角を補い合う、というだけではない。背後にいるパートナーの仕草や気配によって、見えていない敵の動きまで把握できる。本来であれば非常な鍛錬の末に至るはずのその領域に、双子は、すでに到達していた。
 双面四臂四足を有したとされる神話上の飛騨の怪人にして英雄、両面宿儺。今の二人は、その顕現であるように見えた。
 そもそも葛城流柔拳術は、大和朝廷によって西へ西へと追いやられつつも、郷土を守るために勇敢に戦ったこの国の先住民族たちに、遠く由来する。“土蜘蛛”などと蔑称された彼らが、数に勝る侵略者に対抗すべく編み出した数々の戦法を総合し、洗練させたこの技術体系は、対多数の戦いにこそ、その真価を発揮するのだ。
 これまでの二人の動きで、津野田は、そのことを半ば本能的に悟ったようだった。
「……来いよ、色男」
 知巳に、その暗い視線を注ぎながら、津野田が言った。
「サシで、相手してやるぜ」
 無論、知巳と朱美を分断させるための策である。知巳は、一瞬、躊躇した。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
 その、兄のためらいを背中に感じ、朱美は言った。
「こいつらだけなら、ボクだけでも大丈夫。お兄ちゃんは、お兄ちゃんのやるべきことを、やって」
「――分かった」
 短くそう答え、知巳は、足を踏み出した。
 そして、二人を囲みながら、何もできない様子の六人が作る輪を、一人、出ていこうとする。
 男達は、小柄な知巳が発する凄まじい殺気に圧倒されたかのように、場所を譲った。
 朱美一人ならどうにかなるかもしれない、という、卑しい計算もある。
 知巳が、津野田と対峙した。
 津野田が、ぎゅうっと歪んだ笑みを、その唇に浮かべた。
 一方、知巳は、無表情に近い。
 ただ、その瞳に、かつてないほどに兇暴な光が宿っている。
 津野田が、太刀の柄を右手で掴んだ。
 かちり、と鯉口を切る音が、かすかに響く。
 朱美の注意が、一瞬、向かい合う知巳と津野田の方向に、それた。
 その時――その場の九人が、一斉に動いた。

 知巳と津野田は、互いに向かって走った。
 津野田はそのまま、太刀を鞘走らせ、抜き打ちに知巳の胴を薙ごうとする。
 知巳が、低く身を静めた。
 しかし、走る速度は落ちない。獣のように四つん這いで駆けているのだ。
 数本の髪の毛を切り飛ばしながら、太刀の切っ先が、知巳の頭のすぐ上を通過する。
 知巳は、そのまま両手を地面につき、両の脚を回転させ、地を舐めるような足払いを繰り出した。
 と、津野田の太刀が、横に倒したVの字を描き、逆方向から知巳の頭部を狙う。
 剣の峰による打撃――どんな居合術にもない、変則的な技だ。
 峰打ちとはいえ、もしまともに食らえば、一撃で勝負が決まりかねない。
 知巳が、頭部を守るべく、左手を上げた。
 左の二の腕に、肌の上を刃が滑る、冷たいような感触が走る。
「っ!」
 知巳は、足払いを強引に中断し、体を半回転させながら、大きく右に体をかわした。
 ぱあっ、と空中に鮮血がしぶく。
 知巳の腕が大きく裂け、血が溢れていた。
 地面を転がる知巳を、津野田が、太刀で突く。
「っあああッ!」
 知巳は、踏み込む津野田の右足に強引に蹴りを当て、一瞬の隙に、距離を取った。
 両足で立ったとはいえ、未だ態勢が整わない知巳に向かい、津野田が、斬撃を繰り返す。
 縦横に宙を薙ぎ、喉元を狙って突き入れられる刃を、知巳は、後ろ向きに走りながら紙一重でかわし続けた。
 両者の間に、ようやく充分な距離が開く。
 知巳と津野田は、再び足を止め、対峙した。
 知巳のワイシャツの左の袖が、血でぐっしょりと濡れ、ぽたぽたと赤い雫を滴らせている。
 津野田が、血に濡れた自らの太刀に、満足げな視線を一瞬だけ向けた。
 津野田の構える太刀は、その刀身の半ばまでが、諸刃になっている。
「こがらすまる……?」
 知巳が、ぽつりとつぶやいた。
 “鋒両刃作きっさきもろはづくり”と呼ばれる、古いタイプの特殊な太刀である。このような太刀は、平家一族に代々引き継がれていた名刀『小烏丸太刀』が同じつくりであったことから、同じ名前で呼ばれることもある。
 知巳が知っているのは、そのような太刀があるということだけだ。
 津野田の剣法は、偶然手に入れた小烏丸を使うために編み出した、全くの我流だろう。にもかかわらず、その動きは実戦的で、驚くほどに鋭い。
 恐らくは、何人もの人間を斬ってきた経験が、その太刀筋に現れているのだ。
 命をかけた戦い――殺し合いレベルの戦闘において、最初にして最大の障害となるのは、自身の中のためらいである。人の命を奪うことへの禁忌感は、当人が思う以上にその動きを妨げる。それは、銃の撃ち合いでも、刃物の振り合いでも同じだ。
 そして、それを解消できるのは、命にかかわる一撃を繰り出したことがある、という経験のみなのだ。
 さらに、津野田の攻撃は、我流であるがゆえに、体系だった対応策がない。
 鋒両刃作は、斬撃とともに、刺突にも効果的な形態であり、その動きの予想がつきにくいということもある。
 知巳の額に、脂汗がにじんだ。
「く……」
 急な出血による貧血で、目の前が暗くなる。
 ふら、と知巳の足がよろけた。
「死ねええええエ!」
 津野田の絶叫が、高く響いた。

 一方朱美は、その細い体で、男六人を見事にさばいていた。
 身を沈め、自らに迫る大男の懐に入る。
 男からは、朱美の体が消えたように見えただろう。
「りゃッ!」
 短く鋭い気合とともに、朱美は、鉤状に曲げた右の指先を、相手のスラックスのホックに伸ばした。
「!」
 男が、ずり落ちた自らのスラックスに足を絡ませ、無様に転倒する。
 朱美が、一瞬にして、ベルトごとスラックスのホックを引き千切ったのだ。葛城流において“袴切”と呼ばれる技である。
 倒れたその体をゆうゆうとかわしてから、朱美は、軽々と地を蹴った。
「ぶげ!」
 宙を跳んだ朱美に後頭部を踏みつけられ、男は奇妙な声をあげて、顔面をコンクリートの地面に叩きつける。
 その時には、朱美は、駆け寄る別の男の顔面に飛び膝蹴りを当てていた。
「ぎ……」
 血と折れた歯を吐き、棒のように倒れながら、すでにその男は失神していた。
「このガキっ!」
 刃を上にして匕首を腰に構えた男が、朱美に突きかかる。
 朱美は、その男の向かって左側に回りこみながら、刃を強くつまみ、柄頭を押さえる左手を手刀で弾いた。
 匕首が、握り締めた男の右腕の中で滑る。“逆波”だ。
「いぎゃああああああああ!」
 自らの匕首で右手の内側を深く切り、血をしぶかせながら男は盛大な悲鳴をあげた。
 が、朱美は眉一つ動かさない。
 ただ、冷徹な瞳で、次の獲物を狙う。
「ンのらああああああああ!」
 わけの分からない声をあげ、残る三人の男のうちの一人が、大上段に鉄パイプを振り上げながら、襲い掛かってきた。
 朱美が、男の懐に飛び込み、その襟首に曲げた指先を絡める。
(――逃げねば!)
 血まみれになって地面に這いつくばってる仲間の姿に恐慌をきたしていたその男は、必死になって身をよじった。
 が、朱美は、その逃れようとする力を巧みに誘導し、男をぐるりと引きずり回す。
 大の男が、細い少女に引っ張り回されるその様は、どこか不恰好なフォークダンスを思わせた。
「はいッ!」
 さして力を込めた様子もなく、足を軽く絡めただけで、朱美は、その男をぽおんと放り投げていた。
 相手の体重と重心移動を利用した投げ技だ。原理的には、合気道で言う“空気投げ”に近い。
 その投げられた先には、中途半端にナイフを構えた別の男がいた。
「えがッ!」
「ぎああ!」
 二人の男がもつれるように倒れる。
 ナイフを構えた男は、二人分の体重で後頭部をまともに地面に叩きつけ、投げられた男の背中には、仲間のナイフが深々と刺さっていた。
「え? へ……へえ……っ?」
 朱美を襲うことに、最も消極的であったがゆえに、最後まで残った男が、まるで間抜けな笑い声のような声を漏らした。
 そして、血溜まりの中に倒れ、ぴくりとも動かなかったり、痛みの余りにのたうっている仲間たちを、涙目で見つめる。
「次は、アンタ?」
 さすがに、多少呼吸を早くしながらも、どこにも傷を負った様子のない朱美が、訊いた。
「あわ、あ、あああ」
 とんでもない、と表情で訴えながら、男が必死にかぶりを振る。
 と、その時――
「死ねええええエ!」
 津野田の絶叫が、高く響いた。

「お兄ちゃんッ!」
 朱美の声が、遠くから響く。
 それを聞きながら、知巳は――かすかに微笑んでいた。
 そして、ひゅっ、と左手を払う。無論、津野田に拳が届くような距離ではない。
「!」
 目の中に熱いものを感じて、津野田の動きが鈍った。
 知巳が、その流れる自らの血を、目潰しに使ったのだ。
「えがああああああああ!」
 それでも、獣のように吠えながら、太刀を突き出す。
 その太刀の切っ先に向かって跳び込むように、知巳は地を蹴っていた。
 前に倒れるようにして空中に前転をする。浴びせ蹴りに近い動きだが、それよりも高い。とは言え、未だ蹴りの間合いの外である。
「なッ!」
 赤く霞んだ視界の中、驚くほど近くに降りてきた知巳の姿に、津野田が、短く驚愕の声をあげた。
 宙を一回転した知巳が、太刀を構える津野田の両腕を、両足の間に挟んだのだ。
 知巳が、両足で津野田の両腕をロックしつつ、身をひねる。
「げえええええええええッ!」
 たまらず津野田が倒れたとき、知巳は、その両膝を津野田の下腹部に落とすような形になっていた。
 知巳の股に挟まれた津野田の腕は、とっくに太刀を取り落とし、肘のところで奇妙に歪んでいる。
 知巳が、空中でその身をひねることによって折ったのだ。
「葛城流無刀取り奥義“飛鳥”――」
 歯を剥き出しにした強烈な笑みを浮かべながらそう言った後、知巳は、その右手で津野田の喉を掴んだ。
 ぐうっ、と遠慮のない力で、喉笛を握りつぶそうとする。
 両腕を殺され、マウントを取られた津野田に、抗うすべは無い。
「が……」
 くるりと、津野田が白目を剥いた。
「そこまでえ!」
 大声ながら、あまり緊張感のない声が、廃工場の敷地に響いた。
 知巳が、はっと顔を上げる。
 その顔からは、今まで浮かんでいた鬼相が消えていた。
「そこまで、そこまで、そこまでえー! いくらなんでも過剰防衛でしょお、知巳ちゃん」
 そう言いながら、朱美とともにこちらに近付いてくるのは、ひょろりとした、どこか頼りなげな男だった。この周囲の惨状を前にしても、その顔には軽薄そうな笑みを浮かべたままだ。
 襲撃者のうち残り一人は、どこかに逃げてしまったらしい。
「萌木――さん?」
 一応、年上なので、さん付けで呼びながらも、知巳は露骨に眉をしかめた。
 そして、すでに意識を失っている津野田の体の上から、のろのろと立ちあがる。
 激しく動いたせいか、左腕の出血は、さらにひどくなっているようだ。
「朱美が、呼んだのか?」
「う……うん。だって……」
「怒っちゃダメだよー、知巳ちゃん」
 何か言い訳しようとする朱美を手で制して、男――情報屋、萌木緑郎は言った。
「だいたい、派手に暴れるのはいーけど、後始末のコト考えてる?」
「よけいな……おせわ……」
 そこまで言って、知巳は、今度こそ本当に貧血で倒れかかった。
 慌てて駆け寄った朱美が、服を知巳の血で染めながら、慌てて抱き止める。
「んじゃ、お巡りさんが来ちゃう前に片付けなきゃねえ」
 知巳は、薄れ行く意識の中、じわーっという耳鳴りとともに、緑郎のそんな言葉を聞いていた。



 知巳は、緑郎の車で担ぎこまれた病院で、朱美から輸血を受けた。
 意識を取り戻したとき、ちょっと青い顔の朱美と、千恵子が、自分の顔をのぞきこんでいた。少し離れた場所に、緑郎と、もう一人、眼鏡をかけた見知らぬ少女がいる。まだ中学生くらいの、男のコのような格好をした少女だ。
「結局、人様のお世話になっちゃって」
 千恵子が、やれやれ、といった顔で、緑郎の方に向き直った。
「萌木さん、本当に、ありがとうございました」
「いやー、以前、二人にはお世話になったんで、当然ですよ♪」
 そんなことを言いながら、緑郎が、千恵子の手を両手で握ったりする。
「っ!」
 と、緑郎のでれでれとした顔が凍りついた。緑郎の後ろに隠れるようにしていた少女が、そのお尻をつねるか何かしたらしい。
「その人……萌木さんの彼女?」
「うん、そう♪」
 緑郎が悪びれる風もなく言うと、少女の顔が、かーっと赤く染まった。
「っとに、油断ならないヒトだなぁ」
 上半身を起こしながら、知巳が言った。その左腕には、包帯が巻かれている。
「朱美にちょっかいかけてたと思ったら、本命はそっちかよ」
「そ、そりゃ誤解だよ知巳ちゃん!」
 慌ててそう言う緑郎を、眼鏡の少女がジト目でにらみ、千恵子は面白そうな顔で、あらまあ、などと声をあげている。
「――津野田は、どうなったんです?」
 知巳が話題を変えると、緑郎は、あからさまにホッとしたような顔をした。
「地元の業者さんにお願いしちゃった」
「業者?」
「うん。彼の同業者さんでね、キズものでもいいから処分するために引き受けたい、って人達がいたから」
「それじゃあ……」
「――そっから先は、考えなくてもいいよ」
 口調は変えずに、しかしいつになく思慮深そうな顔になって、緑郎は言った。
「少なくとも、自分のせいだなんて思わない方がいい。彼は、いつかは自分のしたことに責任をとらなきゃならなかった。そーいうことだよ」
「……」
 知巳が、不思議そうな顔で緑郎の顔を見つめる。
「んでもって知巳ちゃんは、早くケガを治すこと。学生さんの本分はお勉強なんだからね」
「萌木さん、いいことおっしゃるわねえ」
 緑郎のらしくないセリフに、千恵子が、にこやかに微笑んだ。



 あまり美味しいとはいえない病院食を胃に詰め込んだ後、知巳は、ぼんやりとベッドに横になっていた。
 大事を取ってここにいるが、入院するほどの状態ではない。傷口の縫合も済んでいる。
 昼間寝たせいか、知巳は、奇妙に寝つかれなかった。
 と、控えめなノックの音が、病室に響く。
「……どうぞ」
 知巳は、ドアに向かって声をかけた。
 病室は四人部屋だが、いるのは知巳だけである。朱美たちは、夕食前に帰っていた。
 入ってきたのは、彩乃だった。
「彩乃先輩……」
「もう、面会時間、終わりだったんだけど――看護婦さんに無理言って、入れてもらっちゃった」
 ぺろっ、と舌を出してから、彩乃は、ベッドの傍らの椅子に座った。
「朱美さんに電話で聞いて、びっくりしちゃった。ごめんね。もっと早く来れればよかったんだけど、聞いたの、ついさっきだから」
「いえ、その……嬉しい、です」
 上体を起こし、頬を赤く染めながら、知巳が言う。
「知巳くん……元に、戻ったのね……」
 言いながら、彩乃が、知巳の右手を、そっと両手で包む。
「知巳くん……」
 そのまま、彩乃は、知巳の右手を自らの頬に押し当てた。彩乃のなめらかな頬が、涙に濡れている。
「せっかく戻ったのに、ケンカなんかして……」
「ごめんなさい、心配かけて」
 子供のように素直な口調で、知巳が謝る。
「誰に、こんなふうにされたの?」
 そう訊かれて、知巳は、一瞬言葉に詰まった。
「……先輩の、知らないヤツですよ」
 そして、そう答える。
「そうなの?」
 彩乃は、身を乗り出し、知巳の顔をのぞき込むようにして、訊いた。
(あ……)
 彩乃が何の気なしにベッドに置いた手が、薄手の布団越しに、ちょうど知巳の股間に触れる。
「知巳、くん?」
 顔を赤くする知巳に、ちょっと目を見開いてから、彩乃は、自分がどこに触れているかに気付いた。
 が、その白い頬を桜色に染めながらも、手をどかそうとはしない。
「知巳くん……かたくなってきたよ……?」
「あ、先輩……」
 微妙にくにくにと股間を刺激する彩乃に、知巳が上ずった声をあげる。
 しかし、知巳はされるがままだ。
 久しぶりに感じる、ペニスに熱い血液が集まっていく、むずがゆいような感覚。
 そして、次第に硬度と容積を増しつつあるその部分に流れ込んでいる血液のうちの一部は、かつて朱美の体を流れていたものなのだ。
 言いようのない興奮が、知巳の動悸を早める。
「知巳くん……」
 愛しそうにその名前を呼びながら、彩乃は、知巳の下半身を隠す布団をめくりあげた。
 機能的だが無愛想なデザインのパジャマのズボンが、あからさまにテントを張っている。
「はぁ……」
 彩乃は、熱っぽい吐息をつきながら、まるで小さな子供の着替えを手伝うように、知巳のズボンをずり下ろした。
 そして、トランクスの前をくつろげ、すでに充分に勃起したペニスを解放する。
 彩乃は、眼鏡の奥の目をきらきらと光らせながら、熱くたぎるペニスに顔を寄せた。
「あ、先輩……俺、シャワー浴びてないから……」
 慌てたようにそう言う知巳に、くすっと笑いかけてから、彩乃は、浅ましく静脈を浮かせたシャフトに、その滑らかな頬を寄せた。そして、嬉しそうに目を細め、すりすりと頬擦りをする。
「ふぅン……知巳くんの匂いがする……」
 そして、普段の彼女からは考えられないような淫らな声でそう言ってから、ぱっくりと亀頭部をその口に収めた。
「あぁ……センパイ……」
 知巳は、花びらのような彩乃の唇が自らの分身を咥えている様を、どこか茫然とした顔で眺めている。
 彩乃は、もごもごと口を動かし、口内に唾液を溜めてから、ぬるりとペニス全体を口の中に滑らせた。
「あう……」
 知巳は、他愛もなく快楽の声をあげてしまう。
 彩乃は、その柔らかな唇と舌で、自らの唾液を丹念に知巳のペニスに伸ばしていった。
 知巳のペニスが、ベッドサイドの小さな蛍光灯の光を、てらてらと反射する。
 ひとしきり知巳のペニスを味わった彩乃は、ゆっくりと口を離した。
 その紅い唇と、赤黒い亀頭の間を、一瞬、銀色の唾液の糸が繋ぐ。
 彩乃は、知巳のペニスの根元に両手の指先を添え、舌を伸ばした。
 そして、慎ましやかに目を閉じながら、てろっ、てろっ、とペニスの表面を舐め上げる。
 あくまでソフトな、むずがゆい快感に、知巳は我知らず右の拳でシーツを握っていた。
 ひくひくと震え、鈴口からカウパー氏腺液を溢れさせるペニスをあやすように、彩乃が、舌の裏側の柔らかい部分で、亀頭の部分を撫で回す。
 そうしてから、尖らせた舌先で雁首をえぐり、裏側の縫い目の部分を何度もなぞった。
 さらには、苦い先走りの汁にまみれたペニスの先端を口内に収め、くるくると舌を回して刺激する。
「あ……あっ……ン……あぁ……」
 知巳は、もう、いつ射精してもおかしくない状態だ。
 そんな知巳の射精欲求を危ういところで止めているのは、彩乃の口内をスペルマで汚したくないという気持ちだけである。
 知巳は、苦痛に耐えているような表情で、必死で射精への誘惑を退けていた。
「はぁ……っ」
 彩乃が、根負けしたように、ペニスから口を離した。
 現金なもので、フェラチオを中断されると、なんとも言えない喪失感を感じてしまう。
「ごめんね……あたし、ガマンできなくなっちゃったみたい……」
 そう言いながら、彩乃は、今まで座っていたイスから立ちあがった。
 そして、するりとスカートを脱ぎ、綺麗にたたんでから、ショーツも脱ぐ。
 雪のように白い肌とは対照的な艶やかな黒い陰毛が恥丘を飾っている様を、知巳は、じっと凝視してしまった。
「あんまり見ないで……」
 上半身にブラウスをまとっただけの彩乃は、恥ずかしそうに目を伏せながら、ベッドに上がった。
 そして、膝立ちの姿勢で知巳の腰をまたぎ、その両肩にそれぞれ両手を添える。
 知巳は、思わず、彩乃の脚の付け根に右手を伸ばしていた。
 驚くほど熱く潤んだその部分が、知巳の指先を迎え入れる。
「あたしね……おしゃぶりしてるだけで、こんなになっちゃうの……」
 そう言いながら、彩乃は、ゆっくりと自らの秘部を屹立するペニスに近付けていった。
 知巳が、さっきまで彩乃のクレヴァスに触れていた右手で、ペニスの角度を調節する。
「はァ……ん」
 知巳の亀頭部分が、ほころんだ肉襞の間に潜り込み、膣口に触れたとき、彩乃は嬉しげなため息をついた。
「知巳、くん……」
 そして、知巳の耳元でそうささやきながら、腰を落としていく。
 彩乃の膣内に、知巳のペニスが飲み込まれていった。
 柔らかく熱い膣肉が、一部の隙間もなく、知巳のその部分を包み込んでいく。
「あ……あぁ……あぅ……っ」
 あの淫夢を除けば、まだ二度目の彩乃の中の感触に、知巳が声をあげる。
 そして、彩乃の貪欲な牝の器官が、知巳のペニスを根元まで咥えこんだ。
「あはァ……」
 たくましい牡の器官が、自身の一番奥の部分を支配している感覚に、彩乃がひどく満足げな声をあげる。
「ごめんなさい、あたし、もう、ガマンできない……」
 そう言って、彩乃は、ぐいぐいと自ら腰を動かし始めた。
「あ、せ、先輩っ!」
 知巳が、悲鳴のような声をあげた。
 つい先ほど、濃密な口唇愛撫によって追い詰められていたペニスを、彩乃の靡肉が容赦なくこすりあげる。
「だ、だめです……そんなにされたら、俺、もう……」
「ごめんね……で、でも、止まんない……止まんないよ……」
 ますます激しく腰を使いながら、彩乃は知巳にそう訴えた。
「あ、だめ……出る……出ちゃう……!」
 あまりに早い幕切れに歯噛みしながらも、知巳にはどうすることもできない。
 呆気なく臨界を突破したペニスが、びゅううううっ! と彩乃の膣内に精液を迸らせる。
「はああああっ♪」
 彩乃は、嬉しげな声をあげ、ぎゅっ、と知巳の頭を両腕で掻き抱いた。
「あぁ……あ……あぁぁぁ……」
 知巳は、なんとも情けない声をあげていた。
 無論、未だ彩乃の性感は絶頂にまで高まっていないが、そんな泣きそうな声をあげている知巳を抱き締めていると、なぜかイったときと同じような満足感を覚えてしまう。
 ぶるるっ、と知巳の体が、震えた。
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」
 彩乃は、知巳の顔を自らの胸に押し付けるようにしながら、しばらく、この短距離走のような行為の余韻を楽しんだ。
 そして、名残惜しさを感じながら、ゆっくりと身を離す。
「ご、ごめんなさい、先輩……」
 もともと、どこか子供っぽいところの残っていたその顔に、ますます幼い表情を浮かべながら、知巳が言った。
「俺……あっというまに……」
「そんなふうに謝らないで、知巳くん」
 ちゅっ、と知巳の額に口付けしながら、彩乃が言った。
「あたしこそ、すごく久しぶりに、知巳くんにしてもらえたから、嬉しくて……つい、夢中になっちゃったの。ごめんね」
 そう言いながら、彩乃は、ちゅっ、ちゅっ、と知巳の頬や首筋に、キスを浴びせる。
「あぁ……彩乃先輩……俺……」
 右手だけを、彩乃の背に回しながら、知巳が言う。
 と、彩乃が、眼鏡の奥の黒めがちな瞳を、はっと見開いた。
「え、えっと……知巳くん?」
 彩乃の蜜壷に収まったままだった知巳のペニスが、次第に、力を取り戻しつつある。
「あ、す、すごい……あたしの中で、どんどん、おっきくなってる……」
 内側から膣肉を押し広げられるような感触に、甘く濡れた声をあげながら、彩乃は悩ましげに眉をたわめた。
 そして、我慢できなくなったかのように、もじもじとその白いヒップを動かす。
 そんな彩乃の膣内で、知巳のペニスは、すっかり臨戦体制に戻っていた。
「あン……す、すてき……」
 彩乃が、うっとりとつぶやく。
 そんな彩乃の言葉に励まされたかのように、知巳は、ぐっ、と下から腰を突き上げた。
「はウ……ン!」
 彩乃は、そのしなやかな体をのけぞらせた。
 知巳が、右腕だけで上体を支え、ぐいぐいと腰を動かす。
 そんな知巳の反撃に、彩乃は切なげな喘ぎをこぼしながら、ふるふるとかぶり振った。癖のない艶やかな黒髪がはらはらと宙で踊る。
 その接合部からは、白く濁った愛液が止めどもなく溢れ、知巳のトランクスをぐっしょりと濡らしてしまっていた。
 が、無論二人とも、そんなことには一向に気付いていない。
 ただただ、互いにもたらしあう淫楽に夢中になって腰を使っているのみだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 さすがに体がきつくなったのか、知巳が、動きを緩めた。
「ああン、知巳くぅん……」
 甘えるような口調で、彩乃が淫らなおねだりをする。
「先輩、こういうふうに、動いてみて……」
 知巳が、右手だけで、彩乃の腰を丸く円を描くように誘導した。
「あ、はァ……うン……き、気持ちイイ……っ」
 知巳に言われるまま、腰をグラインドさせながら、彩乃が声を漏らす。
「彩乃先輩、俺のチンポ、いいですか?」
 彩乃の淫らさに当てられたように、ことさら下品な言葉で、知巳が訊く。
「うん、いいの……知巳くんの、彩乃の中で、ぐりぐりして……すごく、感じるの……」
 彩乃は、どこか幼い声で、そんなことを言った。
「俺も、感じます……彩乃先輩のオマンコ、熱くて、ぐちゅぐちゅで、融けちゃいそうですよ……」
「やン、やあン!」
 そう言いながらも、彩乃は、どんどん腰の動きを大胆にしていく。
 知巳は、第一ラウンドの二の舞を避けようと、積極的な攻勢に出るべく、再び腰を突き上げた。
「あ、あン! んあ! はあああっ!」
 同調した二人の動きによってもたらされる快楽に、彩乃は、ここが病院であることを忘れてしまったような声をあげた。
 知巳が、そんな彩乃の唇をキスでふさぐ。
「んんーン、んう、ふぅ〜ン♪」
 そんな媚声をあげてから、彩乃は、ぴちゃぴちゃと知巳の舌に舌を絡めた。
 知巳も、負けじと彩乃の舌を吸い、口腔を舌先でくすぐる。
 二人は、唾液がこぼれるのも構わず、互いの唇を貪った。
 そうしながらも、その腰の動きを休めようとはしない。
「――んはっ」
 呼吸が苦しくなったのか、彩乃は唇を離し、はぁはぁと息をついた。
 知巳と彩乃の視線が、絡み合う。
「知巳くん……あン……あ、あたし……イきそう……」
「先輩……俺も……俺も……」
「いっしょに……きて……知巳くうん……」
 そう言いながら、彩乃は、きゅううっ、と膣肉を収縮させた。
「あああああッ!」
 知巳が、驚愕と、そして凄まじい快感に声をあげた。
 彩乃のその部分が、まるで独立した軟体生物のように、ざわざわと動いたのだ。
 膣内の肉襞が、何千もの微細な舌となって、ペニスの表面をこそぐように刺激する。
「す、すごい……! あっ! ああッ! ンああぁっ!」
 彩乃の秘技に、知巳は悲鳴のような声をあげ続ける。
 そして、無茶苦茶に腰を動かし、突き上げた。
 ぐううっ、と知巳のペニスがひときわ膨張したように、彩乃には感じられた。
 絶頂の予感が、ぞくぞくぞくっ、と彩乃の背筋を駆け上る。
「イ……ク……っ!」
 そう言いながら、知巳は、彩乃の体を右腕一本で抱き寄せた。
 そして、彩乃のその部分の一番奥に向かって、大量の精を注ぎ込む。
「ああああああアっ♪」
 びゅううううっ、と熱いスペルマが体の中で迸る感触に、彩乃が、歓喜の声をあげた。
「イ、イク……イっちゃうの……イっクううううううううゥーっ!」
 そして、その背中に爪を立てるようにしながら、両腕で知巳にしがみつく。
 びくん、びくん、と彩乃の体が痙攣した。
 そして、二人の動きが止まる。
 つい先ほどの淫らな嬌声が嘘のように、病室は、静寂を取り戻した。
「あ……は……あぁ……はぁ……っ」
 しばらくして、忘れていた呼吸を思い出したように、知巳と彩乃は、息を整える。
 そして、快楽に潤んだ瞳で、お互いを見詰め合った。
「……やっぱり、入れ替わったりはしないね」
「え……?」
「ちょっと、残念」
 くすっ、と微笑みながら、彩乃が言う。
 知巳が、かすかにとまどったような表情を、その顔に浮かべた。
 そんな知巳の髪を、彩乃が、優しく撫でる。
「でもね……知巳くんと一緒にイけて、あたし、すごい幸せ……」
 彩乃は、そう言って、知巳の右の肩に、ことん、と頭を預けた。
「――俺もですよ、彩乃先輩」
 髪を撫でられ、敏感になった体をぞくぞくと震わせながら、知巳が言う。
 そして二人は、淫らな体液にまみれた腰を密着させたまま、目を閉じ、唇を重ねあった。


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