えくすちぇんじ!

− Dual Face Children −




第六章



 知巳と朱美は、当然のことながら、一緒に家路についた。
 すでに、空は薄暗い。西の空には宵の明星が輝いている。
 駅から家までの道を、二人は、並んで歩いた。
「うまくいかなかったね、お兄ちゃん……」
「ん、そだな」
 朱美の言葉に、知巳は肯いた。
「でも、その……ちょっと、うまくいきそうだったよな」
「う、うん……」
 そう返事をして、朱美は頬を赤らめる。
「だから、今に、うまくいくんじゃないかな」
「そうだね……」
 そう言ってから、朱美は、しばし遠い目をした。
「あのさ、お兄ちゃん」
「ん?」
「和泉先輩ってさ……」
「……」
「ステキな、人だね」
 予想外の言葉に、知巳は、ちょっと目を見開いた。
「お兄ちゃんが好きになったのも、なんだか分かる気がする」
「そ、そうか……?」
「うん」
 そう、朱美が肯いたとき、胸ポケットにいれてあった携帯が鳴った。
「はい……あ、緑郎さん?」
 朱美の言葉に、知巳は眉をひそめた。しかし、朱美はそれに気付かない様子で、電話の向こうの緑郎の言葉に聞き入っている。
「うん……うん……え? 最終処分業者? あだ名ですか、それ」
「?」
 朱美の言う意味を読みきれず、知巳は首をかしげる。
「仕事……それって、犯罪ですよね。……え、カタナ? ……六人?」
「……」
「分かりました。気をつけます」
 そう言ってから、朱美は、携帯をポケットに戻した。
「ろくろーって……あの萌木って奴か?」
「え? あ、うん、そうだよ」
「あいつ、まだお前にちょっかいかけてんのかよ」
 知巳は、顔をしかめながら言った。
「緑郎さんは、そんなんじゃないよぉ。それに、向こうに彼女だっているみたいだし」
「あーいうおちゃらけ野郎は、信用できないんだよ」
 知巳は、どうやら緑郎にあまりいい印象を抱いていないらしい。
「でもさ、けっこうあたし、お世話になってるんだよ。昼間も言ったでしょ。そもそもあの部屋、緑郎さんから借りてるんだから」
「あ、そんなこと言ってたっけな」
 ただ、あの部屋のせいで、朱美と奈々の秘め事がエスカレートしてしまったというふうにも考えられる。知巳は、何とも複雑な表情をして見せた。
「……で、どんな話だったんだ? なんか物騒なコト言ってたけど」
「あ、そうそう。津野田って奴の話」
 ぴた、と知巳は足を止めた。
「彩乃先輩につきまとってる男だよな、それ」
 先程とは比べ物にならないくらい険のある表情で、知巳が言う。
「そう。そいつのこと、緑郎さんに調べてもらってたの」
「で?」
「相当、アブない奴だって」
「何が?」
「だから、あいつ、最終処分ナントカってあだ名でね、裏の世界でも、一番危なくて汚い仕事やってるんだって」
「なんだそりゃ?」
「よく分かんないけど、盗んだ品とか、さらってきた女のコとか、あと、内臓とか、そういうモノのなかでも、一番ヤバくて、誰も手を出さないような品物を、やりとりしてるんだって」
「そんな――奴なのか?」
「うん。で、そういうことしてるから、けっこう修羅場をくぐってるんだけど、この半年で、六人も人を切ってるって話だった」
「切るって……刀って、言ってたな」
「日本刀、使うみたい」
「ふん……」
 知巳は、朱美ですらたじろぐような、凶暴な表情を浮かべた。
「……面白いじゃねえか」



「おかえりなさい。二人とも」
 双子の母である千恵子は、知巳と朱美を、いつもの穏やかな笑みで迎えた。
 いつもながら、年齢不詳の笑顔である。きちんと四十代にも見えるが、下手をすると十代の少女のようなあどけなさも感じられる。
「知巳君、夕ご飯前で悪いんだけど、ちょっと道場の方までいいかしら?」
 そのにこやかな顔のまま、千恵子は言った。
「な、なんで?」
「ちょっと、久しぶりにお稽古を、と思ってね」
 そう言いながら、千恵子は、和服に足袋に割ぽう着、といういつもの姿で、廊下を先に歩き出した。

 葛城家の道場は、母屋に隣接して建てられている。その黒ずんだ羽目板や柱は、道場が母屋よりも長い歴史を刻んでいることを証明していた。
 父である修三が、知巳や朱美に葛城流を伝授した場所は、この道場である。
 葛城流は、基本的に弟子を取らない。その珍しい例外が、双子の父である修三だった。彼は、養子として葛城家に入り、千恵子の父である土彦から葛城流を伝授されたのだ。
 そして今、修三は仕事の都合で海外に赴任し、双子の祖父に当たる土彦は東京に出たまま音信不通である。
「さて、と」
 道場に入った千恵子は、まるで料理道具でも選ぶような軽い調子で、壁に架けられた木刀のうち一本を取り上げた。
 そして、二十畳ほどの板敷きの道場の中央に、無造作に立つ。
 木刀は、左手に、腰に引き寄せるようにして持っていた。
「無刀取りの、稽古?」
 靴下を脱ぎ、裸足になりながら、朱美が訊く。
「別に、無刀取りにこだわらなくてもいいわよぉ」
 千恵子が、楽しそうな口調で言った。
「その代わり、母さんもやる気出しちゃうから」
「母さん……」
 朱美が、困ったような声をあげる。
「あ、でも、お顔は遠慮してね。修三さん、もうすぐ帰ってくるんだから♪」
 まるで、新婚の若妻のような表情で、千恵子が言った。
「気を付けろよ」
 知巳が、千恵子に聞こえないような小さな声で、朱美に囁いた。
「どういうつもりか分からないけど、母さん、本気らしいぞ」
「そりゃまあ、気を付けるけど……」
 千恵子は、入り婿である修三よりもはるかに早くから葛城流を叩きこまれた身だ。未だ、修三と千恵子のどちらが優れた使い手なのかという、考えるだに恐ろしい疑問に、知巳も朱美も答えを見出していない。
「木刀に気を取られるな」
「うん……」
 肯いて、朱美は、ゆっくりと中央に歩き出した。
 知巳は、その場に立ったまま、心配そうに二人を見ている。
 葛城流に、始めの合図はない。互いが視界に入った瞬間から、立会いは始まっている。
 自分に近づいてくる朱美に柔らかな視線を注いだまま、千恵子は、木刀の柄を右手で握った。
 居合の構えだ。が、木刀の刃に当たる部分が下を向いているのが、通常の居合と異なる。
 時代劇などに出てくる、いわゆる普通の刀は、打刀などと呼ばれ、刃を上にして腰に佩く。刃を下にするのは、太刀と呼ばれる、主に室町以前に使われた日本刀である。
(太刀の、居合術……?)
 なぜ千恵子がわざわざそんな構えをするのか、朱美には分からない。
 と、そんな朱美の心の毛ほどの揺らぎを捉えたかのように、千恵子が、滑るように前に動いた。
 背後に逃げても、千恵子の斬撃の速さから逃れられるとは思えない。
「――っ!」
 朱美は、すかさず距離を詰めた。間合いが詰まれば、長い木刀を自由に操るのは難しくなる。
 しかし、そんな朱美の目論見は、あまりに甘かった。
「!」
 千恵子が、右手に握った木刀の柄頭で、朱美の鳩尾を突こうとする。
 朱美は、とっさの判断で、葛城流独特の鉤状に曲げた指先で、その木刀の柄を捕らえようとした。
 このまま、武器を奪い取ることができれば“辻風”、相手に武器を握らせたままコントロールすることができれば“逆波”という技になる。
 が、千恵子は、そのどちらも許さなかった。
 右足で朱美の右足を、とん、と軽く踏み、前進を封じてから、身を引きつつ木刀を大きく薙ぐ。
 朱美にとっては、全く予想外の軌跡だ。
 木刀が、朱美の頭の横で、ぴたりと止まった。
 朱美は、その身を凍りつかせたように動かさない。
「はい、残念♪」
 そう言って、千恵子はゆっくりと木刀を引いた。
「ず、ずるいよ母さん!」
 朱美が、額に浮かんだ汗をぬぐいながら、言った。
「ひどいわねえ。何がずるいの?」
 千恵子が、木刀を壁に架けながら、子供のように口を尖らす。
「だ、だって、今の動きじゃ、刀、鞘から抜けてないじゃん!」
「別に母さんは、居合だとも何とも言ってないわよ。母さんが持っていたのはあくまで木刀でしょ」
「で、でも……」
「それに、鞘に入った刀で殴られただけでも、勝負がつくこともあるのよ」
「……」
「刀は、要するに鉄の塊……。鉄パイプで殴られるのと同じようなものなんだから」
 そう言ってから、千恵子は、右手を頬に当て、ほう、とわざとらしくため息をついた。
「でも心配だわあ。こんなんじゃ、あのお兄さんに勝てるかどうか」
「誰?」
 黙って見ていた知巳が、声をあげる。
「昼間ねえ、津野田さんって方が、お友達を連れていらっしゃったのよ」
「な……!」
 知巳は、思わず大きな声をあげていた。
「ど、どういうこと?」
 絶句する知巳に代わって、朱美が訊く。
「何でも、知巳君にご用があったんですって」
「そいつが、そのう……刀を、持ってたの?」
「そうよぉ」
 朱美の問いに、千恵子がなんでもなさそうに答える。
「ちょっと変わった太刀だったわ。抜いたりはしなかったけどね」
「……」
「で、知巳君は今日はお出かけです、って言ったら、お友達がちょっとうるさくしたんで、お仕置きしちゃった。ダメね、最近の子は、しつけがなってなくて」
 千恵子がどんな“お仕置き”を津野田の連れ達にしたのか想像して、知巳と朱美は顔を見合わせた。
「でもまあ、津野田さんはわりとお話のわかる人だったみたい。近いうちに知巳君との決着は付けるつもりだけど、今日のところは引き上げる、って言ってたわ」
「か、母さんは、何て答えたの?」
 朱美が、思わず訊く。
「知巳君にはいい勉強になるだろうから、よろしくおねがいします、って言っておいたわよ」
 涼しい顔で、千恵子は答えた。
「何なら、まだ元気なお友達が一緒でもいいですよ、とも言ったわ。そしたら、もともとそのつもりだ、なんて言われちゃった」
「母さん……」
 朱美が、呆れたような声を出す。
「あのねえ、知巳君」
 そんな朱美に、千恵子は近付いて顔を寄せた。
「お父さんも言っていたでしょう。ケンカは、なるべくしない。でも、するんだったら、どちらかが嫌になるまで徹底的にやる。あとで家に相手が来ちゃうような中途半端なことには、できるだけならないようにしないと、ね」
「……」
「それが、責任ていうものよ」
「うん……」
「ま、でも、向こうが何人もお友達を連れてくるんだったら、こっちもそれなりに対処しないとね」
 そう言って、千恵子は、知巳の方を向いた。
「朱美ちゃん」
「な、なに?」
 知巳が、やや上ずった声で訊く。
「知巳君のこと、手伝ってくれる?」
 何でもお見通し、といった感じの微笑を浮かべる千恵子に、知巳は、ぎこちなく肯いた。



 夜中、知巳の部屋に、ノックの音が控えめに響いた。
「……どうぞ」
 すでに電気を消し、ベッドに横たわっていた朱美が、ドアに向かって言う。
 入ってきたのは、知巳だった。
「どうしたの? お兄ちゃん」
 朱美が、上半身だけ起こしながら訊く。
「あのな、そのう……元に戻る方法、いろいろと、考えたんだ」
 部屋に入り、ドアを閉めてから、知巳は言った。
「……彩乃先輩や、奈々に手伝ってもらうんじゃ、いつかうまくいくにしても、間に合わないかもしれないし……それで、俺……」
「ずいぶんと、焦ってるね」
 かすかな笑みを唇に浮かべながら、朱美が言う。
「あの件をボクに任せとくのは、やっぱ心配?」
「正直、それもあるけど――津野田とか言う奴との決着は、俺自身がつけたいからな」
「ふうん……で、どんな方法を思いついたの?」
「お前にも、分かってるだろ」
 知巳にそう言われて、朱美は、少し頬を赤く染めた。
「つまりそれって……ボクと、お兄ちゃんが……そのー、するってコト?」
 知巳が、肯く。
「……いいの?」
「いいのって?」
「自分の体としちゃうなんて、抵抗ない?」
「そ、そりゃあ、あるさ……あ、もし、お前がイヤだって言うなら、無理にはできないけど……」
 そう言いよどむ知巳にくすりと笑って、朱美は、ベッドから立ちあがった。
「ボクは、ぜんぜんヤじゃないよ」
 知巳に近付きながら、朱美が言う。
「ボクの体を、お兄ちゃんの体を使って犯しちゃうなんて……すっごく興奮しちゃう」
「朱美――」
 すぐそばまできた、もとは自分の顔を見つめながら、知巳がつぶやいた。
 その顔は、わずかに緊張しつつも、期待に頬が染まり、目が潤んでいる。
「キス、できる? お兄ちゃん」
 挑戦的に、朱美が言った。
「――ちょっと、安心した」
 知巳が、朱美の言葉と直接は無関係なことを言う。
「?」
「今、お前、きちんと朱美の顔になってる」
 そう言われ、え? と驚く朱美の顔に、知巳は、目を閉じて口付けた。
「ん……んン……ん……」
 不意打ちに目を見開いた朱美だが、そのまま、ゆっくりと目蓋を閉ざす。
 そして、おずおずと、両手を知巳の背中に回した。
 知巳も、朱美の体に腕を回す。
 互いの体を使って、もとの自分の体を抱き締めて、キス――。
 双子は、奇妙な昂ぶりと、わずかな背徳感と、そして、言葉にしがたい安堵感のようなものを感じていた。
 母の胎内で、九ヶ月以上も一緒だった二人。それが、ひどく倒錯的な形で、身を寄せ合っている。
 ようやく、知巳と朱美は、唇を離した。
 ほとんど身長差のない二人が、見詰め合う。
「お兄ちゃん、ちょっと震えてる」
 朱美が、笑みを含んだ声で言った。
「お前だって、震えてるぞ」
「ボクのは、嬉しくて震えてるの」
 そう言って、朱美は、ちゅ、と知巳の唇をついばんだ。
「優しくするからね」
 そう言われて、知巳は、顔を耳まで赤く染めた。

 知巳は、ベッドに横たわっている。
 すでに全裸だ。
 その全裸の体に、やはり着ているものを全て脱いだ朱美が、覆い被さるようにしている。
 何度かキスした後、朱美は、知巳の首筋に唇を這わせていた。
 唾液に濡れた唇が、白い肌の上に、軟体動物のように跡をつけて移動していく。
 そして、時々、思い出したように、舌で敏感な部分をくすぐった。
 そのたびに、知巳はひくひくと小さく震える。
「ふふ……」
 朱美は小さく笑ってから、知巳の左の乳首に唇を寄せた。
 ひくん、と知巳が体を一瞬だけ反らす。
 朱美は、まるでじっくりと味わおうとするかのように、舌の平の先の方で、乳首の下側をちろちろと舐めた。
 さらには、唇で優しく乳首を吸い、尖らせた舌先で嬲るように転がす。
「ン……う……く……」
 知巳が、漏れ出そうになる喘ぎを押し殺す。
「ガマンしちゃだめだよ、お兄ちゃん」
 れろん、れろん、と舌先で乳首を弾くようにしながら、朱美が言った。
「声あげた方が、気分がノるんだからさ」
「で、でも……母さんに……聞かれたら……」
「ダイジョブだよ、多分」
 そう言いながら、朱美は、知巳の二つの乳房を、両手でふにっと包み込んだ。
「それより、今は、こっちに集中して……」
 そう言いながら、小ぶりながら形のいい乳房を、ふにふにと揉む。
 強すぎず、弱すぎず、絶妙な力加減だ。
 どうすれば自分の体から快感を紡ぎ出せるのか分かっている朱美は、巧みな手つきで双乳を揉みしだき、指先で乳首をくりくりと動かした。
「あ……うっ……ン……」
 知巳が、切なげに眉を寄せながら、身をよじる。
 しかし朱美は、執拗に乳房を攻め続けた。
 半球型の白い乳房の頂点で、桃色の乳首が尖っていく。
 朱美は、乳房を真ん中に寄せ、触れ合うほどに近付けた乳首を同時に舐めた。
 が、少女の乳房のみずみずしい弾力が、すぐにその形を元に戻してしまう。
「あは、これ、奈々だと楽にできるのに……」
「お前、自分の体で遊ぶなよ」
 朱美の独り言に、知巳が呆れたように言う。
「やだよーだ。ボク、今夜はボクの体で、うんと遊ぶことにしたんだから」
 そう言って、朱美は、知巳の脇腹に指を這わせた。
「んわっ!」
 敏感な部分をくすぐられて、知巳が思わず声をあげる。
「ココ、くすぐったいんだよねえ……」
 そんなことを言いながら、朱美は、その指先を軽やかに動かす。
「ちょ、やめ……んわっ……ひゃ……あぁぁぁあああっ!」
 言葉にならない声をあげながら身悶える知巳の膝にまたがり、朱美は、脇腹をくすぐり続ける。
 階下の千恵子に聞こえないように、必死で笑い声を抑えながら、知巳は、釣り上げられた魚のようにのたうった。
 顔が赤く染まり、目尻に涙が浮かぶ。
 ようやく朱美がくすぐり責めをやめたときには、知巳の額にはじっとりと汗がにじみ、やや癖のある柔らかな前髪が数本、貼りついていた。
「お、お前、なあ……」
 まさに、息も絶え絶え、といった風情で、知巳が言う。しかし、その口調は、どこか弱々しい。
「えへへー、色っぽい顔してるよっ♪」
 そう言って、朱美は、再び脇腹に手を伸ばした。
 一瞬、びくっ、と、身をすくめる知巳をそのまま抱き締めて、唇を重ねる。
「んぅ……」
 伸ばした舌先で口腔や舌を嬲りながら、肌に手を這わせる。
 先ほどのくすぐりの余韻のせいか、知巳は、指先が肌を這うたびに、ぴく、ぴく、と敏感に反応した。
 朱美が、知巳の唇から唇を離し、肌に再び舌を這わせる。
 乳房や乳首をまた刺激してから、引き締まりつつもなだらかな曲線を描く腹部を舌先でくすぐり、へその周りで円を描くようにする。
 そして、朱美の頭が、脚の間にまで到達した。
 かつての自分の体の、秘密の場所。
 そこを、他人の目線でまじまじと見つめる。
 薄めの陰毛の下で息づくそれは、すでにほころびかけ、透明な蜜を分泌し始めていた。
 スリットからはみ出た肉襞はピンク色で、きらきらと濡れ光っているように見える。
 角度が違うので、自分で見たときと、やはり全然違った。それでも、予想よりグロテスクでなく、朱美は内心ちょっとほっとしていた。
 そして、そんな自分にくすりと笑ってから。クレヴァスに口付けする。
「ン……」
 まずは、ぽってりとしたクレヴァスの周辺を、くすぐるように、舌の平で舐める。
 時々太ももにキスをすると、くすぐったいのか、知巳は小さく声をあげた。
 構わず、焦らすように周辺部を舐める。
 スリットから、透明な愛液が、次々とにじみ出た。
 その愛液を舐め取るように、下から上に、れろん、とクレヴァスを舐め上げる。
「ひゃう……」
 兄が、自分の声であげた小さな悲鳴に、朱美は、かあっと頭に血を昇らせた。
 その声をもっと聞きたくて、れろれろと舌を動かしながら、クレヴァスの狭間にねじ込んでいく。
「ンあ……んく……は……あ……あぅ……ンっ……」
 自分のあげる声が恥ずかしいのか、ぎゅっと目をつむりながらも、知巳は、喘ぐのを止めることができない。
 朱美は、両方の親指で、クレヴァスを左右に割り開いた。
 欲情した牝の匂いが、鼻孔をくすぐる。
 その匂いを不思議な気持ちで嗅ぎながら、朱美は、あらわになった膣口に舌を押し付けた。
「あ、あう……ン……ああっ……」
 知巳の喘ぎ声を聞きながら、膣口の周辺を舌でくすぐり、尖らせた舌先を埋没させる。
 じゅぽじゅぽと舌先を出入りさせると、クレヴァス全体がひくひくと痙攣した。
 舌に、溢れ出た愛液の独特の酸味を感じる。
 朱美は、すっかりとろとろになったその部分から口を離し、さらに上に唇を這わせた。
「ひあっ!」
 包皮から少し顔を出していたクリトリスを舐め上げられ、知巳は、思わず鋭い声をあげてしまっていた。
 二人の動きが、一瞬止まる。
 が、千恵子が起きだした気配はない。
「ちょっと、声、おっきかったかな〜」
 意地悪くそう言いながらも、朱美は、膣内に右手の中指を差し入れた。
「あ、あ、あ……ンっ」
 知巳が、不安げな声をあげる。
 朱美は、自分で自分を慰めていたときのことを思い出しながら、入り口付近で、くにくにと指を動かした。
 そして、莢に隠れたクリトリスを舌先でノックするように刺激する。
 ぴょこん、と勃起したその部分を、朱美は、愛液に濡れた指先でくりくりと嬲った。
「んんんんンンンっ!」
 知巳が、頭の下に敷いた枕をぎゅっとにぎりながら、体を反らす。
 そんな兄の可愛らしい仕草に笑みを浮かべながら、朱美は、舌の裏側の柔らかな部分で、敏感な突起を優しく愛撫した。
 その間も、膣口に挿入した指先を蠢かせ、感じる部分を容赦なく刺激する。
「ンあ……あ……はっ……あン……あァ……あう……っ」
 知巳は、体がかってにうねうねと動いてしまうのを止めることができない。
 と、朱美は、ゆっくりと体の方向を入れ替えた。
「お兄ちゃん……」
 そう呼びかけられ、知巳は、うっすらと目を開いた。
「あ……」
 自分の頭を膝でまたぐ朱美の股間に、半ば勃起したペニスがぶら下がっている。
 下から見上げているせいか、見なれたはずのその器官は、ひどく凶暴に見えた。
 朱美の意図を察して、知巳の心臓が、拍動を速める。
 頭がじんじんと痺れ、背筋に、何とも言えない戦慄のようなものがぞくぞくと走った。
 まるで誘うように、知巳は、唇を半開きにしてしまう。
 朱美が、腰を落とした。
「ン……」
 知巳は、目を閉じ、ペニスを咥えこんでいた。
 舌の表面を、苦い先走りの汁に濡れた亀頭が滑る。
 こんなところにまで、と思うほどに、ペニスが、口腔の奥を占領していった。
「ン……んむ……う……ン……」
 知巳は、歯を立てないように努力しながら、もごもごと口を動かした。
 愛撫する、と言うよりも、呼吸を確保するために、口腔の中のペニスの位置を調整しようとする。
 自らのペニスを咥えさせられるという、今まで考えたこともないような屈辱……。
 これまで、気付きながらも無視し続けていた被虐の快感が、どばあっ、と脳内に溢れかえった。
 自分が、今、女として男に組み敷かれているのだということを、いやというほど実感させられる。
 と、朱美が、まるで知巳の口を犯すかのように、ゆるゆると腰を動かした。
「ン……ンぐ……ふ……んン……っ」
 亀頭部を舌にこすりつけられながら、知巳は、苦しげな鼻息を漏らす。しかし、その響きには、どこか陶酔の色があった。
 そんな自分の声に、ますます恥辱と倒錯の悦びが高まっていく。
 ふと、知巳は、かつて自分のペニスを嬉しげにしゃぶっていた彩乃の顔を思い出していた。
 今、自分も、あの時の彩乃と同じような表情をしているのだろうか――。
 そう思ったとき、さらに高まったマゾヒスティックな快感が、熱い蜜となってクレヴァスから溢れ出た。
「すごい……お兄ちゃん……ココ、ぐちゃぐちゃだよォ……」
 ぴちゃぴちゃと犬がミルクを舐めるような音をたてながらクレヴァスを舌で嬲っていた朱美が、そんなことを言う。
 知巳のそこは、すでにすっかり牡を迎え入れる準備を整え、物欲しげにひくひくと蠢いていた。
「ぷふー」
 そんな風に息をつき、朱美は、愛液の糸を引きながら、口を離した。
 そして、ぬるっ、とペニスを知巳の口から引き抜き、再び体の方向を入れ替える。
 知巳の唾液に濡れたペニスが、急な角度で、上を向いていた。
 そのペニスに手を添えながら、朱美が、知巳の開いた脚の間に膝を折って座る。
 知巳は、わずかに体を起こし、まるで熱でもあるかのような潤んだ瞳で、赤黒いペニスを見つめていた。
「お兄ちゃん……女のコの顔になってる……」
 朱美が、そんなことを言いながら、腰を進ませた。
 赤く腫れあがったようになっているペニスが、クレヴァスに触れる。
「ボクが、女のコの良さを、教えてあげるね……」
 そう言って、朱美は、ぐっ、と一気に腰を突き出した。
「ンあああああッ!」
 知巳が、体を弓なりに反らす。
 体の奥を、熱い肉の楔で貫かれた衝撃に、知巳は、ぱくぱくと口を開閉させた。
 膣内に打ちこまれた熱い塊に全身を支配されてしまったような、そんな感覚がある。
「感じてる? お兄ちゃん……」
 体をかぶせ、知巳の耳元に唇を寄せて、朱美は訊いた。
「感じてるんでしょ? ボクのアソコで……お兄ちゃんのオチンチンを……」
 こくん、と知巳が肯く。
「うらやましい……」
 そう言って、朱美は、腰を動かした。
「ンあッ!」
 体の内側がめくれあがるような錯覚に、知巳は短い悲鳴をあげた。
 粘膜と粘膜がこすれ、じわじわと熱くなり、そして、とろけるような快感が湧きあがる。
 無機質なディルドーで犯されたときとは全く違う、熱い塊がせりあがってくるような感覚。
 知巳は、我知らず、朱美の体をぎゅっと抱き締めながら、はしたなくも腰を浮かしていた。
 朱美は、うっとりと目を閉じながら、知巳の唇に唇を重ねた。
 口腔をまさぐる朱美の舌に、自らの舌を絡みつかせて、知巳が応える。
 朱美は、ぴったりと知巳と体を重ねながらも、何かに憑かれたように、ますます激しく腰を動かした。
 白く濁った愛液が二人の接合部から溢れ、会陰を伝ってシーツにこぼれおちる。
「すごい……なんだか……とけて、くっついちゃいそう……」
 舌足らずな声で、どちらともなく、そんなことを言う。
 その声が、耳から脳に届いたときには、それを言った当人も、自分が言ったのだということを忘れていた。
 密着し、こすれ合う柔らかく熱い器官が、淫猥な汁にまみれた快楽を育てていく。
 その熱い快感を感じながら、二人は、互いにきつく体を抱き締め合っていた。
 いつのまにか、二人の間には、彼我の区別がなくなってしまっている。
 まるで、互いの神経が絡み合い、脳がとろけて混ざり合ってしまったような感じだ。
 知巳は、朱美が知巳のものだったペニスで感じている快感を感じ、朱美は、知巳が朱美のものだったヴァギナで感じている快感を感じる。
 二人は、まるで本当に一つの生き物になってしまったかのように、ひくひくと震えながら、一つの快楽を貪っていた。
 もし、この快感がはじけたら、どうなってしまうのか……。
 そんな、かすかな恐怖に彩られた期待に、体がおののき、そして相手のおののきを腕に感じる。
 そして――
「ッ!」
 射精中枢に送り込まれ続けていた快楽の信号が、ついにある一点を突破した。
 下腹部に、痛みを覚えるほどに充満していた熱い体液が、出口に向かって殺到する。
「あ、あッ! ンあ! あッ! ああああああアーッ!」
 粘度の高い白濁液が尿道をかけ抜け、ペニスの先端から勢いよく放出された。
 びゅくびゅくペニスが自らの中で暴れ、熱いスペルマが、体内に広がっていく。
 その、二つの感覚を、知巳と朱美は、同時に感じていた。
「あ……ッ!」
 ふわりと、全ての束縛から解放され、浮遊するような高揚感と、どこまでも続く昏い穴に堕ち続けているような落下感。
 寝具の感触も、上下感覚すらも消え、互いの呼吸音と、腕の中の体温だけを感じる。
 そして、二人は、ようやく、もとの世界に戻ってきた。



「ンあ……」
 二人は、呆けたような声をあげ、互いの顔を見つめた。
 知巳は上から、朱美は下から――
 そして、ほとんど同時に、自らの体に目を移した。
 知巳のペニスが、しっかりと朱美の中に挿入されたまま、次第に硬度を失いつつある。
 そして、役目を終えたペニスが、膣圧によって、ぬるん、と外に押し出された。
 大量の精液が、それに続くように、こぽこぽと溢れ出る。
「……戻った、ね」
 下から自分を見上げながら言う朱美に、知巳は、小さく肯いた。
 今まで感じていた幾つもの違和感が消えうせ、心と体が、ぴったりと重なったような感じがする。
 当たり前と言えば当たり前のその感触が、奇妙なほどに新鮮だった。
「んふっ……」
 何が可笑しいのか、朱美が、くすくすと笑い出した。
 それにつられたように、知巳も、笑い出す。
 双子は、互いの体に腕を回したまま、寝床の中で、いつまでも声を殺して笑い続けた。


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