第三章
知巳は、ゆっくりと寝床から置きあがり、いつもと違う方向から差し込む朝日に、まぶしそうに目を細めた。
そして、むーん、と伸びをするが、どこか違和感がある。
「おもい……」
そうつぶやきながら、胸元に目を落とす。
けして大きくはないが、形のいい半球型の柔らかなふくらみが、パジャマの内側から自己主張をしている。
「……朱美の体か」
はああああ、と盛大にため息をついて、ベッドから降りる。
「なんか、体が重いな。女ってみんなそうなのかな?」
思うように動かない妹の体に、全世界の女性を敵に回しそうな独り言をつぶやきながら、知巳は周囲を見回した。
「なに着ればいいんだろ……?」
と、その時、ノックの音が響く。
ドアを開けると、自分の顔をした朱美が、複雑な表情で立っていた。すでに朱美は、綿のワイシャツにジーンズという、この季節の知巳のスタンダードなスタイルに着替えている。
「早いな」
「まーね」
「で、どした?」
「えっとさ、兄貴が困ってるんじゃないかなあ、って思ってね」
そう言って、朱美は、にへへっ、と笑った。
「う、うーん……困ってる、なあ」
知巳は、とりあえず素直にそう言った。
「だよね。ブラの仕方なんて知らないんでしょ? 外す方は得意でもさ」
「得意なんかじゃない」
「あー、でも外したことはあるんだ」
まんまと誘導尋問にはまった知巳は、かっと頬を染めた。そんな自分の顔を、朱美がちょっと不思議そうな顔で見る。
「な、なんだよ」
「え? う、ううん、なんでもない。じゃ、ほら、着替え着替え」
そう言いながら、朱美が、ドレッサーの中からシンプルながら可愛らしいデザインのブラを取り出す。
妹の下着をあさる自分自身の姿を、知巳は、憮然とした顔で眺めていた。
「あらあらあら、一緒に朝ご飯なんて珍しいわねえ」
知巳と朱美の母、千恵子は、のどかな微笑を浮かべながらそう言った。
小さな体に割ぽう着をまとったその姿は、いかにも“日本のお母さん”といった風情だ。それでいながら、その顔は若々しい。少女の可愛らしさを残したまま、母親になってしまった、といった感じだ。
「知巳君は、今日はお寝坊さんだったのね」
いつもなら早く起きてランニングをしてから朝食を摂るはずの息子に、千恵子は言った。
知巳は、そろそろ名前に“君”を付けるのはやめてほしい、と思うのだが、未だ母に逆らうことはできない。今は海外に赴任している父、修三は古典的な恐い親父だが、葛城家で一番強いのは母の千恵子である。ある意味、理想的な家庭かもしれない。
「ん、ちょっとね」
そう言いながら、朱美はテーブルについた。そんな朱美の方を、千恵子がじっと見つめる。
「か、かあさん、どうしたの?」
しゃもじを右手に持ったまま、じっと朱美の方を――つまり自分の顔を見つめる母親に、知巳は思わず声をかける。
「今朝の知巳君、ちょっとヘンね」
「ヘン?」
双子は、思わず同時に声をあげていた。
「ど、どこが?」
そう言う朱美の声は、ちょっと上ずっている。
「なんだか、いつも以上に可愛い感じ」
ふわっ、と笑いながら、千恵子はそんなことを言った。
「む、息子を、からかわないでよ!」
「何言ってるの。母さんはねえ、からかいがいのある子供にしようと思って、これまで一生懸命に知巳君を育ててきたのよ」
本気なのか冗談なのか、千恵子はそんなことを言う。
「だ、だいたい、ボク――じゃなくて、オレの、どこが可愛いんだよ?」
朱美が、いつにも増して乱暴な言葉遣いをしようとする。
「そうやって、無理して突っ張っちゃってるところかな? はい、お茶碗かして」
「……」
朱美は、思わず自分の茶碗に手を伸ばしかけ、あわてて知巳の茶碗を手に取る。
そんな朱美をはらはらしながら見ていた知巳に、千恵子が顔を向けた。
「ほら、朱美ちゃんも、早く座って」
「う、うん……」
「どうしちゃったのかしらねえ、今朝のうちの子供達は」
ほかほかのご飯を茶碗によそりながら、千恵子は、独り言のように言う。
「やっぱり、知巳ちゃんに恋人さんができたからかな?」
「母さんっ!」
知巳が、朱美の声で、悲鳴のような声をあげる。
「朱美ちゃん。ショックなのは分かるけど、あんまり思いつめちゃダメよ」
どういうつもりかそんなことを言いながら、千恵子は知巳に、ご飯をよそった朱美の茶碗を差し出した。
「朱美ちゃんの顔はね、母さんと同じで、愁い顔より笑った顔の方が魅力的なんだから♪」
そんな母親の言葉を聞きながら、知巳は、ご飯がよそられていても思いのほかに軽い朱美の茶碗を受け取った。
知巳の部屋で、二人は“作戦会議”を始めた。
「そもそもバレるわけないんだから、あんまり慌てることはないのよ」
そういう朱美に、知巳はこっくりと肯いた。
「要するに、自然体で振る舞わなきゃ」
「そりゃまあそうなんだけどさ」
そう言いながら、知巳はぼすんと乱暴にベッドに腰掛けた。
「あ、それからね、今はパンツだからいいけど、スカートのときはそんなふうに乱暴に座んないでよ」
知巳の椅子に座りながら、朱美が言う。
「いちいちうっさいなあ」
「スカートがめくれちゃうのよ。兄貴だって、そんなことで注目集めたくないでしょ」
「へいへい」
めんどくさそうにそう答える知巳の方を、朱美はじっと見つめた。
「な、なんだよ」
自分自身の顔ににらまれるのは、やはりあまりいい気持ちではない。知巳は、しかめっ面を作って言った。
「――兄貴は、和泉センパイとはどこまで行ったの?」
「って、お前なあ!」
大声をあげる知巳に対し、朱美は涼しい顔だ。
「だって、入れ替わりがバレることはないにしても、あんまりヘンな対応はできないでしょ。元に戻ったときのためにも、きちんと関係は続けとかないと」
「そりゃ、そうだけど……戻るかな?」
「ま、戻らなかったら戻らなかったときよ。覚悟決めなきゃ」
「そう、か……」
「それより、ほら、どこまでいったのよお」
興味深々、といった態度で、朱美が身を乗り出す。
「あ、朱美こそ、どうなんだよ。好きな男とか、いるのか?」
「いないよ、彼氏なんて」
知巳の言葉を、朱美はあっさり切り返す。
「そ、そっか」
「ほら、そんなことより、話した話した。和泉センパイとは、最後までいったの?」
「い……言えるか、そんなこと」
「あ、そ」
ふーん、と朱美は鼻を鳴らした。
「でもさ、普通は、してないならしてないって言うよね。言えないってことは、したって言ったのと同じだよ」
「うー……」
「ボクはね――したこと、あるよ」
「なにい!」
知巳は、朱美の言葉に目をむいた。
「だってお前、さっき彼氏いないって……」
「いないよ。ただ、ちょっと事情は複雑なんだ」
そう言って、朱美は、奇妙な笑みを浮かべた。少年の顔が浮かべるにしては妖しい、艶っぽいとさえ言えるような微笑だ。
「どうせ黙っててもバレることだから言っちゃったけどさ」
「……」
知巳は、難しい顔で黙りこくる。
「詳しいこと、知りたい?」
「そりゃまあ、その……」
朱美の問いに対する知巳の答えは、どこか煮え切らない。
「じゃあ、机の一番下の引き出しの中、見て」
「机って、お前の机か?」
「当たり前でしょ。鍵は、財布の中だから」
「い、いいのか?」
そういう知巳の声は、ちょっと震えている。もともと、根が生真面目な彼にとって、妹のプライベートを覗き見するなどということは、あまりしたいことではない。
「まあ、無理に見ろとは言わないけどね」
「わ、分かった。何が入ってるか知らないけど……覚悟が決まったら、見とく」
「ん」
朱美は、短くそう返事をした。
進級に伴い、クラス替えがあったのが幸いした。
特に知巳は、一年生のころから人付き合いが盛んでなかった。その分だけ、入れ替わった朱美は、たいした苦労もなく、葛城知巳としての新しい生活に順応することができた。
一方、知巳の方は、多少の苦労があった。
もともと朱美は、そのさばさばした性格もあって友人が多い方だ。もし1年生時代の仲のいい級友と別のクラスになっていなかったら、真相に気付かれることはなかったにしても、かなりヘンに思われていただろう。
ともあれ二人は、毎晩綿密なミーティングをすることによって、どうにか今までの交友関係が破綻することを防いでいた。
そして、一週間があっという間に過ぎた。
まだ知巳は、朱美の机の引出しを開けてはいない。
母の千恵子に不審に思われるのを防ぐための、寝る前のランニング。
それが、今の朱美には、何となく気持ちよくなっていた。
そして、公園で、幼いころに父親に教わった葛城流の動きを反復する。
中学に入ってからは、ほとんど練習していなかったはずのその動きを、自分の体が正確に再現していくのがまた面白い。
知巳の体に宿ってしまったことで、古い記憶がよみがえったのか、それとも、知巳の肉体自体が、この動きを記憶していたのか……
独自の理論に則った、無駄のない動きは、それでいながらどこか優雅な舞を思わせた。
まだかすかに肌寒さの残る春の夜気が、火照った肌に心地いい。
悔しいことに、やはり運動に関しては、性差というものは歴然とあるようだ。兄である知巳の体は、面白いようによく動く。
(もし、元の体に戻ったら……もーちょっとシェイプアップしようかなあ)
ふと、そんなことを思ったとき、かすかな悲鳴を、朱美は聞いた。
押し殺された若い女性の声、と思ったときには、朱美はその方向に走り出している。
「――!」
黒髪の、華奢な少女が、白いスーツの男に後ろから抱きすくめられている。
少女は、彩乃だった。男に手で口をふさがれたまま、眼鏡の奥の瞳で、助けを求めている。
一方、男は、朱美に見つかったというのに、その浅黒い顔にふてぶてしい笑みを浮かべている。
「なんだ、ガキか――」
男は、低い声でそう言った。高い鼻梁にウェーブのかかった髪。美男子といえる顔立ちではあるが、その瞳の底に宿る光は、どこか暗い。
「これからは大人の時間だ。帰りな」
「あんたこそ、先輩を置いて帰れよ」
眉を吊り上げながら、朱美が言う。
「ほう……お前、彩乃の男か?」
男は、すっと目を細めた。
「さすが根っから淫乱だな。もう新しい男をくわえこみやがったのか」
「うぅーっ!」
手で口を覆われたまま、彩乃が悲しげな抗議の声をあげる。
「夜中にンなとこで何してるかと思ったら、このガキと待ち合わせだったのか? 彩乃みたいなスケベだったら3Pでもいいんだろうが、俺はこのガキのチンポなんざ拝みたくねえなあ」
どこまでも下司なことを言いながら、男は、彩乃を引きずりながらじりじりと下がっていく。その先は、公園に沿って走る道路だ。人通りはまったくない。
路肩には、赤い塗装のスポーツカーがドアを開けっぱなしで駐車してあった。どうやら男の車らしい。
「放せって!」
朱美は、男めがけて地を蹴った。
「けっ!」
男が、朱美めがけて彩乃を突き飛ばす。
思わず彩乃の体を抱きとめたその左腕を、冷たい金属がかすめた。
「!」
服が裂け、その下の肌に血がにじむ。
男は、いつのまに手にしていたのか、右手にナイフを握っていた。
「つ、津野田さん、やめて――!」
彩乃が、男に叫ぶ。
「るせえ!」
津野田と呼ばれた男は、獣のように歯を剥き出しにしながら、ナイフを繰り出した。
彩乃から離れた朱美が、ナイフをよけつつも態勢を整えようとする。
と、木の根に足をとられたのか、朱美の体がよろけた。
「ひゃはあ!」
津野田は、笑い声のような気合を放ちながら、一直線にナイフを朱美目掛けて突き出した。
「しッ!」
短い呼気とともに、朱美が、右手をフック気味に払う。
拳ではない。その人差し指と中指が、鉤状に曲げられている。
だが、足元が覚束ないせいか、津野田を狙ったにしては致命的に浅い一撃だ。
と、その右手が、今来た軌跡を戻るように、津野田から見て左から右に宙を薙いだ。
「――なっ!」
津野田の右手から、ナイフが消えていた。
代わりに、朱美の右手に、ナイフが握られている。
そして、津野田の高そうなスーツが、横一文字に裂けていた。
朱美が、津野田のナイフを瞬時に奪い、それで逆に切りつけたのである。
古武道葛城流は、完全に実戦向けの武術だ。その体系の中には、素手の状態から相手の武器を奪う技も多数ある。朱美が見せたのはそのうち一つだ。無論、朱美がよろけて見せたのも、技の一環である。
「葛城流無刀取りの一つ――“辻風”」
にっ、と笑いながら、朱美は言った。
「一度こういうの言ってみたかったんだ」
そして、ナイフを構えなおす。とても素人の構えには見えない。
「く、くそ……!」
津野田は、身を翻し、文字通り車に飛び乗った。
けたたましいエンジン音をたて、車が発進する。いっそ見事な逃げっぷりだ。
「と、知巳くん、うで……」
彩乃が、震えた声で、そう朱美に言う。
「ん? あ、切れちゃってる」
見ると、シャツの左袖が裂け、二の腕に一筋傷が走っていた。津野田のナイフがかすめたときのものだ。
「大して痛くないし、そんな深くないです。平気ですよ」
「ダメよ、そんな!」
彩乃は、叫ぶように言った。
「消毒して、血、止めないと……あたしの家、すぐ近くだから」
「でも……」
「ね、お願い」
彩乃は、むしろ懇願するように言った。怪我が心配なのは本当なのだろうが、それ以上に、あんな目にあった後で一人で家に帰るのが恐ろしいのかもしれない。
「――じゃ、お言葉に甘えときます」
朱美は、気付かれないようにため息をついてから、そう言った。
彩乃の家は、彼女の言葉通り、公園のすぐそばの高級マンションの五階だった。
「今夜も、両親はいないの」
明かりが消えた部屋のドアを開けながら、彩乃は言った。
広々とした部屋の中は、小奇麗ではあったが生活感に乏しく、どこか寒々しい。
朱美も、知巳から聞いたのだが、彩乃の家庭は両親とも外で働いており、仕事上の外泊や出張などもしょっちゅうだという。
彩乃はそこまで言わなかったが、彩乃の父親も母親も、家庭を顧みなくなって久しいようだ。それは、“よくできた娘”である彩乃を信頼してのことなのか、それとも、もはや家庭そのものに対する興味を失ってしまったのか……。
彩乃は、部屋の明かりを灯し、救急箱を持ってきた。
そして、朱美がハンカチで押さえていた傷を手早く消毒し、ガーゼを当てた後にくるくると器用に包帯を巻いていく。
「――先輩」
彩乃の部屋のクッションに座り、されるがままになっていた朱美が、口を開いた。
「どうして、あんな場所にいたんです? 無用心じゃない」
「それは……知巳くんが、いつもあそこで練習してるって聞いて……たまに、遠くから見てたの」
「声をかけてくれればよかったのに」
「でも……邪魔になったら、と思って……」
慎ましやかにそう言う彩乃に、朱美は次の質問をした。
「で、あいつは、何者なの?」
「……」
彩乃は、その上品な口をつぐんで答えない。
「昔の彼氏? にしては、何だか普通じゃなかったけど」
「それは……ごめんなさい。今は、許して……」
彩乃の言葉に、朱美は目を細めた。
そして、右手で、彩乃の左手首を握る。
「あ……!」
朱美は、声をあげる彩乃の腕をねじりあげ、背中に回した。そして、包帯を左手で拾い上げ、両手首を後手に縛り上げる。葛城流捕縛術の応用だが、彩乃にはそんなことが分かるはずがない。
「な、なにするの? 知巳くん、やめてっ!」
そう声をあげる彩乃の体を、朱美は、床にうつぶせに倒した。彩乃のなめらかな頬が、床に置かれたクッションに押し付けられる。
「あいつとは、どういう関係だったんですか?」
朱美は、重ねて訊きながら、彩乃のヒップを持ち上げ、スカートに手をかけた。
「ちょ、ちょっと! やめてよ! 知巳くんッ!」
手馴れた手つきでスカートのホックを外し、膝までずり下ろす朱美に、彩乃が叫ぶ。
と、朱美は、純白のショーツから伸びた白い太ももを、いきなり、ぴしゃりと叩いた。
「ひゃうッ!」
うつ伏せになり、お尻だけを高く上げた屈辱的な姿勢で、彩乃は悲鳴を上げた。
痛みと衝撃に動きを止めた彩乃のヒップから、朱美は、するりとショーツを剥いた。
まるで水蜜桃のようにまろやかな曲線を描く魅惑的なヒップが、露になる。
「や、やめて、知巳くん……」
その声にむしろ誘われたように、朱美が、右の平手で彩乃のヒップを叩いた。
「きゃああ!」
ぴしゃっ! という小気味のいい音とともに跳ねる彩乃のしなやかな体を、朱美は、左腕一本で押さえつけた。
そして、赤く染まったヒップに、立て続けにスパンキングをしていく。
「あッ! ひあ! いッ! いやあああ!」
まるで血をにじませたように赤く染まっていくヒップを、朱美は、どこか冷ややかな目で見つめていた。
まるで、自らが施しているこの暴虐の効果を計っているような目だ。
「い、痛い! いた! や、やめて! いやああア!」
彩乃の悲鳴にも、朱美は、心を動かされる様子はない。
「……どう? 話す気になりましたか?」
ひとしきりこの理不尽な打擲を終えた朱美が、彩乃の顔をのぞき込むようにして言った。
「う……うぐ……ん……ひぐっ……」
彩乃は、その眼鏡の奥の瞳から珠のような涙をこぼし、小さく嗚咽を漏らしている。
スパンキングの痛みよりも、朱美の仕打ちそのものに、心を傷つけられた様子だ。
朱美は、そんな彩乃の上体を起こし、右の手の平を頬に当てた。
「い、いや……もうぶたないで……」
涙声でそう言う彩乃の頬をするりと撫で、そして、いきなり口付けする。
「んんッ!」
予想外の行為に、彩乃は目を見開いた。
構わず朱美は、彩乃の朱唇を舌でこじ開け、口内をまさぐるようにする。
朱美が唾液を送り込むと、彩乃は覚悟したように目を閉じ、んく、んく、とのどを鳴らして飲みこんだ。
朱美は、おずおずと絡みついてくる彩乃の舌をねじ伏せるようにしながら、その口腔を舌で蹂躙し陵辱していった。
彩乃が飲みこみきれなかった唾液がその口の端からあふれ、あごを伝っていく。
そして、ようやく、朱美は口を離した。
「……と、知巳くん……ひどい……」
恨むようにそう言う彩乃の声には、しかし、どこか被虐の悦びのようなものがにじんでいる。
朱美は、自分の体の中で、何か凶暴な衝動が育ちつつあるのを自覚していた。
形のいい眉をたわめ、目に涙を溜めた彩乃の表情が、ますますその衝動を強いものにしているのが分かる。
(なんだろ、これ……?)
と、朱美は、股間に鈍い痛みのようなものを感じていた。
(え……?)
普段は意識していなかった股間のものが、驚くほど膨張し、ズボンの中で窮屈そうに大きくなっている。
(男の人のって、こうなるんだ……ボク、すごく興奮してる……)
兄の体を使って、兄の恋人を嬲るということに、強烈な後ろめたさを感じながら、朱美は彩乃の前で立ち上がり、ズボンのファスナーを下ろした。
しかし、まだ付き合いの短いその牡器官は、小用を足すときほど簡単には外に出てくれない。
朱美は、焦れたようにズボンのボタンを外し、トランクスごとずり下ろした。
そして、息を飲むようにして見守っていた彩乃の顔に、熱くたぎった男根を押し付ける。
「あっ……」「う……!」
彩乃と朱美は、期せずして同時に声をあげてしまっていた。
(びっくりした……ココ、けっこうビンカンなんだ……)
彩乃に気付かれないように息を整えながら、朱美はそんなことを思う。
そんな朱美の方を、彩乃は、上目遣いで見つめた。
「フェラチオ、してよ」
朱美の直接的な言葉に、彩乃はしばしためらった後、小さく肯いて、その小さな口を開いた。
そして、先走りの汁を溢れさせている亀頭部分を、ぱっくりと咥えこむ。
「……ッ!」
心の準備ができていたので、どうにか声を漏らすことはなかったものの、朱美は思わずぎゅっと目を閉じていた。
自分には本来なかったはずの器官で感じる、まったく初めての快楽。
ぞくぞくぞくっ、と腰から背中に電流が走り、じわーんと頭が痺れる。
(そっか……男って……こんな感じなんだ……)
生温かい口腔粘膜に包まれながら、シャフトの裏側に、少しざらついたような彩乃の舌を感じる。
(気持ちイイ……気持ちイイけど、気持ちイイのは、おちんちんだけって感じ……あんまり、体中に広がってく感じじゃないな……)
快感を快感として捕らえながらも、どこか、頭の中で冷静な部分で、そんなことを思うことができる。
朱美にとっては、肉体的な快感よりも、精神的な昂揚感の方が鮮烈だった。
「イヤらしい顔でおしゃぶりしてますね、先輩……」
舌で唇を舐めながら、朱美は言った。そう言われて、彩乃は恥ずかしそうに目を伏せた。
それでも彩乃は、まるで何かに憑かれたように、ますます情熱的に淫らな口唇奉仕に没頭していく。
「あいつにも、同じようにしたんですか?」
そんな朱美の問いに、びくっ、と彩乃の動きが止まる。
と、朱美は、彩乃の口からペニスを引き抜いた。
そして、べっとりと唾液にまみれたシャフトで、彩乃の整った顔をぴしゃっと叩く。
「あ……」
屈辱の声をあげる彩乃の表情は、しかし、隠しようもないマゾの喜びにぽおっと染まっていた。
「したんでしょう?」
重ねて訊く朱美に、彩乃は、こっくりと肯いた。
「きちんと言葉で」
「ごめんなさい……し……しました……」
小さな子供のようにぽろぽろと涙をこぼしながら、彩乃が言う。
正体不明の衝動に突き動かされ、朱美は、再びペニスを彩乃の口の中にねじ込んだ。
「んんーッ!」
くぐもった声をあげながら、彩乃は、けなげにも、ペニスに歯を立てないように一杯に口を開く。
朱美は、そんな彩乃の黒髪を乱暴に掴み、ぐいぐいと腰を使った。
(こんな……こんな人に……こんな人なんかに……っ!)
初心に頬を染めながら彩乃のことを話していた知巳の顔を脳裏に思い浮かべながら、朱美は、腰を彩乃の顔に叩きつけるようにイラマチオを続けた。
「ん……んぐ……んえっ……えぶ……ぅ……っ」
喉奥をペニスで小突かれ、苦しげな声をあげながら、それでも彩乃はペニスに舌を絡ませてくる。
ますます熱くたぎったペニスの根元から、何かがこみ上げてくるのを、朱美を感じていた。
(あ、こ、これって……!)
反射的にこらえよう、と思ったときには、もう手遅れだった。
「ン、あ、あッ! あーっ!」
朱美は、思わず声をあげながら、彩乃の口内に激しく射精していた。
「んんンーッ!」
口の奥を直撃するスペルマの勢いに、彩乃が悲痛な声をあげる。
しかし朱美は、しっかりと彩乃の髪を掴み、その顔を自らの腰に押し付けていた。
力の抜けた脚が、がくがくと震え出す。
(これが……おとこのひとの……イキかた……?)
急転直下、という感じで訪れた絶頂に、朱美は、とまどいながらも体を震わせていた。
「ん……?」
早々と入り込んでしまったベッドの中で、知巳は、ふと目を開いた。
部屋の電気はもう消してあるので、その瞳に映るのは闇だけである。
その闇の中、何か、妖しく白いものがうねっているように見えた。
そして、意識すると未だ違和感を感じるショーツの中で、股間が妙な感じで疼く。
「……」
半覚醒状態のまま、知巳は目を閉じ、寝返りを打った。
体の芯がなぜかいらつくような感覚……。
そして知巳は、いつのまにか夢を見ていた。
彩乃が、ベッドの上で、Mの字に脚を開いている。
そして、彼女の白い太ももに手をかけ、ヒップを持ち上げるようにしながら、朱美はクンニリングスを続けていた。
彩乃の下半身は剥き出しで、スカートは床に脱ぎ捨てられている。そして、ショーツはきゅっと引き締まった左の足首にまとわりついたままだ。
上は、柔らかな生地のトレーナをまとっており、その服の上から、乳房を強調するような感じで、ふくらみの上下に包帯が巻かれている。無論、両手首は後ろに緊縛されたままだ。
「あ……ンあっ……はぁ……や、あぁン……」
卑語で“まんぐり返し”などと呼ばれる、マット運動の後転を中途半端にしたような姿勢で、彩乃は甘く喘いでいる。
その秘裂はとろとろと熱い蜜を溢れさせ、まるで肉の花のように淫猥にほころんでいた。
朱美は、目を閉じ、無言で舌を使っている。
クレヴァスを舌でえぐり、舌先で膣口をえぐり、肉襞をちゅうちゅうと軽く吸う。
「あ、あぁ……あン……ンあぁん!」
下の裏側の柔らかな部分でクリトリスを刺激すると、彩乃はひときわ高い声をあげた。
朱美は、奈々との禁断の関係で身につけた技術を駆使して、彩乃を着実に追い込んでいった。
それでいながら、絶頂を間近に控え、太ももがひくひくと痙攣すると、意地悪くその口を離すのだ。
「ひあああああ……」
イキそこねた彩乃は、そのたびに、何とも情けない声をあげながら、朱美の方を見る。
その瞳は宙ぶらりんの性感に潤み、どこか空ろにさえ見える。いつもの、優しげでありながら知性的な輝きは、微塵も伺えない。
そんな彩乃の表情をちらりと眺めてから、朱美は、口による淫らで残酷な愛撫を再開するのだ。
「あ、ンああああッ! と、知巳くうんッ! お、おねがい……ひ、ひああああああ!」
中断される前よりは確実に大きくなりながら、絶頂にまで至らない快楽に、彩乃はしなやかなその体をよじりながら、あられもない声をあげる。
もし両手が自由なら、朱美の目もはばからず、激しい手淫によって絶頂を貪ろうとしただろう。それを証明するかのように、彩乃は、ぎゅっと両腕を突っ張らせ、その細い手首に包帯を食い込ませている。
そんな彩乃の様子を観察しながら、朱美は、ペニスがすっかり力を取り戻しているのを自覚していた。
(無節操だなあ、ホント……)
とは言え、無節操なのは、知巳の体か、朱美の心の方なのか……。
こっそりと苦笑しながらも、朱美は、そんなことを思ってしまう。
しかし、屹立するペニスは、自分自身が興奮している確かな表れだ。
そもそもこの剛直を熱くそそり立たせている血液は、まるで湯を注がれたように痺れている脳に流れているものと同じものなのだ。
肉体と精神は、もともと不可分のものなのだから……。
(なのに……)
なんでこんなことになってしまったのか、といったような今さらながらの疑問も、太陽の前の薄氷のように溶けていってしまう。
残るのは、アクメを求めてはしたなく腰を動かす彩乃を犯したいという欲望だけだ。
(ああ……ボク、入れたくなっちゃってる……)
再び、絶頂間近の彩乃への愛撫を中断し、ひくん、ひくんとしゃくりあげ、先走りの汁をまきちらしているペニスに目を落とす。
「や、やめないで、知巳くん……やめちゃ、いやァ……」
はあっ、はあっ、と喘ぎながら言う彩乃のヒップをシーツの上に下ろし、朱美は愛液に濡れた口元をぬぐった。
そして、膝立ちになって、反り返ったペニスを彩乃に見せ付けるようにする。
「はぁあ……」
彩乃は、快楽に蕩けきった視線を、そそり立つ剛直に絡みつけた。
「ほしいですか? 先輩……」
自分でも驚くほどに熱く、そして硬くなっている男根に手を添え、亀頭部分をぐちゃぐちゃになった彩乃のクレヴァスにこすりつけながら、朱美は意地悪く訊いた。
「ほ、ほしいの……ほしい……おねがい……い、いれて……」
彩乃は、普段の理知的な彼女からは考えられないような甘い声で、淫らなおねだりをする。しかしその頬は、羞恥や屈辱よりも、快楽と、そして被虐の喜びに染まっているようだった。
「本当に淫乱だなあ、先輩は……」
そう言いながら、朱美は、ペニスの先端を、すっかりほころんだ彩乃の秘所に浅くもぐりこませた。その状態で、腰を止める。
「あ、ああっ! は、早く、早くうッ!」
直前でお預けを食らった彩乃は、半狂乱になって声をあげた。
「あの男とも、したんですね、セックス」
そんな彩乃の顔をにらみつけながら、朱美が訊く。
「そ、そんな、もう、許して……」
「したんでしょう?」
ひどく優しい口調で、朱美が重ねて訊いた。
「し、しました……セックス、しました……」
辛そうに眉をたわめ、涙を流しながら、彩乃は告白する。
「何度も何度も?」
「最初は、無理矢理……犯されて……でも、こばめなくなって……あたし……あたし……」
「好きだったんですか?」
「分からない……でも、好きになれるかもって……なのに、あの人は、あたしを捨てて、東京に……ごめんなさい、知巳くん、ごめんなさいッ!」
彩乃が、涙をこぼしながら、血を吐くような声で叫び、必死で謝る。
「おねがい……許して……今は、今は知巳くんだけなの……!」
「……っ!」
朱美は、名前をつけることのできない激情に突き動かされ、一気に彩乃を貫いた。
「ンあああああああああああああああッ!」
それだけで達してしまったのか、彩乃が、その細い体を弓なりに反らす。
ひくひくと痙攣する彩乃の体を、朱美は、ぎゅっと抱き締めていた。
「あぐ……っ……ン……!」
それによってさらなる絶頂に至ったのか、彩乃の痙攣はしばらく止まらない。
ペニスをみっしりと締めつける靡肉がひくひくと蠢くのを、朱美は、はっきりと感じていた。
(す、すごい……)
奈々と双頭ディルドーでつながったときとは全く違う、相手の体内を自分自身の肌と粘膜で感じる感触。
(これが……セックスなんだ……)
すでに処女をディルドーに捧げてしまったとは言え、未だ男性の侵入を体内に許したことのなかった朱美は、熱い膣肉の感触に、奇妙な感動すら覚えていた。
「か……はぁっ……ンあ……はぁ……はぁ……はぁ……」
それまで絶頂感の中を漂っていた彩乃が、ようやく呼吸を整える。
そして、涙に濡れた目をうっすらと開け、父親に許しを請う童女のような瞳で、朱美を見た。
今まで朱美が見たことのない、そして、知巳にすら見せたことがないであろう、そんな彩乃の目――
朱美は、そっと、そんな彩乃の唇に唇を重ねた。
自らが放った精液の味と匂いが、かすかに残っている。それも、なぜか気にならない。
柔らかな、彩乃の唇。
それを傷つけないようにそおっと、ちゅっ、ちゅっと吸い上げる。
自分が、なぜそんなことそしているのか分からない。それでも朱美は、まるで傷ついた子猫に親猫がしてやるように、彩乃の唇を優しく舐め、頬を濡らす涙を舐めとってやった。
「あぁ……と、知巳くん……」
うっとりとした顔で、彩乃が、白い首を反らす。
その首筋に唇を這わせながら、朱美は、腰を動かし始めた。
「ン……はぁっ……ひいっ……!」
絶頂を迎えたばかりで敏感になった膣内粘膜をこすられ、彩乃はすすり泣くような声を漏らす。
一方朱美も、ペニスを通して伝わるぞくぞくするような快楽を感じながら、次第に腰の動きを速くしていった。
発達した雁首が内側の壁をえぐり、ざわめく肉襞がシャフトに絡みつく。
痛みを感じるほどの快感に眉をたわめながら、朱美は、次第にペニスの表面で高まる快感に夢中になっていった。
加えて、自らの動きによって相手を支配しているような感覚に、激しい興奮を覚える。
包帯によって緊縛された彩乃が、不自由な体をうねらせている様が、奇妙に愛しい。
(なんか、可愛い……)
じんじんと痺れるように興奮した頭で、そんなことを考えてしまう。
そして朱美は上体を起こし、服の上から彩乃の形のいい乳房を揉みしだいた。
「ン……はぁ……あう……ンくッ! はあああッ!」
ブラのカップに乳首にこすれているのか、甘い声をあげながら、長い黒髪を乱して彩乃が身悶えた。
そして、ペニスの動きをさらに奥に迎え入れようとするかのように、腰を浮かす。
そんな彩乃の動きに応えるように、朱美はその腰をぐいぐいとグラインドさせた。
「あ、あッ! 知巳くん、それ……きもちイイっ……!」
ペニスの先端が感じるところをとらえたのか、彩乃がひときわ高い声をあげる。
「ここ? ここがイイんですか? 先輩……っ」
朱美はそう言いながら、声が上ずってしまうのをどうすることもできずない。
そして、彩乃の腰をがっしりと固定し小刻みに腰を動かして、探り当てたGスポットを亀頭でこする。
「ひゃいッ! す、すごいいいィッ!」
ぐうん、と彩乃の体がのけぞり、その熱くとろけた蜜壷がきゅうっと収縮した。
「あ、ああっ! んうっ!」
膣肉による柔らかな締め付けに、朱美も声をあげ、彩乃の体に覆い被さってしまう。
「ああ……と、ともみくん……ともみくぅン……」
二人分の体重を後手に回された両腕に受けながらも、彩乃は、快楽に支配されきった顔で、媚びるような甘え声を上げる。
「センパイ……な、中に、出して……だいじょぶ、ですか……?」
朱美が、最後に残った理性で、そう訊く。
だが、もしダメだといわれても、そのままペニスを抜くことができたかどうか……。
「うん……きょう、は……へい、き……」
喘ぎ声の合間に、彩乃がようやくそれだけを言う。
朱美は、彩乃のそこから愛液がしぶくほどに、抽送を激しくした。
「ああああああああああああああッ!」
腕を戒められ、抱き締めることができないことの代わりのように、ますます激しく、彩乃のそこがペニスを締めつけた。そして、射精を促すように、きゅんきゅんと蠕動を繰り返す。
「ン! あ! あんっ! ンあーッ!」
朱美は、どうすることもできずに少女らしい悲鳴をあげながら、彩乃の体内に大量の精を放っていた。
「あああッ! また、またイクッ! イっクうううううううううううううううーッ!」
体内でびゅくびゅくと暴れながら熱いスペルマを撒き散らすペニスの動きに、彩乃もまた絶頂を迎える。
(あア……出てる……すごい……体の中に、出してるゥ……)
人の体の中に精液を注ぎ込むという行為に、目もくらみそうなほどの興奮と快感を覚えながら、朱美は、何度も何度も射精を繰り返していた。
輸精管を、粘性の高いスペルマが駆け抜ける感触が、妙に生々しい。
「は……はぁ……はぁ……あ……あぁぁぁぁ……」
がっくりと、朱美は体を弛緩させた。
右の頬が、彩乃のなめらかな右の頬に触れる。
その、頬と頬の間に挟まった彩乃の髪の感触が、ひどく鮮明だ。
朱美は、彩乃の艶やかな髪に右手を伸ばした。
「ひゃう……」
髪を撫でると、ぞくぞくとした快感があったのか、彩乃が可愛い悲鳴をあげる。
「んあ……知巳くん……すき……」
うっとりとした声で、彩乃が言う。
朱美は、少し時間をおいてから、こっくりと肯いた。
「……!」
がばっ、と知巳は寝床で跳ね起きた。
そしてあわてて自分の体を見下ろす。
やはり、朱美の体だ。
「うー……」
小さくうめきながら、蛍光灯をつける。時計の針は深夜0時。眠りについてから1時間ほどしか経っていない。
知巳は、夢の中で、彩乃を犯していた。
経緯はわからないが、後手に緊縛した彩乃の体を、さんざんに陵辱する夢である。
もし元の自分の体だったら夢精してしまっていたのではないかと思えるような、リアルな淫夢だった。
「うわ……」
ベッドに腰掛け、パジャマの中を覗き込んだ知巳は、思わず声をあげていた。ショーツが、べっとりと自らが分泌した体液に濡れている。
少しずつ冷えていくショーツが股間に張りつく感触が気持ち悪い。
それでいながら、体の芯に、奇妙な火照りがある。
イラつきのようにも思えるが、微妙な甘さを伴った、そんな感覚だ。ペニスが勃起する寸前のあの感じに、似ていなくもない。
「……」
知巳は、パジャマの下とショーツを脱ぎ捨てた。薄めの陰毛が、愛液でべっとりと恥丘にはりつき、その部分の外観をますます幼くしている。
ふーっ、と知巳は溜めていた息を吐き出した。
そして財布の中から銀色のキーを取り出す。
それは、朱美の机の鍵だった。