第二章
少し、時間をさかのぼる。
葛城朱美もまた、その夜、一人自らを慰めていた。
ただ、双子の兄である知巳の“オカズ”が、初体験の想い出という、あまりに純粋かつ初々しいものであるのに比べ、朱美のそれは控えめに言ってもかなり一般的でないものだ。
朱美は、ベッドの枠にクッションを立てかけ、それに背中を預けるようにしながら、テレビを見つめていた。
テレビから伸びたコードの先には、ステレオのイヤフォンが付いており、朱美はそれを、可愛らしい耳にはめている。
テレビ画面に映っているのは、ビデオ映像だ。
それも、市販のアダルトビデオではない。それどころか、裏ビデオでさえなかった。
朱美が、自ら親のハンディビデオを持ち出し、撮影したものである。
画面の中の風景は、殺風景な地下室のような場所だった。
建設途中で放棄された建物を思わせる、コンクリートが剥き出しの床や壁。そこに、どうやって持ち込んだのか、スチールのパイプベッドがあり、その上には意外とこぎれいな厚手のマットレスが敷かれている。
昼夜は判然としない。ただ、薄暗くはあっても光源は自然のものらしいので、昼間なのだろう。
そして、画面の中央では、一人の少女が、柔らかそうな頬を羞恥に染めながら、服を脱いでいた。
春宮奈々――ちょうど、朱美や知巳の一歳下で、今年の4月に高校生になったばかりの少女だ。二人の、従妹にあたる。
ただし、画面の中の奈々は、まだ高校生になっていない。これは、ちょうど一ヶ月ほど前に撮影したものなのだ。
その年齢相応に、あどけない顔。やや癖のある髪を、おとなしく一本の三つ編みにしている。
だが、その胸のふくらみは、年齢や容貌に反して、驚くほど豊かに膨らんでいた。
奈々は、その大きな瞳で、カメラの方にちらっ、ちらっと視線をよこしながら、中学校指定のスカートを脱ぎ捨てる。
そして、傍らの木製の椅子にスカートを置き、純白のブラウスのボタンをはずしていった。
一つ一つ、その白い指でボタンを外していくうちに、奈々の顔が上気していっているように見える。
大きな目が潤み、可愛らしい小鼻がすこしふくらんでいる。
全てのボタンを外し終わったとき、奈々は、ほーっ、と奇妙に色っぽいため息をついた。
そして、小さな舌で、ピンク色の唇をちろりと舐める。
奈々が、ブラウスを椅子に置いた。
ピンク色の、シンプルだが可愛らしいデザインのブラが、奈々のたわわな双乳を包み込んでいる。
そんな奈々の映る画面を見ながら、朱美は、早くももじもじと足を動かしていた。
半裸の奈々の白い肌や、柔らかそうな胸よりも、その恥ずかしい姿をカメラにさらしている従妹の表情に、朱美は興奮しているようだ。
年相応に幼く、そして可愛らしい顔立ち。その顔が、怯えるような、それでいながら媚びるような表情で、カメラを見つめている。
いや、あの時カメラを構えていた朱美に、主人を恐れつつも甘える小動物のような目を向けているのだ。
そんな映像を見ているうちに、知らず知らずのうちに、朱美は、右手をパジャマの下にさし入れてしまう。
朱美のその部分は、すでに熱く湿っていた。
シミにならないように、パジャマの下を脱ぎ捨て、ショーツをずり下ろす。
薄めの陰毛の下にある秘唇は、すでに蜜をにじませていた。
そこに、右手の指先を当てながら、兄の知巳によく似た、ボーイッシュな顔を画面に向けなおす。
普段は凛々しいその顔は、背徳の快楽の予感に、ぽおっと染まっていた。
「奈々……」
そして朱美は、複雑な情念をそのささやきにこめながら、ますます画面に没入していった。
「全部脱いで、奈々……」
朱美は、ビデオカメラのファインダーから目を離しながら、言った。
「あ、朱美ちゃん……でも……ビデオなんて……」
その幼い顔にぴったりの、ちょっと舌足らずな声で、奈々が抗議しかける。
「ボクの言うことが聞けないの?」
努めて冷たい表情を作りながら、朱美が言った。
朱美が、綺麗に鼻筋の通った凛々しい顔にそういう表情を浮かべると、奈々はいつも決まってびくりと体を震わせる。
そんな、まるで怯える子犬のような反応を見るたびに、朱美は、言いようのない甘い戦慄を感じてしまうのだ。
「ボクに逆らうのなら、今まで撮ったエッチな写真、叔父さんや叔母さんに送り付けるよ」
精神的な快感で声が震えそうになるのを必死でこらえながら、朱美が言う。
「そんな……ひどい……」
ブラに、そろいのショーツ、そしてソックスだけの奈々が、すがるような目で朱美の顔を見つめた。
「それだけじゃないよ……奈々があんまりわがまま言うなら……ボク、奈々のこと嫌いになるから」
「やあっ!」
奈々は、両方の手を口元に寄せながら、悲鳴のような声をあげた。
「おねがい、朱美ちゃん……奈々を……奈々をキライにならないで……」
震える声でそう言う奈々に、三脚に固定されたビデオカメラから離れた朱美が、ゆっくりと近づいていく。
「キスもしてあげないし、エッチないたずらもしてあげないからね」
「ゴ、ゴメンなさい……奈々、言うことききます……」
涙を目に一杯にためながらそう言う奈々の髪を、朱美は、ふわりと撫でた。
「じゃあ、あのカメラに向かって、奈々のおっきなおっぱい、見せてあげて」
「う……ぐすっ……は、はい……」
べそをかきながらそう言う奈々の声は、しかし、どこか歪んだ官能に濡れていた。
その小さな体は、マゾヒスティックな悦びにはしたなくも反応し、細かく震えているように見える。
そして奈々は、震える指先を背中に回し、ブラのホックをゆっくりと外すのだった。
二人とも、無論、最初からこのような関係であったわけではない。
小学生低学年のときに、一緒に読んだマンガの中で、主人公の少年が敵に捕らえられ、拷問を受けているシーンがあった。
そして、朱美も奈々も、それがどういう感覚なのかわけもわからないままに、強烈な興奮を覚えたのだ。
それから、二人の秘密の“ごっこ遊び”が始まった。
奈々は捕らえられた主人公役。そして朱美は、主人公を拷問する美形の敵役だ。
マンガの中では、主人公の少年は機知と勇気によって敵役に反撃を食らわすのだが、二人の遊びの中ではそのようなことは起こらなかった。
ただただ、甘美な拷問遊びが、延々と続くのである。
タオルで手足を縛り、鞭に見たてた柔らかな紐で、痛みを覚えないくらいの強さで叩くだけのこと。
それでも二人は、その遊びに夢中になった。
知巳を含めて一緒に遊ぶことが多かった三人だが、この秘密の遊びにだけは、彼を参加させることはなかった。
まだ性的な知識などほとんどない二人の少女の、淫らな秘密……。
が、それも、年を重ねるにつれ、少しずつ頻度が減ってきた。
この関係が再燃し、そして、さらに大きな一歩を踏み出すのに、決定的な出来事が、昨年、あったのである。
ただし、朱美はともかく奈々自身は、そのことを少しも意識していなかったのだが――。
「あいかわらず、みっともないくらいおっきなおっぱいだね」
朱美の言葉に、奈々は唇を噛み締める。
「そのくせ、おまたはつるんつるんで、赤ちゃんみたい」
朱美の言葉通り、すっかり成熟して見える乳房とは対照的に、奈々の股間には、一切のかげりが無い。無毛の恥丘の奥にスリットがのぞく様は、どこか犯罪的な匂いさえあった。
「い、言わないで……」
「だめだよ、隠しちゃ」
言いながら、朱美は、奈々の背後に回りこむ。朱美は、むろん着衣のままだ。春物のトレーナーに細身のジーンズというシンプルな格好が、ボーイッシュなその容姿によく似合っている。
朱美は、左手で奈々の柔らかな体を抱きすくめた。そして、奈々のお下げ髪を、まるで筆か何かのようにつまむ。
「気持ちよくしてあげる……」
そう言って、朱美は、奈々の長い三つ編みの先を、体の前に持ってきた。
そして、その先っぽで、乳首をさわさわと撫でる。
「ひゃうん!」
奈々は、短く声をあげて、その体を縮こまらせた。
しかし朱美は、左手一本で奈々の両手を押さえ、彼女が胸を隠そうとするのを阻んでいる。
「ほーら、乳首が立ってきた♪」
朱美は楽しそうにそう言いながら、奈々自身の髪の毛で、両方の乳首を攻めていく。
朱美の言葉通り、奈々のピンク色の乳首は、その大きな胸の頂点で、ぷくん、と小生意気に自己主張していた。
そんな奈々の様子を、ひどく淫らな目つきで見つめながら、朱美は、いっそう執拗に奈々の胸を攻め続けた。
無表情なレンズの眼が、そんな少女達の痴態を、静かに見つめている。
奈々の体は、朱美の腕の中でぐんなりと力が抜け、時折、ひくん、ひくんと震えていた。
その頬は、この異常な状況での愛撫にうっとりと染まり、唇は何かを求めるように半開きになっている。
朱美は、ちょっと複雑な表情になった後、左手で、奈々の顔を右向きにねじった。
そして、不自然な角度から、奈々の唇に唇を重ねる。
「ふぅン……」
媚びるような、奈々の声。
両手を解放されても、もはや奈々は、胸や股間を書くそうとはしない。
朱美は、その両手で、背後から奈々の胸をすくいあげるようにした。
そして、いささか乱暴な手つきで、ぐにぐにと奈々の双乳を揉みしだく。
「んんんんんんンッ!」
奈々は、唇をふさがれたまま、明らかな歓喜の声を上げた。
朱美の細い指によって、マシュマロを思わせる奈々の柔らかな乳房が、不自然に形を歪める。それは、奈々の童顔と合間って、匂うようなエロチシズムをかもし出していた。
朱美が、親指と人差し指で、すでに完全に勃起した奈々の乳首をつまむ。
「ふうううううッ!」
それを、つーんと引っ張りあげると、奈々はたまらず唇を離した。
そして、空ろな目をカメラに向けながら、その白い脚をかくかくと震わせる。
朱美は、乳首をくりくりといらいながら、奈々の首筋に舌を這わせた。
その瞳は、未だ十六歳というのが信じられないくらいに、妖しく濡れて光っている。
「ここに、ボクが、綺麗なピアス、つけてあげるね……」
そう奈々の耳元にささやきながら、きゅっ、と両方の乳首を同時にひねる。
「あ、ああッ! あッ! んああアーッ!」
奈々は、うろたえたような声を上げながら、びくん! と体を痙攣させた。
しゃああああっ、と薄い黄色のしぶきが、その股間から迸る。
わずか十五歳の少女が、自らの乳首を貫く金属のイメージに被虐の絶頂を迎えた、その瞬間だった。
奈々は、どこかぼんやりとした顔で、ベッドに腰掛けていた。
その顔には、苦痛に対する恐怖と、被虐の陶酔、そして期待とが、わずかずつではあるが、にじんでいる。
可愛らしい顔に浮かぶ、ひどく複雑な表情……。
その顔を見ているだけでも、誰であれ、サディスティックな欲望が鎌首をもたげてしまいそうな、そんな表情である。
そんな奈々の背後で、朱美が、マットレスの上に座っている。
マットレスに敷かれたシーツの上には、いくつかのプラスチックの箱と、紙袋が、乱雑に置かれている。
朱美は、奈々の両手を後ろに回した。
そして、シーツの上においてあった革手錠を手に取る。黒い革製の、幅の広い手かせを、、短い鎖で繋いだ代物だ。
「あ……」
ビデオカメラからは隠れているが、その革手錠によって、奈々は、両手を後手に拘束された。
奈々がぶるっと身を震わせた拍子に、ふるるん、とその柔らかな乳房が揺れる。
「さ、奈々……いくよ……」
そう言って朱美は、何か薬品を染み込ませた脱脂綿で、奈々の乳首を後ろからぬぐった。
「ひゃう……」
奈々が、小さく悲鳴をあげて身を縮める。
丁寧に乳首をぬぐった後、朱美は、シーツの上の子箱から、太い針を取り出した。外科手術にも使われるサージカル・ステンレスでできたピアス・ニードルだ。
ニードルが濡れているのは、どうやら箱の中に、消毒液を入れ、そこに浸していたためらしい。
鋭い針が視界に入ったとき、奈々は、はっとそのつぶらな瞳を見開いた。
がくがくとその体が震え出す。
朱美は、右手にニードルを持ったまま、奈々の体を後ろからそっと抱き締めた。
「あ、朱美ちゃん……」
怯えた声をあげながら後ろを向く奈々の頬に、朱美は、ちゅっ、とキスをした。
「だいじょうぶ……ボクを信じて……」
耳元でそうささやき、そして、さらに耳たぶにキスをする。
奈々は、こくん、とうなずき、顔を前に戻した。
朱美が、ニードルの先端に、抗生物質入りらしき軟膏を塗る。
そして、針先を、奈々の右の乳首の側面に当てた。
んっ……と息を飲む奈々の口元に、朱美が、左手でハンカチを寄せる。
「これ、噛んでて」
奈々は、再び肯き、はむ、とハンカチをその小さな口に咥えた。
朱美が、真剣な目つきで、肩越しに奈々の乳首を見つめる。
「……」
ちら、と一瞬だけ、カメラに目をやってから、朱美は、ニードルを水平に突き刺した。
「んッううううううううウーッ!」
画面の中の奈々が、くぐもった悲鳴を上げた。
「奈々……ッ!」
画面を見つめる朱美が、激しく自らの花園を激しく嬲りながら、声をあげる。
が、画面の中の朱美は、あくまで冷静に、いったん止めた針の位置を修正し、針の先端を乳首の反対側から突き出した。
「ふぐうううううううううううううッ!」
ぎゅっ、と閉じられた奈々の目尻から、珠のような涙が溢れた。
その豊かな乳首の先端にある、可憐なピンク色の乳首に、無残にも金属の針が突き通っている。
革手錠を結ぶ鎖が、ぎりぎりと音を立てるのが聞こえそうなほどに、奈々は、後手に回した両腕を突っ張らせていた。
「奈々……奈々……っ!」
そんな画面を見つめる朱美は、届くはずのない声で、痛みのあまり全身を硬直させている一つ下の従妹に呼びかけている。
一方、画面の中の朱美は、まるで悪魔のように冷静だ。
ただ、激しい興奮にきらきらとその瞳を光らせながら、ニードルを抜き、バーベル型の小さなピアスを用意している。
そして、片方の丸いボールをネジを回して取り外し、今貫通させたばかりの穴に、シャフトの部分を刺しこんでいく。
けして太くはないピアスではあるが、幼い奈々がそれを身につけさせられている様は、淫靡を通り越して無残ですらある。
傷口が小さいためか、出血は意外と少ない。それよりも、ハンカチを噛みながら必死に痛みに耐えている奈々の様子に、画面を見つめる朱美は唇を震わせている。
画面の中の朱美は、左の乳首をピアッシングする用意を完了させていた。
ふーっ、ふーっ、ふーっ、ふーっ、と荒い息をつきながら、奈々は、涙に潤んだ瞳で、自らの左の乳首を見つめている。
その口に咥えられているハンカチは、溢れさせた唾液でぐっしょりと濡れていた。
「あぁ……ダメ……おねがい、やめて……やめてよォ……」
そんな画面を見ながら、朱美は、誰にともなく話しかけている。その声は、今にも泣き出しそうな響きだ。
それは、過去の自分自身に対する言葉なのか――
しかし、画面の中の朱美は、容赦しない。
「これで、奈々は、お嫁に行けない体になっちゃうんだよ……」
薄い笑みすら浮かべながら、奈々の耳元に、そんなことを囁いている。
奈々は、痛みに流した涙で濡らした頬をピンク色に染めながら、こっくりと肯いた。
そんな奈々の左の乳房を、優しげに一撫でした後、朱美は、再びニードルを取り上げる。
「そんな、そんなの……ああぁ……」
画面を見つめる朱美は、画面の中の奈々よりもうろたえた様子で、うわごとめいたことを言っている。
それでいながら、その両手を游ばせている朱美の秘部は、熱い蜜をとろとろと溢れさせ、お尻の下に敷いているクッションを恥ずかしいほどに濡らしていた。
ニードルが、左の乳首を、貫く。
「んくウッ!」
先ほどよりは抑えられた、くぐもった悲鳴。
そして、しばしの静寂……。
朱美は、ふーっ、と一つ息をつくと、ニードルを抜いた。
一度処置をしたことで慣れたのか、画面の中の朱美の処置は、手早い。
朱美は、消毒液に浸したもう一つのバーベル型のピアスを手に取り、ネジを外した。
点々と、赤い血が、奈々の乳首から太ももの上に滴っている。
その乳首に、今開けられたばかりのピアスホール。そこに、朱美は、ピアスを挿入していった。
内部で少し引っかかる感じがするのか、奈々は、ハンカチを噛み締めたまま、眉をきゅっとたわめている。しかし、悲鳴を上げることはない。
それどころか、朱美がピアスを付け終わると、どこかうっとりとした目で、自らの両の乳首を見つめていた。
わずかに開いた脚の間は、暗くて画面では判然としない。しかしその無毛のスリットが、ねっとりと蜜を溢れさせていたことを、朱美はしっかりと憶えていた。
画面の中の朱美が、奈々の口から、唾液でぐっしょりと濡れたハンカチを外す。
「朱美ちゃん、あたし……」
奈々は、そう言いながら、朱美の方に首をねじった。
「よく頑張ったね、奈々……」
画面の朱美が、背後から覆い被さるようにして、奈々の唇を奪う。
「ンふン……」
「んむ……ン……うんン……」
二人の少女は、淫らに舌を絡ませあいながら、互いの愛らしい唇を貪欲にむさぼった。
朱美が、その両手を奈々の乳房に伸ばす。
そして、まだ血に濡れた銀色のピアスを、両手の人差し指の爪の先で、ちん、と弾いた。
「んんんんんんン〜ッ!」
生々しい激痛と、そして被虐の悦びに、奈々が全身を震わせる。
「奈々あッ!」
そして、画面を食い入るように見つめていた朱美も、その瞬間に絶頂に達していた。
罪悪感と、背徳感にまみれた、暗い快楽。
痛みを覚えるほどに自らのクリトリスを強くつまみながら、強烈なアクメに、そのしなやかな体を弓なりに反らす。
その拍子に、朱美の耳からはイヤフォンが外れた。
「か……ンはっ……は……あぁあ……ッ」
呼吸すらままならなくなるような、いつまでも続く絶頂。
自ら編集したビデオが終わり、画面が砂嵐になる。
その、ちかちかと光る画面を見ながら、朱美は、一瞬だけ意識を失い――
世界が、反転した。
次第に、体の感覚が戻ってくる。
いつのまにか横になっていた体を起こそうとして、朱美は、自分が何か熱い棒状のものを握り締めていることに気付いた。
「――ぎゃ!」
そして、まるで間違えてゴキブリを踏んづけてしまったときのような声をあげる。
ペニス。
自分が右手で握っているのが、今まさに射精を終え、次第に萎えつつあるペニスであることを認識して、朱美の思考は、しばし停止した。
左手は、ご丁寧にも重ねられたティッシュペーパー越しに、自らの迸りを受け止めている。
「……」
朱美は、思考を停止させたまま、たっぷりと精液を受け止めたティッシュを丸め、ぽとん、とゴミ箱に入れた。
そして、まだ濡れているペニスをティッシュでぬぐい、のろのろとずり下がっていたトランクスとパジャマの下を履く。
「……」
無言のまま、朱美はドアを開け、同じ二階にある洗面台で手を洗った。
じゃばじゃばと冷たい水道水を両手に受けながら、洗面台の鏡を覗き込む。
「……」
兄である知巳の顔だ。
いくら似ているとはいえ、間違えようがない。
その、無表情だった知巳の顔が、かあああっ、と赤く染まった。
赤くなっているのは、朱美の羞恥心によるものだ。
自分は今、知巳の体の中にいる。では、知巳はどこにいるのか。
(ボクの……体の中?)
理屈ではなく直感が、正しい答えを導き出していた。
夜中だというのに、ででで、と足音を立てて廊下を走り、自分の部屋のドアノブを握る。
動かない。カギがかかっているのだ。
朱美は、ドアをどんどんと叩きながら、思わず声をあげていた。
「兄貴ーっ!」
大声で叫びたいところを、わずかに残った理性で、どうにか声を押し殺す。
「兄貴っ! ボクの部屋、カギかかってるんだよっ! 早くあけてよっ!」
そう言いながら、何度もドアを叩き、ノブをひねる。
部屋の中で、誰かが動く気配がした。
「……」
朱美が、口をつぐむ。
ドアが開いた。
整理のつかない顔つきの自分自身がそこにいる。
朱美は、強いめまいに見まわれた。
「……」
「……」
朱美と知巳は、無言で、にらみあっていた。
場所は朱美の部屋の中である。
朱美は、自分の部屋の中に入ってすぐ、テレビとビデオデッキのスイッチを切った。
そして、不審げな顔をする自分自身の体の前に、どすん、と乱暴に座りこんだのである。
困惑、不安、焦燥、羞恥……さまざまな感情がうずまき、ちっとも気持ちの整理がつかない。
「……朱美」
ようやく、知巳が口を開いた。
「朱美、だよな?」
「ん……そう言ってるのは、兄貴、だよね?」
「ああ」
とりあえず、最低限のことを確認する。
「つまり、兄貴とボクは、入れ替わっちゃったってわけだよね」
「だな」
知巳は、朱美の顔で、おもいきりしかめっ面をした。朱美が、それをひどく嫌そうな顔で見る。
「なんでこんなことになったんだか……」
「兄貴は、心当たり、ないって言うの?」
ぼそぼそとそう言う朱美に、知巳は、口をつぐんだ。
このようなことが起こった理由は分からなくても、何がきっかけとなったのかは、二人とも想像がついてる。
ただ、ことがことだけに、言葉にできないだけだ。
「ま、とりあえずそのことはおいとくか」
「さんせー」
知巳の言葉に、朱美がそう返事をする。
「で、コレだけど……元に戻ると思うか?」
あぐらをかき、かりかりと頭を掻きながら、知巳が言う。
「わかんないよ、そんなこと……。ところでさ、そういうカッコ、やめてよ」
「え? あ、別にいいじゃねえか」
「よ、よくないよォ。ボクのカラダなのに!」
「っせえなあ。その前に、お前こそその言葉遣いなんとかしろ! 俺の声でそんなカマくせえセリフ言ってんじゃねえ!」
「それはお互い様じゃない!」
ぎっ、と二人がにらみ合う。
が、すぐに、不毛さに気付いて肩をすくめた。それに、自分の顔をにらみつけても、鏡をにらんでいるようで調子が狂う。
「……」
「……」
再び、知巳と朱美は黙り込んだ。知巳はあぐらをかいたまま腕を組み、朱美はいわゆる体操座りで、膝の間に顎をうずめている。
「あのさ」
知巳が、何か言いにくそうに口を開く。
「その、さっきの、アレのことだけどさ」
「あれ?」
「だから、その……ほれ、二人でオナっちまったこと」
「な、ななな何でそんなふーに言うのよ!」
「だって、他にどう言えばいいんだよ! じゃなくて、つまり、アレが原因っつーか、キッカケだったわけだろ」
「う……た、たぶん」
「だったら、そのお……もっかいすれば、どうにかなると思わねーか?」
「……」
朱美は、ジトっとした目で、知巳のことをにらんだ。
「あのさ、兄貴、自分で何言ってるか分かってるの?」
「だって、仕方ねーだろ。お前だってやってたくせに、人のこと言えた義理かよ」
「そ……そんな、言い方って……」
「わ、わかった! 悪い! 悪かったから、俺の顔で目に涙浮かべんな!」
大げさに手を振りながら、知巳が訴えるように言う。
「……でもさ、やっぱり、ムリだと思うよ」
涙をぬぐいながら、朱美が言う。
「ムリ? なんで?」
「だってさ……兄貴、こんな状況で、できる? しかも、女の体で」
「う……」
知巳は、自分の体をしげしげと眺め、視線を戻した。
「女の体は、それなりに気持ちがノらないとどーにもならないんだよ」
「そ……そっか」
感心したように、知巳が言う。
「それに……ボクだって、男の人がどうやってするかなんて、よくわかんないし……」
「じゃあ、あれだ」
「何?」
「お互いに教え合うってのはどうだ?」
一拍置いて、朱美は、大真面目にそう言った知巳の頬を、ぱあんと張り飛ばした。
「ったく、自分の体だってのに手加減しねーな、あいつ……」
未だひりつく頬を撫でながら、知巳は一人ぼやいた。
「しかしまあ……確かに、そんな気にはなれないかもな」
そう言いながら、ごろん、とベッドの中で寝返りを打つ。
朱美のベッドの中だ。
「……」
知巳は、無言で、ものはためしとばかりに、つんつんと自らの乳首をつついてみた。
それなりに成長した、しかしまだ発展途上の乳房の頂点にある、小さな乳首。
べつに、どうという反応は無い。ちょっとくすぐったいだけだ。
「朱美の体じゃあなあ……」
そう言ってから嘆息し、知巳は天井をにらむ。
ふと、またしてもあの夜の甘やかな体験を思い出してしまった。
「彩乃先輩……」
そうつぶやいてから、ちょっと哀しい気持ちになって、布団をかぶりなおす。
(目を覚ませば――元に戻ってるかもしれないしな)
そんなことを考えて、知巳は、どうにか自分自身を寝かしつけるのだった。