出たとこロマンサー



第二十二章



「…………」
「…………」
 宿屋の食堂で、女主人が作ってくれた夕飯を差し向かいで食いながら、俺とニケは、しばらく無言だった。
 鶏のササミに似た肉――後で知ったのだがウサギだった――のシチューをスプーンで啜り、名前のよく知らない野菜のサラダをフォークで口に運ぶ。
 サラダにもう少し味付けが欲しい、と思ってテーブルソルトに伸ばした指が、偶然、俺と同じ考えだったらしいニケの指先と、触れた。
「あ……」
「う……」
 ついさっき、俺と、体の一番敏感な部分でつながったニケが、恥ずかしそうにうつむく。
 そして、俺も、首から上がこんなに熱くなっていることから類推するに、顔を耳まで赤くしてるのだろう。
「あ……えっと……あの、さ……」
 差し出していた右手の指を引っ込め、左手の指と、意味も無く先端を触れ合わせながら、ニケは、俺の方を上目使いで見つめた。
「その……さっきの、こと、なんだけど、さ……」
「あ……うん……」
「あ、いや、別に、イヤだったとか言いたいわけじゃないんだ。その、アタシは……すごく……すごく……その……う、嬉し、かった、から……」
「…………」
「ただ……その……今度、改めてさ……その……ふ、普通の、って言うか……ベ、ベッド……の、上? 中? どっちだ? あう、あうう、えっと、えっと……アタシ、何言ってるんだろうな……あの……」
「分かった、って言うか、分かってる。ニケ、俺、たぶん、お前の言いたいこと、分かってると思う」
「そ……そっか……じゃあ、いいん、だけど……」
 ニケが、ぎくしゃくと食事を再開する。
「俺、ちょっと余裕なさ過ぎたよな。ごめん」
「あ……謝んなよ。アタシはさ、その……嬉しかったって、言っただろ?」
「――そうだな」
 そんなふうに言葉を交わしてから、俺達は、味付けの薄いままのサラダを、そのまま食べきったのだった。



「――――」
 ベッドの中で目を覚ますと、夜中の2時半だった。
「何でこんな時間に起きちまったんだ……?」
 そうぼやいていても、目が覚めてしまったものはしょうがない。
 唐突に目覚めた時がいつもそうであるように、頭の中には、夢の記憶が鮮明に残っている。
「恥ずかしい夢だな……」
 夢の中で、巨乳で可愛いお姫様と次々に関係を結ぶなんて、欲求不満にもほどがある。
 だいたい、現実では、ケンカした幼馴染と和解すらしてないっていうのに――
「…………」
 あれほど鮮烈だった夢のイメージが、時間とともに次第に曖昧になっていき、一方で、嫌になるくらい目は冴えてしまっている。
 こんな精神状態で寝床に入っても、朝まで悶々とするだけだ。
 俺は、眠気を取り戻すための夜の散歩に出掛けるべく、寝間着代わりのスウェットから、シャツとジーンズに着替えた。



 真夜中の住宅街には、人っ子一人いない。
 子供のころからずっと住んでいた町内とは言え、外灯の光に照らされるだけのアスファルトの道路に、ほんのりと不気味さのようなものを感じてしまう。
 まるで、別の世界に迷い込んでしまったようだ。
 だが、意識をしっかりもてば、それが錯覚であることに、すぐに気付くことができる。
 この道路は、俺がいつも使っている、通い慣れた道だ。
 そんなふうに考えて、自分が、無意識のうちに芙美子の家へと向かっていたことに気付いた。
 ちょうど、ここを折れ曲がれば、芙美子の家が見えるようになるという、十字路。
 はたして、芙美子の部屋には、明かりが点いているだろうか?
 もちろん、こんな時間だ。いかな芙美子とは言え、もう眠っている可能性の方が高い。
 それに、たとえ電気が灯っていたとしても、勉強だの読書だの、他の理由で夜更かししているのかもしれない。
 しかし、もし、芙美子がまだ起きていて、そして、かつてのように――
 そんなことを考えながら、数分の間、俺は、そこに立ち続けてしまった。
「――やれやれ」
 今の自分自身の姿に、思わず苦笑いする。
「これじゃあ、まるで俺、ストーカーみたいだな」
 そんなふうに呟きながら、俺は、もう家に帰ることに決めた。
 芙美子の部屋に明かりが点いているかどうかすら確かめられない自分自身に、少し呆れながら、振り返る。
 そして、ようやく俺は、数メートルの距離を置いて佇んでいたその人影に、気付いた。
 どこかで見たような顔――黒くて長い髪に、逆卵形の輪郭。すっと通った鼻筋を、丸いレンズの鼻眼鏡が挟んでいる。プロポーションのいいその体を包むのは、黒いパンツと赤いジャケットだ。
「こんな時間に出歩くとは、不良だな、少年」
 火の点いていないタバコを咥えた唇が、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
 そのハスキーな声を聞いた瞬間に、俺は、その人にかつて会ったことを確信した。
 確信したのはいいんだが、この人が、どういう名前で、どんな立場の人なのかは、思い出せない。
 いや、思い出すもなにも、そもそも知りはしないのかもしれない。
 でも、俺は、以前にこの人に会ったことがある。
 もしかすると――そう、ちょうどこの場所で――
「暗示が、不完全になってるようだな」
「え……?」
「いや、現実世界の君に私のことを知られるのは、いろいろ仕事上の障害が出ると思ったのでな。それで、私に関する記憶は、部分的に封印させてもらっている」
 記憶を、封印?
 そんな小説や漫画でしかお目にかかれないようなセリフが、なぜか、この場面にしっくり来るような気がしてしまう。
 それは、今が深夜だからか、それとも、この目の前の女の人特有の雰囲気によるものか――
「少し、歩きながら話をしようか」
 そう、勝手に決めつけて、女の人は歩きだした。俺の家の方向だ。
 やむなく、俺は、その女の人についていくことにする。
 いろいろ訊きたいことはあるのだが、あまりにも状況が謎に満ちているため、質問の取っ掛かりが掴めない。
 しばし、無言のまま並んで歩く。
「えっと、あなたは――」
「ヒガキコウヨウという」
「え?」
 それ、日本人の名前?
「緋色の緋に、生垣の垣、それから、紅の葉っぱと書いて、緋垣紅葉だ。紅葉さんで結構」
「え、えーと……その、紅葉さん。俺、何度かあなたに会ってるんですね?」
「そうだ」
 簡潔に、紅葉さんが答える。
「しかも、その記憶を、俺は忘れさせられてるっていうんですか?」
「まあ、そもそもあまり印象的な接触はしていないからな。少し会話したことを無かったことにすることなど、私にとっては造作も無い」
 何だか紅葉さんは自慢げだ。
「その、どうして――」
「私は、少年、君を監視しているのだ」
「監視ぃ?」
「大声を出すな、少年。近所迷惑だぞ」
 紅葉さんは、斜め後ろの俺の方を振り返り、タバコを咥えたままの口をへの字に曲げた。
「い、いや、だって、そんな――そもそも、どうして俺を――」
「それは、君が夢魔の類いの被害に遭ってると思ったからだ」
「夢魔?」
「知らないか? 悪夢を見せるナイトメア、女に淫夢を見せるインキュバス、そして、男に淫夢を見せるサキュバス――夢の魔と書いて、夢魔だ」
「――――」
 思い当たる節が、無いわけじゃない。というか、実際に俺は、半年近くも、奇妙な夢を見続けている。
 しかし――
「私は、縁あって、夢魔の類いに憑依されてている人間を“治療”する仕事を、副業でやっている。まあ、実際は、力任せに夢魔をねじ伏せるという、どうにも殺伐とした内容の労働なのだが――君が、その対象なのではないかと、最初は思ったのだ」
「最初は、ってことは、今は違うんですか?」
 俺は、つい、この紅葉さんの会話のペースに巻き込まれ、訊いてしまう。
「違うな。少なくとも、君が、直接的に夢魔の攻撃を受けているようには見えない」
「攻撃って……」
「通常、どのようなタイプの夢魔に憑依されたとしても、その被害者は、徐々に衰弱し、やがては昏睡してしまう。しかし、君には、未だそのような症状は見られない」
「ってことは、要するに、俺は、その夢魔とかいうのに取り付かれているわけじゃないってことですか?」
「ああ――だが、君が危うい状態にいることは確かなのだぞ」
「どういうことです?」
「それは――」
 言いかけて、紅葉さんは、口をつぐんだ。
「――いや、これ以上は説明しても詮無いな。そもそも私は、説明ではなく、忠告をするために君の前に現れたのだ」
「って、ここまで話しておいて解説無しですか?」
「うむ。忠告のみ、というのは、私にとっても歯痒い話だがな」
 紅葉さんが、その整った顔をしかめっ面にする。
「私は、登場が遅れたせいか、ろくな役割を負わされていない。つまり、今回の件は、完全に君と彼女のケースになっているのだ」
「彼女って……それは、まさか……」
「忠告は一つだ」
 紅葉さんの言葉が、俺のセリフを遮る。
「少年、最後は、時を見誤る事なく、きちんと一対一で決着をつけろ」
「は……はあ……」
 何となく、紅葉さんの迫力に押され、生返事してしまう。
「これだけだ。心しておけよ」
 そう、紅葉さんが言った時には、俺達二人は、俺の家の前に到着していた。まるで、計ったようなタイミングだ。
「ではな、少年」
 軽く手を上げ、紅葉さんが、この場を立ち去ろうとする。
「今回は、その――俺の記憶、消さないんですか?」
 よせばいいのに、俺は、そんなことを訊いてしまった。
「消してしまっては忠告の意味が無いだろう」
 そう言って、紅葉さんは、くすくす笑いながら、夜の闇の中に消えていった。
「…………」
 しばらくの間、自宅の玄関の前で、ぼーっと突っ立ってしまう。
 ここまでの一連のやり取りは、いったい、何だったんだろう?
 まるで、この一幕自体が、夢のように思える。それくらいに、現実感が乏しい。
 夢が現実を侵食し、現実と夢の区別が曖昧になって――
 そして、俺は、これから寝床に潜り込み、夜明けまでの短い時間の間、また、夢を見るのだろう。
 そんなことを考えたせいか、大きなあくびをしてしまう。
 急速に瞼が重くなっていくのを感じながら、俺は、自宅のドアをそっと開き、自らの部屋を目指した。



 王都に近付くにつれ、俺とニケの帰還は、大袈裟なものになっていった。
 最初は、もちろん、俺とニケの二人きりの旅だった。しかし、アイアケス王国の北の国境の辺りには、すでに迎えの騎士達がおり、街をひとつ経るごとに、その数はますます増えていった。
 その上、街道のあちこちには、“敵の本拠地から捕らわれの姫君を救い出した勇者”である俺を見物しようという村人たちが立っていたのである。
 俺達のために準備された宿も、どんどん豪華なものになった。
 王都まであと一日の距離にまで迫った今日、俺とニケが逗留しているのは、もとは貴族の館だったという、最高級の宿屋だった。
 夕食の席で、街の人々の心づくしのもてなしを受けてから、一人で使うには広すぎる部屋に、いったん帰る。
 そして、膨れ上がった胃袋が落ち着いてから、俺は、ニケの部屋を訪ねた。
「よお」
 ニケが、まるで同性同士の友人がするような気安い感じで、片手を上げて挨拶をする。とても、夜中に男を部屋に上げたお姫様の態度とは思えない。
 ニケが腰掛けているのは、部屋の奥のでかいベッドだ。
 そこからニケが動く様子を見せないので、俺は、その左隣に座ることにする。
 肩を寄せ合うって程ではないが、手を伸ばせば肌に触れることのできる、そんな、微妙な距離。
 ニケが着ている夜着は、ごくシンプルなデザインだ。
 しかし、ニケの抜群のプロポーションは、その服の上からでも、容易に見て取れる。
「なあ、ニケ……」
 視線を向けると、ニケの方でも、俺を見つめていた。
 かすかな柑橘系の香水の匂いが、俺の鼻孔をくすぐる。
「…………」
 俺は、何か言おうとして、結局、気の利いたセリフを思いつくことができず――そのまま無言で、シーツの上に置かれたニケの左手に、右手を重ねた。
 ニケが、そっと、俺の指に指を絡めてくる。
 黒曜石を思わせる瞳に見つめられながら、俺は、ニケの口元に唇を寄せた。
「ん……ちゅっ……」
 唇を重ね、しばし、その柔らかな感触に酩酊する。
 そして、俺達は、どちらからともなく舌を差し出し、絡ませ合った。
「んちゅ……ん……ちゅぷ……んふ……んんっ……」
 長々とキスをし、唇を離した時には、ニケは、その双眸を潤ませていた。
「なあ、トール……明日は、王宮入りだよな」
 不意に、ニケがそんなことを言ってくる。
「そうだな」
「あんたを独り占めできるのも、今夜が最後ってわけだ」
 そう言って、ニケは、俺の体に、その身を預けてきた。
「ニケ……」
 俺は、しなやかで引き締まったその体を抱き締め、ベッドに横たえた。
 イレーヌさんやミスラと関係を結んだのに、今また、俺はニケを抱こうとしている。
 もちろん、ニケと体を重ねたことは後悔していないし、ここアイアケス王国では、複数の女性を愛し、妻にすることが、許容されているという話だ。
 それでも、俺の胸の中には、罪悪感に似た何かがわだかまっている。
「トール……アタシ、変なこと言っちゃったか?」
 ニケが、下から手を伸ばし、俺の頬を撫でる。
「い、いや……そんなことないけど」
「だ、だったらさ……その……えっと……今は、アタシのことだけ、考えてくれよな……」
 ニケが、恥ずかしそうに目を逸らしながら言う。
 まったく――俺と来たら、なんてボンクラなんだ。惚れた相手にこんなこと言わせるなんて。
「ニケ……好きだ……」
 俺は、そう言ってから、再びニケにキスをした。
「んっ、ちゅ、ちゅぷ……んふ、んんっ……んちゅ、ちゅぶっ、ちゅぱっ……」
 ニケの唇の感触に、頭の中心が痺れさせながら、その服を脱がす。
 ニケは、背中や腰を浮かして俺に協力し、やがて、そのきめ細かな褐色の肌を露わにした。
 自らも服を脱いでから、溜め息が出るほど綺麗な曲線で構成されたニケの体に、手を這わせる。
「んっ、んく……ふぁ……あ、あっ……」
 どこに触れても敏感な反応を返すニケの、その豊かな乳房に、手を重ねる。
 そして、俺は、柔らかな弾力を手の平に感じながら、ニケの胸をやわやわと揉んだ。
「んあっ! あ、あふ……うっ、うくぅ……んあ、あ、あうっ……や、だめ……あ、ああぁん!」
 ニケが、俺の体の下で、大きく身をよじる。
 俺は、左側を下にして横臥したニケの背後に、同じように横になった。
 そして、ニケの背中のラインに体の前面をぴったりと重ねるような感じで、後ろからニケの体を抱く。
「んっ……あ、当たってるぅ……すごく、堅くなってるぞ……」
 ニケが、熱っぽい声で言いながら、いきり立った俺のペニスに触れているヒップを、もじもじと微妙に動かす。
 熱い血液が肉棒にさらに集まるのを感じながら、俺は、ニケの双乳に両手を重ねた。
「あうっ……ト、トールぅ……んっ、あぁん!」
 すでに勃起している乳首を指先で転がし、指先で摘まむと、ニケが、ヒクヒクと体を震わせる。
 俺は、ニケの巨乳を愛撫しながら、目の前の黒髪に鼻先を埋めた。
 汗と香水の入り混じった匂いに、思わず陶然となる。
「あうっ……や、やだぁ……匂いなんか嗅ぐなよぉ……ああっ、こ、この、ヘンタイぃ……あっ、あうっ、あふぅん」
 ニケの言葉が、甘い喘ぎの中に埋没していく。
 俺は、ニケのうなじに唇を這わせながら、手の中に収まりきらない豊かな胸を、思うさま捏ね回した。
「はっ、はうっ! うく、うっ、うあぁん! あはぁ、ダ、ダメ、ダメぇ……あひっ! はっ、はううっ! んく、あ、ああぁん!」
 ニケの体が悶え、その艶やかな髪がうねる。
 俺は、さっき以上に肥大したニケの乳首を指先で挟み、扱くように刺激した。
「ひゃっ! ひ、ひあ、そ、それ、それっ! ん、んああ! ずるいぞ、ずるいぃ〜! あっ、あああぁン!」
 ニケが、シーツを両手で掴み、口元に寄せるようにしながら、快楽の声を上げる。
 俺は、執拗にニケの乳首を責め続けた。
「ンあああああああ! ダ、ダメ! もうダメぇええええええええ! あああ! イク、イクぅ! あああああ、イクぅううううううう!」
 ビクッ! ビクッ! ビクッ! と、ニケの体が痙攣する。
「あっ、あはぁ、あうぅ……んは……ち、ちっくしょう……イかされちまった……あ、ああぁ……あはぁ……」
 言葉遣い汚く言うニケの声は、快楽の余韻に甘く震えている。
 俺は、横臥したニケの体を仰向けに戻し、再びその上に覆いかぶさる格好になった。
「や、やだぁ、見るなぁ!」
 ニケが、恥ずかしげに両腕を上げ、顔を隠す。
 俺は、ニケの両手を左右にどかし、その唇に唇を重ねた。
「んっ、んううっ、んむっ……ちゅ、ちゅぶっ、ちゅぷ……ちゅぶぶっ」
 あんなに恥ずかしがったくせに、舌を差し込むと、ニケの方から積極的に舌を絡めてくる。
 たっぷりと互いの舌の感触を味わってから、俺達は唇を離した。
 ニケの顔に、惚けたような表情が浮かんでいる。
「ちぇ……アタシ、やられっぱなしじゃねえかよぉ……くやしいなぁ……」
 熱っぽく潤んだ瞳で俺の顔を見ながら、ニケが言う。
「そんなことないって。俺の方こそ参ってるんだぜ」
「何がだよぉ」
「だから、その……お前が、あんまり可愛いから、さ」
「な、何言ってんだよっ! このスケベっ!」
 そう叫んで、ニケが、照れ隠しのように、俺をぎゅーっと下から抱き寄せる。
「わ、こら、腕が首に入ってるって!」
「うっせえバカ! いちいち歯の浮くようなこと言ってんじゃねえ!」
「正直な感想を言ったらそうなったんだよ!」
 まるで、じゃれあうように互いの腕を押しのけ合う。
 そして、俺は、ニケの手首を左右に押さえ付け、もう一度、キスをした。
「んむっ、ちゅ、ちゅぶ……んっ、んんんんっ……ぷはっ、まったく、何が勇者だよぉ……この、スケベ野郎めぇ……んむ、んちゅっ……ちゅぶ、んちゅうっ……」
「んっ……その、えっと、イヤなのか?」
「ったく……本気でイヤがってるように見えるかよ……バカぁ」
 ニケが、拗ねたような声を上げて、そっぽを向く。
 俺は、そんなニケの髪を撫でながら、自らの腰を、ニケの太腿の間に、入れた。
 そして、痛いくらいに勃起したペニスの先端を、クレヴァスに押し当てる。
「あ……」
 ニケが、俺に向き直る。
「トール……」
 ニケの手が、俺の背中に回る。
 俺は、ゆっくりと腰を進ませ、熱くぬかるんだニケの膣内に、肉棒を沈ませていった。
「あ、あうううっ、うく……んっ、んぐ……んああああっ……」
 まだ少しきついのか、ニケが、かすかに苦痛の混じった声を上げる。
 だが、蜜にまみれたその肉壷は、俺のペニスを根元まで迎え入れてくれた。
「あ、あふっ……すごい……いっぱいになってるぅ……」
 ニケが、どこか満足げな笑みを口元に浮かべる。
 俺は、ニケの両肩に手をかけ、まずは静かにピストンを始めた。
「うく……んっ、んは……あ、あっ、あうぅ……あ、あ、あっ、ああぁっ……」
 ニケが、抽送のリズムに合わせて、吐息のような喘ぎを漏らす。
 膣肉の心地よい締め付けが肉竿を扱くのを感じながら、俺は、少しずつ、腰の動きを速めていった。
「んっ、んあ、あ、あく、あ、ああっ……ハッ、ハッ、あああ……んぐ……す、すごい……あふ……ううっ、んく、ああぁっ……!」
 ニケの声が、次第に熱と甘みを帯びていく。
「気持ちいいか? ニケ」
「うっ、バ、バカ……あっ、あううっ、あく……そんなこと言わせたいのかよぉ……んあうっ!」
「ああ、言わせたい」
 正直に、そして真剣に言う。
「ハァ、ハァ、んく、あうっ……あ、あっ、あぁ……き……気持ち、いいよっ……んく、んううっ……!」
 ニケが、ぎゅっと瞼を閉じ、恥ずかしそうに言う。
「あ、ああっ、いいよ……いい……うっ、うく、んあ、んああっ……き、気持ちいいぃ……ハァ、ハァ、ああっ、あ、あん、き、気持ちいいっ!」
 自らの言葉に高ぶったのか、ニケが、俺の背中に爪を立てるようにして、しがみついてくる。
「あああっ! あ、あっ、ああぁん! す、すごい……すごくいいぃ……あん、あん! すっごい気持ちいいっ! ひあっ、あっ、あはっ、ああぁん!」
「ニケ……!」
 俺は、ニケの体を抱き締めながら、さらにピストンを加速させた。
「きゃうっ! うく! んあ! あっ! あああっ! イっ、イイっ、イ、イク! んああっ! イク、イク、イク! ああっ、イクうぅ!」
 互いを抱いた腕に力を込め、ぴったりと肌を重ねながら、俺とニケは絶頂へ向かう。
「ト、トールぅ、アタシ、イク、イクよっ! ああっ、もう、もうイクっ! ああん、イクうっ!」
「ニケっ……お、俺もっ……くっ、んんんんんっ……!」
 閉じた瞼の裏に星が瞬くのを見ながら、ニケの唇に唇を押し付ける。
「んむっ! んぐ、ふぐっ、んふぅ! んっ、んんっ、んっ! ちゅぶ、んぶぶ、ちゅ、ちゅぶっ、ぷは! はぷっ! ちゅっ、ちゅむむっ、ちゅぶぶっ!」
 汗と体液に濡れた、肌と肌、粘膜と粘膜とが、溶け合い、一つの生き物になってしまったかのような錯覚。
 そして、俺は、ニケの膣奥にまで肉棒を突き刺し、そこで、激しく精を迸らせた。
「ふぐっ! んんんんんんッ! んんーッ! んッ! んッ! んッ! んッ! んんんんんーッ!」
 泣き声にも似たくぐもった呻きが、重なった唇の透き間から、漏れる。
 その声を聞くまでもなく、震える体と、おののく膣肉が、ニケが絶頂に至ったことを教えてくれた。
「んぐ、んぐぐっ、んく……んああぁぁ……はーっ、はーっ、はーっ、はーっ、はーっ……」
 全身から力が抜け、俺とニケは、キスをし続けることすらできなくなる。
 ベッドの上で体を重ねたまま、俺達は、しばし、息を整えた。
「あ、あは……すげぇ……んふ、んふふっ……すげぇいっぱい出したなぁ……くふふふっ……」
「って、ずいぶんな言い方だな、おい……」
 半ば呆れながら視線を向けると、ニケが、晴れやかと言っていいくらいの笑顔を浮かべていた。
「いや、何て言うか……アンタが、アタシん中にビュービュー出すたびに、えっと、その……すごく、嬉しくてさ。あれ、オンナのヨロコビってやつなのかなぁ……」
「…………」
 しみじみとした口調で言うニケを、つい、まじまじと見つめてしまう。
「な、なんだよぉ」
「いや……人のことさんざん変態だの何だの言ったくせに、ニケもたいがいスケベだよな」
「なっ! ア、ア、アタシはそーいうこと言ってんじゃないよっ! バカっ!」
 ぼすん、と、すぐ近くにあったふわふわの枕で、ニケが俺を殴る。
 そして、俺達は、広々としたベッドの上で子供のように取っ組み合ってじゃれ合い――なし崩し的に、第二ラウンド、第三ラウンドと、飽くことなく体を重ねたのだった。



 王都に帰還した俺とニケは、歓声と紙吹雪、そして楽団が演奏する音楽に迎えられた。
 俺とニケは、開放型の馬車に乗って、見物人が左右に鈴なりになっている大通りを抜けた。もう、完全にパレード状態である。
 俺の隣で、ニケが、微妙に居心地の悪そうな表情をしている。
「ニケ、いつもみたいに笑って手ぇ振らないのか?」
「え……? で、でもさ……アタシ、敵に取っ捕まって国に迷惑かけた立場なんだぞ? それなのに……何か、晒し者の気分だよ」
「そんな卑屈になるなよ。らしくねえなあ」
「何だとぉ」
 俺の言葉に、ニケが、少しむっとした顔になる。
「みんな、お前が無事に帰ってきたのが素直に嬉しいんだよ。顔見れば分かるだろ?」
「…………」
 ニケが、しばしの間、神妙な顔をする。
 それから、ニケは、ぎこちない笑みを浮かべ、おずおずと観衆に手を振った。
 わぁーっ、と人々が一際大きな声を上げる。
「ほら、言った通りだろ?」
「う、うっせえ!」
 そんなふうに言いながらも、ニケは、周囲に大きく手を振って、人々の歓声に応える。
 瞳に涙を溜めながらも、自然な笑みを浮かべるようになったニケを見て、俺は、内心、大いに安堵した。



「それにしても、ちょっとお祭り騒ぎが過ぎたんじゃないの?」
 互いをしっかりと抱き締め、ひとしきり再会を喜び合った後、ニケは、ゼルナさんに言った。
 ここは、すでに王宮の中。王家のためのプライベートな一室である。
 ちなみに、部屋の中には、ゼルナさんとニケの他にも、イレーヌさん、ミスラ、そしてスウと、ロイヤルファミリーが揃い踏みだ。
 なお、俺は、少し遠慮して、みんなが集まっている場所から一歩離れて立っている。
「そりゃあ、歓迎されるのは嬉しいけどさ、何だか照れ臭かったよ」
「悪者にさらわれた姫君と、それを救い出した勇者を出迎えているんですもの。少しも大袈裟ではないわよ」
 ゼルナさんが、穏やかな笑みを浮かべたまま、俺に視線を向ける。
「娘を助けてくれて、本当にありがとう。トール君には、どれだけ感謝をしてもしたりないわ」
「い、いや、それは、俺だけの手柄じゃないです」
 少し慌てながら、俺はゼルナさんに言った。
「目薬の件では、イレーヌさんとミスラ……それに、スウとレレムにも、俺は逆に救われた立場です。それに、ある騎士から借りた楯も、俺を助けてくれました」
「ええ、それは分かっています。それでも、トール君のしたことは、まさに救国の英雄の名にふさわしいものだと、わたくしは思っているわ」
 ゼルナさんにそう言われると、それだけで、全身が痺れるような誇らしい気持ちになる。これが、カリスマってやつなんだろうか?
「それに、死巨人ルル・ガルドを倒し、黒騎士リルベリヒをこの世界から追放したこと――多くの人の助力あってのことかもしれないけど、それを成し遂げたのは、他でもないトール君自身なんだから」
「ですけど……まだ、熾皇帝ロギが残ってますよね?」
「そのことだけどね――」
 そう言って会話に入ってきたのは、ミスラだった。
「ちょうど、君がルル・ガルドを倒した頃から、不思議なことが起こってるんだよ」
「不思議なこと?」
「うん。歓迎すべきことではあるんだけどね。あの、かつてロギの軍勢に占領されていた一帯があるだろ?」
 ああ、以前に、ニケと遠乗りに行った時に見せてもらった場所か。
「あそこの地面を覆っていた塩が、消えてしまったんだよ」
「消えた?」
「そう。消えたとしか言いようがないんだ。どこに行ってしまったか分からないからね。そして、失われていたはずの大地の魔力も、甦っている」
「魔力だけではないんです」
 イレーヌさんが、ミスラの言葉を引き継ぐ。
「最近では、あの地帯のあちこちで、草が芽吹き、虫や鳥たちも帰ってきてます。もう、あそこは、死の大地ではなくなったんです」
「それは、ルル・ガルドが消滅したからですか?」
 俺は、イレーヌさんに訊いた。
「そのことも、もちろん関係していると思います。ですが、それ以上に、ロギの“負の魔力”が――つまり、魔力を吸収するという力が、消滅した証拠だと思われるのです」
「つまり、塩の荒地を作り出すのはルル・ガルドの力だけど、自然の回復力を奪って、塩の荒地のまま維持するのは、ロギの力なわけ。だから、塩が無くなって大地が元に戻ったってことは――」
「ロギの力が失われた証だと、この国の司祭や賢者の面々は考えているのです」
 イレーヌさんとミスラが、交替交替に説明をする。
「いや、でも、どうして急にロギの力が失われたんですか?」
「それは、まだ分からないわ。でも、ニケの話してくれたことが、一つのヒントだと思うの」
 穏やかな声でゼルナさんが言い、さらに、言葉を続ける。
「ニケが言っていたでしょう? “炎と氷の玉座”に、一度もロギは現れなかったって。それで、ニケは、もともと熾皇帝ロギなる人物はいなかった――かつてはいたかもしれないけど、現代には存在しなかったのではないかと、そう考えてるのよね?」
「あ、うん」
 いきなり話を振られて、ニケが、曖昧に頷く。
「わたくしの考えは、少し違うの。ロギは、確かにわたくしたちと同じ時代にいた。そして、その魔力で、わたくし達の国の一部を侵略した――でも、そのロギという人物は、ロギの四天王が共同で作り出した幻影のような存在だったのではないかと思うのよ」
「幻影、ですか?」
 俺は、思わず聞き返した。
「ええ。強大な魔力を有した、実体に限りなく近いまぼろし――カタチを持たないチカラの塊り。そのようなものではないかと思うの」
「そんなこと、有り得るんですか?」
「そうね……例えば、波ってあるでしょう? 水面に起こる波。あれは、実体かしら?」
 ゼルナさんが、どこか悪戯っぽい顔で、俺に尋ねる。
「え、えっと……」
 俺は、すぐには答えられない。
 波というものは、きちんと存在するし、目で見ることもできる。だけど――
「波というのは、水や、風や、海岸の地形などが作り出す現象よね? 発生する条件が消えてしまえば無くなってしまう。熾皇帝ロギも、それと同じように、闇司祭、黒騎士、死巨人、妖術師の四天王が作り出した、魔法的な現象であるような気がするの」
「それで……四天王が数を減らすことで、ロギも、いなくなったってことですか?」
「宮廷詰めの学者達は、そう仮説を立てているわ。そのように説明すれば、いろいろと辻褄が合うという話なの」
 本当に――そうなんだろうか?
 俺には、魔法に限らず、この世界に関する知識そのものが不足している。熾皇帝ロギその人についてだって、実際は何も知りはしない。
 しかし――ラスボスが、気が付いたらいなくなってましたなんて、そんな都合のいい話があっていいんだろうか?
 確かに、今や、闇司祭ランズマールは死に、黒騎士リルベリヒはこの世界にはおらず、死巨人ルル・ガルドは消滅した。ゼルナさんによって骨抜きにされた妖術師レレムだけでは、熾皇帝ロギという“魔力のある幻影”を維持できない――という話には、一定の説得力があるような気はする。しかし――
「あ、そうだ!」
 思わず上げた俺の声に、皆、少し驚いたような顔になる。
「この件について、レレムは何て言ってるんです? レレムは、その仮説を正しいと言ったんですか?」
 かつてレレムがロギについて話したことと、今の仮説には、どこか矛盾があるような気がする。だから、たぶん、ことの真相の鍵は、レレムが握っているはずだ。
「――レレム君はね、それは、お話できないんですって」
 ゼルナさんは、右手を頬に当て、ほう、と小さく溜め息をついた。
「いくらわたくしが尋ねても、本当のことを教えてくれないの。毎晩、あんなに可愛がってあげているのにね――」
 ゼルナさんの頬が心持ち上気しているように見え――俺は、密かにレレムに同情した。いや、この件については同情するだけ野暮かな?
「でも、レレム君は、これだけは保証してくれたわ」
「え?」
「ここアイアケス王国が、熾皇帝ロギの脅威に晒されることは、もうけしてない、ってね」
「…………」
 俺は、口をつぐんだ。
 レレムまでがそう言うのだったら、もはや、俺には反論の余地は無い。いや、そもそも、ロギがいなくなったことについて、反論する気持ちなんて別に無いのだ。
 急に全ての敵がいなくなったというのは、やはり、うまくいきすぎのような気がするが――ともかく、俺は、その違和感を戒めとして、これからも油断しないように努めればいいだろう。
 根拠の無い勘で、国の脅威が消えたという喜びに、わざわざ水を差すことも無いだろうし――
「ところで、トール君?」
 ゼルナさんの声が、俺の思索を中断させた。
 見ると、ゼルナさんの顔には、今まで以上ににこやかな笑みが浮かんでいる。
 そして、ゼルナさんは、うきうきとした声で、言った。
「そろそろ、この子たちのうち誰をお嫁さんにするか、決めてくれたかしら?」




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