出たとこロマンサー



第二十一章



 溶岩の湖を左右に割る、岩の衝立のような、橋。
 奥から手前へとゆるやかに傾斜しているその橋を、俺と、黒騎士リルベリヒは、互いに向かって、歩いていた。
 橋の幅は、だいたい3メートル。長さは50メートルほどだろうか。
 もちろん、手摺りなどない。もし、左右どちらかに足を踏み外せば、数秒の後にマグマ溜まりの中に落下し、骨も残さず熔解されてしまうだろう。
 だが、俺は、ただひたすら前方のリルベリヒを睨みつけながら、歩を進めていた。
 リルベリヒも、その隻眼で、俺を見つめている。
 その顔には――あの、歪んだ笑みがへばり付いたままだ。
 互いの距離が半分以上詰まった時、俺は、リルベリヒの背後のニケに、視線を転じた。
 水晶のような透明な結晶で作られた“炎と氷の玉座”に座るニケの体は、弛緩し、ぐったりとうつむいている。
 そして、ウェディングドレスを着せられたその肢体には、不潔な鈍い金色の蛇が絡み付いていた。
 あの蛇の牙には、毒がある。それで、俺は、目を潰されたのだ。
 怒りを新たにしながら、なおも近付いてくるリルベリヒに、視線を戻す。
 すでに、二人を隔てる距離は、普通の歩幅で、約5歩くらい。
 それが、3歩にまで縮んだ時、リルベリヒが、足を止めた。
 俺も、その場で静止する。
 思い切り踏み込み、サタナエルの剣を突き出せば、届く距離だ。
 だが、俺はそんなことをしない――いや、できないと、リルベリヒは考えているのだろう。
「さあ、その魔剣を渡せ」
 傲岸な口調で、リルベリヒが言う。
 だが、その声に、俺は、少しも威圧感を覚えない。
 初めてこの男と出会い、剣を交えた時、俺は、本気で死を覚悟した。二回目の時も、そうだった。
 しかし、今や、こいつは俺の命を奪おうとはしていない。ただ、この剣を要求しているだけである。
 ふと――あの、雪山の中で奇妙な問答をした魔女の言ったことを、思い出す。
 俺は、この剣を、いつか捨てなくてはならないと――
 まるで、俺の考えを読んだかのように、手の中の魔剣が、不服げな唸りを上げた。
「――渡せ」
 重ねて、リルベリヒが言う。
 声に、焦れた気持ちを表していないのは、この男の最後のプライドかもしれない。
 そんなもの、家畜の餌にすらならない、下らないプライドだ。
 リルベリヒは、動かない。
 魔剣を渡すための最後の距離は、お前が歩け、ということか。
 それとも、事ここに至って、俺ごときの攻撃を恐れているのか。
 どちらでもいい――そう思った時、かすかな声が、俺の耳に届いた。
「ん……ぁ……」
 ニケの声だ。
 ニケが、玉座の上で、蛇に絡まれたままの体を、身じろぎさせている。
「ニケっ!」
 俺は、リルベリヒの頭越しに、ニケに呼びかけた。
「あ……あぅ……え……? トール?」
 ニケが、その黒い瞳を見開く。
「トール! トールかよ!」
「ああ……遅くなって悪かった」
「…………」
 ニケは、状況を吟味するように、しばし、沈黙した。
 泣いたり喚いたりなんか、もちろんしない。ただ、騎士の目で、武人の顔で、周囲を見回す。
 一方、リルベリヒは、振り向いてニケと目を合わせるのを恐れるように、ただ、俺の方だけを見つめていた。
「……アタシは、人質になってるんだな」
 ちぇっ、と、ニケが、苦笑いしながら、舌打ちする。
 それは――次の言葉を、できるだけ軽い調子で言うための準備だったのかもしれない。
「いいよ、トール……アタシのことはいい。そのまま、リルベリヒの屑野郎を倒すんだ」
「ぐっ――」
 息を詰まらせたのは、俺ではなく、リルベリヒだった。
 俺は、ただ、サタナエルの剣の柄を、きつく握っている。
「遠慮することはないよ。何だか知らないけど、おあつらえ向きの距離じゃないか。それに、アンタにゃあ、その屑野郎の剣は当たらないよ」
 目の前で牙を剥き出しにして威嚇している蛇を恐れる様子もなく、ニケが言葉を続ける。
「リルベリヒの剣が折れてるからとか、アンタに魔法の力があるからじゃないぜ。人質を取るような卑怯者の剣なんか、アンタに当たるわけないんだよ!」
 リルベリヒが、その唇の端から、一筋、血を流す。どうやら、口内で舌か何かを噛んでいるらしい。
 そのくせ――熾皇帝ロギの四天王の一人である黒騎士は、未だ、背後を向くことができないでいた。
「トール――ひるむなっ!」
 ニケが、叫んだ。
「たじろぐな! うろたえるな! トール! リルベリヒより、アンタの方が強いんだぞ!」
 その瞳に宿った熱い火が、炎のようなその言葉が、俺の迷いを焼き尽くしていく。
「トールっ! アンタが黒騎士を――」
「剣を捨てろッ!」
 ニケの絶叫に、リルベリヒの怒号がかぶさる。
 それはまるで、悲鳴のような声。
 俺は――短く息を吐き、サタナエルの剣を逆手に持って、地面に突き立てた。
 そして、柄から手を放す。
「……そうだ……それでいい」
 徒手になった――いや、左手にただ盾のみを持った俺を睨み付けながら、リルベリヒが、醜く歪んだ笑みを、再びその顔に浮かべた。
「貴様は、魔剣の使い手に相応しい男ではない。いや、剣士ですらない。ただ、偶然にこの場に居合わせた、つまらぬ普通の少年だ」
「…………」
 リルベリヒの言葉に、俺は、何も言わない。言うべき言葉が無い。
「私こそが――黒騎士たるこの私こそが、その炎の魔剣に値するのだ。貴様ではない。断じて貴様ではない! その証拠に――貴様は、いとも簡単に剣を捨てた! 抗う素振りすら見せずにだ!」
「…………」
 俺は、肺に溜めていた息を吐き出した。
 居たたまれない、とはこのことだ。
 早く、こんなのは終わりにしたい。
 かつて命の遣り取りをした人間の、あまりの凋落ぶりが――苦々しい。
「――捨てたように見えたのか、あんたには」
「何――?」
 ばんッ!
 瞬間、強烈な破裂音が、目の前で弾けた。
 細かな砂礫が、俺の顔面を叩き――閉じていた瞼を開くと、宙空を、黒い剣が炎の尾を引きながら飛んでいた。
 その様は、まるで、はるかな成層圏を目指すロケットのよう。
 いや、まさしく、サタナエルの剣は、その炎の属性を破裂の力に変え、凄まじい推力を得てひとりでに宙を飛んでいるのだ。
 そして――
 シャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
 声ならぬ悲鳴が、その場の空気を引き裂く。
 飛来したサタナエルの剣によって、イシュタルの剣から現れた毒蛇が、その体を貫かれたのだ。
 炎をまとう漆黒の刃が、金色の蛇を、水晶の玉座に縫い止めている。
 全ては、俺が、地面に突き立てる前に、サタナエルの剣に送り込んだイメージのとおりだ。
「なっ……な……なんとっ……!」
 ようやく背後を振り返ったリルベリヒが、血走った眼球を地に落としそうなほどに、片方だけの目を見開く。
 戒めを解かれたニケは、ゆっくりと、その場に立ち上がり、そして、“炎と氷の玉座”に深々と突き刺さったサタナエルの剣を抜こうとする。
「来い、黒騎士」
 リルベリヒが、はっとしたように、俺に向き直る。
「ニケが俺にサタナエルの剣を届けてくれるまで待つつもりか? 俺はそれでもかまわないけどな」
「貴様……」
 左手に盾のみを持った俺を、リルベリヒが、見る。
「折れた魔剣しか持たないお前には、これで充分だ。お前を――この世界から消してやる」
「な……舐めるなあああああああああああ!」
 手負いの獣のような声を上げて、リルベリヒが、イシュタルの剣で切りかかってくる。
 俺は、あの老騎士から預かった盾で、その斬撃を受け止めた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
 声を上げながら、リルベリヒが、何度も剣を振り下ろす。
 盾の上からでも骨が砕けそうな、リルベリヒの攻撃。
 技も何もあったもんじゃないが――それでも、一撃を繰り出すごとに、リルベリヒがかつての威風を取り戻しているように感じられた。
 それでこそ黒騎士だ――というのは、俺の無意味な感傷だったかもしれない。
 そして、俺は、リルベリヒの渾身の一撃を盾で受け止め――その瞬間に、闇の彼方へと跳躍していた。



「――っ!」
 リルベリヒが、息を飲んだ。
 周囲は、まるで塗りつぶされたような暗黒――足を置いているはずの地面すら、見えない。
 俺は、そんな場所に、リルベリヒを連れてテレポートしてきたのである。
「こ……ここは……」
 茫然と、リルベリヒがつぶやく。
「ここは、どこだ……?」
「――どこでもない場所さ」
「なっ……ど、どういう意味だ?」
「あんたには、正確に説明するのは難しいな」
 自分の言葉が、今は手にしていないサタナエルの剣の口調のようになっていることに、内心苦笑いする。
「……ともかく、今まであんたがいた世界とは、まったく違う場所だってことだけは確かだ」
 そんなことを言いながら、俺は、ようやく、自分自身に宿る力――瞬間移動の能力の本質について、肌で理解していた。
 俺は、ミスラやレレムなんかとは違い、魔法に関する知識を有しているわけではないし、呪文を唱えられるわけでもない。
 そんな俺が、どうしてテレポーテーションなんてできるのか。
 まず、前提として、時間や空間――位置や距離の概念は、その世界に属する固有の物だという約束事がある。
 そして、この俺がテレポーテーションなんて反則技を実行できるのは、アイアケス王国の存在する世界の外側から召喚された存在だからなのだ。
 つまり、俺は、瞬間移動をする時、あの世界からいったん出て行き、別の空間を通過して、再び召喚されているのである。
 そのプロセスは、普通、一瞬で終わる。何しろ、別の空間は、元の世界とは時間も位置も共有していないのだから、元の世界の物差しで計る時間経過は無意味となる。そのため、元の世界に戻った際に、移動に関する方程式を解いても時間はゼロとなり、よって速度は無限大になる。
 そして、俺は、その瞬間移動のプロセスを、意図的に中断した。
 その結果が、これだ。
 つまり、こここそが、世界の外側にある“時間も距離も共有しない別の空間”であり、イレーヌさんに召喚される直前に俺がいた所――世界を俯瞰する次元と次元の狭間なのだ。
 俺は、さっきまでいた世界の時間や位置に縛られていないがゆえに、ここで、自由に“移動”することができる。
 しかし、リルベリヒは、そうじゃないはずだ。
 だから――
「これで、永遠にさよならだ」
 俺は、リルベリヒから体を離した。
「あ――」
 リルベリヒが、反射的に俺を追おうとする。――が、しかし、それは果たせない。
「ま、待てっ!」
 リルベリヒが俺に向かって走りだす。
 だが、俺とリルベリヒの距離は、縮まらない。
 俺は、リルベリヒに背中を向け、ゆっくりと歩きだした。
「き、貴様! 私を置き去りにするつもか!?」
 もちろん、その通りなのだが、わざわざ言葉で返事をしたりはしない。
「きっ、貴様――貴様には情けが無いのか! いっそ殺せ! 殺せ! 殺せぇーっ!」
 俺は、リルベリヒの言葉を背中で聞きながら、歩を進めた。
 もちろん、殺したくないからこそ、こうしたのだ。そういうわけで、リルベリヒの願いを聞き届けるつもりなんて、ありはしない。
 前方に、いつか見た風景――世界につながる映画のスクリーンが、出現する。
 スクリーンの向こうに、サタナエルの剣を抱えたニケの姿があった。不安げな顔で、周囲を見回している。
 もちろん、さっき説明した通り、ここと向こうでは時間は共有されていない。俺は、自分の時間に沿って、向こうの各時間の風景を順を追って見渡しているのだ。あたかも、コマの連続を時間経過としながら漫画を読むように、だ。
 だが、リルベリヒは、永久にあの風景には到達できない。
 俺は、後方を振り返り、暗黒の中で空しく走り続けるリルベリヒに視線を向けた。
「じゃあな、黒騎士。生きていれば、何かいいことあるさ」
「きっ……貴様あああああああっ!」
 リルベリヒの恨みの声を、しっかりと受け止める。俺は、それだけのことを、この男にしたのだ。
 殺さないということは、時に、あまりにも残酷なことなのかもしれない。
 それでも、殺し合いをするよりは、まだましなことをしたんだと信じながら、今や視界の半分を占めるまでに大きくなったスクリーンに視線を戻す。
 そして、俺は、ニケの待つ世界にいる俺の背中を見て、そして――そこに、出現した。



「トールっ!」
 目の前に出現した俺に、ニケは、サタナエルの剣を地面に投げ捨て、しがみついた。
 ちなみに、場所は、例の岩の端の真ん中辺りである。俺は、マグマ溜まりに落ちたりしないように、しっかりとニケの体を抱きとめた。
 そして――しばらく、ニケと抱き合う。
 シルクの布越しに感じる、しなやかで引き締まった体――その確かな体温。
 だいぶ時間が経ってから、ニケが、少しだけ体を離し、俺の顔を見つめた。
「へへ……アタシ、アンタが来てくれるって信じてたぜ」
「ずいぶん待たせちまったな」
 俺の言葉に、ニケは、無言で首を左右に振った。
「それで――あの、リルベリヒは?」
「この世界から、追放した」
 簡潔に、そう表現する。
「そっか――すげえな、アンタは。結局、一人でぜんぶ四天王を倒しちまったじゃねーか!」
 ニケが、笑みを浮かべながら、俺の髪の毛をくしゃくしゃとかき回す。
「ああ。残るは、熾皇帝ロギだけだな」
「――そのことなんだけどさ」
 ニケは、真顔になって、“炎と氷の玉座”に、ちらりと視線をやった。
「アタシが、リルベリヒの野郎にここに連れてこられてから、今まで、ロギらしい奴は現れなかったんだよ」
「…………」
「その上、アタシの座ってた所、あれ、ロギの玉座なんだってさ。これ、リルベリヒ本人が言ってたから、間違いないぜ」
「……じゃあ、どうして、ニケはあそこに座らされてたんだろうな?」
 俺の言葉に、ニケが、しばし考え込む。
「あのさ……」
「ん?」
「アタシ、思うんだけどさ、ロギなんて奴、ほんとはいなかったんじゃないかな?」
「いなかった?」
 意外な言葉に、俺は声を上げる。
「ああ。もしかしたら、昔はいたのかもしれないけど、今はいないと思う。それで、リルベリヒは、アタシのことを新しいロギに仕立て上げるつもりだったんじゃないかと思うんだ。自分たちの勢力の中心としてね」
 そう言いながら、ニケは、自らの左手を、俺に見せた。
 小指の、それもかなり中途半端な位置に、真っ赤な金属でできた指輪が、嵌まっている。
 蛇、もしくは、四肢の無い竜が、自らの尻尾を咥えて輪になっている、というデザインだ。驚くほど精巧な細工が施されている。
「これが、“ロギの指輪”なんだとさ。まあ、どういう謂れのシロモノか、聞きたいとも思わなかったけど……こいつで、あの野郎、アタシのことを嫁さんにしようとしたらしいぜ。ロギの亭主ってことで、四天王のさらに上位に就こうと考えてたのかもな」
 憎々しげに言いながら、ニケが、右手で、その指輪を外す。
「まあ、幸い、アタシには小さくて、薬指には嵌まらなかったけどね。それに、どっちにしろ、あの野郎の嫁さんになんざなるつもりはなかったけどさ」
 そう言って、ニケが、橋の下の溶岩に、指輪を投げ込もうとする。
 俺は――思わず、ニケの右手を握り、その動作を止めた。
「ん、何だよ?」
 ニケが、不審げな顔で俺の顔を見る。
「いや、その……そんな簡単に捨てるなよ」
「どうしてさ。まあ、確かに、けっこう凝ったもんだから、売りゃあ幾らかにはなるかもしれないけど、ちょっとそれ、ケチくさくないか? アンタ、冒険者でもあるまいし」
「いや、そういうわけじゃないけど……こいつを調べれば、さっき話の出たロギの正体とかについても、何か分かるかもしれないだろ?」
 俺は、今思いついたことを言葉にした。
「はぁ……ま、そうかもな。でも、アタシは、あの野郎のくれた指輪なんて持ってるつもりはないぜ」
「俺も、ニケにそんなもん持っててほしくないよ。だから、俺の方で預かっておく」
 そう言って、俺は、その赤い指輪をポケットにしまった。
「ああ、そうだ、預かってるって言えば――」
 俺は、服の胸元から、例の星形のペンダントを取り出した。
「これ、お前から預かってたやつだけど……今、返そうか?」
「ん、あ、いや」
 なぜか、ニケが、顔を赤くする。
「その……あともうちょっと、それ、預かっててもらえるかな?」
「そりゃあ、別にいいけど……ここに来るまでずっと持ってたんで、何となく愛着が湧いてきたしな」
「そ、そっか……へぇ……」
 ニケが、ますます顔を赤くする。って、どうしてそんな恥ずかしそうな表情になるんだ?
「じゃあさ、それ、やるから……大したもんじゃないけど、ま、しばらく持っててくれよ。肌身離さずね」
「あ、ああ……」
 俺は、ニケの奇妙な口振りに目を瞬かせながら、頷いておいた。
「さて……じゃあ、帰ろうぜ」
 照れ笑いのような表情を浮かべながら、ニケが、俺から離れる。
「そうだな」
 俺は、再び頷き、足元に転がっていたサタナエルの剣を、背中の鞘に戻した。



 山に登る前にも利用したのだが、“炎と氷の玉座”のあった山の麓には、温泉宿がある。
 はたして、国境の外であるこんな場所で宿屋なんかやって経営が成り立つんだろうか、と訝しんだものだが、逆に、こういう人里離れた場所だからこそ、旅の宿屋が必要なのかもしれない。
 そう言えば、行きは、なかなか悲壮な覚悟を抱きつつも、この温泉で目が治ればいいなんて虫のいいことも考えていたっけか。
 数日前のことのはずなのに、何やら妙に懐かしい。
 そんな感慨に耽りながら、俺は、針葉樹の森の中にぽつんと建っている宿やのドアを、叩いた。
 もちろん、今回はニケと一緒の逗留である。宿屋の女将さんは、妙な含みのある笑顔で、俺達を出迎えてくれた。
 ちなみに、サカモトとは、例の断崖を下りた所で合流している。一方、レレムは、一足先に王宮に帰ったようだった。
 他の宿泊客はいないということなので、贅沢にも一人部屋を二つ取り、旅装を解いたころには、もう日が暮れていた。
 とはいえ、食事まではまだ間がある。
 そういうわけで、俺は、この宿屋の売りの一つである露天風呂を利用することにした。
「ふぅーっ……」
 岩で囲まれた湯船につかり、天を仰ぎ、森の木々の狭間に星を見ながら、一人、息をつく。
 ようやく、人心地ついた感じだ。
 リルベリヒを倒し、ニケを無事に救い出すことができた。見えなかった目も治っている。
 全て、満足すべき状況だ。
 なのに――重責や緊張から解放された俺の胸には、新たな疑念が湧き起こりつつあった。
 いや、この気持ちは、実は、ニケがリルベリヒに拉致された時から、抱いていたものだ。
 しかし、その雑念からわざと目を逸らしながら、俺は、旅を続けていた。
 そして、ニケを助け出した今、きちんと閉めていたはずの心の蓋が、外れかかっている。
 つまり――ニケは、本当に全ての意味で“無事”だったのかという――
「おーい、トールぅ!」
「わっ!」
 脱衣場から響くその声に、俺は、思わず声を上げた。
「お、おい! 俺、さっき、これから風呂を使うって言っといただろ! まだ上がってないんだぞ!」
「分かってるよ。だから来たんじゃないか」
 そんなことを言いつつ、ニケが、湯気の奥から姿を現そうとする。
 俺は、反射的に、視線を逸らしてしまった。
「トール……えっと、あのペンダント、今、してるか?」
「あ……あぁ、その……してるけど……」
「そっか。じゃあ、こっち向いてくれ」
 俺は、かなりぎくしゃくした動きで、ニケの方を向いた。
 ニケは、やっぱり、と言うか、当然、と言うか、裸だ。
 均整の取れた、しなやかで筋肉質な体の中で、形のいい豊かな胸が、自らの女性性を主張している。
 そして、ニケは、タオルで股間だけを隠しながら、湯船に入った。
 俺はお湯の中で腰掛け、ニケは、立っている。ちょうど、俺の視線の高さに、ニケの腰が来る感じだ。
 それを意識した途端に、俺の股間のモノが、堅く強ばる。
「…………」
 ニケは、顔を赤くしながら、ゆっくりと、タオルをどかした。
「え……?」
 俺は、思わず声を上げた。
 引き締まったニケの腰に、不思議な物が装着されている。
 それは、一言で表現するなら、銀色の細長い金属板で作られたTフロントの下着のような代物だった。
 縦の金属板の股間に当たる場所は、緩やかに左右に広がり、俗に言う“大事な場所”を覆うように隠している。一方、ちょうど縦と横の金属板が交わる場所には、精緻な細工の施された、マッチ箱くらいの大きさのボックス状の機構があった。
 そして、その箱型の部品の中央は、星形にくぼんでいる。
「ニケ、これは……」
「出陣する女騎士のたしなみだよ。何人もの男達の中で寝起きする以上、ヘンな噂が立たないよう、いろいろ気ぃ使わなきゃいけない立場でね」
「え、えっと、その……要するに、貞操帯ってことか?」
「あんまりはっきり言うなよ、バカ」
 ぺちっ、とニケが軽く俺の頭を叩く。
「で、その、アンタに預けたやつが、ペンダントに偽装した鍵ってわけさ。どう? 安心したか?」
「安心って、そんな……」
 言いかけてから、自分が、全身の力が抜けるほどに安堵していることに、気付く。
 そう、俺は――あのリルベリヒが、ニケのことをどうにかしたんじゃないかと、そんなことばかり考えていたのだ。
 それを、ニケに見透かされた――
 まるで、湯にのぼせたみたいに、首から上が熱くなる。
「安心……したよ」
「そっか。よかった」
 そう言って、ニケは、からっとした笑みを浮かべた。
「まあ、リルベリヒの最後の名誉のために言っておくと、奴は、こいつを見ることさえなかったけどな。アタシをあのふざけたドレスに着替えさせた時も、そっぽ向いてたんだぜ」
 それを聞いて、つい、リルベリヒにしたことは、ちょっとやりすぎだったかも、と考えてしまう。
 いやいやいや、ニケを人質に取っただけで、もう酌量の余地は無いよな。
「な……なあ、ニケ」
「ん?」
「その……それさ、外しても、いいか?」
「ああ。外してもらいに来たんだよ」
 俺は、少し震える指で例の星形のペンダントを取り出し、同じ形のくぼみに、嵌めた。
 そのまま、かすかな手応えを感じながら、ペンダントを反時計回りに回転させる。
 カチリと音がして、ボックス部分を中心に、金属の帯が、三つに分離した。
「ふー、スッキリしたぁ〜」
 そう言って、ニケは、今まで自らの股間を守っていたその器具を、ガランと浴場の床に置いた。
 そして、俺の隣に腰を下ろし、お湯につかる。
 たっぷりとした乳房がお湯に浮くのをしっかり見てから、俺は、ニケの顔に視線を移した。
「…………」
「…………」
 しばらく、湯船の中で、ニケと見つめ合う。
「ニケ」
「……ん?」
「前にさ、戦いが終わったら、大事な話があるとか、そういうこと、言ってなかったっけ?」
「ああ、あれね……」
 ニケは、たはは、と困ったように笑った。
「いやあ、何か勢いで言っちゃったんだけど、いざ言おうとすると恥ずかしいな」
「でも、大事な話なんだろ」
「んー、あー、そうなんだけどさ……」
 ニケは、そう言って、視線を逸らした。
「でも……ア、アンタさ、もう、アタシが何を言いたいのか、気付いてんじゃないの?」
 そう言いながら、ニケが、左右の手で、今更のようにお湯の中の胸と股間を隠す。
「たぶんな」
 俺は、自分の左側にいるニケの肩を、左手で抱いた。
 そして、右手をニケの左頬に当て、自分の方を向かせる。
「俺さ……いや、俺も、ニケのこと、好きだ」
「トール……」
 ニケが、その漆黒の瞳を潤ませる。
「あ、うー、やっぱ、先に言われるのって、なんか悔しいな」
「悔しいって、お前――」
「アタシ――アンタのこと、好きだ。いつからかは分かんないけど、けっこう前から――って、あ……」
 ニケの唇をキスで塞ぎ、その口の中に、舌を差し入れる。
「ん、んん、んっ……んちゅ……ん、ふぅ、ちゅぷ……んふ……んふン……」
 最初は戸惑い気味だったニケが、甘えるように鼻を鳴らす。
「ぷはっ」
 唇を離すと、ニケは、大きく息をついた。
「ア、アンタなあ、不意打ちなんて……キャッ!」
 ニケが、可愛らしい声を上げて、俺の腕の中でその身を縮こまらせる。
 というのも、俺が、ニケの乳房に右手を重ねたからだ。
 俺は、そのまま、ニケの左の胸を、やわやわと捏ね回した。
「あ、うっ……ちょっ……アンタ、まさかこんな場所で……あ、あうぅ……」
「嫌、かな?」
 一応、そう確認するが、すでに俺は、ちょっとやそっとでは止まれない状態だ。
「イ、イヤってわけじゃないけど……」
「それとも、恐い?」
「恐いわけないだろっ! こ、これくらいのこと……んふ、ふ、ふわぁ……あ、あうっ、うく……んああン……」
 俺は、ニケのたわわな双乳を交互に揉み、指先で乳首を転がすように刺激した。
 左右の乳首が次第に堅くなり、目に見えて勃起する。
「は、はふ、あ、あぁんっ……くっ、くふ、うく……んは、はっ、はふ、はぁああ……ふぅふぅ、ふは、は、はぁんっ……」
 普段の凜とした様子からは考えられないくらいにニケの表情が緩み、半開きになった唇から、甘い吐息が漏れる。
 俺は、汗の浮いたニケの顔にキスを繰り返しながら、その乳房をしつこいくらいに愛撫し続けた。
「ハァ、ハァ、ハァ……あ、ダメ、ちょっと……んく……の、のぼせちまうよォ……」
「じゃあ、そこに座って」
 俺に言われるままに、ニケが、湯船の縁にある平らな岩の上に、腰掛ける。
 俺は、ニケの膝に両手をかけ、がばっと左右に開いた。
「わっ! ト、トール!」
 慌てて脚を閉ざそうとするニケの股間に顔を埋め、濡れて肌に張り付いた陰毛のさらに下に、口付けする。
「こ、こらっ! ど、どこ舐めてんだよっ! あ、あっ、あく……ちょ……ダメって……あううっ……いやぁ……」
 だんだんと、ニケの声が弱々しいものになっていく。
 そのことに興奮しながら、俺は、ニケの秘唇に舌をねじ込み、ウネウネと動かした。
「ひやっ! は、はう、うく……あ、あああっ! ト、トール、アンタ、こんな強引なヤツだったのか? うく……あ、ああっ、ひあああン……」
「もう、我慢の限界だったんだよ」
「だからってっ……! あ、あんっ! あ、あう、あはっ! は、はくっ、はひぃ……や、やだぁ……恥ずかしいぃ……」
 ニケが、その両手で自らの顔を覆う。
 だが、それでも、俺が何をしでかすつもりなのか気になるのだろう。指の間から、漆黒の瞳が、こっちをじっと見つめている。
 俺は、舌先に愛液の味を感じながら、なおもクンニリングスを続けた。
「はっ、はふ、はふうぅ……そんな……そんなトコ舐めるなんて……ううっ、へ、変態、変態ぃ……あ、あは、あはぁん……トールの変態っ……あぁん!」
「変態って……気持ち悪いか?」
「うぅ……えっと、えっと、その……う……き、き……気持ち……いい、よ……」
 その言葉に安心して、俺は、まだ莢にくるまれたままのクリトリスに口付けし、チロチロと舌でくすぐってやった。
「ひううン! んく、ん、んあ、あ、ああぁン! そこ、そこっ……あ、あああっ! あっ、ああっ、あぁーっ!」
 ニケの引き締まった太腿が俺の頬を挟み、顔を隠していたはずの両手が、俺の頭を股間に押し付ける。
 俺は、チュバチュバと音をたてながらニケのクレヴァスを舐めしゃぶり、舌先を膣口にねじ入れた。
「んあああああっ! 何だよ、何だよコレぇ! あ、やだ、やだ……ひやああああっ! 何か、何か来るっ! ひっ! ひっ! ひぃいいいいいいっ!」
 どぷっ、どぷっ、と愛液が溢れ、ニケの秘肉がヒクヒクとおののく。
 俺は、ニケの小ぶりなヒップをしっかりと抱えながら、とうとう顔を出したクリトリスを激しく吸引した。
「あああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!」
 そのしなやかな体を弓なりに反らし、俺の髪の毛をギュッと握り締めながら、ニケが、絶頂に達する。
 そのまま、ひくっ、ひくっ、と全身を痙攣させてから、ニケは、その場に仰向けになった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……な……な……何てこと、すんだよぉ……」
 潤んだ瞳を俺に向け、ニケが、恨みっぽい声を上げる。
「こんな……こんなふうにされたら……えっと、その……その……も、もっと先を知りたくなっちゃうだろぉ……バカぁ……」
 その、どこか幼い口調に、心臓の鼓動がさらに高まる。
「じゃあさ、ニケ……もう一回お湯の中に入って、後ろ向いて、そこに両手ついて」
「ううっ……」
 ニケは、まるで催眠術にでもかかったように、俺の指示に従った。
 膝までお湯につかりながら、湯船の縁の岩に両手をつき、お尻をこっちに向ける。
 その褐色の肢体が形作る曲線は、滑らかで、そして、溜め息が出るくらいに綺麗だった。
「はぁ、はぁ……アタシ、何で……何で言いなりになっちまうんだ……? あうぅ……」
 そんなことを言いながらも、ニケの顔には、期待するような表情が浮かんでいる。
「ニケ……」
 俺は、いきり立った肉棒で、ニケの下半身の中心に、狙いを定めた。
「あっ……す、すごいな……そんなんで、その……アタシを……?」
 チラチラと振り返り、ニケが、俺のペニスに視線をよこす。
「恐いか?」
「恐くなんかねぇっての! の、の、望むところだよっ!」
「ニケ……お前、ほんと可愛いな」
「な、何言ってんだよ、バカぁ……あっ、あううっ……!」
 ニケのヒップに手を置き、肉棒の先端を、秘唇に浅く潜らせる。
 俺は、熱く、ヌルヌルとした膣内に、ゆっくりとペニスを進ませていった。
「んぐっ……くっ、んうぅ……ふっ、ふく……うぐぐっ……」
 ニケが、懸命に声を漏らすまいとしている。
 そんなニケを思いやる余裕すら、きつい膣肉がもたらす快感によって無くしてしまいそうだ。
「んあっ……!」
 ほとんど根元まで、俺の肉棒がニケの膣内に収まった。
 精一杯という感じで俺のモノを受け入れたその場所が、純潔の証しとして、わずかに血を滲ませている。
「はあっ、はあっ、はあっ……はぁ……はぁ……はぁ……」
 勝手に腰が動いてしまいそうになるのをこらえながら、俺は、いつの間にか荒くなっていた呼吸を整えた。
「だいじょぶか? ニケ……」
「今さら、何、訊いてんだよっ……はあっ、はあっ、平気に、決まってんだろっ……! んく、くっ……あ、あんま舐めんなっ!」
 そんな色気も何も無いセリフを、ニケが、苦しげな喘ぎの合間に、放つ。
 俺は、そんなニケへの愛しさに胸を熱くしながら、できるだけゆっくり、腰をピストンさせた。
「はっ、はぐっ、うぐ……うっ、うくっ、んぐ……ん、んんんっ、んく……うくぅ……」
 ニケが、肘を折るようにして岩の上に突っ伏し、自らの右の人差し指を噛んで、悲鳴を押し殺している。
「はぁ、はぁ……ニ、ニケ……んっ、んんっ……」
 ニケの健気な様子と、鮮烈な締め付けがもたらす快感が、俺の腰の動きを加速させる。
「あっ、あうっ、うく……はあっ、は、あうぅっ……な、何だよ、トール……うく……な、情けねぇ声、出してっ……あ、あっ、あうっ……」
「そりゃあ、その……はぁ、はぁ、す、すげえ、気持ちいいから……」
「んっ、バ、バカ野郎っ……そんな、あからさまに……」
「本当のことだぞ……ニケ……俺、お前とこうなれて、すげえ嬉しい……」
「あ、あうっ、うく……バカ、バカっ……ヘンなこと、言うなっ……あ、あっ、あうっ、んくうぅン……」
 だんだんと、ニケの声が、甘みを帯び始めているように感じられる。
 接合部に目をやると、破瓜の血とともに溢れ出た愛液が、俺の肉棒をヌラヌラと濡らしていた。
「はっ、はうっ、うく……あっ、ヤ、ヤダ……な、何コレっ……? んあ、んああっ、あうっ……うく、うぅっ、んふ……あ、やっ、んや、や、やはぁ……」
「つらいのか? ニケ……」
「違うっ、違うぅ……そんなんじゃないけど……はっ、はふぅ、はっ……あふ、うっ、うく……あ、やん、やぁっ、ああぁン……!」
 今や、ニケは、悲鳴とは別のものをこらえている。
 そして、俺は、引き締まったニケのヒップに腰を叩きつけるような勢いで、肉棒を抽送させていた。
「ひっ! ひいんっ! ひや、やっ、やはっ、は、はふ、はあぁン! あっ! あっ! ウ、ウソっ! こんな、こんなっ……! あ、あん! あんっ! あぁんっ!」
 ニケの褐色の体が、悩ましげにくねり、悶える。
 前後の運動に合わせてその砲弾型の乳房が揺れ、汗の珠が飛び散る。
「ああっ、あん、あん、あんっ! トールっ! トールうっ! ア、ア、アタシっ……! ひあ、あん、あぁんあああああぁん!」
 泣くような声を上げながら、ニケは、いつしか、自らも腰を動かしていた。
 ニケのヒップがうねり、俺のペニスを咥え込んだ膣肉が、ねじるように肉竿を扱き上げる。
「ニ、ニケっ……そんな……俺、俺もうっ……うっ、ううっ……」
「ううっ、んく、うっ、うはぁン……はぁー、はぁー、ト、トールぅ、こ、降参かっ……? あ、あン、あは、あン、はぁン!」
 もはや、あからさまな快楽の声を上げながら、ニケが、そんなことを訊いてくる。
「ニ、ニケっ……!」
 俺は、まともに答えることすらできず、ただ愛しい姫君の名を呼びながら、腰を使い続けた。
「あーっ! 来る! 来ちゃう! 来ちゃうよぉ! あひ、あひっ! また、また来るぅ〜! あン! あぁン! 来る! 来るっ! ンああああああああああああああああああ!」
 ぎゅーッ、と、引き千切らんばかりに、ニケの膣壷が俺の肉幹を締め付ける。
 痛みに限りなく近い快感に全身を震わせながら、俺は、ニケの膣内に精液を放った。
「あぁーッ! あッ! あッ! あッ! ああああああッ! あひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいン!」
 絶叫を上げたニケが、伸びをするネコのような姿勢になり、そして、ヒクヒクと体を痙攣させる。
 俺は、頭の中を真っ白にしながら、さらなる精液を、ニケの胎内に注ぎ込んだ。
「あふ……あ、ああっ、あぅ……ああぁ……はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 しばらく後――俺とニケは、ほとんど同時に体を弛緩させた。
 ずるりと、ニケとつながっていた俺の器官が、蜜壷から抜ける。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 生々しい感触の名残と、軽い痛みを伴う快楽の余韻が、未だ、俺のペニスを包み込んでいる。
「あああぁぁぁ……」
 その場に、ニケが突っ伏すように崩れ落ちる。
 岩の上に体を投げ出したニケの秘唇から、破瓜の血の混じった白濁液が、ドロリと溢れ出た。




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