出たとこロマンサー



第十六章



 薄暗い部屋の真ん中にある、天蓋付きの巨大なベッド。
 その前で、ふりふりドレスを着せられたメレル――いや、レレムが、不安げな表情を浮かべながら、立っている。
「どういうつもりなんですか? こ……こんなカッコウさせてぇ」
 そう言うレレムの首には、ネックレスのように無骨な鎖が巻かれ、そして、南京錠で留められている。
「ボ、ボクは、男ですよ」
「分かってるわ、そんなこと」
 レレムにそう答えたのは、ゼルナさんだった。
 その豊満な体が纏ったレースの夜着は、たわわな乳房と、そして天を向いて屹立した陰茎が透けて見えるほどに、布地が薄い。
 そんなゼルナさんの姿は、妖しく、淫らでありつつも、どこか神々しい印象さえ感じさせた。
「その可愛らしいスカートの中で、しっかり男の子の部分を堅くしちゃってるんでしょう?」
「そ、そんなことっ……!」
 レレムが、スカートの上から、両手で自らの股間を押さえる。
「あら、違うの?」
 そう言いながら、ゼルナさんは、レレムに歩み寄った。
 目の前に迫る巨乳に、レレムが、顔を真っ赤にする。
「こんなはしたない姿で誘惑しているのに反応してくれないなんて、わたくし、自信を無くしてしまうわ」
 ゼルナさんが、婉然とした微笑みを浮かべたまま、レレムの体に腕を回す。
「わぷっ!」
 その顔をゼルナさんの乳房に押し付けられ、レレムが声を上げた。
 ゼルナさんが、そんなレレムの体をさらに抱き締める。
 そして、ゼルナさんは、悶えるレレムの小さなヒップに両手を当て、少し持ち上げるようにしながら、卑猥に腰を突き出した。
 膨れ上がったゼルナさんの肉棒が、レレムの下腹部にぐいぐいと押し付けられる。
「んっ、ふぐっ、んぁ、ぷはっ! や、やだ……やめてぇ!」
「んふふ……何か、コリコリしてる……これ、レレム君の男の子でしょう?」
 ゼルナさんが、妖しく目を細めながら、舌なめずりする。
「こ、こんな仕打ちっ……んっ! あぁっ! ハァハァ、ボ、ボクは、仮にも、ロギ陛下の四天王の一人、なのにっ……んあうっ!」
「これで魔法を封じられた今、妖術師レレムも、ただの可愛い男の子よね」
 ゼルナさんが、レレムの首に巻かれた鎖に触れ、そして、その指先で、レレムの大きなネコミミを弄りだす。
「そ、そこやめっ! にゃうっ! うあ、あ、あうぅぅぅ……」
「ふふっ、そんな泣きそうな顔しないで……ほら、おっぱい触ってもいいのよ……」
 ゼルナさんが、レレムの左手を、自らの胸に導く。
 レレムは、その猫目を虚ろにしながら、ゼルナさんの乳房に指を食い込ませた。
「あ、あぁン……うふふ、遠慮しないで……好きなようにして……」
 かすかに眉をたわめながらも、余裕のある口ぶりで、ゼルナさんが言う。
 一方、レレムは、いっぱいいっぱいといった表情で、ネグリジェの薄い布越しにゼルナさんの乳房を揉み始めた。
 そして、荒い息を付きながら、犬歯の目立つのその口で、ゼルナさんの右の乳房にかぶりつく。
「んく……あ、あっ、あぁん……んふっ、気持ちいいわ……舌が、ざらざらして……」
 うっとりとした顔で言いながら、ゼルナさんは、レレムの体をベッドの上に優しく押し倒した。
「ふふふふふ……」
 ゼルナさんが、妖しい笑みを浮かべたまま、ネグリジェを脱ぎ捨て、全裸になってレレムに覆いかぶさる。
 そして、ゼルナさんは、その巨乳でレレムの顔を押し潰すようにしながら、右手でレレムのスカートをまくり上げた。
「ん、んううぅ……」
 ゼルナさんの体の下で、レレムが、弱々しく悶える。
 レレムは、スカートの下に、小さなショーツをはかされていた。
 レースのショーツの中で、レレムのまだ発達途上なペニスが窮屈そうに勃起し、カウパー氏腺液を漏らしている。
「きゃうっ!」
 ゼルナさんの優美な手によってショーツの上から勃起を握り締められ、レレムが悲鳴を上げる。
「うふふふ……まだわたくしの手に収まるくらいの大きさなのね……可愛いわ……」
「ううっ、ひ、ひどいですぅ……」
 ゼルナさんの胸の谷間で喘ぎながら、レレムが、屈辱にますます顔を赤くする。
 その表情は、まるで、凌辱されながら不本意にも快楽を感じてしまっている少女のようだ。
「あぁ……なんて可愛いの……ムチャクチャにしたくなっちゃう……」
 そう言いながら、ゼルナさんが、レレムの細い脚に脚を絡め、そのペニスをショーツ越しにグニグニと揉む。
「んはあっ! あ、あああ、ダ、ダメですぅ! んああ! ダメ、ダメぇ! んあ? あぷっ!」
 喘ぎ声を上げるレレムの顔を、ゼルナさんが、上半身をくねらせて、その乳房で叩く。
「うふふふっ、面白いでしょう? 娼館でこういうふうにされるのを望む殿方、多いんだそうよ」
 そんなことを言いながら、ゼルナさんが、レレムの顔をその大きなオッパイで、ぴたん、ぴたんとビンタし続ける。
「うぷ! んはっ! ん、んああっ! にゃ、にゃっ、にゃぷっ! あ、ああっ、んああぁ〜っ!」
 目尻に涙を滲ませながらも、レレムは完全になされるがままだ。
「んひ、にゃひぃン! あああ、もうらめ、らめぇ! 出ちゃう! 出ちゃうぅ! 白いオシッコ出ちゃうぅ〜!」
「いいのよ、出しなさい……レレムくんのネバネバした白いオシッコミルクで、女の子の下着をグチョグチョにしちゃいなさい……!」
「にゃああああああああああああ!」
 ぶぴゅっ! という音ともに、レースのショーツの中に、レレムのザーメンがぶちまけられる。
「あっ、ああっ! あひ、ひぃん、ひにゃんっ! ふみゃあああああああ!」
 よほど我慢していたのか、レレムは、二度、三度、四度と、立て続けに精を放った。
 可愛らしいデザインのショーツが、ゼルナさんの言葉どおり、粘液でぐっちょりと濡れる。
「はっ、はひ、はひぃ……んにゃ、ふにゃあぁぁ……」
 だらしなく舌を出しながら、レレムが、射精の余韻に浸っている。
「いっぱい出したわね……でも、まだまだこれからよ」
 ゼルナさんは、シーツの上に半身を起こして、レレムのスペルマに濡れた指先を、ペロリと舐めた。
「さあ、レレム君、ネコらしく四つん這いになりなさい」
「は……はいぃ……」
 精液とともに逆らう気力をも体外に放出してしまったかのように、レレムが、ゼルナさんの言うとおりにする。
 ゼルナさんは、レレムのスカートを再びまくり上げ、精液をたっぷりと吸ったショーツを下ろしてしまった。
 レレムの、完全に無毛の股間が、剥き出しになる。
「うふふっ、可愛いお尻♪」
「にゃん!」
 剥き出しのヒップにキスをされて、レレムが、人間で言うと尾てい骨の辺りから生えた尻尾を、ぴんと立てる。
 構わず、ゼルナさんは、レレムのペニスに手を添え、それを強引に後ろ向きにした。
 そして、ザーメンまみれのその部分を、ぽってりとした官能的な唇で咥え、口に含む。
「んく、あ、ああぁン!」
 変則的な姿勢で始められたフェラチオに、レレムの上半身がへたり込み、それとは反対に、ヒップが高く上がる。
「ちゅぶ、んちゅっ、ちゅぷ……ちゅぶ、じゅるっ……んふぅ……ちゅぱちゅぱ……レレムくんの白いオシッコ、おいしいわ……レロレロレロ……」
 ゼルナさんの舌が、ペニスに付着した精液を、こそぐように舐め取っていく。
「あ、あひぃ、んひいぃ……あああ、そんな、あっ、ああぁん……」
 レレムが、ギュッとシーツを掴みながら、ヒクヒクと体をおののかせる。
 そのペニスは、ゼルナさんの淫らな舌の洗礼によって、再び勃起を回復させていた。
「んふ……勃っても、皮は被ったままなのね……」
 そんなふうに言いながら、ゼルナさんは、臍の方に反り返ろうとするペニスを、指でキープしている。
「これじゃあ、わたくしを満足させてくれる大きさとは言えないわね。ふふっ、でも、とっても可愛らしいわ」
 ゼルナさんは、うっとりと瞳を閉じ、亀頭と包皮の隙間に、舌先を差し込んだ。
「ひ、ひにゃっ!」
 そのまま、くるりと舌で包皮を剥かれ、レレムは目を見開いた。
「んふ、んふぅ、んちゅ……ふふ、臭ぁ〜い……ちゅぷ、ちゅぷっ……」
「ああっ、ご、ごめんなさいぃ……んあうっ!」
「ちゅぶ、ちゅぶっ、ちゅぱ……はぁはぁ、臭い、臭いわぁ〜、んちゅっ……こんなに可愛いのに、こんなに臭いなんて……ちゅっ、んちゅっ、幻滅しちゃう……ちゅっ、ちゅぶっ、ちゅぷぅ……」
 その言葉とは裏腹に、ゼルナさんは、さも愛しそうにレレムの性器を舐めしゃぶった。
 舌で亀頭を磨くように舐め、唇で竿を扱き、口に含んだ陰嚢を舌先で転がす。
「うっ、うひ、ひぃん……あああ、ごめんなさい、ごめんなさいぃ……はっ、はっ、オ、オ、オチンチン臭くってごめんなさいっ! ん、んにゃ、んにゃあぁん!」
 マゾっぽい表情で、レレムがゼルナさんに謝る。
「ぷは……ダァ〜メ……レレム君には、お仕置きしなくちゃ……」
 そう言って、ゼルナさんは、レレムのアヌスに舌を触れさせた。
「ふみゃああぁ!」
 ねろねろと排泄器官を舐め回され、レレムが、悲鳴を上げる。
 ゼルナさんは、レレムのペニスを扱きながら、その舌先をアヌスの奥へと侵入させた。
 そのまま、ゼルナさんが、長く突き出した舌を、レレムの肛門に出し入れする。
「あひ、ひ、ひあぁ……ふみ、ふみぃ……ひは、は、あはあぁぁぁ……」
 だらしなく半開きになったレレムの口元から、涎が垂れている。
「お薬が効いてるわね……きちんとほぐれてるわ」
 そう言って、ゼルナさんは、レレムのアヌスに指先を当てた。
 ゼルナさんの白い指が、ぬぷぬぷと、レレムの肛門に入り込んでいく。
「んひぃ、ひ、ひや、あ、あああぁぁぁ……」
「ふふふ……メイドにお浣腸された時、レレム君、恥ずかしくて泣いちゃったんですって? 本当に可愛いわ……」
「い、いやぁあああああ!」
 そう悲鳴を上げながらも、レレムのペニスは浅ましく勃起したままで、先端からはタラタラと先汁が垂れ落ちている。
 ゼルナさんは、チュッ、チュッ、と目の前のヒップや陰嚢にキスを繰り返しながら、レレムのアヌスにさらに中指を挿入した。
 そして、二本の指で、レレムの直腸内をグニグニと刺激する。
「んにっ! にゃっ! にゃひ! んひン!」
 ひくん、ひくん、とレレムのペニスがしゃくり上げ、新たな腺液を溢れさせる。
 ゼルナさんは、満足げな笑みを浮かべながら指を抜き、シーツの上に膝立ちになった。
 その股間で、肉棒が、隆々と勃起している。
「もうガマンできないわ……レレムくんのお尻のバージン、わたくしが奪ってあげるわね」
「あ、ああ……そんなぁ……ボク、ボク、男なのにぃ……」
 声を震わせながらも、レレムは、逃げようとする素振りすら見せようとしない。
 ゼルナさんは、自らのペニスのさらに奥にあるクレヴァスから溢れる愛液を、レレムのアヌスに塗りたくった。
 そうしてから、左右の親指で、レレムの肛門をパックリと割り開く。
「レレム君……お尻の穴を開いて……」
「そ、そんな……どうやってぇ……」
「ウンチをいきむようにすればいいのよ」
 楽しげな口調で言いながら、ゼルナさんが、レレムのアヌスに亀頭を押し当てる。
「んあ……う、ううっ……んんんんんんんんんっ……」
 レレムが、ゼルナさんを受け入れるべく、言われた通りに下半身に力を込める。
 ゼルナさんは、レレムのヒップに両手を添えたまま、ゆっくりと腰を前進させた。
「ひにゃ、にゃにゃにゃにゃにゃにゃ……にゃあぁ……あ、あああ、ああああああ……!」
 ズブズブと、意外なほどあっけなく、レレムの直腸にゼルナさんの肉幹が収まっていく。
「んにゃン!」
 ずん、と根元までペニスを挿入された瞬間、レレムは、シーツの上に射精してしまった。
「ひあ、あ、あああ、あひぃいいぃ……」
「だいじょうぶ? レレム君」
「は、はひぃ……」
「じゃあ、動かすわね」
 興奮に頬を上気させながら、ゼルナさんが、ゆっくりと腰を動かし始める。
「んひ、ひううっ、うく、うあぁン! ハァ、ハァ……ああっ、コ、コスれるぅ〜!」
 舌を突き出しながら喘ぐレレムの股間で、そのペニスが、粘液の糸を垂らしたまま、また勃起する。
「ああ……とっても気持ちいいわよ……レレム君のお尻マンコ……」
 女王様にあるまじき卑猥な台詞を口にしながら、ゼルナさんが腰を動かし続ける。
「レレム君のここ、徹底的に調教して上げるわね。わたくしのコレなしではいられないくらいにしてあげる♪」
「んああっ、そんな、そんなのぉ……あっ! あうっ、んくううっ! やあぁん! め、めくれちゃうぅ! んはぁん!」
 ゼルナさんが、抜ける寸前まで肉棒を引き、それにともなってレレムの肛門が盛り上がる。
 そして、ゼルナさんは、半ばまで肉棒を埋め直した後、小刻みに腰を動かしただした。
「ひうっ! んにゃ! んにゃっ! んにゃあっ! やっ、やは、やああああぁぁぁ〜!」
 ゼルナさんの亀頭がレレムの前立腺を刺激しているのだろう。レレムのペニスが、抽送に合わせて前後に踊りながら、シーツの上に粘液を撒き散らす。
「ひゃっ! やああっ! また、また出ちゃうっ!」
 ぶぴゅっ! ぶぴゅっ! とレレムが白濁液を迸らせる。
 一方、ゼルナさんは、休む事なく肉棒を動かし続けた。
「ひぐっ! んにゃ! んにゃああああ! ダ、ダメ、ダメですぅ! これ以上は――ンニャッ! ニャはあああああ!」
 快楽の悲鳴を上げ続けながら、レレムが、断続的に射精を繰り返す。
「まだダメよ、レレム君……うふふっ、せめて、わたくしをイかせてもらわないと……」
「んひ、んひぃン! そ、そんにゃ、そんにゃのぉ……うは、うはぁ! ああああああ! おッ! おッ! おか、おかしくなっちゃいますぅ〜!」
「さあ、もっと可愛い声を聞かせて……もっとお尻の穴を締めるのよ……」
 ゼルナさんが、妖艶な笑みを浮かべながら、腰の動きを激しくする。
「ふニャあっ! はひ、はひぃ! 締めますぅ! お尻締めますぅ! あひ、あひぃ! お尻のあにゃ、締めみゃすぅ〜!」
「んんんっ! ああ、そうよ、その調子っ……ハァ、ハァ、レレム君はお利口さんね……っ!」
 パンパンと音をたてながら、レレムのヒップとゼルナさんの腰がぶつかる。
 ゼルナさんは、その巨乳を揺らしながら肉棒をピストンさせ、レレムのアヌスを蹂躙し続けた。
「あへ! あへぇえええ! もう、もうらめれすぅ! にゃ、にゃ、にゃあああ! 死んじゃうぅ! 死んじゃうぅ〜! フミャああああああああああああ!」
「んああっ、も、もう少しよ……レレム君のケツマンコに、わたくしのオチンポミルク、たっぷりお浣腸してあげるっ……!」
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃっ! にゃ! にゃ! にゃ! んにゃああああああああああああああああああああああああああ!」
「ああっ! 出るっ! 出るわっ! レレム君の可愛いお尻にミルク浣腸出ちゃうっ! あああっ、イクぅううううううううう!」
「フニャああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 直腸に熱い精液を注ぎ込まれながら絶頂に達し、レレムが、獣そのものの声を上げる。
 ゼルナさんは、ひくっ、ひくっ、と体を震わせながら、なおも射精を続けた。
「ふにゃ……んにゃあぁぁぁ……あ……あひぃ……」
 倒錯的な快楽の余韻に浸るレレムのアヌスから、ずるりと、粘液にまみれたゼルナさんのペニスが抜けた。
 レレムが、まるで支えを失ったように、ぐったりとシーツの上に横たわる。
 そのペニスとアヌスは、糸を引く濃厚な白濁液にまみれ、卑猥に光を反射させていた――



 ――とまあ、これが、芙美子が俺の部屋に置いていったノートの後ろ半分に描かれていた漫画の内容である。
 というか、これは、紛う事なきエロマンガだ。
 シャーペンで緻密に描かれた登場人物二人の陰部には、もちろん、修正など入っていない。
 幼馴染の女子がエロマンガを――しかもかなり過激で倒錯的なヤツを――描いていたってだけでも衝撃のはずなんだが、そんなことすら俺の頭からは吹っ飛んじまってる。
 俺は、長々と息を吐いてから、改めてキャラクターの顔を見直した。
 ……どう見ても、ゼルナさんと、レレムだ。
 少なくともゼルナさんは、自らが犯した女装ネコミミ美少年を“レレム君”とセリフの中で呼んでいるし、そもそも顔が同じなんで、見間違いようがない。
 つまり、俺のあの夢の中では、人物や風景は適度に誇張と省略がなされ、まさに漫画の絵のようになっていたのだ。それを、その漫画の絵そのものを前にして、ようやく思い出す。
 まあ、こう言っては何だが、俺は、芙美子の漫画やイラストを、かなり目にしている。だから、俺の夢が、芙美子の描くところの漫画のタッチに支配されたのだとしても、合理的に解釈はできるはずだ。つまり、俺が、自らの夢を、芙美子の絵の印象に染め上げてしまったのだと思えばいい。
 しかし、俺の夢に登場した人物について、芙美子がすでに漫画に描いていたというのは――
 仮説は二つある。
 一つは、俺が、以前にこのノートの中身を見てしまい、意識的にはそのことを忘れつつも、無意識のうちに夢の内容に反映させてしまったというもの。
 もう一つは、俺がこの春から見続けている夢の内容について芙美子に話してしまい、しかもそのことを俺が忘れ、かつ、芙美子が俺の夢の話にインスパイアを受けて漫画やイラストを描いたというもの。
 どちらも――俺には真相とは思えない。あまりに無理がある。
 自分の記憶力に完璧な自信をもっている訳じゃないが、だとしたって、このノートの中身を忘れたりとか、例の夢の話を芙美子に話したことを失念したりするなんてことは、考えられない。
「だとしたら……」
 有り得べからざる想像が、俺の現実感覚を揺さぶる。
 虚構が、幻想が、観念が、思考が、意識が、精神が――ありとあらゆる“内面”が、絶対的な存在であるはずの“現実”を侵食し、破壊し、蹂躙して、その座を奪おうとしているかのような――そんな感じ。
 やはり、俺は――俺の夢は――つまり俺の心、というか魂は、芙美子の――
「い――いやいやいや」
 俺は、その、あまりに突飛な考えを、頭を振って追い払った。いくらなんでも、もっとリアリティーのある、誰もが納得できるような説明があるはずだ。
 立ち上がり、窓の外に視線を転じると、通りを挟んだ向かいの家の屋根の上に、青い夏の空が広がっている。
 それが――まるで、芝居の書割のようにわざとらしく思えた。
「う……」
 足元がぐらりと揺れたような感覚。
 俺は、思わず窓枠に手をかけ、視線を落とした。
 見慣れた、家の前の道路に、電信柱が、短く濃い影を落としている。
「ん?」
 電柱の脇に、誰かが立っている。
 ストレートの長い黒髪と、遠目にも分かる抜群のプロポーションから、一瞬、紗絵子さんかと思った。
 だが、違う。知らない女の人だ。
 二十歳は越してるだろうが、三十まで行ってるかどうかは分からない。真っ赤なTシャツに、ぴったりとした黒いパンツ。凜とした表情を浮かべた顔には、メガネをかけ、咥えタバコをしている。
 どうして、顔の造作まで分かったかというと――その人のメガネの奥の双眸が、二階にある俺の部屋の方向を、真っ直ぐに見つめていたからだ。
「え――?」
 目と目が合い、俺は、咄嗟に身を隠してしまった。
 だ……誰だ? あの人。
 妙な寒気を、背中に感じる。
 まるで、敵でも見るような、微塵も甘さを感じさせない目付き。刺すような視線。
 もしかして、ストーカー?
 って、俺、ストーキングされる覚えも、まして、あんな恐い目で睨まれる覚えも無いぞ。
「…………」
 俺は、右手で左胸を押さえながら、恐る恐る、窓から外をうかがった。
「……いない」
 無意識に、そう呟いてしまう。
 いなかった。険しい目で俺を見つめる女性など、どこにも存在しない。
 俺は、小さく溜め息をついた。
 幻覚――というにはあまりにはっきりし過ぎていたが、たぶん、何かの見間違いだったんだろう。
 外を歩いている人とたまたま目が合って、それを、失礼にもストーカーだなどと勘違いしたに違いない。それが、いちばん無難な解釈だ。
 そうだ。そんな簡単に、この平穏で退屈な日常は壊れたりしない。物語の主人公気分を味わうのは――夢の中だけで充分だ。
 しかし――
「こいつは、幻覚じゃないよな」
 俺は、テーブルの上に置いたままの芙美子のノートをめくりかけ、その手を止めた。
 やめよう。このノートの中身は、俺には刺激が強すぎる。少なくともあのエロマンガは、もうちょっと頭を冷やしてから再読すべきだ。
 俺は、再び溜め息をついてから、ベッドにごろりと体を投げ出した。
 ぼんやり天井を見つめているうちに、いつのまにか、眠気が瞼を重く閉ざしていた。



 俺がベッドで目を覚ましたのは、貧血で倒れた日の、翌々日の朝だった。
 つまり、丸一日以上、ずーっと眠りこけていたということである。
 起きて、日にちを確認した後、最初にやったことは、腰を覆っていた吸水性の高い布――要するにオムツ――を、洗濯に出すことだった。
「君の下のお世話は、イレーヌ姉上がしてくれてたんだよ」
 部屋に、例の病人食を持ってきてくれたミスラのその言葉に、俺は顔から火が出る思いを味わった。
「一国の姫君にそこまでしてもらえるんだから、君って果報者だよね」
「……そうだな」
 何も言い返すことができず、かなり情けない気持ちで食事をする。
「どう? ちょっと味付け変えてみたんだけど」
「……美味いよ」
 俺のその一言で、ミスラはニッコリと微笑んだ。
「えーと、お代わりいいか?」
「うん、まだあるけど……でも、だいじょうぶ? あんまり急に食べると、お腹がビックリするよ」
「そんな暢気なこと言ってられないさ。食って体力つけて、すぐにニケを追わないと」
「……戦場に、行くの? そんな体なのに」
 ミスラが言うとおり、俺の体は、あちこちに絆創膏が貼られたり、包帯が巻かれたりしている。これも、してくれたのはイレーヌさんらしい。
「俺がしなくちゃならないことがあるからな」
「死巨人と戦うこと?」
「ああ」
 俺が返事をすると、ミスラは、小さく溜め息をついた。
「本当はさ、僕もついていきたいんだけど……」
「え?」
 俺は、思わずスプーンを持つ手を止め、ミスラの顔に視線を向ける。
 ミスラの、レンズの向こうの不思議なオレンジ色の瞳は、どこか寂しげな光を湛えていた。
「でもね、スウに止められちゃったよ。僕が戦場に出ても、君の選択肢を狭めるだけだってね」
 その言葉に、今度は俺の方が溜め息をついた。ちなみに、これは安堵によるものだ。
「まあ、確かにその方がいいな」
「……予言なんて気にしないでついて来い、って言わないの?」
「そりゃ駄目だ。ミスラはお姫様だし……それ以前に、女の子だろ」
 ジェンダーフリーの観点から言えば俺の言葉は正しくないかもしれないが、この件については、俺はいささかも折れるつもりはない。
「ニケ姉上なら、いいわけ?」
 ミスラの反撃に、俺は、思わず口をつぐんだ。
「ごめん……困らせるつもりは無かったんだ。けど、その……この前、君が言ってくれたこと、すごく嬉しかったから……」
「好きな女――あ、いや、その、お前が並んで戦ってくれてるのに降伏するバカがいるか、ってセリフか?」
「うん」
 素直な仕草で、ミスラが頷く。
 あうう……勢いとは言え、こっぱずかしいことを言ったもんだ。
 だが、言葉の内容自体は、けして嘘ではない。咄嗟に出たものだが、百パーセント、俺の本音だ。
「けど……やっぱり、ミスラを連れてくわけには、いかないな」
 俺の言葉に、きゅっ、とミスラは唇を噛んだ。
「降伏したとは言え、レレムは、腐ってもロギの四天王の一人だ。あいつがまた魔法で悪さしないように監視することができるのは、やっぱり、ミスラだけだろ」
「それは……そうかもしれないけど……でも、何だか詭弁ぽいなあ」
 そう言ってから、ミスラは、くすりと笑った。
「でも、いいや。今回は、君の口車に乗ってあげるよ」
「ああ、詭弁でも口車でも結構だ」
 とにかく、ミスラを危険な目に遭わせたくはない。その気持ちは本当なのだ。
「ところでさ、問題の妖術師レレムなんだけど……君に話があるんだって」
「話?」
「うん。その……母上の部屋にいるから、時間が空いたら来てほしいってさ」



 そんなわけで、俺は、出発の準備を顔見知りの騎士見習いに任せてから、ゼルナさんの部屋に向かった。
 まあ、この王宮は、全体が女王陛下であるゼルナさんのものなわけだが、その中でも、最もプライベートな部屋に、ということである。
 ノックをして、返事を待ってから部屋に入ると、ゼルナさんとレレムが、小さな丸テーブルを挟んで、椅子に座っていた。
「いらっしゃい、トール君」
 ゼルナさんが、上品な微笑みで、俺を出迎える。
 一方、レレムは、頬を赤く染めながら、椅子の上に縮こまっていた。
 レレムは、その小さな体に、ひどく少女趣味なドレスをまとっている。
 ふりふりな服と、首に巻かれた封印の鎖のギャップが、犯罪的だ。
 いや、しかし――
「レレム、お前、女の子だったのか?」
「――――」
 俺の問いに、レレムが、ますます顔を赤くした。
 ゼルナさんが、意味ありげにくすくすと笑う。
 その時、俺は、レレムとゼルナさんが共有する秘密に、触れてしまったような気がした。
 二人があられもなく絡み合う姿さえ、その場に居合わせてしまったことがあるかのように、想像できる……って、俺、どんだけ妄想力過多なんだ。
「ふふ……男の子か女の子かなんて、どうでもいいじゃない。似合ってるんだから」
 ゼルナさんが、悪戯っぽい口調で言う。……しかし、このセリフ、何だか妙に説得力が感じられるな。
 まあ、何しろ、ゼルナさん自身が、単純な男女の区分を超越してるわけだし――
 ともあれ、今のレレムが、完全にゼルナさんのコントロール下にあることは確かなようだ。器の違いというやつだろう。
「で、話って何だ? こっちは、すぐにでも出発したいんだが」
 頭の中に浮かぶ桃色の想念をねじ伏せ、レレムに尋ねる。
「え、えっと……お師匠様が、ロギ様に会う前に、伝えておかなくちゃいけないことがあってぇ……」
 そう言って、レレムは、ちらりとゼルナさんの方を向いた。
 ゼルナさんは、何を考えているのか、上品な笑みを浮かべたままだ。
 とは言え、ロギの話となると、聞かないわけにはいかないな。何しろ、最終的には、そいつと対決することになるわけだし。
「あの……ロギ様は、お師匠様の敵じゃないんですぅ」
「何?」
 俺は、思わず声のトーンを上げた。
「敵じゃないって、どういうことだ?」
「そのぅ……言葉どおりの意味ですぅ。ロギ様に――熾皇帝陛下に会うことがあったら、その……できるだけ、戦わないでほしいんですぅ」
「そんなこと言ったって、ロギは、アイアケス王国や、その他の国を、塩の荒野に変えようとしているんだろ? 俺は、それを何とかするために呼び出されたんだぞ」
「それは……分かってるんですけどぉ……」
「そもそも、人の住んでた土地を侵略して、そこの人間を塩のカタマリにするなんて、勇者だの英雄だのなんて話を抜きにしても、俺個人として許せないことだと思ってる。それとも、何か? ロギって奴は、その背後にいる黒幕にでも操られてるってのか?」
 だとしたら、最終ボスの変更っていうことになる。まあ、そういうパターンも珍しくはないけどな。
「そうじゃないですぅ……ロギ様は、自分の意志で、この世界を消そうとしてるんですぅ……」
「だったら、議論の余地はないな」
 俺は、突き放すようにレレムに言った。もし、これが和平交渉なのだとしても、マナイタの上にさえ乗せられるような話じゃない。
「ロギ様とお話をすれば、分かってもらえると思いますぅ……」
「は?」
「お師匠様と、ロギ様は、必ず、分かり合えるはずなんですぅ。ロギ様だって、それに気付いてるんですぅ」
 妙に必死な感じで、レレムが言う。
「分かるもんか。だいたい、俺は、ロギとは面識が無いんだぞ」
「ロギ様は、お師匠様のことを、知ってるんですぅ。ずっとずっと前から……お師匠様が召喚される前から、いえ、この世界が始まる前から……」
「どういうことだ?」
「すいません……これ以上は言えません……」
「…………」
 ううむ、何だか、うさん臭い話になってきたぞ。
 俺は、さっきから黙っているゼルナさんに視線を向けた。
「レレム君の言うことは、信用してもいいと思うわ。今のこの子は、いろいろな意味で、嘘のつけるような状態じゃないもの」
 ゼルナさんが、静かな口調で言う。
「だけど、わたくし達は……アイアケス王国の全ての人々は、トール君を信じ、そして、一緒に戦う覚悟よ。たとえロギが何者で、どんな理由で世界を滅ぼそうとしていても……」
 俺は、ゼルナさんの言葉に頷いた。レレムの意味不明な話より、よほど共感できる。
「ところで、ついでと言っちゃなんだが、お前に質問がある」
 俺は、悲しげな表情を浮かべているレレムに向き直った。
「死巨人ルル・ガルドってのは、何者だ?」
 俺の問いに、レレムが、そのアーモンド型の目を、ぱちくりさせる。
「同じ四天王の一人なら、どんな攻撃をするとか、弱点は何かとか、知ってるんじゃないか? そいつを教えてくれ」
「弱点とか、そういうのは、無いですぅ」
 レレムが、あまり聞きたくなかった答えを、口にする。
「じゃあ、そもそも、死巨人ってのはどういうヤツなんだよ。それだけでも教えてくれ」
「アレは――」
 レレムは、うまい言葉を探すように、一呼吸おいた。
「ルル・ガルドは、地上を塩で埋め尽くすために、ロギ様によって造られた機能――世界の死、そのものなんですぅ」

 



第十七章へ

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