出たとこロマンサー



第十四章



「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
 頬を上気させたスウが、うっとりとした表情で、横たわっている。
 その顔に付着した俺の精液を拭ってやってから、オレは、サクランボを連想させるその半開きの唇に、キスをした。
「んっ、んちゅ……んふ、んむぅン……ちゅ、ちゅぷ、んちゅ……んちゅっ、ちゅぶっ……」
 唇をぴったりと重ね、舌を絡ませあってから、口を離す。
 そのまま、唇を首筋に滑らせ、弾力のあるたわわな乳房に舌を這わせた。
「はっ、はふぅ……あ、あん、あぅ、う……んは、はあぁン……」
 甘く喘ぎながら、スウが、俺の愛撫に反応する。
 桜色の乳首を口に含むと、ひくんっ、とスウの小さな体が跳ねた。
 構わず、左右の乳首を舌で転がし、ちゅぱちゅぱと音をさせて吸いたてる。
「ふゎ、わ、あふ、あ、やはぁん……あああ、お、お兄ちゃん、お兄ちゃぁん……あっ、あうううっ……ひゃ、ひゃふうぅん!」
 ひくっ、ひくっ、と震えるスウの胸をなおも攻めながら、指先を、股間に滑り込ませる。
 そこは、シーツに垂れ落ちるほどに、大量の愛蜜を溢れさせていた。
「スウ……」
「んあ、お兄ちゃん……んっ、んちゅっ……」
 ほとんど夢見心地といった感じのスウの唇に、再びキスをする。
 そうしながら、くりくりの赤い巻き毛を撫でてやると、それだけで、スウはフンフンと鼻を甘く鳴らした。
「ちゅ、ちゅぶ、ちゅぶっ、んぷ、んふうぅ……ぷはっ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 息も忘れるほど夢中になっていたのか、それともさらに興奮が高まったのか、唇を離すと、スウが、せわしなく息をつく。
 俺は、そんなスウの両膝に手をかけ、細い脚を割り開いて、つるつるの秘部を露わにした。
「あ、ああ……お兄ちゃん……」
 スウが、小さな手を自らの頬に当てながら、俺の股間に熱い視線を注いだ。
 すでに、俺のペニスは、完全に勃起を回復させている。
「す、するの? しちゃうの? はぁはぁ、ス、スウと、最後までしちゃうの?」
 声に、かすかな怯えの色がある。
「嫌か?」
「う……ううん、嫌じゃない。嫌じゃないよ……だって、スウ、お兄ちゃんのお嫁さんになるんだから……」
 スウの言葉が、俺の欲望の火に油を注ぐ。
 俺は、早くスウの処女を散らしたいといきり立つ肉棒を、咲きかけの花のように綻んだスウの秘裂に、当てた。
「あ、あっつい……!」
 俺のペニスが帯びる温度に、スウが、驚きの声を上げる。
 俺は、ゆっくりと、スウのクレヴァスに食い込んだ肉棒に、体重をかけていった。
「ひ、ひああ、あっ……あぐっ! う、うぐぐ、んああああっ!」
 俺の亀頭がある深さまで前進した時、スウが、悲痛な声を上げた。
「ひ、ひっ、い、いた、いたい、い、いたいっ……!」
 スウの瞳がぎゅっと閉じられ、その小さな体が苦痛と恐怖に硬直している。
 だが――そんなスウの様子に、俺のペニスは、ますます凶暴に強ばってしまった。
 燃え盛る欲望に視界が深紅に染まり、早鐘を打つ心臓が煮えたぎった血液を全身に巡らせる。
 このまま、小生意気な予言者王女の処女膜をブチ抜き――破瓜の血で、俺のペニスを染め上げて――
「う、うぐぐ、うっ、うああっ……ひ、ひぃ、いた、いたい、いたいよぉ……うっ、うあっ、うあああぁぁ……っ!」
 スウの目尻から――涙が、こぼれる。
 その時になって、ようやく、俺は、最低限の自制心を取り戻した。
 理不尽なまでに昂ぶる獣欲を渾身の精神力で押さえ付け、腰を引く。
「んあ……お、お兄ちゃん……?」
「はぁ、はぁ……悪い、スウ……夢中になり過ぎた……」
「え、えと、でも……その……」
 安堵と困惑の入り混じった、複雑な表情を浮かべるスウ。そんな表情も、たまらなく可愛らしく、愛しい。
 俺は、この顔を、苦痛の涙で濡らしてしまうところだったのか……まったく、どうしようもない馬鹿野郎だ。
 まったく、俺は、いったいどうして――
「あの……スウが、まだ、子供だから……? だから、お兄ちゃんを、満足させてあげられないの?」
 スウが、新たな涙をこぼしそうになる。
「違うって。楽しみは後に取って置くことにしたんだよ。一気に食べちゃったらもったいないだろ?」
「ん……もう、お兄ちゃんのバカ! えっち!」
 そう言って、スウが、泣き笑いのような表情を浮かべる。
 スウのことだ。俺の言い訳の裏にある気持ちなんて、実際のところはお見通しなのだろう。
 それでも、それ以上の追及をしようとしないスウは、浅ましい欲望に支配されかかった俺より、よっぽど大人なのかもしれない。
 とは言え――
「でも、お兄ちゃん……お兄ちゃんのオチンチンさん、すっごく苦しそうだよ?」
 スウの指摘どおり、俺の股間のモノは、行為の中断に抗議するかのごとく、血管を浮かしながら、なおも屹立している。そこから湧き起こる欲望の圧力は、次の瞬間にも、俺をまた暴走させかねない。
「ね、お兄ちゃん、やっぱり、無理してるんでしょ?」
「え……?」
 俺は、思わず声を上げてしまった。
 スウの瞳に、妖しい光が宿っている。
「ホントは……お兄ちゃん、スウのカラダを使って、いっぱいいっぱい気持ちよくなりたいんじゃないの?」
「…………」
 ちろりと、スウのピンク色の舌が、自らの唇を舐める。
 って、何だこれ……これは……どうして……どういうわけで、スウは、こんな、俺を誘うような物言いを……
 やばい、やばい、どうにか和やかな雰囲気の中に紛らわせようとしていたあの目の眩むような欲望が、俺の腰の奥から脊椎を溯って脳を直撃する。
 スウの奴……やっぱり、俺に犯されたいのか……?
 違う。おかしい。変だ。狂ってる。こんなの、正しくない。
 だが、このままじゃ――畜生、神経が灼き切れそうだ。
「スウっ……!」
「きゃんっ!」
 俺は、スウの両脚を抱え上げた。
 そして、その太腿をぴったりと合わせ、脚の付け根と股間が作る隙間に、いきり立った肉棒を滑り込ませる。
「あぁん!」
 ずるり、と、シャフトがスウのクレヴァスを擦った。
 粘液にまみれた秘唇をペニスの裏側に感じながら、そのまま、腰をピストンさせる。
「ひっ、ひゃ、ひゃうん! あ、あぁん、ス、スゴイ……これ、あ、あぁん、はっ、はくうっ!」
 肉棒によってスリットを摩擦される感触に、スウが、甘い嬌声を上げる。
 俺は、犬のように息を荒くしながら、腰をの動きをさらに速くした。
 卑猥なヌメリにまみれた肉棒の先端が、スウの脚の狭間から繰り返し顔を出す。
「ひっ、はあぁん! ああっ、あっ、あぁ〜っ! コ、コスれるぅ! はひ、はひん、コ、コ、コスれちゃうぅ! うっ、うあぁん、ああぁん!」
 愛液に濡れた秘裂を抉るように、ペニスを激しく前後に動かす。
 少しでも角度を変えれば、そのまま、スウの処女膜を突き破ってしまいそうなスリル――それが、俺の背中をゾクゾクと震わせる。
「あ、あはっ! やっ! やん! やぁん! クリちゃん、クリちゃんに当たってるぅ! うっ、うぁん、あん! 気持ちイイ! 気持ちイイぃ〜! ひ、ひややン!」
 俺の動きによって包皮を剥かれたクリトリスを、亀頭で揉みくちゃにする。
 スウの腰が踊り、太腿が擦り合わされ、俺の肉棒を快楽で追い詰めていく。
「あっ、あっ、あっ! イっちゃう! イっちゃう! スウ、お兄ちゃんのでっ! お兄ちゃんのオチンチンさんで! イ、イ、イっちゃうの! あん、あん! イ、イク、イクぅーっ!」
 スウが髪を振り乱して悶え、その動きで巨乳がぶるんぶるんと揺れる。
 俺は、思い切り腰を突き出し、そのままスウの体にザーメンをぶちまけた。
「熱ッ! 熱い! 熱いぃーッ! あぅ、ああっ、あぁーッ! イッ――イクううううううううううううううううううううぅぅぅぅぅぅーッ!」
 精液が、絶頂に達したスウの腹に、胸に、顔や髪にまで、放物線を描きながらビチャビチャと降りかかる。
「あっ、あうううっ、あはぁ……熱い……熱いのぉ……あ、ああぁん、あふ、あはぁ……っ」
 ひくっ、ひくっ、と痙攣しながら、スウが、その細い指先で、白濁した粘液を肌に塗り伸ばす。
 そうしてから、スウは、ザーメンの糸を引かせながら、自らの指を鼻先に持ってきた。
「あうう、ネバネバして……く、臭いよぉ……あふぅ……で、でも、ドキドキする匂い……は、はあぁん……」
 その、幼い顔に浮かぶ、あまりに淫らな表情――
 今、ありったけの欲望を放出したばかりのはずのペニスが、萎える間もなく堅くなっていく。
「スウ……」
 絶頂の余韻にぐったりとなったスウの上体を半ば強引に起こし、その柔らかな頬に、体液にまみれたペニスを押し付ける。
「あ、ああぁ〜ん……ひどいよ、お兄ちゃん……ハァハァ、スウ、お姫様なのにぃ……」
 そう言いながらも、スウは、抵抗する素振りを見せない。
 俺は、スウの頭を両手で押さえ、その顔に肉棒を擦り付けた。
「あぷっ! んふ、はっ、あはぁん……やぁん、臭い、臭いぃ……はぁはぁ、オ、オチンチンさんの匂い、染み込んじゃう……スウのお顔に染み込んじゃうぅ……んっ、んふ、はふぅ……あっ、あぁん、あはぁ〜」
 俺の狼藉に恍惚の表情を浮かべながら、スウが、ペニスに自分から頬擦りする。
 俺は、あっと言う間に限界に達し、スウの顔と髪に、たっぷりと精液を浴びせかけた。
「んああっ! んぶっ! はっ、はぶうっ! あっ、あっ、あはあぁっ……熱い、熱いのぉ……やぁ〜ん、お兄ちゃんのミルク、熱いぃ……あっ、あぁっ、ああぁン!」
 俺にザーメンをかけられただけで、スウは、絶頂に達した。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
 アクメの余韻に震えながら、スウが、額や頬にへばり付いたザーメンを指で集め、ちゅるん、とその可愛らしい唇で啜る。
「んく、ゴクっ……はふぅ……おぁん、お兄ちゃんのミルク、臭ぁ〜い……はぁはぁ、で、でも、美味しいかも……美味しいかもぉ……はっ、はふぅン……」
 スウが、ザーメンの絡み付いた指を、行儀悪くペチャペチャと舐めしゃぶる。
「いやらしいんだな、スウは……」
「あぁん、こ、これは、お兄ちゃんのせいだよぉ……ハァハァ、お、お兄ちゃんのオチンチンさんが、あんまりすごいから……それで、スウ、おかしくなっちゃったんだもん……」
 精液まみれの顔のまま、唇を尖らせて、スウが抗議する。
 俺は、そんなスウの右手を持ち上げ、膝立ちにさせて、その腋の下に勃起したままの肉棒を押し付けた。
「キャッ! こ、こんなトコにまでぇ……お兄ちゃん、変態っぽい……あっ、あふっ、んはああっ……!」
 腺液を垂らし続ける亀頭を擦り付けると、スウは、くすぐったがる代わりに、甘く喘ぎ始めた。
「ここも感じるのか? スウ……」
「うん、うん! 感じるぅ……感じるのぉ……あ、あは、あはぁ……オチンチンさんが触ると、それだけで気持ちよくなっちゃうぅ……あふ、んふぅ、ああぁん……ひぁああぁ〜ン!」
「くっ……スウ……スウっ……!」
 スウの腋の下にペニスを挟み、激しく扱き、射精する。
 さらに、俺は、スウの左の腋の下をも犯して、射精し――
 左右の乳首に亀頭を擦り付けてそれぞれ射精し――
 ヒップの割れ目に擦り付けて、射精した――
 ――そして、俺の精液を浴びるたびに、スウが、絶頂に達する。
 気が付くと――外では、もはや日が大きく傾いていた。
「は……はっ、はひ、はひぃ……は、はっ、はふ……あ、は、あぁ……ひは……あ……」
 まさに、息も絶え絶え、といった感じのスウが、愛液と精液でグチョグチョになったシーツの上で、人形のように手足を投げ出して横たわっている。
 たっぷりと俺のザーメンを浴び、啜り飲んだスウの体は、生臭い性の匂いを放っていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
 立て続けの射精により、頭とペニスに鈍い痛みを覚えながら、俺は、ベッドの上にへたりこみ、スウを見下ろしている。
「う……ぁ……」
 俺は――何てことをしでかしちまったんだ?
 スウが誘ったとか、そういうことは関係ない。だって、こいつは、まだまだ子供で……だから、自制すべきは俺なわけで……
 なのに、欲望に突き動かされるまま、その体を弄ぶなんて、絶対にやっていいことじゃない。
 俺は……どうして……どうしてこんなことを……
 俺が、スウの純潔を奪わなかったのは、ほとんど奇跡みたいなもんだ。
 おかしい……おかしい……そもそも、俺は、スウを性の対象として見てなんかいなかったはずだ……
「くっ……」
 ズキリ、と頭が痛んだ。
 先程までの甘ったるい快楽が嘘のように、異様な不快感。
 何か、すでに取り返しのつかない過ちを犯してしまったかのような焦りが、俺の心を酸のように蝕んでいる。
「お兄、ちゃん……」
 少しかすれたスウの声に、はっと我に返る。
「だいじょうぶだよ、お兄ちゃん……お兄ちゃんは……よく、ガマンしたよ……」
 うっすらと瞼を開いたスウが、まだ焦点の定まらない瞳を、俺に向けている。
「まだ……何とか、なるから……そんなに、悩まなくても……だいじょぶ……」
「スウ……」
「あとね……スウ、お兄ちゃんとえっちなことできて……嬉しかった……だから……そのことで、自分を責めたりしたら……ダメ……」
「わ――分かった」
 全く、スウの奴、どこまでお見通しなんだか。
 いや、驚くにはあたらないな。何しろこいつは、正真正銘の予言者なんだから。
「えっと、スウ、風呂とか、どうする?」
「平気……メイドを呼んで、湯浴みの準備、させるから」
「え……?」
 こんな状態のスウを見たら、メイドさん達、何て思うかな。
「心配、しないで……スウは……お兄ちゃんの、お嫁さんだもん……」
「そ、そうか……?」
 しかし、スウが年端もいかない女の子だってことは、それとは関係ないような気もする。
「それより、そろそろ、この部屋を出た方がいいよ。お兄ちゃん……これ、予言だから」
「…………」
 そう言われても、スウをこのままにしてここから立ち去るのは、気が引ける。
 いや、まあ、俺が部屋に残って何ができるかというと、別に何ができるわけじゃないんだが。
「じゃあ、その……悪い。もう、行くな」
「うん」
 ニッコリと、スウが邪気のない笑みを浮かべ、そして、サイドボードに乗った呼び鈴に手を伸ばす。
 うわあ、本当にこのカッコでメイドさんを呼ぶのかよ。ある意味、まさにお姫様だな。
 俺は、手早く服に袖を通し、床に転がしっぱなしのサタナエルの剣を背中に負った。
「じゃあね、お兄ちゃん……また、こういうこと、しようね♪」
 スウが、支度の終わった俺に、そんなことを言う。
「あ、ああ」
 俺は、曖昧に頷いて、スウの部屋を出て行ったのだった。



「トール! こんなとこにいたのか! 探したんだぞ!」
 スウの部屋から自室に至る廊下で背後から声をかけられ、俺は、跳び上がらんばかりに驚いた。
「な、なんだ、ニケか」
「なんだじゃないだろ! 今日、メレルの練習、サボっただろ」
 その細い腰に手を当てながら、ニケが、しょうがねえなあ、という顔をする。
「ああ、その、悪い。ちょっと用事が……メレルの面倒は、ニケ一人で見てくれたのか?」
「いんや、アイツも訓練場に来なかったんだよ。ま、師匠のアンタが率先してサボってるんじゃ、何も言えないけどな」
 確かにその通りだ。俺は何も弁解できない。
「いや、そんなことはいいんだ。それより、緊急事態なんだよ」
「緊急事態?」
 よく見ると、確かに、ニケは、軽装ではあるものの鎧を着込んでいる。
「北の国境のライアラスがあるだろ? ロギの軍勢に包囲されている街……その戦場に、バケモノが現れたんだ。何でも、真っ黒い巨人の姿をしていたらしい」
「巨人? それは……」
「ミスラなんかは、死巨人ルル・ガルドなんじゃないかって言ってる」
「って、それ、熾皇帝の四天王の!?」
「ホントかどうかは分からないがね……。ともかく、アタシは、これから王都詰めの騎士の半分を連れて増援にするつもりだ。竜馬のみの部隊なら5日で行ける。で、アンタにも来てほしいんだ」
「ああ、もちろん」
「と言っても、サカモトだっけ? あんたの竜馬はまだ厩舎の中だ。馬具を付けたり何だりで、けっこう時間がかかるよな。こっちは、もう出発準備は終わってるんだけど……」
「先に行っててくれ。サカモトの足だったら、たぶん、すぐ追いつく」
「分かった」
 小気味よく返事をして、ニケが、城門の方へと小走りに駆けていく。
 俺は、自らの両頬をピシャリと叩いて、中庭の厩舎に向かった。
 ここのところ感じている違和感とか、自分自身の異様な性的欲望については、とりあえず棚上げだ。今は、具体的な脅威に対して行動しなくては。
 問題の死巨人――現れたのが本物の死巨人ルル・ガルドだとしてのことだが――が、どんな存在なのかは、今イチよく分からない。巨人というからには、ともかく、でかくて強いのだろう。その上、名前に“死”なんて文字が付いてるあたり、不気味でもある。
 さらには、ついさっき聞いた、スウの予言だ。俺の剣――つまり、このサタナエルの剣が通じないという、あの話。
 もちろん、スウの予言なんだから、信憑性は高いだろうが、だとすると、果たして俺はどうやってそいつに対抗すれば――
「――ん?」
 厩舎の前に、小さな人影が、立っていた。
 メレルだ。ちょうどいい。サカモトに馬具を付ける手伝いを――
「お師匠様、遅いですよぉ」
 にっこりと、メレルが微笑む。
 どくん、と心臓が跳ね、ゾクゾクと背筋に悪寒が走った。
 こ――
 こいつ――誰だ?
「どうしちゃったんですかぁ? お師匠様――」
「お、お前……」
 オレンジ色の夕日に照らされ、長く黒い影を中庭に伸ばしている、俺の唯一の弟子。
 明るく、屈託のない笑みが、その顔に浮かんでいる。
 その、いつもの表情が――見ているだけで酔ってしまいそうなほどに、歪んで見えた。
 これまで感じてきた、数多の違和感。その中心が、この目の前の子供であることを、直感する。
 こいつは、敵だ。それも、ゴブリンだのトロールだのなんてクラスじゃない。
 俺は、メレルまでの距離を目で測りつつ、背中のサタナエルの剣に手をかけた。
 大股で走って、5歩くらい。一呼吸で切りつけるには、やや遠いか。
「あれれ、どうしちゃったんですかぁ? 術の効きが、弱くなっちゃってますぅ?」
 メレルが、ベルトから下げていた何かを左手の指で摘まみ、目の前にかざす。
 それは、銀色の細い糸で釣り下げられた、金属性の玉だった。大きさは、メレルの拳より一回り小さい。
 玉の表面を飾る模様は、細かな隙間になっており、そこから、何やら薄い煙が立ち上っていた。ってことは、あれは、香炉みたいなものか?
 その意味を考えようとしたその時、メレルの右手が複雑な印を結んで空中に図形を描く。
「風よ――静風よ――我が敵に形無き禍いを運べ――」
「……うっ」
 甘い匂い。微かな音。それを、鼻と耳が、感じ取る。
 危険だ。これは危険だ。このままにしておいてはいけない。
 脳が、じわじわと侵されていく感覚。
 麻薬の煙と、あと、魔力を帯びた何かの音色だろうか。しかし、そんな……どうしてこの距離で……?
「そうか……風、か……」
 さっきの呪文と、そして、スウの予言――妖術師は、風を使う。その風に乗せて、催眠効果のある煙と音を、この王宮の隅々に――ってことは!
「妖術師――レレム!?」
「そうですよぉ」
 あっさりとメレル、じゃなくてレレムが、自らの正体を認める。
「くす……実は、お師匠様が気付くのって、これで3度目なんですよぉ。まあ、Melelを反対から読めばLelemですし、黒騎士さんが逃げることができたのも、ボクの乱入あってのことでしたもんねぇ。けど、そのたびに、こうやって暗示をかけ直してたんですねぇ」
「ち、畜生……ゼルナさん達をあんなふうにしたのも、お前か……」
「その通りですぅ。まあ、ちょっと本性を出させてあげただけですけどねぇ」
 レレムのアーモンド型の瞳が、猫のように妖しく光る。
「ふざけんなっ! 人の心をオモチャにしやがってっ!」
「そのセリフも、3回目なんですよぉ」
 レレムの言葉に、俺は、歯を食い縛りながら背中の魔剣を抜いた。
「お師匠様、誓いを忘れたんですかぁ?」
「何だと?」
「お師匠様は、ボクに、剣を向けることはできないんですよぉ」
「なっ……!」
 本当だ。サタナエルの剣を握った右手が、痺れている。それどころか、剣から炎を噴き出させるイメージも、頭の中に浮かばない。
「お師匠様の心の隙をついて、暗示をかけさせてもらいましたぁ。くすくすくす……あの淫乱母娘ってば、すっごく役に立ってくれましたねぇ」
「こ、この野郎っ……!」
 怒りのあまり、それ以上の言葉が出てこない。
「これで、あの予言者王女の純潔も奪ってくれれば、最高だったんですけどねぇ。それで、全てが終わるはずだったのに……まあ、これから何度でも試せばいいことですけどぉ」
 ぐっ、という獣じみた呻きが、喉の奥から漏れた。
 本物の殺意が全身を震わせる。
 それでいながら、俺は、まるで凍りついたように、右手に握った剣を繰り出す動作を取れないでいた。
 煙と音の効果で、だんだんと意識に霞がかかってくる。
 何てこった……目の前に敵がいるっていうのに……このまま、こいつの思い通りに……
 と、不意に、視界の隅から、フラスコのようなガラス容器が飛んで来た。
 次の瞬間――閃光と爆音が、目の前で炸裂する。
「どわああああああ!」
 衝撃で吹き飛ばされ、尻餅をつきながら、剣を取り落とす。
 目の前にもうもうと黒煙が上がり、厩舎では、蛇馬や竜馬たちがパニックになっていなないていた。
「トール、無事っ!?」
 キーン、と耳鳴りのする中で、声の方に振り向く。
 そこに、例の黒いつば広とんがり帽子と、やはり漆黒のマントをまとったアイアケス王国第三王女が、いた。
「ミスラ! 今のはいったい……」
 こっちに駆け寄るミスラに説明を求める。
「僕の作った爆薬液だよ! ちょっと、計算より強力だったけど……」
 確かに、少し爆心地がこっち寄りだったら、俺は尻餅だけじゃ済まなかったかもしれない。
「って、昼過ぎに運んでたアレって、爆弾の材料だったのか?」
「爆弾じゃなくて爆薬液だってば」
 ミスラが、律義に訂正する。
「王宮の中で、何か魔薬を使った幻術が行使されてるらしいことは、何日か前に気付いたんだけど……でも、犯人が誰なのかは分からなかったんだ。そんな状態で騒ぎ立ててもかえって逆効果だろうから、敵にばれないようにこっそり毒消しを飲んで、反撃のチャンスをうかがってたんだよ」
「それで、秘密で爆弾――じゃなくて爆薬を作ってたのか。とんでもないお姫様だな」
「な、何、文句あるの?」
「いや……荒療治だったけど、助かったぜ。何しろ煙は吹き飛んだし、耳鳴りで音もはっきり聞こえないしな」
「――でも、お師匠様の暗示は残ってるんですよぉ」
 薄れ出した黒煙の向こうから、レレムが、俺達の会話に割って入る。
 見ると、レレムは、明らかに普通の人間と違う外見になっていた。
 頭の両脇から、短い毛に覆われた三角形の大きな耳が生え、背中の辺りでは、やはり毛の生えた長い尻尾がゆらゆら揺れている。いわゆるネコミミ種族だ。
「ケット・シー……」
 俺の隣で、ミスラ呟く。俺の知らない言葉だが、どうやらそれが、この世界におけるネコミミ種族の名前らしい。
 爆発のショックで正体を現したのか、催眠術が解けて本来の姿が見れるようになったのか……まあ、どっちでもいいな、そんなことは。
「くすくす……依然として、お師匠様は、ボクに剣を向けることができないんですよぉ。さあ、早く降参したらどうですかぁ?」
「何を勝ち誇ってるんだ、お前は」
 俺は、ありったけの力を視線に込めて、レレムを睨み付けてやった。
「好きな女が並んで戦ってくれてるのに降伏するバカがどこにいるんだよ!」
「な、何言ってんだよ、君は!」
 ミスラが顔を真っ赤にして声を上げるが、当面、無視する。
「魔剣なんか必要ねえ。その頭に直接拳を叩き込んでやるぜ!」
「やれやれ……ちょっと熱くなり過ぎですよぉ」
 レレムが、先程とは違う形の印を結ぶ。
「風よ――疾風よ――我が足となり翼となれ――」
 ふわりと、レレムの体が宙に舞う。
「ここは場所が悪いですし、仕切り直し、させてもらいますねぇ」
「か、勝手なこと言うな、このっ!」
 声を上げる俺を尻目に、レレムが、空中で加速して城壁を越える。あれも、風を操る魔術の一つと言ったところだろうか。
 ともあれ、このまま奴を逃がしたら厄介だ。また、目に付かないところから催眠効果のある煙と音を送り込まれるかもしれない。
「いくぞ、ミスラ!」
 俺は、地面に落ちたサタナエルの剣を背中の鞘に収め、ミスラの華奢な手を握った。
「あ、う、うん」
 ミスラの返事を聞きながら――レレムが消えた方向の城壁に立つ自分の背中を、見る。
 次の瞬間、俺とミスラは、城壁の上にテレポートしていた。
「うわ……相変わらずすごいね、君の力は」 
「だんだん、コツが掴めてきた。それより、レレムの奴、どこ行った?」
 俺は、城壁から身を乗り出し、キョロキョロと周囲を見回した。
「あっち! 市場通りの方に、魔力の気配がする!」
 眼下に広がる街並の一角を、ミスラが指さす。
 そっちに視線を投じると、露店がひしめき、買い物客でごった返した大通りの上空に、小さなネコミミ人間の姿があった。
 空からの突然の来訪者に、人々は、驚きの戸惑っているようだ。
「行くぞ!」
 俺は、再びミスラの手を掴んで――通りの真ん中に瞬間移動した。
 おおおおお、というどよめきが、俺達を包み込む。
 何しろ、王宮の方から子供が飛んで来たかと思ったら、次は、誰もいなかったはずの場所に前触れもなく人間が二人現れたのだ。驚くのも無理はない。
 人々は、俺達を遠巻きに囲んで、事態の推移を見守っている。
 と、レレムは、例の振り子型の香炉を手に持って、地面に降り立った。
 香炉からは、薄い煙が立ち昇り、かすかな音が響いている。
 そして、レレムを中心に吹く風は、それを周囲に――
「み、みんな、逃げて!」
 ミスラの声に反応できたのは、ごく数人だった。
 ほとんどの人々が、目を虚ろにしながら、覚束無い足取りで、レレムに近付いていく。
 一人、二人、三人、四人――性別も年齢もまちまちな人達が、レレムの盾になるように集まり、そして、その人数はなおも増えていった。
「てめえ……人質かよ!」
「くすくすくす……まあ、そういうことですぅ。これで、あのヘンな爆薬は使えないですよねぇ」
 レレムの顔に浮かぶその表情は、無邪気で、それゆえに、かえって邪悪に見える。
「これで、魔剣も爆薬も使えない……ボクの勝ちですよねぇ、お師匠様♪」
「んなわけねえだろ、このバカ弟子が」
 俺の言葉に、レレムがきょとんとした顔になる。
「バカが。詰めが甘すぎるぞ。剣を封じただけで勝ったとか言ってんじゃねえ」
「バ、バカだバカだって……お師匠様、ボクを子供だと思って甘く見ると――」
「子供だから甘く見てるんじゃねえよ、バカ」
 不快そうに眉をしかめるレレムの言葉を、遮る。
「まだ勝ってもいないのにもう勝ったつもりになってるのが甘いって言ってるんだ。ま、口で教えてるとそっちの術中にハマっちまうから、即行で実地練習してやるよ」
 そう言って、俺は、今まで握っていたミスラの手をそっと離し――
 そして、静止した時間の中で、自分自身の背中を、見た。

 



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