出たとこロマンサー



第十一章



 極度の疲労のためか、半分眠ってるような状態で王宮に戻り――そのまま、宛てがわれた部屋の中で熟睡、というところまでは、記憶している。
 そして、目を覚ますと、見覚えのない子供が、ベッドの傍らに立っていた。
「お師匠様、おはようございますぅ」
 その子が、どこか猫っぽい顔に、ニコリと笑みを浮かべる。
「え、えーっと……君、誰だっけ?」
「メレルですよぅ。もう忘れちゃったんですかぁ?」
 そう言って、子供――メレルが、可愛げのある苦笑を浮かべる。
「ああ、うん、悪い、よく覚えてない。えーと……どこかで会ったような気はするんだけど……」
「アラリスの町でお目にかかりました。そこで、お師匠様に拾ってもらったんですよぉ」
 アラリス……ああ、例の、リルベリヒの奴が燃やしちまった、あの町か。
 そうだ、俺はあの町の外れでリルベリヒと対峙し、それでもって――
「よう、トール、起きたかー?」
 おざなりなノックの音に続いて、ニケが、部屋の中に入ってきた。
「もう昼だぜ。体調に問題がなけりゃ、飯食って訓練場行こうぜ」
 まるで、これから運動場でサッカーをしよう、といった口調で言ってから、ニケが、メレルの頭をくしゃっと撫でた。
「もちろん、メレルも一緒にな。アタシと勇者殿が、直々に鍛えてやるぞ」
「よろしくお願いしますぅ!」
 メレルが、緊張した様子で返事をする。
「おいおい、こんな子供に剣の鍛練か?」
「平気ですよぉ。ボクだって男なんですからぁ」
 メレルが、俺に向き直って唇を尖らせる。
 しかし……言われるまで、俺は、この子――メレルが男だってことに確信がもてないでいた。
 栗色の、肩の上で切り揃えたストレートヘアに、猫を思わせるアーモンド型の大きな目。口を開くたびにのぞく八重歯が、猫っぽさに拍車をかけている。
 男の子とも女の子とも取れる顔だったけど、そっか、男だったのか。
 いや、それにしても――
「ニケ、ちょっといいか?」
 俺は、ベッドから降りて、ニケを部屋の端に連れてった。
「何だよ」
「いや……あの子、誰だっけ?」
「はぁ?」
 メレルを傷つけないようにと小声で囁いた俺の気遣いを無にするようなでかい声を、ニケが上げる。
「アンタ、覚えてないのかよ」
「いや……かすかには覚えてるんだけど、何だか記憶が曖昧で……」
「しょうがねえなぁ〜。まあ、確かに、あそこからこっちに戻る間、アンタ、半分寝てるみたいだったもんな」
 ニケが、さっきのメレルと同じように、白い歯を見せて苦笑いをする。
「リルベリヒの野郎に、親の仇だとか言って木の上から飛びかかった奴だよ。リルベリヒの軍勢に家族を皆殺しにされたって聞いて、アンタ、自分が面倒見てやるって言っただろ」
「あ……そうだったな」
 そうだ。そんなこと安請け合いしたんだっけな。
 まったく、こんな重大なことを忘れてたなんて、どうかしてる。
 しかし――
「…………」
 俺は、奇妙な違和感を覚えながら、メレルの鳶色の瞳を見つめた。
 メレルが、何か? って感じで小首を傾げる。
「俺が、あの子の師匠になるのか?」
「ああ、アンタの師匠がアタシで、メレルの師匠がアンタだ。面倒見るってのはそういうことだろ? アイツ、親の仇を討つために剣を習いたいって言ってるんだぞ」
「…………」
 あんなあどけない子供が、親の復讐のために剣を振るうってのか……?
 いや、俺のいた世界の常識や倫理を持ち込むべきじゃないな。それに、俺だって、自分の住んでいた家を焼かれて、大事な人間を殺されたら――そして、その行為の責任者が法律によって裁かれる見込みがないのなら――自分の力で何らかの決着をつけようと考えるかもしれない。
 だけど――いや、違う――俺の感じている違和感は――もっと、別の――
「お師匠様、お食事の用意、しましょうかぁ?」
「ああ、そうだな。あと、厨房の係に言って、アタシの分もこっちに運んでくれないか?」
「分かりましたぁ!」
 俺に代わって答えたニケに元気よく返事をして、メレルが、ててて、と部屋を出て行く。
 そして……結局、俺の覚えた奇妙な違和感の正体は、三人で遅い朝飯を食ってる間も、胸の中にわだかまり続けたのだった。



 訓練場の片隅で、メレルが、一心不乱に木刀を素振りしている。
 それを、やや外れた場所で見ながら、俺とニケは休憩していた。
 ついさっきまで、俺達二人は、例によって木刀での打ち合いをしていた。それを、メレルが真剣な眼差しで見学していたわけなんだが、何だかちょっとやりにくかったな。
「……なあ、トール」
 布で汗を拭き終わったニケが、ちら、とメレルから俺に瞳を向けつつ、話しかけてくる。
「アンタ、どうしてウチの国のためにお節介を焼いてくれるんだ?」
「お節介?」
「あ、いや、言い方が悪かったかな。その、アンタ、黒騎士相手の戦いじゃ、ずいぶん危ない目にあってたからさ」
「そりゃあ、俺は、この国の人達が好きだからな」
 俺は、迷わずそう断言した。
「イレーヌ姉さんや……その、ミスラのことが、か?」
 ニケが、メレルの方に視線を戻しながら、重ねて訊いてくる。って言うか、その特定の仕方、ちょっと引っ掛かるな。
「もちろん、ゼルナさんや、スウや、ニケや、他の人達も含めてだぜ」
 ごくごく素直な気持ちで、俺は言った。
「そっか……」
 ニケが、しばらく沈黙した。
 ニケがどんな表情を浮かべているのか知りたくて、その横顔を盗み見る。
 一瞬――そう、ほんの一瞬だから見間違いだったかもしれないけど――ニケは、今まで見たことのないような、はにかむような笑顔を浮かべていた。
 その顔があんまり意外だったんで改めて見返した時には、ニケは、いつもどおりの男前な表情になっていた。
「トールさ、アンタ、強くなったよな」
 不意に、ニケがそんなことを言ってくる。
「あ、ああ……ニケのおかげさ」
 他ならぬニケに認めてもらえたということが素直に嬉しくて、何だか顔が熱くなる。
 そう、嬉しい。すげえ嬉しい。嬉しいのに――どういうわけか、ニケと別の話題で言葉を交わしたいような気持ちもある。
 はて、俺はいったいニケとどんな話をしたいというんだ……?
「お師匠様ぁ! 素振り終わりましたぁ!」
 そんな、メレルの元気のいい声が、俺の取り留めのない思索を遮った。



 夕方、騎士団の訓練場から王宮に戻ると、俺の部屋の前の廊下に、スウが立っていた。
「こんにちはぁ」
 ぺこり、とメレルが挨拶するが、スウは、そっちに目もくれない。
 メレルは、ちょっと悲しそうな顔をして、スウの横を通り過ぎ、俺の部屋の隣の、自分の部屋に入っていった。
 一方、俺は、前方をスウに遮られているせいで、部屋の中に入れない。
「おい、どうしたんだ?」
 そう声をかけた俺に、スウが、神秘的な光をたたえたブルーの瞳を向ける。
「えーと、知らなかったかな。あいつ、メレルって言うんだよ。男だけど、スウとは同い年くらいだし、いい遊び相手になるんじゃないか?」
「……お兄ちゃん」
 どこか不機嫌そうな感じで、口をへの字にしていたスウが、固い声で言った。
「お兄ちゃんは、どうしてあいつをこの王宮に入れたの?」
「…………」
 スウの言葉は、質問じゃない。その声に、明らかに俺を非難している響きがある。
「いや……だって、メレルは、行くところがないんだぜ。それに、家族の仇を討つために剣を習いたいって言うから……あ、いや、俺も、いきなり復讐なんてのは短絡のような気も……」
 うう、俺、どうしてこんなにしどろもどろなんだ?
 いや、どうしても何もない。俺は、スウの言動に動揺しているのだ。
「あいつは、このお城にいていい人じゃないわ」
「スウ、それは……その……立場とか、身分とか、そういうことを言ってるのか?」
「…………」
 スウが、じっと押し黙る。
 それが、俺の言葉を理解してないからなのか、それとも肯定の意思表示なのかは、俺にはよく分からない。
 だが、スウが、メレルを歓迎していないのは明らかだった。
 スウは、さっき、メレルを無視した。つまりこれは……自分みたいな王女としては、メレルみたいな身分違いの人間とは話もしたくない、ということなんだろうか。
 いや、確かに、そういったことがあっても不思議じゃないし、メレルと気さくに話すニケみたいなお姫様の方が例外なのかもしれない。だから、スウの態度は、ある意味で自然なものとも思える。
 けど……でも……何て言うか、そんなの悲しすぎないか?
「お兄ちゃん、怒った?」
 スウが、不安そうな顔になって、そう訊いてきた。
「怒ってない。ただ、スウがメレルと仲良くしてくれたらいいなと、そう思っただけさ」
「……無理」
 小さな声で、だがはっきりと、スウは言った。
「どうして?」
 詰問口調にならないよう注意しながら、スウに訊く。
「……分からない」
「分からない?」
「分からないの。うまく言えないの。でも……でも、無理なの。どうしても無理なんだもん」
「…………」
 奇妙な違和感を、また、覚える。
 だが、その違和感の正体を、言葉にすることができない。
 そして、俺が感じているのと同じようなもどかしさを、スウも感じているようだった。
「スウは、いつだって、お兄ちゃんのセンタクシをソンチョウするわ」
 どこか、ぎこちない口調で、スウが言葉を紡ぐ。
「お兄ちゃんが選んだことには、何か意味があるはずだから……だけど、やっぱり、あいつとは仲良くできないの。それに……そのことを、謝ることも、できない」
「…………」
 頑固と言ってもいいくらいのスウの口調に、俺は、思わず溜め息をついてしまった。
「こんなスウのこと……お兄ちゃん、嫌いになる?」
「……そんなことないさ」
 俺の返事は、もしかすると、スウが期待していたよりも、一拍ほど遅かったのかもしれない。
 スウは、その顔に浮かんだ不安の表情を消すことなく、俺から顔を背けた。
 そして、それ以上は何も言わず、俺の前から立ち去っていく。
 俺が、スウにかける言葉を探しているうちに――あの、小さな予言者王女様は、姿を消してしまったのだった。



 夏休みになった。
 中学時代は、高校一年の夏休みとなると、さぞや数多のイベントがあるだろうと考えていたのだが、実際は、今のところ特筆すべき何事も発生してはいない。
 ゲームであれば、イベントを発生させる条件は何等かのフラグなわけだが、現実世界においては、それとは別に軍資金の問題がある。
 海だのプールだの遊園地だの花火見物だの、はては近所の盆踊り大会であってさえも、それを楽しむためには幾ばくかの金銭が必要だ。
 そして俺は、日頃から貯金に勤しむような殊勝な人間ではなかったし、バイトをして稼ぐだけの甲斐性も持ち合わせてなかった。しかしまあ、こんなことなら、せめて来年の夏にはまとまった金を用意しておかないとなあ。
 そんな情けない状況の俺なわけだが、孤独に過ごしているかというとそうでもない。
 というのは、芙美子が、俺の部屋にいるからである。
 ただ、その芙美子が俺の部屋で何をしているかというと、これがしかめっ面して漫画を描いているのだ。
 芙美子が漫画を描いてるのを見るのは、正直、けっこう面白い。白紙の上に下書きが描かれ、それをペンがなぞり、黒い部分が塗られ、効果線だのスクリーントーンだので仕上げがなされていく様は、大袈裟に言えば、無から有が生じるような楽しさがある。それに、キャラの表情を描いている芙美子の顔が、描かれているキャラの表情につられて微妙に変化する様なんかも、なかなか味のある風景だ。
 しかし、今の芙美子は、いつにも増して仏頂面だった。
 そもそも、芙美子が俺の部屋で漫画を描いているのは、自室で漫画が描けなくなったからである。夏休みに入る前は、漫研部室である学校の印刷室でペンを走らせていたのだが、今は、それもままならない。うちの学校は、クラブ活動のために校舎の一部を開放しているのだが、問題の印刷室はエアコンが故障しているのだ。
 漫画を描くためには少しばかりの暑さなどものともしないはずの芙美子なのだが、いかんせん、今年の夏は暑すぎた。それに、原稿に汗が滴ってインクが滲んだりしたら台無しである。
 というわけで、芙美子は、漫画道具一式を持って、俺の部屋に転がり込んできたのである。なお、親御さん――特に漫画を描くことに真っ向反対の立場を取る親父さんには、夏休みの課題を片付けるためお勉強会だと偽っているそうだ。
 さて、俺の部屋には効きが今一つとは言えエアコンがある。とは言え、やはり人の部屋。そもそも俺が芙美子のために用意できたのは、デスクではなく、折り畳み式の小さなテーブル一つだ。漫画を描く上では不自由だろう。
「……それにしても、まあ、ずいぶんとテンパってる感じだな」
「何よ!」
 俺の呟きが聞こえたのか、芙美子が、シャーッと威嚇音を上げる。
 が、すぐに、俺になんぞ係わりあっていられるか、といった感じで、目の前の原稿に視線を落とし、手を動かし始めた。
「やばいのか?」
「締め切り過ぎてる。20時間前に」
 俺の質問に、芙美子が即答した。
 えーと、今がちょうど昼だから、本来の締め切りは昨日の午後4時か。計算、合ってるよな?
「って、締め切り過ぎちまってどうするつもりなんだよ」
「印刷費を上乗せして締め切りを伸ばしてもらってんの」
「ははあ……って、そもそも印刷費ってことは、漫研の会誌の原稿じゃないわけだな」
 芙美子が所属し、そして俺が部長を務めている漫画研究会の会誌は、学校の印刷室を利用して作成することになっている。
「あったり前でしょ、これ、即売会の原稿よ。お姉ちゃんの同人誌に載せるやつ」
「なるほど……」
「質問は終わり? だったら、しばらく話しかけないで」
 相変わらずの無愛想な態度でそう言って、芙美子が作業に没頭する。
 俺は、芙美子の邪魔をしないよう、読書に勤しむことにした。
「…………」
 ――集中できない。
 何しろ、大して広くない部屋だ。完全に背中を向けない限り、どうしても、視界の端に芙美子の姿が入ってしまう。それに、もしたとえそうしたとしても、紙の上にペンが走る音は耳に入ってくる。
 それに、手を伸ばせば届きそうなほどの距離にいる幼馴染が、時間に追い詰められながら孤独に作業を続けているのだ。これを気にするなというのは無理な話である。まあ、芙美子に言わせれば、それこそが俺のお節介なところなんだろうけど。
 それに、テーブルの前に座る芙美子は、ホットパンツにタンクトップという、かなりきわどいいでたちだ。いくら暑いとはいえ、普段よりも肌の露出の多いその姿は実に――あ、いや、うん、まあ、えーと、そういうわけだ。
 俺は、読みかけの推理小説に栞を挟み、そっと部屋を出た。芙美子は、そんな俺の動きに全く気付かない。
 だから、俺が部屋に戻って声をかけた時、かなり驚いた顔をしていた。
「芙美子、一休みしたらどうだ?」
「あんた、いつの間にそんなの準備したの?」
 俺が持ってきたコーヒー入りのマグカップ二つを見て、芙美子が目をぱちくりさせる。
「んな意外そうな顔するなよ。ともかく、あんまり根詰めるとかえって能率落ちるぞ」
 そう言いながら、ほれ、と限りなく黒に近い褐色で満たされたカップを渡すと、芙美子は、意外と素直に受け取った。
 そして、まだ熱いコーヒーを息で吹いて冷まし、一口啜ってから――口をへの字に曲げやがったのである。
「あんたの家のコーヒーって、いつもこんな味なの?」
「こんなもどんなも、コーヒーの味の区別なんてつかないぞ、俺」
 コーヒーはただ苦いもの。眠気が取れて気分転換になればそれでいい。俺は、いたって単純にそう考えている。
「うーん……これ、粉コーヒーからいれたの?」
「ああ」
「フィルターに粉入れてお湯注いだ時、きちんと蒸らした?」
「蒸らすとは?」
「……お湯の温度は?」
「ヤカンで沸かしたばかりのを使ったから、ちょうど100度くらいじゃないかな」
「2投目のお湯が残ってるうちに、3投目のお湯を入れてる?」
「ん? お湯って分けて入れるもんなのか?」
「もしかして、コーヒーの最後の一滴まで使ってるとか?」
「ああ。だって、もったいないし」
「そもそも、粉はスプーン何杯分使ったの?」
「いや、スプーン出すの面倒だったんで、袋から直接目分量で……」
「…………」
 芙美子は、眉間にしわを寄せながら――それでも、俺のいれたコーヒーを律義に飲んだ。
 取り敢えず、俺も、自分のいれたコーヒーを飲む。何か、普段お袋がいれてくれるのに比べて味が薄いような気もするけど、こんなもんだよな、うん。
「……あんた、もしかして、自分でコーヒーいれたの初めて?」
 コーヒーを飲み干した芙美子が、そう訊いてくる。
「よく分かったな」
「……台所、使っていい?」
 そう言って、芙美子は、すっくと立ち上がった。
 俺が曖昧に頷くと、幼馴染の気安さ、勝手知ったる何とやらで、一人で台所に向かう。その両手には、俺の使ってた分を含め、マグカップが一つずつ。
 そして、俺がぼけーっと床に座ってると、芙美子が、マグカップを二つ持って部屋に戻ってきた。
「飲んで」
 ぐい、と芙美子が片方のマグカップを差し出した。
 正直、立て続けにコーヒーを2杯飲むのは胃に悪いかもと思ったんだが、せっかくなんで飲むことにする。俺はお節介な上に貧乏性なのだ。
「…………」
「どう?」
「悔しいが、俺がいれたのより、こっちの方が美味い」
 俺が正直にそう答えると、芙美子は、フフン、と鼻を鳴らした。
 実際、同じ粉を使ったとは思えない。香りは豊かで、それでいながら余計な苦みはなく、格段に飲み易いのだ。
「ふーん……」
 マグカップの中のコーヒーと芙美子の顔を見比べながら、しばし感心する。
 と、このまま勝ち誇るかと思われた芙美子の顔が、何とも微妙な表情を浮かべた。
 まるで、たった今やらかした自分の失敗に気付いたような、もしくは不意に何か心配事を思い出したような、そんな感じの顔である。
「あ、あのさ、透……気、悪くした?」
「は?」
「あ、いや、だから……せっかくコーヒーいれてくれたのに、その……えっと、別に、あたし、感謝してないわけじゃなかったのよ? ただ、その……コーヒーにはちょっと思い入れがあるって言うか……」
「はあ」
「だから、その、美味しくないコーヒーはガマンできなくて……あ、ううん、別に初めてなら仕方ないけど、でも、やっぱりあれはあんまりって言うか……それに、透に美味しいコーヒー飲んでもらいたいって気持ちもあったし……その、だから……」
「ははあ」
「だから……つい、こんなことしちゃったんだけど……でも、よく考えたら、その……あんたが怒るのも無理ないかもしれないし……えっと……その、あたしは別にそういうつもりじゃなかったわけだけど……透って、普段、あんまり怒ったりしないから……あたし、それで……えっと……」
 言葉を重ねていくうちに、だんだんと芙美子の声が小さく、不明瞭になっていく。
 それも相まって、芙美子の言いたいことがさっぱり伝わってこない。えーと、こいつ、いったい何を言ってるんだ?
「あのさ、芙美子、怒ってるって、俺がか?」
「怒ってないの?」
「ああ。って、俺、怒ってるように見えたか?」
「だって、あんた、さっきから難しい顔して黙ってるし……」
「そりゃあ、お前のいれたコーヒーに不覚にも感心しちまったからだよ」
「え?」
「だって、芙美子がこのテのことが得意だなんて、何だか意外だったしなー。だいたいさ、どうして俺が怒ったりするんだ?」
「それは――」
 言いかけて、芙美子は、なぜかかーっと顔を赤くした。
「知らないわよ、バカ! 怒ってないなら怒ってないって言いなさいよね!」
 今、みごとな逆切れを見た。
 さて、こんな場面でこそ怒った方がいいような気がするんだが、先に怒られてしまってはタイミングを逸してしまうというもんだ。それに、芙美子の理不尽な物言いには慣れている。
「ああ、もう! 今は一分でも時間が惜しいのに!」
 芙美子が、体ごとテーブルに向き直り、作業を再開する。
 俺は、思わず苦笑いしながら、読みかけの推理小説を開いた。
 しばし、ペンの音と、エアコンの唸りとが、部屋の空気を静かに震わせる。
「……透」
 原稿に目を落としたまま、不意に、芙美子が口を開いた。
「んー?」
「さっきのこと、本当よね?」
「さっきのって?」
「だから……透が怒ってないってこと」
「ああ」
「ならいい」
 いったい何がいいのやら。
 っていうか、こっちは全然よくないぞ。変なタイミングで話しかけられたせいで、読んでるミステリのスジがこんがらがってきた。たった今死んだのは何人目の犠牲者だっけ?
 俺は、こっそりため息をついてから、芙美子の方を向いた。
 恐らく、今は絶好の機会のはずだ。
「――あのさ、芙美子」
「な、何?」
「アシスタントさせてくれよ」
「ほあっ?」
 芙美子が、メガネの奥の目を丸くする。
「いや、だからさ、俺、昔からアシスタントって憧れてたんだよ」
「そ、そういえば、前に何度かそんなこと言ってたような……」
「ああ。けど、お前、ぜんぜん漫画の手伝いとか俺にさせてくれなかったじゃん?」
「あ……当ったり前でしょ!」
 芙美子が、再び顔を赤くして怒鳴る。
「でも、今のお前って、めちゃくちゃテンパってるだろ? だから、このタイミングならアシスタントさせてもらえるかも、と思ってさ」
「な……何よ、人の弱みに付け込んで……」
「助けてやろうってのにそういう言い方はないだろ? それにさ、芙美子の漫画を一番最初に読めるなんて、役得だし」
「う……」
 芙美子は、顔どころか、耳まで真っ赤にした。
「だからさ、アシスタントさせてくれよ」
「ううぅ……」
 芙美子が、妙に弱々しい声で唸る。
 どうやら芙美子は、俺に製作途中の原稿をいじられるのを恥ずかしがってるようだ。描いた後はあんなに読ませたがるくせに、変な奴。
「一応、俺、漫研の部長だしさ、部員が困ってるのを見たらほっとくわけにいかないだろ?」
「な、何よぉ、お節介……」
「ああ、俺はお節介だよ。そういう性分だし、趣味でもあるんだ。だから、原稿手伝わせろ」
「さ……最初は、消しゴムかけだけよ?」
 芙美子が、上目使いで言ってくる。
 って、この表情……まるで、今はキスまで、と釘を刺してくる女の子みたいな……って、俺はいったい何を考えてるんだ?
 まったく、舞い上がるにもほどがある。
 てなわけで、俺は、湧き出るスケベ心を顔に出さないように注意しながら、芙美子と向かい合わせの形でテーブルに座ったのだった。



 ……ベッドの中で緩やかに覚醒しながら、俺は、ある違和感を覚えていた。
 いつのころからか、王宮全体を包み込んでいる、奇妙な感じ――
 それが、だんだんと実態を持ち始め……次第に、俺のある部分にわだかまっていく。
 甘く、むず痒く、蠱惑的で、そしてどこか粘液質な感覚。いや、むしろこれは、“感触”と言った方がいいのかもしれない。
 何かが、俺の下半身のある部分を、優しく、柔らかく、そして淫らに包み込んでいる。
「ん……う……」
 無意識のうちに声を漏らしながら、俺は、ゆっくりと瞼を開いた。
 ベッドを覆う天蓋の内側が目に入り、そして、視界の端で、何かがもぞもぞと動いている。
 俺は、枕に頭を乗せたまま、ゆっくりと視線を下ろし――驚愕した。
「あ、トール様……」
「うふ……ようやく起きたのね、トール君……」
 俺の横たわるベッドにうつ伏せになり、恥ずかしそうに頬を染めるイレーヌさんと、にっこりと微笑むゼルナさん。
「え……?」
 だが、俺は、まるで姉妹のようによく似た美人母娘の顔に浮かぶ表情をじっくり見比べるどころじゃない。
「ふ、二人とも、いったい何を……!」
 起き抜けの俺の頭は、そのありえない光景を理解する前に、瞬時に熱暴走してしまう。
 と言うのも――ゼルナさんとイレーヌさんは、そのドレスの胸元を大きくはだけ、高級な果実を思わせるたわわな乳房を剥き出しにしていたのだ。
 その上、二人の巨乳は、いやらしく形が変わるほどに互いに寄り添い、そして、その狭間には、とっくに勃起している俺の剥き出しの肉竿が挟みこまれていた。
 要するに、俺は、ベッドに横たわったまま、イレーヌさんとゼルナさんのダブルパイズリ奉仕を受けていたってわけである。
「んふっ、ごめんなさい、トール君……わたくし、どうしても娘の未来の旦那様のここを、味見したくなってしまったの」
 ゼルナさんの、無垢な少女を思わせる表情の皮一枚向こうに、見ているだけで射精してしまいそうな妖艶さを感じる。
「それで、夜這いをかけようとしたんだけど、そしたら、ちょうどイレーヌとかち合っちゃって……それで、二人でお相手することにしたのよ」
「お、お母様、その、私は……夜這い、だなんて……」
 イレーヌさんは、恥ずかしそうに視線を伏せながらも、俺の肉棒に乳房を寄せたままだ。
「うふふっ……さすがにわたくしがトール君のお嫁さんになるわけにはいかないけど、愛人にだったらなってあげるわ。それとも、こんなオバさん、トール君は嫌い?」
 ゼルナさんが、イレーヌさんのそれよりもさらに一回り大きな爆乳を、ぎゅーっと俺のペニスに押し付ける。
「うっ……そ、そんなこと、ないです……で、でも……」
 お姫様を妻にするだけでも充分以上に果報者なのに、女王陛下を愛人にするなんて、そんなこと許されるんだろうか?
 なんて反論を封じるのに充分なほどの快感が、四つの乳房の真ん中で溺れているペニスから湧き起こってくる。
 いつしか二人は、腹這いの姿勢のまま、自らの乳房をグニグニと動かし、俺の勃起を激しく刺激し始めていた。
 まろやかで、それでいて切羽詰ったような快感が腰を痺れさせ、肉棒にさらなる熱い血液が集まってくる。
「ああ……トール様の、すごいです……はぁ、はぁ、とっても熱い……」
 うっとりとした声でそう言ってから、イレーヌさんが、自らの双乳を寄せ合い、乳首を俺の肉幹に擦り付けてきた。
 イレーヌさんのピンク色の乳首が、みるみるうちに堅くしこっていく。
「んっ、んううっ……あぁ、感じるぅ……感じてしまいます……あっ、あふっ、うっ……んふうン……」
 喘ぎ声を漏らすイレーヌさんの息が、張り詰めた俺の亀頭をくすぐる。
「トール君の、ヒクヒク震えて……それに、どんどんおつゆを溢れさせてるわよ……うふふふふっ……」
 婉然と微笑んでから、ゼルナさんが、その柔らかな乳房を使って、俺のシャフトを扱き上げる。
 その動きに合わせて、二人の汗と、そして俺の漏らした腺液が、ヌチャヌチャという卑猥な音を響かせた。
 ゼルナさんの乳房に揉みくちゃにされ、イレーヌさんの乳首にくすぐられて、俺のペニスは、早くも限界を迎えそうになる。
「スンスン……あぁ、匂いがキツくなってきたわ……トール君、もうイっちゃいそうなのね?」
「んふぅ……がまんなさらないでくださいね、トール様……んっ、んんんっ、こうですか? こうすれば気持ちいいですか?」
 イレーヌさんとゼルナさんが、明らかな興奮に頬を上気させながら、俺の肉棒を追い詰めていく。
「うっ……んっ……んく……うああっ……!」
 ふわふわとしていながらも不思議な弾力に満ちた乳房に、浅ましく血管を浮かしたペニスを揉みくちゃにされ、俺は、恥も外聞もなくうめき声を漏らした。
「うふ……いいのよ、トール君……白くて熱いのがどぴゅって出るところ、わたくしに見せて……」
「ハァ、ハァ……どうぞ、このまま……トール様のを、私たちにかけてください……あぁ、出して、出してください……!」
「うっ、うあっ……うああああっ!」
 とうとう、腰の中で高まっていた快楽の圧力が、限界を突破した。
 互い違いに重なった二人の乳房の間から、かろうじて亀頭をのぞかせた俺のペニスが、勢いよく精液を放つ。
「あっ! あはあっ……ああ、トール様、すごいです……あぷっ、んふうっ、素敵です……あああっ」
「ああ、いっぱい……いっぱいだわ……あん、あぁん、お顔やオッパイにビチャビチャ当たって……あぁン」
 迸る白濁液を顔や胸で受け止めながら、二人が、うっとりとした表情を浮かべる。
 その様子のあまりの淫らさに、萎える間もなく、ペニスが再び勃起した。
「うふ……元気ね、トール君……イレーヌが夢中になるのも分かるわ……」
「そ、そんな……お母様、言わないで……」
 ゼルナさんの言葉に、イレーヌさんが頬を染める。
「ふふふ……さあ、もっともっと楽しみましょう。夜は長いんだから……」
「は、はい……」
 にっこりと笑いかけるゼルナさんに、俺は、思わず頷いた。
 何かが……何かがおかしい……それが何なのかは、言葉にはできないけど……
 そんなふうに考える俺のペニスを、二人の優美な指が、愛撫しだす。
 未だ消え去らない違和感を意識しながらも、俺は、目の前の快楽に溺れていった……

 



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