出たとこロマンサー



第八章



「ニケ、体の調子はどうだ?」
「もう平気さ。少なくとも、アンタよりはね」
 宮殿の中の一室で、俺は、ニケとそんな会話を交わした。
 俺が目を覚ましたのは昨日のことだ。ミスラの病人食がよかったのかどうか知らないが、今日は、朝から普段どおりに体調が戻っている。
「俺だってもう平気だぜ。ところで、こんなとこに呼び出して、いったい何の用だ?」
 俺は、そう言って、テーブルの上に乗ったアイアケス王国全土の地図をちらりと見た。
「これは、アンタが寝てる間にあった報告なんだけどさ」
 ニケが、すっと指を滑らせ、王都に程近い、太い街道の交差する点を、とん、と叩いた。
「ゴブリンどもがここに集結して、村を占領しちまった。ゴブリンを率いてるのは、あのリルベリヒの野郎だ」
「…………」
 俺は、黒騎士リルベリヒとやらのたわけた宣言を思い出し、思わず口をへの字にしてしまった。
「ゴブリンは、例の塩の荒地から自然発生した奴らだ。もちろん、ほっとくことはできない。王都の喉笛に剣を突きつけられてるも同然だからな。けど、アンタの意見も聞いておこうと思ってさ」
「そりゃあ――打って出るしかないだろうな」
 俺は、SLGのイロハを思い出しながら、慎重に言葉を進めた。
「見たところ、ここは砦でも城塞都市でもないわけだよな。むしろ、街道の交差点なんて、かなり防御が難しい場所だ。一方、ここの村を占領している奴らのアドバンテージは、ここからどこにでも――王都にも、それ以外にも、攻め込むことができるって点だと思う。相手の不利を突いて有利を殺すためには、速効で攻めるべきだろ」
「ああ、アタシも同じ意見だよ」
 ニケの言葉に、俺は、少なからずホッとした。何しろ俺は素人。軍事の専門家と意見が一致するのは心強い。
「ただ、国境の三つの街に派遣した軍勢は、それぞれロギの正規軍と衝突して膠着状態に陥ってる。その騎士団を呼び戻してここのゴブリンに当てることは不可能だ」
「となると、手元に残ってる分だけで対応しなくちゃならないってことか」
「ああ。王都に残ってる兵は、けして充分すぎる数だとは言えないけどな。もちろん、ゴブリン相手に遅れを取るような連中じゃないが、ゴブリンの上にいるのが――あいつだ」
「羊に率いられた狼の群れよりも、狼に率いられた羊の群れの方が強い、ってやつだな」
 俺は、うろ覚えの格言を口にしてみる。
「そんな言葉、聞いたことはないけど――でも、言ってることはその通りだと思う。つまり、問題は、あのリルベリヒの野郎ってわけだ」
 そう言って、ニケは、握った右の拳を、左の手の平にピシャリと叩きつけた。
「奴を討てば、ゴブリンは必ず総崩れになる。逆に、リルベリヒがいる限り、ゴブリンは奴を恐れてアタシらに向かってくるだろうな」
 ニケの言葉に――そして、精悍と言ってもいいようなその表情に、背筋が、ぞくりと震える。
 いよいよ、と言うほど間は空いていないが――また、俺は、あのリルベリヒと戦わなくてはならない――
「ありがとよ、トール。参考になった」
 そう言って、ニケは、ぽん、と俺の肩を叩いた。
「アタシらは、明日、予定通りに出発することにする。アンタはここで体を治すことに専念してくれ」
「――は?」
 俺は、思い切りマヌケな声を上げた。
「今、何て言った?」
「アンタは、ここでまだ休んでろ、って言ったんだよ」
「ちょ――ちょっと待てよ!」
 俺は、思わず大声を上げてしまった。
「俺が行かなくてどうするんだよ!」
「逆だろ。アンタが行ってどうするんだ?」
「そ、そりゃあ、あれだ。あのリルベリヒとかいう野郎と戦って――」
「――アンタ、人が殺せるのか?」
 ニケが、いっそすがすがしいくらいの口調で、俺の言葉を遮った。
「剣の腕前のことを云々してるんじゃないぞ。アンタは、人を殺したことがないし、殺そうと思ったことだってないはずだ。あの城壁の上で見せてもらった太刀筋で、そのことはよく分かったよ。まあ、そういう気持ちで生きていける世の中ってのは、いいもんだとは思うけど、これからアタシが行く先は、そういう場所じゃないんだ」
「…………」
「もう一度、訊くぞ。アンタ、人が殺せるのか?」
 かつて、サタナエルが俺に発したのと、同じような問い。
 俺は、一呼吸置いてから、その問いに答えた。
「……分からない」
 俺の言葉に、ニケは、呆れ顔になった。
「何だそりゃ?」
「分からないから分からないって言ったんだ」
「あのさ、アンタ、そんな中途半端な気持ちで戦場に行ったら――きっと、死ぬよ」
「ああ、もしかしたら、死ぬかもしれない」
 俺は、セリフの中で自分の死亡確率をニケの見込みより若干下げつつも、言葉を続けた。
「けど、行かなかったら――お前を一人で行かせたら、必ず後悔する。絶対に、確実にな。だから、俺も行く」
「アンタなあ……!」
「リルベリヒはともかく、奴の持ってる魔剣に対抗できるのは、俺の剣だけなんだろう?」
「そりゃあ、その――」
 痛いところを突かれたのか、ニケが言葉に詰まる。
「あの男は、イシュタルの剣とかいう魔剣を持っている。そして、俺は、サタナエルの剣の所有者として、イレーヌさんにこの世界に召喚された。その俺がリルベリヒの野郎と戦わないでどうする?」
「戦っても勝たなければ意味はないんだぞ」
「――勝つさ」
 俺は、ニケを睨みつけるようにして、断言した。
「確かに、俺は人殺しになる覚悟ができてないかもしれない。けど、イレーヌさんが俺をこの世界に呼んだことには、絶対に意味がある。それを、証明してやる」
「どうやって?」
「リルベリヒに勝ってだよ。殺すだけが、勝つ方法じゃない。別の方法があるはずだ」
「…………」
 ニケが、その柳眉を思い切りしかめながら、押し黙る。
 俺は、ニケの黒曜石のような瞳が放つ視線を、真正面から受け止めた。
「……アタシは、反対だ」
 ニケは、ぼそっと呟いた。
「アンタには、人殺しはできない……それに、してほしくないような気もする……。もしかすると、アンタも、いずれは人を殺す覚悟を持った戦士になってしまうのかもしれないけど……でも……今は、その時じゃないような気がするんだ……」
「何だよそれ。予言か?」
「――知るかッ!」
 ニケが、伏せかけていた視線を上げ、くわっと牙を剥くようにして叫んだ。
「もういい! 勝手にしろ! けどな、アンタがへっぴり腰でその剣を抜く前に、アタシがあのリルベリヒの野郎をブチ殺してやる!」
 そう言い捨て、ニケは、乱暴な足取りで部屋から出て行った。
 俺は、ふー、と一つ嘆息してから、テーブルの上の地図を見た。
 王都からリルベリヒが占領した村までは、正確な距離は分からないものの、かなり近い。おそらく、竜馬で飛ばせば1日足らず。蛇馬なら2日。ゴブリンの行軍速度がどれくらいかは知らないけど、それでも、一週間はかからないだろう。
「明日、か……」
 ニケがあの調子だと、俺の出発準備は、誰か他の人に頼むしかないだろう。俺は、これまでの宮廷生活で顔見知りになった何人かの騎士の名前を思い浮かべながら、廊下に出た。
「お兄ちゃん、お疲れさま」
 声をかけられ、そっちを向くと、例によってフランス人形みたいな格好をしたスウがいた。しかし、何だか俺のことを待ち構えていたようなタイミングだな。
「ニケお姉ちゃんとケンカしたんでしょー。お姉ちゃん、プリプリしながら自分の部屋に行っちゃったわよ」
「そっか……まあ、しゃあないかもな」
「黒騎士退治に行くって言って怒らせたのね?」
 ニケから聞いたのか、それともその不思議な能力によるものなのか、スウが、妙に背伸びした感じの口調で確認する。
「ああ。俺、そのために召喚されたんだからな」
「お兄ちゃん、カッコイイ♪」
 スウは、一転、無邪気な笑顔を浮かべ、そんなことを言った。
「それでこそ、お兄ちゃんだわ。スウ、お兄ちゃんのセンタクシをソンチョーしてあげる」
「ありがとよ」
 スウがはたして“尊重”って言葉の意味を理解してるのかどうか知らないが、誰かに自分の決意を肯定してもらえるってのは嬉しいもんだ。それに、何しろスウは予言者だしな。
「……スウは、俺や、スウ自身の未来のことを、どれくらい分かってるんだ?」
 ふと気になって、軽い気持ちで訊いてみる。
「それって、スウにどれくらい予言の力があるかってこと?」
「まあ、有り体に言えばそうだな」
「うーん、うまく話せない。あ、でも、分かることは分かるんだよ」
「分かるってのは、未来のイメージ――つまり、気配とか、そういうのが頭に浮かぶってことか?」
「ちがう。ぜんぜんちがう。そんなの見えないよぉ」
「じゃあ、どんな感じだよ」
「えっとねえ……うーん、うーん、うーん……」
 スウが、もどかしげに両手を動かしながら、うんうん唸りだす。
「うんとねえ……あうう、言えない、言えないよぉ。でも、分かるの! 分かるんだもん!」
「ああ、信じるって。だから手を振り回すのはやめろ」
 俺は、苦笑いしながらスウをなだめた。
「だって、お兄ちゃん、スウのことバカにしてるぅ〜」
「んなことないって」
「ま……仕方ないけどね。スウだって、何でも予言できるわけじゃないし」
 そう言って、スウは唇を尖らせた。
「そうなのか?」
「例えば、お兄ちゃん」
 びっ、とスウは、俺の顔を指さした。
「スウには、お兄ちゃんがどうするのか、どうなるのか、ぜんぜん分からないの。だから、お兄ちゃんの近くで起こることも、お兄ちゃんのセンタクシ次第で、コロコロ変わっちゃうんだよ」
「でも、この前、スウは俺に動かない方がいいって予言したじゃないか」
「あんなアイマイなの、予言じゃないもん。ホントだったら、もっともっとスゴイこと言えたんだから!」
 スウは、ケアレスミスで満点を取り損なったテストの点数を褒められた子供のように、声を上げた。
「まあ、俺は、この世界じゃ異分子だからな。スウの力が及ばないのはそのせいじゃないか?」
「そんなの、よく分からないけど……」
 そう言って、スウは、俺の顔を見つめ――はっとするほど大人っぽい笑みを浮かべた。
「でもね、お兄ちゃんのそういうところが、スウは好きなの」
 俺は、しばし言葉を失ってしまった。
 そりゃどうも、といった感じで軽く礼を返す場面のはずなのに――他愛ない子供の言葉と聞き流せない響きが、その声にはある。
「スウは、お兄ちゃんのこと、好きよ。気付いてた?」
「それは、その……」
「お兄ちゃんの顔も、お兄ちゃんの声も、お兄ちゃんの仕草も、みんな好き……。でも、いちばん好きなのは、お兄ちゃんが、スウにとって謎だからなの。だから、スウは、お兄ちゃんにひかれてるの」
 幼く可愛らしい声で紡がれる、甘く蠱惑的な言葉の蜘蛛の糸が、体に絡み付く。
「ね、かがんで」
 そう言われて、俺は、ほとんど無意識のうちに、スウの神秘的なまでに青い瞳を覗き込むような格好になった。
 スウが――その小さく柔らかな両手を、俺の左右の頬に当てる。
「――ちゅっ」
 そのまま――俺は、スウにキスされてしまった。
「ス、スウ……!」
 やや遅れたタイミングで、俺は、声を上げてしまう。
「びっくり、した?」
「あ、ああ……そりゃあ……」
 悪戯っぽい上目使いのスウに、俺は、馬鹿みたいに頷いた。
「スウも、びっくりしちゃった」
 そう言いながら、スウが、その桜色の唇に笑みを浮かべる。
「んふふっ、こんなふうにお兄ちゃんのクチビルを奪えるなんて思わなかった♪ イレーヌお姉ちゃんやミスラお姉ちゃんには負けてるけど、ニケお姉ちゃんには一歩リードかな?」
 頬をバラ色に染めたスウが、言葉を続けた。
「これが、いいの……これが必要なんだよ……ロマンスを、退屈なヨテイチョウワにしないためには、お兄ちゃんの力が――お兄ちゃんみたいな存在が必要なの」
 スウの言ってることは、半分くらいしか俺には理解できない。
 だが、残りの半分に――俺は、自分が意図せずに首を突っ込んでしまったこの世界の本質を、感じ取る。
 とは言え、それがいったいどういうことなのか、言語化はできない。何となく分かったような分からないような――そんな宙ぶらりんな気持ちで、俺は、スウの顔をバカみたいに見つめていた。
「――俺以外に、いるのか? スウの予言の力の及ばない奴が……」
 自分の中のモヤモヤをはっきりとした言葉にしたくて、そう訊いてみる。
「うん、いるよ――」
 あっさりと、スウは言った。
「誰だ、そいつは……」
「熾皇帝ロギ」
 スウが、その顔に浮かんでいた笑みを引っ込めて、短く言う。
 熾皇帝――ロギ――
 俺は、まだ見ぬアイアケス王国最大の敵に、しばし、思いを馳せた。
 そいつがいったい何者なのか……どんな外見で、どんな性格で、そしてどんな思想の持ち主なのか、俺は知らない。
 ただ、分かっているのは、俺が、最終的にはそいつを倒すためにこの世界に呼ばれたのだということだけだ。
 そして、俺は、そのことに全面的に同意している。イレーヌさんのために、ニケのために、ミスラのために、そして目の前にいるスウのために――ゼルナさんをはじめ、この王国の全ての人のために、俺は働く。そのことに対する迷いは無い。
 そんなことを思う俺の顔を――スウは、再びその顔に微笑を浮かべながら、青い瞳で見つめていた。



 その日の午後、俺は、明日の出陣準備に追われる騎士のうちの何人かに頼み込み、自らの出発準備を手伝ってもらった。
 騎士たちにとって、俺は、自分の姫様が召喚した異界の英雄であり、そして、ニケと協力して黒騎士リルベリヒを撃退した勇者ということになっているらしい。みな、俺の体を気遣うことはあっても、そもそもこいつに戦ができるのか、なんてことを考えているようなのはいなかった。
 何だか騙しているような気がして少し気が引けるが、かと言って、ここで正直に自分のことをぶちまけても、事態の解決には役に立たない。それは、ただ、俺の心の重荷を無理やり誰かに分散させようというだけのことだ。
 正直であることは誰にでもできる。そうじゃなくて、誠実でなくてはならない。
 俺は、ニケに、リルベリヒに勝つと宣言した。一方的にだが、約束したも同然だ。
 そんな約束はできそうもない、って言うのは正直者だ。
 そして、そんなできそうもない約束を守ろうとするのが誠実な人間てやつだ。
 なんてことを考えながら、俺は、夕食を取り、そして、ベッドに横になった。
 ――ノックの音が、響く。
「……どうぞ」
 声をかけると、中に入ってきたのは、ミスラだった。
「明日、騎士たちと出陣するんだって?」
 体を起こし、ベッドに腰かける姿勢になった俺に、ミスラが前置き無しに訊いてくる。
「ああ。ニケには反対されたけど――それが、俺の役割だしな」
「でも、それは……」
 ちら、とミスラが、壁にかかったサタナエルの剣に視線をやり、そして、俺の方に瞳を戻す。
「イレーヌ姉上が……いや、僕たちが、君に負わせた役割で……その……」
「俺自身、その役割を納得してるんだぜ。反対なんてしてくれるなよ」
「反対……うん……いや、ちょっと違うかも……ニケ姉上も、本当は反対してるんじゃないと思うんだ……」
 ミスラが、妙に歯切れの悪い口調で言う。
「ニケ姉上も……僕もだけど……君のことが、心配なんだよ」
「へえ、ミスラも、俺のこと心配してくれてんのか?」
「当たり前だろ!」
 俺の軽い調子の言葉に、ミスラが、予想外に大きな声を上げた。
「そ、そりゃあ……まあ、サタナエルの剣の使い手の俺が負けたりしたら、確かに……」
「違う……違うよっ! そんなこと言ってるんじゃないよ! 僕は、君が――君個人のことを心配してるんだっ!」
 ミスラが、その白い頬を赤く染めながら、ベッドに座ったままの俺に迫る。
「え、えっと……どうしてまた……」
 ほとんど目の前にまで近付いてきたミスラの顔を見上げながら、俺は、もごもごと言った。
「だって……」
 ぎゅっ、とミスラが、唇を噛み締めた。
「だってさ……君は……僕の、初めての相手なんだぞ……」
「あ……」
 言葉を、失う。
 そうだ。そうだった。そうだっていうのに、俺はいったい何てトンチキなことを言っちまったんだ?
 なんてこった――目の前のミスラは、泣きそうな子供みたいな顔をしてるじゃないか。
「ミスラ……その……」
「えっと、ゴメン……その……こんなこと、言うつもりじゃなかったんだ……お互い忘れようって、そう言ったのにね……」
 ばか。ばかばかばか。そんなわけいくか。
 ミスラは女の子なんだ。なのに、初体験のことを忘れろだなんて――そんなムチャな話があるかよ。
 そして、ようやく、俺は気付いた。
 別に、看病されたからだとか、手料理を作ってもらったからだとか――まして、ゼルナさんにお嫁に上げると言われたからじゃない。
 俺は――俺は――この、目の前の、勘違いで生意気で、イザとなるとムチャクチャをしでかすお姫様に――惹かれてる。
 だから……だから、俺は……ミスラの小さな手を握り、引き寄せて……。
「ミスラ……」
 ベッドの上の、俺の隣に座らせて、ミスラの顔を覗き込む。
「トール……えっと……」
 怖がっているような、期待しているような、不思議な光をたたえながら、涙に濡れている、オレンジ色の瞳。
 その、大きな瞳を、ミスラが、そっと閉じる。
 俺は――ちょっと考えてから、ミスラのメガネを取り、そっと、サイドボードに置いた。
 そして、その細い肩を抱き寄せ――おののく桜色の唇に、唇を重ねる。
「う……うん……んふ……んちゅ……んくっ……ちゅ……くン……んくぅン……」
 まるで、こちらを警戒しながらも遠慮がちに甘えてくる仔犬みたいに、ミスラが鼻を鳴らす。
 ああ、やばいやばいやばい。脳内麻薬がたぷたぷと脳髄を浸していくのを感じる。
 すでに、一度抱いたミスラの体。華奢で、そのくせ胸だけは豊満な、その魅力的な肢体。そのイメージが、視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚――全感覚器によみがえる。
 唇から唇を離したとき、俺は、息を弾ませていた。
「ミスラ……お前、さっきの俺の夕食に、何も入れてないよな……?」
「え……?」
「いや……お前が、ありえないくらいに可愛く思えるから……」
「バ、バカっ……!」
 がぶっ、とミスラが、俺の首筋にかぶりつく。
 痛い。当たり前に痛い。でも、それは、妙に甘美な感覚だ。
「バカ……そんなわけ……ないだろぉ……バカバカ……トールのバカぁ……」
 妙に鼻にかかったような声で、ミスラが、自分が噛み付いた場所に、ペロペロと舌を這わせる。
 もう、完全に限界だ。
 いささか性急な動きで、ミスラの体をシーツに横たえ――そして、再び、唇を重ねる。
 ミスラが、俺の背中に回した手に、ぎゅっと、力が込めた。
 しばらく続く、口付けと抱擁。
 そして、俺は、ミスラの体をまさぐりながら、その服を脱がし始めた。
「あぁン……」
 ミスラが、むずがるような声を上げながら、恥ずかしげに体をよじる。
 だが、俺が服を脱がすことそのものには、抵抗はしない。
 俺は、シーツの上に横たわるミスラの体を、全裸にした。
「あぅ……」
 ミスラが、胸と股間を、手で隠そうとする。
 俺は、そっと、その手を押さえた。
「……えっと……見たいの?」
「あ、うん」
「…………」
 ミスラは、頬を紅潮させながらそっぽを向き、そして、自らの手から力を抜いた。
「……トールも、脱いでよ」
「え? あ、ああ、そうだな」
 指摘されるまで、自分がまだ服を着ていることに気付かなかった。それくらい、俺の頭はミスラのことだけで一杯になってたらしい。
 仰向けになっても形を崩さないミスラの豊かな胸を見つめながら、いそいそと服を脱ぐ。
 露わになった俺の股間のものは、すでに堅く強張っていた。
「すごい……」
 ミスラが、俺のペニスに視線をやりながら、思わず、といった感じで呟いた。
 そして、おずおずと、その小さな手を、俺の下半身に伸ばす。
 目を逸らしながら、ミスラは、その小さな手で俺の肉棒を柔らかく握った。
「んっ……」
 むず痒いようなもどかしい感触に、声が漏れた。
「こんなになってる……やらしい……」
 そんなことを言いながら、まるで、手で堅さを確かめるように、ミスラが、きゅっ、きゅっ、と手に力を込める。
「く……んっ……あ、う……」
「……気持ちいいの?」
 自分に四つん這いで覆いかぶさっている俺に、ミスラが訊く。
「あ、ああ……」
「……ホントだ……すごく大きくなって……これ、興奮してるからだよね?」
 そう言いながら、ミスラが、潤んだ瞳を、チラチラと手の中の肉棒に向ける。
「あ、あのさ……えっと……もっと、近くで見ていい?」
 そっか。こいつ、近眼だっけ。
「ああ、いいけど……」
「じゃあ――そこに、座って」
 俺は、ミスラに言われるまま、ベッドのヘッドボードに背を預けるようにして、座った。
 俺の膝の間に、まるでネコみたいな感じで、ミスラが四つん這いで潜り込む。
 ミスラは、よほど近眼がきついのか、鼻先にくっつきそうなほどの至近距離まで、ペニスに顔を近付けた。
「すごい……これが、僕を……」
 そう言いながら、再び、ミスラが俺の肉竿を握る。
 ややせわしくなったミスラの息が、熱い血液で張り詰めた俺の亀頭をくすぐった。
「えっと……こうするんだっけ?」
 そう言って、ミスラが、シャフトを握った右手を、おずおずと上下に動かし始める。
「んっ……そ、そうだけど……よく知ってるな……」
「バ、バカにしないでよ……! 僕だって、これくらい……」
 ミスラが、顔をますます赤くしながら、俺のペニスを扱く手に力を込める。
 甘い電流が腰を痺れさせ、俺は、思わず奥歯を噛み締めた。
「はぁ、はぁ……すごい……何だか、ヌルヌルしてきた……」
 尿道から漏れ出る先汁を潤滑液にしながら、ミスラが、手淫を続ける。
 このまま責められっぱなしというのも業腹だ。俺は、ミスラの巨乳に両手を伸ばした。
「ンあうっ!」
 乳房を軽くまさぐっただけで、ミスラは声を上げ、俺の肉棒をギュッと握り締めた。
 俺は、手の平に広がる柔らかな弾力に陶然となりかけながら、ミスラの胸を揉んだ。
「はっ、はうっ、うん、あふぅ……あぁ……ハァ、ハァ……んううっ……」
 俺に胸をされるがままにしながら、甘い喘ぎをあげつつ、ミスラが、手コキを続ける。
「はっ、はふっ、んううっ……あうぅン……あっ、きゃうっ……!」
 すでに勃起している乳首を指で転がすと、ミスラが、俺の下半身の上に倒れ込んできた。
 その小柄な体に似合わない巨乳が、むにゅりと俺の腰の上で潰れる。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
 ミスラが、胸の谷間に収まった俺のペニスの先端を、なんだか不思議そうな目で見つめている。
「トール……これ、ここで挟んで刺激したりもするんだよね?」
「どこでそんなこと覚えたんだよ」
「えっと……本に書いてあった……」
 そりゃまた、お姫様が読む本にしては、ずいぶんと片寄った内容だな。
 なんてことを思う俺の肉棒に、ミスラが、自らの左右の乳房を、手でギュッと押し付ける。
「えっと……このまま、動かすんだよね……」
 そう言って、ミスラが、ぎくしゃくと上半身を動かす。
「うっ……んくっ……」
 俺は、危うく漏らしそうになった喘ぎ声とともに、生唾を飲み込んだ。
 巨大なマシュマロを思わせる白く柔らかな乳房の間で、赤黒い俺の肉棒が溺れている。
 その光景のあまりのいやらしさと、何とも言えないまろやかな快感に、ペニスが、俺の意志とは無関係にひくひくとおののいた。
「ハァ、ハァ……んううっ……こ、こうかな……んっ、んふうっ……」
 ミスラが、上半身をくねくねと動かしながら、俺の肉棒を乳房で扱く。
「はっ、はふっ、んううっ……ねえ、トール……僕、上手くできてる……?」
「あ、ああ……すげえ気持ちいいよ……」
 俺は、正直にそう言って、思わずミスラの頭を撫でてしまった。
「んうぅ〜ン」
 怒るか、と思ったら、意に反して、ミスラがとろけそうな声を上げる。
「はふっ、んふぅ、んふぅン……ふにゃぁ……あぁ、トール、トールぅ……」
 いっそう熱心に、ミスラがパイズリを続ける。
「すごい……トールの、カチカチになって……あふっ、あふっ、ぼ、僕のオッパイの中で、ビクビクしてるぅ……やらしい……すっごくやらしいよぉ……うン、ううぅン、ふみゅうううぅ……」
 ミスラの甘い声音と表情が、俺の興奮と快感をますます煽り立てる。
 俺は、左手でミスラのショートカットの頭を撫でてやりながら、右手で、彼女の乳房をまさぐった。
「んふン、んふぅン、あっ、あっ、それダメぇ……はぁ、はぁ、じょ、上手にできなくなるよぉ……う、ううっ、うく、ああぁ〜ン」
 あからさまな快楽の声が俺のペニスに響き、思わず、あらたな先汁を溢れさせてしまう。
「あうぅん、はっ、はっ、はっ、あはぁ、あはン……トールのが、僕のオッパイ、ドロドロにしてるぅ……ひどいなぁ……ああぁン」
 ちっとも嫌がっていない口調で言いながら、ミスラが、自らの左右の乳房を、互い違いに上下に動かす。
 汗と、俺の腺液に濡れた乳房が、ペニスを優しく揉みくちゃにする。
「うっ……ミ、ミスラっ……」
 俺は、ミスラの乳房をむんずと掴み、そのまま腰を突き上げた。
「ひあうっ! あ、や、やはぁン!」
 甘い悲鳴を上げるミスラの乳房をさらに中央に寄せ、俺は、連続して下から腰を使った。
「あっ、あン、あン、あぁン、あひン! やあぁ〜ん、オッパイ、オッパイ犯されてるぅ〜! ああぁン!」
 乳房を揉みしだく俺の手の甲に両手を重ねながら、ミスラが、うっとりとした声を上げる。
「はっ、はふっ、うっ、うふン、んふぅン! すごい、ビクビクって……出そう? もう出そう?」
「ああ……で、出ちまう……」
「いいよ、いっぱい出してっ……!」
 ミスラは、そう言って、欲情に潤んだ瞳を細め――そして、はむっ、と俺の亀頭を咥え込んだ。
「う、うわっ……!」
 びゅくっ! びゅくっ! びゅくっ! びゅくっ!
 不意打ちの快楽に、ペニスが、大量の精液を迸らせる。
「ふぐっ! う、ううっ……んぶ……う、ううう、うぶ……んぶぶぶぶっ……」
 ザーメンの勢いと量に驚いたような声を上げつつも、ミスラは、ぴったりと唇を締め付け、俺の腰を抱き締めた。
「んぐ、んぐぐっ、んぐっ……ふぅ、ふぅ……うぐ……ごく、ごく、ごく、ごくっ……」
 ミスラが、白い喉を鳴らしながら、口内に溜まった俺の精液を飲み干していく。
 その様子に、俺のペニスは、萎える間もなく、勃起を新たにしていた。
「んく、んく、んく……ちゅるるる……ぷはっ……ハァ、ハァ……わぁ……まだ、カチカチなままだね……」
 ミスラが、酒でも飲んだようなとろんとした表情を浮かべながら、人差し指で俺の肉棒をつつく。
「トール、やらしい……まだ出したいの? 本当にエッチだよね」
「う……お、お前はどうなんだよ」
「え? 僕……?」
 俺の問いに、ミスラが、少し驚いた顔をしてから、視線を逸らす。
「ぼ、僕は、その……えっと……」
 ちらちらとミスラが俺のペニスに視線をやる。
「僕は……トールが、どうしても、って言うなら……その……別に……」
「――分かった。俺は、ミスラとどうしても今ここでしたい。これでいいか?」
「う……うん」
 そう返事をして、ミスラは、上半身を起こし、その丸い両膝で、シーツの上に座ったままの俺の腰を跨いだ。さっきのセリフのわりに、かなり積極的だ。
 見ると、銀灰色の薄い陰毛が、恥丘にぴったりと張り付いてる。
「すいぶん濡れてるな」
「バ、バカ! そんなこと……きゃうっ!」
 ミスラのスリットに指を食い込ませ、反論を封じる。
「あっ、あうっ、ううぅ……あン、あぁン、あン……あぁ、ダメぇ……」
 にゅるにゅるとした感触の中で指を泳がせると、ミスラは、俺の両肩に手を乗せて、身をよじった。
 くねくねと体が動くたびに、たわわな乳房がまるで巨大な牛乳プリンのように揺れる。
「はぁっ、はぁっ……あうぅ……やあぁ……イ、イジワルしないでよぉ……」
 別に、そういうつもりじゃなかったんだが。
 俺は、すっかり粘液にまみれた指を抜き、両手で、ミスラの腰を抱き寄せた。
 そのまま、ちょっと体をずらし、シーツの上に仰向けになる。
「あぁ……こんな格好、恥ずかしいよ……」
 いわゆる騎乗位のカタチで俺に跨がったミスラが、小さな声で抗議する。
「嫌か?」
「イ、イヤじゃないけど……その……トールはこんなふうにするのがいいの?」
「――ああ」
 俺は、ミスラの問いに頷いた。実際、横になった状態でアオリ気味に見上げるミスラの巨乳は、この上もなく魅力的だ。
「もう……ほんとうにいやらしいんだから……」
 熱っぽく胸を見ている俺の視線に気付いたのか、ミスラが、今更のように両腕で乳房を隠す。左右の二の腕に挟まれた双乳の作る谷間が強調され、これはこれで絶景だ。
 そんなことを思いながら、俺は、右手でミスラの腰を誘導し、左手で肉棒の角度を調節した。
「ひゃうっ……!」
 亀頭が、割れ目に浅く潜り込む。
「ああ、ああぁ……入っちゃう……入っちゃうよぉ……」
 そんなことを言うミスラのウェストを両手で持ちながら、お尻を下に下ろしていく。
 ペニスが、温かく柔らかな粘膜に、頭から包み込まれていく。
「あうっ、う、ううぅン……ハッ、ハッ……んはあぁぁぁっ……!」
 半ばまで挿入した後は、ミスラの方から、腰を落としてきた。
「あうっ……!」
 肉棒が、根元までミスラの膣内に飲み込まれた。
 ミスラが、両手を双乳から外し、遠慮がちに俺の胸の上に置く。
「は、はっ、はふ、はふっ……はぁ、はぁ、は、入っちゃった……あ、ああぁン……」
「きついか?」
 ミスラの膣内の心地よい狭さを堪能しつつも、そう訊いてやる。
「ううん、平気……はぁ、はぁ……いっぱいいっぱいだけど、大丈夫だよ……」
 ミスラが、そう言って、にこりと微笑む。
 俺は、その笑顔に誘われるように――ゆっくりと腰を動かし始めた。
「んうっ――うっ、うあああっ……はぁっ、はぁっ、あうぅン……はふ、はふっ……!」
 俺の腰の動きに合わせるように、ミスラが喘ぎを漏らす。
「あっ、あうっ、あふうぅ……す、すごい、すごいぃ……あっ、あっ、あっ、ああっ、あん……」
 きつい締め付けが上下に肉竿を扱き、こすれ合う粘膜が次第に熱を帯びていく。
 俺は、腰を動かし続けながら、ミスラの両の乳房に手を伸ばした。
「ひゃうっン!」
 むにゅっ、と指を食い込ませると、瑞々しい弾力が返ってくる。
 俺は、ミスラの胸を揉みながら、さらに腰を突き上げた。
「ひうっ、うっ、うああぁン! やっ、やあっ……トールっ、はっ、はふ、激しいよっ……あうっ、うっ、うく……あううぅン!」
「悪い……止まらないんだ……」
「そ、そんなっ……うっ、うあっ、あふぅん……あああっ、ダメ、ダメぇ……あっ、あぁ〜ン!」
 ミスラが、俺の腰の上で体をくねらせる。
 しっとりと汗に濡れた白い双乳を揉みしだきながら、俺は、ピストン運動を強めていった。
「あぁん、あん、あはん、あは、あはぁっ……! あああっ、すごい、すごいぃ……ああぁン、すごいぃ〜!」
 ミスラは、嬌声を上げながら、自らも腰を動かしだした。
 膣内の粘膜が俺のシャフトに絡み付き、グイグイと締め上げてくる。
「ああっ、あっ、あうっ、あううぅン! すごい、すごいよぉ……はひ、はひっ、はひぃン……ああぁ、こ、こんなのすごすぎるぅ〜!」
 はじめはバラバラだった俺とミスラの動きが重なり、肉棒が大きなストロークで蜜壷を出入りする。
 溢れ出た愛液が、卑猥に湿った音をたてながら、俺の股間まで濡らしていった。
「ああっ、トール、トールぅ……! ダメ! もうダメぇ! 僕、僕ぅ……うああぁン!」
 ぎゅーっとミスラの膣肉が収縮し、俺のペニスを快楽で追い詰める。
「あああっ、イキそう、イキそうっ……! あン! あぁン! あふ……あっ、ああっ、イ、イクっ! イっちゃうよぉ〜っ!」
 ミスラが、切羽詰まった声を上げながら、背中を弓なりに逸らす。
 俺は、ひときわ激しく腰を突き上げ――子宮口に亀頭を食い込ませながら、精を放った。
「ああぁーっ! イク、イク、イっちゃうっ! ザーメンでっ! ザーメンでイっちゃうぅ〜ッ!」
 絶頂におののくミスラの子宮に、ビュッ! ビュッ! と繰り返し精液を浴びせる。
 俺は、征服感を伴った快感に目を眩ませながら、自分でも呆れるほど長く射精し続けた。
「あああぁぁ……は、はひいぃぃぃぃン……」
 ミスラが、ぐったりと前に倒れ込み、俺と体を重ねた。
 心地よい重さを体中に感じながら、右肩の上に乗ったミスラの頭を、ゆっくりと撫でてやる。
「ふみゅうぅ……あは、あはぁ……あぁん、撫でてぇ……もっと、もっと撫でてぇ……」
 ミスラが、甘たるい声で俺の耳をくすぐりながら、オネダリをする。
 俺は、注文どおりにその動作を繰り返しながら――いつしか、けだるく安らかな眠りへと落ちていった―― 



第九章へ

目次へ